「ブラッディダガー」
「く……!」
私を取り囲むように現れたブラッディダガーの包囲を上空に飛翔する事で躱す。付近に民間人が居ないのであれば、躱すのはそう難しい事ではない。ただ……
「ハァ……ハァ……!」
<フェイト、大丈夫?>
やはり連戦の疲労に加えて、一度攻撃を障壁越しとは言え受けてしまったのが拙かった。
魔力の消耗が激しく、攻撃の回避は出来てもそこから反撃に移る余裕はもう無い。
<……フェイト、交代しよう! 私がしばらく時間を稼ぐから、フェイトはその間に魔力の回復をして!>
<姉さん……>
姉さんの提案は確かに有効かもしれない。私程ではないにせよ、姉さんの速度も一般的な魔導士の中では十分上位に入るレベルにはある。
ただ、ブラッディダガーの速度は数ある魔法の中でも最高レベル。姉さんを信頼してはいるけど、どうしても私の心には迷いが生まれる。
「ブラッディダガー」
「ッ!」
その迷いを突くかのように、再び私を囲む凶刃の輪。慌てて包囲を抜け出すと、目の前には何時の間にか闇の書の意思が回り込んでいた。
「……」
「拙い……ッ!」
こちらに向けて広げられた闇の書が意味するもの……それは転生者ならば誰でも分かる。……特に、私の場合は。
直ぐに進行方向を鋭角に切り替えて距離を取る。
<……今のって……>
<うん。……闇の書に『吸収』しようとしてきた。>
物語に於いてもフェイトは闇の書に吸収され、夢の中で絶対にありえない家族との団欒を過ごした。
勿論それは物語での話だ。今の私にとってあの光景は十分にあり得る未来だし、それをつかみ取る為にこうして戦いに赴いている。
……ここで絶対に捕まる訳には行かないんだ。
<姉さん。ブラッディダガーと、今の吸収……対応できそう?>
<……分からない。だけど、このままフェイトだけで戦っても直ぐに捕まっちゃうよ。
だから……!>
<うん、分かった……少しの間、お願い。>
今は確かにピンチだ。絶対に負けられないし、少しの隙を見せる事も許されない。
だからこそ、姉さんを信じて任せよう。
姉さんはこんな時に分の悪い賭けに出るタイプじゃない。その姉さんが『対処できない』じゃなく『分からない』と答えた。
それは多分、今の攻撃が見えていたという事なのだ。
「フェイト……ありがとう、後は私に任せて!」
その口から出た言葉は、私が一番信頼する姉さんの物だった。
「エイミィ、結界の制御は奪い返せそう?」
「それが、未知の防衛プログラムが走っていて……すみません。」
「プログラムの解析に充てる時間は無い、か……仕方が無いわね。結界に対するアプローチは、この際バッサリ諦めましょう。」
艦長の指示を聞きながら、私はもう何度目かの無力感に苛まれていた。
結界を奪われ利用されておきながら、やり返す事もままならないなんて……肝心な時にこんな調子じゃ、クロノ君の役に立つ事も……
「エイミィ。」
「! すみません。少し……その、考え事を……」
「あまりネガティブになり過ぎない事よ。貴女が今感じている無力感は、この場に居る全員が感じている。
寧ろ、こんな状況でも闇の書の通信妨害を潜り抜けて連絡手段を確保できた貴女は、十分に皆の役に立っているわ。」
「艦長……」
慰めるその言葉に涙が出て来る。ホントに前世のセクハラクソ上司とは大違いだ。
「艦長ー! それじゃ俺達が何の役にも立ってないみたいじゃないっすかー!」
「そう思うなら今出来る事を何か一つ見つけなさーい!」
「せめて否定してくださいよー!」
軽い調子で話しかけた銀髪オッドアイの言葉に怒るでもなく、同じような調子で艦長が返す。暗く張り詰めたブリッジの空気が少しだけ緩んだ気がした。
「……リンディ提督? その……彼等はいつもこんな調子なのかね?」
「ええ、いつでも変わらずこんな調子です。だからこそ、いつも彼等の最高のパフォーマンスを発揮してくれる……そう考えるようにしました。」
グレアム提督が不安げに投げかけた疑問に、感心2割、諦め8割くらいのトーンで艦長が答えた。……ホント、色々あったのだ。この認識に落ち着くまでに。
でもそんなやり取りのおかげか、少しだけ心に余裕が出てきた。私ももう一つ、何かできる事を探そう。
再びパネルに向き合おうとした丁度その時、ブリッジの扉が開いた。
「……父さま。」
「アリア、ロッテ……怪我の調子は大丈夫かね?」
「はい、アースラの船医のおかげで……」
入って来たのはすっかり大人しくなったリーゼ姉妹だった。大量の血を消耗し、意識不明の重症にまで陥っていたリーゼロッテを、この短時間で治療出来る船医は一人しか思い当たらず、少しばかり苦い記憶がフラッシュバックする。
「リーゼアリアさん、リーゼロッテさん。既にご存じとは思いますが、貴女達の計画に関しては……」
「分かってる! ……あたし達の負けだよ。」
「ロッテ……」
彼女達も色々と抱え込んでいたのだろう。その口調からはただただ無念さだけが伝わってきた。
「……色々やって来たあたし達の言葉を信じてくれるか分からないけど……それでも聞いてくれるなら、シグナムとシャマルについて話したい事がある。
もっとも、役に立つ情報かは分からないけどね……」
「うん……私達はその為にブリッジに来たんだ。」
「突破口を探す為にも、今は少しでも情報が欲しいわ……聞かせてくれるかしら?」
「……シグナムとシャマル……ううん、多分今のヴォルケンリッター全員がそうだと思うけど……あいつ等は、
「……どういう事かしら?」
「詳しい事情はあたしにもわからないけど、闇の書が覚醒する前と後じゃあいつ等の魔力波動が微妙に変化してるんだ。
あたしはシグナムの攻撃をずっと受けてたから分かる。今のあいつ等の魔力には、共通して別の魔力が混じってる。」
「エイミィ。」
「! はい、艦長!」
慌ててパネルを操作し、現在のヴォルケンリッターと過去のヴォルケンリッターの魔力波動を照合すると……
「これは……魔力波動が一致しません!
で、ですが……
まるで4色の絵具に、共通の別の色を混ぜたような変化……それに闇の書の情報を照らし合わせて考えると、考えられる可能性は……まさか!
「もしかして……ユニゾンデバイスの融合事故を悪用した、守護騎士操作プログラム……!?」
「似たような構造である可能性は高いわ。闇の書の主の姿が変わった事から、少なくともユニゾンデバイスの機能を持っている事は確実だもの。」
いったい誰がこんなプログラムを……!
――端末から漏れ出す、青みがかった光のみが照らし出す薄暗い研究室。
今でも時々思い出す部屋……遥か昔の記憶だ。
『きっ……貴様、どうやってここを……』
『……シャマルが貴方の不審な行動に気付き、私が来ました。』
これは夢だなと、気付いた。目の前の痩せこけた研究者は既に過去の存在だからだ。
……私が斬った男だからだ。
『チッ……あの女、余計な事を……!
まぁ良い……シグナム、戻ってシャマルに伝えろ。いちいちご主人様の行動を観察するなとな。』
そう言いながら、その男はさり気なくその痩躯で端末の画面を隠した。
……既に自分が何をやっているのかがバレているとも知らずに。
『……理解されていないようなので、もう一度言いましょう。
シャマルが、
『ッ! ば、バカな……この部屋は私がセキュリティを……』
『あの程度のセキュリティでは彼女を止める事は出来ません。我らヴォルケンリッターは、あらゆる戦場で勝てるように鍛錬を積んできましたので。』
急に動揺しだしたその男に、僅かばかりの憐れみを覚えた。結局この男は最後まで気付かなかった。
諦めずに説得すれば改心してくれると信じたシャマルに、ずっと見逃されていた事に。
『……お、お前達が悪いんだ!
闇の書の主であるこの僕の命令を聞かず! 何時も僕に口出しばかりしやがって!
お前達が僕の命令に従っていれば、僕は今頃この国の……いや、世界の王にだってなっていただろうに!!』
唾を飛ばしながら醜く喚く姿に、先程抱いた憐れみと……ほんの僅かに抱いていた希望を捨てる。
結局この男に改心の兆し等、最初から無かったのだ。
『平和なこの時代に今一度戦争を起こそうとする者の命令など、誰も聞きません。
そしてそんな王について行く民も……これが最後です。考えを改めるつもりはありませんか?』
『また同じ説教か!? お前もあいつら同様に僕を見下すのか!?
お前達は騎士だろう! 僕の命令を聞くのが仕事だろう! だからそれを出来るようにしてやろうと……』
もう良い……言葉が通じても会話が成立しない者は多く見て来た。結局この男もそうだったのだ。
暗い部屋に剣閃が一筋、瞬いた。
『……あ? あ、あああぁああぁっ!?
ぼ、ぼっ……僕の腕がぁっ! な、何て事してくれるんだよお前は!
直ぐにあの女を……シャマルを呼べぇッ!』
『無駄です。先程、既に彼女とも話は付けてきました。
我等は貴方を見限る。主は覚醒せぬままに終わり、我らは再び眠りに就く。』
レヴァンティンを上段に構えると、男は後退り端末にぶつかった。
『ま、待て! 話を聞こうじゃないか! 何が望みだ! 言ってみろ!
僕が王になればその時に何だって……』
『さらば!』
端末が血に染まり、声が途切れた。
我等の願いは何度も告げていたのに、どうやら本当にその本質を理解できなかったらしい。
その亡骸を見下ろして……ふと端末に目が行った。
『
何の事だろうかと思考を巡らす前に、意識が朦朧とし始める。
主の死を感知した闇の書が、再び転生しようとしているのだろう。
既にライナ様にも別れは告げてきた。この時代に未練は無い。
ただ、この端末の言葉が、何か後々災いを引き起こすのでは……そんな不安を抱きながら、私は眠りに就いた。
――眠りから目覚めて最初に目に入ったのは端末から漏れ出す、青みがかった光のみが照らし出す薄暗い研究室。
『きっ……貴様、どうやってここを……』
そして、先程斬った男。
……どうやら、この夢は繰り返されるらしい。
心の内側で吐いたため息は、しかし私の行動に反映されず、私は口を開いた。
『……シャマルが貴方の不審な行動に気付き、私が来ました。』
まるで台本を読むように、先程と同じ言葉を。
そしてまた劇は繰り返される。
ヴォルケンリッターの過去が少しだけ出た回。
以下補足。
・デレック
シグナムが斬った男。国の研究機関に所属してはいたが、実績が伴わず卑屈になって行った。
実際に周りに見下されていたとかそう言った事は無く、単なる被害妄想。
元々真っ直ぐでは無かった性根はさらにねじ曲がり、見下され続けた(と長い間思い込んだ)結果、自己顕示欲と野望のみが肥大化。
偶然闇の書に選ばれた事で勘違いは加速し、自分は王になれる器だと思い込んだ。
名前の元ネタはドイツ語で『統治者』を意味する男性名。名前に反してその器では無かった。
・ライナ
ドイツ語で『小さな天使』を意味する女性名。その名の通り天使。
現代では別の姿で『美香』と名乗っている。