午後の訓練を終えて時刻は19時08分……普段であれば訓練を終えたフォワード陣達が隊舎への帰路についているこの時間帯に、機動六課が誇る『仮想戦闘空間シミュレータ』内にはまだ彼女達の姿があった。
その理由は勿論――
「――うん、良い槍捌きだね。
だけど、守るばかりじゃ勝利条件は満たせないよ、エリオ。」
「くっ……!」
そう言って簡易的な射撃魔法を絶え間なく撃ち出しているのは、フェイト・テスタロッサだ。
彼女は現在地上から5m程の高さに浮遊しており、対するエリオは飛翔魔法の適性が高くなく、またその高低差もあってか彼女の射撃魔法の対処にいっぱいいっぱいと言った様子だ。
降り注ぐ大量の射撃魔法群からキャロとフリードを背に庇いつつ、愛用のアームドデバイス『ストラーダ』を巧みに扱いフェイトの魔法を捌いている。
今回の模擬戦でフェイトに課されたハンデは『アリシアとの連携禁止』『飛翔魔法最高高度5m』『速度制限 時速40㎞』『簡易射撃魔法のみ』と言う重いものであり、その条件下で取れる最善の戦い方をフェイトが容赦なく実践した為にこのような状況になっていた。
「エリオ、準備できたよ!」
しかし、キャロもフリードもただ庇われていただけではない。
戦闘開始直後からの膠着状態を打破する為の作戦は既に、二人の念話で組み上げていた。
――猛きその身に、力を与える祈りの光を!
――我が乞うは、城砦の守り。白き竜に、清銀の盾を!
――蒼穹を走る白き閃光、我が翼となり天を駆けよ。来よ、我が竜フリードリヒ!
≪Boost Up Strike Power!≫
≪Enchant Defence Gain!≫
「≪竜魂召喚≫!」
複数の補助魔法の同時詠唱。
鍛えられたマルチタスクと精密な魔力制御によって獲得した、
キャロの両手に付けられた指抜きグローブ型のブーストデバイス『ケリュケイオン』……その両手の甲に取り付けられた宝玉から放たれた光が、それぞれエリオとフリードリヒに力を与えた。
「――っ! はぁッ!!」
強化魔法の光を帯びたエリオがストラーダを一際大きく振り抜き、魔力を込めた放電で周囲の魔力弾をかき消す。
「グルァ!」
その一瞬生まれた空白に、強化魔法を受け本来の姿に戻ったフリードリヒが翼腕を差し込み、キャロとエリオを一時的に守る繭を形成した。
――我が乞うは、疾風の翼。若き槍騎士に、駆け抜ける力を!
「ストラーダ!」
≪Boost Up Acceleration!≫
≪
フリードリヒが稼いだ数秒間の内に、その守りの内で反撃の準備が整えられる。
やがてキャロの合図を受けて解かれた繭の内側から、眩い魔力光の迸りと共に小さな槍騎士が飛び出した。
「先ずは道を拓く!」
≪Haken Saber.≫
穂先に雷を宿したストラーダを振り抜き、その残光が魔力の刃となってフェイト目掛けて突き進む。
「なるほど。」
途中にすれ違う無数の魔力弾の尽くを破壊し、眼前に迫った刃をフェイトは上半身を僅かに傾けただけで回避。再びエリオの方へ視線を向けると――
≪
「――っはぁぁぁぁああッ!!」
そこにはフェイトの予想通り、ストラーダの推進機構をフル稼働させて突っ込んで来るエリオの姿があった。
――攻撃の手順、隙を作らない動き、思い切りは良い。だけど……
その様子を冷静に分析しながら、フェイトはエリオの特攻に対してカウンターを決めるべく動く。
並の魔導士であれば、今のエリオの攻撃を前にそのような事を考えるだけの時間的猶予はない。
だが、今回の相手は自らも
フェイトは再び最小限の動きで身を躱すべく動く。速度制限と言うハンデはあるが、予め向かって来る事が分かっている以上少し早くから回避動作に移れば危なげなく躱す事はたやすい。
――ストラーダの噴出機構による突進は咄嗟に方向を変える事が出来ない。そして攻撃はあくまでストラーダの穂先に依存する以上、躱してしまえば無防備な横っ腹をこちらに晒す事になる。
そして二人のすれ違いざま、フェイトの左手に魔力弾が生成される。後はこのまま無防備なエリオに向かって放てば、撃墜とまではいかなくとも多大なダメージを与えられるだろう。
そしてそのプランを実行に移すべく、エリオに目を向けたフェイトは……我が目を疑った。
「――はあああぁッ!!」
そこにはエリオの姿があった。しかし、
――ッ! ストラーダを、手放した……!?
――元々今の一撃が当たるなんて考えていない! いくら速度に制限が掛かっていようと、処理速度がそのままである以上、
「『紫電一閃』!!」
「っ! 拙い……!」
振り抜かれたエリオの拳に膨大な魔力が迸る。対するフェイトの手にも魔力弾があるが、その威力は雲泥の差だ。ぶつけ合ったとしても緩衝材にすらならず、紫電一閃の威力はそのままフェイトを撃ち抜くだろう。
……だが、ここで勝敗を別ったのはやはり速度だった。
「――はっ!」
「なっ!?」
フェイトは意図的にエリオの紫電一閃に向けて魔力弾を放った。それは威力の減衰を狙ったものではなく……
――魔力爆発による煙幕!? しまった、狙いが定まらない!
「……っ! イチかバチか!!」
逡巡の末、エリオは紫電一閃に込めた魔力を半ば暴走に近い形で放電させた。
暴走と言っても意図的にさせたものである為、エリオ自身にダメージは及ばない。煙幕を払い、あわよくば周囲に隠れている可能性のあるフェイトに一矢報いようと選んだ手段だった。
「――素早い判断……だけど、今のはちょっと迂闊だったね。」
「!」
エリオの狙い通り煙幕は晴れた……だが、その眼前には自らに向けて今まさに魔力弾を放とうとするフェイトの姿。
――放電を、躱された!!?
「躱した訳じゃないよ。流石に速度制限がある状態だと間に合わないから。」
フェイトの速度を知っているエリオの脳裏に過った予想を表情から読み取ったフェイトがそれを否定する。
「ただ一度離れて戻っただけ。きっと
それはあの一瞬で自らの行動をすべて読まれた事を示していた。……そう、煙幕にくるまれた後、咄嗟に思いついた魔力の暴走までの全てを。
――負けた……!
そして、フェイトの手から魔力弾が放たれ――
≪Shooting Ray.≫
横合いから割り込むように放たれた別の魔力とぶつかり、爆ぜた。それをなしたのは……
「エリオ! 乗って!」
「キャロ!」
フリードリヒに跨り、エリオの後を追って空中へと飛び出していたキャロだった。
この流れを予想していた訳ではなく、ただいざと言う時にエリオの手助けに入れるようにと動いていただけだった。
そしてフリードから目一杯体を乗り出し、伸ばされた手をエリオが掴み、フリードはそのまま飛翔。噴出が納まり空から落ちてきたストラーダを口で加えると、首を振ってエリオへと投げ渡す。
「フリードも、ありがとう。」
「グルル!」
エリオの感謝に一言鳴き、フリードはフェイトへと向き直る。
「さ、仕切り直そう、エリオ。まだ一度届かなかっただけだよ。
一度で届かなかったならもう一度。一人で届かなかったなら……」
「――今度は二人で……うん、そうだね。僕達の本気をフェイトさんに見せてあげよう!」
「グルル!」
「違うよエリオ。二人じゃなくて
「グル!」
「あはは、ごめんねフリード……僕達三人で一緒に戦おう!」
――そして今度はフリードに跨ったままの空中戦を展開し始めたエリオとキャロを見て、自然と感想が零れた。
「凄いね、二人共。」
「ええ、そうね……」
機動六課に入った時点でのエリオとキャロの連携は、俺とティアナの連携よりもやや粗いものだった。
決して仲が悪い訳でも、技術が不足していた訳でもない。ただ単純に、訓練校でそう言う授業を受けていただけ俺達の方がリードしていたと言うだけだった。
だが、今は完全に二人の連携の方が上手く行っている……自然とそう思わされた。
「……ごめん、スバル。きっと、あたしがもたもたしてたから……」
隣でそう呟くティアナに、俺の心は固まった。
「……違うよ、ティア。もうずっと前から……最初から、原因は分かってた。
きっとティアもあたしと同じように分かってたと思う。
それでも互いに変われなかったのは……きっと、このままの方が安心だったから。」
「スバル……?」
何を言うつもりなのか……そう言いたげにティアナが問いかける。
俺の予想に反して、機動六課の訓練中に俺達の連携が正される事は無かった。
だけど、きっとそれは『ティアナのトラウマを克服する』と言う最優先事項があったからだ。
……なら、自分の意思で成長できるタイミングは今しかない。
この決断の先に俺達がどうなるのかは分からない。だけど、少なくとも俺は
訓練校の時からティアナと似ているところがあるって感じてた。実力を隠していた事、本来居なくなる筈だった家族が生き残った事、その家族に戦いを教えて貰った事……そして、転生者である事も。
ここまで同じ境遇なんだ。きっとティアナも俺と同じように、
――そう信じよう。だって俺達に足りないピースがそれなんだから。
「――今夜、話があるんだ。」
……でもちょっとまだ少し心の整理がつかないから、取りあえず今夜って事で……
模擬戦-スターズ-に関しては次回書く予定です。
本来の姿の時のフリードの鳴き声ってどんな感じだったっけ……とうろ覚え状態なので、『グル!』がイメージや記憶と違うと感じた方が居れば感想欄でも誤字修正でもなんでもご指摘ください。複数のパターンがありましたらその中から一つ選ぶ形になりますけど……
因みにこの模擬戦中アリシアが滅茶苦茶暇なのでフェイトに滅茶苦茶話しかけてます。(デバフ)