戦場が静寂に包まれていた。
聖女もミッドチルダの銀盾も、その光景を前に全ての動きを停止させていた。
「――ゴメンね、無理をさせちゃって……今まで時間を稼いでいてくれて、ありがとう。」
誰も言葉すら発しない中、口火を切ったのはなのはだった。
彼女は自らの背後にいる
そんななのはの様子を見て、もう一人のなのはは安堵のため息を吐くと……その身体を光が包み、中から一人の男――神宮寺がその正体を現した。
「謝るのは寧ろ――」
神宮寺はそこで逡巡し、途中まで吐き出した謝罪の言葉を飲み込むと……
「……いや、何でもない。間に合わせてくれて、ありがとな。」
代わりに感謝のみをなのはに伝えた。
神宮寺が飲み込んだ謝罪の意図はなのはには分からなかったが、何となく追求しない方が良い予感がしたなのはは気にする事を止め、目の前の敵……聖女の放つ力を観察する。
――さっきまで……朱莉ちゃんからこの力を貰うまでは分からなかったけど、今なら分かる。聖女はまだ、天使の力を完全には掌握出来ていない……! 作戦の開始を早めたはやてちゃんの判断は、やっぱり正しかったんだ!
天使の力は本来魔力と干渉する性質を除いても、単純な出力だけで魔力とは比べ物にならないエネルギーだ。
朱莉から力を注がれた時、全身でその力を味わったなのはは当然良く知っている。
だからこそ、こうして改めて向き合った時、聖女が"未完成"である事も直ぐに分かった。
完成する前の今でなら……否、完成していない今しか倒せない存在。
そしてそれが可能なのは、朱莉も言っていたようになのはとレイジングハートだけなのだ。
「――皆、地上に
だからこそ、なのははこの場に居る全員に対してそう告げた。
魔力が残り少ない銀盾や、デバイスが破壊されたシグナムとヴィータだけではなく、まだ余力を残しているはやてやフェイト、神宮寺に対しても同様に
「ほう?」
「なっ……大丈夫なのかよなのは!?」
「そりゃあ魔力の残ってない俺達は足手纏いだろうけど、はやて達はまだ……!」
「――なのはちゃん……もう、本当に大丈夫なんやな?」
「うん……絶対に、今度こそ勝つよ。」
――有無を言わさへんって目やな。こうなったなのはちゃんを説得するんは難しい……それに……
はやては既に気付いていた。なのはの発する魔力の中に、僅かに天使の力が混じっている事を。
――……託すしかない、か……
「……分かった。任せるで、なのはちゃん!」
最初、なのはの言葉に動揺していた銀盾達も、はやてがそう納得して地上へと降りていく姿を見て、彼女に続くように一人、また一人と地上へと避難していく。
「なのは……ごめんね、最後の最後でなのは一人に任せる事になっちゃって……」
「ううん、フェイトちゃん達が頑張ってくれたおかげで、今の私があるんだよ。ここから先は、私がフェイトちゃん達全員分戦うから……だから安心して、任せて!」
「うん……!」
「――本当に、私と1対1で戦うつもりですか。」
「そうだよ。今の私なら、貴女と対等の条件で戦えるから。」
「対等……ですか。」
――先程私の砲撃をかき消した魔法……まさか……?
なのはと聖女以外の全員が去った空で、二人は向かい合う。
静かな声の様子とは裏腹に、二人の間にはピリピリとした緊張感が流れていた。
「決着をつけよう。」
「……良いでしょう。貴女を倒せば、はやての希望も消える。私にとっても都合が良い。」
そのやり取りの後、一瞬の静寂……そして、同時に二人の身体から力が溢れ出した。
「レイジングハート!」
≪Accel shooter.≫
「喰らいなさい!」
発動は全くの同時、そしてなのはのアクセルシューターに対して聖女が選択した魔法もまた、アクセルシューターと同じ誘導弾だった。
だがなのはの放ったアクセルシューター20発に対し、聖女が放った誘導弾の数は40以上。
最初の1手で数的有利を作り出した聖女は、更なるダメ押しとして未来視を使い、なのはの動きを見ようとするが……
――っ! なのはの未来にノイズが……天使の力の影響? いえ、それにしてもこのノイズの量は……!
その瞬間、聖女はなのはが転生者である事を確信する。
これまでなのはがその気配を一切感じさせていなかった事もあり、聖女の思考にほんの僅かな乱れが生じたが……
――なのはが転生者だろうと同じ事! なのはがアクセルシューターを使用し、自ら動きを封じた事は変わらない……ならば、態々未来を視る必要もない! この数の差を利用し、このまま一気に倒すまで!
聖女は誘導弾の軌道を直接なのはを狙うように操作し、一斉に放つ。
それは焦りと言うにはあまりにも僅かな思考の乱れだった。
互いに誘導弾を展開し、その弾速も同等。その上で弾数は自身が遥かに上回っており、さらに相手は動けない。
例え冷静な状況だとしても、同様の選択をする者は多いだろう。
だが、聖女が本当に冷静だったならば必ずしただろうと言う一つの警戒が、この時の彼女には確かに欠落していた。
「――『バースト』!」
「なっ……!?」
聖女の見ている前で、なのはのアクセルシューターが複数個融合し、魔力球を形成する。
そして、なのはを真っ直ぐ狙う軌道で放たれたが為に集中していた聖女の誘導弾群の中心に突っ込み……大規模な魔力爆発を引き起こした。
「くっ――!」
――アクセルシューターにコマンドワード!? なのはのアクセルシューターにそんな性質は無かった筈……!
そう、聖女はなのはが
即ち扱う魔法の変化……聖女の記憶にあるなのはの情報が、全く役に立たないと言う事実を。
――誘導弾の大半が一瞬で消し飛んだ……やはり、なのはも天使の力を……!
「――『バスター』!」
「砲撃……ッ!?」
なのはが残ったアクセルシューターを束ねて放った砲撃は寸でのところで回避されたが、今の攻防で握ったイニシアチブを逃すまいとなのはは更に追撃をかける。
≪Restrict Lock.≫
「バインド……!」
回避した直後、聖女を中心とした範囲に向けて放たれた拘束の術式。
その効果範囲から逃れるよりも早くレストリクトロックの術式が発動し、聖女の四肢と腰部を捉えるべく計5つの光輪が現れた。
――未来視!
その瞬間、聖女は未来視を発動。
自身を中心に枝分かれする未来の中から、『レストリクトロックを解除した未来』の光景を見る事でレストリクトロックの『式』の情報を得ると、完全に拘束されるよりも早くレストリクトロックを解除して離脱する。
「一瞬で……!?」
――聖女にはバインドが効かない……!?
天使の力を扱う事でレイジングハートにかかる負担を考慮し、短期決着を狙ったなのはだったが、どうやらそれは難しそうだと察する。
それと同時に、自身の周囲に聖女の遠隔発動で現れた複数の魔法陣。
なのははそれらが全てバインドの類の術式であると看破し、これが聖女の意趣返しと理解する。
≪Axel fin.≫
飛翔魔法の速度を高め、魔法陣の包囲から一足早く離脱するが、魔法陣から現れた鎖状の拘束術式がなのはを追って殺到する。
「レイジングハート!」
≪Short Buster.≫
しかしなのはは聖女が放ったバインドの鎖が一塊になるように誘導し、ショートバスターの一撃でその術式を魔力任せに強引に焼き切った。
「――ふぅ……!」
「……随分と強引な対処をするのですね。」
そんななのはの対応に、若干引いたような表情で聖女が声をかけた。
「どうやら貴女も天使の力を扱えるようになったようですね。……天野朱莉――
「卑怯者……?」
聖女がぼそりと零した一言が気になったなのはがオウム返しに問いかけると、聖女はまるで鬱憤を吐き出すように語り始めた。
「さっきまでその存在さえ知らなかった貴女には知る由もないでしょうね。彼女達は調停者としての力と使命を受けてこの世界に存在していますが、いざ自身の手に負えない敵が現れれば、その使命さえ放り出すのですよ。――例えその結果、守るべき者の命が断たれようとね。」
「……貴女は過去に親しい誰かを見捨てられたって事? それで天使を憎んで――」
「いえ、過去ではありません。……ですが、私は
聖女の言葉から隠し切れない怒りを感じたなのはは、これこそが聖女の行動の根源に……即ち"滅び"に関わる情報だろうと判断し、少しでも情報を得るべく問いかけた。
「――そう、貴女はその
しかし、なのはのその問いかけに聖女は表情を歪めた。
「……頼れる訳がないでしょう。他でもない、貴女達にだけは頼る訳には行かなかった。」
――私が視たその"誰かの死"こそ、他でもない"貴女達の死"なのだから。
「――?」
聖女の言葉の意味になのはは気付く事は出来ない。
未来の光景を知らないが故のその反応に、聖女はその意思を強めてなのはに向き合う。
「……問答は終わりです。どの道、私が貴女に勝てないようでは私の悲願は成就しない。私はあの未来を変える……例え何を壊しても、誰を利用しても……!」
直後、聖女の姿は転送の術式に包まれて、なのはの目の前から消えた。
神宮寺が謝罪の言葉を呑み込んだのは、過去の行いに関する謝罪はなのはに対して「お前が転生者である事を知っている」と伝えてしまうのと同義だからです。