戦姫絶唱ヴァンパイア   作:とりなんこつ

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9.憤怒する吸血鬼

深淵の竜宮 聴取室   AM11:00

 

 

拘束衣を着せられた風鳴訃堂が、警備員たちに付き添われて入室してくる。

普通の人間であれば長時間拘束されているだけで相当なストレスを受けるものだが、訃堂にはそのような気配は微塵も見られなかった。

それなりに長い虜囚生活の割には全く衰えた様子もない。年相応の皺の隙間から覗く両眼は鋭く、音も立てず椅子に座る様は、長い風雪に耐えた巨木を幻視させるほど。

 

隣室のマジックミラー越しにその威容を見た暁切歌と月読調は思わず固唾を呑む。

その両膝は微かに震えていたのは、鏡越しでも形容しがたい威圧感を受けたからだろう。

 

「…聞きしに勝る化け物みてえだな、あの爺さん…」

 

辛うじて膝の震えを抑え込んでクリスが呟く。

 

「気を強く持ちなさい。正真正銘の怪物よ、あれは」

 

そう応じるマリアの双眸は、最近知り合った吸血鬼に向けるものと全く違った辛辣さが宿っている。

鏡の向こうでは、さっそく捜査官が聴取を始めていた。

 

「親父相手に大した胆力だな…」

 

腕組みしたまま弦十郎が呟く。

どうか何事もないまま終わってくれ、との呟きは、敢えて口に出さず飲み込んだ。

鏡の向こうの訃堂は鋭い眼光で捜査官を一瞥。

それから、マジックミラーへと視線を転じた。

鏡越しにその眼光を見て、別室に並ぶ装者たちはまるでこちらを透過されているような気分を味わう。

 

「ひッ!」

 

悲鳴を上げたのは小日向未来だ。訃堂とガッチリ視線が絡みあったような気がした彼女は響へと縋りついている。

異様な空気が張りつめる中、捜査官の声が途切れた。

替わりに、訃堂が緩やかに口を開く。

 

「―――よくぞ娘らを連れてきてくれたものよ」

 

その口元が笑みを湛えるように歪んだと思った瞬間。

 

「ッ!?」

 

マジックミラーが吹き飛ぶ。

 

「全員伏せろッ!」

 

そう叫びつつ弦十郎は飛んできた破片を受け止め、弾き飛ばす。

塵埃が納まった後。

捜査官と警備員が倒れ伏した聴取室には、拘束衣を引き千切り年齢不詳の逞しい上半身を晒した訃堂が屹立しているのみ。

 

「―――果敢無き哉」

 

その姿を認めたとき、装者たちは未来を除く全員がシンフォギアを纏っている。

わけても真っ先に着装したのが翼であり、彼女が剣を先走らせようとするより早く弦十郎は跳躍。

今の訃堂は公務執行妨害どころではなく、明確な脱走の意志が認められる。

ならば殺害も已む無し。そして姪の手を汚させるくらいなら、いっそオレの手で―――!

弦十郎の拳が貫手へと変化する。

必殺の一撃は、以前の躊躇いを排したもの。

 

「ぬうッ!?」

 

にも関わらず弦十郎の口から唸り声が漏れたのは、訃堂が躱す素振りすら見せなかったこと。

心臓を狙った一撃は、左腕で受け止められる。

喰らい込んだ貫手の先端が、肉を破り血を迸らせる。

同時に。

 

「きゃあああああああああああああッッ!?」

 

弦十郎の背後で悲鳴が上がった。

振り返った視界には、天井まで飛び散った鮮血。

装者たちが硬直して目を見開く中心で、小日向未来の左腕が千切れ飛んでいた。

 

「み、未来うううううッッッ!?」

 

絶叫を上げる響に、未来の近くにいたクリスと切歌、調はシンフォギアの着装を解く。

 

「くそッ! 肩口を固く締めろ! 止血するんだッ!」

 

両手を真っ赤に染めるクリスの矢継ぎ早の指示に切歌と調が従う。

その喧騒に一瞬気を取られた弦十郎の耳元に、怪物が囁いた。

 

「相も変わらぬ愚息よ。されど、その甘さがあの娘を救ったか―――」

 

「ッ!!」

 

無防備となった横っ腹に強烈無比な一撃を見舞われ、弦十郎は聴取室の壁を突き破り吹き飛んで行く。

 

「おっさんッ!?」

 

クリスが青ざめた顔を上げる先には、訃堂の首にアームドギアの切っ先を突きつけるマリアと翼の姿が。

 

「血迷われたかッ!?」

 

翼が叫ぶ。

 

「訃堂~ッ!!!」

 

マリアは射殺すような眼光を注ぐ。

二つの圧を柳に風と受け流し、訃堂は重々しく呟いた。

 

「―――呪印接続。儂を殺せば、あの娘も死ぬことになるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シェム・ハを意のままに操り、神州日本を護るための次世代抑止力とする。

それこそが風鳴訃堂の計画の目的であった。

使い捨てとしたヴァネッサらノーブルレッドたちの暗躍により、そのシステムを完成させる前にシェム・ハは本来の神として解き放たれていたが、実のところ更に段階を進めた計画がなされていた。

神の力―――純粋なエネルギーにる圧倒的な攻撃力はもちろんだが、受けたダメージを並行世界の同一別固体を生贄し肩代わりさせる埒外驚異能力―――に訃堂も着目していた。

神と同化した小日向未来はその能力を活用可能にしても、操り手である訃堂はその恩恵には預かれない。

 

であればこそ、訃堂らが画策したのは、日本古来の身代わり人形、憑代といった呪術神術などに由来する神秘と、最先端科学であるナノテクノロジーの融合。

霊的にチャンネルを接続することにより、訃堂が受けたダメージを神の肉体へと肩代わりさせる。

そして神自身は神の力で自己修復は可能であるからして、訃堂も疑似的な神の力を手に入れたに等しい。

 

いずれは老病死の全てを神へと押し付けて、自身は現人神として永久に日本国を守護していく。

訃堂の思い描いた最終目標は、シェム・ハの消失により敢え無く潰えたかに見えたが、その遺産というべき呪いは未だ小日向未来の中へと存在した。

彼女がわざわざ竜宮まで同道されたのは、このことを見越した訃堂の手の者の仕業なのか。

もっともこれらは後日に判明したことであり、現時点の竜宮は想像だにしなかった修羅場の渦中にある。

 

 

 

 

 

 

 

「未来ッ! しっかりして、未来ッ!」

 

血だまりの中に跪き、響が泣きそうな声で叫ぶ。

横たわる未来の顔は失血で青ざめていた。

 

「駄目だッ! ここじゃ処置できない! はやく本部へ運ばねえとッ!」

 

クリスが叫びながら腰を浮かす。

暗に運び出している間に訃堂を牽制するよう、マリアと翼に頼んでいるわけだが、事態は彼女の思惑を軽々と飛び越えて行く。

訃堂は己の首筋に自ら手刀を添えながら言った。

 

「動くな。儂が傷つけばそこの娘も傷を負う」

 

疑似的な神の力は、いまや神ではない小日向未来にその全てのダメージを転化することはない。

弦十郎の貫手を受けた訃堂の腕のダメージはそのままなのがその証拠。

されど根本的な体力の違いは、訃堂にとってはかすり傷程度のものでも、未来にとっては致命傷になりうる。

 

「くッ、卑怯な…!」

 

呻く翼に、訃堂は鋭い視線を投げつける。

 

「この老木独りに多勢で挑む方が卑怯ではないか」

 

くっくと笑う仕草からして諧謔を口にしたらしい。

 

「さあ、どうする神殺し。そこな娘を見殺しにするか?」

 

声を向けられ、響は青ざめた顔を上げる。そこにはいつもの闊達さ―――いや、勇気そのものが消失していた。

 

「助けたければ、儂に従え」

 

「!!」

 

「この場に装者は多すぎる。そうさな、半分、いま目の前にいる三人を殺せ」

 

「なあッ!?」

 

声を上げたのはクリス。蒼白な顔を見合わせる切歌と調。

 

「そ、そんなッ…!」

 

泣きそうな声を上げる響に、訃堂の無慈悲かつ悪辣な声が降り注ぐ。

 

「そこな娘と仲間の命。神殺しよ、おまえはどちらの天秤を取る?」

 

最愛の人、小日向未来。

互いに命を預け合って戦ってきた友人たち。

そのどちらかの命を選択せよ。

 

「…この外道があッ!!!」

 

激昂するマリアに対し、翼は唇を噛みしめている。絶唱を撃ったわけでもないのに、その唇と両眼からは血が伝う。

 

「もはや貴様は身内でもなんでもない! ただの畜生だッ!」

 

たまらず叫ぶ翼に、訃堂の冷ややかな声。

 

「大義を理解出来ぬ塵芥の遠吠えなど、何の痛痒にもならんわ」

 

握った拳をぶるぶると振るわせる響に、訃堂は冷徹な声を槍のように突き刺す。

 

「決めろ、選べ、神殺しよ。さもなくば―――」

 

「う、うわあああああああああああああッ!!!!」

 

響が拳を振りかぶる。装者たち誰もが驚愕の表情を浮かべたその刹那――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『響よ。おぬしは何を望む?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッとして響は顔を上げる。

ここはどこだろう? 思わず周囲を見回せば、青い世界に空も何もない地平が広がっていた。

これは彼女にとって何度も覚えのあるものだ。

自分、もしくは誰かの心象風景。

カッと靴の音。

そんな彼女の前には、いつの間にか。

 

「ダイスさん!」

 

夜の王にして赤き貴種。

ティアマトの孫にして真の吸血鬼。

ドラゴンタイガー・ダイステイラー。

 

「おぬしの思考の刹那にお邪魔させてもらっておる。かつてドクトル・ファウストという面白いヤツと旅した時に、吾は人の想いの速さで動けると明言したからな」

 

洒脱に応じた吸血鬼だったがそれも一瞬のことで、表情を引き締める。

 

「だからといってあまり時間は残されてはおらん。外界は修羅場の真っ最中ぞ」

 

その言に響は思い出す。

自分が拳を振りかぶったことを。そしてその拳を向ける先は―――。

思わず固く握りしめた拳を見つめる響。

そこに優しく手が添えられた。その手はゆっくりと拳を解きほぐしていく。

それから、吸血鬼は愛おしげな眼差しを注いで、もう一度同じ言葉を口にした。

 

「響よ。おぬしは何を望む?」

 

「…ッ! わたしはどうなっても構いませんッ! だから未来を! 未来を助けてあげて…ッ!」

 

言下に言ってのける響に、ダイスは悲しげに首を振る。

 

「その望みは叶えられん。なぜなら、未来もおぬしと全く同じことを望んでいるからだ」

 

「そんなッ! 未来……ッ!!」

 

響の顔に初めて浮かぶ色。それは絶望と呼ばれるもの。

しかし、それを拭い去るように吸血鬼は微笑を浮かべていた。

 

「誤解するな響よ。吾が見初めし娘二人、そのどちらも失う気は毛頭ないぞ?」

 

「…ダイスさん?」

 

響が涙で濡れた眼差しを向けてくる。

ダイスはにっこりとして応じた。

 

「さあ、いと優しき勇敢な娘よ。望みを口にせよ。本当におぬしが望むものを。かつて奪い去られたその望みを―――」

 

「…!!」

 

その言葉に、へたり込んだままの立花響の記憶が舞い踊る。

ライブ会場の惨劇の生き残り。

悲劇に見舞われ虐げられ、その果てに他人を救い出すことに己の贖罪を見出した少女。

いまや勇気の花を胸に、神を殺す拳さえ振るう彼女がその過去に落としてきたもの。

 

響は泣いていた。

その双眸から滂沱の涙を零しながら、それでも健気に顔を上げてくる。

 

いいの? 許されるの?

今のわたしがそのことをお願いして叶えられるの?

 

無言の訴えに、赤き貴種は鷹揚に頷く。

 

「なら、ダイスさん、お願い―――」

 

子供のように泣きじゃくり、しゃくりあげながら、彼女はようやくかつて誰も叶えてくれなかった望みを口にした。

 

「みんなを、未来を、()()()()()()()ッッ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「承知した」

 

 

 

 

 

 

 

パン、と吸血鬼ダイスは両手を打ち鳴らす。

 

 

 

 

 

 

―――今、ここに(ダイス)は投げられた

 

吾の名のもとに束ねし因果の糸を、ここに天命の粘土板(トゥプシマティ)と共に回天せすべし

 

しかして吾、希望(破滅)への道を選ばん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

装者たち誰もが驚愕の表情を浮かべていた。

なぜなら、まったく忽然と未来の傍らに黒衣の青年が姿を現していたのだから。

 

「…ダイスさん?」

 

握ったはずの拳が解けているのにも気づかぬまま、ぺたりと腰を降ろした響が呟く。

その声を背に、吸血鬼ドラゴンタイガー・ダイステイラーは瀕死の未来を優しく見下ろしていた。

 

「…構わぬか?」

 

その問いかけに、顔面蒼白のまま未来は微かに頷いたように見えた。

続いて、優雅とも思える所作で、黒衣の姿は跪く。

青ざめて白く細い首筋に、吸血鬼は静かに牙を突き立てていた。

「あッ」と未来の身体が震える。

ぞぶっぞぶっと血を啜る音だけが周囲に響く。

 

「…あああああッ!?」

 

青ざめた未来の唇から洩れるのは、瀕死の者とは思えない嬌声。

あまりの光景に訃堂でさえ絶句する中、不思議なことが起こった。

天井に飛び散った未来の血が、クリスらの手に付着していた血が、まるで動画の逆回しのように千切れた左腕の中へと吸い込まれていく。

だけでない。千切れ飛んだ腕も戻ってきて、みるみるうちに繋がっていく。

 

吸血鬼が未来の首筋から顔を離す。

首にくっきりと空いた二つの穴はそのままに、彼女の五体は修復され、完全な血色を取り戻していた。

安らかな呼吸をする未来を横目に、ペッとダイスは床に何かを吐き捨てる。

血の塊のようなそれは、一瞬バチバチと電気じみたものを走らせた。

 

「未来に巣食っていたカラクリ仕掛けは吸い取らせてもらったぞ」

 

事も無げにダイスは言う。

 

「よもやこのようなモノが吾の邪眼を邪魔しておったとはな…」

 

黒衣の闖入者に、訃堂は珍しく目を剥いた。

 

「面妖な。貴様は化生のものか?」

 

「人から怪物と揶揄されているおぬしには呼ばれたくないものだな」

 

瞬間、訃堂の身体が霞んだ。

切っ先を突きつけていたはずのマリアと翼すら反応できない速度はまさに神速。

 

「天魔覆滅ッ!」

 

勢いそのままに訃堂の拳が貫手に変わったことを、装者の誰もが視認できなかっただろう。

おそらく万全の弦十郎でもかわしがたい一撃が吸血鬼を襲う。

しかし。

 

「遅い」

 

「!?」

 

軽々と指一本でその必殺の一撃を受け止めるは、ドラゴンタイガー・ダイステイラー。

突き放すように訃堂を放り投げ、涼しい顔で吸血鬼は宣言する。

 

「本来、吾は人の争いに関知せぬ」

 

「ぬう」

 

身構える訃堂に、邪眼が鋭く歪む。

 

「されど、吾の愛しき娘らを嬲ったことは看過できぬな」

 

今度は吸血鬼の姿が霞んだ。

同時に呻き声を上げた訃堂の腹部には、ダイスの拳が深々と突き込まれていた。

 

「ぐ、む…ッ!」

 

「これは未来の分」

 

次いで、訃堂の顎が高々と跳ね上がる。

 

「そしてこれは響の分だ」

 

「ぐはッ!?」

 

訃堂の巨体が天井へぶつかってバウンドする。

とてつもないアッパーカットを見舞っておいて、ダイスは背を向けた。

普通の人間なら疾うに失神してもおかしくない連撃であるが、生憎訃堂は常人ではない。

口角から血をダラダラと流しながらも立ち上がる様は、さながら鬼神の如し。

 

「この世に生を受けて百余年。我が精錬せしめし防人の意気地の前に、この程度なにするものぞ!」

 

目前の吸血鬼に躍りかかろうとした訃堂の身体は空中で制止。まるで見えない巨大な拳に受け止められたかのよう。

 

「むうッ!?」

 

うなる訃堂に四方八方から無形の圧力がかけられる。

 

「吾とて、降りかかる火の粉は振り払わなければならないからな」

 

超常の力の発揮に、装者たちは茫然と宙を見上げるしかない。

空中でもがく怪物に、吸血鬼ダイスは冷笑を見せる。

 

「たかだか百年程度で威を張るな、小僧!」

 

ごりゅっ! という音が響き、訃堂の手足があらぬ方向へと捻じ曲がる。

 

「ぐはッ!!」

 

喀血し、ねじくれた体躯のまま訃堂は固い床に墜落して転がった。

 

「安心しろ。殺してはおらん」

 

失神して白目を剥く訃堂を見下ろし、暢気に告げるダイス。

室内の誰もが呆気にとられる中、響が真っ先に顔を上げていた。

 

「あの、ダイスさん…!」

 

ありがとうございましたッ! と続けようとした彼女の横を軽やかに駆け抜けていく人影が。

人影は未来で、彼女は吸血鬼に抱きつくと、喜色満面の笑顔を浮かべてこういった。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、ご主人様(マスター)♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

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