後、ナハトヴァール戦に一話使うつもりは無いと前回の後書きに書きましたが、今回ほぼ丸々1話をナハトヴァール戦に使う事になりました。すみません。
"窓"越しに姿を確認した直後、ナハトヴァールは咆哮を一つ上げると暴走を開始した。
荒れ狂う魔力の奔流は周囲を無差別に破壊し、その場に居た騎士を敵味方関係無く肉塊へと変えて行く。
当然騎士達も抵抗してはいるが、ナハトヴァールを守る4層の結界を前にその命を空しく散らすばかりだった。
「状況から考えて、さっきヴォルケンリッターが倒した騎士達のリンカーコアを蒐集し、闇の書のページが埋まったって所か……これは、ちょっと予想外だな。」
――闇の書の改竄ってこんな初期に行われていたのか……? いや、転生機能の実装が遅ければベルカの消滅に巻き込まれかねないし、そう考えると十分考えられる事だったか。
兎にも角にも、こうしてナハトヴァールの暴走が始まってしまったのが現実だ。感じられる魔力も"闇の書の闇"と言うだけあって、これまでの相手とは比べ物にならない。
まともにやり合って勝てる保証も無い、正真正銘の化け物だ。
そうなると俺の方針としては――
「……さて、逃げるか。」
当然こうなる。
何しろベルカの歴史には興味があるが、それはもっと後の時代だ。
ここで暴走したとして、後に歴史が続いているという事は、このナハトヴァールもこの時代の騎士が何とかしたという事だろう。
そう考えながら、未来視を発動する。
この後ナハトヴァールが倒される未来を確認し、何の憂いも無くこの場から逃げる為に。
――先ず、この国の王都から救援が来る。町にいた騎士の誰かが応援を読んだのだろう、現れた騎士達の実力はどれも高く、緻密な連携でもって触手を切り払い、砲撃を防ぎ、結界の一つを破壊した。
……だが、それまでだった。
現れた騎士達は死力を尽くしたが、それでも勝てなかった。
侵攻してきた国の軍も同様だ。圧倒的脅威の前に敵味方を問わず連携して戦ったが、それでも敵わなかった。
アニメでは確か一気に破壊されていた筈の4層結界だが、今考えるとアレが最適解だったのだろう。
全ての結界を速攻で破壊しなければナハトヴァールには攻撃が届かない。攻撃が届かなければ、こちらの攻撃で相手が怯む事もない。
言うなれば、常時スーパーアーマーの敵が全体攻撃技を連発している様なものなのだ。いくら数を集めようと敵う筈がない。
だが、それにしてもおかしい。
「……どういうことだ? ナハトヴァールが倒されないと、ベルカは……」
俺の予想に反して、ナハトヴァールは倒されなかった。
ならばこの先、ベルカに待っているのは崩壊しかない。いや確かにベルカが崩壊する事自体は正史通りなのだが、正史ではコレがきっかけでベルカが滅んだとは考えにくいのだ。
おぼろげな記憶では、確か"王"が滅茶苦茶強い人間兵器みたいな状態になったりしたはずなのだが、少なくともそんな存在が戦場に出た光景を見た事が無い。
ここでベルカが終わる訳がないのだ。では何故、今こうしてベルカに崩壊の危機が迫ってるのか……思考を巡らせるうち、俺は一つの仮定に行き着いた。
「……まさか、歴史が変わろうとしているのか? この時代で?」
確かに俺は未来を変える事を目的に動いてはいたが、この時代の歴史を変えるつもりは無い。
だが現に、今未来は変わろうとしている。何故か?
「――俺がこの宿に泊まったから?」
『バタフライエフェクト』と言う言葉は前世でも聞いた事がある。
小さな蝶の羽ばたきが、遠くの地に竜巻を起こす……要するに小さな変化でも未来にまで目を向ければ大きな影響を与える、みたいな意味だったと思う。
そしてその"小さな変化"……即ち、"正史と現在の違い"は"俺"だ。原作に居なかった俺と言う存在が、羽ばたき竜巻を起こす蝶そのものなのだ。
いつ、どんな行動がこの今に繋がったのかは分からないが……尻拭いはしなくてはならないだろう。
このままベルカが滅べば、それこそ未来に与える影響は計り知れなくなってしまうのだから。
「……はぁ、来ちゃったよ。ホントに。」
直接この眼で見ると、とんでもないサイズだ。立ち向かう騎士達が米粒に見える。
未来視ではこの後彼等は敵味方問わず壊滅させられる訳だが、出来る事なら被害は最小限に食い止めたい。誰が未来に影響を与える人物かも分からないのだから。
「未来視は……どうやら問題無く使えるな。」
ノイズが覆っていた時間が過ぎたのだろうか、未来視が万全の状態で使えると言うのは不幸中の幸いだ。
――これならやれる。
そう確信した俺は、魔力を研ぎ澄ませて介入のタイミングを待つ。
理想的なタイミングは、両軍ともに俺がこの戦いに於いては味方だと思えるタイミング、そして大規模な攻撃で騎士達に影響が少なく、且つナハトヴァールに大打撃を与えられるタイミングだ。
そんな都合の良いタイミングがあるのか? なんてのは、未来視を持たない者の考え方だ。
そんなタイミングがあるからこそ、こうして待機しているのだから。
――今ッ!
待機して数分後、ナハトヴァールの結界の一つがけたたましい音と共に砕け、それに怒りを示したナハトヴァールが振り回す触手が騎士達を吹き飛ばす。
続けて大きく開かれた口に莫大な魔力の光が灯った、その瞬間……俺はナハトヴァールの眼前に転移した。
「ここだッ!!」
転移と同時に今まで溜めた40個のリンカーコア全てを励起させ、魔力任せに白い魔力による砲撃を放つ。
術式と言う形で制御できればこんな魔力を使わなくても良いのだが、この魔力はその性質上、術式の形で制御する事が非常に難しい為、今は単純な魔力弾やこう言った魔力任せの砲撃のような形でしか扱えないのだ。
だが今はこれで良い。魔力任せに放たれた砲撃は緻密な制御をされていない分、使用した魔力量に比例してその規模を拡大させる。
白い魔力はナハトヴァールの山の様な巨体でさえも飲み込み、3層に減っていた結界を一瞬で霧散させると、奴の魔力で構成された肉体をも溶かし……
――やっぱり、全部消し飛ばすのは無理か!
これで決められれば一番良かったのだが、やはりそう簡単にはいかないようだ。
ナハトヴァールの身体を構成する魔力は、奴が先程口内に溜めた魔力の比では無い程に多く、そして濃密だ。
いくら魔力を掻き乱し、霧散させる性質を持つ白い魔力で以てしても、その全身を散らすのには40個のリンカーコアを使ってもなお、魔力不足が過ぎたらしい。
――だが、ここまでは予想の範疇だ。40個と聞けば多いように感じるが、半分くらいは盗賊の魔力だしな。
ならばと、今度は右手に
「これでも喰らえッ!!」
魔力弾の要領で放った黒い魔力は、先程の砲撃で体表の一部が解けたナハトヴァールに着弾した。
その瞬間……
『――ッ!?』
ナハトヴァールは着弾点からその身を黒い石英のような結晶へと変えて行き、やがてその身全体が黒く結晶化した。
コレがあの大魔導士が見つけた黒い魔力の特性だった。
掻き乱し、霧散させる白い魔力とは真逆。魔力の流れを密集させ凝結させる。
大魔導士の見つけた2つの魔力は、そのどちらも『魔力に直接干渉する』性質を持つ。全身が魔力で構成されたナハトヴァールのような存在には、ちょっとした天敵と言って良い魔力だろう。だが……
「……お、終わったのか……?」
「突然現れたあの男は一体……」
「警戒を解くな! まだ終わっていない!」
ナハトヴァールが今の攻撃で死んだと思ったのだろう、興味の対象が俺へと変わりつつある騎士達を叱咤する。
今も未来視を使用している俺には、まだ戦闘が終わっていない事が分かっている。騎士達へ向けて放ったその忠告の意味を彼等が理解するかしないかと言った"間"があった後、予想の正しさを証明するように空気が震え始めた。
「何だ、この気配は――まさか、本当に……ッ!?」
信じられないと言った様子で、騎士達は怪物の形をした黒い結晶を見遣る。
よく観察すると、小刻みに震える結晶の内側で、どす黒い魔力が渦巻いているのが分かった。
そして渦巻く魔力は内側から結晶を突き破るように溢れ出し、怪物はその姿を変えて行く……
「こ、これは……!」
「結晶体を体の一部に……!?」
変化を終えた怪物の全身は黒く、結晶体の様な光沢を放っており、騎士の一人が言ったようにあの結晶を取り込んだような印象を受けた。
そしてここに来て俺はようやく思い出す。
ナハトヴァールの最も驚異的な性質は、その不死身性にあったのだということを。
そうだ、ナハトヴァールはアニメでデュランダルの凍結封印と、はやてのミストルティンを受けてもそこから再生した。
奴を倒すのには核を完全に破壊するしかないのだ。だが……
――この時代に、アルカンシェルは無い……!
エネルギーの相転移を用いた完全消滅なんて、少なくとも俺一人では実現不可能だ。当然騎士達の力を借りたとしても同様、原理すら分からない未来の兵器を再現なんて無茶ぶりも良い所である。
それに苦労の末にナハトヴァールを消滅させても、それはあくまで一時的な事だ。
確かアニメでリインフォースが消滅した理由が、ナハトヴァールが復活する事と大きく関わっていた筈。
完全破壊してしまっても未来に大きな影響は出ない代わりに、こちらにとっても大きなメリットが無い……か。
――とことん割に合わない相手だな、コイツ。
こうなって来ると、俺に出来るのは一時しのぎだけだ。
コイツの消滅はやはり未来のアルカンシェルに任せて、俺はこのナハトヴァールをやり過ごす事を考えよう。
その為には……兎にも角にも、コイツのコアを露出させなければ、か……
「騎士達よ! 俺がこいつをどうにかするから、どうか協力して欲しい!」
必要なのは絶え間ない連撃だ。俺一人でも可能かもしれないが、魔力が持つのか正直怪しい。
その為、ここは騎士達に協力を仰ぐことにした。
……元々この世界はこいつらの物なのだから、少しくらい仕事して貰わなくてはな。
――どれほどの時間戦っていたのだろう、正直覚えていない。
分かるのは、恐らく1時間や2時間はとっくに経過しているという事だ。
魔力で出来た奴の身体を削るのは騎士達に任せ、俺は奴が張り直す結界をかき消す事に専念しつつチャンスを待つ。
攻撃さえ届けば、波状攻撃は俺個人よりも騎士達の方が圧倒的に適任だ。最初の内は解決策が分かった事で勢いもつき、優勢に事を運ぶ事が出来ていた。
……そう、最初の内は。
「はぁ……はぁ……!! ――っく、ォオオッ!!」
震える膝を気合で動かし、騎士がナハトヴァールに向けて駆け出すと、大剣状のアームドデバイスで切りつける。
振り下ろされた大剣は、体表が結晶で覆われた事で却って脆くなったナハトヴァールに深々と突き立ち、ナハトヴァールに少なくないダメージを与えた。
それを示す様に、怒りと苦痛を訴える咆哮がナハトヴァールから上がる。
だがそこまでだ、騎士にはもうナハトヴァールの身体から大剣を抜く力も、自らに向かって放たれた触手の刺突を躱す体力も残されていない。
「くっ……!」
長時間に渡りハイペースな消耗戦を強いられてきた騎士達は、とうに限界を超えていた。
当然、途中で双方の国から援軍が駆けつけたが、それでも奴の無尽蔵とすら思える魔力を前に一人、二人と倒れて行き、彼がその最後だった。
俺は力無く項垂れる騎士に手を翳すと、他の騎士にもそうしてきたように転送の術式を用いてナハトヴァールの射程の外へと逃がす。
触手の一撃は空を切り、地面を抉り取るに留まった。
「――はぁ……ふぅ……っ!」
騎士を逃がす事には成功したが、おかげでこの場に残されたのは俺とナハトヴァールのみ。今まで後衛に徹していた為に奴の攻撃に晒されてこなかったが、これからはその全てが俺一人に降りかかると言う訳だ。
――ちょっと、キツイか? これは……
よく観察すれば、奴の体積は戦闘開始時に比べてかなり小さくなっているのが分かる。恐らく奴の身体を構成する魔力が少なくなってきている為だろう。
このまま魔力ダメージを与えて行けば、いずれコアが露出するのは確実だ。
だが奴からの攻撃を受けていないとはいえ、俺だって結界を剥がす以外にも騎士達のサポートはしてきた。当然魔力も消耗している。
40個のリンカーコアは順番に休憩させていたが、それでも徐々に目減りしているところを見るに戦えなくなるのも時間の問題だろう。
――未来が変化する事を覚悟で撤退するか……? どうせもう未来はいくらか変わってしまっているだろうし……
そんな考えも一瞬過るが、直ぐに心を奮い立たせる。
俺が今まで取り込んで来たリンカーコアの中には、俺が心を許せる数少ない家族もいる。
そんな家族と交わした約束を叶える為には、きっと"あの男"の協力が必要になる。未来が既に変わっていたとしても、可能な限り平和な未来を……平和でなかったとしても、少しでも良い未来に家族を連れて行きたい。
「だから……お前は邪魔だ、ナハトヴァール……!」
未来を変える程の災厄をまき散らすお前から、俺が逃げる訳には行かない。
より良い未来の為に、何が何でもお前は倒す……!
「――これで、終わりだ!」
あれから数十分程経過しただろうか、強引に奴の体内へと突き入れた
既に2階建ての一軒家ほどの体積にまで減っていた奴の身体は、その大半が空気に溶けるように消えて行き、その中心付近にあった奴のコアを初めて視認する事に成功する。
だが、奴にも原始的な本能があるのか、残った身体の一部から黒いスライムの様な触手がコアへと伸びるのが見えた。
――ここまで来て……逃がすか!!
俺は急いで次元魔法の術式を組み、奴のコアを手元に召喚すると、残った魔力の全てを黒い魔力へ変換し、コアに叩きつけた。
「――ッ!! …………!」
その瞬間、頭部すら失った奴の身体から、断末魔のような音が聞こえた気がした。
やがて、動きを止めたナハトヴァールはその体を風に散らすようにして消えていく。
コアはまだ手元にあるが、どうやら黒い魔力が封印のような形で上手く機能したらしい。
「…………ふぅ……!」
ホッとした瞬間、今までの疲労がドッとぶり返し、思わずその場にへたり込む。
思えばユニゾンデバイスのまま、正真正銘の生身で戦ったのは今回が初めてな気がする。
途中で触手に貫かれなければ、もうちょっと楽に戦えただろうか等と先程の戦闘を反省していると、数人の騎士が慌ただしく駆けて来るのが見えた。
「はぁ……はぁ……」
――ダメだ、動けん。これは、見られるな……俺の正体……
慌てて未来視を使用する。
盗賊に見られたせいで安寧を失って以来、俺がこの姿を晒すのは、未来視で安全を確認した相手だけと決めているからだ。
――えっ……ちょっと待て、何だこの未来……!?
嘘だろ、何でこんな事に!? いや、そうか……この戦闘が原因か!!
急いでこの場を離れようにも、魔力の殆どを使い切った所為で転送の術式も組めない。
そうこうもがいている内に、騎士達の足音はすぐそこまで迫って来ており……
「こ、これは一体……!」
「大変だ! "彼"が倒れているぞ!」
「……駄目だ、胸を貫かれている。即死だっただろう。」
「そんな、恩人に何も返せぬとは……」
「……待て、彼の髪はこんな色だったか?」
「いや、だがこの服装と顔立ちは――」
「おい! おそこにいるのは、妖精か!?」
拙いぞ、このままだと俺は――!
――"銀の妖精教"とか言う宗教の御神体にされる!!
思った以上にナハトヴァール戦の文章が長くなってしまった……
近接特化の古代ベルカ式だけでナハトヴァール戦って状況を失念してました。
次回で過去編は終わらせる予定ですが、少し長くなるかもです。(ダイジェストはしますけど)