戦姫絶唱ヴァンパイア   作:とりなんこつ

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12.求婚する吸血鬼

 

 

 

かつて一席設けた際に、吾は弦十郎に問うたことがある。

 

「…聖遺物の存在が、現人類にとっての害悪か否か、か」

 

偉丈夫は、小さく見える酒杯を手に考えこんでいる。

 

例のシンフォギアといったか? あれは聖遺物を現代科学で鎧のように纏えるようにする技術だと聞く。

あれのおかげでノイズに対抗できるようになった聞くが、そもそものノイズ自体が異端技術(ブラック・アート)による対人間殲滅兵器なのだ。

つまるところ、人間は、先史文明のよく分からないもの同士をぶつけ合って凌いでるといっても差し支えあるまい。

 

吾の存念なぞ百も承知なのだろう。

たっぷりと時間をおいて、ようやく弦十郎は口を開く。

 

「先史文明の遺産の解析が進めば、更なる現代科学のブレイクスル―が望めるだろう。永久機関の開発すら出来るかも知れん。少なくとも、関わり合った技術者にとっては、将来の指標や指針、インスピレーションを得ることは可能だろうな」

 

「ふむ。おぬしは賛成ということかや?」

 

「いや、これは建前というやつだ」

 

弦十郎はニヤリと笑って、

 

「オレ個人としては、現人類に聖遺物は不要だと思っている」

 

にこやかに断言する。

 

「ほう? その心は?」

 

「己の理解できない機械など、悪戯に弄るべきではないのさ」

 

幼子に精密な機械を好きに弄らせれば、万が一にも上手く動かせることがあるかも知れないが、大半は壊してしまうであろう。

弦十郎の言は人類を卑下している風に聞こえて、単純な一般論でもある。

 

「にべもない、というべきか。まあ、おぬしらしい返答ではあるな」

 

「過去に学ぶのも大切だろうが、かつての遺産を宛にする生き方なぞさもしいだろう? そもそも、そんな超高度な文明が滅びていることにこそ注意を払うべきだ」

 

「なるほど。道理よ。全ての人類がおぬしと同じような考えを持てば、或いは」

 

ひょっとしたら、吾は微笑んでいたかも知れない。

 

「いや、それは無理だろう。道具があれば使いたくなるのが人間の性だからな」

 

弦十郎は寂しげに、空の杯に新たな酒を注いでいく。

 

「仮に理想が叶えば、そうだな、オレたちは飯を喰い上げることになるな。その時は諸手を挙げて無職になっても構わないか」

 

「では、おぬしが将来、プータローになれる日が来ることを祈って」

 

「…随分俗な言葉を知っているな」

 

吾らはお互いに笑いあい、酒杯同士を打ち付けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

S.O.N.G.内 第三ホール PM16:00

 

 

「あれ? クリスちゃん?」

 

ホールの入口前まで来た響は、驚きの声を上げる。

対して、よっ! とばかりに手をあげるクリスは、真紅のパーティードレスが煌びやかだ。

 

「あ、響さん! クリス先輩もッ!」

 

続いて現れた切歌と調も、それぞれ緑とピンクのパーティードレスを着ている。

 

「む、遅参してしまったか?」

 

次にやってきた翼とマリアも、着ているドレスは青と白のパーソナルカラー。

 

「まったく、いきなりサイズピッタリのドレスなんか送りつけてこないでよ、あのエロ吸血鬼め…!」

 

マリアはプリプリとした口調で言うものの、この場に集った装者たちの中では一番メイクに気合が入っている模様。

そんな仲間たちを見回し、黄色いドレスを着た響は動揺していた。

 

「は、ははは、みんなも呼ばれてたんだ…!」

 

「あ? おまえも貰ったんだろ、この招待状?」

 

クリスが指先に摘まんだ封筒をヒラヒラとさせる。

差出人はドラゴンタイガー・ダイステイラー。

内容は、ごく内輪なパーティを行うので参加して欲しいとのこと。

ご丁寧に各人用に誂えたドレスも送られてきていたのは、先ほどマリアが口にした通り。

 

「みなさん、いらっしゃい」

 

ホールのドアが開く。

中では薄紫のドレスを着た小日向未来が笑顔を浮かべていた。

その親友の顔を響はなぜか不安げに見てしまう。

 

「あれ? どうかした、響?」

 

「う、ううん、別に?」

 

そうは言ったものの、未来は自分が見たこともないメイクをしている。

ならば、その化粧は誰のために施したもの?

モヤっとした気持ちを抱えつつホールの中へ入れば、いくつかの丸テーブルの上にたくさんの種類の料理が並べられ、湯気を上げていた。

 

ご主人様(マスター)は少し遅くなるから、冷めないうちに食べててって」

 

いわゆる立食パーティなのだろう。

切歌と調はさっそく歓声を上げて盛大に更に料理を取り分けている。

ドレスを汚したくないからか、もそもそとサンドイッチばかりを齧りながらクリスは訝しげに首を捻った。

 

「おい、おまえは喰わねーのか?」

 

クリスの疑問はもっともなもので、こんなバイキング方式ではイの一番に吶喊するはずの響がぼんやりとしている。

 

「あ、う、うん! そうだね! よーしッ、食べるぞッ!」

 

あからさま過ぎる空元気。

どう見ても無理に料理を頬張っている風な彼女を遠目に眺め、グラス片手に溜息をつくマリア。

 

「本当に重傷みたいね」

 

しみじみそう呟けば、

 

「まさに立花らしくないな。腹でも痛いのだろうか?」

 

隣で呑気に応じる翼がいる。

 

「貴女は本当に色恋には疎いのね」

 

「侮るなッ! 私とて色恋沙汰に興味がないわけではないぞッ!?」

 

ジト目で見てくるマリアを睨み返し、持っていたところてんを啜ってから翼は尋ねてきた。

 

「…ところで、立花は誰に懸想しているのだ?」

 

「まったく、この剣は鈍い上に色気がないことと言ったら―――!」

 

それなりに騒がしく盛り上がる室内。

 

「またせたな」

 

忽然と、黒衣の姿が一段高いステージ上に現れる。

 

「ダイスさん…ッ!」

 

そんな吸血鬼の登場に真っ先に声を上げる響。

そして彼の格好の変化に一番に気づいたのも彼女だ。

 

普段のダイスの格好は、それこそ吸血鬼然とした襟の高いマントを着用しているが、今日の彼はスーツのみ。

そのスーツは、襟と袖に目を見張るような豪奢な施してあり、タキシードの豪華版と括れないほどの荘厳さ。

胸元から溢れるヒラヒラとしたスカーフは、眩しいほどの純白だ。

 

(…まるで、結婚式の衣裳みたい)

 

響は思わずそんな感想を抱いてしまう。

同室の装者たちも同じ感想を抱いたらしく、マリアが遠慮なく発言。

 

「なあに? これから結婚式でも催すみたいな格好をして」

 

「おお、まさにその通りだぞ」

 

微笑んで首肯する吸血鬼に、マリアは面食らっている。

マリアの背後で、響の顔が青ざめた。

吸血鬼ダイスのすぐ隣に未来がいる。

 

「まさか、その子と結婚するつもりなのかよッ!?」

 

驚愕の声を上げたのはクリス。

対してダイスはその質問には答えず、逆に問いを投げかけてくる。

 

「みな、招待状を持っているかや?」

 

「持って来ているけど、結婚式のことなんて一言も書いてないじゃないッ!」

 

ほとんど絶叫するマリアを筆頭に、それぞれが招待状を手に持つ。

一番遅れて響が引っ張り出した姿を認めてから、吸血鬼ダイスはパチンと指を鳴らした。

 

「ッ!?」

 

装者全員が目を見張る。

彼女たちが手に持っていた招待状は、全てが一輪の薔薇へと転じていた。

 

「なによ! こんな手品を披露したからって、今さらわたしたちが驚くとでも…」

 

あからさまに驚いたくせに、マリアは牙を剥く。

しかし、吸血鬼は悠然と笑って受け流す。

 

「もそっと良く薔薇を見てみい」

 

え? と手元の薔薇に視線を落とすマリアの横で、調と切歌が声を上げる。

 

「これって!」

 

「指輪デースッ!」

 

枝の部分に掛けられたシルバーリング。

装者全員がもつ薔薇のそれぞれで輝いている。

 

「なななななんんのつもりなんだよッ?!」

 

顔を真っ赤にし激しく狼狽するクリス。

対して、不思議そうに指輪を(たが)めつ(すが)めつ翼。

調と切歌は互いの薔薇を見て息を飲み、マリアは頬を赤く染めるもキッと吸血鬼を睨みつける。

 

「なんのつもりもなにも、結婚指輪だぞ。見たままではないか」

 

「あ、あたしたちが誰と結婚するってんだッ!!」

 

「むろん、そんなことは決まっておるだろう?」

 

装者全員を見回してから、吸血鬼は優雅に一礼。

 

「吾は、おぬしら全員に求婚する」

 

「…ッッッ!?」

 

絶句するもの。

大声を上げるもの。

いまだ何がなんだか理解が追い付かないもの。

そんな彼女たちの前に、吸血鬼は深々と片膝をつく。

 

「七音の娘たちよ。どうか吾の伴侶となってくれまいか?」

 

「な、なによ、そんないきなり…ッ!」

 

顔を真っ赤にしたまま応じるマリア。何とも乙女チックに身体をモジモジと揺らしている。

 

「おいおい、本気で言っているのかよ?」

 

幾らかクリスが懐疑的な声を上げられたのは、先走ったマリアの醜態(?)のおかげで冷静になれたからか。

 

「う、生まれて初めて結婚を申し込まれたデスよ、調ぇ!」

 

「切ちゃん、わたしだってそうだよ!」

 

キャーキャー騒ぐ年少の二人組に、

 

「男女の婚姻はそう軽々に結ばれて良いものではないッ!」

 

照れ隠しなのか素なのか、よく分からないテンションで叫ぶ防人が一人。

 

そして立花響はというと、実に微妙な顔つきになっていた。

この場にいる七人全員に求婚するという規格外。

そのことに不満を抱いている自分に気づいて愕然としていた。

なぜわたしだけだけに求婚してくれないの?

同時に、未来だけに向けた求婚ではないということにホッとしている。

今の響は、全くの矛盾する気持ちに翻弄され、どんな表情を浮かべていいのか分からない。

 

「おぬしたちは、吾が生きてきた時の中でも珠玉の如き女性(にょしょう)たちよ。どうか、吾と契りをかわしてくれぬか?」

 

「ち、契りなんて、そんなッ!」

 

率先して身体をくねらせるマリアを、クリス以下の年少チームは少し冷めた眼差しで眺める。

それから皆して顔を見合わせたのは、翼が言明した通り軽々に返事が出来る申し出ではないのだから当然と言えた。

そんな空気の中へ投入される更なる爆弾。

 

「未来からは既に了承を得ているからな」

 

「!?」

 

思わず親友の方を見て、響は絶句。

恥ずかしげな笑顔を浮かべる未来の左手薬指には、既に銀色の光が輝いている。

 

「み、未来ッ!?」

 

「ごめんね、響。もう私は、身も心もご主人様(マスター)のものだから…」

 

「そんな…ッ!!」

 

吸血鬼に吸血されれば、その眷属になるしかないと聞く。

だが、未来は果たして従僕的な意味でその台詞を口にしたのだろうか? それとも―――。

 

絶望的な顔色になる響に、しかし吸血鬼ダイスは優しく語りかける。

 

「なに、そんな顔をするではない、響よ。おぬしも吾の伴侶となってくれれば、永久(とこしえ)に一緒にいられるぞ?」

 

その言葉は、蠱惑的なまでに響の脳裏へと染み込んでいく。

そもそもの親友へ抱く思いもあれど、初めて〝異性〟へと抱いた焦がれるような感情もある。

彼の申し出は、そんな相反すると思われた二つの感情を、肯定し、まとめて全て包み込んでくれるのではないか?

そしてひとたび頷けば、それは叶えられるだろう。

根拠もない直感だが、不思議と信頼できる。

結果、抗いがたい衝動が湧き上がってくるのを止められない。

響が、その細い首を縦に振ろうとする寸前―――。

 

「ちょっと待って。永久(とこしえ)に、って言ったわよね? まさか、わたしたちも貴方の眷属になれと?」

 

鋭い目つきでマリアが声を上げていた。そこには先ほどまでの乙女チック全開を伺わせるものは微塵もない。

 

「嫌か? 今の若さと美貌を保ったまま、世界の終りまで見届けることが出来るが」

 

古来より、不老不死に憧れなかったものは少ない。それは歴史が証明している。

時の権力者は、築き上げた財貨、美貌、叡智を永遠に維持するため、不死の法を手に入れいるべく奔走した。

錬金術や仙道などの秘奥も、突き詰めれば不老不死の存在へ至ることにある。

 

「…切ちゃん。もし不老不死になれたら」

 

「うん。これから出てくる面白いマンガも美味ぇもんも、読み放題食べ放題デ~ス!!」

 

「………」

 

調と切歌の会話はやや卑近なレベルだが、不老不死を得る理由の一つにはなりえるだろう。

 

「…悪くない取引ね」

 

マリアがにやりと笑う。

おいッ! と突っかかろうとするクリスを翼が制する中、マリアの声は続いている。

 

「なにやら凄い力を行使できる吸血鬼様なら、嫁入りするにあたってオプションの上乗せとかもしてもらえないかしら?」

 

「ふむ?」

 

面白げにダイスは笑う。

 

「よかろう。何を望む? この世の宝石を全て集めて纏わせても良いし、黄金の宮殿でも建てるかや?」

 

「悪いけど、物欲は薄いタチだから」

 

悠然とマリアは応じ、不意に微笑を浮かべていた顔を引き締めた。

 

「わたしが望むのは、セレナとマムの復活よ。二人を生き返らせてくれるなら、貴方に這いつくばって死ぬまで尽くしてあげるわッ」

 

「―――」

 

吸血鬼は沈黙する。

やっぱりね、と言うような、それでも少し無念そうな溜息をつくマリアを押しのけて、クリスも参戦。

 

「あたしもマリアと同じさ。パパとママを生き返らせてくれるなら、喜んでアンタの妻なり下僕にでもなんでもなってなんよ! でもさ、無理なんだろ? いくら吸血鬼っても、死んだ人は甦らせられないんだろッ!? だったら―――」

 

そこでクリスは指輪を床に落とす。毛足の長い絨毯に阻まれ音はしなかったが、光を反射するそれは一人ぼっちの星のよう。

 

「正直、あたしがしたことを償うために、永遠に生きて戦い続けるって選択もありかと思ったよ。でも、そんなの誰も赦しちゃくれないんだ。あたしのせいで死んだ人たちへは、あたしがちゃんと生きて、死んで、それからあの世で詫びなくちゃな」

 

続いて、また一つ星が増えた。

風鳴翼が迷いなく立つ姿に、凛と剣のシルエットが重なる。

 

「盛者必衰。形あるものは滅びてこそ自然の理は完成する。それに―――先に行くものが幅を利かせたままでは、後に続くものは正道に立てないだろう?」

 

最後の皮肉気な台詞は、おそらく祖父を意識したものだろう。

 

「わたしも、今のまま不老不死になるのは嫌かな。だってまだ成長期だし」

 

そういって指輪を転がす調。

 

「…う~ん、調がそういうなら付き合うデスよ!」

 

未練ありげに、それでもさっぱりと指輪を落とす切歌。

微笑を崩すことなくその光景を眺めていた吸血鬼ダイスだったが、浮かぬ顔をしている黄色いドレス姿の上で視線を止める。

 

「響、おぬしはなんとする?」

 

「わたしは…」

 

拳はきつく握られ、微かに震えている。

この少女にしては珍しい逡巡がその姿から見て取れた。

だけに、他の装者たちより驚きの視線が注がれている。

 

「おい、おまえまさか…」

 

「わたしはッ!」

 

見兼ねたクリスの声を遮るように響は声を張っていた。

 

「わたしは、出来るなら、ダイスさんと一緒に行きたい。行ってみたいですッ!」

 

「な…ッ」

 

装者の誰もが目を見張る中、響は強い視線で吸血鬼を見上げている。

しかし即座に声と一緒にその顔は伏せられた。

 

「でも、同じくらい、未来を返して欲しいんです…ッ!!」

 

「なるほど、おぬしの気持ち確かに受け取ったぞ」

 

吸血鬼はニコリと笑って、

 

「だが、未来を返すことは出来ぬ」

 

「ッ! そんなッ!」

 

「なぜなら未来は、吾と同じ存在になったのだからな」

 

「な…ッッ!!」

 

装者たちが一斉に気色ばんだのは、吸血鬼と血を吸われた人間の伝承を承知しているからだ。

ダイスは隣で目を伏せる未来の頭を愛おしげに撫でつける。

 

「あの時のことは詫びようとは思わぬ。あれしか未来を救う術はなかったからな」

 

向けられていた敵意の指向性が弱まる。

深淵の竜宮での惨状もまた、装者たち全員が承知していた。

重傷を負った小日向未来を救命するために、この吸血鬼の超常の能力は不可欠だったことを。

 

「そして、吾を滅したとて、もはや未来は人間には戻らぬぞ?」

 

「はあッ!?」

 

頓狂な声は、実に様々な意味を内包している。

件の吸血鬼伝承を踏まえてなお小日向未来が人間に戻れるであろうことを、未来本人を除く全員が確信していた。

そのために、吸血鬼ダイスを滅ぼすという選択を考えていたものもいれば、まるきり念頭にすらなかったものもいる。

弦十郎やエルフナインに期待する感情も残っていたし、幾つもの絶望的状況を覆してきた彼女たちにとって、今回もどうにか出来ると考えていた。なのに―――。

 

「未来は吾と同質の存在になったのだ。いかな伝承を用いても、繋がれた因果は断ち切れぬ」

 

目前の超常存在に断言する。

その衝撃は決して小さなものではない。

 

「…冗談でしょ? 冗談よね!?」

 

マリアの震える声に、ダイスは首を振る。

 

「紛れもない現実よ。ゆえに、先ほどおぬしたちにも言うたであろう? 吾と永久を生きて欲しいと」

 

ならば、響に示された選択は二つ。

人としての全てを投げ捨てて親友とともに従僕となり、永遠を生きる存在となるか。

胸の内の()()()()()への感情を諦め、人間として二人を見送るか。

 

「! で、でも、二人してどっか行っちゃうわけじゃないですよね? わたしの近くで、わたしが死ぬまで二人で幸せそうにしてくれるなら…ッ!」

 

「残念だがそれも叶わぬ。吾には、避けえぬ〝死の眠り〟があるからな」

 

「で、でもそれってよ、単に吸血鬼特有の深い眠りのことなんだろッ?」

 

そう声を上げたのはクリスだ。

吸血鬼は不死の王とも呼ばれる存在であるがゆえに、著しく代謝を停止した〝死〟に近い形で眠りにつく。

その眠りの誘惑には絶対に抗えず、映画や創作などでは、それは太陽の燦々と輝く昼間に該当し、ヴァンパイアハンターたちが敵陣へ乗り込む絶好の機会とされている。

逆に漆黒の夜であれば、その不死性はほとんど無敵の領域までに達する。ダイスが自称する夜の王の所以だろう。

クリスなりに、映画や文献で調べた成果がこれだ。

 

しかし、今度こそ吸血鬼は悲しげに首を振った。

 

「クリスや、おぬしが語るところは創作物に終始するもので意味が異なる。吾が言うところの〝死の眠り〟が指しているのは―――吾自身ではない。おぬしら人間のことよ」

 

「ッ!?」

 

誰もが息を飲む中、もはやダイスの声は独白そのものだ。

 

「吾が一度眠りにつけば、生半なことでは目を覚まさぬ。眠りの期間は、今まで幾度も繰り返してきたが、最短でも50年以内で目を覚ましたことは一度もない…」

 

いまや青い瞳に浮かぶのは、はっきりとした悲しみの色。

 

「幾多の人間と交わりを持っても、一度眠りに落ちて別れてしまえば、もう二度と会うことはないのだ―――」

 

聞き終えるなり、その場にいた人間は、肩にどっと重荷を乗せられたような気がした。

何百、いや、何千年にも及ぶ出会いと別れ。

幾多の人間と良好な関係を結べたかも知れない。

だが、彼らと過ごせる時間は短い。

永久の命を持つ自分と違って彼らが短命であることを差し引いても、どの関係も全うできたわけではなかった。

眠り、目を覚ませば、心と通わせた人間も関係者も何もかもが死に絶えている未来。

長い刻を生きてきた吸血鬼が厭世的な気持ちになるのも理解できる気がする。

その虚しさと寂しさ。

想像しただけで、感受性の豊かな調などは涙ぐんでいるほどだ。

響をして鼻の奥がツーンとしているのを自覚している。

声を上げたかった。

だけど、声が出てこない。

いつも彼女が口にする、全てを回天させる言葉が出てきてくれない。

―――だとしても。

 

「おぬしらの気持ちは相分かった」

 

吸血鬼ダイスは、左腕に未来の腕を絡ませながら身を翻している。

その背中に声をかけようにも、なんとかけていいのか分からない。

響の胸が焦がれる。

 

行ってしまう。二人が行ってしまう。

でも、わたしには、何も…ッ!!

 

くるりととダイスはこちらに向き直る。

いつの間にかステージには豪奢な椅子が出現していた。

その玉座に腰を降ろし、傍らに妃のように未来を据え、赤き貴種にして夜の王は朗々と声を上げる。

 

「されど、おぬしたちを失うのはあまりにも惜しい。だが、努々(ゆめゆめ)おぬしらに叛意させることが叶うとも思っておらぬ。ならば―――」

 

口角が持ち上がり、赤い唇から鋭い牙が零れ落ちる。

大吸血鬼ドラゴンタイガー・ダイステイラーは不敵に笑った。

 

「吾は、この世界の理の方を変えることにしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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