戦姫絶唱ヴァンパイア   作:とりなんこつ

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助けて! ギャグさんが息をしてないの!


8.酒を酌み交わす吸血鬼

風鳴弦十郎は、その日も珍しく司令室に籠っていた。

各種報告書を仕上げ、気づけばとっくに就業時間は回っていた。

盛大に伸びをして立ち上がり、夕食は食堂で簡単に済ませる。

それから司令室へと舞い戻り、どうにか溜まっていた書類を片付けた。

気づけば時刻は八時過ぎ。

組織の長ともなれば、時間外業務など当たり前。ましてや特殊部隊という肩書がある以上、労基法などほとんど意味を成していない。

それでも体力に自信のある弦十郎は、それらを意欲的かつ精力的にこなしている。

しかし、重厚なデスク前に座る今の彼の表情は、冴えないことこの上なかった。

最後の最後に残していた案件。

それは―――。

 

「どうした、消沈した顔をしてからに?」

 

不意に声をかけられて、弦十郎はハッと顔を上げている。

すぐ目前に、吸血鬼ドラゴンタイガー・ダイステイラーが紳士然とした佇まいで立っていた。

 

「…驚かさんでくれ」

 

「この程度でおぬしは驚くタマでもあるまい」

 

微笑するダイスに、弦十郎は苦笑で応酬するしかない。

まったくこの吸血鬼には、本部のセキリュティも無意味だ。

だからといって礼儀はしっかりと弁えているらしく、好き勝手に本部内の機密エリアを出入りしている様子はなかった。

約束を違えず仁義を通している点は好ましく、今となってはこの吸血鬼に対し比較的好印象を持つ弦十郎である。

もっとも、いくら先日拳を交えたからといって、友誼めいたものを抱くまでは至らなかったが。

 

「…で? 何をしている?」

 

その吸血鬼は、優雅な手つきでサイドボードを漁っている。

 

「いやさ、ここに酒があるのを見つけたからの。せっかくだから飲もませてもらおう思うてな」

 

弦十郎は立場上、色々と贈答される機会がある。

もっとも滅多に酒は飲まないので、まとめて司令室へと仕舞い込んでいた。

組織の忘年会の時などに放出するのを専らとしていたが、まさかそれを目敏く見つけられるとは。

 

「だからといって、勝手になあ…」

 

「吝嗇な。酒は飲まねばその価値はないぞ?」

 

正論を口にしつつ、ダイスはテーブルの上にグラスを二つ置いた。

それから琥珀色の液体の入った瓶の蓋を軽く捻り、抜栓。

 

「おい、それはッ」

 

「どうした? なかなか良い名だと思って開けたのだが…」

 

吸血鬼の手にもつウイスキーのラベルは響30年。

もはや入手困難な逸品である。

 

「…まあ、いいか」

 

弦十郎は浮かせかけた腰を椅子へ引き戻す。

高級すぎていつ開けたらいいか分からなかった銘柄だ。いまこの時をその機会だと思おう。

司令室に氷やミネラルウォーターは常備されていない。

グラスにストレートで注いだ液体を、ダイスはまず鼻で楽しんでいる。

 

「実に芳醇な香りだな。昔飲んだ酒に劣らぬ。さて味は…」

 

そういって啜り込んだ吸血鬼の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

 

「非常に洗練されておる。いやはや、人の業には吾をしても感嘆するしかない」

 

「人の歴史は酒とは切っても切り離せないからな」

 

応じつつ弦十郎も自分のグラスを口に運ぶ。

舌の上で滑らかな甘みを転がせば、素晴らしい香りが鼻腔を抜けていく。

 

「…美味いな」

 

「ああ、旨い」

 

そのまましばらく互いに手酌でウイスキーを注ぎあう。

執務中ではあるが、まあ時間外ということで勘弁してもらうか。

アルコールの熱を覚えながら弦十郎がぼんやりとそんなことを考えていると、吸血鬼ダイスはポツリといった。

 

「いかなおぬしでも、親殺しは躊躇われるか―――」

 

「ッ!?」

 

思わず弦十郎は咽込んでしまった。

なぜそのことをッ!? などと問い返すだけ野暮か。

おそらくこの吸血鬼は、オレが今何に頭を悩ませているかなどお見通しに違いない。

 

「ああ。出来ればしたくはない。したくはないが…」

 

答えつつ、弦十郎の視線はデスクの上へと注がれた。

そこに置かれた書類。その見出しは。

 

『風鳴訃堂に対する事情聴取の執行について』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

護国災害派遣法違反。

それが風鳴訃堂の罪状である。

鎌倉の本邸に強制捜査の許可が下りた際、日本政府は逮捕が覚束なければ殺害も已む無しとの通達をしてきた。

しかし政府としての本音は、殺害こそを望んでいたフシがある。

訃堂の影響力は国家の様々な箇所まで及んでいる。生きて逮捕された方が後々面倒だという判断もあったことだろう。

弦十郎が実父に向けた拳が鈍ったのは、政府の意向への反感からではない。

直前にマリア・カデンツァヴナ・イヴが喝破した通り、肉親同士で殺し合うという愚かさに直面した故の結果だ。

訃堂に揶揄された通り、その甘さが兄である八紘を死なせた。

弦十郎にとって、悔やんでも悔やみきれない痛恨事だった。

 

愛刀群蜘蛛をへし折られた訃堂はあっさりと捕縛されたものの、未だに公訴に至っていない。

その身柄は今は再建された深淵の竜宮へと移されている。

罪状は、先の護国災害派遣法違反が主となるが、風鳴八紘の殺害が追加されていた。

他にも邸内でアルカ・ノイズを使役した容疑や、かのノーブルレッドへの支援を行った容疑がかけられている。

が、臭いものに蓋とばかりに、政府は自体の解明に消極的だった。

事実、風鳴訃堂の存在を公にし、裁判へかけて国民の目に触れさせることは、スタジアムの大惨劇の実行犯と赴堂の繋がりを詳らかにすることと同義だ。

巨大な人心の動揺を誘発する可能性が高く、現政権のガバナンスは疑われるだろう。

国際社会へと周知されれば諸外国の非難も免れず、日本国そのものの致命傷へと成りかねない。

 

…いくら化け物染みていても被疑者は齢百を超える老人だ。朽ちるまで幽閉しておけば良い。

 

日本人特有の事なかれ主義を現政権が選択したことを、誰が責められよう?

しかし、今ここに、風鳴訃堂に対する事情聴取が実行されようとしていた。

原因は過日のやんごとなき方の退位に伴う恩赦の発令である。

 

いくら恩赦といえど、定まっていない罪は軽減しようがないではないか。

せめて彼の者の罪業を明らかにせよ。

 

退位され上皇となられる方の直々の御言葉である。

シェム・ハを次世代抑止力とするために様々な外道ともいえる手管を用いた風鳴訃堂であるが、護国という一点に於いてはその行動を否定することは難しい。

加えてほぼ一世紀に及ぶ防人の働きは、先々代の帝からも長きにわたって覚えのあるものだった。

 

さすがに日本国の象徴の御言葉は無碍に出来ない。

結果として、風鳴訃堂への聴取が実施される運びとなった。

無論、罪業を明らかにすれば、いくら恩赦があっても極刑は免れまい。

一応聴取したといった体裁を繕うようなものではあったが、やむを得ない仕儀とも言えるだろう。

 

弦十郎の顔色が冴えない理由は、身内が犯した罪へと思いを馳せているだけではない。

いまだ実父が何かを企んでいるのではないか? という懸念である。

本質的に弦十郎も訃堂に件に関しては有耶無耶にしたかった。

身内としての複雑な事情があるにせよ、彼の人のカリスマ性、感化力はとても無視できるものではない。

潜在的な信奉者の中では、訃堂の理念に共鳴し、文字通り命を賭けるのも厭わない連中も存在する。

それら狂信者を刺激しないためにも、訃堂への処遇はあやふやなまま幽閉しておくのが最善ではないのか。さすがに深淵の竜宮では連中も手を出せないだろう―――。

 

そう思っていたところへ、今回の事情聴取である。

極力外部との接触を排していただけに、裏では何かしらの訃堂の思惑が動いているのでは? と勘繰らずにはいられなかった。

 

…いや、それも考えすぎか。

いくらあの怪物でも、現陛下の退位に伴う恩赦を視野に入れてまで、一連の計画に手を染めたわけではあるまいよ。

 

 

 

 

 

「死人に口なし、と言うからのう」

 

その吸血鬼の呟きに、弦十郎は驚きつつも全く同感だった。

しかし、ダイス本人は皮肉で口にしたわけではないらしい。

 

「死は人にとって良くも悪くも救いぞ。何もかもがご破算になる死滅の禊がなければ、因果の縄は人には重すぎる」

 

「…どういう意味だ?」

 

「むしろ常命だからこそ、人の生と魂は光り輝くのだろう」

 

弦十郎の質問を意図的に無視し、ダイスはグラスを傾け続けている。

そのしみじみとした佇まいに、ふと弦十郎は常々訊いてみたかったことを思いだす。

 

「―――永遠の時を生きるのはどういう気分なのだ?」

 

吸血鬼に限った話ではないが、世界各地の伝説伝承には不老不死の特性を持つ存在が幾つも記されている。

そんな神話級の存在が目の前にいるのだ。しかも意思の疎通が出来るとあれば、知的好奇心が疼かないはずがない。

対して、超常の存在であるダイスの返答は淡白だった。

 

「それは蠅に天空を舞う大鷲の心を問うに等しい愚問ぞ?」

 

「…一見、宙を飛ぶという共通点があるように見え、その実は次元が違いすぎるという意味か?」

 

「さよう。正確に理解しようと思えば、人の身では気が狂う。かといって、人ならざる身になってその意味を理解できたとすれば、元々の問い掛けの意味がない」

 

「ふむ…」

 

まるで禅問答というか量子力学のようだが、弦十郎は一応の納得を見せる。

 

「やはり、貴様らと人間は相容れぬ関係なのか?」

 

「そうでもない。現にこうやって酒を酌み交わしているではないか」

 

そういって吸血鬼はニヤリと笑った。

 

「上位の存在であればこそ、下位の存在へと近づくことは出来よう」

 

幼児の身の丈は、絶対に大人を追い越せず、同じ視点の高さを持たない。

しかし、大人は身を折って幼児と視点を合わせることは出来る。

 

「要は、加減してもらってどうにかオレたちは超常存在と意志の擦り合わせが出来るということか」

 

「そうへりくだることもあるまいて。幼年期には幼年期の素晴らしさがある。幼子の発言に、大人とてハッと気づかされることもあるのだから」

 

「やはり子供扱いされているような気がするな…」

 

うなだれる弦十郎のグラスに新たな液体を注ぎながらダイスは笑う。

 

「であればこそ、吾の立場も理解できよう? 子供のケンカに大人が出てゆくのは愚かしいと、おぬしらも戒めているではないか」

 

一気に弦十郎はグラスを空けた。

頬に深い苦笑を刻みつつ、思う。

コイツにとっては、今のオレの悩みなど些末なものか。

いくらか気分が軽くなったのは、決して酒のせいだけではあるまい。

 

「実はな…」

 

目前で酒杯を傾ける吸血鬼に、弦十郎はそう声をかけていた。

 

「む?」

 

「…いや、なんでもない」

 

結局口を噤む。

ダイスが追及してこなかったのは、きっと全てを弁えているからに違いない。

弦十郎が言いかけた言葉。

 

―――万が一、オレに何かあった時は。

 

超常の存在を頼みにするなど、神頼み以上の意味はないだろう。

やはり、人間の不始末は人間でつけるべきだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風鳴訃堂への聴取が行われるその日。

S.O.N.G.本部は深く潜行し、深淵の竜宮付近へ到着。

そこから小型の潜航艇に分乗し、竜宮を目指す。

以前の査察官の件もあり、派遣されてきた捜査官の身辺調査は、S.O.N.G.の調査部でも念入りに行われていた。

加えて潜航艇には、弦十郎を始め他の装者たち全員が搭乗している。

風鳴訃堂に相対するにあたり、現人類の最高戦力を結集させたと言っても過言ではないだろう。

そんな弦十郎の唯一の懸念が、小日向未来の同道だった。

装者としての戦力にカウントしていない彼女であるが、訃堂の手のものに誘拐された経緯がある。

鎌倉本邸の研究所に収容されていたこともあり、確かに無関係ではないのだが、わざわざ聴取の場に召喚されることに違和感があった。

日本政府がいまだに未来を危険視しているのか、と思われたが、拒否する理由も術もない。

 

「うわ~、すっごいねえ~未来」

 

潜水艇から見える竜宮に歓声を上げる響。彼女なりに場を盛り上げようとしているのかも知れない。

同じくはしゃぐ切歌と調たちを横目に、クリスはマリアへと尋ねている。

 

「…そんなに風鳴訃堂ってのはヤベぇやつなのか?」

 

弦十郎が同道しているのだ。クリスの物言いは、自分たち装者を凌駕する彼に対する絶大な信頼の裏返しに他ならない。

そんなクリスを、マリアは腕組みしたまま静かに一瞥。

 

「あの怪物は、司令の上位互換だと思いなさい」

 

「…マジかよ」

 

マリアの横で瞑目している翼など、その心中はおそらく弦十郎に輪をかけて複雑なことだろう。

戸籍上の父である八紘を撃った実父である訃堂。

一度は引導を渡そうとした相手に再び会いまみえることになろうとは。

彼女の性分はともかく、ある意味弦十郎以上に有耶無耶なままにしておきたかった事項かも知れなかった。

ふとマリアがそんな翼の眉間を指で弾く。

 

「アイタッ!? なにをするのだマリアッ!」

 

「そんな皺を寄せてちゃクセになっちゃうわよ?」

 

「む…」

 

唇をへの字に曲げる翼に、マリアはに微笑みかける。

 

「安心なさいな。この場にいるみんなは神サマだってやっつけたんだからね」

 

「…そうだな」

 

笑って頷き返す翼だったが、内心で弦十郎と同じ覚悟を決めていた。

万が一の時には、己の身と刺し違えても。

それは風鳴一族としての、身内としてのケジメだ。

少なくとも、この仲間はこれ以上傷つけさせぬ…!

以前、操られていたとはいえ、同じ轍を踏むつもりは毛頭ない。

 

そして一際能天気にはしゃいでいるように見える響も、内心に複雑なものを抱えていた。

それは弦十郎と同じで、なぜに小日向未来までこの場に連れてこなければならないのか? それに尽きる。

同時に、激しい胸騒ぎが止まらない。これは彼女自身、珍しいことだ。

それでも、絶対に最愛の人を守り通してみせるッ! 

そう決意する響の心情は、翼と似ていたかも知れない。

 

 

 

様々な思いを乗せて、いま潜航艇は竜宮へと接岸していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

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