話の並び順を変更しました。
ミッドチルダ北部、ベルカ自治領の上空を一機のヘリが飛んでいる。
それくらいの事は日常風景の一部であり、街を歩く人々の中にプロペラの音に目を遣る者は居ても、直ぐにその視線は外れる……日常を謳歌する街中の人々にとっては、そんないつもと変わらない一日の光景だった。
「――八神隊長、そろそろ聖王教会に着きますぜ!」
「もうそないな時間か……態々知らせてくれてありがとうな、ヴァイス君。」
ヘリを操縦するヴァイス・グランセニックの声を聞いたはやてが、端末の資料にやっていた視線を小窓の外へと向けながらそう返す。
「はやて、端末を預かりましょうか?」
「ん? あぁ、ならお願いや。リイン。」
「はい、確かに。」
そう言って端末を受け取った銀髪の女性……リインフォースIは、頼られる事が嬉しいのか、僅かに口角を上げてほほ笑む。
その隣に座り二人の様子を見ていたシグナムは、はやてが資料に目を遣っている間は尋ねない様にしていた疑問を投げかける。
「ところで、はやて。今回の用事について、我々二人を護衛に付ける程のものとは思えないのですが……」
「うん? まぁ、確かに私もリインとシグナムの二人がかりの護衛が要るような事態があるとは思ってへんけど……今回の会議はちょっと特別でな。絶対に外に情報が漏れるような事があってはあかんのや。
その点シグナムなら誰が聞き耳立てようとしても気付くやろうし、リインが居ればどんな状況にも対処できる。」
だからこその人選なのだと迷わずに言い切るはやて。
流石に『自分達を信じている』という言葉を疑う訳には行かないシグナムは、多少思うところはあっても納得の姿勢を見せた。
その様子を見たはやては、再び小窓の外に広がる街中を眺める。
そしてその街並みに馴染むように建てられた一つの白い建造物を見つけると、その眼に僅かばかりの不安が混じった。
――ハッピーエンド教団……予言の『凶星』、その筆頭候補が所属している組織。
今のところ悪い噂を聞いた訳ではないが、それでも『凶星』の候補と聞かされれば緊張は禁じ得ない。
それに悪い噂と言えるものではなくても、気になる噂は聞いた事がある。
……そしてその噂の真贋は、今彼女の眼前に露わになった。
「……本当に、噂通り集まっとるんやな。」
それは数人の銀髪オッドアイのグループが、何やらわいわいと話しながら教会の中に入っていく光景。年齢ははやて達よりもスバルやティアナに近い印象を受ける……彼等が地球の頃からの友人ではない事に、はやては秘かに安堵した。
――本来はなんて事の無い会議の日やけど、やっぱり警戒せん訳にもいかんよな。
シグナム達を連れて来たもう一つの理由はコレだ。
滅びに対抗する会議を開く場所の直ぐ近くに『凶星』がいる……もしも何か起こるとすれば、それは十中八九『凶星の刺客』だろうから。
…
「それじゃあ、俺はここで用事が終わるまで待機しておきますね。」
「え? ……うーん、今回の用事はちょっと長引くかも知れんし、もう少しゆっくりできる所で待っててもええよ?」
「いえ、万が一って事もありますから。それに相棒の整備は趣味も兼ねてるんで、お気になさらず。」
「んー……そうか? まぁそれでも無理はせんといてな。こっちの用事が終わる15分くらい前には私から連絡入れるし、それまでは自由に過ごしてて構わんから。」
聖王教会に到着したはやてはヴァイスにそう告げた後、リインフォースとシグナムを連れて教会に入って行った。
その背中を見送ったヴァイスは「よし!」と気合を入れると、早速機体の整備と言う名の趣味に向き合うべく相棒のインテリジェントデバイスを取り出した。
「じゃあ今日もやるか、ストームレイダー!」
《All right, Start maintenance mode.》
"ある出来事"を境に管制デバイスとして扱うようになった彼の相棒だったが、双方の関係は決して悪くはない。
寧ろ、愛銃から相棒へ変わった事で心の距離は近くなったとさえ言えた。
それから数十分が経過しただろうか。ストームレイダーが表示する機体のコンディションと向き合い、時には直接機体と向き合い忙しなく動いていた彼であったが、ふと昔鍛えた感覚が第三者の来訪を感知した。
――気配は一つ、八神隊長達ではないが……特に隠れている訳でもない堂々とした気配だ。敵意と言った物も感じないし……教会の関係者か?
そう言えばまだ挨拶の一つもしていなかったなと思い出した彼は、整備していた機体『JF704』の影から顔を出した。
「挨拶もまだですみません! ちょっと整備に熱が入っちゃって……って、アンタは……」
「お久しぶりですね、ヴァイス・グランセニックさん。あれから妹さんの様子はどうでしたか?」
ヴァイスは相手の顔を確認すると、僅かに残っていた警戒を解き、話し始めた。
それも当然だろう。"彼女"は彼にとっても、彼の妹にとっても"恩人"なのだから。
「いや、あの時は本当にありがとうございました。正直、
ヴァイスは当時の事を思い出す。
立て籠もり犯の人質となった自らの妹、任務として構えたストームレイダーのスコープの先、引き金を引いた瞬間……弾丸が放たれたその一瞬、照準の真ん中に割り込んできてしまった妹の顔。
……あの時の事は、きっと忘れないだろう。
――パシュッ……そんな誰の耳にも届かない小さな音と共に、彼にとっての絶望が放たれた。
それは自らが構えるスナイパーライフル状のデバイス、ストームレイダーの消音機構により消された銃声の小さな名残。
スコープに一瞬映し出されたのは、愛する妹の恐怖に引き攣った顔。
血の気が引いた。
弾丸は放たれた、もう止められない。非殺傷設定を施したスタン弾ではあるが、高速狙撃にも耐えられる強度を確保する都合上決して無害とは言えない。特に、映り込んだのはまだ6歳の少女の『瞳』だ。命に別条が無かったとしても、失明のリスクは高いだろう。
――誰か! あの弾を止めてくれ!!
無理な願いだと言うのは分かっていた。まるで走馬灯のように引き延ばされたスローな視界だからこそハッキリ見えるその弾丸は、しかし高速狙撃の為にカスタムされた特別性。例えこの一瞬にその弾丸を視界に捉えた誰かがいたとしても、それをクレー射撃よろしく撃ち抜ける者など居る筈がない。
"このまま妹の視界が失われるのを、眺めているしか出来ない"――その現実は、彼を絶望の淵に落とすのには十分だった。
……本当に、その弾丸を止められる者がこの場に
失意と絶望の中で覗き込むスコープの光景に、一つの異物が映りこむ。
それは『黒い魔力弾』と『白い魔力弾』だった。
スローな世界の中で、ヴァイスが放った弾丸よりも遥かに速く空を駆ける二つの弾。その内の『黒い魔力弾』は彼の放った弾丸の側面を撃ち抜き、彼の弾丸を黒い氷のような結晶で包み停止させた。
そして、もう一つ……『白い弾丸』は彼が本来狙っていた立て籠もり犯の眉間に一直線に向かい……
――な、なんだ……アレは……?
その眉間を貫通した刹那、立て籠もり犯の後頭部から飛び出したのは、
立て籠もり犯と全く同じ顔をしたその頭が白い弾丸に貫かれ、霧散すると同時に立て籠もり犯は意識を失い倒れこむ。
「突撃ーー!!」
その声が響くと同時に、彼の視界は正常な時を刻み始めた。恐らくは彼の狙撃が成功したと思った本隊が、本来の作戦通りに人質の救助と犯人の捕縛の為に動いたのだろう。
彼は咄嗟に外していたスコープを再び覗き込む。
最初に気になったのは当然、妹の安否だ。
――よ、良かった!! 無事だ!!
彼女は何が起こったのかも分かっていない様子で、呆然としている。彼女からすれば、突然犯人の男が倒れたように見えたのだろう。
犯人の頭部も確認したが、撃ち抜かれた眉間には傷一つ無く、血も当然ながら一滴も出ていない。
あれほどの速度の弾に撃ち抜かれたにしては異様な状態で驚いたが、妹が衝撃的な光景を見なくて済んで良かったと言う喜びに呑まれてその違和感は彼の心から消えた。
続いて気になったのが空中に凍ったように止められた弾丸だ。黒い結晶は今も空中に留まっており、あの黒い魔力弾には何らかの効果が付与されていた事が伺える。やがて結晶はパキンと砕け、空気に溶けるように姿を消した。
――何が起こったのか分からないが……とんでもない使い手がいるもんだな。
そう感心したのも一瞬、慌てた様子で彼は再びスコープを覗くと弾丸が放たれたと思しきポイントを探り始めた。
先程の誤射に続き、狙撃手のエースと呼ばれた自分よりも遥かに優れた狙撃を見せつけられたことで彼の中の自信は砕け散ったが、せめて感謝を告げる相手の顔は見ておきたかったのだ。
そして2つの弾丸の角度と狙撃手としての勘を駆使し、一瞬で彼はその姿を捉える。
日の光を反射する美しい銀の髪と、それぞれ色の違う両目を持った少女だった。
白いワンピースを風に靡かせながら屋根の上に立つその少女の姿を捉えた時、彼は思わずその神秘的な姿に一瞬見惚れた。
あれ程の絶技を持つにしては異様に幼い年齢である事等気にならない。彼女ならばやってのけるだろう……そんな雰囲気さえ感じる佇まいだった。
――っ! マジ、か……いや、あの子なら可能か……!
その色違いの両目とスコープ越しに目が合っても、驚くよりも先に納得した。
少女はやがて笑顔を浮かべて手を振ると、指でチョンチョンとジェスチャーを送る。
――なんだ? 何を伝えようと……?
「後ろ、って言ったんですよ。」
「っ!!?」
慌てて振り向くと、今しがた見ていた少女が背後に立っていた。
悪戯が成功した事を喜ぶような表情と、何処か得意げな仕草からは子供らしさと共に、何処か作り物めいたものも感じた。
「あの子、貴方のご家族でしょうか?」
「え……あっ! ああ、そうだ。俺のたった一人の妹なんだ……助けてくれて、ありがとう!」
ヴァイスは純粋な感謝を込めて頭を下げる。
妹もそうだが、彼自身も彼女に救われた身だ。もしも自分のミスで妹の眼が光を失うような事があれば、彼は永遠に自分を責め続けていたかも知れない。
そんな姿を見て、少女は笑顔を作ると告げる。
「頭を上げてください。より良い未来の為に、私がしたくてやった事なので。」
それがヴァイスと彼女の出会いだった。
その後彼の妹は傷一つ無く無事に保護され、犯人も確保された後に意識を取り戻した。
ヴァイスは周囲からその射撃の腕を称えられたが、自らがした事では無い為、曖昧な返答で返した。
あの後他でもない"彼女"に『自らの事は隠してくれ』と頼まれた以上『俺がした事じゃない』とは言えないが、かといってその称賛を堂々と受け入れられる精神状態でもない。
何とも言えない居心地の悪さだったが、恩人の頼みだからこそ我慢できた。
その後、『自分の妹さえ撃ちそうになった自分の腕に自信が無くなった』……そんな理由を告げる訳にも行かず、彼はその真意を明かさないまま武装隊から身を引いた。
仲間達からは当然疑問の嵐だったし、上司からも考え直す様に言われたが、彼の意思は固かった。
その直ぐ後の事だ、再会した"彼女"に『やりたい事があるのならやって見ると言い』と勧められ、前から好きだったヘリのパイロットへと転向したのは。
……その腕を見込まれ、機動六課に入る事になったのは。
「そうですか、大事無くて何よりです。」
ヴァイスが妹の今を話し終えると、彼女はあの時と同じように笑顔を見せる。
久しぶりに彼女に会ったヴァイスは、この機会に少し前から気になっていた事を尋ねる事にした。
「そう言えば、あの時に貴女が言っていた言葉……"より良い未来の為に"って……」
「はい、今は私があの教団のトップです。こう見えて"聖女"何て呼ばれてるんですよ!」
凄いでしょー! と言いたげに胸を張る姿に、あの時の悪戯が成功した表情が重なる。
……いや、それだけではない。
――そう言えば……妙に懐かしいとは思ったが、この人の姿はあの時から変わっていないんだな。道理で色々と思い出す筈だ。
その事実に気付きはしたが、疑問や違和感には至らなかった。
知らない現象を当時から魔法で見せて来た彼女の事だ、年をとらない魔法でも使っているのかも知れない。ただでさえ魔導士の世界で実力ある女性は若い事が多いのだから、もしかしたら女性の間では常識の魔法なのかもしれない。
――まぁ、そうなるとこの仕草をするこの人の年齢を知るのが怖くなるのだが。
「何か、失礼な事を考えませんでしたか?」
「!? いえいえ、そんなまさか! ……ところで、心を読む魔法なんて使えませんよね?」
「やっぱり! 何か考えてたんですね!!?」
そう言って怒り出す"彼女"の姿を見て、何か話題を逸らそうとヴァイスは口を開く。
「そ、そう言えば! 貴女はどうしてここに?」
HE教団の聖女が聖王教会に用事があったんだろうか、そんな疑問を投げかけると彼女は平然と答える。
「ちょっと貴方に聞きたい事があって……たまたま姿を御見かけしたので来ちゃいました。」
「なる、ほど……?」
ヴァイスは何処かはぐらかされた様な違和感を感じつつも、自分に聞きたい事は何だろうと頭を巡らせる。
「はい、貴方は『予言』と言うものを知っていますか?
特にここ聖王教会の騎士、カリム・グラシアの予言の事を。」
「ええ、まぁその存在は兼ねがね……ただ、実際にどんな物があったのかは知らないんですが……」
「なるほど……では、今出ている予言についても知らないのですね?」
「えっ、今も予言って出てるんっすか!?」
ヴァイスがそう驚いて見せると"彼女"は呆れたように目を細め、出来の悪い生徒に教えるように語り掛ける。
「あのですね、彼女のレアスキルは1年に1回しか使えませんが、逆に言えば毎年1回何かしらの予言を出しているのです。
予言が出ていないと言う事は無いのですよ。」
ピッと『1』を示す様に人差し指を立てて"彼女"は話を続けた。
曰く、"彼女"は今も何かしらの予言が下されており、それを元に何かしら管理局が動いている筈だと。その確信があるがその内容が分からずに困っていると。
「――わかりましたか?」
「はいすっごく。」
「よろしい!」
一通り語り終え、ヴァイスの適当な返事に納得した様子の"彼女"を見て、ヴァイスの胸に一つの疑問が生まれる。
「……あれ、だったら俺じゃなくて直接予言を出してるカリムさんって騎士に聞けばいいんじゃ?」
「ああ、それはダメです。
「……は?」
ヴァイスの脳裏に『不法侵入』と言う4文字が浮かぶ。
――いやいやいや、あり得ないだろ!? だって俺がさっき『何でここに』って聞いた時だって……あっ。
ここに来て、やっとヴァイスはあの時の違和感の正体に気付く。
"彼女"に対して『どうしてここに?』と聞いたのは『聖王教会に何の用事が?』と言う意味だったのに対し、"彼女"は『貴方に用事があって……』と答えた。
即ち、『"彼女"は聖王教会に何の用事もないのにここに居た』のだ。
そしてそうなると、"彼女"の言葉の続きの受け取り方も変わって来る。
『たまたま姿を御見かけしたので』……ヴァイスは彼女が
――いったい、いつ、何処で俺を見たんだって話だよな……
彼は
――恩人である事は間違いないが……いよいよ"彼女"の正体を聞かなきゃならないのかもな。
武装隊を離れ、前線から身を引いたが、彼は今も時空管理局の一員だ。
『奇跡』の光で曇っていた視界も開けて来た。
――まったく、『視界を奪われていた』のは俺の方だったか。
静かに息を整え、改めて"彼女"の姿を見る。
微風に揺らめく銀の髪は今日も美しく輝き、色の違う両目は神秘的と言える。整った顔立ちも相まって、彼女の求心力は確かに聖女と言える程のものだろう……だが。
――要するに局員の
脳裏に過るその顔実に数百人。その誰もが豪快な魔法と実力を兼ね備えた上にイケメンと言える容姿も持ってはいるが、似たような顔が多い状況からか『お前ら似てるな』と言う言葉に酷く繊細な友人たちの姿だ。
一度思わず『クローン局員』と言う言葉を漏らした事があったが、その場が酒の席だった為だろうか、泣かれた事を覚えている。
「なぁ、
「私ですか? HE教団の聖女です。……一応、貴方の妹の恩人でもありますよね?」
「ああ、それは今も間違いなく事実だ。……だけど、それについても一つ聞かせて欲しい。」
一つ気付くとどんどんと疑問が湧いて来た。
それはまるで小さな傷口からメッキが剝がれていくように、ボロボロと"神秘的な聖女"のイメージが崩れていく。
「……アンタなら、そもそも
「……」
瞬間、"彼女"の笑顔が固まると……その表情が抜け落ちた。
そして今まで話してきたような明るいトーンのまま、表情の抜け落ちた"彼女"はただ一言答えた。
「そうですよ。」
「……ッ! ストームレイダーッ!!」
《Standby Ready.》
心の奥底から湧き上がる怒りのまま、嘗て封じた引き金に指を掛ける。
"奇跡を起こす神秘的な聖女"……そのメッキが剥がれた裏にあったのは、何処までも深い闇だった。
聖王教会にヘリポートあったっけ……って我ながらうろ覚えですが、あの規模なら有ってもおかしくないかなって。そんなわけで、少なくともこの小説ではあるという事でお願いします。