12月13日 AM 11:37 海鳴大学病院
今日は午前中からはやてちゃんの検査があるという事で、シグナムと一緒にはやてちゃんの病院に来ていた。
ヴィータとザフィーラはエールと共に今日も蒐集に出向いており、お昼の時間にははやてちゃんの家で合流する予定だ。
「……今回の検査でも、原因は掴めませんでした。」
「そうですか……」
海鳴大学病院の診察室で、はやてちゃんの検査を終えた石田先生が結果を教えてくれた。
彼女は悔しそうな表情で話しているが、検査で判明しないのも当然だ。闇の書が原因なのに、管理外世界の医療機器でそれが判明する筈もない。
そう伝える事が出来れば彼女の抱える物も多少は軽く出来るかもしれないけど、それが出来ない現状にこちらも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ただ……幸いと言って良いのかは不明ですが、ここ最近は麻痺の進行も治まりつつある様子です。
これが改善へと向かう兆候である事を信じたいですが、やはり原因が分からない以上は何とも言えません。」
その知らせを聞き、少し驚いた。
どうやら先生が言うには発覚当初に比べて麻痺の進行がかなり緩やかになっているらしい。
原因を考えて一つだけ思い当たった可能性は、闇の書の蒐集ペースが原作に比べて速い事が原因ではないかと言う物。
元々主の浸食は、私達が蒐集をしなかった事で闇の書への魔力の供給が断たれた事が原因だ。こうして浸食が遅くなるという事は、主を侵食しなくても良い程に魔力の供給がなされている証なのではないかと思ったのだ。
……それは私達の都合も併せて考えると複雑ではあるのだけど、はやてちゃんの苦痛がそれで減らせるのなら悪くない知らせと言える。
「なので私達も引き続き全力で原因の究明に当たるつもりです。なのでシャマルさん達も諦めずに、はやてちゃんの事を元気付けてあげてください。
それがきっとはやてちゃんの力になってくれるはずです。」
「はい、私達も諦めるつもりはありません。」
先生の言葉に、シグナムが答えた。
そう……私達も当然諦めるつもりは無い。だからこそ今まで戦って来たし、今もヴィータちゃん達は戦っているのだから。
一面に広がる大海原と、その巨大な水鏡が映す空だけの美しい無人世界。
この無人世界に『陸』と言う概念は存在せず、あたし達のように飛翔魔法が使えなければこの絶景をのんびりと楽しむ事も出来ない。
……もっともあたし達の目的は観光ではないし、そんな事をしている余裕もないのだが。
「テートリヒ・シュラーク!」
アイゼンの一撃が頭部に突き刺さり、巨大なウミヘビの様な怪物が崩れ落ちる。
見渡す限りの一面に広がった水面にその巨体が横たえられ、飛沫と共に大きな波紋を生み出した。
噴き出した鮮血と水飛沫が空中で混じり、あたしの騎士甲冑を汚すがそんな事を気にする暇もない。
「リンカーコア、蒐集。」
この無人世界の海には肉食の生物が多くいる。ちんたらしていたら折角仕留めた獲物も、リンカーコア毎喰いつくされかねないのだ。
怪物から引き離されたリンカーコアが闇の書に蒐集されていく最中に倒れた巨大ウミヘビの方をチラッと見たが、既に夥しい量の水棲生物に集られていた。元々は頂点捕食者だったとは言え、瀕死の状況じゃ後一分もしない内に可食部位は根こそぎ食い尽くされて、骨だけが海の底に沈んでいく事だろう。
おかげでこの無人世界は何時までだって、綺麗な海と空だけの絶景を残せると言う訳だ。
「……ちっ、4ページか。」
蒐集が完了して、その成果に思わず舌を打つ。
やっぱりこんな雑魚相手じゃ全然遅い。現在の闇の書のページ数は580ページに迫ろうと言うところだが、こんなペースでは666ページを満たす前に管理局に見つかってしまいそうだ。
それもこれも管理局の奴らがあちこちの次元世界に監視の目を置いた所為だ。おかげで目星をつけていた強力な魔導生物を狩りに行けなくなってしまった。
あの時仕留めそこなった植物だって、シグナムの剣技と炎があれば仕留められただろうに……!
……カートリッジも今ので使い切っちまったか。やっぱり多くの雑魚を狩るとなると消耗が激しいな。
魔力も少し消費しちまってるし、ここは一度戻って……
イヤ、マダマダヤレルダロウ。多少ノ無茶ヲシテデモ蒐集ノぺーすヲ上ゲルベキダ。
…ッ!
「ザフィーラ! エール! 帰るぞ!」
「……ああ、了解した。」
「はい、準備は出来ていますよ。」
自分の内に起きている異常を知覚し、直ぐにザフィーラとエールに指示を出す。
こうして自分に起きている影響を察知できるようになったのも日頃の訓練の成果ではあるのだが、到底喜べるものではない。
知覚出来るようになったからこそ良く分かるが、影響が出るのが早過ぎる。最初はもっと魔力を消費しても影響は無かったってのに、今じゃちょっと自分の魔力を消耗しただけでこれか……!
……こんな調子じゃ、もう魔導士と戦うのは厳しいな。
ダガ、アノ魔力ハ魅力的ダ。魔導生物ヲ狩ルヨリモ効率ガ……
くそ、鬱陶しい! 少し黙ってろ!
何であたしがこんな中二病患者みたいなやり取りをしなきゃなんねぇんだ!
「エール、転送はまだか!」
「……あの、魔法陣の中に来てくれませんと転送が出来ないのですが……」
「は……?」
一瞬言葉の意味が分からなかった。あたしはさっき、間違いなくあいつの魔法陣の中に居た筈……
疑問に思いつつも振り返ると、エールとザフィーラはあたしから離れた場所に佇んでいた。
「……ッ!!」
あたしの顔から、さっと血の気が引くのが分かる。ザフィーラが何も言わなかったって事は、エール達があたしから離れた訳じゃ無いのは明らかだ。
それってつまり、動いたのは……
≪……もしや覚えていないのか? ヴィータ。
お前が自分で離れたんだぞ。「やっぱりもう少しだけなら問題無い」と言って。≫
≪……あたしは、そんな事言ってねぇ……≫
≪そうか、分かった……次も同じ事があれば、俺が強引にでも止めよう。元々その為について来ているのだからな。≫
≪ああ、頼む……≫
ザフィーラと思念通話でやり取りしながら、エールの張った魔法陣の中に戻る。
エールが「蒐集はもう良いのですか?」と聞いてきたが、さっさと転送するように急かす。
……そうか、あたしが自分で離れたのか。ザフィーラ達にそれっぽい言い訳まで作って……
本当に嫌な気分だ。こうも簡単に、それも自分が気付かない内に操られるってのは。
……大体2、3分って所かね? ヴィータが自分の魔力だけで戦えるのは。
転送の術式を発動させながら、今回の蒐集で得られた収穫に内心ほくそ笑む。
やっぱりこうしてヴォルケンリッターの戦闘を間近で観察し続けた甲斐はあった。
何かしら隠している事があるのは分かっていたけど、まさか自分の魔力で戦い続けると正気を失うなんてね……そりゃあ私に話せない訳だ。
だけどこの情報を活かすにしても、やっぱりタイミングが重要だね……
今のザフィーラみたいに影響が出ていないヴォルケンリッターが傍に居たら動くに動けないし、そもそもシャマルやシグナムは今回の蒐集について来ていない。
……落ち着いてタイミングを計るんだ。私がヴォルケンリッターの弱点に気付いた事を気取られないように、いつも通りの表情で本心を隠すんだ。
計画を隠す事には慣れている。今までだってずっとそうしてきたんだ。悲願の成就を間近にして失敗は許されない。
動くのは今じゃない。
魔力を消耗させる方法なんていくらでもあるし、行動を起こすなら全員が蒐集に出向いている時だ。
今はロッテと情報を共有して、両方の陣営を上手く誘導してやらないとね……
≪……って言う訳だよ。私の方は何時でも動ける。≫
≪オッケー! こっちの方も悪くないかな。
フェイトちゃんとなのはちゃんのデバイスもちゃんと問題無く動いてたし、二人とも順調に力を付けてるよ。
……まぁ、『力』って意味ではなのはちゃんの魔力は異常過ぎるレベルだったけどね……≫
≪了解。それじゃあ闇の書の蒐集ペースもあるし、直ぐにでもって言いたいところだけど……なのは達はまだ学生だったか。
動きやすい日程となると、16日の土曜日辺りにでも行動を起こそうか。≫
なのはって言うと確か例の予言で『光』って呼ばれてた子だね……
私はまだ直接見た事がある訳じゃ無いけど、ロッテからヤバい話はいくらでも聞いてる。
敵に回すと脅威だが……上手く制御してやればこれほど有力な駒もないだろうし、彼女にはせいぜい働いて貰うとしようかね。