その家は酷く不安定な姿をしていた。
元々は石造りの動物小屋のような建物だったのではないかと想像するが、増築に増築を重ね、上に上にと異なる小屋を積み上げて、それが魔法によってかろうじて倒れずに済んでいるというふうな、非常に奇妙で珍妙な住居だった。それが夕暮れの中に聳え立っている。隠れ穴と呼ばれているらしい。
キングズリーとジェーンに遅れて姿を現し、得意げな声で「ようこそ、我が家へ」と言ったパーシー・ウィーズリーは、雑草が生い茂る庭を先頭に立って歩き出した。
「さあ、こっちだ」
「……ここがご実家?」
「いかにも」
ウィーズリー家は純血名簿にその名を連ねる名家だが、あまり裕福ではないという話を小耳に挟んだことがあった。
辺りを見渡すと、土地は広々としているが、あの小屋を寄せ集めたような家を見るに、どうやらウィーズリー家を貶めようとする者の嘘八百というわけではないのかもしれない。
だが、ウィーズリー家の子供たちは皆優秀だという話も耳にする。長兄はグリンゴッツ銀行に勤めているというし、弟はダイアゴン横丁で人気の悪戯専門店を経営している。パーシー・ウィーズリーに至っては父親と同じ魔法省勤めだ。
皆総じて高給取りのはずだが、それでも新しい家に越さないということは、この家に強い思い入れがあるのだろう。思い出は金貨では買えないものだ。
どうしてここに連れて来られたのかも分からないまま、ジェーンはパーシーの後ろを付いて行く。
少し離れた場所では、背の高い雑草がわさわさと揺らいでいたかと思うと、そこからひょっこりと庭小人が顔を覗かせた。その庭小人は猛烈な勢いでこちらに向かって疾走してくるが、前を歩いていたパーシーが慣れた様子で庭小人の首根っこを掴んで捕まえる。片方の足を掴んで豪快にぐるぐると回したかと思うと、森の方に向かって渾身の力を込めて投擲した。些か暴力的ではないかと思いはするものの、こうして小人の方向感覚を鈍らせなければ、またすぐに戻ってくるというのだ。
庭小人は庭や畑を荒らすが、そこは元々の彼らの棲家であり、人間は後からやって来て住居を構えている。庭小人を嫌って敷地から追い払う家もあるが、ここは共存を選択しているのだろう。
ジェーンが以前家族で住んでいた家も郊外の方にあったが、さすがに庭に小人は住んでいなかった。両側をマグルの家に挟まれていたこともあって、庭に遊びに来るのは庭小人ではなく、ハリネズミやウサギ、小鳥、リスといった普通の動物たちだった。
「まあまあ、いらっしゃい!」
その奇怪な建物の中から一人のふくよかな女性が小走りで現れる。使い込まれたエプロンで手を拭い、パーシーの斜め後ろに立っているジェーンの手を取った。
「はじめまして、あなたがジェーンね。あなたのことはよく息子から聞いていますよ。とっても優秀なんですってね」
「母さん!」
「あら、本当のことじゃないの。パーシー、あなたいつも言っているじゃない、彼女をケンタウルス担当室の室長にしておくなんて馬鹿げてるって。あらあら、何を恥ずかしがっているのかしら、あの子ったら。ごめんなさいね」
耳まで真っ赤にしたパーシーがさっさと家の中に入っていくのを見送った女性は、困り顔でジェーンを見やってから、その後ろに立っているキングズリーに目を向けた。
「随分久しぶりじゃない、キングズリー。最近はいつも暖炉越しに挨拶をするだけだったけれど、あなた少し痩せたんじゃない? きちんと食事はしているの?」
「やあ、モリー」キングズリーは苦笑いを浮かべながらジェーンの隣に立つと、こちらを横目に見やる。「こちらはケンタウルス担当室室長のジェーン・スミス。スミス、こちらはモリー・ウィーズリー、パーシーのお母上だ」
「はじめまして、ミセス・ウィーズリー」ジェーンはずっと握られたままだった手で、モリーの手を握り返した。「突然の訪問をお許しください」
丁度夕食の支度をしていたのだろう、家の中からは美味しそうな匂いが漂ってきていた。
「あなた方が来ることはちゃんとアーサーから聞いていましたよ」
「え?」
「キングズリー、あなたも一緒に食べていくでしょう?」
「すまない、モリー。ここへはスミスを送りに来ただけで、私はこのまま魔法省に戻らなければならない。魔法省大臣としてこの事態を収めなければ」
「確かにその通りだけれど──」
モリーは続く言葉を飲み込み、五分だけ待って、と言い残して屋内に戻って行く。その場に取り残されたジェーンが内心で戸惑っていると、キングズリーが声を掛けてきた。
「君は暫くの間ここで匿ってもらうように」
「見ず知らずの人の家でですか?」
ジェーンが囁くような声で言えば、キングズリーはそれがどうしたと言わんばかりに肩を竦める。
「元同僚の実家だ、見ず知らずというわけではない」
「ですが」
「ここは少し前まで不死鳥の騎士団の本部だったからな、まだ保護魔法は生きている。家族の身の安全を守るためにアーサーが忠誠の術で更なる保護を重ねるだろう」
「私を保護してこの家の方に何の利益があるのです?」
「利益になるかどうかは分からないが、魔法省大臣に恩は売れるだろうな」モリーが戻ってこないことを確認するように、キングズリーの視線が素早く動く。「君には私の目の届く場所で大人しくしていてもらいたいんだ。これ以上騒ぎを大きくしないためにもな」
「どのようにして事態を収拾させるおつもりなのですか? こんなことは言いたくありませんが、今の闇祓い局はまったく使い物になりません」
「魔法警察特殊部隊に協力要請を出した」
「先の戦いで特殊部隊がどれほどの痛手を負ったかはご存じのはずです」
「彼らは二つ返事で要請に応じてくれたよ」
「我々が行うべきは弔い合戦ではないのです、大臣」意図せず語気が強くなるのを感じて、ジェーンは心を沈めようと一呼吸置いてから口を開いた。「魔法警察部隊は大勢の仲間を失い、憤っています。彼らは大臣からの要請に託けて、脱獄した死喰い人を殺そうとするでしょう。それは大臣ご自身の方針に反するのではありませんか?」
「では、どうしろと言うのだ?」キングズリーの声が僅かに固くなる。「闇祓いや魔法警察特殊部隊を頼るなとでも言うつもりか?」
「彼らは死喰い人を殺す大義名分を得たのです、大臣。死喰い人は再び監獄に繋がれるくらいなら戦って死ぬことを選ぶでしょう。下手をすればこちらにも犠牲者が出かねません」
「それも致し方あるまい」
それが戦争というものだとでも言うふうにキングズリーは言った。
ああ、所詮はこの男も綺麗事や理想論を口にするだけの、期待外れの魔法省大臣だったのかもしれないと思い、ジェーンは口を噤む。
戦争は終わった──イギリス魔法界に生きる魔法族のほとんどはそのように思っている。平和は戻ったと信じている。だが、死喰い人の残党がこのロンドンに身を隠している以上、この国の平和は常に脅かされ続けている。
ただただ恐怖心から従っていた者は御し易いが、本心から闇の帝王を慕い、絶対的な忠誠と服従を誓っていた者ほど御し難いものだ。
コーバン・ヤックスリーは明らかに後者に当てはまる。かつての仲間を召集し、闇の帝王の本懐を遂げようと決起する可能性も皆無ではない。
この魔法省大臣ならば、ある程度のことは予測できていたはずだ。
死喰い人を殺さず捕らえれば、再び脱獄されるという危険性があることも見越した上で、それでも生かしたまま捕らえた。
慈悲を見せたつもりなのだろうか。自分はお前たちのような野蛮な魔法使いとは違うのだと。敵だからといって、大勢の罪もない人々を殺したからといって、むやみやたらと殺しはしないのだと。お前らがマグル生まれの魔女や魔法使いから剥奪しようとした人権を認めてやると、傲岸不遜な態度を取って。
もしこれが、吸魂鬼をアズカバンの看守から外すための布石だとしたら、尚悪い。それ見たことかと、ウィゼンガモットの議員たちを黙らせるためなのだとしたら、力なき民衆を蔑ろにしすぎている。
「私のやり方には納得できないようだな」押し黙るジェーンを見下ろし、キングズリーはすうっと目を細めた。「では、君のやり方を聞こうか、ミス・スミス。死喰い人は君の話しにならば耳を傾けるかもしれない」
「……それはどういう意味です?」
「君は実に聡明な魔女だ。闇の帝王の支配下にあった魔法省では死喰い人の目を掻い潜り、大勢のマグル生まれの命を救っていた。それならば、我々の目を掻い潜り、死喰い人と秘密裏にやり取りすることも容易いだろう」
たとえそれがただの挑発であったとしても、本心からの言葉ではなかったとしても、売り言葉に買い言葉であったのだとしても、この男はたった今、ジェーン・スミスが身も凍えるような恐怖の中で、歯を食い縛りながら耐え忍んできた日々の全てを嘲弄したのだ。
ああ、これが怒りというものなのかと、頭の片隅では酷く冷静に物事を考えながらも、腹の底では何かが沸々と煮えたぎるような熱を感じていた。この男の横っ面を引っ叩かなかっただけ自分を褒めてやりたいとジェーンは思った。
「……大臣は今、私を心底失望させました」
「それで負け惜しみのつもりか?」
「いいえ、大臣」それが何かとは言わない。だが、確かに何かの砕け散る音が、ジェーンの中で儚く響いた。「どうかお命を大切になさってください。あなたが危機に陥ったとき、誰かがあなたの盾となってくれますように」
キングズリーは、モリーが持ってきた食べ物でいっぱいのバスケットを抱えて、魔法省に戻っていった。パーシーも一緒に戻るのかと思いきや、ジェーンと一緒に食卓に着いたので、恐らくは監視役を任されているのだろう。
「どうぞ、ここに座って」
見える範囲に玄関と呼ばれるものはなく、庭に続いている勝手口のような場所で身の置き場に困っていると、若い女性がそのように声を掛けてきた。
「あのパーシーがいつも自慢げにあなたのことを話しているから、もっと堅苦しそうな感じの人だろうと思っていたのだけれど、全然違ったわね」早く早くと促された椅子に腰を下ろすと、その女性はジェーンの隣に座り、顔を覗き込んできた。「凄く美人」
「どうもありがとう。あなたもとても綺麗ね」
手入れの行き届いたソマリのように美しいこの女性がパーシー・ウィーズリーの妹だとは、こうして一つ屋根の下で暮らしている様子を目の当たりにしなければ、信じられなかったかもしれない。
その女性は大きな鳶色の目をゆっくりと細め、魅力的に微笑む。容姿を褒められることなど日常茶飯事なのだろうが、満更でもなさそうな様子だった。
「私はジニーよ。そっちがロン。ジョージはまだ帰ってこないと思うわ。ダイアゴン横丁にお店を開いているの」
「ああ、そういえば」ジェーンはそう思い出したように言うと、ジャケットの内ポケットに手を入れる。「ウィーズリーが──あなたのお兄さんが持ってきた袋の中にこの子が入っていたのだけれど、心当たりある?」
「まあ、ピグミーパフ!」ジェーンが鷲掴みにしたピグミーパフを両手で受け取ったジニーは、愛おしげに頬を寄せた。「ジョージが繁殖させているのだけれど、たまに荷物の中に紛れ込んでしまうことがあるみたいなの。ごめんなさい」
「返しておいてもらえる?」
「このままもらってしまえばいいのに」
「うちには猫がいるから」
「あらそう、残念ね」ジニーは本当に残念そうに口角を下げてから、手の平の上にいるピグミーパフを見つめた。「せっかくだから、私のアーノルドの友達になってくれる?」
ピグミーパフはパフスケイン同様、人間の食べ残しや小さな虫を好んで食べるので、家庭で飼うには比較的好まれる魔法生物だ。ふさふさとした体毛には魔法成分が含まれている。従順で大人しいが、眠っている飼い主の鼻の穴に長い舌を入れて鼻糞を食べる習性があるので、夜は鳥籠のようなものに入れておいた方が良い生き物だ。
ジニーが自らの足元にそっと下ろしてやると、ピグミーパフは床を這いずり、食べ物を探しはじめた。ホテルの部屋は床や天井の隅々まで綺麗に清掃されていたので、ピグミーパフの食料になるようなものがなかったのだ。パン屑をわざと落としてやっていたが、それだけでは足りなかったのだろう。
空腹を満たす旅に出掛けたピグミーパフに目を向けていたジェーンは、不意に視線を感じて顔を上げた。一瞬、ロンと紹介された青年と目が合うが、すぐに逸らされてしまった。
「さあ、ジェーン」大きな鍋を魔法で浮かせながらやって来たモリーが、ジェーンの前に用意されていたスープ皿になみなみとシチューを注いでくれた。「たくさん作ってありますから、遠慮せずに食べてちょうだいね」
「ありがとうございます、お言葉に甘えさせていただきます」
「焼きたてのパンもどう?」
「いただきます」
アーサー・ウィーズリーが自慢していた通り、夫人の作る料理は非常に美味しかった。隣に座るジニーからの質問攻めや、少し離れた席からこちらを訝しげに見ているロンの眼差しがなければ、もう少し食事を堪能することができただろう。
食後、是非とも後片付けをさせてくれと申し出たが、夫人は「とんでもない!」と大袈裟なくらい大きく首を横に振って、ジェーンをキッチンから追い出した。リビングで寛いでいるように言われるが、そこでは既にウィーズリー家の子供たちが体を休めている。
パーシーは夕刊を、ジニーは雑誌を広げ、ロンはぼんやりとチェス盤の上の駒を動かしていた。全員が適度な距離感を保ちつつ座っているので、そこに割って入るのも難しい。
仕方なくダイニングテーブルの一番端の席に腰を下ろしたジェーンは、テーブルの上に無造作に置かれている日刊預言者新聞を引き寄せた。どこを見てもアズカバンからの集団脱獄の記事は掲載されていない。夕刊にも間に合っていないようなので、明日の朝刊の一面にでかでかと出されるのだろう。アズカバンからの集団脱獄、再び。魔法省の度重なる不手際、魔法省大臣の進退やいかに──見出しはこんな感じだろうか。途中、酷く美化された自分の記事を見かけるが、文末の記者名を一瞥し、読むのをやめた。
誰かこの状況について詳しく説明してくれと切に願いながら、ジェーンは辺りを窺うように視線を巡らせる。すると、来たときには目にも留まらなかった、多くの不可思議なものが目に入り、思わず目を丸くした。
少し離れた場所にあるロッキングチェアでは、二本の編み針がせっせと靴下を編んでいる。籠の中にある洗濯済みの衣類は、勝手に折り畳まれ、次々と積み上げられて、不安定にぐらぐらと揺れていた。シンクでは夫人の指揮に従い、スポンジに洗われ、清潔な布巾で拭われた食器たちが、ふよふよと宙を漂いながら、順番に食器棚に帰っていく。
子供の頃、家では極力魔法を使わず、ほとんどマグルのような暮らしを送っていたジェーンにとって、それらは新鮮な光景だった。
母は細々とした家事が好きで、父が魔法でさっさと済ませてしまうことを快く思わないような人だった。私の仕事を取らないでと言って、よくむつけていたことを覚えている。
だが、生前の母は、父が魔法で火を入れた暖炉の炎をぼんやりと眺めているのが好きだと、そのようにも話していた。冬になるとその暖炉の前に座って編み物をしていた姿が強く印象に残っている。シェットランド諸島生まれの母は編み物が本当に得意で、彼女のフェアアイルニットはマグルのセレクトショップの店頭に並べられるほどの腕前だった。クリスマスプレゼントはいつも母が編んでくれたニットで、それらはいつまでもジェーンの宝物だ。
キッチンに立ち、鼻歌混じりで食後の後片付けを一手に担う夫人の後ろ姿を眺め、不意に思い出す。
魔法省の記録では、このモリー・ウィーズリーがホグワーツの戦いでベラトリックス・レストレンジと杖を競わせ、勝利したとある。このいかにも母親といった風体の女性が、あの戦闘狂に真正面から戦いを挑み、勝利したのだ。
死の呪文により殺されかけた娘を守るために戦ったそうだが、俗に言う『母は強し』という簡単な言葉で片付けて良いような事柄ではない。ホグワーツ時代はさぞ優秀な成績を誇る魔女だったのだろう。能ある鷹は爪を隠すとはよくいったものだ。
だが、今は亡きベラトリックス・レストレンジもウィーズリー夫人と同じく、母だった。
もしもベラトリックスに生まれたばかりの子供がいると知っていたら、ウィーズリー夫人は何の躊躇いもなく、自分の娘のために殺人を犯せただろうか。
ベラトリックスは最期の瞬間、自らの子の成長を見届けられないことを無念に思っただろうか。殺戮という殺戮を繰り返してきた闇の魔女でも、自らの子を愛おしいと思ったのだろうか。
今更真実を告げたところで詮無いことだ。それに、人の子を殺すことに砂塵一粒ほどの良心も痛まない魔女の気持ちなど、ジェーンには分かろうはずもない。
母を思う。他人の母を見るにつけ、病死ではあるが、母が生きていればと思ってしまう。
あのとき、ベラトリックス・レストレンジを殺しておけばよかったのではないかと、何度思ったことだろう。しかしながら、誰かの母を殺し、その子から恨まれる責任と覚悟を負えるほど、自分は図太い人間ではない。
人を殺すと魂が引き裂かれるという。自分の魂は一体いくつに引き裂かれているのだろう。だが、人殺しが魂を引き裂くという真実を知る者は少ない。引き裂かれた魂で作られるものがあるということも。
お前がコーバン・ヤックスリーを殺していれば、こんなことにはならなかった──危うく魔法省大臣に向かって吐き出しかけた言葉を思い出す。
ヤックスリーが生きたまま捕らえられたと耳にしたときは、心の底から落胆した。なぜ殺さなかったのだと誰かを激しく責め立てたかった。あの男がこの世のどこかで呼吸をしている限り、自分は生涯、生きた心地がしないまま心臓を動かし続けるしかないと思っていた。
ジェーンがヤックスリーの死を願うように、ヤックスリーもジェーンの死を願っているのだとしたら、これ以上の両思いはない。この両思いはどちらか一方が、もしくは両方が死ぬまで終わらないのだ。
このまま放っておけば、誰かがヤックスリーを殺してくれるだろう。ジェーンはそうなることを強く望んでいる。あの男が死ねば、人知れず裁判に忍び込んで、物陰から錯乱の呪文を使う必要もない──だがもし、あの男が自分の預かり知らぬところで、ジェーン・スミスが明るみに出していない真実を語ってしまったとしたら──考えれば考えるほど、すべてが無意味に思えて、絶望的な気持ちになる。
どれほど上手く秘密を隠匿し続けたとしても、隠された罪がなかったことになるわけではない。素直に罪を認め、償った方が、精神衛生上良いことも分かっている。
だが、父ユアンはどう思うのだろうかと考えるにつけ、すべての真実を打ち明ける意志が削がれてしまうのだ。娘が許されざる呪文を使ってかつての魔法省大臣を意のままに操り、我が身可愛さに人を殺し、こうしている今も死喰い人と取引をした上で生きながらえていることを知ったら、酷く悲しむに違いない。
「ジェーン」
テーブルにある焦げをじっと見つめていたジェーンに、ウィーズリー夫人の穏やかな声が掛けられる。そのどこか気遣わしげな、こちらの様子を窺っているかのような声音を受けて、ジェーンはそっと顔を上げた。
「食後のお茶は如何かしら」
もしすべてが誰かのために犯した罪なら、それを大義名分にすることで、後ろめたさを感じずにいられたのかもしれない。人を殺めたとしても、それが娘のためならば、それを誇りとすら思えるのかもしれない。だが、ジェーンの罪はすべて、保身のために行なったものだ。
「ええ」ジェーンは魔法で運ばれてくるティーセットを一瞥してから、夫人を見上げてにこりと微笑んだ。「いただきます」
自分は善人になどなれはしないのだとジェーンは思い知ったのだ。
『目の前でただただ殺されていく運命にあったマグル生まれの魔女や魔法使いを亡命させることと、魔法省に追われ、敗走を強いられているあなた方に救いの手を差し伸べることは、私にとっては大差ないことなのです』
よくもまあこんなことを言ったものだと、今はただ、自分自身に呆れ果てている。ジェーン・スミスの心には自分だけの正義というものがないのだ。だからこそ、闇の帝王の支配下にあった、あの魔法省でも巧みに生きながらえることができたのだろう。
水面を漂う笹舟のように、ただ流されるまま、行き着く場所へ行き着くまで、息を殺して成り行きを見守っている。そこに自分の確固たる意思はない。少なくとも、ホグワーツ魔法魔術学校に入学をしてからはずっと、そういう生き方をしてきた。
『私のような些末な者にも自負と矜持があります、大臣』査問会を顧みると、自分自身の発言に反吐が出そうになる。『私は私のやるべきことをしたのです』