戦姫絶唱ヴァンパイア   作:とりなんこつ

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1.冬の吸血鬼

 

かつて人間は、巨大な塔を作ろうとした。

天に至り、自らの万能を示そうとするかの行為は、大地が怒り、幾千もの雷撃が降り注ぎ、塔ごと粉々に砕かれたという。

それでも人は挑み続け、海を渡り、大地を穿ち、空を飛ぶ。

ついにはこの星という揺籃から飛び出すほどの力を身に着けたようだ。

 

何千年、何万年にも渡って連綿と知識を受け継がせる能力こそ、人類を霊長と星に定めさせた根源であろう。

しかし、その能力を持ってさえも、遥か太古にそのヒトの上に君臨する上位存在があったことは伝えきれていない。

彼らは神と称されるに相応しく、同時に連中が居なくなったからこそ入れ替わりで支配者の座を得られたことを、どれだけの人類が認識しているものか。

 

 

いまや神の怒りに打ち砕かれることはなく、大地には長大な鉄塔が屹立している。

全てが天に向かって弓を引く、もしくはその喉元に刃を突き立てるかのよう。

 

それが神に抗おうとする行為の象徴なら、何とも滑稽な光景だ。

しかし、より高みへと至ろうとする気概は、まあ分からなくもない。

馬鹿と煙は、などと揶揄するのは、その資質を持ち合わせぬ低能の戯言だ。

古来より遥か高みという言葉が存在する。

天空より睥睨することこそが神の視点だ。

 

それを自由自儘に行える(ワレ)は、生憎だが神ではない。

神に近しい存在などと奢ったりもせぬ。

 

いや、奢るもなにも、神という存在そのものこそ無謬で愚昧な―――まあ、そんな些末なことはどうでもよいか。

神去りしこの世界を、吾は吾で満喫するだけだ。

 

鉄の塔の切っ先から宙空へと飛び立つ。

身からでた翼が、舞い散る雪を払った。

 

見上げれば虚空に浮かぶ夜の女王。

随分と身を持ち崩されたようで、かつての真円の美しい面影は色褪せていらっしゃる。

 

皮肉と一緒に興味を投げ捨て、吾は眼下を神の如き視点で睥睨する。

蟻の如く行き交う人の群れを眺め、ようここまで増えたとの称賛を、雪とともに降らせてやった。

 

さあ、そろそろ人間どもに、思いださせてやろう。

貴様たちの上に在る、吾のような(たっと)き赤き王種がいることを―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人気のない裏路地へと降り立つ。

饐えた臭いと何やら機械の音が耳障りだが、腹を立てるほどでもない。

そこで吾は身形を整える。

本来持つ力を使えば何もかもが一瞬で済むが、そればかりでは長い(とき)を生きるに身に、味気がなさすぎる。

要は戯れだが、貴種であればこそ、派手に、慎み深く、なおかつ諧謔に富んだものが求められよう。

娯楽なしでも生きられるが、娯楽なくして生きるのは御免こうむるといった人間がいた。

けだし至言だろう。

かの人間の言動にならい、吾も人間と同じ姿を取る。

掌に積もる雪を水鏡にし、鏡面を覗き込む。

 

…うむ。人間にとって絶世の美男子というやつだな。最近は〝いけめん〟ともいうらしいが。

 

路地を出て、行き交う人の群れへ視線を飛ばす。

若い娘が多く、みな煌びやかな装いなのは尚のこと良い。

じっくりと今宵の獲物を見定めて―――二人連れの少女たちに目を止める。

手をつなぐ姿も中々に見目麗しい二人だが、特に黒髪の娘の方が気に入った。

深奥から湧き上がってくる衝動を押さえつつ、吾は二人のあとを歩く。

二人が店先で足を止め、黄色い髪の片割れの少女が離れた。

取り残された黒髪の娘は一人きり。これを絶好の機会といわずなんと言おう。

 

「ねえ、キミ」

 

自分でかけた声はうんざりするほど甘い。まあ、これも座興のようなものよ。

 

「はい?」

 

振り仰いでくる娘の黒髪がふわりと揺れる。

 

「すごく可愛いねえ」

 

紛れもない本心が出た。

短いスカートには閉口するが、足が厚いタイツに包まれているのが良い。

分厚い上掛けは襟首のところが何やら毛で覆われているのも、また良いものだ。

その襟巻を外し、白いうなじが晒されるところを想像しただけで血が滾ってくる。

 

「あ、ありがとうございます…」

 

露骨に警戒の色を浮かべ身を引く娘に、吾は満面の笑みを向ける。

かのグロリア―ナさえ見惚れた笑顔に魅了の魔眼。

フフフ、これで陥落せぬ女子(おなご)など…!

 

 

「…あの、なんでしょうか?」

 

―――ぬ?

 

お、おかしいぞ? 吾の魔眼が効いておらぬとな?

 

「お待たせ―。…あれ? どうしたの未来?」

 

「響ッ! この男の人がね…」

 

未来と呼ばれた娘は、響と呼んだ娘の背中へと回り込んでしまう。

ふむ。こちらの娘もなかなかではないか。

 

「君も可愛いねえ」

 

「はあ、どうも」

 

きょとんとした目で真っ直ぐに見つめ返される。

 

ど、どうしたことだ? なぜ吾の魔眼が通じぬのだ!? しかも二人ともとなれば面妖な。

見たところ、浄眼や破魔の瞳の持ち主ではないようだし…。

 

「何か御用ですか?」

 

「む? あ、いや…」

 

「じゃあ、行こう、未来」

 

娘二人して、スタスタと歩いて行ってしまう。

 

…ここで無視し、他の娘子を物色すれば済む話。

しかし興味が上回る。

吾の魔眼を受け付けぬ娘たちよ。

 

「き、君たち、ちょっと待ちたまえ!」

 

追いかければ、露骨に不審な眼差しで見返される。

考えてみればこれもおかしな反応だ。

今の吾の見た目は、そこいらの凡百の男の百倍は美しいというのに。

 

「いい加減にしつこいと、警察を呼びますよッ!」

 

未来という娘を背後に庇い、響と呼ばれた娘が吾の前に立ち塞がる。

折からの風と雪に、一時的に人通りは絶えた。ならばちょうど良いか。

 

「警察とはこの国の官憲か?」

 

吾は娘たちを見やる。

 

「呼べるものなら呼べばよい。この吾の姿を見ても正気でいられるならなッ!」

 

変身を解き、本来の吾の姿を晒す。

渦巻く魔力の猛々しい奔流に、手弱女などはたちまち失神してしまう。

されど目前の二人は、驚きつつもこちらを睨み返してくる。

なるほど、大した胆力よ。されば、さぞかしその血潮も美味かろう。

 

「響…!」

 

「大丈夫だよ、未来ッ!」

 

庇いあう二人の姿も美しいものだな。

 

「さあ、怯えるが良い! 傅くが良い! されば赤き貴種(ノーブルレッド)として、吾が至上の快楽と愉悦を下賜したもうぞ!」

 

「ノーブルレッド!?」

 

娘たちの顔色が変わる。

 

「…未来、下がっていて」

 

「うんッ」

 

胸元からペンダントを取りだす黄色い髪の娘。

そこから溢れる波動に吾は驚く。

 

「なんと! 隻眼の神のトネリコ柄の槍かッ!?」

 

「これはわたしのガングニール! 神殺しの力だッ!」

 

ペンダントをこちらに突きつけ、娘は喝破してきた。

なるほど、吾の魔眼が通じぬ加護はそれに由来するか。

面白い。夜の王である吾に、去りし神代の武器で相対してくる娘とはッ!

 

「よかろう! 存分にかかってこい! 吾に屈して、その熱く脈打つ血を全て捧げよ!」

 

「…balwisyall nescell gungnir tron―――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻 S.O.N.G.本部

 

「都内で、ガングニールのアウツヴァッフェン波形を確認!」

 

「司令ッ! 響ちゃんが戦闘行動を開始しています!」

 

「なんだとぉ!?」

 

緊急アラームが鳴り響く発令所内で、総司令風鳴弦十郎は目を見開く。

 

「現場の映像は出せないのかッ!?」

 

「いまやってます! しかし、原因不明の障害でモニターが稼働しませんッ!」

 

藤尭朔也がコンソール上で激しく指を動かしながら叫ぶ。

 

「近くの護衛の連中からの報告もないのか!?」

 

「そちらも全員から連絡がありませんッ」

 

友里あおいの報告に、弦十郎は組んでいた腕をほどき卓上に叩き付けた。

 

「くッ! いったい何が起きているというのだ!?」

 

俄かに慌ただしくなる発令所に駆け込んでくる二つの影。

 

「おい、おっさん! 何がどうなっているんだ!?」

 

本部へと待機していた雪音クリスと風鳴翼だ。

 

「都内で響くんが接敵し、ガングニールを使用して戦闘に突入したようだ」

 

「しかして、その立花の相手と様子は!?」

 

「現在、原因不明の障害で、一切の情報が把握できん」

 

「なら…!」

 

いきり立つクリスに、弦十郎は力強く頷く。

 

「至急、クリスくんと翼は現場へと飛んでくれッ! 現時点では無謀かも知れんが他に手はないッ」

 

「了解ですッ!」

 

言うが早いが翼が発令所を飛び出して行く。

 

「あのバカッ…!」

 

悪態を一つ残し、クリスも後に続いた。

輸送用のヘリコプターを回すよう指示を出しつつ、弦十郎は奇妙な胸騒ぎを覚える。

ここ近日の平穏には錬金術師の気配すら感じなかった。

それが唐突な戦闘の勃発に、原因不明の中継の阻害。

弦十郎は不安を振り払うように頭を振る。

神殺しのギアを纏う彼女に、生半の敵は相手にもなるまい。

しかし、万が一ということもある。

どうか無事でいてくれ、響くん…ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

果たして、現場へ急行したクリスと翼は見た。

巨大な血だまりの中でうつ伏せに倒れ伏す男と、その傍らにペタリと座り込み、全身を真っ赤な血で染めた立花響の姿を。

 

「お、おい、大丈夫かッ!?」

 

血相を変えたクリスが放心した響の肩を掴んで揺する。

 

「う、うぇ? クリスちゃん?!」 

 

「クリスちゃんじゃねーよ! どこに傷を負ったんだ、おまえッ!?」

 

「あ、あたしは別にどこも…」

 

天羽々斬を抜き放った翼が油断なく周囲へと視線を飛ばしつつ、声音に警戒色を滲ませる。

 

「立花、敵はどこだッ!?」

 

「そこ…」

 

響の指し示す方向を見て、二人の装者は驚きの表情を浮かべたのは無理もないこと。

彼女の傍らで血だまりに伏す男は一見して被害者にしか見えない。

 

「…随分と派手にやったみたいだな」

 

余りの血の量に鼻白むクリス。

 

「こやつが誰かは知らぬが、過剰防衛の誹りは免れんか…?」

 

翼も同様に、不安げな眼差しを響と男で往復させている。

 

「違う! 違うの! これはわたしがしたんじゃなくて…!」

 

「いや、どう見てもこれはおまえが一発喰らわしたあとじゃねえのか?」

 

「狼狽えるな立花。してしまったことはどうしようもあるまい」

 

その時、装者三人の会話に割り込んでくる声。

 

「響の言っていることは本当ですッ!」

 

「小日向! おまえも無事だったかッ!」

 

建物の影から出てきた小日向未来に翼とクリスは安堵の表情を浮かべるも、小走りで近づいてきた黒髪の少女は真っ直ぐ血だまりの男を指さして叫ぶように言った。

 

「なんかこの人は、自分のことをノーブルレッドだっていってましたッ!」

 

「なんだと!?」

 

クリス、翼両名の顔が一瞬で引き締まる。

錆びた鈍色に非ずと公言していた三人組の所業は、最後の最後でほんの一時協力関係にはあったものの、軽々に許して納得できるものではない。

 

「響はわたしを守るために…ッ!」

 

未来は真っ赤に染まった想い人の顔をハンカチで拭っている。

 

「しかし、これはやりすぎではないのか?」

 

「だとしても、この血の量は尋常じゃねえぞ?」

 

とりあえず顔の血だけは拭ってもらった響が顔を上げた。

しかし表情は、血の代わりに困惑の色に染まっている。

その表情を訝しく思いながらも、改めて何が起こったのか説明を求める翼。

すると全身を朱に染めたガングニールの少女は、盛大に首を捻りつつ解説を開始。

 

「なんかわたしがシンフォギアを纏った途端―――」

 

「途端?」

 

「この人が勝手に鼻血を噴いたんです」

 

「…はあ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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