戦姫絶唱ヴァンパイア   作:とりなんこつ

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3.お邪魔する吸血鬼

気づけば、吾はまたもや囚われていた。

日に二度も捕まるとは無様極まりなし。

己自身を罵ったところで開眼し―――すぐに閉じる。

きゃつらめ、今度は吾を拘束してこそいないも、まさか四方八方に女子の裸体の絵を張り付けておくとはなんたる破廉恥な!

吾に対する侮辱もいいところぞ!

 

激昂し、何もかも吹き飛ばしたい衝動に駆られるも、今日の吾はいささか血を流し過ぎていた。

いましばらく身体を休め、力を取り戻さないことには仕方あるまい。

瞑目し、耳を澄ます。

―――ふむ。ある程度声は聞き分けられるな。

いかに部屋を固く閉ざしたつもりでも、吾の耳目から凡人が逃れるのは不可能よ。

 

『…えーと、師匠。そろそろ帰ってもいいですか?』

 

『うむ。そうだな。間もなく本部も接岸するだろうし。ご苦労だったな、響くん』

 

『あちゃ~、もうこんな時間だッ。未来、怒ってないといいんだけど…。それじゃ、失礼しますッ!』

 

ほうほう。響はあの未来という娘のところへ戻るようだな。

丁度良い機会だ。同道させてもらうとするか―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私立リディアン音楽院生徒寮前 PM10:08

 

 

立花響はタクシーを降りて寮へ飛び込む。

大幅に門限を越えてはいたが、そこはS.O.N.G.本部からの根回しがあった。

だからといって大っぴらに出入りしては、他の寮生に訝しがられてしまうだろう。

静かに、最速で、最短で、一直線に。そのさじ加減はなかなかに難しいところだ。

カードキーを使うのももどかしく、部屋のドアを開ける。

後ろ手にしっかりとドアを閉めてから、響は最愛の人へと全力で声を放った。

 

「未来ッ! たっだいま~!」

 

「響ッ! おかえりなさいッ!」

 

奥から走ってきた未来と、玄関先でしっかりと抱き合う。

 

「もうッ、響ったらッ! 弦十郎さんから連絡はあったけど、心配したんだよッ!?」

 

「あはは、ごめんごめんーッ。わたしもこんなに遅くなるなんて思ってなくてさー」

 

「でも良かった、何もなくて。ご飯できてるよ!」

 

「うん、お腹ぺこぺこだよッ!」

 

「それじゃあ、お話はご飯を食べながらゆっくりと、ね?」

 

「やった~! 今日はビーフストロガノフだッ!」

 

「ふむふむ。なかなかに美味そうだな」

 

「ッッ!?」

 

反射的に未来を背中に庇う響。

そんな彼女らの視線の先にいるのは―――。

 

「むっつり吸血鬼ッッ!」

 

「誰がむっつり吸血鬼だッ!」

 

牙を剥きだしにする赤き貴種。

タキシードのような洋装を纏う威容は、まさに夜の王が相応しい。

 

「じゃあゴンタッ!!」

 

「ゴンタでもないッ! 吾の気高き名を聞き忘れるとは、霊長としての鼎の軽重を問うぞ!?」

 

「え? え、えーと、確か、タイガー&バニー・アンダーテイカー?」

 

「おしいッ! ッて大分違うわッ!!」

 

「めんどくさいから鼻血ブースケでいいや」

 

「適当にも程があるであろッ!?」

 

「あの…鼻血ブースケさん?」

 

「だからちーがーうーッ! っと、未来か。そういえばお主には吾の名を聞かせてなかったな。では、改めて尊名を聞かせ賜うぞ!!」

 

未来をなおしっかりと庇う響の前で、夜の王は朗々と歌うようにその名を口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「吾の名は、ドラゴンタイガー・ダイステイラーなり!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…売れない芸人さんかな?」

 

「だよねッ! 未来もそう思うよねッ!?」

 

「おぬしらなああああああ~ッ!」

 

「ッ! やる気ですかッ!?」

 

「あ、いやいやいや! 別におぬしたちと敵対するつもりで来たのではないッ!」

 

そういってドラゴンタイガー・ダイステイラーは手を振る。

それでも響は油断なくギアペンダント握りしめたままだ。

 

「だから待て! それを使って変身する気構えは分かるが、この瀟洒な部屋を血まみれにしても良いのか?」

 

「あ…ッ」

 

冷静に考えてみれば凄い脅迫もあったものだが、響に気づく余裕はない。

 

「吾がここにきた目的は、おぬしらと腰を据えて話をしてみたかったからだ」

 

「そんなことッ! いきなり襲ってきたくせに!」

 

「その件について、これこの通り。正直、済まなかった」

 

「………」

 

「それともう一つ」

 

「もう一つ?」

 

「出来れば、そこな料理を、一緒に相伴させてもらえぬか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…吸血鬼って、普通のご飯も食べられるんだ」

 

スプーン片手に茫然としている響に、夜の王は牙を剥く。

 

「そもそも吸血鬼という概念自体、おぬしら人間の創作物というておるであろ?」

 

「つまり、ドラゴンタイガーさんもわたしたち人間みたいにお腹が空くってこと?」

 

「うむ。お替り感謝するぞ、未来よ」

 

にっこり微笑まれ、未来も悪い気はしない様子。

というのも、この吸血鬼、見た目だけなら貴族然としてかなり秀麗な容姿を誇る。

それでいてがつがつとビーフストロガノフを食べる様は、ギャップもあって微笑ましく見えるのかも知れない。

 

「いや、こんな温かい食事を摂るのは数十年ぶりか。馳走になったな」

 

「お粗末さまでした」

 

すると、自分のビーフストロガノフを平らげていた響が素っ頓狂な声を上げた。

 

「あ、でもいまここに鼻血ブースケがいるなら、いまごろS.O.N.G.本部は大さわぎかもッ!」

 

「だからなあッ! ……はあ、まずはいい。響が気にかけたのは、囚われの吾のことか?」

 

スプーンをくわえてコクコクと頷く響に、見た目だけなら好青年な吸血鬼は不敵に笑う。

 

「あすこに吾がいて、ここに吾もいる。ただそれだけのことよ」

 

「へ?」

 

「吾にとってはごく自然なことさ。もっともおまえたちに人間にとってその在り方自体理解できぬかも知れぬがな」

 

「分身ってこと? そして、ここまでわたしにくっついて来たってわけ?」

 

「まあ、おおむねそんな理解で良いであろ」

 

「じゃあ、いつの間にわたしにくっついてきたの?」

 

「こうだ」

 

言うが早いが黒タキシードの姿は霧のように霞む。

そのままキラキラとした霧はゆっくりと室内を回遊し、響の上着のポケットへと潜り込む。

響が慌ててポケットを探れば、すぐ目前に黒衣の吸血鬼は再び形をとっていた。

ニヤリと笑う姿に驚きつつも、響は改めて表情に警戒の色を露わにする。

 

「はい、ドラゴンタイガーさん」

 

「うむ、気が利くな」

 

お茶を手渡す未来に、響が半ば叫ぶように言った。

 

「もうッ! 未来ったら無防備すぎだよ!? 仮にも一度はわたしたちを襲ってきた相手なのに…ッ!」

 

「でも、きちんと謝られたよね? それに何があっても響が護ってくれるって信じてるし…」

 

「未来…」

 

少なからず感動している響に、未来は横を向いて小声でぼそっと呟いてる。

 

「―――どうせわたしが止めても誰にでも手を差し伸べるでしょ?」

 

「ん? 未来、いま何かいった?」

 

「ううん。別に?」

 

満面の笑みを浮かべる最愛の人を傍らに、ようやく響も話を聞く気になったらしい。

 

「それで? わたしたちと何を話したいの?」

 

「うむ。知っての通り、今日、吾はおまえたち二人に声をかけたわけだが。二人に魔眼が効かなかったのがちと気になってな」

 

「へ? そうなの?」

 

「響、おぬしの場合、隻眼の神の加護があったと納得も出来るが、未来よ、おぬしは何かしらの加護を受けているのか?」

 

問われ、未来は少し考え込む。

 

「うーん…。心当たりがあるような、ないような」

 

遡ればFISのウェル博士にも何かしらの処置を施されたし、先だって風鳴赴堂に囚われときも同様で、かつ一旦は神の憑代となった身ではある。

神と引き離された時、それらはまとめて浄化されたのだと思っていたが、どうなんだろう?

さらに穿った考え方としては、まだシェム・ハとしての神性の残留していて魔眼を払ったのかも。

 

「…何やら込み入った事情があるようだな」

 

重々しくいってから、吸血鬼は提案してくる。

 

「そこでだ。おぬしらの血を、少し吾に飲ませてくれないか?」

 

「はあッ!? な、なんで!?」

 

()()よ。血を得ることこそが血得=智恵だ。ほんの一滴でも飲ませてもらえば、おぬしたちのことを隅々まで理解するに吝かではない」

 

「で、でもッ! それってわたしたちの首に齧りつくってことでしょ!?」

 

「本音を言えば、その誘惑に抗いかねるほどの情動を催しているところなのだが」

 

ねっとりとした視線を受け、未来がヒッ! と首筋を手で押さえる。

 

「ああ、怯えさせてしまったらすまん。指先を針ででも突いて、ほんの一滴で構わんのだ」

 

「だとしてもッ! なんでわたしたちなの!? なんでそもそもわたしたちに声をかけたのッ!?」

 

魔眼が効かないと判明したのは声をかけた後である。響の根本的かつ最もな疑問に、赤き貴種は真摯な表情と声で答えた。

 

「それはおぬしたちが可愛いからに決まっているだろ?」

 

「…ッ! そんなナンパするみたいにッ」

 

「明言しておくが、軽薄な気持ちは微塵もないぞ? おまえたちが見目麗しいのはもちろんだが、その魂の美しさは、長い時を生きてきた吾を持ってしても、なかなかの比類ないものと見ている」

 

見た目だけは眉目秀麗で、かつ紺碧のような叡智を宿す瞳の持ち主である。

響、未来ともに、異性からこれほど真っ直ぐかつ真剣な称賛を受けたことはなかった。例え相手が超常の存在であったとしても。

 

「う…」

 

「どうした?」

 

「恥ずかしいんですよッ!」

 

動揺しまくりの響に、赤き貴種にして夜の王は笑う。

 

「鳥が羽ばたきを讃えられて恥ずかしがる道理はあるまい? その在り様こそが美しいのだから」

 

未来にいたっては顔を真っ赤に染めて俯いてしまっている。

 

「まあ、吾を捕えていたあの部屋の隣にいた連中も、みなそれは美しい魂の持ち主であったな。機会があれば、ぜひ全員の血を賞味したいところだ」

 

―――だが、あのピンク頭だけは後で絶対に泣かす。

心の中でそっと誓い、ドラゴンタイガー・ダイステイラーは改めて響と未来を見やる。

それから優しい声音で言った。

 

「吾がお主たちを見初めた理由を納得してくれたかや?」

 

「そ、それは分かったけれど…」

 

響は両頬に手を当てている。熱い。

どこかぼーっとした表情の顔を上げて未来は言う。

 

「…血を飲んで、悪いことしませんか?」

 

「未来ッ!?」

 

響が諌めるように声を上げるも、目前の吸血鬼は美青年の容姿に喜色を浮かべる。

 

「おお、くれるのかッ? うむ、吾の名と赤き貴種の尊厳に賭けて、誓って悪用はせぬ。そもそも一滴程度では、さして吾の()とはならんからな。安心しろ」

 

「…響。わたしは一滴くらいなら上げてもいいと思うんだけど…?」

 

「んー…」

 

最愛の人の台詞に、響は考え込む。しかし、彼女もだいぶトロケきった顔つきになっており、その逡巡も長くは続かない。

 

「…一滴だけ! 一滴だけだからねッ!?」

 

「うむ、感謝するぞ!!」

 

おそらく、世の中の女性のほとんどを魅了する満面の笑顔を前に、響と未来が理性を保てたのは、前述の加護があったからに違いない。

 

「…それじゃあ」

 

未来が裁縫箱から待ち針を一本持ってくる。

それを人差し指の上に当てた。

 

「んッ」

 

プツっという微かな音のあと、白魚のような指の上に、血玉が浮かんでくる。

 

「ほら、響も」

 

「ありがと、未来」

 

渡されて、響も未来に倣って指先へ針と突き立てた。

 

「では、馳走になろう」

 

ドラゴンタイガー・ダイステイラーはその場へと跪く。

そうして置いてから長身を折るようにして少女たちに顔を向けた。

 

「勿体ないから零すでないぞ?」

 

その声に、未来と響は頷きあい、その牙の生えた口の上で指を翻す。

この時点で、両名共に、背筋にゾクゾクするような背徳的な快感を覚えていた。

二つの細い指の先端から、二つの小さな血の玉が、牙あるものの口へと落ちて行く。

それを舌先で受け止めて、吸血鬼は顔を上げた。

丹念に舌先で舐るように味わっている姿に、響も未来もまた背筋をゾクゾクとしたものが上下する快感を味わう。

 

「やはり、かつて味わったことのない至上の甘露よ。…思った通り、二人とも未だ乙女のようだしな」

 

「!!」

 

火が噴き出るかのように顔を真っ赤に染める響、未来両名。

 

「ふむ。なるほど、二人とも斯様な経験を…」

 

なお舌先を動かしながらどこか遠くを見るような眼差しをする吸血鬼だったが、不意にその顔が赤くなる。

 

「…なッ!? おぬしら二人して、毎夜毎夜あんなあられもない…ッ!?」

 

鼻を押さえながらふがふが言う吸血鬼に、響と未来は更に顔を赤くするも、そこは阿吽の呼吸で行動を起こしていた。

 

「未来ッ!」

 

「うん、響ッ!」

 

未来が浴室の扉を開け放ち、そこに響がむっつり吸血鬼を投げ込んだ。

そして未来が扉を閉じた途端、小さな爆弾が破裂するような音が響く。

びしゃっ!と扉に血が飛び散っている様は、まるでスプラッター映画の一場面のごとし。

未だ赤い顔で浴室前にペタンと座り込む二人。

取りあえず昼間のように真正面から鼻血を浴びる惨状は避けられたわけだが、まだお互いの動悸は早いままだ。

 

「…あ」

 

「どうしたの響?」

 

「今夜のお風呂、どうしよう?」

 

「…シャワーでよく洗い流せば、駄目かな?」

 

「こんなルミノール反応が出まくりの浴室なんて嫌だよ…」

 

 

 

 

 

 

 

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