転生者を騙す転生者の物語   作:立井須 カンナ

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切り札

クロノの到着により条件は揃った。後はプレシアを拘束してアースラに転送させ、時の庭園が崩壊するのを待つのみだ。

 

≪リニスさん、条件は揃いました! 私の合図でバインドを!

 クロノさんは拘束と同時に転送をよろしくお願いします!

 アリシアさんとアルフさん、神宮司さんはもしもの時の為に何時でも動けるようにして置いてください!≫

≪解りました。≫

≪了解だ。≫

≪うん。≫

≪はいよ。≫

≪おう。≫

 

もはやプレシアはリニスを見ていない。今はアリシアの身体が入ったカプセルの元にゆっくりと歩いているだけで、こちらを見てもいない。

 

≪リニスさん、先ずはフォトンランサーを撃ち込んでください。≫

≪良いのですか? こちらを見ていない以上、今がチャンスとも取れますが…≫

≪はい。ただし、威力は大魔導士をも一撃で気絶させられる物を詠唱無しで。そして可能であれば視界がある程度確保できる物量でお願いします。≫

≪…何か考えがあるのですね。解りました。≫

 

一見すると隙だらけ…それにプレシアは今までの戦闘で油断している筈だ。…だが、まだ早い。

俺がこの数年間見続けたプレシアなら…まだ本当の意味で隙を晒してはいない。

リニスが静かに構えた杖の先に光が灯り、無数のフォトンスフィアが音も無く生成される。

光弾は無音のままプレシア目掛けて飛翔するが…

 

「無駄よ」

 

プレシアがこちらを振り向くことなく言葉を発したと同時に掻き消された。

 

「いくら音を消そうと、魔力波動を消す事は出来ない。

 以前よりも遥かに魔力量を上げたようだけれど、その分感知しやすいわ。」

「…くっ。」

 

プレシアはそのままカプセルの傍まで歩き、カプセルを一撫でするとこちらを振り返った。

 

「さぁ、分かったでしょう? 貴女達はもう帰りなさい。

 消えなければいけないのは私と、このアリシアの身体よ。貴女達は関係ない。」

 

その顔にはもう狂気も悲しみも無く、ただ全ての希望を捨て去った諦念があるだけだった。

 

「悪いが、そうは行かない。僕は管理局員だ。どのような事情があれ、罪を犯した者を見逃す事は出来ない。」

「…アリシア、貴女達も帰るつもりは無いのかしら?」

「…うん。」

「貴女の今の身体はフェイトの物でもあるのでしょう?

 貴女はフェイトも巻き添えにするつもりなの?」

「そ、それ…は…」

「帰りなさい。…貴女にはここに残らなければならない理由は無いでしょう?」

「…うぅ………っ!」

「アリシア?」

「…」

「アリシア…どうしたんだい?」

 

 

 


 

 

 

「貴女の今の身体はフェイトの物でもあるのでしょう?

 貴女はフェイトも巻き添えにするつもりなの?」

「そ、それ…は…」

 

ママの言葉が心に刺さる。

私は自分の目的の為にここに来た。…自分で望んだ事ではないが、フェイト()の身体で。

私本来の身体であれば悩まなかった。私だけの身体だったら問題無かった。

でもこの身体は本来、フェイトの物。いつか…いや、直ぐにでも返さなければならない許されない借り物。

それを考えると死地(ここ)に残る事を軽々しく決断なんて出来る訳がない。

 

「帰りなさい。…貴女にはここに残らなければならない理由は無いでしょう?」

「…うぅ………<アリシア!>っ!」

 

私にそっくりな、でも私じゃない声が心に響く。考えるまでも無い、私の大切な妹の声だ。

 

<フェイト! 今までどうしてたの!? 大丈夫? なんともない!?>

<うん、私は大丈夫。ゴメン、ずっと夢を見ているような感覚で…アリシアの戦いも頑張りも、ぼんやり見てるだけだった。>

<大丈夫、間に合ったよ! 直ぐに代わろう! フェイトなら…>

<…ゴメン、交代は出来ないみたい。多分、アリシアを元に造られたからかな…アリシアに身体が馴染んじゃってるのかも…>

<そんな…!>

<それよりも、母さんの事だよ! ここで帰るなんて言ったら、許さない!>

<で、でも…フェイトはそれで良いの!? もしかしたら死んじゃうかもしれないんだよ!?

 私はフェイトみたいに速くは動けないし、魔法だってフェイト程上手く使えないんだよ!?>

<死にたくは無いけど…ここまで来て、我が身可愛さに母さんを見捨てるなんて絶対に嫌だ!

 母さんが泣いていた時に思ったんだ! 助けたいって!

 リニスが助かった時に決めたんだ! 絶対助けるって!>

<フェイト…>

<アリシアに託すよ。私の命も、未来も…でも、この決断だけは譲らない! ここで帰る事だけは許さない!>

 

「アリシア…どうしたんだい?」

「…大丈夫だよ、アルフ。…ママ、やっぱり私は帰らない。ママが一緒に来てくれるまで。」

<本当に良いんだよね、フェイト…?>

<うん、二言は無いよ。>

「…フェイトと話したのね?」

「うん。フェイトも『ここで帰る訳には行かない』って…『アリシアに任せる』って。」

「そう…二人とも頑固な子に育っちゃったのね。」

「頑固なママの娘だもん。私も、フェイトもね。」

 

バルディッシュを握る手に力が入る…大丈夫、私はいつでも飛び出せる。

心を決めたその時、再び時の庭園が揺れ…新たな虚数空間が開いた。場所は…ママの直ぐ後ろ…!?

 

「残念だけど…どうやら、運命は私の味方みたいね。」

 

どうしよう…私の速度じゃブリッツアクションを使っても間に合わないかも…!

 

<落ち着いて、焦ってると魔法は上手く発動しない。制御も安定しなくなる。>

<フェイト…>

<大丈夫、あの執事…もう執事じゃないんだっけ? …元執事も落ち着いてる。まだ想定内って事だよ。>

<…うん。>

 

そうだ、私はフェイトの命も背負ってるんだ。しっかりしないと。

 

「…アリシア、フェイト。ありがとう、最期に貴女達に会えて…アリシアともう一度話せて、本当に嬉しかったわ。

 さようなら…愛しているわ、私の可愛い愛娘達…」

≪今だ! リニス!!≫

 

ママが虚数空間に身を投げる寸前、セバスチャンから叫ぶような念話が飛んできた。

それと同時にリニスが弾かれた様に拘束魔法を組み上げ、即座に発動する。

 

「≪Ring Bind≫!」

 

組み上げたのは基本的な拘束魔法であるリングバインドだ。発動速度と同時発動に優れているとフェイトが授業でも教わっていた記憶がある。…フェイトはあまり使っていないけど。

リングバインドはママの四肢をそれぞれ2つずつ、計8つの光輪で拘束した。予想通り、ママの防御魔法は直接自分の周りで発動する魔法を防げないみたい。

これなら…!

 

「エイミ…」

「無駄よ」

 

クロノが合図を出そうとした瞬間、ママを拘束していた光輪が8つ同時に弾け飛ぶ。

ママの身体を固定していたバインドが無くなった事で、ママの身体は…!

 

「まだです! ≪Chain Bind≫!」

 

リニスはこの段階まで読んでいたみたいだ。リングバインドで稼いだ数秒を使って発動したチェーンバインドの無数の魔力の鎖がママの周囲から生えてきて拘束した。

 

「くっ…! …ハァッ!」

 

一瞬これで決まったと思ったけれど、ママが魔力を放出したとたんにチェーンバインドの拘束が内側から大きく膨らんだ。鎖の軋むような音がチェーンバインドの拘束が長く持たない事を伝えてくる。…ママは魔力の放出で強引に拘束を解く心算なんだ!

 

「エイミィ! 今だ!」

≪アリシアさん、神宮司さん! 今の内に!≫

≪うん!≫

≪おう!≫

 

セバスチャンの声はまだ安心していない。多分ママはあの状況でも抜け出せると言う確信があるんだろう。

 

<アリシア、高速で動くときは魔力の制御を絶対に緩めない様にね。>

<うん、ありがとう。フェイト!>

 

「バルディッシュ!」

≪Blitz Action!≫

 

全速力で飛び出した直後、チェーンバインドが弾け飛ぶのが見えた。

アースラの転送魔法らしき術式が、発動する前に砕かれたのが見えた。

ママの背後、物陰から飛び出した神宮寺が右手を前に突き出し、叫んだのが見えた。

 

「ちょっと服が汚れるが、それぐらい許せよプレシア! ≪王の財宝≫!!」

 

直後、ママの直ぐ後ろの空間が揺らぎ、銀色の玉が無数に飛び出す。

一瞬魔法弾に見えたそれはママの服に触れると『ベショォッ!』と言う音と同時に弾け、ママをほんの少しだけ押し返す。どう言う訳か物理的に干渉できる魔法らしい。

 

「痛ッ!」

 

無数に空間の揺らぎから放たれ続ける謎の玉は、ママの身体を少しの間だけ空中に留めてくれた。その少しの間のおかげで私は…

 

「間に合った!! 痛いッ!」

「あ、悪い…」

 

うぅ、右肩に何か変な感触が残ってる…でも!

 

「あ、アリシア! 離しなさい!」

「絶対に離さないよ! ママ!」

 

ママはちゃんと()()()()()()()()。ママがどんな魔法を使えても、愛娘(フェイト)の腕を攻撃できるはずが無い…ママの愛情と言う隙に付け入るようで心がモヤモヤするけど、後でこれに関しては謝ろう!

 

「離さないと貴女は将来、きっと後悔することになるわ!」

「絶対にしないよ。私もフェイトも! ここでママを離したら、それこそ一生悔やみ続けるから!」

 

私は飛翔魔法の推進方向を変え、クロノの傍に着地するとクロノに告げる。

 

「クロノ! 皆の転送を!」

「あぁ! エイミィ! 今度こそだ!」

 

クロノの合図で私達全員の足元に魔法陣が現れ、転移の光に包まれる。

 

<ありがとう、アリシア。私の我が儘を聞いてくれて。>

<ううん、私こそありがとうだよ。あの時フェイトが背中を押してくれなかったら、私はきっと…>

<それでもだよ。母さんを助けたいってのは、私自身の願いでもあったから…>

 

…うん、これで一件落着かな…私とフェイトの事以外は。




何とかプレシア救出まで書き終えました。
キャラクターの言動(主にプレシア、アリシア、リニス等のご本人勢)に違和感を覚えましたら感想欄等でご指摘いただけると嬉しいです。

以下捕捉

神宮寺が大量に放った銀の玉は勿論、神場お手製のアレ(キャンプの話参照)です。
あの後悪乗りした神場が大量に造り出し、処分の方法が無かった為、結局王の財宝に入れられました。
神宮司はこれ幸いと虚数空間に全部捨てました。
もし虚数空間の果てに辿り着く場所が()()()()()()、そこに全部降り注ぎます。

アリシアの身体はプレシアをリングバインドで固定した段階で虚数空間に落ちてます。

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