私はずっと見ていた。
違法な研究、無茶なスケジューリング…リニスの制止も振り切り、新しく迎え入れた
いくら止めようとしても私の声は届かず、優しかった目は狂気に染まって行くばかり…
泣いても喚いても死者の声は届かない。やがて私はただ眺めるだけの存在になって行った。
意識するだけ辛い感情から目を背け、ただ目の前にある事実を認識するだけの毎日…いっそ思考する事さえ放り出してしまおうかと言う時、
私にそっくりで、でも私じゃないあの子。
一瞬、ママはこれで救われてくれるのではないかと期待した。
ママを救う事が出来るのが自分じゃない事に嫉妬した。
…でも、そうはならなかった。
ママは直ぐに気づいてしまった。彼女は私じゃない事に。
一度持ち直しかけたママの心は、再び折れてしまった。
あの子…フェイトと名付けられた私の妹は、愛情を注いでもらうために努力をした。
甘えようとした。魔法の訓練を頑張った。一緒にいる時間を大切にしようとした。
でも、ママはその全てから目を背けた。
きっと研究に憑りつかれていたのだと思う。私を蘇らせる事に必死だったんだと思う。
消えかけた心に火が灯る。凍り付いていた感情が溶け、燃え上がる。
最初に抱いたのは“怒り”。私の妹に対するあんまりな態度に、死んだ後にして生まれて初めて抱いた激しい激情だった。
次に抱いたのは“悲しみ”。決して報われない努力を続ける
その後に抱いたのは“喜び”。フェイトによって生み出された新しい家族。アルフと共に笑う
知らない間に享受していた“楽しさ”。リニスの手解きを受け、魔法を学び、とても楽しそうに空を飛ぶフェイトを見る事が、既に死んでしまった私の唯一の楽しみだった。
私は、ママの知らないところでこんなにも
…ある日の事だ。
リニスが一つの魔法を教えようとしていた。
『ブリッツアクション』…リニスの説明によると、どうやら一時的に使用者の速度を引き上げる魔法らしい。
フェイトの飛翔速度は既にリニスを遥かに上回っている。そんなフェイトがこの魔法を使ったらどれだけ早くなれるのだろう。その場にいた皆が期待した。
まず、リニスが手本として使って見せた。魔法によって引き上げられた速度は、一瞬とは言えフェイトの速度に迫る程だった。
…悲劇はそのすぐ後に起こった。
フェイトがブリッツアクションを使用した瞬間、何かが破裂するような音が響き渡る。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。フェイトが墜ちて行くのをただ見ている事しか出来なかった。
慌てて駆け寄るリニスとアルフに気付いて、私も駆け寄った。
リニスの腕の中でぐったりとしたフェイトが、あの日泣き叫ぶママに抱き締められていた私と重なり、思わず触れた瞬間…
私はフェイトの体に吸い込まれ、意識を失った。
目を覚ましてからの私はフェイトの体の中に閉じ込められ、フェイトと感覚を共有しているだけになっていた。
何故私がフェイトの中に居るのか…詳しい理由は分からない。それでもフェイトと同じものを見て、同じものを感じる事が出来るこの状況は私に色々な事を思い出させてくれた。
アンジュの作る料理が懐かしかった。リニスのお菓子のおいしさを知った。
地に足を付けて走る感覚を思い出した。風を切って空を飛ぶ感動を覚えた。
色々な体験をする日々の中で、だんだんフェイトの体に馴染んでいく感覚があった。
フェイトの感情が伝わった。
フェイトの考えている事が分かった。
…フェイトの持っている
前世、転生、アニメ、リリカルなのは、過去、未来、ジュエルシード、次元断層、虚数空間、アルハザード、結末…
全て知ってしまった。
ママはこのままだと虚数空間に身を投げる。アルハザードを目指して。
ジェイル・スカリエッティの存在を調べるうちにアルハザードの存在を確信したのか、
それとも偶然見つけだしたのか…
物語で描かれた結末の果てに、ママの旅はどうなったのか…そんな事はどうでも良い。
ただ、助けたかった。
ママは本当はあんな悪い人じゃない。誰かに伝えたかった。
フェイトもママの研究を止めたかったみたいだけど、あのやり方は消極的すぎる。
フェイトにママの心が開けなかったなら、私が何とかするしかない。
でも私には何も出来なかった。
私はフェイトの体にいるけれど、それを伝える術は無い。念話と言う物を試そうとして見たが、ダメだった。魔法の構築にはリンカーコアを励起させる必要があるが、それはフェイトの物だ。私の物では無い。
この世界がフェイトの前世で物語になっていた事実が重くのしかかる。
物語は結末を明確に描いており、変える事は出来ないのではないか…
諦めかけていた時、運命の日を迎えた。
フェイトが魔導士として一流になった日…リニスとのお別れの日だ。
リニスの部屋で起きた一連の出来事は、私に新たな希望をくれた。
未来は変えられる…転生した人ならそれが出来る。
そしてそれはフェイトもそうなんだと、ママの助手がフェイトに教えてくれた。
フェイトには未来を変える資格がある。フェイトの目的はママを助ける事。
妹に任せっきりになっちゃうけれど、託すしかない。
この声はフェイトにも伝わらないし、私の自己満足でしかないけれど…
フェイト、お願い…ママを助けてあげて。
それから数日が経ち、ついにママは事件を起こしてしまった。俗に「PT事件」と呼ばれる事になるものだ。
第97管理外世界…地球に21個のジュエルシードがばら撒かれ、そこでフェイトは最愛の親友と出会う。
ジュエルシードを巡る戦いの末に、フェイトは差し伸べた手をママに拒絶され…それがママとの永遠の別れになってしまう…
これはフェイトの戦い。ジュエルシードを手に入れるかじゃなく、物語の結末を変える為の戦い。
…結構地球のサブカルチャーを満喫したりもしていたけれど、フェイトもちゃんと頑張ってくれているんだ。
地球に来て最初の夜…ジュエルシードを捜索中の事。ママの助手と殆ど同じ顔をした男の子が何人も集まって、怪物と戦っているのを目撃した。
何で助手の人と同じ顔をしているのか? なんで何人も同じ顔が居るのか? そんな疑問も抱いたが、寧ろ重要なのは
未来は変えられると助手の人は言っていたが、既に現在が変わっている。…変えたのはきっと、今戦っている皆だ。
…
そして悩みの種はもう一つ見つかった。
先ず、そもそも転生者の認識が間違っていたみたいだ。今目の前に現れた少年は「フェイトにジュエルシードを渡す」と言った…まるでゲームで好感度を稼ぐように、キャラクターにキーアイテムを渡すかのように…!
この世界は確かにあなた達の前世では物語になっていたのかもしれない…でもこの世界だって私達にとっては現実なんだ! ママの悲しみや絶望も…私の死だって、物語じゃない現実だ!
…声が届かないのが辛い、この怒りを分かってもらえないのが悲しい。…
変えてくれる人はフェイトが良い。フェイトに未来を変えて欲しい。せめて、
…思えば、この時の思考もフェイトの意思を歪めてしまった原因の一つなのだろう。
後で気付いた事だが、私の思考や思想はフェイトの思考や思想に少なからず影響を与え始めていた。
私が『この世界を物語扱いする転生者』を嫌悪すれば、フェイトも嫌悪し始めた。
私が『未来をフェイトに変えて欲しい』と願ったから、フェイトは転生者に協力を求めなくなった。
他にも色んな影響が出ていたと思うが、私がそれに気付いたのは
私とフェイトは徐々に一つになり始めている…ううん、きっともっと悪い事になる。多分、最終的に
元々が私を素体に造られた身体の上に、フェイトは私の記憶を植え付けられていた。そしてその記憶は、未だにフェイトの中に
…フェイトの体は私の魂と相性が良すぎる。私が表に出ていない間はまだ良いけれど、一度反転してしまえばフェイトは…
解決しなければいけない事柄ばかりが増える。そして最悪な事に、フェイトの意思が消えてしまいかねない危機をフェイトが認識していないのだ。
何とかしなければ。そう思った私は何とかこの状況を打開しようと言う思いを強めた。強い思いがフェイトに伝わるのなら、この現状も伝えられるかもしれない。
だがダメだった。私の思いはフェイトには正体不明の焦燥感としてしか伝わってくれなかった。
そして最終的に私は転生者達の能力に目を付けた。
フェイトの記憶から知ったのだが、彼らは転生の際に特殊な能力を貰ったらしい。これだけ転生者が居れば、魂を引き離す能力を持つ者が一人くらいいるかも知れない。
可能性があると思ったのは『魔法を作る魔法』を持った人だ。魂を引き離す魔法を作って貰えばそれも可能かもしれない。
問題はそれをどうやって伝えるかだが、これに関しては当てがある。
例えるなら両面がフェイトの絵柄のコインの裏面に、私の絵柄のシールを張り付けたような状態になっているのが現状だ。
私の予想では最終的に
つまり、反転後もフェイトの意識が無くなってしまう訳ではない…と思う。この辺りは長年幽霊をやっていたからこそわかる感覚でしかないが、魂と言う物はそう簡単に消える物じゃないのだ。…少なくとも20年は。
だから最悪の場合、反転した後に私が直接伝えればいい。…もっと早くに気付いていればフェイトを無駄に焦らせずに済んだね。ごめんね、フェイト。
でも、反転するとしたらもっと後が良いな。未来を変えられるのはあくまでフェイトなんだから。多分、反転した後の私じゃダメだから。
…そして、なのはちゃんのスターライトブレイカーを切っ掛けに、私達は反転した。
と言う訳です。
今のフェイトさんは正確にはアリシアちゃんです。
リンカーコアはフェイトさんの物を使って居る為魔法は使えますが、慣れていないので飛翔魔法でふらついていました。
フェイトさんの転生者らしくない思考の大半はアリシアちゃんの影響です。
実はフェイトさん初登場時は割と思考もフランクに書いてたりします。