「……ちゃん! 起きて、なのはちゃん!」
「――んぅ……?」
私を呼ぶ声と、揺らされる体の感覚で目が覚める。
目を開けば、涙で滲んだ視界一杯に必死の形相を浮かべた朱莉ちゃんの顔があった。
「ここは……ッ! そうだ、私は朱莉ちゃんに力を注がれて……それで……?」
周囲の様子から何とか状況を思い出したものの、どうにも前後の記憶が曖昧だ。
いつの間にか眠っていた事から考えても、恐らく私は苦痛によって意識を失ってしまっていたのだろう。
「――痛っ……? これ……」
上体を起こそうとして手首に感じた鈍い痛みに視線を向けると、そこには鎖の様な痕がくっきりと残っていた。
「覚えてない? リンカーコアに私の力を流し込んだ後の事。」
「あ……」
――そうだ、この痕は私が……
朱莉ちゃんのその言葉で記憶が刺激され、途切れ途切れではあるものの思い出してきた。
リンカーコアが張り裂けそうになる感覚や、そうして入った罅に得体のしれない物が潜り込むような不快感。
そんな激痛と異物感が絶えず交互にやって来て……そしてふと、一瞬全ての感覚が遠ざかる喪失感。
このまま死ぬんじゃないかと言う不安を何度感じただろう。
何でも良いから感覚が欲しくて……今も生きている証明として無意識に痛みを求めた私は、バインドの鎖を手首に食い込ませたのだ。
死ぬ訳にはいかなかったから、私は戦わなきゃいけないから……
「全く、無茶するのが癖になってない? ……そうさせてる私が言う事じゃないけどさ。」
そう言いながら私の手首に付いた痕を魔法で治してくれている朱莉ちゃんに、適合は成功したのか尋ねると彼女は優しい笑みを浮かべた。
「よく頑張ったね、おかげでバッチリ大成功だよ。」
「! ……良かった……!」
ホッとなでおろした胸に手を添えると、確かにそれまで無かった筈の力を感じる。
私のリンカーコアが朱莉ちゃんの――天使の力を溜めて置けるように、適合したと言う事なのだろう。
「――さて、コレで痕も残らずキレイに元通り。戦う準備はもう出来た?」
「うん……いつでも良いよ。」
今なら負ける気がしない……とまでは言えないけど、聖女に対抗できる力が身に付いた感覚がハッキリとある。
今も時間を稼いでくれている皆の為にも、少しでも早く戦場に戻らないと!
そう気合を入れ、結界を解除して貰うべく神谷君の方へ視線を向けると、彼は何処か迷っている様な表情で確認してきた。
「……本当に行くんだな?」
「うん!」
私が迷う事無く答えると、彼は一瞬辛そうな表情を浮かべ……観念したように肩を落とした。
「…………わかった。」
その言葉と同時にドーム状の結界の天辺に罅が入ると、まるで空間を切り取ったような破片がパラパラと降り始め、地面に触れるよりも早く空気に溶けていく。
そんなどこか幻想的な光景に目を奪われていると、朱莉ちゃんが最後に一つだけと話しかけて来た。
「天使の力は魔力よりも強いエネルギーだ。当然、力を流されるレイジングハートにも強い負担を強いる……普段以上に扱いは慎重にね。」
「――! ……分かった。」
朱莉ちゃんの忠告を受けて、扱う力の危険性を再認識する。
その緊張が表情にも出ていたのか、朱莉ちゃんは私を安心させるように背中を叩くと、笑顔で言った。
「大丈夫。いざという時は私が助けるからさ。」
「うん、ありがとう。……行って来るね。」
結界はまだ完全には消えていないが、既に私一人が通れる程度の穴は開いている。
それと同時に漏れ出した外の魔力からある程度の状況を把握した私は、一刻を争う状況に駆けつけるべく飛び出した。
――なんて声をかけるべきだったのだろう。
結界に開いた穴から飛び出すなのはを見送り、一人考える。
彼女はハッキリと覚えていないようだが、俺の脳裏にはなのはに天使の力を適合させる際の光景はくっきりと焼き付いていた。
一言で表すならば……陳腐な表現にはなるが、地獄だった。
朱莉が背中に手を当てている間、彼女はずっと悲鳴を上げ続けていた。
苦痛に理性を飛ばし、涙を流し……そんな姿を前に、俺は何の力にもなれない無力感に押しつぶされそうだった。
そして、今も俺は見送る事しか出来なかった。
「――君もお疲れ様。最後の方、良く耐え抜いてくれたね。」
「……いや、それは朱莉のおかげだ。朱莉が回復してくれてなければ、結局俺は――」
なのはの適合が終わろうとしていた数分間、俺の結界は内側で膨れ上がったなのはの力に絶えず苛まれていた。
直ぐに気付いてくれた朱莉の手助けが無ければ、俺は魔力ダメージによるブラックアウトで気絶していただろう。
「ううん、君のおかげだよ。そもそも君がこの魔法を完成させてなければ、彼女の適合はもっと苦労していた筈だしね。……だから、元気だしな。君はちゃんとなのはちゃんの力になれてたよ。」
「……ああ、ありがとう。」
俺の肩を叩きながら朱莉がかけてくれた励ましの言葉に、ネガティブになっていた心が軽くなるのを感じていた。
「くっ、ここまでか……グワーッ!」
「神林ィィーーーッ!!」
――『俺の特典? あらゆる魔法に対する完全適性だぜ! 使い手の少ない治癒魔法もバッチリよ!』
――『はぁ……はぁ……! 適性があっても、やっぱり鍛えないと使い物にならないだろ? 俺も、アイツの力になりたいからな……!』
――『諦めてんじゃねぇぞ! お前の思いはそんなもんだったのかよ!! 超えるんだ! 社会の赤点……!』
――『なんで男子の水着ってブーメランなんだろうな?』
拙い……神林が墜とされた! 脳裏に彼との思い出が流れ去っていく!
治癒魔法が得意な神林が墜とされてしまえば、聖女の誘導弾を体の一部で防ぐと言う対処法が使いづらくなる……聖女め、どうやら俺達の動きをしっかり観察していたらしい……!
「ちぃっ……流石に厳しいか……! グワーッ!」
「神藤ォォーーーッ!!」
――『あの人? ……ああ、俺の親代わりのユニゾンデバイス。フィオナって言うんだ。』
――『……良いだろ? べつに。ユニゾンデバイスにカーネーション送ったってさ。』
――『勉強会なら家でするか? 母さ……フィオナが色々教えてくれるんだけど、それが分かりやすくて……なんだよその顔? 何が言いてぇんだよ!?』
――『プールの授業は良いけど、ブーメランはやっぱ勘弁だなぁ……』
くっ……! 母親代わりにめっちゃ美人で優しいユニゾンデバイスを貰った神藤がやられた!
カーネーション送った辺りからフィオナさんの愛情が重くなって行ったけど、ぶっちゃけ羨ましさの方が強かったぞこの野郎!!
どうやら意識を失ったらしい神藤の身体から、彼のユニゾンデバイスであるフィオナさんが出て来てお姫様抱っこで戦線を離脱していく。
……今更だけど、二人そろって銀髪オッドアイだとユニゾン前後の見た目全然変わらんな……
「拙い! しくった! くそっ……グワーッ!」
「神瀬ェェーーーッ!!」
――『訓練? ……ああ、悪い。今日は士郎さんのチームの試合があってさ。』
――『今度の試合、見に来てくれよな!』
――『この食い込む感じ……懐かしいな、ブーメラン……』
小学校の頃は訓練よりも士郎さんのサッカーチームの試合を優先していた神瀬が!
素の運動神経は誰よりも高いけど、やっぱり魔法戦ではあまり活かされなかったか……!
「すまん、はやて……グワーッ!」
「神野ォォーーーッ!!」
――『ん? ……ああ、その本ならあの棚の下から二段目の奥から37冊目だな。この図書館の本の配置なら全部覚えてるぜ!』
――『ブーメランパンツかぁ……前世じゃ気にしてなかったけど、今は女子からどう見られてるのか気になるよな。特にはやてとか。』
はやてと会話する為に図書館の本の配置を暗記する狂気に足を踏み入れた神野までもが!
「――どうやら、そろそろ息が切れて来たようですね。」
そう言って、周囲を余裕たっぷりと言った様子で聖女が見回す。
……くそ! やっぱり戦闘が長引く程、魔力の消費が激しいこっちが不利になる!
流石のなのはも魔力の残りが少ないのだろう、砲撃の回数は減り、放たれる魔力弾も威力を抑えた直射弾が中心だ。
だが、だからこそ使える切り札がある! 俺達はもうそれに賭けるしかないからこそ、こうして魔力を盛大に使って戦って来たんだ!
「……ですが、狙いは分かっています。大気中に溢れるこの魔力……スターライトブレイカーはもう撃たせません。」
――拙い、聖女も転生者だ! 気付いていたか!
「行かせはせん! 雲霞――」
なのはの方へと向かおうとする聖女の前に回り込んだシグナムが、雲霞滅却の炎の渦に飲み込もうとするが……
「判断を誤りましたね、シグナム……」
「ば……バカな……!」
あろう事か聖女は、莫大な魔力を宿して大渦を巻くレヴァンティンの先端をその手で掴んで技の発動を強引に止めてしまった。
「貴女のこの技……私にとって、最後に放たれる超音速の刺突以外は大したダメージになりません。……雑魚を散らす技では私には届かない。」
「く……ッ! ならば!」
技を止められたシグナムは即座に手首をスナップさせ、蛇腹剣と化していたレヴァンティンで聖女の身体を絡めとる。
聖女も回避が間に合わず、蛇腹剣による拘束は成功。そこに――
「喰らえェ!! 崩天爆災!」
≪Spiral schlag!≫
ヴィータが振り下ろす巨大なグラーフアイゼンが追撃をかけた。
振り下ろされた槌の先端はラケーテンフォルムのように変形しており、ドリルのように回転する巨大な切っ先が単なる魔力ダメージでは済まないであろう威圧を放っている。
しかし――
「なっ……!?」
「邪魔をするのであれば仕方ありません。」
聖女はその一撃を障壁で受け止め――
「レヴァンティン……!」
「アイゼン……!」
拘束を強引に引き千切る事でレヴァンティンを、障壁の解除と同時にグラーフアイゼンに向けて放った砲撃でグラーフアイゼンをそれぞれ破損させた。
「核は無傷で済ませています。しばらく大人しくしていてください。では――」
「待て……!」
「落ち着け、ヴィータ! ……レヴァンティンとグラーフアイゼンがこの状態では、我々は足手纏いだ……!」
「くそ……ッ! ちくしょォォーーーーーッ!!」
ヴィータの叫びを背に、しかし気にも留めずに聖女はなのはの元へ向かう。
「おっと、まだ俺達が残ってるぜ!」
「二人の抵抗は無駄にはしない……!」
だが二人が稼いだ時間で回り込んだ剣崎と神木が――
「邪魔です。」
「「グワーッ!」」
一瞬で墜とされる。
――拙いな……! スターライトブレイカーの威力を上げる為とは言え、みんな魔力を使い過ぎたか……!
かく言う俺も既に魔力切れ間近であり、飛翔魔法の速度が出せない。
剣崎と神木は寧ろ、上手く魔力を残せていたほうなのだ。
「ディバインバスター!」
「――ッ!」
二人を墜とした隙を突いて放たれたディバインバスターも、すんでのところで回避されるが……
「ライオットザンバー!」
「ちぃ……ッ!」
続けて強襲をかけたフェイトの斬撃は、障壁を使って防ぐしかなかった。
「――なのは!」
「! ……う、うん!」
その隙になのはの手を取り、フェイトは高速で聖女と距離を取ろうとする。
しかし――
「なのはを連れたその速度で、コレが躱せますか?」
完全に止めを刺すつもりなのだろう。
聖女が二人へと向けた砲撃の術式は、解析する限り速度特化の物だ。
「っ!!」
「フェイト……ちゃん! 私は大丈夫だから!」
「でも……!」
互いを庇い合うように一瞬の口論。
「――遅い!」
そして放たれた聖女の砲撃。
「……ッ!!」
高速で迫る脅威を前に、なのはがフェイトを突き飛ばすのが見えた。
もう誰もなのはを守れない。
そして、砲撃がなのはを飲み込む――その刹那。
――ッ!!? なんだ……この魔力……!?
地上の方から突如として異常な魔力が放たれ――
「……してやられましたか。」
気付けば、聖女の砲撃は散らされており……聖女の前には
銀髪オッドアイ達の殆どはなのはの事情を知りません。