灰と幻想のデジャブガル 作:なにがし
今の状況は絶望的なのだろうか? とエルは考える。
怪我を負って血が沢山流れた。魔法力という精神の力を行使し過ぎた。沢山動いて疲労が溜まっている。
だけど、これが本当に絶望的な状況と言えるのだろうか?
まだ動ける。魔法はまだ使える。慎重に行けば大丈夫な様にも思える。なら、問題ない様に思える。ただ上を目指せば良いのだから。
ランタは左腕に怪我を負っているからどうやって井戸を登らせようか?
俺にしがみついて貰えば良いか。なら、問題ない様に思う。
コボルトたちは動物的本能か
一度瞼を閉じて、今の自分の状態を確かめる。肌が冷たい。だけど、感覚はいつも以上に鋭くなってきてる。心臓の鼓動が大きい。だけど、脳は正常に働いていて、いつもより感覚がクリアになっていて心地よい。
今すべきことも明確。出来れば何処かに隠れているハルヒロたちを見つけられれば僥倖。だけど、期待し過ぎるのも愚か。全て自分で乗り切るという意思だけを持てば良い。
さぁ、やろう。覚悟は出来た。
「準備は出来た? ランタ」
「おう、問題ねぇよ。全て捩じ伏せる」
「無茶はほどほどにね? 怪我痛いの我慢してるでしょ?」
「はっ、これぐらい問題ねぇ」
「そう……なら、良いよ」
俺が全てフォローすれば良いんだから。それにコボルトたちに隠れて進むのなんて造作もない。
「じゃあ着いてきてね、静かに」
「おう」
左の方にコボルトたちがいるのが見える。俺たちのことを見失って何処にいるか警戒しているのだろう。コボルトはキョロキョロと辺りを見渡している。だけど、動きが一定で分かりやすい。今なら前の道に進めるだろう。
「ランタ」
「おう」
コボルトから隠れたまま進めた。次の道は確か左に曲がるのが正解。だけど、左から足音が聞こえる。ランタを左手で止まる様に合図し、コボルトが来るのをしゃがんだままじっと待つ。
少しずつ、少しずつ音が近づいてくる。小刀を鞘から取り出し、攻撃の準備をする。
機会は一瞬。狙うは喉。叫ばれない為にも。一瞬で致命傷を与え、絶命させる為にも。
魔法は使わない。俺の覚えている魔法は攻撃重視で、目立つ魔法が多いから使うのには少しリスクが伴うから。
こういう時、シホルが習得している影系統ならやりようはあるんだけど、影魔法を覚えようとは思えない。シホルの重要な役割を奪って、無駄に今より劣等感や自信を失うようなことをしてはならないと思うから。
『……』
自分たちの微かな呼吸の音。そしてコボルトたちの足音と周囲から何か話しているコボルトの声しか聞こえなくて、変な汗が溢れてきそうになる。
──……シャカ……っ!
──っ! 今!
コボルトの足音が聞こえたすぐ後に足の爪先が見えた。見えた瞬間に身体は意図的に動き出す。しゃがんでいた状態から一瞬でコボルトの喉目掛けて小刀を振り切る。
相手のコボルトは急に視界に入ってきたエルに驚いて身体を硬直させ、喉を無抵抗の状態で切られる。
──シュッ!
手応えは良い。だけど、此処で安心はダメだ。まだ身体を使って大きな音を出せる。小刀で喉を切られ、喉を押さえているコボルトの後ろから左腕で喉を押さえ、右手で耳から小刀を刺し込む。そして左腕の力を強め、コボルトの体重を此方にかけさせ、音を立てさせないまま地面に横倒らせる。
「ふぅ、行こう」
「おう」
ランタは大丈夫だろうか? さっきから″おう″しか言っていない。多分、痛みで意識が朦朧としているのか、痛みが強すぎて意識が左腕に向けられているのだろう。早くどうにかしないと危ないかもしれない。
「この道を右に曲がるよ?」
「おう」
この状態のランタがしっかりと話を聞いていると信用出来ない。右腕を掴んで、自分が先導する。
右の道を慎重に進む。後、数回道を曲がったら三層への井戸。まだ三層の井戸で後、二回こうやって警戒しながら進まないといけないのだと思って、少しだけ頭の中が曇るが、それも少しの間だけ。
上の層へ登れば登るほどコボルトたちは少なくなり、弱いコボルトたちが多くなる。だから、別にこの状態が何回続いても問題ないとエルは捉える。
井戸まで後もう少し。後、もう少し。
──シャカシャカ
後、もう少し。
──シャカ
なのに、此処で左右からとか……
「ランタ、俺が二匹を相手するから逃げろよ」
″おう″としか言わないからしっかりと俺の言う通りにしてくれるか分からないけど、命令すればその通りに動いてくれるかもしれない。無意識的でも。
「分かった、死ぬんじゃねぇぞ」
「あれ? 意識合ったんだ。ずっと″おう″としか言わなかったから意識が飛んでるのかと思ったけど」
でも、この調子だと大丈夫そうだね。まだ。
「ただ、ボーッとしてただけだ。勘違いするんじゃねぇ」
「それもダメだから、心配するから」
まぁ本当は意識が飛んでましたとかありそうだけどね。
「へっ、勝手に心配でもしとけ」
「じゃあ、行くよ」
「おう、死ぬんじゃねぇぞ」
「なら、ハルヒロたちでも呼んできてよ」
多分、近くにいるからね。まぁランタもギリギリのところだから実際厳しいだろうね。
「会ったらな」
「うん。会ったらね」
「じゃあ、ゴー!」
足音が此方まで近づいて来たのが聞こえた瞬間、二人は散開する。
ランタは三層への井戸への道へと。エルはランタの進行方向にいるコボルトともう一匹のコボルトを相手に。
何か運が此方に向いてきている様にエルは思う。普通なら四層はコボルトは四匹とか五匹とかで一組で行動していることが多いのに俺たちが逃げ回ったりしたからか、まだエルダーコボルトにも、四匹、五匹の団体ともランタが怪我を負って以降遭遇していない。まぁ、今から仲間を呼ばれるかもだけど。
──うぉぉぉぉぉぉん!
一匹のコボルトに傷を与えながら、もう一匹のコボルトには魔法を使って動きを制限させていたら、魔法を使って足止めしていたコボルトが雄叫びを上げた。仲間を呼ばれたのだろう。
だが、上等。
此処に集まれば集まるほどランタは逃げやすくなる可能性もまた増えるかもしれないから、此処でコボルトたちを蹂躙しよう。
「
派手でとにかくこの場所では目立つ魔法──雷を対象の敵に当てるという魔法を使って、コボルトを即座に二匹始末する。
「さぁ、もっと来い」
──うぉぉぉぉぉぉん!
▼▲▼▲▼▲
『うぉぉぉぉぉぉん……っ!』
「ユメたちバレたんかな?」
ユメは心配そうにしながら、ハルヒロへと尋ねる。
「いや、多分」
多分、ランタとエルだろう。
「二人、だよね?」
シホルはハルヒロへと問う。
「そうだと思う」
身を潜め、休んでいた柵から声が聞こえた方向を見渡す。数は何匹だ? 七、八、九、十、十一。普通のコボルト8匹、エルダーコボルト三匹の様だ。あっ、今、雷がコボルトに当たって三匹減った。エルが魔法を使ったのだろう。って……っ!
「ランタ!」
「ばっ、急に名前呼ぶんじゃねぇよ。心臓飛び出すかと思っただろうが!」
「エルは!?」
「見て分かるだろ、あいつは彼処だ。俺がこの調子じゃあ、俺がいても邪魔だと思って、エルの言う通りお前らを探してたんだよ、この怪我だしな」
「じっとしてて、ルミアリスの加護の下に
メリイの魔法によって、ランタの怪我は綺麗に治った。
「よっしゃ! じゃあエル助けに行ってくるか!」
ランタは魔法によって怪我が塞がったからか元気を取り戻し、エルを助けに向かおうとする。怪我が塞がっても血は戻らないのだが、こんな簡単に元気を取り戻すとは流石ランタ。
「そうだな。行こう!」
▼▲▼▲▼▲
「案外呆気無かったね」
焦げたコボルトたちを見て、思うことはこれであった。確かに一斉に攻撃に来られた時は困ったけど、しっかりと背後を取らせなかったらワンサイドゲームだった。
「さて、魔法はまた残り一割強。さっさとランタと合流した方が良いかな、これは」
さて、ランタを追おうと思って、井戸への方角を向いた瞬間。
「エル!」
「おおっ、みんな」
何か奇跡的にハルヒロたちが来た。どうやらランタはハルヒロたちを本当に連れてきてくれた様だ。凄い。
「エルくん!」
「おおっ」
物凄い早さでシホルが此方へと飛び込んできた。いや、今までで一番早い動きだった。あんな早くシホルも動ける様になったんだな。とシホルが此方へ飛び込んできたのに驚きつつ、シホルの成長に感心する。
「大丈夫だった!? エルくん!」
「おい! なんで俺の時はそんな心配しないんだよ! 顔か!? それとも性格か!?」
「全部だろ」
「はっ!? ふざけんじゃねぇぞ、ハルヒロ! 俺を置いてお前らは先に行け! っていう男の中の男なことをしたんだぞ!? 惚れろよ! 惚れ直せよ!」
「ランタのことなんて誰も惚れん。それにランタ一人じゃなくてエルくんと一緒やったし」
「あの、僕はランタくんのことも心配してたよ?」
モグゾーが騒いでいるランタを慰める。
「あ、あり……って、何で男に言われなきゃならんのだ。俺のことも心配しろよ、女ども!?」
モグゾーの言葉にランタは動揺したのか一瞬静かになり、何かを言おうとしたが、その後にまた急に騒がしくなった。まぁランタの照れ隠しだろうとエルはシホルにペタペタと身体を触られながら思う。
あっ、シホル。そこ怪我してる場所。
「シホル、どいてくれないとエルのこと治療出来ないわ」
「無視か!? 無視なのか!?」
「ふっ……元気だな、お前ら」
こういう騒がしい感じを見ているといつもの日常だなと思う。此処まだ敵地だから静かにした方が良いんだけど。
後、身体触り過ぎだと思う。シホル……
あっ、血を舐めようとしないで、コボルトの返り血とかもあって汚いからっ!