S.O.N.G.発令所内は混乱の極みにある。
「おい、おっさん! 早く出撃命令を出してくれ!」
「そうデスよ! エルフナインを助けないとッ!」
「待ちなさい! いくら私たちでも、闇雲にチフォージュ・シャトーへ踏み込んでいいものじゃないわ!」
「マリアの言う通りだ。勝手知ったるキャロルならまだしも、無策で突入するのは我々にとって分が悪過ぎる!」
勇み立つもの。制止するもの。
そんな喧噪の中で、藤尭の悲壮な声が響き渡る。
「ダウルダブラの反応が消失しました………ッ!」
一瞬の静寂のあと。
「キャロルちゃんがやられちゃったの…?」
響が青ざめた顔を上げた。
平静なモニターが、何よりも雄弁な答えとなる。
「…くッ。なら、救出だ! 仲間を助けに行くってんなら、名分が立つだろ! なあ、おっさん!」
しかし、腕組みをしたまま弦十郎は硬い表情を崩さない。
「先ほどの出撃は、エルフナインくん、いや、キャロルの独断専行だ。しかも、正式な出動要請の前とあっては…」
「だったら見捨てるってのかよ!?」
「そうは言っていない! だが、現状を見れば、キャロルが人様の庭に手を突っ込んで返り討ちにあったという解釈しか成り立たんのだッ」
いくら特異災害タスクフォースといっても、無制限に特異に介入できるほどの独立権限は持たない。
むろん緊急時にはその限りではないが、現在のチフォージュ・シャトーは具体的な問題行動に至ってはいなかった。
つまるところ、日本国土であることを盾にまずは不法占拠という形で調査と査察を通告し、受け入れなければ強制執行というお役所的な流れを踏襲しなければならない。
かの悪名高き護災法もスピード廃案と相成った今となっては、凶器準備集合罪の拡大解釈も成り立たず、憶測からでの一方的な干渉はできようもなかった。
「じゃあ、どうするデス?」
「やっぱりエルフナインを見捨てるつもりじゃあ…!!」
切歌と調に詰め寄られ、苦渋の表情を浮かべる弦十郎。
そんな彼の耳に、いや、発令所にいた全ての人間の耳に、なんとも洒脱な声が響く。
「これ、あまり弦十郎を苛めるものではないぞ? 部下の見えぬところで計り知れぬ懊悩を抱えるが組織の長というものだ」
誰もが驚きの表情を浮かべて見つめた先。
ゆるやかに発令所の中の歩をすすめるは、かの大吸血鬼ドラゴンタイガー・ダイステイラー。
「…未来!」
その傍らに親友の姿を認め、響は叫ぶ。
「ど、どうしてここに!?」
「内外の全センサーには全く反応がありません!」
藤尭の驚愕と、友里の報告。
そんな二人を一瞥し、ダイスは鼻で笑った。
「吾はほぼ全盛期の力を取り戻しておる。さすれば、この船の内と外の全てを騙すくらい雑作もなきことぞ」
「…とはいえ、この船は、現在東京湾沖に潜行中なのだがな」
油断なく視線を向けながら弦十郎。
神出鬼没のダイスはともかく、未来まで伴って出現したことに戦慄している。
「いきなり現れて何を驚かせているのよ、このエロ吸血鬼!」
臆面もなく怒鳴りつけるマリアの度胸は、いっそ羨ましい。
「相も変わらず威勢ばかりは良いやな」
ニヤリと笑い、吸血鬼は何かを放る。
咄嗟に受け止めたマリアは、間もなく素っ頓狂な声を上げた。
「何よ、これ? …退職願!?」
吸血鬼ダイスは弦十郎へと向きなおると、
「ま、そういうことだ。色々と世話になったな」
「…我々の庇護下から抜け出すという意味か?」
「如何にも。庇護される理由も義理も果たした。さすれば、あとは自由に振舞うだけよ」
「それがどうチフォージュ・シャトーへと繋がっている?」
その問いに、吸血鬼は答えない。
「何、そう気色ばむな。吾はもともとおぬしたちと事を構えようとは思っておらぬ」
「だったらエルフナインはどうしたんだ、この野郎!」
「おう、そういえばあの幼子のこともあったな」
いきり立つクリスを、涼しい顔でいなして黒衣を翻す。
すると、吸血鬼の腕の中に、魔法のようにエルフナインが現れた。
「エルフナインちゃん!」
くてっとしたまま目を閉じるエルフナインは、駆け付けた響の腕に委ねられる。
「吾が術をかけたゆえしばらく目を覚まさないだろうが、心配するな」
「え、えっと、その。…ありがとうございます!」
吸血鬼は目を細め、エルフナインを抱える響の髪の毛を軽く撫でる。
「本当に気のいい娘よの、おぬしは。吾に出来ることはなんでもしてやりたくなる」
「だ、だったら! 未来も返して貰えませんか!」
エルフナインを抱えた手に、そっと別の手が重ねられた。
「未来…」
「響、誤解しないで。わたしは決して無理やり
「で、でも…!」
「だから、その時が来たら、きっとまた会えるから。ね?」
にっこりと笑い、未来は再びダイスの傍らに立つ。
「おぬしたちも世話になった。短い間だったが、皆息災でな」
発令所を見回し、ダイスは言う。そのまま身を翻そうとする黒衣の主に、クリスが必死で追いすがる。
「おい、待てよ! 世界の理を変えるとか抜かしていたけど、いったい何をしでかすつもりなんだ?」
すると、ダイスはニヤリと笑った。その問いを待っていたといわんばかりの満面の笑み。
「吾は、おぬしたち全員に求婚して、見事に振られたでな」
この宣言には、居合わせた装者全員の頬が赤らむ。
「ゆえに吾は、おぬしたちの方から求められるように、この世界を変えるのだ」
「…え?」
遠慮なくポカーンとした顔になったのは切歌と調のコンビ。
言わんとすることは分かるが、抽象的過ぎて理解が追い付かないのだ。
「ともあれ、この船の中にいる皆々も歓迎するぞ。老いも病もない世界へ行きたいのならば」
吸血鬼は未来の細い腰を掻き抱く。
「ちょ、ちょっと! 待ちなさいッ!」
マリアの声も届かない。またしても二人の姿は忽然と消えていた。
発令所のほぼ全ての人間が呆気にとられる中、緊急を知らせるアラームがけたたましく鳴り響く。
「…これは!?」
「どうした、藤尭ッ!?」
叫び声を上げる部下に、弦十郎は詰め寄る。
「チ、チフォージュ・シャトーが浮上して移動を開始していますッ!」
「よ。どうした、ちゃんと飯食っているか?」
「クリスちゃん…」
響が顔を上げる。
彼女の手にもった茶碗のご飯がほとんど減ってないことに、クリスは内心で溜息をついた。
いま二人がいる場所はS.O.N.G.本部内大食堂。
一人黙々とテーブルに向かい合う響は、なんとも近寄りがたいオーラを発している。
それを打破すべくクリスは声をかけたわけだが、次に響の浮かべた表情はどう見ても造り笑い。
「う、うん! 食べてるッ! 食べてるよーッ! あ、これはお替り三杯目ねッ!」
そういって持っている茶碗を見せてくるも、お盆の上のおかずも手付かずだ。
(やっぱ重症だな)
心配極まりない内心と裏腹に、クリスは明るく笑って見せた。
「ならよ、晩飯はいっちょ外へ喰いにいかねぇか? 奢ってやる」
「…え?」
「他の留守番の連中も誘ってよ。それくらいならおっさんも許可してくれんだろ」
「わ、わーい! 楽しみだな~。これで午後の訓練も頑張れそうッ!」
応じて、響はご飯を口いっぱいに頬張り―――それで箸を置いてしまう。
胡乱に瞳を彷徨わせ、それから響は今思いついたかのように言ってくる。
「ねえ、クリスちゃん。大学は行かなくていいの?」
「あん? いまのところ単位は取れるだけ取っておいたから、全然大丈夫だぜ」
「そっか…」
「おまえこそ、ちゃんとリディアンに行っているのか?」
「うん、まあ…うん」
全く明朗さを感じさせない響の返事。
それもそのはずで、小日向未来と袂を分かってからもう一か月以上が経過していた。
一か月前のあの日、チフォージュ・シャトーが眩く輝いた瞬間に、何かが始まり何かが終わったようにクリスは感じている。
浮上したシャトーは、悠々と日本国土の上空を移動。
日本政府が具体的な対策を打ち出せないままに、シャトーは海上へと到達。
そのまま領海内を出ていかれては、もはや手の打ちようがない。
となれば、他国間の問題となりそうなわけだが、シャトーに公海域上空に滞在されてはどの国も手の出しようがなかった。
となれば正に国連の担当領域になるのだろうが、先ずるように世界規模のチャンネルで、現シャトーの主より盛大な一斉放送が発せられている。
『吾の名は、ドラゴンタイガー・ダイステイラー。偉大なる支配者の
今この時を置いて、吾の名において、この星における神秘を用いた全ての争いを禁じる!!』
その演説は、装者たちも発令所で目にしていた。
『市井の民をいたずらに傷つけぬことを、吾の名に賭けて誓おう。
されど、神秘を持って吾にまつろわぬとあらば、吾の名にかけてあらゆる手段を用いてこれに介入する。
…努々逆らおうなどと考えぬことが賢明ぞ。おそらく、その命を持って贖うことになるからな』
「なんだよ、それ! アニメじゃねえんだからよッ!」
思わず板場弓美のようにクリスは叫んでいた。
反戦組織による、戦争を止めるための積極的武力介入。
父と母を奪った戦争そのものを憎んでいたクリスにとって理想的な組織に思えるも、やはりそれは絵空事だ。
続いて、画面越しに、ダイスが装者たち一人ひとりを眺めるように視線を巡らしたことの方がより印象に強く残っている。
『そして、吸血鬼たる吾に血を吸われたい者も大募集である。
永遠の命と若さが欲しいものは遠慮なく吾へ膝を屈するが良い!』
「それが本音かッ!?」
マリアが吠える。
頭髪を逆立てんほどの彼女の後ろ姿に、誰もが過日の吸血鬼の去り際の台詞を思い出していた。
「わたしたちに吸血鬼になるのを拒否られたから、他の全人類を吸血鬼にするつもりなの、あいつは!?」
怒りに肩を震わせるマリアの予想は、おそらく正しいのではないか。
「なるほど。まさに将棋盤をひっくり返すというヤツだな」
翼も賛同を示している。
つまるところ、装者たちがダイスの求婚を断ったのは、現状の世界に何かしらの未練が存在するから。
ならば、装者を除く全人類を吸血鬼化してしまえば、それらの未練の大変も取り除かれるはず。
もし成し遂げられれば、この星の価値観は変わるだろう。
まさに、この世界のルールを、理を変える行為だ。
「奴は、吸血鬼による永久王土を作るつもりなのか…?」
弦十郎をして、太い腕を組んで唸るしかない現状。
こんな時にもっとも頼りになるエルフナインは未だ昏睡状態のまま。
精密検査が施されていたが、吸血痕もなく、本当にただ眠っているだけのとのこと。
「…あたしたちはどうすりゃいいんだ、おっさん?」
クリスは尋ねる。他の装者たちも自分と同様に弦十郎へと視線を注いでいるのが分かる。
返答は長い沈黙の果てに。
「…警戒態勢を維持したまま待機だ」
「打つ手はなしってことかよ?」
挑発的な口調になってしまったことにクリスは気づく。すぐに後悔したが、一度口に出してしまった言葉は取り消せない。
しかし、弦十郎が見返してきた瞳は、恐ろしいほど穏やかだった。
「みな、我々の本分を思い出せ。オレたちの仕事は特異災害から人類を護ることだ」
太い声が言外に告げてくる。あれはまだ『特異』であって災害ではない、と。
「だが―――」
弦十郎は腕をほどき、胸の前に拳を持ってくる。それから軽く目を閉じた姿に、一瞬哀愁のようなものを感じたのはクリスの気のせいだろうか?
そして、クワッと目を見開くと、弦十郎は音がするほど強く拳を握り締めて言った。
「もし奴が人類に害をもたらしたら、その瞬間に遠慮なく叩き潰すぞ!」
回想から立ち返って、一か月後の現在。
世界は驚くほどそのままだった。
弦十郎の意気込みに反し、ドラゴンタイガー・ダイステイラーは人類に仇を成していない。
むしろ、貧困国や発展途上国への食糧を始めた物資の提供を行っているほどだ。
これには、国連もその直属組織も、賞賛こそすれ介入すべき理由を見つけられないでいる。
同時に、人類同士の戦争も繰り返されていた。
だからといって、先の世界放送のような武力介入も行われていなかった。
ダイスも明言した通り、錬金術でも絡まなければ不介入らしい。
「そういや、先輩たちはそろそろ着く頃かな」
響に聞かせる風でもなく、クリスは独りごちた。
先日、翼とマリアは南米へと派遣されている。
未だ政情が安定しないバルベルデは、クリスにとっても因縁深い場所。
かつてバルベルデドキュメントを取得して一旦は落ち着いたかに見えたが、外部勢力やテロリストたちにとっての格好の逃げ場所のままだ。
そこで大規模な戦闘が勃発する可能性に合わせ、その陰に錬金術師やら残された異端技術の行使が示唆されていた。
ゆえにシンフォギア装者の派遣という運びになったわけだが、ここに来てクリスは妙な胸騒ぎを覚えている。
だが、敢えてそれを振り切るように、クリスは目前の後輩へと語りかけた。
「ま、何事もなけりゃ、そのままトンボ返りで戻ってくるだろうさ。それよか早く昼飯喰っちまえよ。な?」
南米バルベルデ空港
「…暑いわね」
飛行機のタラップを降りるなり、マリアはハンカチで首筋をぬぐった。
サングラス越しに見える空は青く高く、太陽がギラギラと輝いている。
「体調が慣れるまで少々手間取りそうだ…」
珍しく翼も零す。
スポットライトの強烈な光を浴びるステージには慣れていても、燃え盛る太陽相手にはそうも行かないらしい。
日本とちょうど季節が真逆の南米バルベルデは、今が夏真っ盛りであった。
「まあ、それもこれもシンフォギアを纏えば気にはならないけどね」
シンフォギアのバリアフィールドは、纏う装者にとって最適の体感温度を保証する。
「とは言っても、お茶を飲んで涼む時間くらいありそうだわ。どうする?」
とのマリアの提案に、
「うむ、少しは旅の疲れを癒すとするか」
翼も頷く。
二人してクーラーの効いていそうなカフェテリアに足を向けたその時、大地を揺らす爆発音が響いた。
「ッ!?」
振り向けば、遠くにもうもうと立ち込める黒煙。
続いて蒼穹を轟いてくるは、紛れもなく銃器などが飛び交う戦火の音。
『翼! マリアくん! こちらでアルカ・ノイズの発生パターンを確認したッ!』
カナル型通信機より弦十郎の声。
「全く、一服する暇もないなんてね」
「到着したばかりで間が良いのか悪いのか…」
マリアと翼は互いに苦笑を交わし合うと、
「「了解しました! ただちに現場へ向かいます!」」
異口同音に叫び、胸元よりギアペンダントを引き出しつつ走りだす。
Seilien coffin airget-lamh tron……
Imyuteus amenohabakiri tron…
戦塵が舞い燃え盛る空に、二つの澄んだ聖詠が木霊した。
同時刻 S.O.N.G.発令所内
「天羽々斬とアガートラームのアウフヴァッフェン波形を確認! 間もなく戦闘区域で接敵します!」
友里の報告に、弦十郎はモニターを見つめたまま頷き返す。
「頼むぞ、二人とも…ッ」
そして間もなく発令所へと飛び込んでくる複数の人影は、クリスを筆頭にした響、調、切歌といった装者の面々。
「おっさん! 先輩たちが戦闘に突入したんだって!?」
大型モニターには、監視衛星経由で二人の戦う姿が映しだされている。
「すっごい数のアルカ・ノイズデス…ッ!!」
切歌が声を上げる。彼女の指摘したとおり、夥しい数のアルカ・ノイズが
「でも、マリアと翼さんが力を合わせれば、あれぐらいきっと大丈夫だよ!」
調は祈るように両手を合わせている。
そんな彼女の懸念は、命令を下した弦十郎も検討済みだ。
翼とマリアの年長組は、他の四人に比べて歴戦の装者である。
ある程度の不足の事態には十分に対応できるだろうし、未成年者と比して決定的な判断にも迷うことはないだろう。
そう信じて送り出した二人だったが、なぜか弦十郎は胸騒ぎを覚えている。奇しくもそれはクリスが抱いたものと全く同じだった。
だが、クリスと同様、不安は胸の内でねじ伏せ、表面上は平静を保たねばならない。
モニター上では、破竹の勢いでアルカ・ノイズが蹴散らされていく。
今回勃発した抗争は、例によって正規軍とゲリラの小競り合いなのだが、双方の陣営がアルカ・ノイズを使役するというある意味救いがたい状況が出現している。
ただノイズを駆逐するだけに留まらず、お互いの陣営にアルカ・ノイズを供給した連中と、大元の錬金術師たちも捕縛しなければならない。
これにはS.O.N.G.職員のみならず、国連軍の介入も予定されていた。
事後の後始末も考えるとうんざりするような作業量だったが、今はとにかくアルカ・ノイズだ。
「頼むぞ、翼、マリアくん…ッ!」
弦十郎がそう呟いて奥歯をかみ合わせたのとほぼ同時に、発令所内にアラームが鳴り響く。
「どうしたッ!?」
すわ、公海上で浮遊を続けるチフォージュ・シャトーに動きが?
それこそが、翼とマリアしかバルベルデへ派遣できなかった理由であり、他四名ものシンフォギア装者たちを従え、本部である潜水艦が領海内ギリギリに浮上している理由でもある。
しかし、友里の報告は、悪い意味で弦十郎の期待を裏切った。
「天羽々斬とアガートラームの適合係数が急速に減少していきますッ!」
「なんだとッ!?」
同時刻 バルベルデ戦闘区域
「くッ、身体が重い…!?」
最初に違和感を覚えたのは翼だった。
常在戦場の気構えを持つ彼女は、常に自身の健康には万全の注意を払っている。
真冬の日本から灼熱のバルベルデにやってきたところで、誓って体調なぞ崩しはしない。
にも拘わらず、手足の動きが自分の想定通りに動いてくれない。
普段であれば、纏っていることすら意識しないシンフォギアに重みを感じる。
「マリアッ! おまえは大丈夫なのかッ!?」
「大丈夫だけど大丈夫じゃない!」
すかさず言い返してきたのは、きっと彼女も翼と同じ違和感を持っていたからだろう。
「手足が枷に繋がれているみたいに重い! こんなの想定外よ!」
「…司令! 聞こえていますかッ!? わたしたち二人とも、戦闘能力が低下中です! こちらでは確認できませんが、アンチLiNKERの使用された可能性も…!」
だが、通信機より聞こえてきた弦十郎の声は、常ならぬほど切羽つまったもの。
『いやッ! それはおまえたちのギアがオーバーロードをしているのだッ!』
「オーバーロード…ッ!?」
過日のシェム・ハとの決戦後。
バーニング・エクスドライブというかつてない高負荷状態を発現したことも受け、エルフナインによって各装者たちのギアはメンテナンスを受けている。
もっともエルフナイン自身は櫻井理論に精通していないため、本格的なオーバーホールまでには至らない。
シンフォギア自体が、元々の櫻井了子が作り出した一種の異端技術に近いものであり、彼女以上に扱える人間は存在しない。
そこで、ギアを共同開発をしたとされるドイツのアーネンエルベ機関より技術者を出向してもらって対処を行い、一応の体裁を確保していた。
万全とは言い難いことは承知していた。
それでも訓練時には何の異常も見られなかったし、豆々しくエルフナインも手を入れてくれていた。
それがここにきてのオーバーロードは、やはりかつての神との決戦の激しさの証左だろう。
翻って、最高最悪のタイミングであるとも言えた。
どうにか対応出来そうなエルフナインは未だ昏睡状態で、他の装者たちを救援に向かわせようにも、とても間に合いそうもない。
弦十郎の声が焦りを帯びるのも当然のことといえる。
そんな司令の声を耳にした翼とマリアも、さらに輪をかけた焦燥感に襲われていた。
散々に蹴散らしたとはいえ、アルカ・ノイズの数は未だ膨大。
こんな戦場でシンフォギアがオーバーロードで解除でもされたら、万に一つも生き延びられる可能性は存在しないだろう。
「…マリアッ! 無念だが、引くぞッ!」
「了解! …本部、聞こえますかッ! 一旦、わたしたちは戦闘区域外へ脱出して…!」
瞬間、翼もマリアも、何かがひび割れるようなピシっという音を聞く。
ギアの表面が見る見る光沢を無くしていく様に、二人とも本気で顔色を失った。
「急げ、マリアッ!」
「わかっているわッ!」
無様でも構わない。ここは一刻も早くこの場を離れないと…!
脱出経路を模索すべく首を巡らし、翼の視線は凍り付く。
彼女の視線の先には、一台の戦車が存在し、今まさにその砲塔はこちらに狙いを定めようとしているところ。
正常に稼働しているシンフォギアであれば、榴弾の一つや二つ物ともしない。
しかし今、あれを撃ち込まれれば…!
「マリアッ!」
翼がマリアに飛びついたのと、戦車の砲塔が火を噴いたのはほぼ同時。
撃ちだされた榴弾は、半瞬前まで二人がいた地面を抉るように吹き飛ばす。
生身の人間であればその衝撃だけで即死しただろうが、停止寸前のシンフォギアは辛うじてその纏い手たちを護り切った。
代償は、完全なシンフォギアの解除。
S.O.N.G.の制服姿に戻った二人は、盛大にゴロゴロと地面へ転がることに。
「…無事か、マリア…?」
「どうにかね…」
泥だらけの顔でマリアは上体を起こしたが、翼は地面に横たわったまま。
「すまない、足をやられた。どうかわたしを置いておまえだけでも…!」
すぐ背後にアルカ・ノイズが迫る。
「ふざけたことをッ!」
立ち上がったマリアは、ふらつく足取りで翼の元へ。どうにか彼女を抱え起こそうとするも、衝撃に震える腕に力が入らない。
「…マリアッ!」
翼の声に見回せば、周りはアルカ・ノイズに囲まれていた。
「…ここまで、なの?」
マリアが呟く。
容赦なく迫りくるノイズの群れは、愁嘆場も友と語り合う時間も与えてくれない。
マリアは咄嗟に翼の上へと覆いかぶさる。
その身体を抱きしめ返しながら、翼の脳裏には見知った男性の顔が浮かぶ。
―――――緒川さん…!
「………?」
いつまでも訪れない衝撃とその時に、おそるおそるマリアは顔を上げる。
彼女たちを囲む格好のまま、全てのアルカ・ノイズの足は止まっていた。
いつの間にか、それぞれのノイズの表面には、縦横無尽に直線が引かれている。
その線に合わせ、ゆっくりとノイズたちの身体はスライドして崩れ落ちた。落ちる先から次々と塵へと返っていく。
「な、なにがどうなって…?」
同じく顔を上げた翼と並んでマリアは見た。
雲霞の如きアルカ・ノイズの群れを次々と双剣で切り刻んでいく人影と、巨大なコインを生成し戦車を文字通り叩き潰す人影を。
そして二つの影は、地面で茫然と抱き合ったシンフォギア装者たちの前に静かに降り立つ。
「…バカなッ! おまえたちは…!!」
マリアの驚愕の声は、戦場に不釣り合いな
「お久しぶりねえ、剣ちゃん」
「派手に登場、地味に救出」