戦姫絶唱ヴァンパイア   作:とりなんこつ

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7.手合せする吸血鬼

S.O.N.G.本部発令所 AM10:25

 

 

ドラゴンタイガー・ダイステイラー (偽名?)

 

身長 約180cm

 

体重 推定 62㎏

 

外見年齢 20~30歳?

 

頭髪 茶色

 

瞳 青色

 

身体特徴 ゲルマン系の特色が認められる?

 

備考 あらゆるスキャンを受け付けないため、筋骨格、内臓配置などの詳細不明―――。

 

 

 

 

「ふうむ…」

 

調査部の報告書を読み流し、弦十郎は渋面を作る。

S.O.N.G.の誇る科学捜査能力を総動員してこの程度か。

何一つ確定的なことが羅列されてないところなど、いっそ清々しいほどだ。

逆説的に相手が超常の存在であるとの証明になるのだろうか?

 

渋面を崩さないまま、弦十郎は司令席のディスプレイにあらたなファイルを展開させる。

それは、今朝がたにエルフナインから送られてきた報告書だ。

 

 

『…ティアマトの孫をという表現の真偽は一旦横に置いておくにしても、マルドゥク(シュメール語ではアマルトゥ)神との対比を考えるに、この場合のドラゴンは随龍ムシュフュを指していると思われます。

このムシュフュは、ティアマトの作成した対マルドゥク霊獣ということでしたが、ティアマトが倒された際にマルドゥクの軍門に下り、彼の乗獣になったとエヌマ・エリシュにあります』

 

タイガーの語源は母なるチグリス川。

そしてムシュフシュと呼ばれるドラゴン。

おのずとドラゴンタイガーという俗と思われた名も、意味深長に思えてくる。

 

『先の映像を見る限り、古事記や北欧神話、古代バビロニア神話といった様々な伝承が一堂に会していました。これらそれぞれの伝承が破綻せず入り混じっている超古代史は、ボクたちの近代認識では理解することは困難でしょう。循環参照ないしエピメニデスのパラドックス的な視点で、その概要を把握するしかないのかも知れません。

同時に各種神話に登場する神々の名前が出てきました。彼らが実在していたと仮定すれば、古代文明史そのものも勿論、神や人、その他の既存の単語の定義すら見直す必要があると思われます』

 

現代における人間の価値観など、たかだか数千年の歴史しか存在しない。

さらにその前に存在した文明に置いては、使われている言語も違えば、その意味すら全く異なる可能性がある。

 

「…先史文明だ異端技術だ聖遺物だと、いま我々が使っている言葉自体、まったく見当違いなのかも知れないな」

 

おそらく、現代の人間が過去を都合の良いように定義、解釈して記し、伝えてきた記憶。それが歴史なのだろう。

そして、先ほども言及したが、人間としての価値観に普遍性が確立されてたかだか数千年。

それ以前の出来事に関して、現代の価値観で測ろうとすること時代無謀なのかもしれなかった。

 

結論から行ってしまえば、エルフナインのレポートも『よくわからない』としか言いようがないもの。

そのことで彼女を責める気はサラサラない。

むしろ、弦十郎はどこかすっきりとした顔で席を立つ。

 

「ならば、オレなりに都合の良いように解釈させてもらうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

S.O.N.G.本部 多目的戦闘シミュレーションルーム AM11:00

 

 

手裏剣が空を切る。

 

「…緒川さんの一撃が当たらないッ?」

 

驚愕の声を漏らしモニターを見つめる翼の視線の先で、緒川慎次が顔の前で呪印を結びながら疾駆している。

 

「ふッ!」

 

新たに放たれるクナイには紐がついていた。

それをかわすは吸血鬼ドラゴンタイガー・ダイステイラー。

縦横に放たれ、かわされたと思った二本のクナイは、ついていた紐が一瞬で燃え上がる。

 

「むッ!」

 

軽い驚きを見せるダイスに向かい、炎の紐が蛇のように絡みつこうとする。緒川の駆使する火遁だ。

だが、落ち着いた様子で吸血鬼はその炎を掻い潜る。

 

「よしッ!」

 

快哉の声を上げたのはモニタールームの翼だ。

かつて緒川に師事したことのある彼女ゆえに、師の行動は手に取るように分かる。

この火遁の術は陽動で、本命は―――。

 

「緒川さん! いまです、影縫いをッ!」

 

しかし。

 

「ッ!」

 

緒川の手が止まっている。

その様子をみて、ダイスはにやりと笑った。

 

「知らんのか? 吸血鬼には影が出来ないのだぞ?」

 

そして無造作にダイスは手を振るった。

手刀の一撃を受けて緒川の身体は寸断―――されていない。

吸血鬼が寸断したのは、細い丸太。

 

「ほう?」

 

感嘆の声を漏らすダイスに、いつの間にか背後に回りこんだ緒川が逆にひじ打ちを決めた。

 

「!?」

 

しかし、その吸血鬼の姿は一瞬で霧散。

続いて緒川の背後で声。

 

「やるな」

 

そう呟いてダイスが一撃を叩き込めばそこに緒川の姿はなく、丸太が転がるのみ。

さらにその背後に回り込んだ緒川が蹴りを振り下ろせば、吸血鬼は霞へと転じ―――。

結果として、シミュレーションルームには、盛大に丸太が転がることになる。

 

「すげえけど、なんか玉ねぎの皮を剥いているみたいだな…」

 

雪音クリスが呆気にとられて呟く。

空蝉と霞に転じ続ける攻防は、まさにそう評するに相応しい。

だが、玉ねぎとて永遠に皮を剥き続けられるわけもなく。

 

「…すみません。降参です」

 

肩で荒い息をしながら緒川が両手を上げた。

 

「緒川さんが、負けた…?」

 

翼が茫然とした声を上げるのも無理はない。彼女をして、緒川がこれほど盛大に呼吸を乱すのを初めて目にしていた。

 

「ふむ。人間にしては大したものだ。さすが忍者マスターといったところか?」

 

ダイスの称賛に、緒川もどうにか呼吸を整えて笑顔になって謝意を示す。

 

「では、次はオレの番だな」

 

「師匠!?」

 

ジャージ姿の弦十郎の登場に、響を筆頭に装者たちが色めき立つ。

なにせ装者全員でも敵わないS.O.N.G.総司令だ。

おそらく人類で最高級の戦闘力を持つ弦十郎と、超常存在である吸血鬼ドラゴンタイガー・ダイステイラーとの手合せは、事情を知る人間にとってとても無視できるものではなかった。

太い拳をずいと前に出しながら、弦十郎は自分に語りかけるように言葉を放つ。

 

「どうもオレは無駄に考えこんでしまう性質(タチ)でな。いかな相手が超常であっても、この拳が通用すれば、あとはどうにでもなるッ!」

 

「言葉の意味は分からぬが、迷いなき良き闘志よ」

 

ニヤリと笑って応じるダイスに向けて、弦十郎は裂帛の気合とともに正拳突きを放つ。

目にも止まらぬ拳速は、受け止められて初めて周囲の空気を巻き込んだ。

地鳴りのような音を立ててその拳を受け止めたダイスは、しかし微動だにしていない。

むしろ涼しい顔で告げる。

 

「ほう。人間にしてはおそろしく練り込まれているのう」

 

「…お褒めにあずかり恐悦至極ッ!」

 

続けて放たれる弦十郎の蹴りも柳に風と受け流し、ダイスは逆にその勢いを持って投げ飛ばす。

おそらく十数メートルは投げ飛ばされた弦十郎だったが、着地と同時に地面を放射状に抉るような震脚を炸裂。一瞬で間合いを詰めて、吸血鬼へ向かって拳を振るう。

 

「…すごいッ!」

 

響の感嘆の声は、改めて自分の師匠の戦いぶりを思い知ったからか。それともその猛攻をさばく吸血鬼を目の当たりにしたからか?

そんな彼女が更に目を見張ったのは、弦十郎の拳が的確に吸血鬼を捉えはじめたからだ。

 

「いけッ! おっさんッ!」

 

いつの間にかクリスも拳を握りしめて声を上げていた。

彼女だけではない。装者全員が、自分たちの司令に向けて激励の言葉を投げている。

以前の響であったら、クリスたちと一緒に弦十郎を躊躇いもなく応援していたことだろう。

しかし、今の彼女は、そうすることが躊躇われた。

それはなぜ―――?

 

「ッ!?」

 

逡巡する響の前で、決着はついていた。

弦十郎の拳は深々と吸血鬼の胴体を穿っている。

 

「やったーッ!」

 

切歌と調が歓声を上げ、翼もクリスも喜びの表情を浮かべる中、一人血相を変える響がいる。

 

「うそ…。ダイスさん、死んじゃったッ!?」

 

その声に、ようやく他の装者たちも異変に気づく。

拳を抜かれ、文字通り胴体に風穴をあけられたダイスの身体は、地面に横たわりピクリともしない。

その身体は霞のように消えるわけでもなく、そこにあり続けている。

 

「うそ、うそうそうそッ! ダイスさん!?」

 

浮き足だった響がモニタールームの出口へと向かう。

 

「あのエロ吸血鬼ッ! 調子にのるからッ!」

 

響に半瞬遅れて血相を変え、マリアもモニタールームを飛び出そうしたその時。

 

「いやいや、大した偉丈夫だの」

 

彼女らの背後から声。

 

「!?」

 

見れば、椅子に腰を降ろし、優雅に茶器を口に運ぶドラゴンタイガー・ダイステイラーがいた。

 

「ダ、ダイスさん? 無事だったんですかッ!?」

 

驚く響に、

 

「いや、さすがにあの相手はそれなりに質量をもった分霊で相対しなければのう」

 

呑気に答える吸血鬼。

それから改めて見れば、弦十郎の前に横たわった吸血鬼の身体は、地面に染み入るように消えていく。

 

「…なによ、驚かせるんじゃないわよ、この童帝ッ!」

 

「む? 心配してくれたのか? ただの嫌味くさいマリア、略してタイマよ?」

 

「ッ! トーゼンでしょ! 司令たちなんて前座で、このあとのわたしたちとの手合せが今日の本命なんだからッ!」

 

肩を怒らせて断言するマリアだったが、彼女の台詞自体はまったくの事実だった。

本来的に、FISチームとの手合せをマリアが希望し、そこに緒川らが割り込んできた格好。

 

「…本当におぬしらの相手をしなければならんのか?」

 

改めてシミュレーションルームへと引っ張り出され、溜息をつくダイス。

 

「なによ、怖気づいたわけ?」

 

挑発的な言動を向けてくるマリアを見て、ダイスはぽつりと言う。

 

「いやさ、おぬしの纏うそれは、エンキの左腕であろう? 吾はあやつとは浅からぬ因縁があるでな。正直、苦手なのだ」

 

「なあに? この期に及んで言い訳するワケ?」

 

「別に言い訳するつもりないが…」

 

その二人のやりとりをモニタールームでハラハラしながら見守る響がいる。

肩をポンと叩かれて振り向けば、クリスが立っていた。

 

「なんだ心配してんのか、おまえ?」

 

「そりゃあ…心配っていうか」

 

「ま、おまえが心配するのも無理ないか。アイツらにしちゃ意趣返しみたいなもんだしな」

 

そもそものあの吸血鬼自体が、響の変身を見て鼻血を噴くのである。

それが三人分の装者に変身されて平静を保てるものか?

ましてやマリアは響以上の恵まれている身体をしているというのに。

 

「逆にいやあ、鼻血の一つも噴かせられにゃ、自分の魅力がないってことになるもんなあ…」

 

響に聞こえないようにクリスはそっと呟いている。

なんでよりによってこのバカを見初めたんだ、あの吸血鬼は…?

 

ともあれ、手合せというより公開処刑に近いものになるのでは? 響の疑念はそこに尽きる。

なにせ普段からして始終口げんかをしている二人だ。

クリスも先ほど言っていたが、日々の口げんかでストレスを溜めたマリアの仕返しである可能性が高い。

だとしても。

 

「ううん、わたしはマリアさんを信じているよ。マリアさんはわたしよりずっと大人だし」

 

そしてダイスさんも大人だ。

大人同士、仲良くして欲しいと響は切に願う。

 

「…分かったわ」

 

その願いが通じたのだろうか。マリアは自らの出陣をあっさりと引込めた。

 

「その代わり、この二人とは手合せしてもらうわよ?」

 

「ふむ。ザババの加護を受けた二人か。相手にして申し分なしよ」

 

「決まりだわ。調ッ」

 

「はい」

 

マリアの声に、少し緊張した調の返事。

続いて。

 

―――Various shul shagana tron…。

 

「よしッ」

 

シンフォギアを纏い、耳のあたりにヨーヨーを構えてダイスを見つめる調がいる。

 

「………」

 

「よしッ」

 

「………」

 

「よしッ」

 

「………どうした、調よ?」

 

幾度か決めポーズを繰り返しても無反応の吸血鬼に、調の表情は少し泣きそう。

 

「…なんで鼻血を噴かないの?」

 

「ふん。吾だっておぬしたちに付き合っていたらいい加減慣れるわ」

 

胸を張って鼻を鳴らすダイスだったが、慌てて調に対し言い添えてくる。

 

「いや、だからといって調に魅力がないわけではないぞ? 実に可愛らしい。将来が楽しみぞ?」

 

フォローされ、どこか釈然としない風だったが、調は笑顔を浮かべて引き下がる。

 

「じゃあ、次、切歌」

 

面白くなさそうな表情と声で告げるマリア。

 

「はいデスッ!」

 

元気よく返事をして切歌が聖詠。

 

―――Zeios igalima raizen tron…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、シミュレーションルームに展開された光景は、どう控えめに表現しても地獄絵図だった。

四方八方に盛大に飛び散った血。血の池の中心に倒れ伏すのはもちろん吸血鬼だ。

身体をピクつかせながら、ドラゴンタイガー・ダイステイラーは虫の息で呻く。

 

「…縞パンに、ニーソックスぱぁああんは反則じゃろ…?」

 

その横では、全身を赤く染めた切歌が「ひゃあああ」と言いながら胸を隠してスカートの裾を引っ張り下げながら座り込んでいた。

 

同じく全身を赤に染めた調は、無表情の顔にハイライトの消えた瞳で、吸血鬼の後頭部をヨーヨーでガスガスと殴りつけている。

 

腕組みをしたまま鼻血を真正面から受けたマリアは、血に染まった上着を脱いで勝ち誇った声で言った。

 

「こんなこともあろうかと水着を着てきていて良かったわッ」

 

彼女のビキニ姿の上半身を眼にし、吸血鬼は更にごぼっと血を絞り出す。

 

 

 

モニタールームでそんな阿鼻叫喚の構図を見ていたクリスは、ゆっくりと横にいる響を見た。

 

「…誰がずっと大人だって?」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

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