目が覚めると、至近距離に女の子の寝顔があった。
「うゎっ!」
「…んー…」
…危ねぇ、思わず大声を出して起こしちまうところだった。…あたし自身何でこんなに焦っちまったのか分かんねぇけど、とりあえず主を起こさない様にしねぇとな。
「あ、ヴィータちゃん。おはよう。」
「ん? シャマルか…おぅ。」
リビングに入ったところでシャマルが声をかけてきたのでそっけなく返す。まぁ、いつものやり取りだな。
「主は?」
「まだ寝てる。」
「そう…朝ご飯作ってあげたいけど、勝手に台所使ってしまっても大丈夫かしら…?」
そう言って台所の方を見やるシャマルに、思わずげんなりとする。
シャマルの料理はお世辞にも美味いとは言えない。と言うのも本来シャマルの料理は戦場で戦い抜く為に栄養バランスのみを追求した物で、味は二の次だったからだ。
だが、今の時代はそんな戦時中じゃない。主からの命はまだだが、こんな時くらいは美味い物が食べたいと思ってしまうのは別に変な事ではないだろう。
「…いや、待て。確か主は足が不自由でヘルパーを雇ってるって言ってただろ?
多分料理とかも作ってくれてると考えるとそろそろ来るんじゃないか?」
それは脳裏に電流が奔ったかのような閃き。昨日の数少ない情報からこの結論を導き出せたあたしは実は天才なんじゃないかとすら思えた。
「…でも、私達だって主に仕える騎士よ。お世話してあげたいって思うのよ。」
ぐっ、流石はシャマル。反論しにくいところを突いてくるな。
実際あたしも昨日の主の話に思うところが無い訳じゃない。あたしだって騎士だ。主に頼られるべきは『ヘルパー』とやらじゃなく、あたし達だと言う
「シャマルの気持ちはあたしにだって分かる。でも…ほら、今まで主を支えてきたヘルパーの腕を見るとか…な?」
「…そうね。郷に入っては郷に従えとも言うものね。」
今のあたしは美味い料理が食べたいんだ。…済まねぇな、シャマル。だがきっとこの思いはザフィーラやシグナムも…うん?
「なぁ、おい…シグナムとザフィーラは?」
「あの二人なら起きて早々庭に出て組手してるわ。勘が鈍らない様にですって。」
「ふーん…」
あいつらは相変わらずストイックだな。…とは言え、確かに大事な事だ。何時主を狙う敵が現れるともしれない現状、何時でも動けるようにした方が良いだろう。
「…あたしも行って来る。」
「ええ、行ってらっしゃい。」
リビングの窓から庭に出ると、細長い鉄の棒を持ったシグナムがザフィーラと軽い運動をしていた。
「む? ヴィータ、目が覚めたか。…主は?」
「寝てる。起こすのも悪いし、こっそり抜け出してきた。」
「そうか。…ヴィータ、お前もどうだ?」
そう言って手に持っている棒をあたしに放り投げるシグナム。
「っと。…随分軽い棒だな。こんなんで鍛錬になるのか?」
「何も真剣で行うばかりが鍛錬ではあるまい。間合いを意識し、立ち回る組手であればその棒で十分だろう。」
「まぁ言いたい事は分かるけどよ。」
あたしの場合アイゼンと比べて重心がなぁ…
「…待て、シグナム、ヴィータ。客人のようだ。…恐らくは昨日主が言っていた『ヘルパー』だろう。」
「なに?」
「おぉ、来たか!」
「…嬉しそうだな、ヴィータ。」
「あー…シグナムの気持ちも分かるぞ? あたしも騎士だからな…でもよぉ、ヘルパーってやつが朝飯作ってくれねぇとシャマルが料理を…」
「折角の客人だ。もてなさねば主の評判にも関わると言うもの。行くぞ! ザフィーラ、ヴィータ!」
…まぁ、どうせなら美味い物食いてぇよなやっぱり。
一度家に上がり、シグナムについて行くようにして玄関に向かう。シャマルもついて来てヴォルケンリッター全員での出迎えだ。主に仕える騎士が全員って…やっぱりちょっと豪勢過ぎじゃねぇかなとは思うが、まあいいだろう。どうもこの時代、あまりそう言う格式ばった事は意識しなさそうだしな。
しばらく待つと“ピンポーン”と言う音が響き…
「…はやてちゃん、まだ寝ているのかな?」
と言う声がドア越しに聞こえたのを確認すると、シグナムが代表してドアを開けた。
「…! 貴女達は…」
「失礼だが、名前を聞かせて貰えるだろうか?」
「…私は、美香と申します。はやてちゃんのヘルパーを…」
「うむ、先ずは上がってくれ。外で立ち話と言うのもなんだからな。」
そう言ってシグナムは表情を柔らかくし、玄関へと誘う。しかし…
「…いえ、
「なに…?」
一瞬、何か違和感を覚えた。しばらくその正体が分からなかったが、目の端に映った
「…てめぇ、何者だ!」
アイゼンを起動し、戦闘態勢に入る。…くそっ! そう言えばまだ主から
「ヴィータちゃん!? 何を…」
「シャマル…我々の後ろに。…どうやらただの客人ではなさそうだ。」
そう言うとシグナムもザフィーラも周囲の異変に気付いたのか、それぞれ戦闘態勢に入った。
…ピリピリとした緊張感。一見平和に見えたこの時代でも、結局あたし達は戦闘しか出来ないのか。そう思った時、美香と名乗った目の前の女から光が発生し…
…あたしは全てを思い出した。
「ぐっ…!」
…光に包まれたと同時に、鈍い頭痛と共に脳裏に浮かぶ数多の記憶。それが自分の物であるという事を理解するのに、それほど時間はいらなかった。
思い出したからこそ良く分かる。このやり取りももう
構えていた愛刀レヴァンティンを待機状態に戻し、警戒を解く。先ほどまでの緊張感はもう無い。
「…そうでしたか、貴女が此度の…」
「はい…天使です。…貴女達には苦労をおかけしてしまい、申し訳ありません。」
「いえ、私達こそ毎回お世話になってしまい…何も出来ぬこの身を恥じる思いです。」
天使様か…その存在を初めて知ったのはもうどれくらい前になるだろう。
『夜天の書』が『闇の書』へと改竄されて何度目の転生の時だったか…ある日、私達ヴォルケンリッターは襲撃を受けた事がある。
記憶が戻った今、あの戦いも鮮明に思い出せる。本来ならば忘れるはずもない
銀の髪に異色の双眸を持ったその襲撃者は気付けば私達の近くに現れており、みすみす先手を譲ってしまったのだ。今にして思えば、あの瞬間に勝敗は既に決まっていた。
5つの属性変換資質、強力無比な次元魔法を始めとしたあまりにも豊富な手数。どれほどの鍛錬の果てにその力を得たのか、私達はまるで歯が立たなかった。
記憶こそ無かったが、当時もヴォルケンリッターとして相応しいと言える実力を持っていたにも拘らずだ。
アイゼンの一撃も、我がレヴァンティンの斬撃も掠らせる事すら出来なかった。それでいてその男の攻撃はザフィーラの防御すらもすり抜けるかのように私達に襲い掛かった。
こちらの攻撃は当たらず、相手の攻撃は躱せず…私達は一方的に蹂躙された。
『済まないが、私の目的の為に今は眠って貰う』
そう一方的に告げた襲撃者の右手に5色の光が瞬いた瞬間、私達はそのとき初めて天使様に出会ったのだ。
私達を守ってくれた天使様は襲撃者を追い払うと、失われていた私達の記憶を戻してくれた。…それ以来、天使様
「…して、今回は
「そうですね…現状であれば1日は持つでしょう。しかし蒐集を進めて行くにつれて記憶を維持できる時間も更に減っていく事になります…」
そう、この記憶の復活だが…何時までも持つ訳ではない。
最初は一度記憶を呼び戻してもらえば一ヶ月は持ったのだが、『闇の書』が転生を繰り返す度に…魔力を収集する度にその間隔は少しずつ短くなって行った。恐らくは『闇の書』の力が増す毎に、影響が強まっていくためだろう。
「天使様ははやてのヘルパーとして雇われているのですよね?
毎日私達の記憶を戻していただけると考えてよろしいのでしょうか?」
「はい。現状では私が貴女達に出来る事はそれくらいしかありませんし、出来る限りのサポートをお約束いたします。」
「…かたじけない。」
「さっきまでは騎士の矜持を気にしてたのにな。」
「記憶が無かったのだから仕方ないだろう。」
ヴィータが茶々を入れて来るが、もう騎士の矜持とか言ってられる場合ではない。私達の前世の記憶のみが頼りなのだ。
今回のチャンスをものに出来なければ地球が滅ぶ上に、私達は今度こそ永遠に忘却の霧の中に囚われ続ける事になるだろう…私達に次は無いのだ。
そう気を引き締めた瞬間、周囲に音が溢れた。どうやら止まっていた時間が動き出したらしい。
「…では、私もそろそろヘルパーとしてのお仕事に移らせていただきますね。」
「あ…すみません、私達にここまで時間を割いていただいて…」
「気になさらないでください。貴女達に起きている問題はこちら側の不手際によるものです。…本来は元凶である『闇の書』の方をどうにかするべきなのですが、私達にはその権限が無いのです。」
「いえ、こうしてお力添えいただけるだけでも万の兵を預けていただけたように心強く感じます。」
「…そう言って貰えるだけで、嬉しく思います。…やはり、いざと言う時には規則を破ってでも…」
「…? 天使様、今何か…?」
「あ、いえ! では私ははやてちゃんの所に向かいますね!」
そう言って天使様は小走りにはやての元へ向かった。
…先程の表情、何か思いつめたような…いや、無理に踏み込むのも不作法と言うものか。
「1日…やっぱりだんだん短くなって…」
シャマルが沈痛な面持ちでそう呟く。
そうだな…今は天使様の事よりも、私達は私達のこれからについて考えるべき時だろう。
「…シャマル、大丈夫だ。それも今回で終わる…終わらせるんだ。とうとう私達はこの時代に辿り着いたのだからな。」
「…」
この時代…高町なのはが、フェイト・テスタロッサが、八神はやてが居る時代。原作の流れをなぞる事が出来れば、私達もこの転生と忘却のループから解放されるはずだ。…なぞる事が出来ればだが。
「油断は禁物だぞシグナム。
「ザフィーラ…あぁ、解っているとも。」
ザフィーラが言っているのはあの時、天使様によって仲裁された後の襲撃者の言葉だろう。
あの時の襲撃者…今となっては私達と同じ転生者である事は分かっているが、彼は私達に向けてこう言ったのだ。
『転生者は例え望まずとも未来を変えてしまう。その一挙手一投足全てが未来を歪める蝶の羽ばたきなのだ』と。
彼が何故私達を襲ったのかは分からないし、この時代に生きる私達には関係ない。だがその言葉の持つ意味だけは常に意識しておかなければならない。
「私達は慎重に動かなくてはならない。転生者の望むほぼ全てが集まるこの時代だ。転生者の人数は少なく見積もっても数十人は居るだろう…何とか未来を収束させるのだ。私達の為にも、はやての為にも、この地球の為にも。」
「…」
「…ヴィータ、先程からどうしたんだ? 随分と思いつめた顔をしているが…」
「シグナム…あたし、はやてと一緒に寝ちまったんだけど…」
昨晩の事か? ああ…そう言えば、私達は元々全員が男性だったな。
「今更気にする事でも無いんじゃない? 私も前世の記憶こそ持ってるけど、男っていう意識はもうほとんど残ってないし…」
「シャマルの言う通りだぞヴィータ。それに今までだって似たような状況は何度もあっただろう。」
「そ、そりゃそうだけどよ…今回はあのはやてだぞ? あたし達以外の転生者にバレたら何か酷い目にあいそうでさぁ…」
「…どちらにしろ誰か一人は同じ部屋で寝る事になるんだ。ベッドの数と言う事情もあるが、守護騎士としての役割を考えれば主を一人にするのも言語道断だろう。」
「…はぁ、わぁったよ。はやての安全には代えられねぇしな…でもいざとなった時は擁護してくれよ?
流石にもう転生者に襲われるのは懲り懲りだ。」
「ああ、いざと言う時は私も力を貸すさ。…だから安心しろ。」
「シグナム…ふん、別に不安になった訳じゃねーよ!」
ヴィータは強気にそう言って家の中に駆けていくが、私には分かる。あの襲撃者の一件が原因なのか、転生者の事を話すヴィータの目には間違いなく不安の色があった。
転生者は皆あんな化け物なのか、いざとなった時今度は勝てるのか…今度こそ本当に死ぬんじゃないか…そんな不安が見えた。
ならば私は敢えて自信をもって答えよう。大丈夫だと。私が居るのだと。
それがヴォルケンリッターの将として生まれた私の役割なのだから。
今回はちょっと詰め込み過ぎたかも…いつも以上に読み難くなっていなければ良いのですが。
ヴォルケンズの精神面は原作のヴォルケンズに結構近くなっています。多少ノリが軽いと言うような差異はありますが。
シャマルさんの料理の腕はやや原作寄りに設定しました。(食べても意識を失ったりはしないが、決して美味しくない)
美味しくない理由は後付けの捏造です。
記憶が戻っている時は普通に食べれるようになります。と言うか、記憶が戻って初めて味付けを意識するようになる感じです。(記憶を失っている時は味付けを意識していない。)