それは、いつものように訓練所に集合したある日の事。
「皆揃ったね。それじゃあ今日も訓練を……」
「あれ、えっと……?」
抱えていた仕事が一段落したという事で本格的に機動六課の職務に復帰したフェイトが訓練の開始を宣言しようとしたところ、何処か不思議そうな表情でキャロが周囲を見回す。
そしてキャロ同様にキョロキョロと視線を巡らせていたヴィヴィオが、ここに居るフォワード達を代表するようにフェイトに尋ねる。
「フェイトさん、なのはさん達が来てないよ?」
この場には彼女達の教導官である高町なのはとヴィータの姿が無かった。
いや、なのは達だけではない。スバルとティアナ……スターズのフォワード二人の姿も見当たらなかった。
そんな彼女達の疑問を想定していたフェイトは、ヴィヴィオの問いに澱みなく答えた。
「高町教導官とスターズの二人は、今少し特別な訓練をしてるんだ。
午後の訓練には合流する予定だから、皆も心配しなくて大丈夫だよ。」
その言葉に納得したのかホッとした様子を見せるエリオとキャロだが、一方でヴィヴィオは『これで一安心』と言う訳には行かない。
「私、特別な訓練見てみたいな……」
彼女が秘密裏に受けているミッションの達成の為にも、『特別な訓練』とやらは見ておきたいのだ。そんな内心のちょっとした焦りを表に出す事なく、彼女はフェイトに子供らしく異議を唱えたのだが……
「ごめんね、ちょっと難しいかな。」
「えー……」
どんな訓練を彼女達が行うのか……それを知っているフェイトからすると、その光景はあまり見せたいものではない。
それがエリオやキャロ、ヴィヴィオのような小さな子供達ならば猶更の事だった。
そして更に言うと、フェイトから見たヴィヴィオは少し不思議な子だった。
彼女の父親と自称するジェイル・スカリエッティからの手紙によれば『高い魔力を上手く扱えないので使い方を教えてあげて欲しい』との事だった。
内側に秘められた魔力量は確かに膨大であり、ヴィヴィオの事情をアニメ等で知っているフェイトもそれには納得したのだが、それに反してそう言った子供たちが陥りがちな『魔力の暴走・暴発』と言った事故は起きていない。
また、過去にそう言った出来事があったのならば魔法の訓練を見れば少しは忌避反応を示しそうなものだが、彼女は寧ろ訓練を見る事には非常に積極的だ。
特になのはがお気に入りなのだろうか、彼女の訓練を良く見学に来るとなのは自身からも報告は受けていた。
たまにしか訓練場に顔を出せないフェイトだが……いや、寧ろ
――これは、良い機会なのかもしれない。
そう直感したフェイトは、頬を膨らませて不満を示す
「ねぇ、だったらヴィヴィオも訓練やってみる?」
「私が……?」
目の前のこの少女のどこか作り物めいた印象の正体を、今日の訓練で掴めるのならばそれに越した事はない。
彼女が敵であれ味方であれ、『そう』と信じられる確証が欲しいのだ。
「ちょ、フェイトさん!? ヴィヴィオはまだ子供……いや、僕もそうですけど……!」
唐突の申し出に驚いたエリオが、咄嗟にフェイトを宥める。
フェイトの訓練は確かになのはのものと比べると比較的穏やかで安全を考慮したものになっているが、それでも訓練は訓練。厳しい事には変わりなく、ヴィヴィオのような小さな子供は泣いてしまうかもしれないと思ったのだ。
「大丈夫、ヴィヴィオの訓練に使うのはコレだから。」
そう言ってフェイトは持って来ていた紙袋の中から、パステルカラーのゴムボールを取り出すと魔法で空中に浮かせて見せた。
「ほらっ!
「えぇっ!?」
普段の習慣で咄嗟に構えた腕を慌てて下げ、『起立』の姿勢でゴムボールを受けると……
ぷぅ。
と空気の抜けるような音が鳴り、ボールは跳ね返って行った。
「これなら少なくとも痛かったり、怖いって思ったりはしないと思うんだ。
どうかな? ヴィヴィオ。お姉ちゃんと訓練して遊ぶ?」
「……うん! 面白そう!」
フェイトの問いかけに明るく答えたヴィヴィオ。一瞬考えるような間があったように感じたが、その正体もきっと掴んで見せる。
秘かにそう決意しつつ、フェイトの久しぶりの教導が始まった。
<ねぇ、フェイト。やっぱりこの子も転生者なんじゃない?>
<私もそうじゃないかなとは思うんだけど、一応ね。>
……もっとも、きっとまた転生者なのだろうと姉であるアリシア共々思っていたのだが。
フェイト達が教導を開始した丁度その頃、高町なのは達はとある無人世界に居た。
「なのはさん……ここって……」
「うん、二人にも見覚えがあると思う。
ここはスバルとティアナも卒業した訓練校が、授業の為に使う事が多い無人世界の一つ。
……ティアナが怪我をした無人世界の一部をコピーした、仮想空間だよ。」
「――っ!」
スバルの問いになのはが答えると、ティアナは一瞬ビクッと肩を震わせた。
なのはは一週間前の日、こう言っていた。
『自分でも酷い荒療治だと思う』と……そして、『向き合わないといけない物はハッキリした』とも。
分かっていた。あの日……
「そんな……! ヴィータ副隊長、他に方法は無いんですか!?」
「無い……とは言わねぇが、一番確実な方法ではある。
成功すればティアナは二度と過去の恐怖に怯える事はなくなるだろう。」
「だからってそんな傷口を態々抉るようなやり方をすれば、下手すればティアは……!」
「あたしは大丈夫よ、スバル。」
「! ティア……」
「ここは仮想空間だもの。現実とは違って、少なくとも死ぬ事はない……そうでしょ?」
「ぅ……でも……」
ヴィータに食って掛かるスバルをそう言って宥めたティアナは、なのはに視線を向けると力強く告げた。
「なのはさん、あたしに案内
「ティアナ……うん、よろしくお願いするね。」
誰かに連れていかれるのではなく自らの意思で……向き合うには、乗り越えるにはそれくらい出来なければ話にならない。言外ににおわせた覚悟を受け取り、なのは達はティアナの後について森へと向かった。
その道中。
「あ……この
「この辺りの植生はちゃんとインプットしてあるから、現地の魔導生物も再現されてるよ。
本当ならもうちょっと後にお披露目する予定だった機能なんだけどね。
……もしかして、その虫が?」
「はい、あたしの左脚を最初に撃った虫です。
……バカみたいですよね、こんな小さな魔導生物がトラウマの切っ掛けなんて。」
森の中で見かけた虫を指し示してそう自嘲するティアナに対し、なのはは首を左右に振って否定する。
「そんな事はないよ。誰だって、どんな事だって、きっと些細な切っ掛けで始まるんだ。
傷ついた小さな動物を拾った事だったり、小さな宝石を見つけた事だったりね。」
「なのはさん……ありがとうございます。」
なのはにそう礼を言い、再びティアナは歩き始めたその時。
ティアナの付近の茂みから、例の虫が使用する砲撃が彼女の左脚へと真っ直ぐに伸びる。
そして彼女はそれを一瞥する事も無く、全く同じ魔力量を込めた魔力弾で相殺した。
「……今のも、克服訓練の一環ですか?」
「えっと、私は知らないけど……もしかして……」
「ああ、あたしが独断で操作した。
本来の予定には無かったが、もしもこれで動揺するようなら……スバルの不安通り、まだお前に克服は無理だと思ってな。」
「ヴィータ……」
「そうですか。……それで、結果の方は?」
「まぁ、見ての通り合格だ。観察、照準、魔力制御どれも文句無し……冷静じゃなけりゃ無理な芸当だ。」
「……ありがとうございます。」
ヴィータに礼を言うと、ティアナは三度歩き始めた。
ここからの訓練は今までのような『優しい訓練ではない』のだと、胸に刻んで。
ヴィータの行動に関して補足しますと、必要な事だと思ったからやったと言うだけです。
ヴィータがティアナを良く思っていなかったりだとか、筆者がヴィータを良く思ってないだとかいった事情は無いです。
ただ、なんとなくヴィータはこう言った『嫌われ役』を自分から引き受けそうだなぁって印象はあるのかも? 彼女の場合は転生者ですが。