――AM 7:30 訓練開始
機動六課隊舎近くの林にて、フォワード陣の4人とその教導を務める隊長陣のメンバーが集まっていた。
その内の一人である高町なのはは、定刻通りに集まったフォワード陣を見回すと表情を緩めた。
「皆、おはよう!
昨日は機動六課稼働の挨拶とかで訓練は午後からだったけど、
今日からはこの時刻にこの場所に集合だから遅れないようにね!」
「「「「はい!」」」」
機動六課の訓練スペースは基本的に『仮想戦闘空間シミュレータ』を除けば、今彼女達が居る場所……林を切り開いて作られた簡易的な訓練場だけだ。
ジェイル・スカリエッティの技術提供や協力のおかげで『仮想戦闘空間シミュレータ』が実用化され、安全性やコスト面で劣る『陸戦用空間シミュレータ』は予算の都合もあり設計されなかったのだ。
とは言え、軽い模擬戦なら行える程度のスペースは用意されており、より実践的な訓練は実質無限大の訓練スペースを用意できる『仮想戦闘空間シミュレータ』の方が優秀なのも事実。
現実での肉体の鍛錬さえ怠らなければ、フォワード陣の訓練はより大きな実を結ぶはずだと言う確信がなのはにはあった。
……もっとも、その確信が故に現実の訓練は『過酷』と言う言葉を超越したものになってしまったのだが。
「それと、今日はフェイト隊長も訓練を見てくれるから、ライトニングの二人はフェイト隊長に教えて貰ってね。」
「フェイト・テスタロッサです。
執務官の仕事もあるから毎日は来れないけど、よろしくね。」
「「はい! よろしくお願いします!」」
なのはが後ろに立っていたフェイトを紹介すると、エリオとキャロは少し表情を緩めつつもしっかりとした返事を返す。
エリオからは自らの目標とするフェイトに教わる事が出来る高揚感が、キャロからは昨日のなのはの訓練からは解放されるのではと言う期待がそれぞれ見て取れた。
そんな二人の様子を見て、フェイトの方は問題なさそうだと確認したなのははスターズの二人……スバルとティアナに向き直ると、先ずはスバルを見つめて告げた。
「それで、スターズの二人なんだけど……
スバルは昨日に引き続きヴィータ副隊長にお願いするね。」
「はいよ……さてスバル、昨日仮想空間内で教えた事覚えてんな?
「は、はい!」
スバルは初日のなのはとの模擬戦の後『仮想戦闘空間シミュレータ』にてヴィータの扱きを既に受けており、彼女の訓練の厳しさを思い出して背筋を伸ばした。
二人がそんなやり取りをしている間になのははティアナの傍により、明るい笑顔を意識して話しかける。
「ティアナは私と一対一ね。」
「はい! よろしくお願いします!」
「うん、よろしくね。
……あ、あと昨日の訓練を踏まえて確認したい事があるんだけど……場所を移動してから話そうか。」
「……? はい、わかりました。」
ティアナの返事に少しばかりの不安を感じたなのはは、再び安心させるように笑顔を見せると他のフォワード陣に向き直り一つ手を叩いた。
「それじゃあ、皆! それぞれ訓練場所に移動して、各自訓練開始!」
そして今日も訓練が始まった。
互いの訓練の魔法が干渉しないようにだろう、他のメンバーから離れたところに案内された俺は、なのはから先程言っていた『確認』の話を切り出されていた。
「……それでね、話って言うのはティアナのポジションについてなんだ。」
「あたしのポジション……『センターガード』の事ですか?」
ポジションの希望は最初にそう伝えていた。
元々アニメのティアナがそのポジションだったという事もあるが、今の俺……つまりティアナの魔法の素質もセンターガードに向いている事は前世の記憶から知っていた為、早い内から自主的に訓練を行っていたのだ。
兄のティーダに見つかってからは一人では危険だという事で訓練内容を伝え、訓練を見て貰ってもいた。
……ある任務を境に、訓練を直接つけて貰う事が出来るようになったのは俺にとって望外の幸運だったな。何より兄が生き残った事が嬉しかったっけ。
そんなこんなで必要以上の実力を身に付けてしまった俺は、機動六課に入る前に海に目を付けられない様に兄の前では実力を隠すようになった。
兄は思ったよりも実力が伸びていない様子の俺に不安を感じていたようだったが、その時には既に訓練の成果は体に染みついており……あとは経験さえ詰めば即戦力になる事も可能だと言う自負さえあった。
「うん。
少し話は逸れるけど……昨日の訓練、シャマル先生に見て貰ってたでしょ?
その時にシャマル先生にお願いして、ティアナの癖も
「癖……」
そう、自負は
……ランク昇格試験で、俺の癖の事を聞かされるまでは。
「……気付いてたかもしれないけど、ティアナは左脚を攻撃から過剰に庇う癖がある。
冷静に戦況を把握する事が求められるセンターガードに、敵の攻撃に対する恐怖心があるのは致命的。
それが行動に現れているとなればなおさら、ね。」
俺の体に染みついてしまった致命的な癖……原因は既に分かっているし、その後の訓練で大分改善させた筈だった。
実際、俺はその癖を完全に克服したとさえ思っていたほどだ。
だが俺の思っていた以上に状況は深刻で、今となってはその癖が俺の今までの努力を……兄に付けて貰った訓練の全てを否定しかねない状況に陥っている。
……俺にはそれが情けなくて仕方なかった。
「だから、最初に確認しておきたいんだ。ティアナの希望する道を。
ティアナは『センターガード』としてやっていきたい? その為に目の前にある障害を克服したい?」
なのはは真っ直ぐに俺の目を見てそう尋ねる。
その眼の中には確かな優しさと、俺の心を見極めんとする鋭い光が宿っていた。
だから俺は、そんななのはの目を真っ直ぐに見つめ返して答えた。
「……はい、あたしは必ず癖を克服します!
その上で『センターガード』として、チームの中心に立ちます!」
「……その為に過酷な訓練を乗り越えられる? 癖を克服しなくても、『対処法を変える道』だってあるかも知れないよ?」
なのはの言う『対処法を変える道』……それはきっと一般的なセンターガードとは違う、俺独自の立ち回りを模索する道だ。
その為に使う魔法を変えるかも知れないし、他のメンバー……例えばスバルの様な耐久力や生存能力の高いパートナーを常に傍に置き、自らの役割に集中する方法かもしれない。
……だけど、それは俺が目指し、兄に教わった道ではない。
「乗り越えます! 必ず!
……『逃げ道』は選びません!」
そう真っ直ぐに伝えると、なのははしばらく俺の目を見つめた後……一人納得したように頷いた。
「……うん、分かった。
それじゃあ私もその方針でティアナに向き合うね。
ただ一つ補足しておくと、『対処法を変える』って言うのは『逃げ道』とイコールじゃないよ。
そっちの方が効率的だったり、他の人との連携次第でって言う事もあるからね。
勿論、逃げ道として選んでしまう人もいるけれど。」
「あ、はい! 失礼しました!」
慌てて頭を下げる。
どうやら俺は自分の事に精一杯で、随分と失礼な事を言ってしまったらしい。
ただ、少なくとも『俺にとって』それは逃げ道だったのだ。その道を選んでしまえば……自分の失態で起きた事故から目を逸らす、言い訳になってしまうように感じたのだ。
「良し! じゃあ改めてよろしくね、ティアナ。
恐怖心の克服、センターガードとしての教導、どっちも全力全開でやって行くよ!」
「っ! はい、お願いします!」
意識を切り替えるようにパン!と手を叩いてそう言うなのはの言葉で、愛用のアンカーガンをセットアップすると、なのはは自らの周りに無数の魔力弾を浮かべた。
「じゃあ、先ずは昨日仮想空間でシャマルさんがやってたのと同じ訓練をしてみようか。
左脚を庇う癖が出る事を考慮したうえで、ね。」
「はい!」
昨日の訓練……真下である地面を除いた全方向から向かって来る魔力弾を、『まったく同じ魔力量』を込めた魔力弾で相殺し続ける訓練か。
瞬時に対象の魔力弾に込められた魔力量を把握し、精密な魔力コントロールと弾道制御で的確な対処を行うオーソドックスな訓練だ。……アニメで最初にティアナがやっていた物よりも難易度は数段上だが。
「じゃあ、行くよ。」
「お願いします!」
シャマルとの訓練では知らず知らずのうちに体が動き、反対側から来る魔力弾に自ら当たりに行ってしまう等のミスがあった……先ずはその癖を修正する!
――15分後。
最後の魔力弾を相殺し、ワンセットを終えた事を確認。
足元を見ると、対応の際に体の向きを変えるために付いた以外の足跡は無い。
十分な意識を払っていたからだろう、どうやら無駄な動きは抑制出来ていたようだ。
……そう自己評価をしていると、なのはから休憩を告げる声が聞こえた。
「じゃあ一旦休憩!
……うん、やっぱり予め聞かされていると良く分かる。
ティアナは過去に訓練中の事故で左脚に怪我をしたんだよね。」
「! ……知ってたんですね。」
あの事故は俺にとってあまり知られたくない物だ……思わず不機嫌そうな声色で聞き返してしまった。
そんな俺に対してもなのはは困ったような笑顔を浮かべて一言「ごめんね」と言った後、続けるように話した。
「教導に必要な事だからね、訓練校時代の教官から教えて貰ったよ。
何があったのかは無理に聞かないけど、その時の恐怖心がまだ残ってるんだね。
左脚に向かう魔力弾に対処する時だけ、相殺用の魔力弾に余計に魔力が多く籠められてる。
……動いてしまう癖を無理に治そうとした結果かな。」
そう言ってなのはが指差した地面には……俺の放った魔力弾で付いた弾痕が残っていた。
同じ魔力量を見極めたのなら、完璧なコントロールが出来ていたのなら絶対に付かない痕だ。
それも一つや二つではない……周囲を見回せば、そこかしこにそんな痕が残っているのが分かった。
「すみません……」
「ううん、無駄に動かない事を意識した結果だし、動き自体はシャマル先生に聞いた話よりもずっと抑えられてるよ。
……そうだね、少し話をしようか。」
そう言ってなのはは俺の傍に歩いて来ると、その場に腰を下ろした。
上官が座っているのを見下ろすのもアレなので、俺も慌ててその場に座ると、なのははゆっくりと話し始める。
「ティアナは一刻も早く癖を消そうとしているみたいだけど……私は元々一朝一夕で克服できるとは思ってないよ。
癖ってそう言う物だし、それこそ強引に治そうとすれば今みたいに別の癖がついちゃうんだ。
だから焦らなくても良いから、ゆっくり確実に積み重ねていこう。
克服するべきは『癖』そのものじゃなくて、根底にある『恐怖』だってことを覚えておいてね。」
「はい……」
あくまで優しく言い聞かせてくれるなのはだが、俺としては早いところこの癖を消してしまいたかった。
この癖と向き合っている間、俺は前に進めない気がして……どうにも焦ってしまうのだ。
そんな俺の様子を察してか、なのはは再び話し始める。
今度は先程までの様な生徒に語り聞かせるようにではなく、親しい友人に話すように。
「……実は昨日、フェイトちゃんとも話してたんだ。
恐怖の克服ってどうすれば良いのかなって。」
「そ、そんな、あたしの為に……?」
「ふふ、教導って言うのはね、別に生徒と向き合っている時だけの問題じゃないんだ。
生徒の未来を考える事が仕事だからね。」
「あ、ありがとうございます。」
何と言うか、こそばゆい感じだ。
時空管理局と言えばある種の軍の様な物だと思っていたし、訓練もスパルタと言う印象があった……いや、これに関しては事実だったが……
とにかく、昨日の訓練では鬼のように見えたなのはが影で俺の事を案じてくれていたと言うのは嬉しい物だ。
やっぱりなのはは一見鬼教官に見えても本質は優し……
「それで一時はショック療法でSLBを撃つなんて話も……」
「ッヒィ!?」
その瞬間、背筋の凍るあの感覚。
――あっ! 昨日の感覚コレかぁ!!
そう理解した時には既に俺の二の腕には鳥肌が立っており、凍えるように震える俺の様子を案じるなのはの顔は、いくら美女でも鬼にしか思えなかった。
この主人公、就寝時刻に何てこと相談してるんだ! あの時はマジで生きた心地しなかったんだぞ!!?