照りつける日差し、焼けたアスファルト、うっすらと遠くに揺らぐ陽炎……
あれからどれだけ経ったのだろうか、今私達が居る海鳴市はサマーシーズン真っただ中だった。
そんな暑さだというのに元気いっぱいに外へと駆け出し、こちらを向いて手を振る少女の姿が一つ……
「はやてー! 早く行こうぜ!
夏休みはプールに行くって言ってただろー!?」
「あ、あぁ……そうみたい、やな。」
そう、この光景もまた夢である。
あれから私はこの夢の中で色んな事を経験した。
クリスマスやお正月、バレンタインにホワイトデー、お花見にも行ったっけ……
その光景にはいつも家族と友達の姿があって……確かにこんな毎日が続くと言うのなら、それは幸福と言って差し支えない。
歩く度に、笑う度に、私はこの世界に依存しそうになった。
だけど……
『せやけど、それはただの夢や。』
記憶の中のはやての言葉が、この夢を受け入れようとしてしまう、弱い私の心を引き戻す。
8歳の女の子でもこの誘惑に勝ったんだ。人生2度目の私が負ける訳にはいかない。
「……よし!」
気合を入れて、頬を叩く。
両頬に走る軽い痛みに、頭が冷静さを取り戻す。
……だけど、何度正気に戻ってもこの世界は完璧で、綻びなんて見つからない。
そもそも普通の人間は『眠る方法』は知っていても、『目覚める方法』なんて知らないのだ。
この夢の世界では頬を抓っても痛いと感じるし、冬の水は肌を刺すように冷たかった。
前世も含めて苦手だったブラックコーヒーも飲んでみたけど、涙が出るほど苦いだけで、それでも目は覚めなかった。
……手詰まり。
そんな言葉が何度頭を過ったのか、もう数えられない。
「な、なぁ、はやて……急にどうしたんだ?
頬なんか叩いてよぉ……」
「えっ? あ、あぁ、ちょっと気合を入れただけなんよ。」
気付けば目の前のすぐ近くにヴィータの心配そうな表情があり、少し慌ててしまう。
……ちょっと前から感じているのだが、この世界のヴォルケンリッターの性格が少し違うように感じる。
特にヴィータは転生者だというのに見た目相応の子供らしさがあると言うか……もしかして、私の内なる願望だったりするのだろうか?
「なんでもないなら良かった! じゃあ
「あぁ、うん……
……へっ!? はやて“ちゃん”?」
急に変な事を言い出したヴィータ……いや、違う。この声は……
『はやてちゃん! はやてちゃんの願いはこんな事じゃないでしょ!』
「……なのはちゃん!?」
この声はどこから……先程ヴィータの口から声が聞こえたと勘違いしてしまったが、そうじゃない。
声の出所を探す為、周囲に目を走らせる。
「……あっち!」
「おい、はやて! プールは逆だぞー!?」
「ごめん、先に行っとって! ちょっと暑いから自販機で飲み物買うて来るわ!」
止めようとするヴィータにそう告げて駆け出す。
思えばこうして走るのにも随分と慣れた。最初はどうも感覚が掴めず、ふらついたりもしたのだけど……
地を蹴る感覚に小さな感動を覚えながら、声を頼りに何度か角を曲がると……それは唐突に眼前に現れた。
「空間に、穴が……」
近所のスーパーに続く道……この夢の中で昨日も通った筈の道のど真ん中で、何もない空間が軋み、ボロボロと剥がれ落ちている。
……その先には光も差し込まない、闇だけがあった。
これが漫画やゲームで良くある、空間の穴と言うアレだろうか? ここを潜れば目を覚ます事が出来るのだろうか?
……覗き込んでみた穴の中は本当に真っ暗だ。
いや、手を伸ばせば触れるのではないかと言うくらいに
これは本当に穴なのだろうか? 寧ろ触れたら死ぬ類の『なにか』なんじゃないか?
……確信の持てない現状に、中々足を踏み出せない。
「はやて!」
「ッ! ヴィータ……」
声に振り返るとヴィータが居た。その傍にはシグナムとシャマル、ザフィーラも一緒だ。私を止める為に来たのだろうかと、身構える。
……だけど、少しだけ違和感があった。彼女達は何かが違う……そう、根拠も無く感じた。
「早く行け! はやて!」
「皆、はやての目覚めを待っております。」
「あともう少しよ、はやてちゃん!」
「ご武運を。」
「皆……もしかして……!」
彼女達は今まで過ごした4人と違う……
今まで一年近く、夢の中で何処か違和感を抱えながら過ごしていた。
ヴィータは私の知っているヴィータよりちょっと幼かったし、シグナムは趣味に乏しかった。ザフィーラは子供にワンちゃん扱いされても平気そうだったし、シャマルの料理は美味しかった。
でも彼女達は違う、今までずっと心の奥底で会いたいと願っていた4人だ。
私の脚は彼女達に駆け出そうとして……
『――はやてちゃん!』
「っ! なのはちゃん……!」
もう一度何処からともなく響いたなのはちゃんの声で、踏みとどまる。
……私は今何をしようとしていたのか。
あの穴は、間違いなく今この瞬間に命を懸けている友達が切り開いてくれた道だと言うのに……
「……それで良いのです、はやて。貴女が目覚めた時、我らも傍におります。」
「早く目ぇ覚まして、あたし達も呼んでくれよ! ナハトヴァールにアイゼンを叩き込みたくてうずうずしてんだからな!」
「さっき、私だけ失礼な事考えましたよね? 現実で私の手料理を食べてから言ってください。
明日こそは私が台所に立ちますからね!」
「早く行け、シャマルの説得はこっちでしておく。」
「……うん! 皆、あっちでまた会おうな!」
そして家族の声に支えられ、心に広がった不安を振り切って……私は闇の中に身を投げた。
「……やってくれたな、高町なのは。」
「はぁっ……! はぁっ……!」
幾度拳を叩き込んだだろうか、幾度魔法を見舞っただろうか。それでも倒しきれなかった少女に、思わず言葉がこぼれた。
私の目には今、二人の少女が見えた。
一人は今まさに戦っている少女、高町なのは……そして夢から覚めてしまった我が主、八神はやてだ。
私はそれぞれの少女にそれぞれの言葉を紡ぐ。
「お前の
……主の安眠すら守れぬこの身の未熟さを、これほど呪った日も無い。」
高町なのはに少しばかりの恨みを込めて、
『主、どうか今一度その目を閉じてお眠りになって下さい。
幸せな夢にその心を御委ね下さい。』
主はやてに願いを込めて。
だが……
「目を覚まさなきゃいけないんだよ……!
どんなに幸せでも、どんなに満たされても……」
『確かに夢ん中で色んな事させて貰ったわ。
楽しいって感じた事も多かったし、幸せな気持ちになった事もあったけど……』
何故二人の姿が重なるのだ。何故その目の光が同じに見えるのだ。
『
……何故、同じ言葉が重なるのだ。
心を疑問が埋め尽くしたその瞬間――
≪Constellation Bind.≫
周囲に幾つもの光点が現れ、伸びた光の筋が我が身を縛り付けた。
「総攻撃ィィ!!」
「「「「「「「ッシャアァァ! スッゾコラァァァ!!」」」」」」」
「……ふぅ、なんとか拘束できたらしいな。」
先程作り上げたバインドが闇の書の意思を拘束出来ている事を確認し、安堵のため息をつく。
『星座』をモチーフにしたあのバインドは、周囲に漂う全ての
構造を知らなければ振り解く事は出来ず、そして今しがた生まれたが故に、闇の書にも記録されていない魔法。
まぁ、これでしばらくは持つだろう。
「神場君! これって一体……?」
「おー、なのはにフェイト。無事で何よりだ。」
どうやらこちらの作戦を知らされてなかったらしい二人に事情を説明する。
「リンディさんの作戦……」
「あぁ、俺の魔法で魔力波動を隠蔽して潜伏。そんで今、俺の魔法で闇の書の意思の拘束を済ませたって所だ。」
もう一度闇の書の意思を見るが、未だに拘束が破られる気配はない。
……いや、あの落ち着き方を見るともしかして……
「……この後の動きはどうなるの!? はやてちゃんは!?」
「お、落ち着けって! この後は……」
はやてが捕まると思ったのか、こちらに掴みかからんばかりに迫るなのはを落ち着けようとしたその時だった。
≪あー、皆さん聞こえますか? 私は八神はやてっちゅうもんです!
えっと……なのはちゃん、そこにおるんよな?≫
「この声……!」
なのはは直ぐにはやてと念話を開始したのだろう。急に静かになった。
……あ、この会話個人通話みたいな感じなんだ。何か寂しい……
……そして、しばらくして。
「レイジングハート! 全力全開、行くよ!!」
≪Stand by ready! Star Light Breaker!!≫
「総員退避イイィィィッ!!!」
唐突にチャージを始めたなのはの姿に、俺は慌てて空へと声を張り上げた。
プロット段階ではSLB vs SLBと言うドラゴンボール展開も考えてましたが、どう考えても民間人に被害が出るので没になりました。