転生者を騙す転生者の物語   作:立井須 カンナ

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ギリギリセーフ! 最後少し雑になってしまったけれど(現在時刻 23:57)


もう一つの奇跡・結

「995……996……997……!」

 

何処かの洞窟の奥に、誰かの声が響いている。

 

「998……999……1000……!」

 

苔の様な植物が放つ柔らかな光が照らし出す空間に、その声の主は居た。

 

全身に汗を滲ませたその青年は、手に持っていた手作りの器具をゆっくりと床に下ろして一息つく。どうやら日課としている一連のトレーニングは、今しがた終えたもので一区切りついたらしい。

 

見回してみればそこは中々に異質な空間だった。

岩の壁をくり抜いて作られた事が伺える壁面は、近代的な内装を思わせる程に滑らかに整えてあり、所々に生えた苔を見なければここが洞窟の中だとは誰も思わないだろう。

 

床もまた壁と同様に水平に整えらえており、この部屋を作った男の拘りが見て取れる。

そしてそこに置かれている物は、テーブルや椅子と言った日常生活に使用する物を除けば主に体を鍛える為に使用される事が想定される物ばかりだ。

 

先程青年が床に下した物……両端に重い石材を取り付けた木製の棒もその一つ。

 

この部屋にある物は……いや、この部屋を含め、この空間の殆どが彼自身が一人で作り上げて来た物だった。

 

 

 


 

 

 

「クロノさん、見つけました! 多分あそこで間違いないです!」

「よし、直ぐにそこまで案内しろ!」

 

あの後、俺達は断崖の壁面を集中して調べていた。

最初の頃は不自然な洞窟があればすぐに見つかるだろうと高を括っていたが、止まない雨と日光を遮る黒雲の所為で視界が悪く、こうして人海戦術を用いても尚、捜索は困難を極めていた。

 

そんな中、漸く入ったそれらしい知らせについて行くと……

 

「なるほど、間違いないな……艦長にも連絡を。」

「はい!」

 

彼の自信の意味が分かった。

そこは周辺の壁面と比べると不自然に窪んでおり、その奥にぽつんと大きめの岩があるだけの場所だった。

 

岩の大きさは直径3m程……そして地面はほぼ水平に均されており、更には岩の下に引きずったような窪み。

 

「魔導生物の視界から隠れられ、人が見れば明らかに分かる隠れ家か……」

 

人がいない無人世界では確かにこれが最適の拠点と言えるのかもしれない。

 

「クロノ、連絡を受けて来たのだけれど……なるほどね。」

「はい、岩の奥に誰かしらの気配も感じます。

 艦長が……」

「クロノ、今は『母さん』って呼んで頂戴。

 どうやら彼も気を利かせてくれたみたいだからね。」

 

母さんの声に辺りを見回すと、先程ここまで案内してくれた局員はいつの間にか姿を晦ましていた。

 

「……アイツ、慣れない事を。」

「でも嬉しい気遣いよ。あの人と出会えたら……私、きっと『艦長』の顔でいられないもの。」

 

ああ、母さんの気持ちは分かるな。

俺自身、きっと平静を保ってはいられないだろう。

父さんは管理局の仕事が忙しく、顔を合わせる機会が多かったとは言い難いが、だからこそたまに会う時は目一杯の愛情を注いでくれた。

 

だからこそ、俺はこの世界で彼の事を素直に父さんと呼ぶ事が出来たのだから。

だからこそ、知っていたの筈の彼の死の知らせに泣いたのだから。

 

「じゃあ、岩をどかすよ……『母さん』。」

「ええ、お願いするわね。クロノ。」

 

魔力を注ぎ岩をどかせた先には、やはり奥へと続く洞窟がその口を開けていた。

 

 

 


 

 

 

薄暗い洞窟の中をクロノと共に歩く。

最初の内は自然物のようだった洞窟の壁面や床は、奥に進むにつれて表面が研磨されているように滑らかになってゆき、今となっては洞窟と言うよりも通路と表現する方が相応しいと思える程に整えられていた。

 

そのまましばらく進むと、通路は左へと向かう曲がり角に差し掛かった。

一本道かつほぼ直角の曲がり角……もしも魔導生物が飛び込んできても、ここでその勢いを殺す為の構造だろうか。その先からは淡い光が漏れ出している。

 

……魔力波動を感じる。どうやらこちらの正体が分かっていない為に警戒されてしまったらしい。

 

私は彼を安心させる為に、彼と良く交わした会話のトーンを思い出しながら声をかけた。

 

 

 


 

 

 

それは食後のトレーニングを終えて一息ついていた時だった。

 

 

 

――雨の音が強くなった? 入り口を隠していた岩が壊されたのか?

 

この拠点が魔導生物に見つかった事は今まで無かったが、それは前例がないだけで『必ず見つからない』と言う保証にはならない。

緊張が走る。

 

使う事が無いようにと願っていた曲がり角の構造……速度に自信がある魔導生物だろうと、こう言うところでは速度を落とす。

そこを確実に狙う為に、速度を重視した射撃魔法を待機させる。

 

……気配の速度はゆっくりだ。こちらの存在に気付かれていないのか?

足音は4つ……だが四足獣にしてはリズムがおかしい。

 

もしかしたら……そんな淡い期待を抱きつつも、決して油断はせずに身構える。

ここに潜伏する為にやって来た次元犯罪者の可能性もあるのだから……

 

 

 

「――時空管理局です。貴方に危害を加えるつもりはありません。」

 

曲がり角の向こうから響いた声に、一瞬で頭が真っ白になった。

聞き間違える訳がない、ずっと会いたいと願っていた人の声だった。

何度も夢に見た。目が覚める度にもう一度夢に浸りたいとその度に願った。

 

「ぁ……っ!」

 

上手く声が出ない。癖になってしまった独り言ではスラスラと言葉に出せる思いが、この時ばかりは何も出て来なかった。

 

――いや、違う。きっと色んな言葉が我先にと出ようとしているが為に、詰まってしまったのだ。

 

だがそんな小さな呻き声の様な物でも、相手の女性には伝わってくれたらしい。

曲がり角を隔てた先で息を飲んだのが伝わって来た。

 

「……ずっと、貴方に会いたかった。貴方は死んだって聞かされていたから。」

 

涙交じりのその声に、今度こそ僕は自分の思いを……一番の願いを言葉にして吐き出した。

 

「……僕も、ずっと貴女に会いたかった。ずっと貴女の待つ家に帰る事を夢に見ていたんだ……リンディ……!」

 

居ても経っても居られずに駆け出す。曲がり角の向こうから、僕と同じように駆けて来た影を、誰かと確かめる前に抱きしめる。

 

「会いたかった……っ! ずっとこの手で、君に触れたかった!」

「私も……私も、貴方にもう一度会いたかった……! 貴方の声が聞きたかった!」

 

何十年ぶりかに聞いた自分の泣き声のみっともなさを、彼女に聞かれる事も考えなかった。ただただ今は感情のままに居たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……昔より大きくなったわね。筋肉もついて……」

「ああ、この世界で生き残るために鍛えなおしたんだ。魔法に頼るにしてもデバイスが無かったから……」

「髪……随分と伸びたのね。」

「前髪はともかく、後ろの方は一人ではカットもままならないからね。」

「髭も伸びてるわ。」

「はは……手厳しいね。」

「少し体臭もするわ。」

「う……一応水浴びでやれるだけの事はしていたんだけどね……」

「……でも、これが生きてるって事なのよね。

 ここでずっと貴方が生き延びて来た証……」

「……うん。君に……君とクロノにもう一度会う事だけを考えて、今まで生きて来た。

 君達の存在があったから、今まで生きて来られたんだ。」

「あなた……っ!」

「リンディ……ッ!」

 

 

 


 

 

 

リンディさんとクロノさんが入って行った洞窟の外……

魔導生物が飛んでこないかの警戒中に、たった一人だけ洞窟の外に出て来た影があったので声をかけた。

 

「……あれ、クロノさん? 一人で出て来たんっスか? クライドさんは……?」

「ああ……あの空間に居ると、実の子である筈の僕ですら邪魔者に思えてしまってね。」

「? ……! あー……まぁ、夫婦っスからね。溢れ出す思いとかもやっぱり多いでしょうね。」

 

一瞬言っている意味が分からなかったが、よくよく考えればあの二人はクロノさんが生まれる前からずっと付き合っていた訳だし、感情の大きさとかもクロノの比ではなかったという事だろうと直ぐに思い至った。

 

多分今頃はアレだな……海外映画とかだとキスシーンに入るようなイチャイチャ状態なんだろう。そりゃ間には入れないわ。

 

「とりあえず、クライドさんは見つかったんっスよね?」

「ああ、エイミィに連絡は済ませてある。

 ……しばらくは二人の時間を過ごさせてやれ、ともな。」

「了解っス。

 まぁ、30分でも1時間でも待ちますか。11年待った人に比べりゃ直ぐも直ぐっスよ。」

「……少々意外だが、君は結構気が利く奴だったんだな。」

「えぇ……? ちょっと俺のイメージについて30分でも1時間でも問い詰めたいんスけど……」

「済まないが遠慮させてもらうよ。僕も少し一人で考えたい気分なんだ。」

 

そう言って珍しく満面の笑みを浮かべるクロノの表情に少しの違和感を感じた。

目に不自然な力が籠もっているように思えたのだ。

 

「……まぁ、待つのが一人増えるくらいなんでも無いっスけどね。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んで呼ぶ時は念話でお願いっス。」

「ああ、済まないな。」

 

そう言って雨の中に飛び去る上司の背中を見送る。

 

「……別にこんな時まで涙を隠す必要なんてないと思うんだけどなぁ。」

 

まぁこの声も雨に消されて届く事は無いんだろうけど。

 

 

 


 

 

 

その後、しばらくして洞窟から連れ立って出て来た父さんと母さんの様子は、局員と言うよりもデート中の恋人同士と言う印象だった。

俺が外で待っていた事を知った母さんは俺に一言謝った後、父さんに俺を紹介。この年で既に執務官についている事に驚いていたが、母さんが『もうしばらくしたら艦長になって提督よ』と言うとさらに驚いていた。……いや、最後の内容に関しては俺も驚いているのだが。

 

さて、さらにその後の展開についても軽く纏めよう。

 

管理局に保護される事になった父さんだが、長年暮らしていた拠点に妙な愛着を持ってしまったらしく、一部の道具を持って行くことになった。

まぁコップとか皿だとかの小物なので問題とかは無かったのだが、父さんの言う『記念』と言うのは流石に今の俺には分かりかねるな。

 

……いつか俺もサバイバル生活する羽目になったら分かるのだろうか? 分かる日が来ない事を祈るとしよう。

 

アースラに乗り込んだ父さんは先ず身嗜みを整える事になった。

元々長期間の任務も想定した間である為、一通りの物が揃っており、身嗜みを整え終えた父さんは見違えるほど若くなっていた。

 

その後数日かけて本局に戻った父さんは、裁判の途中だったグレアム提督と再会。

グレアム提督が再び闇の書事件に関わった事とその顛末を知った父さんは、グレアム提督に謝罪した。

どうやら父さん曰く、グレアム提督があのような行動に走った原因の一端が自分にあると思ったらしい。

慌てふためくグレアム提督の様子は、長年稽古をつけて貰っていた俺も初めて見る物だった。

 

 

 

――そして今。

 

「いやぁ、クロノがもう艦長か……

 もう僕の実力もいつの間にか超えられてしまっているし、無くした11年の重みを今更ながらに痛感するよ。」

「まぁまぁ、今日はおめでたい日なんですから。

 はい、どうぞ。」

「おっと……ありがとう、リンディ。」

 

俺は次元空間航行艦船アースラの艦長となる為の試験を無事にパスした。

今は時空管理局の支部兼、我が家となった地球のマンションでささやかなお祝いをしているところだ。

 

「……ここは良い世界だな。ゆったりとした時間があって、人々の表情も明るい。

 リンディが気に入る訳だ。」

「でしょう? 最初にここに来た時から『良い街だな』って思ってたのよ。」

「ああ……確か『ジュエルシード事件』だったか。そう言えば、あの事件に関してはまだ聞かせて貰ってないな。」

「あら、そうだったかしら?」

「うん、聞かせてくれないか? 君の口から。」

「ふふ……ええ、勿論!」

 

まったく……一応俺の昇進祝いの筈だったんだけどな。

まぁ、同じように両親の仲がすこぶる良いなのはの話を聞く限り、11年間の空白を埋めたいと言う思いが強いのだろう。

 

「いやぁ……空いた時間が二人の仲を縮めると言う話は聞くけど、あれはまさにその好例だねクロノ君。」

「そうだな。だがこれからはその時間もいくらでも……何でここに居るんだエイミィ?」

「えっ!? 招待されてたよ私! 聞いてないの!?」

「いや初耳なんだが……」

 

確かに俺が艦長となったアースラでも彼女は管制司令として働く事になっている。

長年の付き合いではあるし、そう言う意味では身内と言って差し支えないのかも知れないが……

 

「私が呼んだのよ、クロノ。」

「母さん!?」

「だって貴方達って放って置いたら何時まで経っても進展しなさそうだもの。

 また同じ艦で働く訳だし、これを機に……ね?」

 

いや、『ね?』ではないのだが……

 

「ご馳走様です! お義母さん!」

「エイミィ、それは料理の事だよな?」

「えっ? ……………………うん!」

「その間はなんだ!? その間は!?」

 

……どうやらこの騒がしい平和はしばらく続く事になりそうだ。

 




すみません、最後の締めは少し急いで書き上げたので少々雑になってます!
週一投稿の犠牲となったのだ……!
(要望があれば時間が空いている時に書き直します)

エイミィさん(ショタコン)はクロノ君の杉田ボイスを克服したとして話を進めようと思います。
(原作エイミィさんも若干その気があったように思えますので克服可能だと判断)

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