あの後、結局『銀の妖精教』は誕生してしまった。
彼等にとって突然現れたナハトヴァールと言う災厄を倒した俺と言う存在は、その見た目も相まって非常に神聖な物に見えた……という事なのだとか。
一応必死に説得した甲斐もあって御神体として祀られる未来だけは回避できたが、あの時に関わった騎士達が原因でそれぞれの所属する国に教会が建てられる事になったらしい。
そしてその結果と言うかなんと言うか、あの二国はなんか仲直りしてしばらく仲良くやってたそうだ。
ナハトヴァールと言う苦難を前に互いを支え合った事が、結果的に相互理解に繋がったのだろうか?
……だがそんな珍しく平和的な出来事もやがては思い出となり、忘れ去られ、時代は巡る。
戦争の波は平和を許さず多くの国を飲み込んだ。
やがて『王』が生まれ、その力が振るわれた戦争は周辺諸国に絶大なインパクトを与え、更なる兵器の開発を否応にも加速させる事となった。
そしてその結果、何が直接的な原因だったのか私自身も把握できないままにベルカは滅び、私を始めとした多くの人々は古きベルカの地を離れて生き延びた。
それでも燻っていた戦乱の残り火は、戦乱の中で生まれた『王』の一人である"聖王"と"ゆりかご"によって沈められ、ゆりかごの消失と聖王家の血が途絶えた事で激動の時代は終わりを告げた。
戦争によって発展した多くの技術は失われ、地平を赤く染める程の犠牲の果てに、ベルカの戦争は勝者も存在せぬまま終結した。
それから数百年、比較的平和な時代に突入した今、私は……
「……」
ひっそりと気配を殺し、彼女達の様子を窺う。
彼女達はどうやら追われている身らしく、人気の無い荒野の大岩に隠れるような形で休憩を取っていた。
「――まだ追っ手の気配はあるか、ザフィーラ。」
「……いや、どうやら無事に撒けたようだ。怪しい匂いも感じない。」
シグナムの問いに対してそう答えるザフィーラ。やはりザフィーラの嗅覚を警戒して風下に待機したのは正解だったようだ。
……だが、今の私にはそれに安堵する暇も無い程、大きな動揺が走っていた。
――どういう事だ?
見える未来が恐ろしく短い。
秒数にして10秒先が見られるかどうかと言ったところだ。それより先は、例の如くノイズが走っており、自分の手元さえ確認する事が出来ない。
更に言えば、1秒先の未来でさえも視界の一部にノイズが走っており、正確な未来が見えない状況だ。
私は以前ナハトヴァールが顕現した際、ノイズの原因は未来を変えかねない怪物が生まれる所為だと考えた。だが、ナハトヴァールとの戦闘では未来視は正常に機能していた事を踏まえると、その考えは改めなくてはならない。
――ノイズの原因はナハトヴァールではなく、ヴォルケンリッター達だった……!
未来を変えていたのは怪物の方では無かった。ナハトヴァールによって未来が変わる危険性があったのは確かだが、それは
では、未来を変える行動を起こせる彼女達は
「シャマル、闇の書のページはどうだ?」
「……駄目ね、まだ50ページも集まっていないわ。出来ればさっきの……っ!
ヴィータちゃん! 後ろッ!!」
「え……?」
次元魔法の転送によって、一瞬でヴィータに肉薄する。
私の攻撃より一瞬早くシャマルが気付いたようだが……
「――遅い!」
「げゥッ!!?」
魔力を込めた拳を、ヴィータの腹に突き入れる。
――先ず一人!
「ぁ――」
突き入れた拳を引き抜いた瞬間、ヴィータの全身は黒い結晶に覆い尽くされた。
黒い魔力をヴィータの
「ヴィータちゃん……っ!」
突然の事に動揺しているシャマルへと振り向き、すかさず駆け出す……が、直ぐに脚を止めて迎撃の態勢に移る。
先程ヴィータに対して攻撃を放った瞬間、数秒先の未来が変わったからだ。今の未来視が映し出している光景は……
「貴様、何者だ……ッ! どこから現れた!」
未来視の新たな光景の通りに割り込んできたシグナムの一閃を、魔力を込めた手で掴んで止める。
その一瞬でシャマルは主らしき男と共にこちらから距離を取り、ザフィーラが私の背後に回り込んだ。挟み撃ちの形にする事で注意を分散させ、更にその隙に主だけでも逃がそうと言う魂胆か。
だが、逃がすつもりは無い。私には、今この場で確かめなければならない事があるのだ。
「……済まないが、私の目的の為に今は眠って貰う。」
「質問に、答えろッ!」
≪Explosion!≫
掴んでいるレヴァンティンがカートリッジをロードし、その刀身が炎に包まれる……その瞬間、俺の手から放たれた冷気がレヴァンティンに纏わり付き、炎の性質を相殺した。
「なッ……!?」
自信の炎がかき消された事は初めてだったのだろう、動揺するシグナムをこのまま刀身毎凍り付かせるかと考えた瞬間、
――これは……未来が二つ!?
俺の見る未来視に、
一つはレヴァンティン毎氷像になったシグナムと、背後から襲って来たザフィーラに殴られる私自身の光景。
そしてもう一つは、ザフィーラの攻撃を回避するも、レヴァンティンから手を離したシグナムから放たれた蹴撃により吹っ飛ばされる光景。
直感的に理解する。この二つの光景はどちらも起こり得る未来なのだと。
そして同時に確信する。この二つの光景
私は即座にレヴァンティンから手を放し、次元魔法により一瞬でシャマルの傍に転移する。
「なっ……!」
「シャマルッ!」
遠くからシグナムとザフィーラの声が聞こえるが、それに対してシャマルは動けない。
彼女には動く訳には行かない理由がある。
「くっ……!」
微かに足を震わせながら、それでも主を庇う様にして立ちはだかる。その陰には、シャマル以上に体を震わせて怯える"闇の書の主"の姿があった。
私はすかさず闇の書の主に向けて白い魔力を放つ。……より正確に言えば、その足元に展開されている転送の魔法陣に対してだ。
咄嗟に目を瞑り、覚悟を決めるシャマル。身を挺してでも主を守ろうとするその行動は、無意味に終わった。
「――え……」
「ひ、ひぃっ!!?」
白い魔力がシャマルを貫通した瞬間、その体の内側からもう一人のシャマルの姿が現れたかと思うと、一瞬で霧散する。
次の瞬間にはシャマルは力無くその場に倒れ込んだ。
転送の魔法陣もかき消された今、これでヴォルケンリッターは逃げられない。
ここに居る主を見捨てる事は出来ないのだから。
「飛竜……」
「『鋼の……」
後方で二人の魔力が高まるのを感じる。
だが、先に
「ひっ! ……ぁぐぇっ!?」
「……安心しろ、死にはしない。」
電気の性質に変化させた魔力で拘束し、主が逃げられないようにする。その瞬間――
「――一閃!」
「――軛』!」
シグナムのレヴァンティンが変化した炎蛇が、ザフィーラの拳から放たれた拘束条が私へと殺到する。
しかしそれは既に未来視で見た光景だ。どこを通るのかは手に通るように分かる。
いつかの銃撃戦の様に、その攻撃の隙間を縫って二人との距離を詰めると、二人の表情が驚愕に染まる。
「バカな……!」
「くっ……!」
視線で私の狙いを読んだのか、シグナムの前に立ちはだかり障壁を張るザフィーラ。"盾の守護獣"と名乗るだけあって、その障壁は私の目から見ても堅牢の一言だ。
しかし、白い魔力の前ではあらゆる防御は無意味となる。
「ヌ……ゥ……!? これは……魔力が……!」
白い魔力の砲撃を至近距離で受けたザフィーラは、その場に膝を付きつつも意識は手放さなかった。
どうやらシャマルより潜在魔力が幾分か多いらしく、かき消しきれなかったらしい。そしてザフィーラが盾となった事で、シグナムも今の一撃を耐えたようだ。
「……この距離で弓か。」
「……だからこそだ。我が最速の一撃、この距離では躱せまい……!」
剣の間合いの僅かに外……確かに踏み込んで放つ一閃より、シュツルムファルケンの一撃の方が速いだろう。
だが、放つタイミングさえ分かっていれば、あらゆる攻撃は回避可能なのだ。
シグナムには見る事の出来ない、数秒先の未来にそのタイミングはしっかりと映し出されていた。
「翔けよ、隼!」
「無駄だ!」
シグナムの最速の一撃を紙一重で、しかし確実に回避したその流れで懐に飛び込む。
「くっ……!」
シグナムはシュツルムファルケンを撃った反動か、回避が僅かに遅れた。
――これで決める!
今の私の使える魔法で最速の一撃を放つべく、右手の五指に五色の属性変換の光が灯る。
その瞬間――
「そこまでです!!」
「!?」
気付けば目の前には見た事の無い女性が立っていた。
既に私とシグナムの間には、人が割り込める程のスペースは無かった筈なのにだ。
「避けろ!!」
思わず叫ぶ。
リンカーコアを扱う事に長けているユニゾンデバイスである私は、瞬間的に察知していた。
目の前のこの女性は、
私が今放った魔法は非殺傷設定ではあるが、出力、性質共に通常の魔法とは一線を画している。魔力を持たない一般人に直撃した場合の影響は想像すらできない。
だが――
「はっ!!」
目の前の女性は扱えない筈の魔力を用いて、複雑怪奇且つ堅牢な障壁を一瞬で構築して見せた。
――何だ、この障壁の構造は……?
永い間生きた経験、数少ない家族である大魔導士との研究の日々、数多のリンカーコアに刻まれた魔法を扱って来た感覚……その全てが、目の前の障壁の存在を否定した。
こんな物がある筈がない。
こんな物が魔法である筈がない。
こんな物を制御できる者が、人間である筈がない。
「――ッ!! 何者だ、お前は!?」
咄嗟に距離を取って問いかける。
尋ねておきながら、心の奥底には確信があった。この女性は、嘗てチラリと見た事のある『王』等とは比べ物にならない程の化け物だと。
そして、同時に思ったのだ。
――この存在の身体を……力を得られれば、間違いなくどんな未来でも覆せると。
「――等と、当時は思ったものですが……やはり、実際に手にしてみると、思うようには行かないものですね。」
呟きながら、翳した手を見つめる。
天使の身体は手に入れた。その力も間違いなく、この身にある。自分の意思で扱う事も出来た。だが……
――魔法と言う形に当てはめるのが、これほど難しいとは……
これまで数多の身体を使って来たが、今回のは飛び切りのじゃじゃ馬だ。
今までの身体はその身に宿ったリンカーコアを制御する事でその魔力さえも我が物に出来たが、この身体……リンカーコアの存在しない身体となるとそうはいかない。
そもそも、どこの器官でこの力を扱っているのかすら不明なのだ。天使の力を十全に扱うには、しばらく鍛錬が必要だろう。
「……ですが、この力を制御下に置いた時、間違いなく私の目的は果たされる。
これが最後の試練と受け止めましょう。一先ず、今は
そう言って振り返ると、そこには紅い絨毯の上に倒れ込んだ
その近くに転がっている銀の染髪料とカラコンを拾い上げ、その身体の髪と目の色を変えて行く。
「全く、アルマがあんな事言わなければ兵士の身体に使おうと思ってたのに……」
今使っている身体の本来の持ち主に対してブツブツと文句を言いながら、手早く装飾を終える。流石は魔法の技術を用いた染髪料、一瞬で色が定着した。
さて、後は……
「誰にしようかな……」
当然、身代わりとして差し出すリンカーコアについての悩みだ。
武術家とか大魔導士とか、強いのはダメだ。親しくなった相手もダメだ。
盗賊の中から選ぼうとは思っていたが、仇のリンカーコアは思わぬ進化をしてしまって若干惜しくなってしまった。
それに、まだまだ顎で使いたいし。
「ん~……まぁ、良いか。弱いのから適当に決めても。
私は早い所この身体の力をものにしなければならないのだ。こんな事で迷っている一分一秒が惜しい。
「そうだ、兵士達の訓練も一緒に済ませちゃおう。
アイツみたいに意外な才能を持っている奴が居るかも知れないし。」
そうと決まれば善は急げ。
盗賊の中から、特に質の悪かった奴を適当にピックアップし、元・聖女の身体に入れる。
「――ん、あぁ? ここは……」
「『貴女の言動は自然と女性らしくなる』。
『貴女の過去は全て罪と恥の歴史』。『贖罪の為に聖女である私に仕える事が貴女の生きる意味』。」
「え……あ……? あっ?」
……急繕いだから内容は多少雑だが、まぁこんな物だろう。
暫くするとどこかしらで違和感を抱くかもしれないが、一時でも管理局と聖王教会を騙せればいいのだ。
「さぁ、貴女のするべき事を伝えましょう。」
「はい! 何なりとお申し付けください!」
「ふふ……頼もしいですね。では先ず……」
――未来視の日まで、後一ヶ月。