「――静かなる風よ、癒しの恵みを運んで。」
残党を纏めていたリーダー格の男を捕らえて4課に引き渡した後、私達は負傷した局員達をシャマルの下に運び治療の手伝いをしていた。
治療と言っても殆どの患者は軽傷で済んでおり、一部の重症患者もシャマルの腕ならば誰一人欠けることなく助けられる事だろう。
本当にただ一部……心に傷を負った者を除いては。
「……、…………。」
シャマルが治療を施している部屋を出て、作戦開始前に待機していた部屋の前に戻ると、中からスバルの声が微かに聞こえた。
様子を窺うように覗き込むと、何やらスバルがティアナに話しかけているのが見える。
「ティア……大丈夫だよ、事件は無事に解決したんだし、誰も取り返しのつかない怪我はしてない。
あたしの腕だって、整備すればまたちゃんと動くようになるからさ。」
「……」
何とか励まそうとするスバルの言葉にも、ティアナは俯いたまま反応を示さない。
聞けば、ティアナは残党リーダーとの戦闘中にトラウマを発症し、錯乱状態に陥ってしまったのだとか。
一応左脚に魔力弾が向かうだけではトラウマが発症しない事は確認済みだったのだけど、今回はどうやら事情が違ったという事らしい。
……この辺りの事情に関しては、私はどうする事も出来ない。
と言うのも、ティアナ本人が怪我の原因や状況を当時の教官にすら秘密にしていた為だ。
教官も管理外世界を使用した実習中にティアナが負傷した事しか分かっておらず、ティアナが話したくない事ならばと私も彼女に深く聞く事は無かった。
もしも私が多少強引にでもティアナから事情を聞き出せていれば、今回のような事も起こらなかったのだろうか……そんな風に考えてしまう。
「……彼女の事が心配かね。」
「ブラバスさん……」
思い悩む私に声をかけたのは、4課の総部隊長を務める『ブラバス少将』だった。
彼はティアナ達の様子を一瞥すると、こう続ける。
「……初任務で思い通りに動けない者を俺は何人も見て来た。
数多の事件に関わる中で、心に傷を負ってしまう者もな。」
「……」
ブラバス少将の言葉の続きを黙って待つ。
彼は私とは違い、事件の現場で局員を育てて来た人だ。彼は私にとって、今必要な知識を授けてくれようとしているのだと、目を見て分かった。
「心の傷は時間が解決してくれる……その言葉をすべて否定する訳ではないが、場合によっては時間が心の傷を
自分で自分を責め続け、やがて自信を無くし、前まで出来た判断が出来なくなる……責任感が強い者ほどその傾向は顕著だ。」
ティアナの性格は、彼が言ったそれにまさに当て嵌まるように思う。
もしもこのままティアナが自らを責め続け、心が折れてしまうような事があれば……そう思うと、何か気の利いた言葉をかけてやりたいのだが、肝心の言葉が何も思い浮かばないのだ。
「……私は、ティアナにどう言葉をかけてあげるべきなのでしょう。」
「俺が彼女達を見る限り、君が今何か言葉をかける必要は無い。
『時間が解決できない傷』を癒してくれる一番の特効薬は、『信頼している友』だ。
……どうやら彼女は、それをもう持っているらしい。」
そう言う彼の視線を追ってティアナ達を見れば、いつの間にかスバルはティアナに言葉をかける事をやめ、ただ側に寄り添うように努めていた。
エリオとキャロは二人だけにしようと決めたのか、二人の方を何度か振り向きながらも部屋から出て行くところだった。
「俺達も場所を変えよう。年の近い親友にしか聞かせたくない事もあるだろう。
君が彼女に声をかけるべき時は、もう少し後にきっとやって来る。」
「あ、はい。」
ブラバス少将にそう言われ、最後に二人の方を振り返る。
ティアナはそばに寄り添うスバルを一度チラリと見た後、再び俯いたのが見えた。
私はその反応が良い傾向である事を信じる事にした。ティアナがスバルに何も言わなかったのは、スバルが傍にいる事を受け入れたのだろうと。
……今のティアナはスバルを必要としているのだろうと。
――ブラバス少将について行く形で部隊長室にやって来ると、ヴィータがソファに座っているのが見えた。
ブラバス少将に促されるまま、私も彼女の隣に腰掛けると、ヴィータは小さな声で尋ねて来る。
「おう、なのはか。
ティアナの様子はどうだった。」
「やっぱり落ち込んでたよ。
……私は何も声をかけられなかったけど、スバルが傍についてるからきっと大丈夫だと思う。」
「そうか。」
それきりヴィータは口を噤んだ。
しかし、その表情は先程よりも少し緩んだように思う。スバルがついている事を知って、安心したという事なのだろうか。
「――さて、君達にも色々な訳があるのは承知の上だが、今回の事件の話をさせて貰おう。」
タイミングを計って切り出されたブラバス少将の言葉に居住まいを正すと、彼はテーブルを挟んで向かいのソファに腰掛けると話し始めた。
「今回の事件における君達の活躍は素晴らしいものだった。
残党ではあるが『敵のリーダーの捕縛』、『ロストロギアの回収』は機動六課の手柄と言えるだろう。
また負傷者の治療に当たってくれているシャマル殿の件も含めて、君達に感謝を……」
「そう言う話は別に良い。早く本題に入ってくれ。」
ある種の社交辞令と捉えたのだろうヴィータがブラバス少将の言葉を遮ると、ブラバス少将は少し考えた後、改めて話を切り出した。
「……分かった。では本題に入ろう。
今回の突入の際、奴らが利用した逃走用ルートの存在に関してだが……狂暴な魔導生物がいる事を理由に対処を怠っていた事を先ずは詫びよう。
言い訳になるが、あの組織の戦力となる魔導士及び、兵器開発に当たっていたメカニックは全員捕縛済みで、奴らがあのルートを利用出来るとは考えてもみなかったのだ。」
彼曰く、アジトの構造上逃げ場が一切用意されていない事を不審に思い、周辺の調査は行っていたのだと言う。今回の通路に関しても、調査の末に出口らしき洞窟の存在は確認していたそうだ。
しかし、その周辺の沼には巨大な魔導生物が生息していた為、戦力がほとんど残っていない残党には利用できないと考えて手を付けなかったのだと言う。
勿論この判断の影には、わざわざ狂暴な魔導生物の縄張りに入ってでも逃走経路かどうかも分かっていない洞窟を塞ぐと言うのはリスクが大きいという要素もあったのだろう。
「だが現実に奴らはあのガラクタを作り、逃走経路を利用しようとした……
つまり、あの魔導生物さえどうにかしちまえば逃げ切れると踏むような『何か』があの付近に存在する可能性があるって事だ。
隠された転送装置か、はたまた戦力差を覆せるような兵器か……それは分からんが。」
「その調査をするまでは、事件が完全に片付いたとは言えねぇって訳か。」
そう、結局はそう言う事になるのだ。
『逃げる』という行為は一見簡単に思えるかもしれないが、その実非常に危険な綱渡りだ。特に今回のように、周囲を完全に包囲されている事が分かっているのならなおさらだ。
逃げれば裁判でそれだけ不利になるし、場合によっては罪状が追加される。正直、籠城が失敗に終わった時点で即降伏した方が刑は軽くなる可能性が高い。
それでもあの状況で逃げる事を選んだという事は、当然逃げた後の段取りが用意してあったと考えるのは自然だろう。
「ああ。だが数ヶ月程前に行った事前調査では、怪しいものは見つからなかった。
アジト内で遠隔操作する事で発動する仕掛けでもあったのかも知れんと考え、現在アジト内は捜査中だ。
そこで君達に頼みたいのが……」
「アジトの外の調査か。」
「ああ、本来は俺の部隊だけで行うべきと分かっているが、こちらも予想以上の負傷者が出てしまってな……
まったく、俺もヤキが回ったもんだ。敵を一番侮っていたのが俺だったとは……
っと、話が逸れたな。調査の件、頼まれてくれるか?」
彼の言葉に一度ヴィータと互いに意思を確認し合い、答える。
「はい、私達で良ければ。」
「君達以上はいない。済まないが、よろしく頼む。」
「いえ、今回の場を提供してくれたお礼でもありますので。」
これは私の本心だ。
確かに今回の一件、全てが予定通りではなかった。
ティアナの心も折れてしまうかもしれないところまで傷付いたし、スバルの腕も一時的にとは言え動かなくなっている。
……だけど、それらはある意味成功よりも貴重な体験なのだ。
私達の仕事は凶悪な犯罪者と常に対峙する仕事だ。失敗=死、或いは再起不能と言う事が当たり前にあるこの仕事に於いて、生きたまま失敗を経験できると言うのは……本人達の心境を思うと言いづらい事ではあるのだが、ある種の宝と言って良い。
今回の失敗から立ち直れたならば、以降同じような事があってもその度にそれを糧にしていけるようになる。
そう言う痛みを伴う精神の成長と言うものは、得ようとして得られない分、より大切で貴いのだ。
「そうか? ならその言葉に甘えるとしよう。
流石にもう残党はいないとは思うが、気になった事があれば教えてくれ。」
「はい!」
「……じゃああたしは北東の方角へ向かう。なのはは南東だ。
不審な物があれば一応念話で連絡を入れてくれ。
場合によっては……まぁ、必要とは思えないが救援に向かう。」
「うん、ヴィータちゃんもね。」
そんなやり取りをして拠点を飛び出した後、しばらくして予定の座標へと到着する。
上空から見下ろした感じだと、丁度地球のグランドキャニオンを思わせる起伏の激しい地形が目についた。
事前の調査ではここも調べ尽くしたという事だったけど……本当に短期間でここを調べ尽くしたのだろうか。
≪Area Search≫
サーチャーを多数飛ばし、複雑に入り組んだ渓谷を這わせる。
無数の光景が脳裏に映され、それらの映像から入ってくる情報をマルチタスクで処理し……
「……うん、周囲に隠れている人も居ないし、大丈夫かな?」
そう結論付ける。
何らかの仕掛けや隠された部屋などが無いかも探ってみたが、そう言った類の物も見当たらなかった。
幾つか自然に出来たと思しき洞窟もあったが、残党は隠れていない事も確認済みだ。
場所を変えて同じように調べてみようか……そう考えた時、レイジングハートが言葉を発した。
≪
「魔導士の反応?」
≪
「それじゃあ、それだけ確認して戻ろっか。詳しい座標を出してくれる?」
≪All right, my master.≫
「――この辺りだよね?」
≪That's right.≫
レイジングハートの案内に従い飛ぶ事数分、指定された座標に到着した。
確かにここまではサーチャーも飛ばしていないし、調べてみるべきかもしれない。
そう思い意識を集中させてみると、確かに微かに魔力の反応を感じる。
しかし反応はこれだけ接近しているのにも拘らず、ひどく微弱でとても魔導士の放つ物とは思えない。
当然ロストロギアや、転送装置の物でもない……それが逆に不気味に感じる。
「……こっちかな。」
目を向けるとそこにあったのは小さな洞窟だった。
洞窟と言っても深いものではなく、ここからでも薄っすらとではあるが行き止まりである壁が見える。
そしてその奥には、鈍く光を反射する物体が置いてあった。
「これは……カプセル?
レイジングハート、何かコレに関する情報はある?」
楕円形をした金属製の物体は洞窟のごつごつした壁面に挟まっており、完全に固定されている。
危険な物かも知れないと思い、レイジングハートに管理局データベースとの照合を頼んでみると、やがてレイジングハートはその結果を報告し始めた。
≪
薄暗い洞窟の中に、レイジングハートの声が響く。
≪
これは生体ポッドだったのか……見た感じは中身が分からない楕円形の金属塊だから何かと思った。
兎にも角にも危険な物ではなさそうなので、運び出そうと魔法で岩壁から取り外す。
どうやらあんな状態だったのにも拘らず、ポットの機能は生きているようだ。
となると、意図してあそこに置かれていた可能性が高いのかな。
取りあえず一旦地面におろして4課部隊長に報告だけでもしようか。
ヴィータには……ヴィータにも一応連絡しておこうかな。
そんな事を考えていると、先程の報告の続きだろうか。
レイジングハートは管理局のデータベースから検出された情報を語り始めた。
≪
「……えっ?」
事件が関係していると唐突に言われ、思わずレイジングハートを見る。
そしてカプセルが地面に置かれた瞬間、何らかのスイッチが起動したのだろう――
「うわっ!?」
中から冷気を伴う白い煙が噴き出し、一人でにカプセルが開いてゆく。
『生死体事件』……レイジングハートが言うには、それは厳密には事件として扱われていないらしい。
事件の概要は至ってシンプル。
ある日、ミッドチルダ東部に広がる森林地帯で一つの生体ポッドが見つかった。
生体ポッドの中から見つかったのは一人の少女であり、『生死体事件』とは彼女の状態から名付けられた呼び名との事。
……その情報を裏付けるように、
「女の子……?」
生体ポッドの中で眠っているかのように見える少女。
その少女は、生きながらにして死んでいた。
ちょっとプロットを変える事になり、本来は次の事件で出る筈だった『生死体事件(2例目)』を出しました。(と言うか、書く事件を一つ削りました。話が長くなりそうだったので……)
その為ちょっと展開が強引に感じるかもしれません。指摘があれば、場合によっては修正します。
以下書ききれないと判断した補足
今回の残党ですが、殆どが魔力を持っていない非戦闘員でした。
その為デバイスではなく改造銃を使う者が多かった訳です。
残党のリーダー(元傭兵)も魔力を持っておらず、それがブラバス少将の油断を誘う結果となりました。
残党のリーダーの言っていた『革命』ですが、これは完全に残党リーダーの個人的な野望です。
管理局システムの成立により質量兵器が禁止された現在の傭兵業界では、『魔力持ち』が優先して雇われる状態が続いており、元傭兵である彼もそれにより冷遇されていました。
そこで彼は魔導兵器により大規模な事件を起こす事で『魔力=(比較的)クリーンなエネルギー』と言うイメージを破壊し、質量兵器が再び公認されるようにしようといていたのです。
当然彼の予定通りに事が運んだとしても、質量兵器が再び認められるようになる事は無いのですが。
Q.ヴィータの方は何か見つかったの?
A.残党リーダーの目指していた隠し部屋です。外から開ける方法はアジトの端末からの遠隔操作のみ。
転送装置の類は無かったものの、日持ちする食料が蓄えられており、管理局をやり過ごす予定だったと判明しました。