「それでは機動六課の皆様、作戦開始の合図が出るまではこちらの陣で待機していて下さい。」
局員の案内について行く事数分、到着したのは犯罪組織のアジトを見下ろせる断崖に造られた簡易的な陣だった。
簡易的と言っても戦国時代に使われたような、木材と幕で組まれただけの陣ではない。雨や砂を防ぐためのテントの中には幾つもの端末が並び、アジトからの視線はホログラムでカモフラージュされている。
前世の地球ではホログラムだけでも大がかりな仕掛けだが、管理局の技術をもってすればこれでも十分『簡易的』の範囲内なのだそうだ。
さらに言うと、案内してくれた局員が道中説明してくれたのだが、ここ以外にも同様の拠点がアジトを取り囲むように3ヵ所存在するらしい。
「ね、ねぇティア……何か思ってたよりハイテクだね……」
「そうね……私も最低限の物しかない拠点を想像してたわ……」
ひそひそと話しかけて来たスバルにそう答えていると、近くに来ていた局員の女性が話しかけて来た。
「最低限ですよ、これでも。今回の組織は元々、これくらいはやらないと追い詰められない規模でしたので。」
「そうだったんですか……えっと……」
「申し遅れました、私はこの分隊の指揮を任されています。『アルピナ』と申します。」
俺が言い淀んでいると、アルピナさんはそう言って自己紹介してくれた。
「あ、私はティアナって言います。アルピナさん、今日はよろしくお願いします。」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますね。」
「それで……今回の相手って、そんな大規模な組織だったんですか?」
初任務の相手がそんな組織だなんて聞いていなかった俺は、確認の意味も込めて尋ねる。そんな大捕り物に呼ばれたとなれば……当然するつもりは無いが、少しの油断も出来ないからだ。
しかし、アルピナさんは俺の問いに小さく微笑むとこう告げた。
「今となっては見る影も無い寄せ集めの小悪党達ですので、それほど緊張はしなくても大丈夫ですよ。勿論、油断して良い訳ではありませんけどね。
さて……作戦開始も近いですし、状況をお伝えします。皆さん、このモニターをご覧になって下さい。」
そう言ってアルピナさんが端末を操作すると、空中に浮かび上がったモニターに敵のアジトと思しき建造物が表示された。
周囲を断崖に囲まれた窪地に、入り口の反対側が半分崖に埋まるように造られた金属製の建物が見える。
どうやら周囲は風が強いのか砂が舞っており、そこにアジトがあると知らなければ見つける事は難しそうだ。
そして俺達フォワード陣と、なのは、ヴィータ、シャマルの視線がモニターに集まった事を確認したアルピナさんは「質問は最後にお聞きします」と前置きした後、モニターを指差してこう続けた。
「今、残党は私達の誘導によってあのアジトに逃げ込んでいます。
他の拠点は軒並み潰すか封鎖しており、彼等には後がありません。なので、突入時には激しい抵抗があると想定されます。
また、食料調達用の補給部隊を泳がせ、ルートを調べ尽くした後にこれを封鎖。補給部隊を捕縛し、尋問によって食料の残量等を把握。その後複数回に渡って補給部隊の捕縛と尋問を繰り返し、情報の整合性が取れている事を確認しております。また……」
その後も出るわ出るわ、えげつない手法の数々。もうひと思いに捕らえてやれよと思いたくなるほどの徹底した甚振りっぷりだ。
そんな説明が数十秒続き……
「――以上です、質問は?」
最後にこちらを見たアルピナさんがそう尋ねるが……少なくとも俺には即座に思いつくものは無かった。
それほど徹底的に説明されていたし、敵はそれ以上に徹底的に虐め抜かれていた。
時折態と捜索されている事を気付かせる為に物音を立てて睡眠時間を削いだり、転送妨害の結界を隠さずに張って牽制したりもしていたらしい。
その上、今アジトの中の連中は断食二日目なのだそうだ。
……もう俺の頭の中は「残党の人可哀そう」しか残っていない。いや、だからと言って当然容赦はしないが。
そんな事を考えていた俺の前に座るヴィータが、おもむろに手を挙げた。
「敵のアジトの内部構造についてはどこまで把握してる?」
「捉えた補給部隊に対して尋問も試みましたが、いくつか偽装されていると思しき情報も混じっており、確実と言える情報は地上2階建て、地下1階の3フロアという事しか分かっていません。」
「……まぁ、本来全く情報が無いなんてのが当たり前だからな。
それだけ分かっているだけマシか。」
内部構造に関する情報は無しか……残念ではあるけど、ヴィータの『情報が無いのが当たり前』って言うのは多分事実なんだろう。
そもそもアジトの全ての機能を下っ端が知っているかどうかも怪しいものだしな。
「じゃあ次の質問って言うか、確認だな。周辺の地形と、各分隊の配置を見れるか?」
「はい、元々この後に見せようと思っておりました。
……どうぞ。」
続くヴィータの言葉を受けてアルピナさんが端末を操作すると、モニターの映像が周辺の地図に切り替わる。
地図と言ってもホログラムを利用した立体的な物だ。アジトを中心に500~600m程の距離に4ヵ所『凸』の形の物があり、その内の一つが赤く点滅している。この赤いのが俺達が今居る陣という事だろう。
そしてこの図から他に分かる事は……うん、ちゃんとアジトが囲まれている事くらいしか分からないな。
「合図があり次第、各分隊が転送魔法を用いてアジトに突入する事になります。
また、一部の局員はそれぞれの陣に残り、映像をもとに逃亡する構成員の捕縛及びサポートを行います。」
アルピナさんの説明を聞いているのかいないのか、ヴィータは表示されたホログラムを回転させて色々な方向から見ている。
そしてしばらくすると、こう問いかけた。
「……もっと広い範囲は出せるか?」
「広い範囲と言うと……?」
「そうだな……大体半径2、3㎞くらいあればいいんだけど……」
そんなに!? そこまで行くと流石に作戦と関係無いような……
それに、それくらいまで範囲広げると、ホログラムだと今度は細部が見えないと思うけど……
「申し訳ありませんが、流石にそこまでの範囲は表示できませんね。
地図でしたら総部隊長のいる拠点にありますが……」
アルピナさんも流石にヴィータの質問の意図を測りかねているのか、訝しげな表情だ。
そんな彼女の返答に何か考え込んでいた様子のヴィータは、閉じていた眼を開くとこう言った。
「……解った。じゃああたしはちょっと確認したい事があるから、一旦抜けるぞ。
まぁ、あたしは元々よっぽどの事が無いと動かない予定だったし、あたしが戻る前に合図が出たらそっちでやっててくれ。」
「は、はぁ……総部隊長からもそう聞き及んでいますので、問題は無いとは思いますが……」
そう言ってアルピナさんがこちらを見たので、俺が無言で頷くと彼女も納得したのかそれ以上は何も言わなかった。
これは俺達も耳が痛くなるほど言われた事だ。
今回の事件、俺達フォワード陣は自分の力だけで戦うように……と。
なのはもヴィータも、そう言ったら本当にそうするタイプだ。隊長陣のサポートは本当にギリギリの場面でしか期待できないだろう。
勿論、俺達も二人のサポートを期待して動く気は無いが。
「なのは、お前は結局どうするんだ?」
「えっ?」
「ほら、さっき言われてただろ? お前が前に出ると奴らは途端に特攻してくるだろうって話。」
「あー……うん、そうだね。一応ここでしばらく待機……かな?
勿論、皆が危なくなった時に合図をくれれば直ぐに助けに行くけど。」
なのはを見たら犯罪者は文字通りの死に物狂いになるらしいからなぁ……一体今までどんな風に戦ってきたらそんな事になるのやら。
……片っ端からSLB撃ってないよな?
「ふーん……なら丁度良いか。
なのは、もしかしたらあたしがお前に合図する事もあるかも知れねぇから、その時はあたしの指示に従って動いてくれねぇか?」
「え? うん、良いけど……」
「サンキュー。
……まぁ、あたしの考え過ぎだったら良いんだけどな。」
そう言ってヴィータは陣を出て、本拠点の方へと歩いて行った。
俺にはまだ何の事かは分からないが、ヴィータにはヴィータの考えがあるのは確かだろう。
何に気付いたのか気になるが、意識を切り替えよう。今回は訓練ではなく実戦……意識が散漫な状態で挑んで良い場所ではないのだ。
「他に質問がある方は……いないようですね。
では突入の合図までこちらで待機していてください。
合図が出たら数秒後に転送が始まりますので、直ちに戦闘態勢を取って下さいね。
待ち伏せされている可能性も無い訳ではありませんので。」
そう言って最後に一礼し、アルピナさんはテントの外に出て行った。
残されたフォワード陣の顔を見れば、皆いつもより緊張しているのが表情から分かる。きっと俺も似たような表情になっているのだろう。
初めての現場、初めての事件……そして、初めての実戦。緊張しない方がおかしい。
そして、そんな緊張が納まらない間に、テントの中にある端末からアナウンスが流れ始めた。
『作戦開始の時刻となりました。10秒後に転送の術式が起動します。突入班は戦闘態勢に入って下さい。』
機械的に淡々と告げる声が、俺達の緊張を更に引き上げる。
「いよいよ、始まるんだね……あたし達の初陣が。」
「ええ。……ここで訓練の成果をバッチリ出して、最高のスタートを切りましょう!」
「……うん!」
「はい!」
そして、俺達の足元に転送の術式が展開された。
アルピナ「私の名前は『アルピナ』です。」
4課総部隊長「……」
●アルピナ
フォワード陣が一時的に所属する分隊の分隊長。女性。名前の元はドイツの自動車メーカー『アルピナ』から。
名前が出ておきながら今後の登場があるかは怪しい人物。
なお筆者は自動車に詳しくないので、自動車メーカーで検索してそれっぽい名前から適当に選んだだけである。
●4課総部隊長
かなり規模の大きな犯罪組織を壊滅まで追い詰めた男。
詰将棋のようにじわじわ追い詰める手法を得意とし、流れを読む為に直接現場に来る事も多い行動派。今のところ名前無し。