血液由来の所長   作:サイトー

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啓蒙8:悪魔殺し

 瞬間―――ローレンスは、脳に刻んだカレル文字を解放した。手を抜いて生存出来る脅威ではなく、同時に自らの神秘を十分に叩き付けられる相手だと判断。

 

「◇□□□□◇◇――!」

 

 人間の声とは思えない奇っ怪な音。獣でありながら理性的で、猟奇的でありながら生物が発する声ではなかった。怪鳥の鳴き声の方が人間の声に近いだろう。

 まるで―――カリフラワーのような人狼だった。

 誰も見たこともなければ、思考回路に浮かぶ事さえ拒否する狂いに狂った異形の者。ローレンスは啓蒙のまま自己が変態したことが快感に過ぎ、無意識の内に片手を上に捧げ、もう片手を水平に構えていた。それこそ、空にある宇宙へと通じる交信だ。

 

「ッ――――……ふ!」

 

 同じく、忍びもまた全力を覚悟した。無言のまま気合いを込め、御霊降ろしによってその身に阿攻の加護を宿らせた。首なしの勇者の遺魂は彼の意志に入り込み、まるで気が狂った赤目のように忍びの両目も血の輝きが光り出す。

 隻狼が得た業。遺魂を身へ降ろす構え。

 血煙のような全身を纏う淡い赤。明らかに、先程よりも強くなったと分かる忍びの凶悪な気配。隻狼は慣れ親しんだ御霊降ろしによる自己強化を行い―――赤い飴を、噛み締めていた。業による形代で首なしの遺魂を降ろすことも出来ようが、あのおぞましい騎士甲冑の悪霊を殺す為にも、溜め込んだ形代は一枚でも節約したい。生前の葦名においてあの仙峯寺が無計画な研究のし過ぎで資金難に陥り、死なずの研究資金を得る為に商人へ卸していた飴は、こうして狼がカルデアに召喚された事で現代に復活した。

 

「―――太陽万歳……!」

 

 他三人と全く同時に、アン・ディールも脈絡もなく全身が燃え上がった。煤けて熔けた騎士甲冑を何処からか身に纏い、赤い焔が余熱のように内側から溢れ出る。右手には螺旋状に捻れた燃える大剣を構え、そのまま布の御守を握った左手を天に向ける。

 するとキラキラと、輝く誓いの光が彼女へ降り注いだ。

 太陽を愛する戦士達の奇跡が彼女を守り、強め、更なる太陽の戦士へと崇めるべき者へ物語る。奇跡とは物語に他ならず、誓いの物語は戦士を謳う太陽の唄であるべきだ。ならば、太陽の化身と成り果てた者がいるのだとすれば、もはや太陽の物語は火を継ぐ者の為にあり、火の簒奪者が物語そのものを奪い取ったことだろう。奇跡を唄う者がただ一人しかいないこの絵画世界(テクスチャ)において、嘗ての物語全てが彼女の薪となる闇に集約する。

 太陽万歳―――正しく、世界はその通りだった。

 最初の火を奪った闇の王こそ、腐った絵画を焼いた太陽の正体だった。アン・ディールは太陽の光を纏い、その存在をより強固にさせる。

 

「……宇宙は空にある―――――」

 

 力を込めれば直ぐに砕けそうな古い骨を握り、所長はその古狩人の遺骨から神秘を抜き取り始めた。彼女自身が持つ生まれながら持つ魔術回路と、脳味噌に生えた思考の瞳と、蛞蝓と人形が住まう悪夢と、その悪夢から齎される啓蒙と、清く穢れた血の意志と、肉体に植え付けた寄生虫と、軟体精霊を溶かして染み込ませたアニムスフィアの魔術刻印が、それら全てが一つに統合することでオルガマリーの神秘と魔術は世界を歪曲させて意志のまま発現する。

 時空間が歪み―――何もかもが、遅延した。

 彼女の瞳が映す世界を脳が許す限界まで加速してしまう。本当に何もかもが遅くなり、比例して世界にとって所長こそ加速し続ける異常存在。周囲を高次元空間へ歪ませ、所長は己が時空間を加速させて行動を開始する。

 

「アンバサ……―――」

 

 それは、嘗て神を讃える言葉だった。つまりは、神と畏れられた獣を讃える聖職者の欺瞞的だった。だが世界が滅び終わった果てとなる今となれば、その言葉は正しく真実そのもの。神への祈りは信仰者へ力を与え、騎士甲冑を着込む彼を更に白い霧が覆い包む。霧こそ獣が齎したソウルが漂う姿であり、それを鎧とする奇跡を果てして奇跡などと呼んで言い物なのか。しかし、獣こそ神ならば、やはり守りの奇跡は全く以って神からの加護に他らない。

 堅き護りは―――神が語る論理である。

 もはや、それは奇跡であり魔術でもある神の力と化していた。魔術として生み出されようとも、全て獣の力を人間が如何に見出して作ったかの差異に過ぎなかった。獣の霧は淡く輝く光の玉となり、騎士の全身を玉が連なるように重なり合い、霧はあらゆる全てに変容する。

 今の騎士にとって、祈祷も論理も同じこと。全てがソウルの業であり、神の力であり、獣の霧に過ぎないのだ。祈るように論理を為し、また論理を祈ることさえ容易かった。

 

『――………』

 

 各々が戦闘準備を同時に行い、また時を同じく完了させた。一人はL字ポーズとなり、一人は仏像のような構えとなり、一人は空へ祈りを捧げ、一人はグッと片腕を上げ、最後の一人は両拳を合わせて拝んでいた。本当に瞬きのみの間、自然と誰も動かずに時が止まる。

 ………刹那な静寂が、決戦場に訪れた。

 戦闘中に何故か息が合ってしまい、唐突に訪れる空白の間が漂ってしまっていた。

 

『……え、なにこれ。変身バンク?』

 

 そんなロマニの言葉が―――決戦の幕開けだ。

 

「―――――――シッ!」

 

 所長は無言のまま烈火の如き気迫を出す。それは凶悪なまで濃い殺意であり、必殺の名に違わない狩人の業であった。もはや一瞬も満たず、その気迫が空気を振動させて皆の耳に入るよりも早く、騎士の元まで入り込んでいた。

 ……縮地、と言う武術の歩行技術がある。

 業を極めたヤーナムの狩人が持つ独自の歩行(ステップ)は、ビルゲンワースで業を生み出した学び舎の狩人ゲールマンより他の狩人で伝わり、そして狩猟技術を学んだ狩人から狩人へと伝授されていった技術の集大成に他ならない。縮地と呼ぶには相応しくない狩猟技巧ではあるが、それに値する究極の一となる一歩である。そして、狩人の夢に囚われた狩人は、ゲールマンが住まう夢に自らの心技体を啓蒙され尽くされ、血と共に狩猟の業を受け継いでしまっている。

 学ぶまでもなく狩人は、青ざめた血と共に狩りを―――継承した。

 脳に悪夢となって寄生する蛞蝓もまた、オルガマリー・アニムスフィアの意志と肉体を啓蒙し尽くしている。体の隅々まで上位者の蛞蝓を根源とする小さな血の虫が流れ込み、細胞の一つ一つが狩りを覚え、夢によって意識も業を啓発した。

 そんな狩人が、古狩人の業「加速」によって時空間を超越すれば如何なるのか?

 

「フ―――――――ッ!」

 

 恐ろしい答えを今、悪魔の騎士は味わう事となった。常の踏み込みとは違い、所長は自分自身が悪夢にズレ込むように加速時間をステップし、一瞬だけだが所長は確かに通常の空間から夢みたいに消えている。隻狼が持つ忍具である霧がらすと似た能力を持ち、その一瞬だけは何者も彼女を捕える事は不可能だろう。

 だが騎士の眼力が誇る見切りは、その業も含めて理解する。目に見えぬ程に素早く移動し、時空間を超越する加速歩行は凄まじいが―――それでしかない。

 加速のまま振われるノコギリ鉈の一振り―――ジャギン、と当然のように盾で弾く騎士。

 金属を鋸刃で削る不快な音がとても大きく大空洞に響き渡るも、その音こそ騎士が所長の加速の業に対応した証明だ。そして、騎士は盾を構えながらその身を守りつつ、右手に持つ得物―――北騎士の剣(ナイトソード)刺突武器(レイピア)のように突き出した。

 所長はその突きを当然のように見切り、更に一歩相手に踏み込む。盾で守れぬ側面から攻撃し、それを避けられるとなれば右手の旧式拳銃(エヴェリン)で銃殺するのみ。だが相手も手練の騎士、その騎士剣で鋸鉈を防ぐことで武器を封じ、盾を突き出して相手の視界を一瞬だけ封じ、所長の腹を一気に膝蹴りした。後ろにステップすることで威力を抑えることに所長は成功したが、凶悪な膂力によって風圧さえ生じており、彼女は流れるように空中へ持ち上げられた。

 騎士はそんな所長を逃すつもりは皆無。だが―――敵対する相手が一人だけなら、追撃も可能だったことだろう。

 

「◇□□□□◇◇」

 

 おぞましい奇声を上げる軟体啓蒙獣(ローレンス)は、その奇怪な音さえも神秘を為す呪文なのだろう。カリフラワーのような頭部にある獣の口らしき場所から、燃え上がる赤い血漿蛞蝓を銃弾のように騎士へ吐瀉した。そして蛞蝓に全身を集られる過去を垣間見るように思い出すも、騎士は容易く銃弾を見切る化け物だ。一歩だけ右に動くだけで蛞蝓吐瀉物を回避し、軟体生物と植物と獣を合成させたサーヴァントを突き殺すべく、ついでに燃える蛞蝓(ゲロ)を吐き出してきた狂人を始末するべく、必殺の意志を込めて剣を見舞う。

 しかし、空中より忍びが刀を構えて落下。

 そして、薪の灰が雷を槍のように投擲。

 敵を一人追い込めば、その隙を狙って他の者が攻撃する。味方の危機さえ好機にし、相手の必殺を虎視眈々と狙う殺人技巧―――ああ、酷く懐かしい、と騎士は人間のデーモンだった頃を思い出し、だからこそ敵の思考回路を読み取れる。

 躊躇わず、騎士は跳躍した。ただの人間だった頃には出来ぬ脚力だが、今の騎士は人に非ず。忍びの暗殺を警戒していたことで逆に暗殺返しを狙うが必勝。あの赤く燃え融けた騎士が投げ放った雷は高速飛来しつつ、そのまま狙った相手である騎士を自動追尾する。

 だがしかし―――忍びは、これを待っていた。

 足場の無い空中こそ隻狼が得意とする忍びだけの戦地である。空中忍殺をするべく体を一瞬で翻し、騎士を一刀両断すべく死を閃かせた。尤も、騎士は技巧だけでデーモンを殺し尽くす唯の人間だった者だ。無論のこと対人戦にも慣れており、恐ろしいことに騎士は忍びを相手に空中で、その空中忍殺を北騎士の盾(ナイトシールド)弾き逸ら(パリィ)した。

 そのまま殺そうとするも、しかし忍びの眼力を見切った騎士に油断はない。忍びは体幹がズレたが完全に崩れた訳ではなく、相手を空中で更に蹴り飛ばし―――騎士も同じく、忍びの蹴りに脚を合わせて蹴り出した。無理な蹴撃によって騎士は体幹が崩れてしまって体勢が空中で崩れたが、目論見は達成した。薪の灰と騎士の中間、即ち太陽の光の槍の弾頭軌道上へ忍びは蹴り飛ばされたのだ。

 ―――アレは、駄目だ。

 地面に降りた所長はアン・ディールが放った雷槍を見て、その神秘を一目で啓蒙してしまった。神霊魔術に匹敵する宝具でさえ鱗で防ぎ弾くだろう竜種の神を、恐らくは一撃で突き穿って地面に落とす神の奇跡だ。空を飛ぶ神以上の存在を地に落とす為の神秘を、果たして“人間”を極めたサーヴァントとは言え、受肉した忍びが受けて無事で済むものだろうか。

 

「――――ぬぅう………ッッ!!!」

 

 だが―――その程度の危機を踏破してこそ、葦名を相手した天文台の忍びよ。

 オルガマリー・アニムスフィアを主とする隻狼は、この特異点を修復する為ならば手段を一欠片も選ばず。横目で盗み見たアン・ディールのその秘術も一瞬で雷鳴が纏わり付くの見抜き、その攻撃方法を様子から見切っていた。

 直撃―――刹那、竜殺しの神雷が刀に宿る。

 念を刀身に宿らせる纏い斬り。殺し極めた業へ至った狼にとって、殺し尽くされた古竜の怨嗟が積もる奇跡の物語も同じもの。怨嗟の炎と同じく神の雷撃を刀に纏わせ、忍びは雷電を一筋の投げ槍として撃ち放った。

 ―――雷返し。

 仙郷に住まう桜竜の落雷を受け止め、そのまま斬り返して神なる竜を倒した葦名の業。

 

「――――ガッ!!!」

 

 騎士は、騎士甲冑と光玉の防護鎧を貫通した雷撃で全身が痺れて硬直。盾を構えて受け止めたが、それでも隻狼の雷返しで更なる怨嗟を積もらせた竜殺しの雷槍は、この騎士であっても万全に防御可能な神秘ではなかった。

 

「ひゃっはー、流石私の忍びよ!!」

 

 何時の間にか旧式拳銃(エヴェリン)から重機関銃(ガトリングガン)へ持ち替え、更に魔術回路をフル起動させた強化魔術を施した上に、骨髄の灰を銃火器に所長は染み込ませた。

 身動き出来ない相手に躊躇わず―――連続発砲。

 ガガガガガガ、と弾幕が炸裂し続ける重い音が奏でられた。同じく、その発砲音と同じ回数の着弾音が鳴り響いた。

 

「ああ……やはり、宇宙は空にある――――!!」

 

 掲げた両掌から小宇宙を空へ開き、その高次元暗黒から星々の小爆発を呼び掛けた。相手が怯んで身動き出来ない隙を逃さず、更に自分は安全な遠距離から一方的に攻撃する。やはり医療教会の理念を啓いた学び舎の狩人は、人間を狩り殺す最も有効な術を理解していた。卑怯者で在る程、狩人は狩猟が巧いものである。所長が空に浮かばせた宇宙と比べれば小さいのだろうが、その小爆発一発一発が当たったサーヴァントの肉体を抉り飛ばす破壊力を持つ。

 ―――まるで、空間を炸裂させた音。

 騎士は更なる白い霧を纏い、その神の力を一気に解放させていた。

 

「神の、怒り……っ―――!?」

 

 アン・ディールは騎士が放ったソウルの業を見抜く。その神秘のからくりを把握してしまった。それは正に、あの腐れ滅んだ神々よりも更に古き力の具現。だが彼女のそんな言葉も爆風の中に消えていき、何もかもが光に呑まれて行き、周囲全てが空間ごと吹き飛ばされた。

 ……騎士を中心に、地面にクレーターが作られている。

 スプーンで柔らかい豆腐やプリンを掬い上げたように、綺麗な断面で半球状の穴が掘られていた。

 

「……ふ、相変わらず苦い草だ。しかし、駄目だな。流石に同格相手では、四対一は無謀だったか。まぁ、慣れてはいるが」

 

 ムシャリ、と兜の口元を開き、そのまま草を食べた彼は呟いた。騎士と戦っていた四人全員が数十メートルは吹き飛んだ。爆発源から近かった者は生命力を強引に削り取られ、直撃せずとも爆風で地面に何度も叩き付けられた。

 この騎士とて、数の暴力を理解している。一対一ならば勝率は高いが、一人二人と増えれば敗北するリスクが劇的に上がる。ならば複数相手に一発逆転の技を隠し持つのは当然であり、ガトリング銃と小爆発の弾幕で巻き上がった土煙が巧いこと騎士の動きを隠していた。指輪と技術で巧妙に隠していた殺意と魔力の気配を相手に感じさせる頃には、既に獣より啓発された神の怒りを彼は全周囲へ向けて力を解き放っていた。

 しかし―――正しくこれこそ、眷属(ケモノ)となった騎士が撃ち放つ“神の怒り”である。

 嘗ての破壊力からは程遠い異常なまで膨れ上がった殺傷能力。地形を一瞬で容易く変える獣の奇跡となれば、名前通り神の怒りに相応しい。

 

「……では―――殺すか」

 

 騎士盾を持つ左手、その手首に巻き付けた獣の触媒(ペンダント)を光らせる。騎士はまるでシールドに仕込んだ銃火器を発砲するかの如き動作で、小さな火球の弾幕を所長へ向けて連発。騎士は敵対者共のリーダー格となる人物を見抜いており、まずはと最初の殺害対象として選んでいた。

 火の飛沫と呼ばれた魔術―――しかし、もはや重機関銃に等しい殺戮神秘である。

 ソウルの業は使い手のソウルが膨れ上がり、進化し、深化し、それこそ獣に並ぶ神秘(ソウル)の持ち主ともなれば、術理の限界に届くまで強くなるもの。威力、弾速、連射の三つが強まった騎士が制御する火の飛沫は、人類が生み出した殺戮兵器を超えた神秘兵器であるのが必然。

 

「……所、長ッ―――!?」

 

 だから、彼女はジッと黙って待ち続ける事など出来なかった。

 

「弱き人の子よ。だが、強き意志を持つ者よ。良き護りの盾だが―――」

 

 機関銃のような火の飛沫をマシュは所長を守る為に受け止め続ける。だが騎士は弾幕を張りながら嘗て無限に殺し尽くした偽王の力を真似て、地を滑る様に移動することで彼女の眼前に一瞬で迫った。

 

「―――騎士として、未熟なり」

 

 悪魔の男は北騎士の盾(ナイトシールド)を使ってマシュの十字架盾を押し出(バッシュ)した。しかし、そんな事は彼女とて理解していた。敵と自分の技量差を計ることさえ出来ない程、この騎士はサーヴァントとしても見ても異次元領域の巧さを誇っている。

 如何に堅く盾を構えた所で、一切無価値。

 どれ程強く盾を押そうとも、合切無意味。

 自分以上の盾の技巧を誇り、騎士は堅牢。

 ならば、単純に相手と技巧を挟まない力比べに持ち込む他に手段無し。盾が全く通じない技巧の悪魔が敵だろうと、それでもマシュは盾の英雄として戦わねばならないと自分自身で決心したのだから。

 

「それが、どうしたと言うのですかぁ……!!?」

 

「貴公……それは、捨て身か?」

 

「―――――!」

 

 しかし、向かって来たマシュに騎士はあろうことか、その硬い兜で頭突きを喰らわせた。生身の少女が相手だろうと、頭部を砕く躊躇いの無い攻撃だった。所詮は人間性を捨て去った人真似ばかりのデーモンなのだろう。

 しかし、人間がかまされると本来ならば頭部が血飛沫になって霧散する破壊力であったが、マシュはシールダーのデミ・サーヴァント。英霊と大盾からの護りによって彼女は額から血を流すだけで済み、頭蓋骨が指で押し込まれたビニールボールのように陥没することもなかった。

 

「だが称賛しよう―――……」

 

「ぁ………ッ――――――」

 

 頭部を狙って降り下した騎士剣の刃であったが、マシュは咄嗟に回避。何故かは分からなかったが、男はそんなマシュを見て本気で剣を振り下せなかった。隙を晒した敵を殺すなど幾万を超える程してきた行為だと言うのに、殺意を込められず何時もの反射的行動で温い剣戟を放ってしまっていた。

 剣に意志も込めずに振い―――その一閃が、振い終わった。

 

「……左腕は、頂くが」

 

 そして―――彼女はそれでも斬撃を避け切れなかった。

 ボトリ、と言う物が落ちた音。地面に堕ちた少女の左腕を流し見た騎士は、止めを刺そうか否かと言うデーモンに堕ちた筈の自分自身が思う訳もない葛藤に驚きつつも、それでも人間性を捨てた悪魔の心は躊躇わず剣を構えさせていた。

 

「マシュぅうううう――――――――!!?」

 

『マシュ……ッ――――!!!』

 

 その光景を見ながらも、藤丸は叫び声を上げても止まらず走った。通信機越しで見ていたロマニも、自分の声がマシュに届かないのだとしても叫んでしまった。

 

「――――ぐぅ、うぁわぁあああああ!!」

 

 けれども、それでもマシュは自分がシールダーであるのだと―――カルデアの盾なのだと、決意を強く、何よりも強く奮起させている。

 たかだか腕を斬られた程度の痛み、と自分で自分の痛覚を誤魔化した。

 

「貴公。まことの、騎士なのだな……」

 

 自分の胴体を砕く勢いで抱き締める片腕の少女を上から見て、この少女が所長と呼んだ女を殺す自分を捨て身で止める騎士を見て――――悪魔殺しの悪魔(デーモン)は、最後まで自分を見守ってくれた女を踏み潰したことで失った筈の人間性が今この瞬間、僅かに燃えるのを実感してしまった。

 自己犠牲など、そんな人間性に溢れた人間的行動が自分の行動原理だった。そんな悪魔に成り果てた騎士にとって如何でも良いことを、盾を投げ棄てて自分を盾にする少女を見て思い出してしまった。

 騎士は確かに、そんな自分と、それを思い出させるマシュに驚いていた。だが驚くと言うことは、その驚愕してしまった対象へ意識が一点集中することを意味する。

 

「……――――」

 

 短銃の発砲音。パン、と二つの銃口から撃たれた弾丸二射。それら二つは騎士の両目を突き破り、脳味噌を破壊し、兜で守られた頭蓋骨を粉砕した。

 

「―――くたばれ、悪魔が」

 

 部下の腕を奪った奴相手に、所長は怨嗟が籠った台詞を言い捨てた。気配なく無音で意識を再起させて飛び起きた彼女は、起きながらも殺害準備を直ぐ様に整えていたのだった。マシュが作った隙を再起後一瞬で把握し、教会の連装銃を脳から取り出し、同時に灰と魔力で強化しながら発砲していた。狩人にとって、相手となる自分以外に意識を向けて集中する獲物など、殺すに容易過ぎるのだろう。

 ―――しかして死んだ騎士は、神の奇跡を以て光り甦る。

 おそろしい事なのだろう。これ程の化け物が蘇生魔術を自分に掛けている等、考えたくもない事態。しかし、最初からそうかもしれないと戦いに挑んでいた忍びが一人。

 

「ぬぅ―――!」

 

 直撃した神の怒りによって確かに死ぬも、回生した狼は更に瓢箪によって肉体を癒していた。そのまま視認した騎士へ向け、納刀した楔丸の抜刀へ一心する。直後、斬り放った。

 竜閃―――空を斬り断つ居合こそ、葦名無心流の秘伝なり。

 忍びは剣聖を超えた剣神を、更に剣技で上回る達人。居合から斬り放たれた刃は、あの恐るべき騎士を一刀両断せんと宙を飛ぶ。

 

「グォ………ッ―――!?」

 

 まともに受ければ真っ二つ。騎士は自分の一瞬後の未来を測定し、危険と判断すれば生存に渇望する理性と本能のまま無意識的に行動可能。地面へ飛び込むように体を投げ出し、肩から着地することで流れるように前転(ローリング)回避した。転がった後は直ぐに起き上がり、一回転した視界を元に戻して状況把握に専念する。

 そこには、騎士にとっての死が溢れていた。

 獣の眷属となることで真なる神の怒りを解き放ったと言うのに、誰一人として息絶えた者がいなかった。

 

「おおぉおおおおお……っ―――!」

 

 勿論のこと再起したのは忍びだけな訳がない。らしくなく雄叫びを上げた薪の不死(ディール)は火継ぎの螺旋を更に炎上させ、騎士に炎剣を巧みに振って斬殺と焼殺を狙う。百メートル以上も離れた相手に対し、ディールは一気に飛び込んだ。だが、悪魔の騎士(デーモンスレイヤー)とて迎撃するのみ。一歩踏み込んだ状態を維持し、勢いそのまま噴射機動によって自らも飛び出した。

 ―――激突。

 空中で真正面からぶつかり合った二人は、その激闘による衝撃波と魔力波を撒き散らす。つらぬきの騎士の写し身(デーモン)が持つ剣を模した刃を刀身に纏わせて偽王の力で加速する騎士と、亡者の孔を炉にして封じ込めた最初の火から煮え滾る炎を大剣から溢れさせた薪の灰。

 もはやサーヴァントと言う領域からしても、余りに埒外な概念と神秘の衝突だった。

 

「貴様は、そのなりでまだ人間のままか……」

 

「御明察ですね……けれど―――そのソウルの業、何処で手に入れた!?」

 

 ソウルの根源を求めに求めて、未だ死なずに生きて求め続けるアン・ディール―――否、原罪の探求者を炙る炎を火継ぎした名無しの呪われ人は、絵画世界を飛び出して訪れたこの人理世界(テクスチャ)において、初めて自分の魂を起源としないソウルの業に出会った。出会ってしまった。

 彼女は―――火の無い灰は、亡者の暗い穴を炉にすることで最初の火を奪還した女。

 それら全ては、ソウルの全てを知る為に他ならない。つまるところ、ソウルの根源を求めて今まで生きていた。それが自分自身に課した灰の不死である彼女の使命なのだから。 

 

「神よ。神と信じられた獣が、我らにソウルの業を齎せた……―――だが、何故この世界でソウルの業を知っている?」

 

「お前に話す道理はないですねぇ……!」

 

 古い獣の大剣(北のレガリア)を騎士はソウルから取り出し、愛用の騎士剣を交互に仕舞い込む。鉄が溶けた全身甲冑を着込む女騎士を、この騎士は自分と同等の技巧と神秘を持つ怪物だと判断。使い勝手を考えれば北騎士の剣やクレイモアの方を騎士は好むのだが、悪魔殺しに一番相応しいとなればこの大剣なのだろう。ソウル内部に所有する武器たちの中でも、武器自体の強さを考えれば古い獣の眷属となった今、獣が悪意と共に世界へ残されたこのレガリアこそデーモンスレイヤーに獣の力を最も強く齎す神の宝具である。

 その場に獣の悪意が存在するだけで、レガリアを目にした人間の魂を歪まさせた。火の螺旋があらゆる魂を燃やす剣であるならば、獣の悪意はあらゆる魂を喰らう剣で在るのだろう。

 

「ならば、貴様は獣の餌となり給え」

 

「ならば、貴様のソウルを奪うまで」

 

 火継ぎの剣とレガリアは互いに同等の領域。神秘としては螺旋剣の方が格上かもしれないが、魂を斬り喰らう獣剣とて一撃で相手に致命傷を与える事だろう。

 数秒間で十を超えて百に近く、そして更に剣戟が交わる回数は増える。魂を焼き尽くすだろう美しい炎を撒き散らすディールを相手に、騎士は巧みな剣術で火炎ごと刃を斬り返す。あるいは騎士盾で受け弾き、流し逸らす。

 未だ、互いに致命傷を与えられず。だが薬草で霊体への損傷を一度きりの復活で蘇生してから回復していない騎士に対し、ディールは神の怒りを咄嗟にソウルから取り出したハベルの盾で防ぎ、その上で防ぎ切れずに負った傷をエスト瓶に溜めた篝火の熱で回復させていた。

 この何ともし難い状況を騎士は変えたかった。火の嵐によって周囲一帯ごと殲滅を考えたが、目の前で燃えるこの騎士を相手に火は有効ではないと判断し―――だが、獣から由来する魔術の火ならば如何かと試すのも一興。

 左手から騎士は炎を発火。

 しかし、同じくディールも左手に宿る呪術の火から黒炎を放つ。

 

「―――グヌゥ!」

 

「馬鹿が。この私が、ソウルの炎ならば見切れぬとでも思うたか……―――ローレンス!」

 

 人間性の重い黒炎は相手の武の構え(スタミナ)ごと体幹を崩し、だが騎士は死の予感を先に読み取り、受けた衝撃を利用して背後に向けて逃げる様に後転(ローリング)した。実に慣れた回避行動であり、一瞬にして数歩分の距離を稼いだ。

 直後、襲撃。狂わしい軟体獣が、その先で待伏せしていた。触手と共に獣の爪が幾度も絶える事なく振われ続ける。爪を避けようとも神秘の軟体触手が伸びて鞭の如き動きで騎士を叩き、懐に入ろうとも爪の連撃が一気に体勢を崩しに襲い掛かって来る。騎士は盾か剣で攻撃を弾き流し、その隙に軟体獣を殺しても良かったが、自分がそうするだろう隙を狙って連装銃を構える狩人が居た。螺旋の炎剣を構え、ローレンスから離れた瞬間に全てを焼き払おうとする薪の不死が居た。

 そして、忍びもまた戦線に立ち戻った。楔丸に自らの血を流し込み、まるで所長が持つ千景のように血刀を刃に纏わせていた。

 

「………っ――――!?」

 

 となれば手段は一つ―――逃走だ。甲冑を着込んで騎士の格好をしているが、騎士の矜持など微塵もない悪魔であるこの騎士は、相手を屠る為ならば平気で背中を見せる殺戮者である。だが、この相手四人に後ろ姿を見せるのは危険と判断し、バックステップからそのまま一気に移動。

 何ら躊躇いもなく見せられた騎士の逃げる姿。

 まるで滑空浮遊(ホバリング)するホバークラフトのように後ろ向きに疾走し、彼は一気に逃げ去った。無論、これは騎士殺害の好機である。忍びは血刀のまま影無く走り出し、軟体獣は更なる変態で四足歩行となり、薪の灰は足から火を吹いて飛び立とうと身構えた。

 

「止まりなさい、逃がして良い!!」

 

 だが―――それを止める声。所長は騎士の殺害は不必要と判断し、ヤツを逃がす為の命令を出した。正にその時、全員が自分自身に掛けた自己強化の術が順番に解けだし、通常の形態に戻っていった。とは言え、軟体獣になったローレンスは変わらずそのままで、ディールも火に溶けた騎士姿の状態であるのだが。

 それを見た悪魔の騎士(デーモンスレイヤー)は、やはりあの狩人は頭が切れると素直に内心で称賛した。記憶から奇跡を呼び出し、霊体を世界から排除する送還の呪文を備えていたのが、どうやら直感かなにかで悪寒を察した様だ。まだカルデアに戻って正式契約をしていないローレンスであればマスターの元に還されるのだろうが、所長のアサシンである隻狼であればカルデアに強制送還されていた可能性が高かった。霊体ではない生身の人間ならば無害な術だが、ことカルデアと契約したサーヴァントにとって最も有効な奇跡となろう。

 しかし、それはそれとして勝機を逃したのは事実。

 敵陣鏖殺を本懐とする悪魔殺しは、全員のソウルを奪い取りたかったが、今回はこの四つのソウルで我慢するしかないだろう。それにこの騎士王のソウルと言う魂は、月明かりの大剣と共に鍛えれば面白い()の“宝具”を神殿で生み出せるとデーモンとして確信していた。あの狩人と薪の灰はデーモンにとって更に素晴しいソウルだと感覚したが、今は諦めるしかないと撤退を決めた。なので、取り敢えず薬草を食べる機会も来たので念の為に生命力を回復させておく。

 騎士は漂流することで侵入した土地を眷属として記憶し、この世界に“要”を設置出来ていた。獣の眷属として世界へ遣わされる尖兵が正体の一つでもある男は、古い獣の瞳となる役目は終えたと考えて良い。

 つまりは―――この燃える世界を、獣の苗床にする準備はもう始められると言うこと。

 

「貴様ら、この度は存分に楽しませて頂いた。感謝する。しかし、大人しく殺されるのも癪でな。殺せぬは不愉快だが……―――いや、嘘を吐いた。

 ……全て、この殺し合い全てが、あぁ実に良かったよ。

 特に盾を持つ貴公、久方ぶりに悪魔に堕ちた私が人間を垣間見えた。では、さらばだ」

 

 言葉通り自分自身に納得し、しゃがみ込んだ騎士は姿を静かに消えて行った。本当にこの世から消え去り、魔力も存在感も完全に無くなってしまった。そんな捨て台詞を所長らは聞きながら、敵を逃がした苦い気持ちもなく恐ろしい敵を見送った。

 判断として―――敵を逃した所長が、一番正しかった。

 あんな敵ならば殺したとして、それで一体どうなると言うのか。恐らくは、不死。生命力を完璧に殺し尽くしたとしても、此処ではない何処かで蘇生する啓蒙が出来た。あの怪物から感じ取れた存在感から、悪夢に囚われた自分と変わらない不死性を瞳で解き明かした。

 この状況で逃げてくれるなら、それで良い。

 オルガマリーにとって最も重要な目的は突如として遭遇した第三者的敵対者の抹殺ではなく、この特異点の解決だ。しかし、今はそれよりも更に解決しなくてはならない問題が一つ生まれてしまった。

 

「マシュ……―――!?」

 

 騎士がこの世界から離れて去ったと瞳で啓蒙(確認)した所長は、背後で倒れる部下の元へ走り寄って行った。















 チュートリアルがそろそろ終わりに近づいて来ました。デーモンさんはマジのデーモンに成り果ててしまいましたので、まるでノーマルからネクストに乗り換えたレイヴンみたいな戦闘能力を持っています。なので偽王みたいにホバーブーストはしますし、悪魔パワーでジャンプだって出来てしまいます。
 それと型月主人公特有の強化イベント入ります。隻狼と同じで、本編主人公は片腕を失ってからが本番ですからね。式しかり、士郎しかり、所在しかり、やはり義手キャラは特別感高いです。FGO第一章の主人公は藤丸と見せ掛けて、藤丸視点で見続けるマシュの方じゃねと思いながらプレイしていましたので、第一章はマシュの方が主人公度高めで送って行きたい気分です。そこまでが色々と始める為のチュートリアルになる予定。

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