前半の文章大分削ったので、前回からちょっとだけ時間が飛んだように感じるかもしれません。
――敗けた。
地べたに仰向けになったままの状態で、結界越しに揺らぐ空を無気力に見つめる。
意味も無く空へと伸ばした腕は、先程までと違い小さく、心許ない。まるで物語に出て来る妖精の様な、白く頼りない細腕だ。
スターライトブレイカーの直撃を受けた私はその威力の凄まじさの所為か、それともあの瞬間なのはの傍に現れた朱莉が何かしらの干渉をしたのか……いずれにせよ私はユニゾンを強制的に解除され、天使の身体からも追い出されてしまった。
天使の身体が無ければ、なのはどころか朱莉にも勝つ事は出来ない。
彼女達のような天使の力を持つ者に勝つ為には、再び天使とユニゾンしなければならないが――もう彼女も決して私に隙は見せてくれないだろう。
ユニゾンを解除させられてしまった時点で、私は詰んでいた。
「――どうして、こんな事をしたんですか?」
視界の隅に、今まで私が身体として使っていた天使『アルマ』の姿が映り込む。
さぞ怒っている事だろうと思っていたその顔には、何処までも純粋な疑問と――憐みの色が広がっていた。
「……」
「黙っていたら、分かりませんよ。」
私に向けられた表情に対する文句を言う気にもなれずに黙っていると、彼女は私の傍に腰を下ろしてなおも問いかける。
しかし、『どうして』か……そう問いたいのは私の方だ。
「――貴女達天使は、転生者同士の争いを調停する為にこの世界に居るのよね?」
「質問しているのは私なんですけど……まあ良いです。厳密にいうと、私達天使は転生者の皆さんが『他の転生者によって不当な不自由を被らないよう調整する為』に送り込まれました。争いの調停は、その役割の一部です。」
「転生者が他の転生者との戦いで命を落とす場合は、当然止めるのよね?」
「そうですね……それが互いに心から了承した決闘でもない限りは、止める事になると思います。」
彼女は私の問いかけに、どうして今更そんな事を聞くのだろうとでも言いたげな表情で答える。
私はそんな彼女の様子を気にする事なく、本題の問いを投げかけた。
「私は未来視の能力で、八神はやてやフェイト・テスタロッサ、高町なのは達が死ぬ瞬間の光景を見たわ。敵には転生者の姿も多くいたのにも拘らず……そこに貴女達、天使の姿は無かった。……何故あの未来で、貴女達は彼女達を見捨てたの?」
「! そう言う事でしたか。だから貴女は天使の身体を……」
その反応で分かった。彼女はその未来の光景に対して何かしら心当たりがあるようだと。
言いにくそうに眼を逸らした彼女に視線を向け、私は返答を促す。
最初、彼女達の存在を知った時は『天使は自身の手に負えない相手から逃げたのだ』と思った。ならば代わりに私がその力で未来を変えようと。
だが彼女の身体を得てその力を実感する度、心の奥底に疑問は降り積もって行った。
『これ程の力があるのなら、あの未来の敵がどれ程の力を持っていても関係無い』――その事実が、あの未来の光景に常にあった矛盾を浮き彫りにした。
……そうだ。逃げる必要など、彼女達には無かった筈なのだ。特に天野朱莉と名乗る天使が機動六課に居たのであれば、尚更介入しない理由が無い。まして、負ける筈もない。
自分の手で未来を変える事が出来なくなった今、あの不介入の謎……その答えが無性に知りたかった。
「……これは、あくまで私の推測です。ですから、信じるかどうかは貴女にお任せします。」
「良いわ、話して頂戴。」
彼女はまるで祈るように胸の前で手を組み、沈痛な面持ちで口を開いた。
「貴女の考えている通り、その未来の状況であれば私達の介入は『絶対』です。転生者の介入により、他の転生者の命が不当に脅かされた場合は最優先で調停が行われ、その際、私達は現地の判断で持ち得る能力全ての開放が許可されます。」
彼女達の行動の制限について詳しい事を知っていた訳ではないが、それでもここまでは凡そ私の予想と一致している。
アルマはそこで一度言葉を区切り、私を悲しげに一瞥すると、その続きを語り始めた。
「……ですが、それでも私達天使の姿が無いと言うのであれば……その
「大前提……」
そう語る彼女の口調は重く、これから話すのであろう『大前提』は彼女にとって非常に言いにくい内容なのだと言う事が伺えた。
「…………――私達天使が、
「……それは……私が視たのは、貴女達が居ない未来って事?」
どう言う意味だ? 未来視には天使が居る場合の未来が映らないとでも言うのか?
いや、そんな筈は無い。天野朱莉との戦闘中にも私は未来視を使っていたが、彼女の姿は未来視に映っていた。他の転生者同様にノイズは混じっていたが、それでも彼女の動きを数秒間見ることができたのだ。
だが、それでもあの未来に天使が居ないと言うのであれば……それは――ッ!?
「……え? 待ってよ……まさか、それって……!」
否定して欲しいと願いながら、今しがた思い至った可能性を確かめようとしたその時、アルマの背後から声が聞こえた。
「この世界の未来は、
「っ! 天野朱莉……!」
いつの間にかそこにいたのは、先程まで私と敵対していた天使『天野朱莉』だ。
彼女の声で振り向いたアルマは、天野朱莉へと頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
「朱莉さん……すみません、この度は私の不注意でこのような――」
「あー……まぁ、仕方ない事だったんじゃないかな。聖女ちゃんが既に
「そうですか、やはり……」
何かを覚悟した様なアルマの表情……それを見た途端、私は自分の呼吸が荒くなるのを感じていた。私に心臓があれば、さぞ五月蠅かった事だろう。
そして、私の焦燥を知ってか知らずか――朱莉の口から私が何よりも否定して欲しかった可能性を裏付ける、決定的な一言が飛び出した。
「うん、神様からの
その言葉の意味を理解した瞬間、私は気が付けば立ち上がり、朱莉の元へと駆けていた。
「ん? って、うわ! ちょ、ちょっと!?」
「ま……待って! 待ってくれませんか!?」
ユニゾンデバイスの小さな体を浮かび上がらせ、その腰元に縋りつく。なりふり構わず。
もう他の事は全てどうでも良かった。ただこの先の光景を……その原因を否定したかった。
「その帰還命令、何とか取り下げて貰う事は出来ませんか!? 私が……! 罪であれば私が何でも償います! 地獄にだって行きますから!! だから――!」
アルマの言った事が本当なら……いや、事実なのだろう。実際に今、彼女達はまさに今、この世界から居なくなろうとしている……
天使がこの世界に居ると言う大前提が、今まさに崩れようとしている……!
――
滲んだ視界で朱莉と目が合った。
すると彼女は視線を彷徨わせ、やがて憐みの籠った声色で話し始めた。
「あー…………君の気持ちは分かるよ。会話は聞こえてたからね。ただ……今回の一件で君が示しちゃったんだ。天使の力を転生者が一方的に振るえてしまう可能性をさ。」
「~~っ!!」
「既に私達以外の天使は帰還してる。この場に私以外の天使が来なかったのも、その辺りが理由さ。そしてアルマと君のユニゾン解除と、天使アルマの回収がこの世界での私の最後の役割。……言ったでしょ、『天使アルマが私の管轄になっちゃった』って。」
縋りついていた腕から力が抜け、だらりと垂れ下がる。
私の心象を反映したように、飛翔もフラフラと安定せず……気が付いた時には、私は地べたにへたり込んでいた。
「私は…………私は、なんて事を……!」
心が折れる音がした。
なのはに負けた衝撃も、計画が失敗したと言うショックも、この事実に比べればなんと軽いものだったのだろう。
――あの未来の光景は……なのは達の死の原因は……!
「この……私自身……ッ!」
――勝った……漸く、本当に勝ったんだ。
「……お疲れ様、レイジングハート。」
安堵のため息を吐き、掌に乗せた待機状態のレイジングハートに労いの言葉を贈る。
≪……≫
返答は無い。
既に傷一つ無く修復されたレイジングハートだったが、朱莉ちゃんが言うには、意識が戻るのにはそれなりに時間がかかるそうだ。
『数十分も経てば目が覚める筈だから、安心して!』
そう言って笑った後、朱莉ちゃんはやる事があるからと一足先に飛んで行った。
きっとユニゾンされていた天使の元へと向かったのだろう。そこには聖女の本体である、ユニゾンデバイスも居る筈だ。
レイジングハートが起動できない今、戦闘能力が著しく低下している身ではあるが、私も向かわなくてはならないだろう。
「……行こう、レイジングハート。」
返事の無いレイジングハートをネックレスのように首元にぶら下げ、簡易的な飛翔魔法で向かっている途中、私の元に駆けつけてくれた二人の声が聞こえた。
「おーい、なのはちゃーん!」
「お疲れ様、なのは。」
「はやてちゃん! フェイトちゃん!」
「――そう、今レイジングハートは……」
「うん、お休み中。直ぐに目覚めるって話だし、のんびり待つつもり。」
「なるほどなぁ……そう言う事なら、その間は私達がなのはちゃんをしっかりエスコートしてあげなあかんな!」
そう言って、力こぶを作るような仕草で笑みを見せるはやてちゃん。
フェイトちゃんも「なのはが戦えないなんて、こんな機会滅多に無いもんね。」と穏やかに笑っており、平和が戻って来たような感覚をこの時の私は抱いていた。
「――聖女さん……?」
何やら様子がおかしいと感じたのは、朱莉ちゃん達の元へ辿り着いた時……地べたにへたり込んだ、リインフォース・ツヴァイを思わせるような銀髪オッドアイの少女を見た時だ。
「っ! なのは……!」
私の声が聞こえたのだろう。少女は弾かれたように私の方へ体を向け――
「ごめん……ごめんなさい……! 私が……私の所為で貴女達が……!」
「えっ、ちょっと……急に何を……!?」
涙を流しながら、土下座で謝罪を始めた。
はやてちゃんもフェイトちゃんも、聖女(推定)の突然の行動に戸惑っているようで、事情を把握する為にも彼女の話を聞く事となった。
「――私達が、近い未来で命を落とす……?」
聖女の傍らに立つ朱莉ちゃんに視線で確認を取ると、彼女は残念そうに頷いた。どうやら天使の身である彼女には、聖女の言葉に嘘が無い事が分かっているようだ。
「……」
「……」
彼女の口から聞かされた内容はあまりにも衝撃的で、はやてちゃんもフェイトちゃんも言葉を失っている。
しかし、それ以上に衝撃的だったのは――
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「聖女さん……」
あれ程強く、高圧的だった聖女の弱々しい姿だった。
この様子を見る限り、どうやら彼女は本当に――
「全く……どうやらホンマに大変な事してくれたみたいやな。」
「っ!」
はやてちゃんの言葉に、土下座を続けている聖女の肩がビクッと震える。
そして彼女は再び、謝罪の言葉を繰り返し始めた。
「はやてちゃん……」
はやてちゃんが怒る理由は分かる。
確かに彼女の話を聞く限り、聖女が天使の身体を奪いさえしなければ私達の死は天使達の介入により防がれていたのだろう。
それが彼女の行動が原因で天使は帰還する事になり、私達は私達を殺せる相手に正面から立ち向かう他なくなってしまった。
しかし、私は彼女の話を聞く内に感じていた事がある。それは、彼女は手段こそ誤ってしまったが、私達を助ける為に動いていたと言う事だ。
当然、それははやてちゃんも感じ取っているのだろう。だから彼女は「仕方ないな」とでも言う様な表情で溜息を吐き――
「――美香さんとの再会の約束、あんたの所為でご破算やないか。」
と、冗談めかした口調で苦笑する。
そんな彼女の言葉に、信じられないと言った様子で聖女が顔を上げて詰め寄った。
「貴女は何を……聞いていなかったのですか!? 貴女達は近い未来に――!」
「聞いとったに決まっとるやろ! その上で言うとんねん!」
「っ!?」
「言うとくけどな、私はアンタのした事全部に納得した訳でも、まして許した心算もない! アンタの犯した罪は事実やし、結果的とは言え実際に今、私達の命は脅かされとる! けどな……そんな私達以上に傷付いとるヤツに、追い打ちかける気ィにはなれんのや。」
確かに彼女がとった行動の中には許されないものもある。
聖王教会での魔法の行使を始めとした罪や、グレアムさんとリーゼ姉妹に対する行い。そして、リーゼ姉妹にやらせた工作の数々……傷付いた者は決して0ではないし、その咎は彼女が背負い、償わなければならないものだ。
しかし皮肉な事に、聖女の行いで最も深く傷付いたのもまた彼女自身だった。
今の彼女は、少し目を離した隙にでもこの世から消えてしまいそうな程に儚く見える。
その姿を見たからこそ私達は、今本当にすべき事に対して目を向ける事が出来たのだ。
――"滅び"はまだ阻止できていない。だったら……!
二人と目線で会話し、互いに頷きで返答とする。
そうだ。機動六課の役割はあくまで"滅び"の阻止……予言に記された一文の通り、聖女は"滅び"の正体こそ知っていたが、原因ではなかった。
ならば私達が今考えるべきは、聖女を責める事ではない。如何にして今度こそ"滅び"を食い止めるか……
そう思いを一つにしたところで、今まで黙っていた朱莉ちゃんの呟きが耳に届いた。
「みーちゃん……そうだったね、君達は確かに約束を交わしてたっけ……」
「……朱莉ちゃん?」
「っと、私達もそろそろ行かなきゃ! 神様が待ってる!」
「えっ! そんな急に……!?」
何か誤魔化された様な気配を感じたが、彼女達に時間が残されていないのも確かなようだ。
朱莉ちゃんともう一人の天使の身体は淡い光に包まれ、透け始めていた。
「……ここから私達はもう手を貸す事は出来ないけど、向こうで応援してるよ。頑張ってね三人とも。」
「私からも謝罪と感謝を……皆様、お手数おかけして申し訳ありませんでした。そして、助けていただきありがとうございました。」
彼女達の身体から光の粒子が空へと消えていく程に彼女達の身体は透けて行き、その存在感も、感じる力も薄れていく。
もう程なくして、彼女達は本当にこの世界から居なくなるのだろう。最初から存在しなかったかのように、その痕跡すら残さずに……
そう思うと、どんどんと胸の内から様々な感情が込みあげて来る。
なんやかんやで彼女とは長い付き合いだ。寂しさや切なさは勿論、もしかしたら彼女はこの思い出からも消えてしまうのではないかと言う恐怖まで……
そんな思いを感じ取ったのだろうか、私を見つめる朱莉ちゃんはフッと笑うと最後にこう言ってくれた。
「たった十数年ぽっちだったけど……一緒に入れて楽しかったよ、なのはちゃん。私の本当の名前、覚えていてくれると嬉しいな。」
「……うん。私も楽しかったよ、朱莉ちゃん。絶対に忘れないから……朱莉ちゃんも私の事、覚えていてくれる?」
「うん、次になのはちゃんがこっちに来るまでずっと覚えておくよ。その時は色々話そう。……――ふふ、今ならみーちゃんの気持ち、よく分かるよ。」
思い返せば、彼女は私が小学1年生の頃から……いや、もしかしたらもっと前から見守ってくれていたのだろう。
この世界で常に他の転生者達からの注目を集め続ける事になる
彼女が友達になってくれたのは、もしかしたらそんな仕事の一環だったのかも知れないけど……それでも彼女と話す時間は楽しかった。そこに嘘は無い。きっと、彼女も。
そして、私達が見つめる中、彼女達の姿はだんだんと薄れて行き――
「じゃあね、なのはちゃん――またね!」
「うん……またね、朱莉ちゃん。」
この世界から、天使と言う存在は完全に消えた。
そう、私達をずっと守っていてくれた――