戦姫絶唱ヴァンパイア   作:とりなんこつ

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4.就職する吸血鬼

ふむ。響と未来のところの吾は噴血して文字通り力を失ったか。

にしても、浴室に放り込んで蓋をするとは乱暴にも程があるわ。

まあ、一応挨拶して、今宵は引き取ろう。

 

…やはり少々力を使いすぎた。あやつらの血の一滴、二滴では補いはつかぬか。

ふふ、いずれ存分に喉を潤したいものだな。

ともあれ、今は眠るとしよう。

願わくばこの眠りは永久(とこしえ)の眠り―――死の眠りに繋がらんことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

S.O.N.G.本部発令所 AM9:00

 

「では、今朝の引きつぎ事項はこれまでだな」

 

「はッ」

 

風鳴弦十郎の声に、ファイルを小脇に抱えた友里あおいが応じる。

そのまま身を翻す弦十郎に、藤尭朔也が声をかけた。

 

「司令、どちらへ?」

 

「司令室でデスクワークさ。なにかあれば呼んでくれ」

 

なんとも言えない表情を浮かべる部下に見送られ、弦十郎は発令所を出た。

もっぱら司令として指揮を飛ばしてばかりと思われる弦十郎であるが、役職に応じた書類仕事も存在する。

デスクワークは苦手ではないが、弦十郎が部下同様に微妙な表情を浮かべている理由は明白だ。

あのドラゴンタイガーとか名乗った吸血鬼。

一応、捕縛はしているが、あの存在をどう上層部に報告すればいいのものやら。

実際のところ、S.O.N.G.サイドとしても、よく分からないとしか言いようがない。

本日、錬金術師でもあるエルフナインを交えて再尋問する予定ではあったが、とりあえず先日分としての報告書を作らねば。

…当座は、玉虫色の文言を並べて乗り切るしかないか。

竹を割ったような性分の弦十郎にとって、その手のお役所的な表現は生理的に受け付けない。

しかし、時として腹芸や詭弁を弄さねばならない立場であることも重々承知していた。

ならばこそ彼がうんざりとした表情を浮かべていることも頷けよう。

 

滅多に在室していることのない司令室であるが、そのセキュリティは万全である。

掌と瞳の生体認証をクリアしなければドアは開くことはない。

これは、室内に書類としての極秘ファイルが幾つも保管されていることにも拠る。

一応全てはデジタル化されていたが、いまだ書式信奉が根強い日本であった。

部屋へ入れば、権威を示すように黒塗りのプレジデントデスクが正面にある。

不意に、弦十郎は眉を顰めた。デスク前の重厚なチェアがこちらに背を向けていたのだ。

以前に使った際には、そんな向きのままにして出た覚えはない。

その椅子がクルリと回転し、弦十郎は息を飲む。

 

―――全く気配を感じなかったぞ!?

 

油断なく身構えながら、額を冷たい汗が伝う。

目下の悩みの種であるところの吸血鬼が、椅子に座ったまま笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

S.O.N.G.本部司令室 AM9:07

 

 

おはよう(ブーナ ディミニャーツァ)

 

吾の挨拶に、目前の偉丈夫はたじろいでいる。

たしか風鳴弦十郎という名だったかな?

 

「貴様、なぜここに…」

 

「人を吸血鬼呼ばわりしてくれたからに、ルーマニア語の挨拶はなかなかの諧謔であろ?」

 

「吸血鬼なら、先日のように霧に転じてどこも出入り自由というわけか…?」

 

拳を構えるその佇まいからして、人の身としては中々に練り上げられた体躯をしておる。

かつてティリンスに居を構えていた半神半人と呼ばれた美丈夫を思いだすな。

 

「それで、わざわざ忍んできた用件はなんだ?」

 

「当意即妙で助かるぞ」

 

吾は胸の前で手を組み合わせて微笑んだ。

 

「お世辞は結構だ」

 

「実は昨晩、響と未来から血を貰ってな」

 

一瞬で空気が引き締まる。

ははは、この殺気、なかなかに気持ちが良いぞ。

 

「貴様、まさか響くんと未来くんを…!?」

 

「早合点するでない。何も喉首に牙を突き立てたわけではないぞ。ほんの一滴頂戴しただけだ」

 

「ならば、今度はオレの首に牙を突き立てるつもりか?」

 

「生憎と男の血を頂く気にはなれぬな。それが如何な美丈夫といえど」

 

しかし、まあ、なんとも伝承伝説に毒されている連中だな。

吾としては呆れるしかない。

 

「再三苦言を呈したと思うが、貴様等の考えている吸血鬼は創作物であると心得よ」

 

曰く。

吸血鬼に血を吸われたものも吸血鬼となる。

吸血された人間は、吸血鬼にとっての下僕となる。

吸血鬼は日光を恐れ、心臓に杭を刺されれば滅びる。

 

かのアイルランド人の小説が膾炙した結果であろうが、全ては噴飯ものだ。

 

「だいたい考えてもみろ。吸血鬼が吸血鬼を産むなら、今頃人類は疾うに総吸血鬼と化しておるわ」

 

「…む」

 

「『吸血鬼ノスフェラトゥ』という映画の影響も大きかろう。黒死病をばら撒くもの=死を撒くものというイメージを吸血鬼に定着させたからな」

 

「ああ、その映画ならオレも見たことはある。良い古典ドイツ映画だった」

 

「元は創作や娯楽と言えど、それを膾炙し、伝説を糊塗して元の真実さえ捻じ曲げてしまう。恐るべきは人の認識とその想いを伝える力よ」

 

「………」

 

吾が嘯くと、何やら弦十郎は腕を組んで考え込んでしまった。

わざと音高く指を鳴らしてその注意を引く。生憎、今日は人類の認知を積層させる力についての講義をしにきたわけではない。

 

「ともあれ、響と未来から吾は血を得た。引いては彼女らから先日の無礼の許しを得たといっても過言ではあるまい」

 

「…なにが言いたい?」

 

「なれば、吾を不自由に戒めておく理由は那辺に?」

 

被害者と和解した以上、吾を止めおく理由がなくなる。

現状のまま拘束を続ければ、吾こそが被害者になることは明明白白。

 

「では、解放しろと?」

 

「その物言いこそ無礼だな。吾が身のことは、貴様たちの言うところの不当逮捕、もしくは監禁というものに該当するのではないか?」

 

弦十郎が冷や汗を流しているのが分かる。

昨晩、色々と耳をそばだてた結果、このS.O.N.G.という組織は古の技術の保管や超常に立ち向かうために作られた専門集団ということが分かった。

その主義に当て嵌めれば、吾も立派な活動対象となるだろう。

しかしこれ以上拘束しようにも、今のところ吾は無害だ。敵視する理由もない。

だからといって将来の禍根を断つために、などと名目を立てれば本末転倒。

世界平和とやらの大義の看板が空転するだけだ。

 

「………」

 

ギリリと歯噛みする風鳴弦十郎という男。おそらく命を賭けても筋を通す益荒男と見た。

ならば、あまり嬲るものではないか。

 

「そこで取引を所望する」

 

「…取引、だと?」

 

「うむ。吾は貴様等の組織の保護下に甘んじよう。もちろんそれなりの自由は確約してもらった上での話だがな」

 

「こちらのメリットは?」

 

「少なくとも貴様等の組織としてのメンツが立つであろ?」

 

「…申し出は理解した。しかしすぐに返事は出来かねる。検討する時間が欲しい」

 

「その時間を徒らに過ごすのも無為だな。吾のもう一つの要望にも応えてもらおう」

 

「断っておくが、職員の身柄や血液の提供は拒否させてもらうぞ?」

 

こちらを睨みつけてくる気概や良し。

吾はその圧を柳に風と受け流し、答える。

 

「なに、難しいことではない。この部屋にある書類を自由に閲覧させてもらえれば良いのだ」

 

「なんだとッ!?」

 

先日、響と未来から吾は血を得た。

よって彼女らの全てを理解―――とは易々と至らない。

本来なら脳裏に浮かぶはずの光景が、所々ぼやけている。畢竟、理解が覚束ない部分が多々見られ、実に不思議だ。

さすが吾の見初めた娘たちよ、と自画自賛する一方で、原因に心当たりがないでもない。

 

昨今の人間流にいえば、吾は血を飲んだ人間のあらゆる記憶に対し、絶対的なアクセス権限を持っているとしよう。

その上でアクセスできない記憶が存在するということは、吾と同等、もしくは上位の存在と関わった証左だ。きゃつらのいる記憶そのものが吾の智を得ようとする能力と反撥、もしくは干渉してプロテクトを発動。結果、映像を結ばせないのだ。

 

ご丁寧に長広舌を振るって説明してやると、弦十郎はううむと太い声で唸っている。

 

「なるほど。確かにオレたちは幾つもの先史文明の遺産と闘ってきた…」

 

「しかして、解決策は単純よ。血で贖えないなら、智で補う。書物とされた智でな」

 

ゆえに、その闘いの記録を見せよ。吾の申し出も単純であろ?

弦十郎は少々逡巡する素振りを見せたが、結局頷いた。

 

「分かった。好きに閲覧するがいい。ただしこの部屋の中でのみと条件をつけさせてもらうが」

 

「言われるまでもない。そもそもこの程度、小一時間で読破出来るぞ」

 

そう密約を交わし、書類を紐解いた吾だったが、さっそく頓狂な声を上げることになるとはさすがに予想だにしなかったわ。

 

 

 

 

 

 

 

S.O.N.G.本部司令室 AM9:15

 

 

目前の吸血鬼の申し出に、弦十郎は実に縦横に思考を巡らす。

どうやらコイツも、先史文明と一方ならぬ関わりを持っているようだ。

極秘ファイルの閲覧については、司令室に気づかれず侵入が出来るのだ。その気になれば黙って見ることも出来るだろうに断ってくるところから、こちらに対して筋を通そうとする意志を感じる。

いかな超常の存在といえど、意思の疎通が出来て敵対や交戦の意欲もないというなら、敵視する理由はない。

むしろ読ませることによって、先史文明の遺産についての見解や情報を―――すくなくともその片鱗でも齎してくれるのではないか?

かのシェム・ハとの戦いは済んだものの、異端技術の発見報告数まで減退したわけではない。情報を得てこそ、対策の立てようがあろう。

そう判断し、ほぼ独断で許可を出した弦十郎が一身に責任を負う覚悟を決めたことは説明するまでもない。

さっそく手近なファイルを数冊抜き取って手渡せば、ぱらぱらと捲っていた吸血鬼がにわかに頓狂な声を上げた。

これには、さすがに弦十郎も度胆を抜かれかける。

 

夜の王にして赤き貴種。ドラゴンタイガー・ダイステイラーは大声でこう叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィーネ! 生きとったんかワレェッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おまえはフィーネと知り合いなのか?」

 

たっぷり茫然としてからそう訊ねると、吸血鬼は苦虫をまとめて一万匹ほど噛み潰したような顔をしている。

 

「あの性悪女とは、恋仲だったこともある」

 

「なんだとッ!?」

 

「昔の話よ。…されど、なんで貴様が驚いているのだ?」

 

「それは、う、うむ、なんとも俗的な驚き方をすると思ってな」

 

「ふん。抜かれた血の気は俗気で補うしかなかろう」

 

その台詞は本気か冗談か判断がつかない。

ごほん、と誤魔化すようの大きな咳払いを一つしておいてから、弦十郎は尋ねていた。

 

「も、もし構わなければ、それら先史文明に纏わる詳細な話を聞きたいのだが…」

 

口にして、迂闊と悟った時にはもう遅い。少なくともこちらが興味を持つ素振りを見せるのは下策も下策。

 

「そうか。知りたいのか―――」

 

果たして吸血鬼は悪魔のような笑みを浮かべていた。

 

「ならば、改めて吾の待遇に関しての約定も話し会おうではないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

S.O.N.G.本部発令所 PM17:15

 

 

「…こちらが、今日付けで非公式アドバイザーに着任されたドラゴンタイガー・ダイステイラー氏だ」

 

「みな、よしなに」

 

吸血鬼の微笑みに、発令所に集められた装者たちは揃ってポカンとした顔つきで応えるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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