すっかり日も落ちて時刻は19時14分……薄暗い夜の道を、機動六課の隊舎に向かって歩く4人がいた。
一日の訓練を終え、隊舎に帰るところのフォワード陣達だ。
その内の一人ティアナ・ランスターが、すっかり意気消沈した様子でため息交じりに話し始める。
「はぁ~……何か、ちょっと自信無くしちゃったかも……」
「うん……あたしもそれなりに強いつもりだったんだけどなぁ……」
ティアナの言葉に同意するスバルも、いつものような明るさはなりを潜めていた。
彼女達がここまで落ち込んでいる理由は、なのはに一切の攻撃が通用しなかったから……だけではない。
あの後……彼女達がなのはとの模擬戦でかすり傷一つ与えられずに負けた後、追加の教官としてヴィータとシャマルがやって来て、敵の攻撃の『受け方』や『流し方』に関する技術を教える流れになったのだが、フォワード陣はそこでも大きな壁を感じる事になったのだ。
「……でも、教官の強さを直接感じられて安心できる事もありましたよね。
あの人達に直接鍛えて貰えれば、きっと強くなれるって思えましたし。」
「そうだね……ホント、強かったなぁ……」
エリオの言葉に、スバルは仮想空間内での模擬戦を思い返す。
なのはとの模擬戦の情報を受け取ったヴィータとの1対1の模擬戦を……
模擬戦の一戦目。
スバルは組み合わせが決められた直後、ヴィータが宣言した内容を思い出しながらヴィータの隙を探っていた。
『一つだけ先に言っておくぞ。
思いっ切り手加減してやるから、お前が『攻め時だ』と感じたら全力で打ち込んで来い。』
――どうやらあの言葉は、『隙を作ってやるから見抜け』と言う意味ではなかったらしい。
スバルがそう感じるヴィータの攻撃は、ハンマーの柄を短く持ち、その分取り回しやすくなったグラーフアイゼンで怒涛の連撃を繰り出すものだった。
「うっ、ぐ……ッ!」
「……成程、なのはが言うだけはあるな。頑丈さは中々のもんだ。」
ハンマーの打撃面での攻撃は勿論、槍状の部分を用いた刺突も組み合わせた変幻自在の連撃に、今のスバルが付け入る事の出来る隙は無い。
防戦一方となった状況をどうにかすべくローラーブーツを駆動させて距離を取るが、瞬時にその動きを見切ったヴィータが開いていた左手に鉄球を出現させ、すかさず撃ち込んで来る。
「ふんッ!」
「ッ!」
鉄球の威力は到底片手で撃ち込んだとは思えない程重く、スバルはそれを障壁で防ぐ事こそ成功したものの、バランスを崩されないようにその場で踏ん張らざるを得なかった。
その一瞬で再び距離を詰めたヴィータが、ハンマーを振りかぶる。スバルは再び障壁を張って防ごうとして……ヴィータの姿勢が先程と微妙に違う事、それによる重心の違いから狙いを見抜き、取りやめた。
「そら!」
「くっ……うっ!?」
スバルの予測は的中し、グラーフアイゼンの射程が振り抜かれる動きの中で
見れば先程まで柄の中ほどを握っていた右手が、柄の先端に移動していた。遠心力を利用して攻撃の途中でスライドさせたのだ。
上体を後方へと逸らす形で回避したグラーフアイゼンのハンマーが眼前を横切る。
揺らされた空気が風となって顔を撫で、今の一撃に込められた威力の片鱗を感じさせた。
「対応力、速度も悪くねぇ。
一辺倒に障壁で防ごうもんなら叩き割ってたところだったが、戦闘中の観察も抜かりなしってとこか。
師は誰だ? 訓練校で教わる動きじゃねぇが。」
「母の、クイント・ナカジマと……ッ! 姉、のっ! ギンガ・ナカジマです!
……くぅッ!?」
戦いを継続しながらもスバルの返答を聞き、グラーフアイゼンの一撃でスバルを大きく吹っ飛ばしたヴィータは、僅かに考えるようなそぶりを見せると思い出したように言う。
「クイント……ああ、確かシューティング・アーツって奴だったか?」
「はぁ……はぁ……! はい……母を、ご存じで……?」
攻撃の手が止み、息を整えながらもスバルが聞き返すとヴィータは構えを解き答える。
模擬戦も一先ずはここまでで良いと判断したのだろう、表情も柔らかくなっていた。
「以前何度か一緒に仕事した程度だが、近接戦闘の腕は知ってる。
良い師を持ったな、その
じゃあ一旦小休憩するぞ。訓練モード解除すれば直ぐに体力も回復するから、回復したらまた模擬戦だ。」
「はぁ……はぁ……はひぃ……」
ヴィータから休憩を告げられると、スバルは溜まらずその場にへたり込む。魔力の放出と攻撃に対する観察の継続、体捌きに加えて攻撃のプレッシャーと、体力はすでに限界だった。
戦闘の緊張から解放され、落ち着いて周囲を見回せば、シャマルとの模擬戦を行っているティアナや、なのはの魔力弾を必死に躱しているエリオとキャロの姿が見えた。
「はぁ、ふぅ……あれ、あたしが最初にばてちゃったんだ……」
フォワード陣の4人の中で一番体力があると思っていたスバルは、その事実に少し落ち込んだ様子だったが、隣に移動してきたヴィータがそれを励ますように告げた。
「ティアナの訓練は攻撃を受けるようなもんでもねぇし、エリオとキャロはもう一回小休憩を取ってる。
寧ろお前の体力は並外れて高いレベルだ。」
「なんだ、そうだったんだ……」
「とは言え、そう言う周囲の状況を把握していないのは改善点の一つだ。
次からはなるだけ周囲の状況も観察してみろ。模擬戦後に問題出すからな?」
「うぇぇ……」
ヴィータの励ましに安心した様子のスバルだったが、続くヴィータの言葉に再び落ち込む事になるのだった。
「結局あの後も一度だって隙を突く事は出来なかったなぁ……」
「あたしの方も同じ感じ。シャマルさん、結構容赦ないのよね。」
「あ、少しですけど見てました。凄い数の魔力弾に囲まれてましたね……」
「……あれ、殆どあたしの魔力弾だったんだけどね……」
キャロが見た光景は『魔力弾を魔力弾で相殺する訓練』の光景であり、
シャマルの撃ち出した魔力弾の威力を見切り、全く同じ威力の魔力弾で相殺しなければならないと言うものだった。
当然、正確に魔力弾に当てる訓練も兼ねており、外してしまった弾は『旅の鏡』で返されてティアナに返ってくるのだ。
ティアナの撃った弾の威力が強ければシャマルの弾を貫通してしまい、同じく旅の鏡で返され、ティアナの弾の威力が弱ければシャマルの弾を相殺できない。
結果、最終的に十数発の魔力弾を受け、その度に回復して貰っていたのだ。
「た、大変だったんですね……」
「まぁ、それでも後半は結構合わせられるようにもなってたのよ。
スパルタ方針なのは間違いないけど、確かに魔力操作と魔力感知の良い鍛錬になったわ。
……そう言うキャロ達の方はどうだったの?」
「あ、私達は今日は回避のトレーニングでした。
なのはさんの魔力弾を回避し続けるんです。」
「あれ? 案外そっちは普通のメニューだったのね。」
「はい。ただなのはさんは、僕達が回避できるギリギリの速さを正確に見切っていて……」
「あぁ……そう言う事。」
エリオとキャロの言う訓練内容に嘘は無いが、その厳しさは下手すればヴィータやシャマルに並ぶかもしれない。
常に周囲の状況に気を配り、最善の回避行動を
そして魔力弾の数は常に補填され、減る事が無い。基礎的な訓練の密度を限界まで引き上げたメニューは、時に模擬戦よりも辛い事をエリオとキャロは思い知らされていた。
「……でも、さ。ちょっと楽しかったよね?
今日だけでも自分でどこが成長してるか分かるくらいに強くなれてさ。」
「そうね。やっぱり実感があるって言うのは大きいわ。
それだけでモチベーションが上がるもの。」
「はい、まだ私達は本格的な訓練には入れていませんけど、きっと直ぐに成長して見せます。
ね、エリオ?」
「うん。僕達も直ぐにティアナさんやスバルさんに追いついて見せます。」
色々な事があった訓練初日を終え、彼女達はそれぞれ達成感を感じていた。
それは強くなる事が出来る確信を得られたからかもしれないし、憧れた相手に直接教えを乞う事が出来たからかもしれない。
今はただ、これからの日々がきっと楽しくなる……そんな予感に胸を躍らせるばかりだった。
StS?編は途中まで半ば日常パートで進める予定です。
なので暫くは話が進んでいないように感じると思いますが、長い目で見守って下さると嬉しく思います。(途中で伏線とかはちゃんと仕込むつもりです)