「――だから何故、貴様に我が部隊を貸し出す必要がある!? 機動六課だか何だか知らんが、貴様自身の部隊を使えばいいだろうが!」
地上本部の最上階にある執務室で、レジアス・ゲイズは怒りを隠そうともせずに言い放つ。
その相手は、現在通信端末により空中に投影されている女性……八神はやてだった。
『万全を期す為です。今私達が戦おうとしている相手は、ただの次元犯罪者や組織とは訳が違います。正直な話、機動六課と"銀盾"を合わせても勝てると断言できない……それ程の相手です。』
はやてはレジアスの怒号に対し、あくまで冷静に説明していく。
だが、その姿勢が却ってレジアスの怒りと言う炎に油を注ぐ結果となった。
「貴様……そのような死地に我が部隊を貸せだと!? 図に乗るのも大概にしろ!! 評議会からのお墨付きがあるからと大目に見ておれば好い気になりおって!! 奴等は使い捨ての部隊ではない! この地上の……ミッドチルダの平穏の為の部隊だ!! それを――」
レジアスにとってはやてが求めている部隊、"ミッドチルダの銀盾"は特別な部隊だった。
彼等は自らの悲願……ミッドチルダを他の何処よりも平穏が保証される次元世界とする為に必要な部隊であり、その正義の為に下らない権力や上っ面の名誉を跳ね除ける意思を持った信頼できる勇士……そういう認識になっていた。
だが、次のはやての言葉に彼の怒りはかき消された。
『私達が戦う相手が潜んでいるのも、このミッドチルダです。』
「――ッ!? なっ、何だと……!?」
はやての言葉を信じるならば、それほどの脅威が彼の守るべきこの地上に存在する事になる。いや、そればかりではない。
その脅威との戦いとなった時は、このミッドチルダそのものが死地となる可能性さえ孕んでいた。
『私達は"彼女"が行動を起こす前に、確実に彼女を止めなければならない。見逃せば、今度こそミッドチルダの平穏が脅かされる。』
そう言った事情を持ち出されれば、彼とて何もしない訳にはいかない。
本来そう言う事柄は八神はやて率いる機動六課ではなく、彼自身……地上本部が解決するべきと言う自負が彼にはあった。
そしてその自負があるからこそ、彼には"譲れない一線"があった。
「……貴様の言う事は分かった。だが、そう言う事であれば尚更貴様に我が部隊を預ける気にはなれん。儂自らが指揮を取ると言う形でならば許可を出そう。」
『……すみませんが、それは出来ません。』
「ふん、儂が信用出来んか。ならばこの話は――」
無かった事にしよう……そう続けようとした彼の耳に、信じがたい情報がはやての口から齎された。
『地上本部内に、敵と通じている者が居ます。』
「なっ……!? ……貴様、当然確たる根拠の上での発言だろうな!?」
『はい……これがその映像です。』
そう言ってはやてが通信画面上に展開した映像には、敵の本拠地とされる建物に一人で入っていく銀髪オッドアイの青年の姿が捉えられていた。
警戒しているのだろう、一瞬周囲を見回した彼の顔を見たレジアスの表情が険しく歪む。
『この人物に見覚えは?』
「ぐ……っ! 10年以上前から、この地上本部に所属している者だ。名は、"マルク"……」
青年は、かつて時空管理局に一斉に入局してきた500人の銀髪オッドアイの内の一人だった。
当時レジアスの指示の下訓練を積み、そして海にその大半が引き抜かれてもこの地上に残ってくれた者の一人であり、苦しい時期にも共に地上の平穏を守ってきた同志。それ故に彼の裏切りはレジアスに大きなショックを与えた。
「…………この建造物は、"HE教団"か。ならば貴様の言う敵とは……」
『はい。HE教団の聖女です。』
HE教団……次元世界全体においてもその勢力を広げる聖王教会ですら信用できないと断ずる彼にとって、その教団は当然マークの対象だった。
しかし、彼の教団は自らの教義を無理に広めるような動きは無く、その行動だけを見れば街の清掃から災害地の炊き出しと言ったような、限定的であれど治安維持に貢献するものばかり。
教会周辺の住民からも受け入れられていた事もあり、怪しい動きが無い内は泳がせておこうと判断していた。
「奴か……だがそいつは先日、貴様等が捕縛したはずだろう。」
『私達が捕縛したのは影武者……いえ、
「抜け殻だと……? 貴様、何と戦っている。」
奇妙な表現を用いたはやての言葉に対して説明を要求すると、彼女は少しの間何事か考える素振りを見せた後に口を開いた。
そして彼女から返って来たのは想定外の答えだった。
『……彼女は"ユニゾンデバイス"です。それも恐らく、自分の意志で"融合事故"をおこし、宿主の身体を支配している。』
「! ……なるほどな、それで抜け殻か。」
『そして彼女には、何らかの方法で他者の人格ごとリンカーコアを奪い、自分の支配下に置く力があります。……そしてその際、支配された人格は彼女の都合のいいように作り変えられる。そうして彼女は自らの影武者を作り、私達に捕縛させました。』
「アイツも……"マルク"も奴の支配下と言う訳か?」
はやてが発した言葉から得た情報を整理し、レジアスは問いかけた。
正直複雑な心境だった。
マルクが自らの意志で裏切った訳ではないと信じたい気持ちと、そんな残酷な支配を受けていて欲しくない思いが自分の内側で整理される前に飛び出した様な、そんな問いかけだった。
しかし、その問いに明確な答えは返ってこなかった。
『……それは分かりません。彼はその映像の後、教会から出てきた姿を確認できていませんから。』
「そうか。…………分かった。貴様に銀盾を預けよう。」
長い沈黙の後、疲れたような声色でレジアスははやてに銀盾を預けた。
その裏にある様々な葛藤ごと彼の意思と部隊を受け取ったはやては一礼し、安心させる様にこう告げた。
『ありがとうございます。お預かりした彼等は私の命に代えても、確実に全員無事に帰す事を約束します。』
「……頼んだ。」
『ええ、彼等は私にとってもかけがえない友人達ですから。』
そうはやては伝えると、『では、失礼します』と最後に再び一礼すると通信は切れた。
「そうか……そうだったな。」
最後のはやての言葉でレジアスは彼等がはやてと同じ"第97管理外世界"の出身である事を思い出し、疲れとも安堵ともつかぬ溜息を吐くと、先程とは違う相手に通信を繋げたのだった。
「――ああ、儂だ。突然だが……」
「――おい! 聞いたかよ!?」
「ああ、例の話だろ? その様子だとお前も俺らと同じ考えらしいな。」
地上本部に設えられた訓練場。
そこで
……とは言っても、このやり取りももう何度目かは分からないが。
「同じって……何だよ、俺も誘ってくれりゃあ良かったじゃねぇか!?」
「悪い悪い! っつっても、俺も誰かに誘われた訳じゃなくてなぁ……」
そう言って俺は周囲の連中を見回す。
そこでは"ミッドチルダの銀盾"と呼ばれるようになったメンバーの大半が、思い思いの訓練に明け暮れている。
空中戦が可能なように高く設計された天井付近では相変わらず魔力弾のスーパーボールがぶつかり合っているし、その近くでは模擬戦を行う者もいる。
基礎魔力を只管底上げしようとする者も居れば、障壁を重点的に鍛える者もいる。
ここで訓練している銀髪オッドアイ達は、俺も含めて全員"ある知らせ"を受け取った直後に居ても立っても居られず訓練にやってきた者ばかりだ。
――でも、仕方ないと思うんだよな。
「一時的とはいえ
「いや、まぁ分かるけどよ……俺もそうだし。」
そう、俺達は他の誰よりも俺達の事を解ってる。大体考える事は一緒なのだから当然だが。
「ま、折角来たんだし組手でもするか? 丁度手が空いてたんだ。」
「おいおい、俺まだ準備運動も出来てねぇんだぞ?」
「じゃあお前が準備してる間に他のメンツ集めて来るか……」
そんな事を話していると、再び扉が開く。
どうやらまた一人、俺達の仲間がやってきたらしい。
そう思い扉の方を振り返ると、そこに居たのは――
「……………………神宮寺!?」
「お前今、絶対俺の顔見分け付かなかったろ」
随分と久しぶりに会う友人の姿だった。