「……ん、なんや寒いなぁ……」
急に感じた寒さにびっくりして目が覚めた。
……目が覚めた? 自分で言っておきながら、その言葉で漸く私は寝てしまっていたらしいと理解した。
「って……あれ、ここは……ぃたッ!?」
辺りの様子を見ようとして、首の後ろに走った痛みに顔をしかめる。なんでこんな痛みが……それに、ここ……いつの間に外に? 私はさっきまで確かシャマルと一緒にお昼ご飯を作ってたはずなのに……
「お目覚めになられましたか?」
「シャマル……? 私、なんで……」
頭上から聞こえたシャマルの声で、今私がシャマルに抱えられている事に気付く。
……いや、それよりも周りの状況だ。管理局の制服っぽいバリアジャケットを着た大勢の銀髪オッドアイと、恐らくクロノ・ハラオウンだろうと思われる魔導士が私達を包囲するように浮いている。
どう考えてもここは戦場……シャマル達が私をここに連れて来た理由が分からず、シャマルの顔を見上げて察した。この人は、もう
「
準備が整いましたので、こうして覚醒の場にお招きいたしました。」
その言葉でクリスマスイブまで覚醒を引き延ばすと言う計画が崩れた事を理解した。この段階で闇の書が完成してしまい、その干渉が最大になった事も同時に理解せざるを得なかった。
「覚醒……?」
……予定は崩れてしまったけど、こういう最悪のパターンはいつも想定していた。
私は再び『何も知らない八神はやて』を演じる。
「はい、我が主。この闇の書をその手に。」
「ヴィータ……」
いつものような明るさを失ったヴィータが、抑揚の無い言葉で促す。
……頭では解っていたけど、こうして家族が人形のように動かされていると言うのはとても辛いし悲しい。そして何より……非常に腹立たしい。
「……ッ! あんた達、もしかして約束破ったんか……?
あの『蒐集』ってやつ、今までずっとやってたんか!?」
『八神はやてがこの状況に立たされたら』を想像しながら言葉を紡ぐ。
私は蒐集行為については知らなかったのだとクロノに伝える為の偽物の言葉に、内側から溢れる闇の書への怒りを乗せて吐き出した。
「さぁ、我が主。今こそ闇の書をその手に。」
「質問に答えぇ!」
「さぁ、我が主。今こそ闇の書をその手に。」
「っ! さ、さっさと質問に……」
「さぁ、我が主。今こそ闇の書をその手に。」
「なんで」
「さぁ、我が主。今こそ闇の書をその手に。」
もう彼女達の意思は本当に一欠片も残っていないのだろう。
まるでRPGの村人のように全く同じ言葉を全く同じトーンで繰り返す彼女達に、怒りよりも悲しみが沸き上がって来る。
「……あ、」
「さぁ、我が主。今こそ闇の書を……」
「わ、分かった! 分かったから、堪忍してえ!!」
まるで悲鳴のように言葉を返す。
これ以上、彼女達の言葉を聞きたくなかった。人形の眼で見つめられると気が狂いそうだった。……『はやて』ではなく『我が主』と呼ばれる事に耐えられなかった。
「ッ! 駄目だ!!」
感情に任せて闇の書に手を伸ばすと、クロノが制止しようと慌てて飛翔魔法で接近して来るが……
「我が主の覚醒の邪魔はさせん。」
「ッ……シグナム……!」
シグナムが接近を許さないとばかりに立ちふさがる。
「さぁ、我が主。願いを。」
気付けば眩く輝く闇の書に指が届いていて……
「願い……?」
予め皆で決めていた願いがあるのを思い出したからだ。
私が皆の役に立てるタイミングはここしか無いから。
闇の書の覚醒の際に、せめて被害を減らす最善は何かと皆で考えた願い……
『出来る限り多くの人を、守って欲しい。』
「はやてちゃん!!」
目の前で覚醒が始まった。クリスマスより1週間も前に。
デュランダルの準備が出来ているのか、アルカンシェルを積んだアースラは来ているのか。
そんな不安を抱きながらも、俺は海上に立った光の柱に対して叫ぶ事しか出来なかった。
「なのは! 距離を取れ! 衝撃が来るぞ!」
「クロノ君……でも、はやてちゃんが!」
「ッ! ……知り合いだったか。済まない、僕が判断を誤ったせいだ。
だが、必ず助け出す! だから今は万全の状態である事を心がけてくれ!」
「……うん、分かった。」
クロノからの言葉には一切の誤魔化しが無かった。多分大丈夫だと信じよう。少なくともクロノがここに居るという事はアースラの準備は出来ている筈なんだから。
「……また、終わってしまう。一つの世界が、一人の命が……
せめて主の最期の願いだけは、私の手で叶えましょう。」
覚醒に伴う衝撃波が過ぎ去った時、その中心にいたのは全身に赤いラインを走らせた銀髪の女性と……
「
「「「「はっ!」」」」
同様に全身に赤いラインが走るヴォルケンリッター達の姿だった。
「拙い拙い拙いって!」
モニターに映る多数の情報全てに目を走らせながらパネルを叩く。
闇の書の意思が現れた事、ヴォルケンリッターまで敵に居る事、戦闘不能状態のリーゼ姉妹……そして、たった今張ったばかりの
「闇の書の覚醒がこんな場所なんて! しかも結界への干渉って……外に出ようとしてる!?」
冗談じゃない! もう直ぐ正午だから人は減ってきているものの、今は休日。結界一枚隔てた先には一般人だって大勢いるのだ。
「クロノ君! やばいよ! 闇の書がこっちの結界に干渉してる!
多分結界を壊して外に出るつもりだ!」
『なんだって!?』
何が目的かは不明だけど、あの姿を見られただけで大問題! その上一般人に被害が出れば、それはもう大問題なんて言葉では済まない!
「こっちも干渉の術式に抵抗してるけど、古代ベルカの術式に加えて近代式の術式が幾つも混じってる! 流石に対処しきれない!」
『……闇の書の本来の機能か!』
古今東西ありとあらゆる術式を記録しようとしたロストロギア『夜天の魔導書』。既にいくつもの魔法文明を呑み込んできた怪物への対処に、ミッド式だけではどうしても後手に回る。
「同時に多層結界の構築も進めてるけど、多分間に合わない!
アースラの位置は!?」
『かなり近づいている筈だ! 多分簡易式の結界程度なら張れるだろう!』
「了解!」
作業を進めながら並列してアースラへ通信を繋ぐ。
「アースラ、応答せよ! こちら第97管理外世界緊急対策本部!」
『こちら、アースラ! エイミィ、何があったの!?』
「あ、艦長! 大変なんです! 実は……!」
『何てこと……了解よ! こちらからも簡易結界で援護してみるわ!』
「ありがとうございます!」
『リンディ提督、済まない。私にも話させてくれないか。』
「あ、貴方……グレアム提督!? 何でアースラに……」
『その理由については後で話そう。それよりもリーゼ達が戦闘不能と聞こえたが……』
「あ……はい! でも貴方も彼女達の行動に関わっていたのでしょう!?」
『ああ、彼女達は私の指示で動いていた。全ては闇の書の凍結封印の為だ。
そしてその為のデバイス『デュランダル』は、
「……え!?」
『人員を誰でも良い、彼女の元にやってくれ!
彼女が戦闘不能と言うのであれば、他の誰かに彼女の行うはずだった工程を担って貰わなくてはならない!』
勘弁してよ!? 動かせる人員なんてもう残ってないよ!?
私も結界の構築と術式の抵抗に手一杯だし……!
『話は聞かせてもらった!』
「えっ、クロノ君!?」
なんで!? 通信はさっき……
『繋がりっぱなしだったぞ。君らしくもない。
相当焦っていたみたいだな。』
「ご、ゴメン! 邪魔になってなかった!?」
『いや、結果的にはグッジョブだ!
既にこっちに来る前にリーゼ姉妹の元に人員は向かわせている!
彼等に連絡を繋いでくれ! メンバーは『ダニー』と『グレッグ』だ!』
「わ、わかった!」
あの時に既に動かしてたんだ! 流石クロノ君!
「と言う訳だから、責任重大! 急いで!」
『急に任務の重要度上がってない!?』
『一応俺らの目的は説得だったんだけどなぁ……』
うだうだ言わない! 地球の危機なんだから!
ダニーとグレッグは自動生成で作るのが面倒だったので、パッと出てきたコンビを当て嵌めました。
チームメンバーに本名丸出しのコードネームを持ってる人は居ませんし、地下に続く階段にとにかく入って行かないですし、折角だからと赤の扉を選んだりもしません。
ごく普通の銀髪オッドアイです。