なのは達の訓練が完了する数時間前、HE教会地下大聖堂跡にて――
「……!」
――これは……!
手に入れた天使の力の扱いに慣れるため、自身が"将"と呼ぶ4人の少女達との組手を行っていた聖女は突如としてその動きを止めた。
「? 聖女様、いかがなさいました?」
――未来が……あの破滅の日の未来が殆ど見えない……!
元々その日の光景はなのはが何者かによって倒される瞬間しか見えなかったのだが、今はその瞬間さえも数多のノイズにかき消されて殆ど視認できない状況となっていた。
――恐らく、私と言う敵の存在を認識したはやてが何らかの対策を講じ始めたと言う事でしょう。そして、それにより彼女達の戦力が増強され、この破滅の未来さえも覆そうとしている……!
それは聖女にとっては想定外の変化だった。
彼女は元々、はやて率いる機動六課と敵対する事で戦力の増強を図らせるつもりだった。その為に聖女は騎士カリムの予言を利用するつもりだったのだ。
しかし、それは
はやてが転生者であった場合は、恐らく転生時に得た特典や原作知識等を利用して原作の八神はやてよりも強化されている事だろう……いや、そればかりではない。
天使の存在を知らず、彼女達の介入を経験していないであろう若い転生者は
もっとも彼女の思惑と違い、はやては何処かしらで天使の存在を知っていたようだが、計画の重要な目標は達成できたので良しとした。
はやてを強化するよりも確実な力を彼女は晴れて手にする事が出来たのだ。
だが、ここにきてこの変化だ。
一見すれば僥倖にも思えるこの変化は、実のところ聖女にとって不安要素もはらんでいた。
――未来視の光景を敢えて維持し、肝心の瞬間に天使の力で介入する事でより確実に、より大きな変化を齎す……その為には、この段階での変化は寧ろ邪魔でしかない。
例えば敵がはやて達を何かしらの方法で観測していた場合、はやて達が強くなれば自然と敵もより強くなろうとする……或いは、より奇襲に特化した戦法を取って来る可能性が高い。
未来をこの段階で変えると言うのはそう言う事だ。
その為、聖女は天使の力を手にした後も……いや、手にした後こそ表舞台に上がらず、力を蓄えてきた。
全ては肝心な瞬間まで今の未来を維持する為に。
しかし、ここにきて未来が変わった。
それが意味するところは一つだ。
――捉えさせたダミーがバレましたか……
天使の存在を知っていたはやての事だ。今頃は私への対策のために機動六課の戦力を可能な限り急ピッチで鍛えている事だろう。
それが原因で未来が変化してしまった……そう考えるのが、自然だ。
その証拠に、未来の変化はもう一つあった。
とは言ってもこちらの変化はそう遠い未来ではない。
――気付かない内に、明日の未来がノイズに包まれている。それも、以前とは比べ物にならない程のノイズの量……恐らく、今度ここに来るのは前回よりも転生者を多く編成した本気の部隊。
「……もう
「? えっと……?」
「あぁ、こちらの話ですよ。少しやる事が出来たので、早めに済ませましょう。」
思考に没頭していた聖女の様子を気にした将の問いかけに対し、聖女はそう答えると組手の続きを行うべく再び構えを取った。
「――それで、聖女さんよ? さっき言ってた"やる事"ってのは、何の事だい?」
暫くして、組手を終えて一息ついた将の一人が聖女に尋ねると、聖女は「そうでした」と思い出したように大聖堂跡の中心部……瓦礫が撤去され、開けた広場のようになっている箇所へと歩み出すと、その地面へ向けて手を翳した。
「……」
するとその身体から溢れ出した魔力が寄り集まり、複雑怪奇な術式を床に描いた次の瞬間……大聖堂跡は眩い光に包まれた。
「ぅ……ここは……? っ! 聖女様!」
「……。」
「……チッ、やっぱりアンタかい。」
光が収まった時、そこに現れたのは元・聖女の少女と、リーゼアリア、そしてリーゼロッテの姿だった。
「おかえりなさい、3人とも。……拘留中、こちらの事は話しませんでしたか?」
聖女は呼び出した3人に対して、穏やかな口調と裏腹に有無を言わさぬ威圧と共にそう問いかけた。
彼女の尋問に対して思うところがあったのか、元・聖女の少女がビクッと震えたが、リーゼロッテは不満気な目を聖女に向けると怯む事なく煽るように口を開く。
「ハッ、そんなに不安だったのかい? ちょっとばかし見た目が変わって、妙な力も手に入れたみたいだが、結局他人の力に縋るだけの小物っぽいねアンタは。」
リーゼロッテとしては、例えこれで気分を害した聖女の手で始末されたとしても構わないと思っての挑発だった。
敬愛する父のリンカーコアを奪った聖女の命令でかつての味方と戦わされるより、その方が万倍マシだからだ。
しかし、聖女は彼女の挑発など意に介さないように、淡々と命令した。
「『私の問いに、素直に答えなさい』。」
「チッ……生憎と誰かさんが契約で縛ってくれたおかげでね、洗いざらい言いたくても言えなかったよ。」
せめてもの抵抗に舌打ちして見せたが、それでも命令一つで口を割らせられると言う屈辱に彼女の意気は消沈していく。
この世で最も従いたくない相手の命令で動き続けた日々に比べれば、管理局の牢獄に姉妹二人で過ごした数日間の方が輝いてすら思えた。
「そうですか、では……」
そんなリーゼロッテの様子には目もくれず、次に聖女は元・聖女の前へと歩を進めると、改めて尋ねようと口を開き――
「貴女は、何か――」
「すっ、済みません聖女様! 折角与えて下さったお役目を果たす事も出来ず……ッ!」
プレッシャーに耐えかねた元・聖女の土下座により、聖女の問いかけは中断された。
「……と、言う事は貴女が口を滑らせたと言う事ですか?」
「い、いえ! 違うんです! 私は嵌められたんです!」
「……どういうことですか?」
「実は――」
「――と、言う訳なんです! 決して私が自ら情報を開示した訳では……!」
「成程、事情は分かりました。そうですか、"彼"が向こうに付きましたか……」
元・聖女の弁明を聞いた聖女は、受け取った情報を脳裏で反芻する。
――ジェイル・スカリエッティが向こうに付いたとなれば、確かに即席で用意したダミーでは誤魔化す事も出来ないでしょう。コレは彼の行動を読めなかった私の落ち度であり、彼には避けようのない事態ですね……
「そう言う事であれば、貴女を責めると言うのも酷な話ですね。今回の件、許します。」
「聖女様……!」
「しかし――」
穏やかな笑みを浮かべた彼女からの許しを受けた事で、救われた様な表情を見せる元・聖女に対し、聖女は手を翳すと一方的に告げた。
「貴女の役割はここまでです。ご苦労様でした。"コアコレクト"」
「ぁ……」
聖女がコマンドワードを口にすると、元・聖女の身体からリンカーコアが摘出され、聖女の身体へと吸い込まれる。
すると、途端に彼女の身体は糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
「……」
笑顔のまま倒れ伏すその姿を見て『明日は我が身か』と将の一人が僅かに息を飲むが、そのどちらにも目もくれず、聖女は選別を始めた。
――器の数には限りがある以上、戦力的に当てにならないリンカーコアに身体を与える理由も無い。折角空いた貴重な身体なのですから、誰を入れるかは慎重に決めなければ……
自身の内に残っている21個のリンカーコアを比べながら、聖女は考える。
と言うのも、今器に入っているリンカーコアは将の分も含めて43個……実に聖女の所持するリンカーコアの2/3に相当する数だ。当然、優秀な魔力や戦闘能力を有するものから順に身体を与えてきた。
そして彼等は今も新しい身体での魔法戦に慣れるべく、日々訓練に精を出している。
しかしそうなると、残っているリンカーコアは殆ど大した能力を持っていない物……より具体的に言えば、彼女が最初の頃に身体を転々とした盗賊の物が殆どなのだ。
勿論ギル・グレアムのリンカーコアは桁外れに優秀だが、コレはリーゼ姉妹との使い魔契約の維持に必要である以上、当然外に出す事は出来ない。
――まぁ、消去法でコレですね。
そんな中から一つのリンカーコアを選び、倒れた身体に向けて手を翳した。
「"コアリリース"」
「……んぅ……? ここは……」
「おはようございます。気分はどうですか?」
「え? あぁ、おはよう……なんだ? 何か喉が変……? はぁっ!??」
「それについて説明するので、『少し黙っていてください』ね。」
「……? ッ!?? ~~ッ!!???」
突然の事に混乱する元・聖女に対し、聖女は慣れた様子で状況の説明を始めた。
「――と言う訳で、今私は破滅の未来を回避する為の戦力として、貴女を蘇らせたんです。『もう話しても大丈夫ですよ』。」
「……あ、あー……っはぁ、マジか……俺の自由意思とか、もう無いも同然って訳ね……」
「はい、ですが破滅を防ぐ事が出来た暁には、貴女の支配を外して自由を差し上げます。品行方正な兵士であった貴女なら、特に規制する必要も無いでしょうし。」
「そうかい……まぁ、色々整理出来てないとこもあるけど、そう言う事なら頑張るよ。」
項垂れていた少女は聖女のその言葉を聞き、状況が分からないなりに前向きな目標を立てる。
実力がそれ程伴っていない点以外は文句無しな彼女の様子を満足気に見た聖女は、呼び戻したリーゼ姉妹に対して早速の頼み事をした。
「そういう訳ですから、彼女達の訓練を任せてもいいですか? リーゼロッテさん、リーゼアリアさん?」
「……どうせ選択権なんて無いんだ。良いよ、受けてやるさ。今までやらされてきた事に比べれば、幾分かマシだ。」
「……だね。」
そう言って元・聖女を訓練所へと案内するリーゼアリア。
二人の後に続いて部屋を出る直前、立ち止まったリーゼロッテは振り返ると聖女に一つの質問を投げかけた。
「なぁ……何であたし等を呼び戻した? アンタはもう、あたし等や"今のアイツ"の力なんて要らない位の力を持ってるじゃないか。」
強制転送の術式で呼び戻されて最初に感じたのは、聖女の内に渦巻く異質な力だった。
魔力のように扱われておきながら、明らかに魔力とは違う正体不明のエネルギー……そこから感じる絶対的な格差と、奇妙な神々しさ。
もう例え使い魔契約の縛りが無くとも敵う事がない相手なのだと、彼女の動物的な直感と魔導士としての経験が訴えていた。
だからこそ彼女には不思議でならない。どうして彼女が態々自分達を呼び戻したのか、どうして先程蘇らせた彼女の訓練を付けさせるのか。
……それで得られる戦力なんて、今の彼女に比べれば誤差の内にも入らないだろうに。
当然の事だが、管理局の牢から脱獄させると言うのは誰がどう見ても立派な犯罪だ。態々管理局と敵対するような行動をとってまで自分達を呼び戻す理由が、彼女には思い当たらなかった。
「貴女達を呼び戻した理由、ですか……」
リーゼロッテの問いを受けて、聖女は僅かばかり考えこんだ。
それは答えを探していると言うより、答えるかどうかを悩んでいるようにリーゼロッテの眼には映った。
「――そうですね……私の最終目標は、先程彼女に話したように『破滅の阻止』です。当然失敗は許されない。ですから目的を果たせる確率を、少しでも上げたいと言うのが最も大きな理由ですね。」
「だけど、それだって今のあんたなら簡単に出来るんじゃないのかい?」
「そうかもしれません。しかし、先程も言ったように失敗は絶対に許されない。この身体を得てもなお、確実と言えない理由が私にはあるのです。」
それはその場の全員が想像だにしない返答だった。
今の聖女の力を肌で感じる事が出来る範囲に居る者にとって、今の聖女は誰よりも強く、敗北する姿を想像できない存在だ。
そんな存在がほんのわずかでも可能性を高めたいと願い行動する程の何かが、この先に待っている……その事実は、その場の全員に得も言われぬ不安となって纏わりついた。
――数年前、管理外世界『??????』、『???』国、『?????』の外れにて。
「凄い凄い! お義兄ちゃんの言ったとおりにしたらちゃんとできたよ!」
「ああ! 偉いぞ! 流石俺の自慢の義妹だ!」
そこでは、一人の少女が魔法の練習をしていた。
彼女に指導を付けているのは、彼女を義妹と呼ぶ銀髪オッドアイの少年……否、
「はぁ!? 俺の義妹だろぉが!!?」
「自惚れんなバカ共! 俺の義妹だ!」
「言っておくけど、俺が最初に――」
銀髪オッドアイの少年
彼等は一人の少女の義兄の座を常に争う仲であり、決して親しいと呼べる間柄ではない。
そんな板挟みに晒された少女は、その争いを止めるために口を開く。
「もう! 喧嘩はやめてよ、お義兄ちゃん達!」
「ほら俺の義妹が困ってるだろ! すっこめ、てめぇ等!」
「すっこむのはてめぇだこのダボが! 義兄妹の間に挟まんな!」
「待ってろよ、お義兄ちゃんが直ぐにこいつ等追い払うからな!」
「もう! だから、皆お義兄ちゃんなんだってば!」
「そうは言うがな――」
しかし、自らが義妹と呼ぶ少女の制止も聞かず、彼等の争いはヒートアップしていき……
「良いから、やめて。私が言ってるんだから。」
「はい。」
「はい。」
「はい。」
「はい。」
「はい。」
「はい。」
「はい。」
「はい。」
「はい。」
「はい。」
その熱は、少女の一言で不気味な程に収まった。
「うん、偉い! じゃあ次の魔法教えて! お義兄ちゃん達♪」
「……ん? あ、ああ! 任せな! 今度は俺のとっておきの魔法を――」
銀髪オッドアイの少年は先程の争いなど無かったように、少女に魔法を教えて行く。
それが長年の苦労の果てに習得した魔法であろうと、血の滲む努力の結果漸く会得した物であろうと一切惜しむ事なく、少女の訓練は続く。
「へぇ~、そんな魔法もあるんだ! 凄いね、お義兄ちゃん!」
そう笑顔を見せる少女の額には、青い花弁のような紋様が6弁、小さな花を咲かせていた。
滅びの原因ちゃん登場。
流石に正体に気付く人多いと思いますが、この辺で示唆しておかないとぽっと出になっちゃうので……
一応、感想欄とかで『最後のって○○ですよね?』みたいな事は書かないでくださると嬉しいです。
あ、聖女の考え方や行動理由に関しての質問は(ネタバレに関係する部分は答えられませんが)受け付けます。
我ながら上手く描写出来てる気がしないので……