戦いが終わった日の深夜。
私とリインフォースは、未だ眠りから覚めないはやての部屋に来ていた。
あの戦いの後、はやてはやはり意識を失った。
朧げな記憶の中には確かにそうなると言う知識はあったが、それでも当時は肝を冷やしたものだ。
「……そろそろ行こう、シグナム。」
「……もう良いのか?」
「ああ……はやてとは十分、夢の中で話が出来た。
それに、あまり長居する訳にも行かないさ。」
「…………分かった。」
しばらくの間はやての寝顔を眺め、最後にその頭を一撫でしたリインフォースは私にそう告げた。
きっと彼女も本心ではもう少しだけ……それこそ、はやての目が覚めるまでこの部屋に居たいのだろう。
どこか寂しげな表情が、それを物語っているように見えた。
「シグナム、リインフォース……行くの?」
はやての部屋を静かに抜け出してリビングに降りると、シャマルが声をかけて来た。
彼女の言葉に対して首肯で返すと、同じくリビングに居たヴィータやザフィーラにも聞こえるように指示を出す。
「シャマル、ヴィータ、ザフィーラ……行くぞ。」
「でもよぉ……やっぱりもうちょっと待ってからでも……」
「……本人が望んでいる事だ。それに、早くしなければ防御プログラムの再生が始まってしまう。」
「ザフィーラ……ああ、分かってる。
今までの頑張りを無駄にする訳にもいかねぇよな……」
――防御プログラムの再生。それが、リインフォースがこの世界に留まる事が出来ない理由だ。
確かにあの時、一度はデレックと共に防御プログラムの分離は成功していた。
しかしリインフォース曰く、度重なる改竄により夜天の魔導書の基礎構造は歪められ、『防御プログラムが存在する事が正しい形である』という事にされてしまったらしい。
夜天の魔導書には、自らの欠損した機能を修復してしまう機構がある。
夜天の魔導書が……リインフォースが存在する限り、近い将来に必ず暴走は起こってしまうのだ。
家を出ると、突き刺すような冷たい風が頬を撫でる。
12月も半ばの深夜の空気なんてこんなものだ。こんな気温だからこそ人通りは少なく、心配事も少なくて済む。
「……それにしても、街中に被害が出なくて良かったわ。
あの結界が無ければ今頃この街は……」
目的地に向かう途中、街を見回しながらシャマルが言う。
もしも結界が無かったら……か。きっと今頃はここからでも見える程の巨大な氷塊が、多くの人々の生活を奪っていただろうな。
「攻撃していた私が言うのもなんだが……この街に被害が出なくて良かった。
はやての住む街が、お前達がこれから暮らす街が無事で本当に良かった。」
「リインフォース……」
「……守護騎士達よ、くれぐれもはやてを頼む。
あの子は優しすぎる子だ。彼女を襲う困難は、きっと直接的な攻撃に留まらない。
虚言や甘言……
「勿論だ。」
それからも色々な事を話しながら、『待ち合わせの場所』に着いた。
周囲を見回しても、待ち合わせの相手は来ていない。時間を確認すると、少しだけ早く着いてしまったようだ。
「……彼女達は、来てくれるだろうか。」
「来るさ……必ず。」
彼女の不安気な呟きにそう返すと、彼女は崖際に立ち、海鳴市の街並みを眺め始めた。
はやての未来を見るように……そこに自分の影を探すように。
眼下に広がる街を眺め、はやての未来に思いを馳せる。
クリスマスを一週間後に控え、色とりどりのネオンに輝く街並みにはちらほらと人の姿が見える。
「……ここは、良い街だな。
あんな事件の直ぐ後だと言うのに、街の人の表情には未来への希望が既に宿っている。」
「ん? ……ああ、それなりに過ごしていたが、空気はきれいで人も……優しい。
……良い街だよ。」
何かを言い淀むシグナムを見て、心に
あの事件を経て、街は初めて魔法の脅威を認識した。
天を貫く光、大地を吹き飛ばす力……そんな彼等にしてみれば非現実的な力を、人一人が扱えると言う現実。
心に芽生えた恐怖が刃となって、はやてを傷付けるのでは……そんな不安が消えないのだ。
優しい人に……
「シグナム、重ねて頼む。どうかはやてを……」
「ああ、はやては私達が守る……だから、安心して眠ってくれ。」
「済まない……ありがとう。」
……どれくらい街を眺めていただろう。
不意に背後から聞こえた足音に振り向くと、そこには待ち人の姿があった。
「来てくれたんだな。なのは、フェイト……感謝する。」
「リインフォースさん……」
「こんな深夜に済まないな。出来るだけ人目にはつきたくなかったんだ。
……あんな事件の後だからな。」
「分かっています。リニスもきっとそうだろうって、外出を許してくれました。」
「私が消えた後、どうかはやてを頼む。
守護騎士達にも頼んでいるが、彼女達が傍にいられない時もあるだろう。
友達として彼女の心を支えてやってくれ。」
「「はい!」」
うん……まっすぐできれいな目だ。彼女達なら任せられる。
心に燻る不安が少しだけ小さくなった気がした。
「――さあ、儀式を始めよう。」
夜天の魔導書の終焉の時だ。
「――待って!」
突然響いた第三者の声に振り向くと、そこに居たのははやてだった。
結構な坂道だと言うのに、懸命に車椅子を漕いでこちらに向かって来る姿に、思わず駆け寄ってしまう。
「はやて、どうしてここが……!」
「なのはちゃんにメールで教えて貰ったんや! リインフォースが消えようとしてるて!」
手に持つ携帯電話の画面を見せられると、そこには確かになのはからのメールが表示されていた。
咄嗟になのはの方を向く。咄嗟に視線を外された。
……いや、これもはやてを友達として思うが故。不問としよう。
「はやて、私は……」
「……分かってる。夜天の魔導書のマスター権限を得た時に全部知った。
でも、直接おやすみも言わせてくれへんなんてあんまりやないか。」
「! はやて、では……」
「……うん。寂しいけど、しばらくのお別れやな。
再会した時に話せる思い出、いっぱい用意しとくからな!」
「はい。ありがとうございます、はやて……その日を楽しみに待っています。」
はやての車椅子を押して守護騎士達の元に戻る。
……途中、気まずそうな表情のなのはが見えたが、「気遣いに感謝する」と言うとホッと胸をなでおろしていた。
その後儀式は終始順調に進み、いよいよ私が眠る時が来た。
「なのは、フェイト、あの時私を止めてくれてありがとう。
おかげで私もこうして救われた。……はやてをよろしく頼む。」
「……はい、リインフォースさんもお元気で。」
「はやての事は安心して。
……あと、姉さんももうはやてと友達だって言ってる。」
「そうか、そう言えば君達は双子の姉妹だったな。
姉の君にも、ありがとう。」
「“どういたしまして!”だって。」
彼女の姉とはついに話す事は出来なかったが、フェイトが信頼している姉ならば信頼しても良いだろう。
はやてに早くも友達が3人か……彼女達がともにいるのなら心強いな。
「守護騎士達よ、永い間迷惑をかけたな。
私がお前たちに伝えたい事は、既に伝えていた通りだ。
はやてを頼む。」
「承知した。」
「ああ。」
「任せて。」
「……おう。」
守護騎士達にはもう何度はやてを頼んだか分からないな。
事件が終わってからだから……うん、かれこれ8回以上は頼んでいる。
さぞくどかったと思うが、不安だったんだ。許して欲しい。
「では、最後に……はやて。」
「うん。」
「夜天の魔導書が消えた後、私は小さく無力な欠片の中で眠りに就きます。
貴女がその欠片を手放さない限り、私は貴女と共にいます。」
「……うん、私達はずっと一緒や。何があっても手放さへんからな。」
「はい、私は常に貴女の側に……
本当に貴女に会えてよかった。
眠る前にこうして伝えられてよかった。
「伝えたい事は、これで……?」
待て、誰かを忘れている様な……
「――あぁはやて、最後に伝言をお願いします。」
「うん? リンディさんか? クロノさんか?」
「いえ、貴女と交友のある『神尾』と言う者に……」
「……えっと、神尾……?」
……まさか、彼ははやてに名前を憶えて貰っていないのか?
何とも哀れではあるが、あの状況では仕方がないか。
「貴女が図書館に行った時によく会う子の一人です。
はやての髪型についてよく話す……」
「ああ! あの子か!」
本当に哀れだ……この一件でせめて名前を憶えて貰えると良いのだが。
「彼にも『ありがとう』と。
「! そうやったんか。だったらお礼せんとな。」
これが
「……では、おやすみなさい。はやて。」
「……うん、おやすみや。リインフォース。」
儀式用の魔法陣に魔力が満ち、夜天の魔導書が雪のように細やかな魔力の粒子と変わって行く。
それと同時に私の意識も薄れていき……
「……終わったんだね、本当に。」
「……うん。」
なのはちゃんとフェイトちゃんが夜空を見仰ぎながら、小さく確かめるように呟く。
私もそれに倣って星を見ていると、一つ輝く星が落ちて来た。
「……お疲れさま、リインフォース。」
手を伸ばして受け止め、胸に抱きよせる……リインフォースが眠る、小さな剣十字を。
闇の書騒動はこれで完結です。後はエピローグを挟んで、空白期がしばらく続きます。
空白期と言ってもほとんどは正月やバレンタイン等の『今までやってなかった季節モノ』の短編です。
(後は番外編の短編とかクライドさんの帰還とか)
それが終わったらいよいよStS?編です。今まで断固としてStS“?”編と書いてきた理由もその時までには分かるかと思います。(どこかの短編でやる予定なので)