灰と幻想のデジャブガル 作:なにがし
天気は快晴。気分は上々。この日の為に準備も、そして鍛練もしてきた。だがそれは、俺だけでなく皆も同じ。
さぁ、今日こそ過去とのケジメを着ける時だ。
エルは少し微笑むと同時に身を引き締め、足を前へと踏み出した。
歩き出すと同時に仄かに風が吹き出し、それがまるで、今日という日を祝福している様だった。
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「ゴブリンは合計で四匹。長剣を持って、王を守る様に近くに居座ってるのが一匹。椅子に座って堂々としている王みたいな奴が一匹。守衛の様に外で辺りを警戒している奴が二匹」
盗賊は偵察を一人孤独に行い、一人危険にさらされる場面が多い。だけど、そんな中でハルヒロはしっかりと情報を掴んできて、そして徐々に皆の指示も凝りなく行える様になってきている。マナトがハルヒロは盗賊が良いと言ったのも頷ける。
本当にハルヒロも、そして皆も成長が著しい。
最近になって、それが顕著になってきた。
ハルヒロは音を立てずに歩くことが出来る
ユメは弓を使う時に使うと便利な
ランタは独特な身のこなしで素早く後退することが出来る
モグゾーは咆哮により、敵を一時怯ませる
シホルは敵が興奮している時や弾速が遅いという欠点があるが当たると敵を眠らせることが出来るという
俺は氷結魔法の
メリイは皆と連携が取れる様に。
各々が違う分野で違う頑張りをしているが、それもこれも全て、皆が皆、一人でも苦戦することなく敵と戦える様にする為でもあり、チームとして皆を援護して戦いやすい様にする為でもある。本当に俺たちは成長した。だからこそ、今ここで決着を──終止符を打つ時なのだ。
「ハルヒロ、ランタ、モグゾー、ユメ、シホル、メリイ。準備と覚悟は出来たね? じゃあ、せーのっ!」
皆と手を合わせ、言うことは一つ。
「ファイト~!」
『イッパ~ツっ!』
「ねぇ、前から気になってたけど、なんでファイト一発なの?」
「それは俺も知らない。なんでかいつの間にかこうなってた」
「まぁまぁ良いじゃねぇかよエルっ! 気合いだ気合いっ!」
「そうだね。じゃあ、行こっか? 皆、怪我はしない様にね?」
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建物の陰、階段の陰に息を潜める様に隠れて攻撃をする機会を伺うこの張りつめた空気。これこそが自分の胸の心拍数を増やすと同時に、集中に入る瞬間である。
いつ、どの瞬間でハルヒロから攻撃の合図が来るか分からない。だからこそ、意識しなければならない。
ハルヒロならどのタイミング、瞬間で攻撃の合図をするかを。敵が今何処にいて、自分の近くにも敵の気配はないか、と。
「ユメっ」
少し離れた場所からハルヒロの声が微かに聞こえた。
──攻撃が始まる。
理解すると同時に頭の中に合ったごちゃごちゃとした考えが消えていく。
──シュンっ!
矢の射られた音が聞こえた。つまりは攻撃の開始。作戦開始の合図。
俺は周りの支援とその状況に応じた援護を。
『グギャア~っ!』
ゴブリンの雄叫び。もしかして仲間を呼んでいるのだろうか? なら、さっさと倒さなければならない。
「ふもぉ!」
「おらっ!」
急いで二階に駆け上がると同時にモグゾーとランタが装備を見に纏ったゴブリンやその他ゴブリンと戦っていた。恐らく人一倍大きいゴブリンはゴブリンの上位種──ホブゴブリンであろう。だが、モグゾーが戦っているゴブリンはホブゴブリンよりも大きい。これが椅子に座っていたというゴブリンであろうか?
だが、それ以上に──。予想はしていたがハルヒロが偵察で数えた頭数以上にゴブリンがいる。何匹とか言う数じゃない。十匹前後のゴブリンが此方に近づいてくる。
「はっ!」
此方にゴブリンが近づいてくる前にモグゾーが戦っているホブゴブリンに向かって、
ホブゴブリンは後ろに下がろうとしたところで足を凍らされたからか、遠くから見ても一瞬身動きが止まったことが見れた。そしてそれをモグゾーが見逃す筈もないだろう。もうモグゾーは大丈夫だと確信すると同時に近くまでやってきたゴブリンに気を引き締める。
「はっ!」
数が多いのは予想範囲内だったが、人間の様に連携して戦ってくるとは予想外だ。しかも、一人相手に五匹。堪ったもんじゃない。
首目掛けてナイフを振るってくるゴブリンをゴブリンの左脇に前進すると同時に脇の下をダガーで切る。そして息をする間もない様に左脇腹を狙ってくるもう一匹の短ゴブの短剣をダガーを素早く持っていた右手から左手に持ち替えた後、自分のダガーで短ゴブの切っ先を滑らして、剣の行き先を変え、その切っ先を替えた時の勢いのままに逆に短ゴブの脇腹を抉る。
だが、ゴブリンに傷を加えたからと言って、それで気を少しでも緩めてはいけない。
まだゴブリンは誰も死んでいないし、後三匹はピンピンなままなのだ。
「エルっ! 今助けに行くっ!」
ハルヒロの声が遠くの様に聞こえる。多分、数メートル離れた場所にハルヒロはいるのだろうが、それが何処なのか分からないほどには今、自分は集中している。
何処に攻撃をするのかが分かる。誰が次に攻撃するのかが予想出来る。今日は本当に調子が良いみたいだ。
右から斧を降り向かってくるゴブリンをかわしながら斧を持っている利き手を切り、左から俺が斧ゴブを攻撃したのを見て、今だ! と思って、此方に短剣を持って飛びかかってくる短ゴブ。後ろから攻撃して来ようとする脇腹を抉られた短ゴブその二。
全てのゴブリンの行動が、次に何処をゴブリンが狙ってくるのかが分かる。
だからこそ、斧を持っていた斧ゴブの利き手──腕の付け根を切って、痛がって、しゃがもうとしているゴブリンの腕を右手で瞬時に引っ張って自分が元いた場所と入れ替わって盾にする様なことも出来る。
「ギャィア!」
斧ゴブは仲間二人に刺されて悲鳴を上げる。斧ゴブからしたら、急に自分のテリトリーに舞い込んできた敵を倒そうとしたら、手の付け根を切られ、仲間二人からは身体に刃物を刺される。本当に堪ったもんじゃないだろう。だが、そんなことは俺には関係ない。この斧ゴブに刃物を突き刺している瞬間だって、俺には有難い隙を見せてくれるという一場面でしかないのだ。
「じゃあね、ゴブリン」
斧ゴブに刺してしまった刃物を抜こうとする短ゴブその一の喉を横から刺し、仲間の隙に攻撃させないと此方にナイフを投げてくるナイフゴブリンと此方に新しく突っ込んでくる短ゴブその三。
しかし、やはり短剣を持っているゴブリンは非常に多い。やっぱりゴブリンの身体が小さいのと、武器を調達しやすいのが短剣だからなのだろうか? まぁ一番の理由はゴブリン本来の身軽な動きを活かせるからであろう。
今は俺の調子が良いから、身軽な動きが出来るという長所は機能していないが……。
「
ナイフをかわした後、此方に突っ込んでくる短ゴブその三に此方も突っ込んでいきながら、
もう此処まで来れば残りの二匹は楽勝だろう。一匹は傷を負っている短ゴブその二だし……。だが、警戒は怠らないし、慢心もしない。素早く片を付けさせて貰おう。
二人一緒に突っ込んでくるゴブリンをダガーを横に振ることで二人の喉を掻っ切る。
血がブシャーと流れるのをゴブリンの後頭部側から眺める。
「ふぅ……」
ちゃんと絶命したのかを五匹確認し、全員無事死んでいるのを確認し終わったと同時に安心して、身体がどっと重くなった様に感じた。
「エルっ! 先に倒しちゃったのかっ!?」
「ハルヒロ。そうだね、倒せたから倒したよ」
予想以上に疲れちゃったけどね。
「エル。ゴブリンが一匹、上に逃げたからそれを倒してから休憩にしよう」
「そうだね。そうしよっか」
先に上に行ったというランタたちと合流する為に急いで、上へと向かう。
「おせぇぞお前らっ! もう俺さまが決着を付ける時だぜ!」
「そう。ごめん」
「ったく、まぁ良いか。じゃあなゴブリン」
ランタが血をダラダラと流しながら息絶え絶えな状況で椅子に座っているゴブリンの後頭部を切ろうとしたその直後、鮮明に見えた。
上からボウガンで攻撃しようとしているゴブリンを、マナトの仇のゴブリンを。
「危ないっ!」
ゴブリンがメリイを攻撃しようとしている光景が見えると同時に身体はいつの間にか前へと動いて、メリイの身体を庇う様に後ろから抱きしめて、俺はゴブリンに身体の左脇をボウガンで射られた。
「エルっ!」
ハルヒロやメリイの叫び声が聞こえる。だが、そんなものを気にしている暇は無かった。あのマナトを殺したゴブリンが彼処にいるんだと分かった俺には、今すぐコイツを始末しないといけないという焦燥感と使命感に刈られ、左脇に矢が刺さったまま。逃げ出したゴブリンを追いかけていた。
「炎熱」
火炎壁を屋根から飛びおろうとしているゴブリンの目の前に発現させ、逃げ道を塞ぐ。
「死んで貰うぞ、ゴブリン」
そしてそれと同時に目の前のゴブリンへと突っ込んでいく。どうやらこのゴブリンはボウガンの他に短剣を持っているのか短剣を構え、此方を出迎えている。
だが、そんなことは関係ない。
「氷結」
「ギギャァ!」
力を振り絞って、凍らされた両足を抜け出そうと力を込めているゴブリン。目の前に来た俺がゴブリンに攻撃すると同時にゴブリンは両足を抜け出すことが叶った。だが、それでも左腕を切ることは出来た。
「グギャ!」
それからは攻防の一戦であった。ゴブリンが切りかかってこようとすれば、それを避け、俺がゴブリンを攻撃しようとすれば、凄い脚力で距離を離し、正しく接戦だった様に思う。
だが、それでも唾競り合いになれば俺が勝つのは必然だった。上から力を加えるのと下から力を加えるとでは、上から力を加えた方が有利なのだから。
だから──。力負けしてしまったゴブリンは短剣を離してしまい、そして俺に脳天を突き刺された。
だが、ゴブリンを──マナトとハルヒロを攻撃した敵を始末しても、俺の心が晴れることは無く、複雑な感情と一抹のホッとした様な暖かな思いが心に残った。
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「エルっ!」
「ハルヒロ、それに皆」
「探したんだぞっ! エル! そんな怪我で戦うなんて何を考えてたんだ!」
「そうだよ、あたしたち一杯心配したんだよ?」
「悪い……」
どうやらゴブリンと戦っている間に凄い移動していた様で、皆に物凄く心配をかけてしまった様だった。これでは失格だな。皆を指示する立場の一人として。
「一人で突っ走るんじゃねぇよ、エル!」
「……」
胸倉を掴まれ、そのまま後ろの壁を叩く様に思いっきり、身体を揺さぶられる。だが、それも甘んじて受け入れよう。全ては俺に非があるから。
「ハル、怒鳴るのは今は其処までにして、まずはエルの傷を治しましょ?」
「あぁ、そうだな。悪い」
「光の、ルミアリスの加護の下に
「ありがとうメリイ。それと本当に悪い。心配かけさせて……マナトとハルヒロを攻撃したあのゴブリンを見て──メリイを攻撃しようとしたあのゴブリンを見て、居ても経ってもいられなくなった。早く始末して、不安定要素を消したいと思った。それに──このゴブリンは俺が始末しないといけないと思ったから」
「それは俺たちだって同じだろ!? あのゴブリンには俺たちだって恨みがある!」
「分かってる。だけど、そうじゃないんだ。俺が言いたいのは」
言い辛いことで、今まで誰にも言わなかったことだから、溜める様に、勿体振る様に言ってしまう。本当は今でも言いたくはない。だけど、此処で言わないといけないとも思うから。勇気を振り絞って、言葉を紡ぐ。
「あっ? じゃあどういう意味なんだよ、エル?」
「それはね、ランタ。俺には一つの後悔があるんだよ。前さ、ハルヒロが調子が良い時は敵に向かっている
「相談したけど、それが今、エルの話と何の関係があるんだ?」
ハルヒロは分からなさそうに顔を少ししかめて、此方に目を向けている。
「俺にも似た様な光景が見える時があるんだ。ハルヒロとは少し違うけどね?」
そう。違う形だけど、似た様な傾向が。
「だから、それが何の関係があるんだ?」
「勿体振らせる様な感じになってランタが気になるのも分かる。だから、単刀直入に言うよ。俺には──ハルヒロの光りの線とは違って、敵がどう攻撃してくるか? とか皆がどう動くか? とかそういう次に起こるであろう行動。所謂未来予知的な光景が見える時がある。そして、俺はあの時、マナトが危ないという根拠もない直感の様なものが舞い降りて来た。そして俺はそれを気のせいだと無視した。だからこそ俺は──あの時のことを深く後悔している。あの時、俺が一番最期の後列として、逃げれば良かったと。マナトを待っていれば良かったと……」
そう。俺は後悔している。あの時、どうして直感を信じなかったのか? 直感のことをもっと気にしなかったのか? 不安定要素を取り除くべきだった、と。あの時には今の様に少し先を見えるなんてことは無かった。だけど、その傾向があの時から少なからずあったし、その前からもちょくちょくあった。なのに、それを気のせいだと思って、あの胸のざわめきを放置したのは人生で最大の失敗だった。だから──
「だけど、それはエルが気に病むことでもないだろ!? 仕方がないことだったって!? あれは、あれは俺たち全員の責任だって、皆で決めただろっ!? 一人で何でも背負い込もうとするなよ!? 俺たちチームで仲間だろ!?」
「……っ」
時が止まった様に感じた。頭を何かで思いっきり叩かれた様な衝撃だった。それほど、俺の中では衝撃的だった。俺の心にはハルヒロの言葉が突き刺さった。
「ったく……そうだぞ、エル! 俺の冒険章から居なくなろうとするんじゃねぇ! お前にはいつか、この俺さま──ランタ様の冒険章の語り部となって貰うんだからな!」
「ランタ……」
真面目なことを言ったからか少し恥ずかしそうにそれでいて、自信を持って、指を此方に指し、格好付ける様に不恰好ながらも慰めてくれるランタ。
「僕もエルくんのこと、仲間だと思ってるし、ずっと一緒に居たいと思ってる」
「モグゾー……」
此方を真っ直ぐとみて、いつもは消極的で自分の意見を余り言わないモグゾーが俺の為に真摯に自分の思いを語ってくれる。
「ユメもなぁ~、エルくんがいないとやっぱり寂しいんよ~」
「ユメ……」
ユメもユメらしく、それでいて此方をしっかりと見て、思いを伝えてくる。
「あたしも、エルくんには近くにいて欲しい」
「シホル……」
シホルもまたいつもの様な弱々しい様な気配はなく、意思が込められた強い眼差しを向けてくる。
「エル、あなたが仲間だと言ったんだから、責任は持ちなさい?」
「メリイ……」
初めて見た。メリイが微笑むところを、優しく語りかけてくれるところを。
「エル、俺たち、全員揃ってのチームで仲間だろ?」
「ハルヒロ……」
あぁ、そうだ。そうだった。俺たちは皆合わせて、チームだった。
この時、俺の人生は変わった。
劇的な変化かはまだ分からない。だけど、それ以上に自分の中の価値観が一つ変わったと思う。
今まではもしかしたら本当の意味で皆のことを信じていなかったのかもしれない。いや、きっとこれは信用から信頼へと変わったのだ。
思えば、今までは本当の意味で皆と向き合って来なかったのやもしれない。いつも、どういう言葉を言えば相手を傷つけないか、どういう言葉を言えば、相手が喜んでくれるかを良く考えて言葉を紡いでいた。
だけど、それでは駄目なのかもしれない。今のままの及第点を探す様な、平均60点の言葉を目指す様なままではいけないのかもしれない。時には0点を叩き出し相手を傷つけ、時には120点を出し、相手を喜ばせる。
この方が良いのかもしれない。本当の意味で仲間で本当の意味で精一杯生きているということなのかもしれない。皆の言葉を見て、聞いて、素直にそう思った。なぁ、みんな──。
「ありがとうな」
この世界に来て、初めて笑った。そんな気さえした。
あぁ、今日は本当に良い日だ。なぁ、マナト。お前の方はどうだ? 俺たちと同じかな?
『そうかもね? エル』
微かに風が吹き荒れると共に、微かに誰かの声が聞こえてきた様な気がした。
この日、俺たちはマナト含めて義勇兵となる。