ヴィヴィオが訓練に参加するようになってから、早一週間が経過した。
新たに訓練に加わったヴィヴィオの姿が良い刺激となったのか、或いは仮想空間での模擬戦で何かを感じたのか、フォワードの4人の実力はぐんぐんと伸びていき、技術や連携に限らず精神面でも成長を遂げていた。
そんなある日の夕暮れ時、なのはは仮想訓練をヴィータとシグナムに任せ、『機動六課』も所属する『古代遺失物管理部』の四課を率いる部隊長に連絡を取っていた。
その理由は――
『実際の現場を体験させる、か……まぁ狙いは分かるが、大した山じゃないぞ?
以前潰した組織の残党狩りだ。』
「はい、ですから最初の機会として丁度良いかなって……」
そう、フォワード陣達にそろそろ一度現場を体験させるのも良いだろうと言う考えから、ある種の『職場見学』の予定に関する相談をしていたのだ。
『丁度良いっておい……一応相手は本物の犯罪者だぞ?
……まぁ、確かに簡単な仕事になるだろうし、アンタには部下が何人も世話になってるからな。
無碍にも出来んか。』
「! それって……!?」
四課の部隊長の言葉で、なのはの表情に期待の色が浮かぶ。
それと言うのも、この類の申し出は断られる事が多いからだ。
その理由は未熟な魔導士を守る必要から危険性が高くなると言う事もあるが、それ以前に同じ『古代遺失物管理部』の仲間とは言っても、課が違えば成績を争うライバルでもある。特に銀髪オッドアイと言う戦力が投入され、治安が加速度的に良くなりつつある現状、手柄一つ一つが貴重という状況なのだ。
そんな状況で手柄を横取りされかねない職場見学など、受け入れる方が少数派になるのは仕方の無い事だった。
しかし、そんな事情を気にする事も無いような口調で四課の部隊長は続けた。
『……ま、話は分かった。アンタの口ぶりからしてもお荷物になる事は無さそうだし、なによりアンタも来るんだろ?
だったら万に一つの心配も無いだろうし、良いぜ。見学どころか、隙さえあれば手柄の一つや二つ持って行く気で連れてきな。』
「え、そ、それは流石に……」
あまりに太っ腹な申し出に、思わずしり込みしてしまうなのは。何か考えがあるのだろうかと内心思わず勘ぐってしまったが、部隊長は続けて理由をこう説明した。
『どうせ本命は既にウチでしょっ引いた後だからな、寧ろその位やらせねぇと経験も何も無いのがこの世界だろ。
それに、言っただろ。アンタにはウチの部下が何人も世話になってんだ。アンタの教導が無ければ命が無かったかも……なんて奴だっている。
手柄や戦力以上に替えの効かない命の借りがあるんだ。これも恩返しの一環だと思ってくれや。』
「あ、ありがとうございます!」
訳を知り、なのはの表情がほころぶ。
彼の言う様に、現場を遠巻きに見るよりも実際に犯罪者と対峙し、検挙する方が得られる経験は遥かに多い。
元々部隊発足の理由から現場の経験が得にくい機動六課としては、彼の申し出は本当にありがたい物だった。
『良いってことよ、気にすんな。
ただし体験とは言っても現場に来る以上、いくら若かろうと一人の局員として扱うからな。
お姫様のように守って貰えるなんて思うなよ?』
「はい! そんなやわな鍛え方はしてませんから、安心してください!」
『お、おう……そういやアイツ等も
その後も内容の物騒さと裏腹に雰囲気は明るいまま、フォワード達の職場見学……もとい、『現場体験』の予定は着々と進んで行くのであった。
「……もうこんな時刻だったか。」
来る時には白で統一された内装が、窓から差し込んだ夕日により今ではすっかりオレンジ色に染まっている。
どうやら気付かない内に結構な時間が経っていたらしい。
「あら、本当。
貴方と過ごす時間は、とても早く過ぎ去ってしまうのね。」
そんな演劇の中でしか使われない様な言葉を発したのは、俺の後に続くように部屋を出て来た一人の少女だ。
夕日を反射する『銀髪』も、『色の違う両目』も俺と同じ……転生者の特徴を持つ少女。
「いや、貴女の話がとても興味深く、思わず時を忘れてしまった。」
「そのようなお言葉をいただけて、光栄です。
そろそろお帰りになりますか?」
「……そうだな、流石に戻らないと上司が怖い。」
「お見送りいたします。」
彼女はまるでエスコートするように俺の少し前を歩き、先導する。
俺もそれに続くように、なんて事の無い談笑をしながら内装を見回していた。
……『見送り』とは、随分と使い勝手のいい言葉だなと思う。彼女の目的は俺にこの教会をうろつかせない事だ。こちらとしても捜査の大義名分がない以上、こう言われてはついて行く他ない。
こうして周囲の状況を見回してはいるが、彼女が案内するルートである以上、目ぼしい情報は手に入らないだろう。
聖堂とは違ってあからさまな豪華さはないが、下品でない程度に装飾が施された内装や調度品の数々は手入れが行き届いており、夕日を浴びて色を変えたそれらを眺めていると……自然と『妖精』をモチーフにしたレリーフが目に入った。
……彼女が言うには、この教団が今の名前になる前に崇めていたのはこの妖精なのだとか。
「……『妖精』、か。」
「意外ですね、貴方も『妖精』に興味が?
彼女は病で苦しむ者を魔法で癒し、苦難に立ち向かう者には力を……」
「いや、別に興味がある訳ではないんだが……」
語りに熱が入り始めた少女の言葉を、少し申し訳なく思いつつも遮り思考に戻る。
この教団は、表向きは慈善事業に精力的なボランティア団体だ。教義を無理に押し付ける事も無く、近所の評判も悪くはない。
名前が『ハッピーエンド教団』なんて胡散臭いこと以外は、特に問題はないと思っていた。……調査に入るように命じられるまでは。
元々俺がここに来る事になった理由は、この教会に銀髪オッドアイ達が多数入り浸っている事が確認されており、その中に管理局員の銀髪オッドアイが混ざっている可能性があったからだ。
……正直この時点で相当に怪しいと思っていた。だってそうだろう? 銀髪オッドアイ≒転生者だ。
『聖王教会』に入り浸るのならともかく、なんで原作に存在が確認されていなかった教会の方に入り浸る?
名前の胡散臭さも併せて考えると、もう『怪しい』なんて言葉じゃ済まない。間違いなくここには何かある……そんな確信さえある。
そこまで考えて、正面を歩く少女の背中を見る。
それに彼女がこの教団のトップとなると、輪をかけて色々と怪しくなってくる。
見るからに転生者の彼女が、どうして宗教のトップになろうと思ったのか……それも、このリリカルなのはの世界に転生してまで。
精神年齢は分からないが、肉体の年齢は見た目から考えてまだ15歳程。トップに昇り詰める時間や手間を考えれば、転生する前から計画を練っていたと考えるのが自然だ。
何を企んでいる……? そう聞きたいが、聞けば最後。二度とこの教会には調査に来る事も出来ないだろう。
自分で見つけるしかないのだ。この疑問の答えに繋がる何かを。
…
「今日は楽しい時間を過ごせたわ。来てくれてありがとう。」
しばらく歩くと、表の門とは比べ物にならない程こじんまりとした裏口の扉が見えて来た。
管理局員が入り浸っているのは拙いからと、俺から頼んでこっちの方に案内して貰ったのだが……裏だというのに怪しい痕跡は見当たらなかった。
そう言うルートを案内されたのか、それとも俺の勘が外れたのか……いずれにせよ、俺の小さな抵抗はしっかり躱されたという事だろう。
「いや、俺の方こそ有意義な時間だった。……また今度来るよ。」
「えぇ、何時でもどうぞ。お茶とお菓子を用意してお待ちしていますね。」
互いに本心とは違う言葉で挨拶を交わし、別れた。
だがきっと言葉の内容は現実になるだろう。
……俺はまた近い内にここに来る。今度こそ、この教会の『裏』を暴く為に。
次回かその次くらいにフォワード陣の初任務です。