具体的に言うと、デレックが奇襲で狙ったはやての部位が『眉間』から『心臓』になりました。
(眉間狙った攻撃を庇った人が体を貫かれるのってやっぱり無理があるなってなったので)
身体に奔る強い衝撃と痛み……だけど、それは本来私が受ける事になる筈だった物よりも遥かに小さい。
誰かに突き飛ばされたのだろう、肩に残る感覚がそれを物語っている。
振り返ると……私を助けてくれた人が、私の代わりに貫かれているのが見えた。
……嫌な予感はしていた。
突き飛ばされる寸前に、ここに居るはずのない彼女の声を聞いた気がしていたから。
赤みがかったオレンジ色の髪……肩の辺りまでで切り揃えられたその髪が、俯いたその顔を隠しているけど間違いない。
私が彼女の事を見間違えるはずがない。彼女の声を聞き間違えるはずがない。
この世界で、両親を除けば一番長く私の側にいてくれた女性なのだから……
「――美香さん!!」
いつの間にここに来たのかなんて考える暇も無い。急いで彼女の体を抱えると、腹部にぽっかりと拳大の穴が開いているのが分かった。
「そ、そんな……!」
普通に考えればどう考えても致命傷だ。
顔からも血の気が引いており、もう助からないのではないかと言う考えがどうしても浮かんでしまう。
だけど、ここは前世の世界とは違って魔法がある世界だ。
そうだ、癒しの魔法のスペシャリストなら私の側にもいたではないか……!
「シャマル! 直ぐに美香さんの治療を! ……シャマル?」
声を張り上げても返答が無い……いや、美香さんが貫かれた衝撃で今まで意識している暇も無かったけど、思い返してみればさっきから妙に静かだ。
「な、なんや……これ……? 皆どないしたんや……?」
誰も動いていなかった。なのはちゃんもフェイトちゃんも、クロノさんも、ヴォルケンリッターの皆も……まるで石像のように固まったまま、浮かんでいるだけだ。
――時間が、止まってる……?
前世で見たアニメや漫画等の知識から、今の状況をそう判断したその時、
私の背後から声が聞こえた。
「はぁ……まさか、この私を出し抜くとはね。
これはちょっとやり過ぎなんじゃないの、みーちゃん?」
――どこにでもいそうな少女だった。少なくとも外見上は。
背中まで伸ばしたオレンジ色の髪は、この転生後の世界では特別珍しいものではなく……寧ろ何処か眠たげな眼をしている方が特徴的な、今の私と同じ年頃の女の子だった。
だけど、こんな状況下で自由に動いているという事実が、彼女が只者ではないと教えてくれる。
「済み、ません……朱莉さん……
どうしても、見過ごせ……なくて……」
「!? 美香さん、喋ったらあかん! とにかく安静に……」
「あー、大丈夫だって。みーちゃんはそんな事で死ぬほど脆くはないからさー」
美香さんが『朱莉』と呼んだ少女の言葉に耳を疑う。
腹部に穴が開いているのに、美香さんは間違いなく痛みで呻いているというのに……それを事も無げに軽い調子で紡がれるその言葉に、思わず語気を荒げる。
「『そんな事』って……! 何でアンタにそんな事が言えるんや!?」
「そりゃ私もみーちゃんと一緒だからね~。同業者って言うのかな?
私もそれくらいのダメージじゃ、痛くも……いや、痛くはあるけど死ぬ事は無いよ。」
その言葉で彼女の正体を理解する。
「! あ、アンタ、美香さんと一緒って事は、天使さんなんやな!?
お願いや! 美香さんの傷、治したってくれ!」
美香さんと同じ天使なら、別に美香さんと敵対関係にある訳じゃ無い筈だ。
多分こんな大きな傷だろうと、立ちどころに治す事が出来るはずだ。
そう思っての頼みだったのだが、私の予想に反して彼女は困ったように眉を八の字にして、申し訳無さそうな声で答えた。
「んー……それがちょっとね、今ややこしい事になっちゃっててさ……
みーちゃんに『帰還命令』出ちゃってるのよね。」
「『帰還命令』……?」
天使に命令を下せる者なんて、それこそ……
って事は『帰還』って、まさか……!
「まぁ、大方君の予想通りだよ。
より分かりやすく言うと、みーちゃんはもう、この世界に居られなくなるって事。
みーちゃんがちょっとルール違反しちゃってさー……
ちゃんとした理由があるのならともかく、今回のは完全に感情で突っ走っちゃって……」
『天使のルール』……以前、確かにちょっとだけ話題に出た事もあった気がする。詳しい内容についてははぐらかされてしまったが、もしもそれを
「み、美香さん、今あの子が言った事、ホンマなんか……?」
「……はい、ちょっと思わず時間と空間飛び越えちゃいました。」
――いや、それそんな軽く越えられるもんなんか!?
思わず喉元まで出かかったツッコミを飲み込む。
今はそんなやり取りをする場面では無いのだ。
「何で私の為にそんな無茶を……!」
「いえ、私が動いてしまったのは……
あ……もう傷も塞がったので、抱えていただかなくても大丈夫ですよ。」
美香さんの言葉に半信半疑ながらも従い、抱えていた腕を解くと、美香さんは先程の重傷を感じさせない程しっかりとした姿勢で飛翔した。
その体には確かに傷跡も見当たらず、先程の重症がまるで夢か何かだったのではないかとすら思ってしまう。
「それで、理由でしたね……
勿論貴女が死んでしまうのが嫌だったのは私の本心なんですが、
私が動いてしまった
そう言って、ある方向を見る美香さん。
彼女の目線を追うと、恐怖にも似た表情で叫んだまま固まっているヴィータがいた。
その隣には目を見開き、直ぐに駆け付けようと飛び出した直後のシグナムの姿。
また、美香さんが示す別の方向には、今にも悲鳴を上げそうなシャマルと、怒りの形相で黒い槍を殴り折ろうと拳を振り上げるザフィーラも確認できた。
「彼女達はずっと闇の書の支配に抗って来ました。
この平和な時代に……はやてちゃんの居る、この日本に辿り着く事だけを心の支えにして……
はやてちゃん……貴女は貴女が思っている以上に、彼女達の支えになっているんです。
私には何も出来なかった。何度も転生と戦争を繰り返す彼女達の側に、ずっといたにも拘らず……見ている事しか出来なかった。」
……彼女がこんなにも顔を歪める様子は初めて見た。
私の記憶の中の美香さんはいつも穏やかな表情で、優しい口調で……その内側にこんなにも色々な思いを抱えていたなんて、考えたことも無かった。
「美香さん……」
「はやてちゃん……私は天使の身でありながら、貴女が羨ましくて仕方がない。
貴女の前世の事は知っています、今生での苦労も見てきました。
……それでも私は貴女が羨ましい。
数百年もの間、誰かの支えになり続けた貴女の代わりが出来る天使はいない。
私がずっと救いたいと願っていた彼女達を救えるのは、貴女しかいないんです。」
彼女の言葉に、もう痛まない筈の胸がずきりと痛む。
――それは違う。そう言葉に出したかった。
だってそうだろう。数百年もの間、彼女達を支えたのは私じゃない……『八神はやて』だ。
……『私』じゃない『八神はやて』なんだから。
「その考えはちょっと違いますよ、はやてちゃん。
彼女達がこの時代に辿り着いてからも、貴女の事を知ってからも……彼女達は他でもない『貴女』を支えに戦って来ました。」
――っ!? まさか美香さんには私の考えている事が……
「はい、分かりますよ。これでも天使ですからね。
そして、だからこそ断言できます。彼女達が求めている『八神はやて』は、間違いなく『貴女』だと。
『貴女』が『八神はやて』だったから、彼女達はここまで必死に戦うのだと。」
もう一度、固まったままのヴィータを見る。
――まるで自分の命よりも大事な物を失いそうになったような、そんな恐怖を感じた。
そしてそれは、私が死にそうになったあの瞬間の表情だ。
私が転生者だと、『八神はやて』ではないと知っていても、彼女は私が死ぬことに恐怖してくれた……
……こう言うのはあまりにも不謹慎で、私自身どうかと思うが……少しだけ、嬉しい。
きっと私も逆の立場ならば彼女のように恐怖したに違いないから。私が彼女に対してそう思っているように、彼女も私の事を本当の家族だと思ってくれている事が分かったから。
「……そうやったんか。皆、本当に『私』を見て『はやて』って呼んでくれてたんや……」
私はずっと心の何処かで線を引いていた。
『私』と『八神はやて』が『=』で繋がる事はないのだと。
ずっと
でも、少なくとも彼女達にとってだけでも私が『
「……どうやら、分かってくれたみたいですね。
貴女が
それが私が動いてしまった理由です。
ルールを破る事になっても、貴女の側にいられなくなっても……彼女達を支えられる貴女を失う訳にはいかなかった。
全て、彼女達を救いたいと願い続けた私の意思です。貴女に責任はありません。」
「でも……でも! 私があの時死にかけたんは間違いなく私の不注意や!
あの時私が油断せえへんかったら、美香さんは……」
あの時、私の中には間違いなく油断があった。ミストルティンが作戦通りに決まって、これなら私も戦える……勝てるって、そう思ってしまったからだ。
「……貴女がそう思うのなら、この先こんな事が無いように気を付けてください。
貴女の為に体を張った私を、貴女の中に経験として住まわせてください。
そうすれば、私のこの行動は報われますから……」
「美香さん……」
そう言ってほほ笑む美香さんの表情は、私が良く知る美香さんの物だった。
「……そろそろ良いかな?
こっちの時間は止まってるけどさ、時間の概念が無い天界は今も動いてるから……
実は今、結構急かされてるんだよね~……」
「す、すみません朱莉さん! 待っていてくださって!
……えっと、じゃあここでお別れですね。はやてちゃん……
彼女達の事、お願いしますね。」
「美香さん……うん、任せて。
私があの子達の
「はい。楽しみにしていますね。」
美香さんは最後にもう一度微笑んでそう言い残すと、光の粒になって消えて行った。
この場に残されたのは、私と朱莉さんの二人だけだ。
「……朱莉さん、やったっけ。
美香さんは、この後どうなるんや?」
勝手な行動による帰還命令……当然、何らかの処罰が下されてしまうのだろう。
私の不注意が招いたその結果を、私は知っておきたかった。
「そうだね……向こうの直近の事情と、今回のみーちゃんの行動を考えると……
ま、『地獄行き』が妥当だね。」
「なっ!? そ、そんなに重いんか!?」
地獄を見た事がある訳では無いが、その概念は誰でも知っている。
悪人の魂が堕ちる所……あんなに優しい美香さんが、私一人の油断のせいでそんなところに行く事になるのかと愕然とする。
「そりゃあね、神様の決めたルールを自分の勝手で破っちゃったわけだしねー……」
「……それ、美香さんも覚悟してたんか。」
「覚悟の上だろうね。
……でも私は嫌だね、地獄行き。何が何でも行きたくない場所だよ。」
やはり天使ともなれば地獄についても知っているのだろう。眠たげだった彼女の表情が、地獄の事を話す時だけは心底嫌そうに歪んだ。
「やっぱり、天使でも厳しい場所なんか?」
「厳しいよー……
「そうやなぁ……やっぱり日本の職場環境とは……
……ん? あれ?」
いや、普通に流してしまいそうになったが、今の話なんか……
「どうしたのさ?」
「いや……あれ……? 『
「? うん、だから『
あそこに堕ちる連中は自分勝手な
あれ、でもみーちゃんって確か行儀良かったから40年くらいで戻って来るかも……」
……
一体、あの瞬間に何が起こったのか分からなかった。
きっと不意打ちを仕掛けたデレックにも解っていないだろう。
デレックの不意打ちによってはやての心臓が貫かれる瞬間、一瞬どこかで見た事のある女性が居たような気がした。
そして次の瞬間には、少しだけ位置がずれたところに浮遊するはやてがいた。
さっきの不意打ちをどう躱したのかは気になるが、どうやら無事である事は確かなようだ。
その事実にホッと胸をなでおろしたその瞬間……
「――ややこしい言い方すんなやぁぁぁッ!!」
「は、はやて!?」
「はやてちゃん!?」
「……えっ!? 動いとる!?」
はやての渾身の絶叫が大気を揺るがした。
★天界事情における『地獄行き』★
人間界で言うところの出向。『堕天』とは全然違う。
左遷の様な意味合いも混ざっており、
要するに『素行不良な天使にルールの大切さを覚えさせる為、
基本的に地獄は悪人の相手をする事になる等の理由から、天国よりも規則が厳しくなっており、
美香のように『ルールを破った天使』が回される事が多い部署。何気に朱莉も経験済み。
と言うか、天使にも人間でいう『思春期』や『中二病』の時期があり、大抵の天使はそのタイミングの素行不良で一度『地獄行き』されている。
因みに『地獄行き』の期間は処罰を受けた回数によって決まっており、
一回毎に『20年』『40年』『60年』『80年』……と伸びていく。
なので、朱莉が次にルールを破るとその期間は『120年』となる。