戦姫絶唱ヴァンパイア   作:とりなんこつ

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2.囚われの吸血鬼

…む。ここはどこだ?

 

『お目覚めのようだな』

 

その声に続き、鋭い光は両眼を射る。

吾に向かってなんたる不躾な!

檄しようとして、全身が戒められることに気づく。

眩しすぎる光も天然のものではないな。

どうやら無様にも、吾は捕えられているらしい。

 

『どうした? 聞こえているか? 日本語は分かるか?』

 

「―――聞こえているわ慮外者め。吾を戒めるだけに飽き足らず愚弄する気か?」

 

答えると、吾の視界を染めていた光源が遠ざかる。

正面を見れば、どうやら硝子越しに赤いシャツ―――ふむ良い趣味だの―――を着た偉丈夫が立っていた。

 

『そいつは失礼した。しかし、生憎、いたいけな婦女子を襲う吸血鬼に対して、人間様の礼儀が通じるかは不勉強でしてな』

 

なんとも小憎らしい口を叩く小僧だ。

もっともその程度の皮肉など、吾にとって痛痒にもなりはせんがな。

むしろその物言いは、別の箇所が業腹よ。

 

「吾を吸血鬼と申すか。ふはは、なんともたわけたヤツよの」

 

『違うのか?』」

 

「少なくとも、貴様らの想像している怪物とはな。…それより、虜囚に話しかけても名乗りもせんのは、人間様とやらの礼儀かや?」

 

『重ねて失礼した』

 

偉丈夫は、ぺこりと頭を下げてきた。

 

『オレは国連直属特殊部隊S.O.N.G.総司令、風鳴弦十郎という』

 

ふむ。存外礼儀を弁えているヤツやも知れぬ。

 

「ならば、とこちらも名乗りたいところだが、些か身が不自由でな。少し緩めて貰いたいものだが」

 

『残念だが、それは出来かねる。おまえが手を出そうとしたのはオレたちの関係者でな。敵対行動と認識させて貰う』

 

「ならば、勝手に抜けださせてもらおうか」

 

言うが早いが、吾を戒めていた拘束衣と鎖は露と消える。ふむ、銀で編まれた鎖とはずいぶんなものだな。

それに、四方八方に置かれた十字架と吊るされたニンニクなんぞには失笑するしかない。

 

『…吸血鬼なのに十字架もニンニクも恐れないのか?』

 

「たかが2000年ほどしか経てない宗教の開祖の磔刑をなぜに畏れねばならぬ? そもそも吸血鬼なんぞ、貴様ら人間の創作物だと言うておろうが」

 

『ならば、ノーブルレッドとは、おまえの仲間なのか?』

 

「仲間? 何を言っているか分からぬな。吾こそが赤き貴種(ノーブルレッド)。それ以上でもそれ以下でもありはせぬ」

 

赤い服の偉丈夫が顔を歪める。

何を疑問に思っているが知らぬが、しょせん凡百の悩みよ。吾が一顧だにするに能わず。

 

『ならば…おまえは何者だ?』

 

「ふふふ、聞きたいか? 聞けば安らかな夜はなくなるぞ!?」

 

『………』

 

返事がない。どうやら恐怖に打ち震えているようだな。

 

ふはははは! 

ならば聞くがよい!

有象無象の人間よ、心して聞くがよい!

赤き貴種にして夜の王。四方三海に響きし吾の尊き御名を聞くがよい!

 

「吾が名は、ドラゴンタイガー・ダイステイラーなりッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

S.O.N.G.本部尋問室超硬化ガラスの向こう側『モニタールーム』

 

 

『吾が名は、ドラゴンタイガー・ダイステイラーなりッ!』

 

「…………」

 

その場にいる誰もがポカーンと口を開けたあと、立花響がぼそりと言った。

 

「なんか売れない芸人さんの名前みたい…」

 

瞬間、雪音クリス、暁切歌、月読調の三人はほぼ同時に吹き出す。

一人風鳴翼が何事かと周囲を見回したのは、彼女だけ意味を理解できなかったからだろう。

マリア・カデンツァヴナ・イヴは辛うじて唇を震わせるだけでこらえたのは、おそらく最年長装者としての矜持だと思われる。

 

「…確か賭博(ギャンブル)にドラゴンタイガーというゲームがあったと思うから、それから取った偽名か?」

 

風鳴弦十郎をして眉をピクつかせていたが、あくまでいつもの表情を保っていた。

 

「でででも、おっさん、ひひひ、ど、どらごんたいがーって…!」

 

身体を二つ折りにして腹を押さえるクリスに、切歌と調は互いの額をぶつけ合って遠慮なく爆笑中。

現在、こちらの会話は隣室へ聞こえないようにスピーカーを切っていたが、その様子は強化ガラス越しに丸見えである。

 

『どうした貴様ら。何を悶絶しておるのだ?』

 

くだんの夜の王、ドラゴンタイガー氏が不審そうに尋ねてくる。

 

「どうしたもんかな…」

 

スピーカーを切ったまま、弦十郎はボヤいた。

確かに聖法意儀式済みの銀鎖と10トンもの耐荷力を誇る拘束衣を引きちぎった膂力は恐るべきもの。

吸血鬼ではないとは言っているものの、ノーブルレッドと自称している当たりはとても看過できるものではない。

しかし、彼の名乗りのインパクトが凄まじすぎて、それらを一時的に因果地平の彼方まで吹き飛ばしかけている。

 

「あの、司令。わたしと彼を話させてもらえる?」

 

そうマリアが挙手してきた。普段の弦十郎であれば絶対に認めなかっただろうが、今の空気が「ま、いいか」という気分にさせていた。

弦十郎が許可すると、マリアは「ありがとうございます」と一つ頷き、マイクへと向かい合う。

 

「えーと、そこの売れない芸人さん?」

 

『誰が芸人だッ!?』

 

その反応にモニタールームのクリス、切歌、調はほとんど床に突っ伏すような格好で笑い転げる。

自分の呟きが思いの他ウケてしまったため、一緒に笑うわけにもいかない響は、たはは…といった苦笑いを浮かべていた。

 

『おう、そこな娘、響と言ったか? なんと、吾のことが忘れずに会いに来てくれたのかッ』

 

目敏く響を見つけた夜の王が笑みを浮かべている。

 

「って、ゴンタさんが言っているけど?」

 

マリアに水を向けられ、響は目を丸くする。

 

「え? ゴンタさん?」

 

「ドラゴンタイガー。略してゴンタでしょ」

 

「ぶふッ!?」

 

今度こそ響も吹き出し、床に転がっていた他の三人の笑いも更にブースト。

 

「はははは、なんとも痛快だなッ!」

 

「あなたは無理に笑わなくていいから」

 

「あいたッ!?」

 

翼の眉間にビシッと凸ピンを決めて、マリアは再度マイクを握っている。

 

「で、ゴンタさん。聞きたいことがあるんだけど」

 

『誰がゴンタだッ!』

 

ついには四人が床で笑い転げる中、翼だけが何が何だか分からず不安そうに周囲を見回す様子はシュールだ。

マリアは、ようやく笑いを治めて目尻の涙を拭いながら立ち上がった響を指さす。

 

「あなた、この子を襲おうとして鼻血を出してぶっ倒れたって聞いたけど、どういうこと?」

 

すると、硝子越しのゴンタ氏はおもむろにいきり立った。

 

『そうそれよ! 響よ、おまえは日本人であろ? 大和撫子であろ!? であれば、なぜにあんな慎みのない破廉恥な姿を晒すのだッ!』

 

「…へ?」

 

『年頃の娘が、か、肩と太腿を晒すだけでも大概であるのに、よもや、へ、へそまで丸出しにするなど…ッ!』

 

「ひゃあッ!?」

 

思わずS.O.N.G.の制服越しに自分のおへそ当たりを押さえる響。

 

「…まあ、確かにシンフォギアの露出度は高いわね…」

 

そのマリアの呟きに、他の装者たちも笑いを引っ込めてなんとも居た堪れない表情になる。

戦う以上、ギアを纏わなければいけないことを承知している。

しかしながらマリアが言うとおり、下手な水着を着るより露出が多くなることもあった。

ノイズや錬金術師と相対しているときは気にならない格好が、一歩下がって俯瞰してみれば、なかなかに恥ずかしいものに思えてくる。

 

「ってゆーか。太腿やオヘソで興奮するって、ウブを通り越して、むっつりスケベってヤツじゃない?」

 

マリアは言う。

何気なく口にしたものの、むっつりスケベなどというニュアンスが伝わるかは疑問だ。

 

『こ、この吾がむっつりスケベだとぉ!?』

 

伝わった。

 

『このような侮辱、この世界に生まれ落ちてから三度目ぞ!?』

 

前に二度もあるんかい。マリアが唇だけで呟く。

 

「それで、むっつり吸血鬼さん」

 

『いい加減にせんか、そこの年増ピンク頭がッ! さっきから黙っていれば下賤の分際で…!』

 

「…年増? このわたしが、年増?」

 

『おうよ! 貴様から漂うオカン臭は隠しても隠しきれんわ! 若作りしても無駄無駄無駄ぁッ!』

 

「………」

 

『わかったらさっさと去ね! 吾はそこの響に用があるのだッ!』

 

額に青筋を浮かべた笑顔のままのマリアは、隣の響の制服の裾をまくり上げた。

 

「ひゃあッ!?」

 

完全な不意打ちに、引き締まった腹部とおへそが無防備に晒される。

次の瞬間。

 

「ぶふぉうっ!?」

 

間欠泉の如き血潮が、むっつり吸血鬼の両鼻腔より噴出。

それは硝子に衝突し、おびただしい血の滝を作るほど。

さすがにその光景には、モニタールームの誰もが息を飲む。

硝子の表面を血の滝が流れおちると、隣の尋問室には血だまりの中に自称ノーブルレッドが横たわっていた。その身体はピクンピクンと痙攣している。

 

「…死んだかしら?」

 

『殺す気かッ!?』

 

「あ、生きてた」

 

『…貴様ら、あくまで吾を愚弄する気だな? もはや容赦はせん。容赦はせんぞッ!』

 

言うが早いが、ドラゴンタイガー・ダイステイラーの身体が霞んで行く。

 

『霧に転じてしまえば、この部屋などからの脱出など容易いものよ…ッ!』

 

語尾を霞ませながら、細かい霧の粒子は排気ダクトの中へと吸い込まれていく。

この超常を目の当たりにし、さすがに装者全員が顔色を変えた。

 

「お、おっさん! 早く追わないと!」

 

「そうデスよ! 本部の外へ逃げられたら…」

 

クリスと切歌に詰め寄られるも、弦十郎はのんびりと頬を掻いている。

 

「現在本部は潜航中だぞ? さすがにこの深海で外へ逃げられはせんだろうよ」

 

「で、でも、もし誰か他の人が襲われでもしたら…ッ!」

 

調の心配そうな眼差しに、弦十郎は考え込む。

 

「そうさなあ」

 

弦十郎は壁際まで歩くと、そこの電話を取る。

出た相手は発令所の藤尭朔也で、S.O.N.G.総司令は厳かに言った。

 

「今から、本部内の全てのモニターに、プレイメイトのPVでも流しておけ」

 

『…は?』

 

それから調や切歌をちらりと見て、

 

「未成年者もいるからな。そこいらへんは配慮するように」

 

『は、はあ…』

 

そういって、弦十郎が受話器を置いて数分後。

着信したものを取れば、今度の相手は友里あおいだった。

 

『…司令、第二区画で血まみれで悶絶している男を発見しました』

 

「うむ。見つけたか」

 

『なにやら「貴様たちは日本人の尊厳をなくしたのか!?」などと喚いているようですが…』

 

「…丁重にふんじばっておけ」

 

 

 

 

 

 

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