ちゃんと姉の元ネタらしくしていきたいです。
啓蒙10:火の落とし仔
その男はとても青ざめた顔色で、酷く心配そうな表情をしていた。だが、それでも隠し切れない歓喜を越えた喜びが、彼の脳に組み込まれた感情回路を乱れ狂わせていた。
男は―――救うことが出来たのだ。
火炙りにされて英霊の座に眠る死後の彼女は救えないのだろうが、この世界の彼女は火炙りにされることはなかった。魔女として火刑で死ぬことはなかった。聖杯だろうと魂が英霊に転生されてしまい、座に登録された彼女は救えず、その復活も出来なかったが、それでも特異点としてのフランスは違った。聖女は処刑される前に元帥が救い出し、この世界の彼女の魂だけは、英霊に成り果てることなく人間として救われた。
これがどれ程の奇跡なのか、分からない男ではなかった。
死後に救国の元帥として、あるいは猟奇快楽殺人鬼として、英霊と言う神擬きへ無理矢理に転生されられ、自己の消滅と言う罪科の救いすら無くした男。人類史に刻まれた伝承と信仰を形するために嘗て死んだ自分の魂さえも材料とし、生前の思い出が遠い前世となった
この世界は―――腐っている。
違う色の絵具と絵具が滲み出して変色した絵画のように、人間は止まらず腐り続けている。進化とは腐れであり、文明とは深みに他ならない。奈落の底に辿り着くまで、落ちる所まで堕ちるのだろう。
「―――………すー……ん……」
「良く寝ていますよ。ぐーすかぴー、と良い寝入りですね」
「そうでありますか……はぁ、良かった。あぁ―――実に、実に、良かったです」
灰のような女は、ベッドで眠る少女と大人の中間に位置する女性の頭を撫で、その境遇に思いを馳せる。ローブ姿の男は余りに優し過ぎる聖人にしか見えない笑みを浮かべ、そんな風に良く寝入る女性を慈愛の瞳で見詰めていた。
「……それで、無事なのは確認出来ましたし、取り敢えず捕まえたアレらはどうしますか?」
「我が海魔の贄にしようかと考えておりますが……―――いえ、もしかすれば、貴女はもっと良い処刑方法をお考えで?
それでしたら、ええ……是非とも、この私めにご教授させて頂きたいのですが」
「んー……そうですね。やはり自業自得、且つ因果応報こそ罪に対する罰に相応しいでしょう。それで償わせた後に、その者らに貴方の憎悪と怨讐を叩き付けるのが、一番気分良く、後腐れなく、皆殺しの宴を愉しめるかと」
「と、言いますと?」
ニタリ、と狂人の笑みをローブ姿の男は女に向ける。
「体を拘束され、強引に犯される女の気分と言うものを、あの男共に味わわせてやりなさい。勿論、一人を相手に複数人用意することも忘れずにです。そして、魔女狩りに使われる拷問も同時進行です。
命を潰すだけでは、貴方は何も癒されないでしょう。
その尊厳を陵辱し、その肉体も破壊し、白くべたつく汚物塗れにし、そうしてやっと彼女の気持ちと言うものが理解出来ることでしょうね」
「おお、ぉおおお……何と冒涜的且つ背徳的な手法でしょうか!
成る程、成る程。婦女子を犯す罪を哂う屑共には、同じく強姦魔による陵辱こそ刑罰に相応しい。その後に、私が惨たらしく、まるで肉塊人形のように薄汚い異端審問官を拷問死させる訳ですな!?」
「宜しいかと。だから、是非とも楽しみなさい。人間の命とは、一つしかないとても貴重な品物なのですからね」
「正に神からの啓示に等しき助言。感謝の限りを込め、ありがとうごさいます……!」
「いえいえ。その為の助言者ですからね。貴殿方が快適に世界を焼き尽くせるようにするのが、私にとって大事なことです」
「そうでありますか……しかし、でしたら、どうすれば良いのでしょうか?」
「え、何がです?」
「いえ、あの男共を犯す男共を、このフランスの何処から調達すらば良いかと悩みましてな」
「良いところがありますよ」
「ほう、それは?」
「罪人が投獄されている牢獄が良いでしょうね。中でも、同じような魔女狩りで拷問を受けている人など、狂わせれば良い演者となりましょう」
「おおおお……ッ―――!」
「そうして、狂乱の祭をあの牢獄で繰り広げるのです。女を無理強いして犯すしかない魔女狩り好きの異端審問官と、それに協力した腐れたブリテン兵どもを、逃げ場のない牢獄で一人一人拘束し、我らのフランスで罪を犯した受刑者共の贖罪の贄と捧げましょう。
聖処女を穢して聖女にした汚い男共をより罪深く穢し、そして罪人共に対する神の試練にもなると言う訳です。正しく効率を愛する現代文化、ウィンウィンの相互関係と言う事となります」
「―――素晴らしいぃ!
ですが、それは神の愛が御許しになるのでしょうか?」
「神の愛など知りません。しかし、愛とは人間性から生まれ、人生で育まれるもの。そして、人間性は深淵のようなもの。
ならば、愛は何処までも深く、幾らでも多様性を持つべきものですからね」
「
アアアアああああ、これから先の地獄が楽しみで仕方ありませぬぅゥゥ!!?」
「ふふ。愉しそうでなりよりです。その憎悪と歓喜が火を絶やさぬ薪とならんことを願います」
「はい!」
「………うー……んぐ―――」
「あら、騒ぎ過ぎたみたいですね。起こしてしまうと可哀想です」
「おぉ、これは失敬。私も少しは、こう言う場面では自重と言うものを、今から覚えなければなりますまい」
等と言いつつも、結構大声で騒いだのに起きない彼女の図太さに女は感服した。自分だったら絶対に神の怒りを放って吹き飛ばし、自分の怒り度合いを相手へ叩き付けることで教えている事だろう。そんな事を考えつつも、彼女の状態を思えば仕方がない事。
漸く、我らが来たことで安らぎを得られたのだから。
この一ヶ月間、女として最悪の生活だったのだろう。
ベッドに眠る女性を慈しむ女も、自分の事を女らしくないと思いつつも、やはり女性としての倫理観は知っている。まぁ、知っているだけに過ぎないのだが。それを加味すれば、腐ったこの街は焼き払う方が人間性を尊ぶ為となり、この施設の男共は地獄に落とした後で惨たらしく鏖殺するのが人間的模範解答。
手足の爪は剥ぎ取られている。
体中の皮膚も剥がされている。
右目は火で炙られて失明した。
長い髪さえ短く切り裂かれた。
死なぬよう針で串刺しされた。
熱した鉄棒で血肉を焼かれた。
三角木馬で股を裂かれる寸前。
苦悶の梨さえも使われた形跡。
茨の鞭で全身に走る蚯蚓腫れ。
ブリテンの糞共は、彼女の目の前で安らかに眠る女を弄んだのだ。その上で、救うのが遅れれば焼き殺される結果を迎えていた。
……あぁ、全く以って腐った世界だ。
自分が終わらせた世界でも人間性は腐れは呼んだが、そもそも人間は人間性など関係無く腐り果てる生命体なのだろう。挙げ句、このような悲劇はこの世界では有り触れた出来事だ。彼女が受けた拷問も、腐った絵画が作る人類史からすれば、ただの普遍的日常だ。
惨たらしい拷問も、彼女だけが受けた苦痛ではない。宗教と国家と言う無意味な理不尽に目を付けられた不運な女性は、同じような苦痛を受けた果てに殺される。その光景を、この女は二千年以上も人理の世界で見続けて来た。そして、その地獄に女も男も関係ない。
“焼いてしまいましょう。まぁ、私もあの男に誘われるまで、この腐れもまた如何でも良い人間性でしたけど”
長く生きた女は、この死ねる人間共を現代まで見守っていた。暗い魂による探求を繰り返しながらも、この人類史を見守って来た。
だが、もはや如何でも良い。自分の世界と同じ様に立ち上がる者が現れた。
絵画が腐り落ちて無価値になる前に、せめて人類史だけは焼き滅ぼそうと覚悟した住人が、この人理にも存在した。
その想いこそ、自己犠牲の最果てだ。
世界は輪廻することでソウルもまた輪廻する。この世界もまた違う世界と重なり合い、新たな絵画が描かれる事となる。
「しかし、生きているのが不思議な程の拷問ですね。本来の歴史とズレていますが、それもまた特異点化の影響なのかもしれません。
……あぁ、いえ、聖杯を持つ貴方を責めている訳ではないですよ。
ただ普通ならば死ぬ程の拷問を受けて生きている現状を見て、あるいは加護自体は備わっていたのかもしれませんね。そこに救いは一切ないのが、まぁ神らしいと言えばらしいでしょう」
「ええ、彼女は本物でありました。我らが神に愛された聖女でありました。恐らくは、アラヤの後押しもあったやもしれませぬ」
「成る程。集合無意識、阿頼耶識ですか……ふむ。となりますと、色々と手を打たないといけません」
一ヶ月間、聖女がこれ程の拷問を受けた歴史はない。もしかすれば、聖杯が来る前から特異点化した世界なのかもしれない。あるいは、泡沫と消える特異点化した場所に、あの王が聖杯を送った可能性もある。
だが魔術の歴史において、聖女がアラヤの後押しをされた説は有力だ。となれば、拷問を受けても死なぬ程度には人間以上になっており、それによって彼女が生きている説明も付く。あるいは、本当にこの聖女とアラヤが契約する可能性も、女はまだ捨て切れていない。しかし、その可能性を話すことは止めておいた。契約を止めるには殺すしかないが、男が殺すとは思えない。どうにもならないならば、その時はその時で世界はそのまま進むのみ。
「―――あ、それとですね。彼女、心理面の方も健康でしたよ。何と言えば良いか、ちょっと頑丈にも程がある精神力ですね。普通は廃人化します」
「あ、はい。分かりました。私も正直、そこは心配しておりませんでしたので」
「え、心配して上げなさいよ。ちゃんと心のケアも大事ですからね」
「ふぅむ。宜しい、努力致しましょう」
なんかそこは妙にドライな男を意外そうに見た後、彼女は慈しみしかない優しさに溢れた瞳で聖女を視界に入れる。
暖かい毛布が被さった彼女の“腹部”を撫でながら、慈愛に満ちる完璧な聖職者として笑みを浮かべた。
「良い知らせと悪い知らせ。二つ有るのですが、どちらから聞きたいですか?」
何気ないそんな台詞が、フランスを地獄に変えると理解しながらも。
「そうですねぇ……では、悪い方から聞きましょう」
「はい。悪い知らせはですね、彼女自体は今はもう健康なのですが……その、子供が危険です。この調子ですと流産する可能性が非常に高いですね」
「……――――は?」
「ええ、ですから流産です。栄養失調もあり、子の生命力が足りていませんね。子宮に対して過度な暴行の痕が見られますので、そちらの影響も大きいです。
治癒しようにも、まだ人型になっていない胎児に蘇生の神秘を施せば、どのような影響が出るか分かりません。下手をすれば、水子の状態で肉が定着する可能性も高いですかね。細胞の塊に魂が在るのは確認済みですが、まだ肉体は不完全であり、精神など無そのもの。健康な普通の人間として生めるデッドライン間際ですかね、今のところは」
―――絶望を焚べよ。
憎悪で世界を焼きたいならば、自らの思い出を―――薪にせよ。
灰のような女はそれだけを相手に望む。世界を腐らせる膿と蛆を焼き払うには、自己犠牲以外に人が選べる手段は存在しない。
「そ、そんな……そんなことは、有り得ない。有り得ない、有り得ない、有り得ない有り得ない有り得ない有り得ないぃ!!
何処までブリテンは……我が故国は、彼女を汚せば気が済むのだぁぁああ!!?」
血の涙を本当に流す男を見て、彼女はやはり人の涙は美しいと感じ入った。そんな狂態を楽しみつつ、最後の娯楽を躊躇わず話すことにした。
「では、良い知らせを伝えましょう」
つまるところ、良い知らせなど一つしかない。本来ならば祝福すべき事であり、今の彼女にとっては呪いとなる神の御加護。その営みに愛などなく、その所業に信仰さえなく、凌辱から産み出た聖なる忌み子でしかあり得まい。
だが、それでも彼女は愛するのだろう。
「おめでとうございます。聖職者の一人として祝福いたいましょう」
深みとしか言えない笑みだった。本当に、素晴しく良い表情のまま闇のように微笑む女であった。カルデアを裏切ることでアン・ディールの偽名を捨てた原罪の探求者―――
「ジャンヌ・ダルクは――――妊娠しています」
―――世界とは、悲劇なのか。
灰に真実を伝えられた魔術師のサーヴァントは、狂ったように声を上げた。おぞましい笑みを浮かべた。人類史の為に死なねばならない聖女は特異点でしか生きられないと言うのに、その彼女は人理に生まれてはならない命を授かった。
啓示を偽る魔女として拷問に掛け、何度も何度も男が犯して、多くの獣が犯し続け、聖女を聖処女でなくしたブリテンの腐れた審問官の種。それを植え付けられた子宮が、聖処女だった女の胎が、存在してはならない命の苗床となっていた。男が持つ聖杯は人類史を狂わせ、得られた筈の救済から気が狂いそうな悪夢が這い出て来た。人理は決して、この母子を赦さないだろう。
獣が作った聖杯に呼ばれた男―――魔導元帥ジル・ド・レェは、死後の短いこの人生を一人の人間として賭けねばならない。人理などと言う腐った
こうして、最初の滅びは始まった。
人間が腐らせた汚濁の
―――カルデア医務室。ロマニ・アーキマン本来の職場。
そこに居たマシュ・キリエライトは、新しい自分の左腕になった義手を少しばかり……否、物凄く輝いた子供らしい瞳で見詰めていた。カチャリカチャリ、と神経接続と回路接続した義手を動かす度に、得も言われぬ高揚感が内側で広がる。
義手自体の制作はカルデアの技術部門総出のもの。所長が仕掛け武器と呼んでいる
つまりは先人の変態技術者が作り上げた芸術品から、カルデアの変態技術者が創造した傑作義手だった。
「安心なさい、マシュ。カルデアの変態技術者のアイデア全てを絞り尽くした品物よ。安全性は……まぁ、ちょっと使ってみないと分からないけど、これこそ正に対英霊アームウェポン。サーヴァントの霊体を破壊し、その霊核も打ち破ることが可能よ。サーヴァントであるマシュが使えばね。
……あいつら、マシュの左腕が斬り落とされた時から良くも悪くもテンション上がって、何か私にすら許可取らず好き勝手に制作始めてたみたいだし、良かったら使って上げなさい。泣くから」
こんなものをマシュに取り付けるなんて、あの変態共が……と所長は罵りつつも、使わざるをえない現状も分かっていた。
マシュの腕を斬り落としたあの騎士野郎をぶっ殺してやると思いながらも、だったらあの悪魔騎士をマシュがきっちり安全にぶっ殺せる武器を作ってやろうぜひゃっほーと生き残った数名の変態技術者が結託し、そして技術部顧問であるダ・ヴィンチも変な狂乱に加わって作り上げたのが、マシュの左腕に今付属された義手となる。ついでに、出来あがった義手の完成品に所長も改良を加えている。と言うか、むしろその後に所長もその狂乱に加わり、その所為でもっと熱が上がり、更なる変態兵器に仕上がっている始末である。
変態だからレフが狙わず爆破テロで生き残ったのか、そもそも変態過ぎて特異点レイシフト時も研究室に籠もって変態的研究活動をしていたから生き残ったのか、それは分からない。所長ですら答えを啓蒙できないが、所長を引き継いだオルガマリーが研究機関などから勧誘した数名の変態共だけは普通に生き残っていた。
「―――はい!
喜んで頂きます、所長。ありがとうございます」
「あぁ……うん、こっちこそね。あ、それとあの変態共は随時バージョンアップし続ける、むしろ超エキサイティングって言ってたから、使い難い所とか、欲しい機能があれば遠慮なくあの変態共か、私やダ・ヴィンチに言うように。
後は何だっけ……そうそう。マシュの肉体と義手の親和性については、ロマニに調整を全て任せていますから」
「―――え。ボクが、この義手の面倒も見るのですか……?」
「そうよ、当たり前じゃない。メンテナンスはあの変態共がするけど、メンテナンスや改良された義手諸々の調整は貴方の仕事よ。医療部門部長兼管制部門部長指令官代理兼アニムスフィア専属医師兼デミ・サーヴァント専門医ってなるから。
あ、これからは管制室指令官とマシュの医療担当が主な仕事だけど、他の職務が無い訳じゃないからね」
「あれ、それって死にません? ボク、過労死しません?」
「大丈夫よ、大丈夫。いざって時は私が輸血して上げるから。気持ち良いのよ?」
「―――大丈夫であります。一切問題ありません、イェスマム!」
「宜しい。期待しているわ…‥いや、本当にね。
それじゃあ、マシュ。その義手の説明でもしようかしら。使うのは問題なさそうなんでしょ、ロマニ?」
「ええ。無駄に完璧ですね、それ。生身の腕よりも使い勝手が良いと思います。ボクも欲しいくらいですし。あの変態共ですから、求めた仕事は完璧ですからね。まぁ、あの狂った
とは言え、如何にロマニに拒否感があろうとも、使わなければマシュ・キリエライトは死ぬだろう。現状は限られた資源、限られた戦術で人理焼却を解決する他なし。何よりも所長帰還後、直ぐ様に確認した裏切り者であるAチームマスター、アン・ディールが入っていたコフィンは空っぽになっていた。無論のことアルターエゴ・ローレンスの反応も有り得ない。
裏切り者が二名に、現地召喚したサーヴァントも一名反逆。
ならば、最悪の状況を想定した戦力確保は必須。味方が皆無な戦局は必ず訪れると判断すれば、マシュがマスターを守りながら生存する能力がなくては人類は滅亡する。所長は最強の狩人であり、そのサーヴァントも最強の暗殺者と呼べるが、それでもマシュの死は藤丸の死と繋がり、英霊召喚の要となる最後の一人がカルデアから消滅することを意味する。
「……はぁ、いやもうね。変態共の作品説明するの、ぶっちゃけ嫌なんですけど」
「駄目。しなさい、マシュの為にも。私がすると……ほら、その連中の同類って自覚あるから、話している内にテンション上がっちゃうのよ。
義手って浪漫だし……コブラだし、ガッツだし。
むしろ、自分って左腕要らないんじゃないかって思うのよ」
鏡に向かって「コブラじゃねーか」と呟く赤タイツの所長を想像したロマニは、何とか笑いを吹き出すのを我慢した。
「はいはい。分かりましたよ、所長。そうやって自分がしたくないことをやらせるの、悪い癖だと思うなぁ」
「え、もっとお薬を私の為に作りたいって?」
「ハッ、了解致しました。ユア、マジェスティ!」
「宜しい。はい、説明ね」
「パ、パワハラです。カルデアでパワハラを見ました……!」
「違うわよ、マシュ。今や人類はカルデアだけ。そして、カルデアで一番偉いのはこの私。となれば、そもそも私はあらゆる法律よりも偉いと言う訳よ。
守るべきは、このカルデアの規律と規則のみってこと。
倫理はまぁ……雰囲気や状況によって、場面場面で解釈違いが生まれます」
「所長、恐ろしい人ですっ……!」
「安心しなさい。マシュ、貴女はこれからナニカサレテシマウのです。倫理的にいけない雰囲気で、このロマニが許した改造手術を受けることでね」
「ヒェ……」
「人聞きが悪すぎますよ、所長……って、ほら。マシュがボクを見ながら後ずさってますからぁ!
あーもー二人共、ちょっと本当にちゃんとボクから説明するから、ボクで遊ぶのだけは止めてくれないか!?」
「「はぁーい」」
「仲良いね!? ……っは、また乗せられた」
ひゅーコブラじゃねーか、とロマニは再び鏡の前でそう呟く所長をイメージすることで、先程まで見失っていた自分を取り戻す。そして、冷静な精神を最後脳の思考回路にインプットし、記録させておいた変態共の集大成作品の機能説明を始めた。
「取り敢えず、そうだね……変形する仕掛け義手って雰囲気だよ、マシュ。言うなれば、ギミックアーム」
「おおー、
「そのまんまね。やっぱりアレな感性ね、ロマニ」
「そんな事はありませんよ、所長。ドクターを責めちゃいけません。格好良いネーミングセンスです、多分」
「や、これ考えたのはあの変態共だから。ボクは関係ないから……じゃなく―――説明をしますね、もう無理矢理にでも!!」
「「はぁーい」」
「…………っ――――ふぅー、我慢だ。我慢するのだ、ロマニ・アーキマン」
「良いのよ、別に爆発しても」
「―――ハイッお黙り。もう聞いてね、本当にね。まずねマシュ、その腕はワイヤーハンドと、マナブレードと、エーテルライフルが複合された変態義手となる。
ワイヤーハンドはレオナルドのロケットパンチだね。それで何故これが付いているかって……ははは、ボクが知るもんか。けれど便利だから良いと思うよ。炬燵に入りながら遠くのリモコンとか取れる。ついでに狼くんの鉤縄みたいな三次元立体移動も可。
マナブレードは前技術部門責任者コジマ博士が開発したコジマ粒子を、所長がアニムスフィアの天体魔術と秘境で勉強したとか言う僻地の魔術基盤で作った聖剣式魔術礼装に混ぜ込み、更に変態技術者共がその礼装を高圧縮魔力レーザーブレードに錬成改造したんだとか。改造し過ぎて名前がムーンライトコジマソードmk2改零式ってなったんだけど、ダサいから改名してゲッコウ。いやはや、ハハハハ……これ本当に頭可笑しいけど、簡単に言うと凄いビームチョップだね。当たると死ぬ。
エーテルライフルは二ヶ月前、同僚とデキ婚で寿退社したカラサワ博士ね。あのコジマ粒子に取り憑かれた末に、悪夢から啓示されたレーザー発射装置の技術体系から、あの変態共が更に発展させて作ったんだとか。名前はカルデアマグナムとか所長が付けたけど、変態共がクソダセェと反乱して、単純にカラサワとなった。実は義手の主軸機能になっていて、腕がキャノンに変形することで使用可能になる。でも、んー……やっぱこれ、コブラじゃねーか?」
目がグルグルして来たが、脳が爆発する前に一気にロマニは話し切った。しかし、何故かコブラのイメージがロマニから離れなかった。好きなのだろうか、赤タイツ。
「はぁ……コブラですか、ドクター・ロマン?」
「あ、戯言だから気にしないで。本当にもうね」
「いえ、私も知ってますから。ディールさんに……いえ、本当はアッシュでしたか。彼女に良く娯楽品は感情を育てると言われて、サブカルチャーには私も詳しいんですよ?」
そう笑いながら義手をロマニに向けてサイコな銃っぽく構えると、ワイヤー付きの拳が折り畳まれ、下側にずれ込む。そして手首を出口にし、腕から如何にもな銃口が飛び出した。また腕全体も微妙に変形し、腕自体が一つの銃身に変化した。
彼女も意図せぬ突如とした―――瞬間変形能力。
ついでに、マシュにその気はなくても、銃口はロマニの方へ向いている。
「嘘、マシュ。それでロマニをサイコ撃ちするって言うの……恐ろしい子!?」
「ヒェ……マシュよ、どうして。ボクは味方なのに!」
「そんなことはありません!
いきなり変形したんですってば!?」
「あ、それとねマシュ。変形は回路と繋がった義手が思念を読み取っても行えるから、ヒューなんてサイコな行動すると勝手に変形するから気を付けてね」
「…………冷静ですね、ドクター。
私を揶揄いましたか。後、赤タイツさんを勝手にサイコパスにしないで下さい。今は冷凍されているカドックさんが起きた時、怒ります。彼も私が読んでいたの見て興味を惹いたのか、同じ漫画を楽しんでいたことがありましたから」
所長が鍛えた特攻させられAチームも、レフによって冷凍させられAチームになってしまった。起きる時もきっと、映画で見た賞金稼ぎに窒素冷凍された宇宙密輸業者みたいに辛いだろうと、マシュは彼らの安否を心配した。そんなカドック・ゼムルプスも今はコフィン内で冷凍保存中。
マシュが見たのは「義手か……」と呟きながら、自分の右腕を胡乱気な目付きで見ている姿。
VR訓練で頭宇宙な所長に勝つ為に何故か火力に目覚め、銃火器を振り回す膂力を得ようと強化魔術の錬度と共に日々段々と筋肉が付いてマッチョ化する姿は印象深い。とは言え、服装を工夫する事で見た目の印象が余り変わらないカドックであった。そしてマシュが覚えているのは、どうも彼はカルデアの技術部門の発明品にも興味深々であったらしい。
「カドックさんと言うと、カドック・ゼムルプスかい?」
「はい、ドクター。彼がアッシュの持ち込んだ書物を読んでいる時でしたか、そこをあの技術部門の人に見つかったらしいです。そして、あれよあれよと言う間に兵器に染まったとか」
所長もまた彼女の娯楽書物が好きだったので、カドックが娯楽本を好むのを良く覚えていた。
そして、あの変態技術集団により、所長も銃使いなのもあって銃火器に手を出したのが、カドック・ゼムルプスの人生の分岐点だったのだろう。
「――――あ”……あー、カドックかぁ」
「うわ、どうしたんだい。所長、さっき凄い声が出ましたよ」
「いやね、ほら私が私の隻狼を召喚した後、ちょっとした計画を立てたじゃない。それのサンプルケースだった唯一のマスターがカドックだったのよ。ロマニ、覚えてる?」
「――――え”……あー、狼君の義手をサンプルにした
まさか、あれって……」
「……うん。そう言うことよ」
「はぁー……それでですか。だから、マシュの義手もあっさりと」
「そうなの、ハハ!」
「―――で、彼には一体?」
「ほら。彼って右腕の霊体部分は回路一本も無かったし、Aチームとして必要な人材になるにはどうしたらいいかって相談されたんで……丁度良いかなって思ってね」
「それで義手ですか。でも、所長のことですから、他にも欲張ったのでは?」
「ふーむ。後はそうね、ムニエルが面白そうだからって許可したVR訓練にゲームを入れて実体験出来る様にした時、そこの舞台になったイシムラみたいな宇宙船でも一人で生き残れるようなエンジニアもメンバーに欲しかったの。Aチームって機械関連に強いの居なかったから。結果的に作ったエンジニアコースは良い出来映えだし、他のマスターにも良い訓練になったわ。
それに特技や戦力で特徴がないカドックなら私のカルデア色に染められるし、銃火器の扱いや技術士の能力も学習装置使えば脳であっさり暗記出来る上に、訓練はVRでやりたい放題。なのでまぁ、所長として英断だったと思う訳よ。肉体改造計画の試作が出来るなら、もう全部纏めてやっちゃおうかなってね。
……あ、藤丸もやっておこうかしら。エンジニアコース、色々と鍛えられるし」
「―――え"……!?」
「どうしたのよ、マシュ?」
「いえ、何でもありません。ただ……そうですね、私だけは先輩の味方でいたいと思いました」
「ふーん。良くわからないけど、良い心掛けね」
カルデアVRシステム。マスター専用サバイバル訓練プログラム、選択難易度:エンジニア。通称、エンジニアコース。
そして、そのコースを誰が呼んだか―――絶命異次元。
ムニエルがカルデアの全マスターからあの所長を焚き付けて煽ったと、殺戮の限りを渇望された忌まわしきイシムラ事件となる。ついでだが、変態技術者共は全員クリア済み。例え空の彼方からマグロ好きな宇宙人がカルデアを襲撃したとしても、彼らなら自前の工具と発明品と、そのサバイバル能力で生存することだろう。そして一時期、ロマニのカウンセリングが大忙しになった元凶でもあった。藤丸もカルデアのマスターとして、この苦難の訓練を味わうことになるが、彼はまだその未来を知らない。だがきっと宇宙旅行をする予定があれば、とても良い経験になることだろう。
「つまり、それはどう言うことですか?
なんかボク、最後のオチを聞くのが怖いんだけど……」
「ハハハ。まぁ、そんな訳でして―――あの変態共が作ったパイルハンマーの義手、カドックをエンジニアにして付けちゃった。テヘ!」
そして、完成したのが人間兵器。カルデア製のマシンガンやグレネードランチャー等の各種銃火器を持ち運びながら、右腕がとっつきになって攻撃してくる魔術師でも何でもないターミネーターだった。その挙げ句、カルデアの変態共に汚染されたAチーム専属エンジニアでも在ると言う化け物。
とは言え、VR訓練では使えたが、流石にコフィン内にガトリングなどの重火器は持ち込めなかったので、ちょっとした短機関銃や拳銃と、義手を含めた各種礼装と専用工具程度しか装備していなかったが。
「てへ、じゃないですよ。それで彼、細身からハリウッド俳優みたいな風貌になっていったのですね。いや、健康的と言えば、健康そのもので良いこと何だけれども。
そして、地味に機械オタクでミリオタにもなったと」
「そうね。Aチームマスター、ハリウッドエンジニアね」
「ハリウッドエンジニア……!」
正直なところ所長もやり過ぎたと思いつつ、反省は一切しなかった。エンジニア枠が必要だったのは事実であり、彼を改造することでチームバランスも良くなった。ついでに、カドックは魔術師としての戦闘能力も鍛え抜かれている。
サーヴァントを召喚出来れば必要ないのだろうが、マスターの強化は念には念を入れた方が無難だろうと言う所長の考えは間違いではない。いざという場合、人間は自分の身一つで生き残らなくてはならないのだから。
「成る程。ですから、手っ取り早く義手を選んだのですね」
唖然とするロマニを横に、マシュは平然と対応。
「まぁ、流石に切り取ってはいないわよ。右腕限定の生体サイボーグって雰囲気ね」
「あー……所長の所為だったんですね。彼が良くプロテインを貰ってたのって」
「そうね。しかも、ただのプロテインじゃなく、カルデアプロテインね。私が開発したわ」
「うわぁー………って、違う違う!
所長と話すと脱線し過ぎて本筋を見失ってしまうな。いいかいマシュ、本来の話を進めるから」
ロマニは所長が会話そのものを楽しんでいることを分かってきた。損得もなく、有益不利益を考えず、何よりも無駄話が大好きな部類。こうやって話を切り上げなくては、所長が満足するまで世間話が続くだろう。
そして、そんな所長に悪影響を受けたのか、マシュも無駄話と世間話が好きな部類。その気になれば、延々と暇潰しで所長と話していることもあった。
「はい、ドクター」
「とは言っても、簡単な機能説明は直ぐ終わるよ。続きからとして、君の義手はノーマルとライフルの二形態あるけど、どっちの状態でもブレードとワイヤーは使えるから。使い分けは、手としてそのまま使うか、銃として使うかの2パターンだね。
……ほら、それ。肘から手首まで付いてるその魔術礼装が、ゲッコウ発生装置さ」
某レプリロイドな雰囲気なマシュを見たロマニは、変態共が何故変態なのかを大変良く実感した。しかし、盾持ちとなると、グラサンヘルメットの方に近いのではと少々困惑する。
だが一つ言えることはある。それは、これの開発に関わった者全てが己が浪漫に情熱を捧げる弩級の変態だということだ。
「成る程……これ絶対、私に元々付けさせるつもりでしたね?」
取り敢えず、ロマニの仕事は終わったと判断した所長はマシュに返答した。次からは自分が担当するべき説明箇所だと思い、まるで玩具を自慢する子供の目のようにキラキラと……と言うよりも、頭宇宙なギラギラとした瞳をしていた。
「そうよ。まぁ、義手に付属させることになったのは想定外だった。けれども、それはカドックサンプルによって義手の問題は解決済み。今は冷凍保存されてるカドックも、ナニカサレタヨウダと右腕を改造された甲斐もあると言うこと。
でまぁ付属理由は、防御力は英霊任せにして良さそうだったけど、それじゃ孤立無援になった最悪の状態からマシュ一人で特異点修復は不可能だものね。貴女をサーヴァント運用する場合、特異点攻略に十分な火力を与えるのは必要不可欠と言うことよ。
攻めもまた守りと言えるわ。攻撃は最大の防御よ。シールダーは守りのサーヴァントだろうけど、だったら攻撃手段はこちらが整えれば良いだけ」
守りが堅いのは良いが、じり貧は精神的にも辛いだろう。
「―――…‥あぁ、それとねマシュ。
義手の説明はこの程度で大丈夫だろうけど、シールドの方も付属武装があるからちゃんと頭に入れておきなさい」
「私の騎士盾ですか……?」
「うん。防御面は貴女の盾と宝具、それに魔力防御のスキルで万全だろうね。だからちゃんと、その盾も武器として使えるようにしておいたわ。
勿論だけど、物質として存在する義手と違って、盾の方の追加武装は実体化も伴うわ。私が苦労して開発した術式でね、マシュの夢として一種のエーテル化をさせてあるから、盾を自分に仕舞いながらちゃんと移動も可能となります。我が悪夢に不可能なし」
「はぁー……所長、凄いです。英霊の宝具に取り込ませたんですね」
「カルデア所長だもの、当然よ。でも、もっと褒めて良いのよ?」
「所長、素敵です!」
「所長、可愛いね!」
「うんうん。ヨイショはお世辞だと分かっても耳に染みるわ。でもロマニ、貴方は駄目ね。何言ってんだこの上司って雰囲気が消えてないもの。
仕事追加です。藤丸のエンジニアコース訓練時、貴方がサポート役だから」
「何故ぇ!?」
ロマニを軽く地獄に落としつつ、でも倒れる前にきちんと休ませる計画も立てながら、何一つ反省しない。この男は何かしら仕事をさせていないと、ウジウジと悩んで塞ぎ込む傾向があるので、ある程度は厄介事に集中させていた方が、精神的に健康を維持できると所長は思っていた。それ以上まで追い込むのは駄目だが、天才の領域までなら常に使い続けても良いと判断。だが、自分のような狂人みたいに扱わないようにだけは気を付ける。
そんな思考を一秒も掛けず終わらせた所長は、要件であるマシュと再び向き合った。
「それでは説明の続きをするわね」
「はい」
「……とは言え、説明はそんなに多くないのよね。ほら、前に説明した事がある
言うなれば、こちらも似てる名前だけど
特徴としては近距離、中距離、遠距離の攻撃手段。対軍対城宝具用防御体勢固定のツインアンカーボルト。これらは取っ手のあるラウンドシールド部分ではなく、余白として裏側が余った十字盾に仕込ませます。そして、魔力防御を魔術的に応用する人造魔術回路の焼き入れね。こっちは円盾の裏に刻み込んでおいたわ。
武装説明をすると、近距離が私製浪漫とっつき兵器、パイルバンカー。今回は上に付けておいたわ。特異点Fのバーサーカーのような硬い敵でも、当たれば粉微塵よ。
中距離が
で、遠距離が
それと、人工魔術回路は凄いわよ。退社したコジマ博士の発明品に私が作った新型の魔術理論が編み込まれているわ。まぁ、殆どがマイ悪夢産なんだけど。で、マシュが使っている魔力防御は魔力の防御フィールドみたいなスキルだけど、それに干渉することで様々な力場を応用的に変形させ、更に概念付与によって神秘的な意味を組み込めるのよ。盾に纏えば、それを刃状のフィールドにして剣の概念にして斬撃を使えるし、火薬を炸裂させるような魔力放出擬きも行える。これによって、シールドバッシュと同時に魔力を噴射させて攻撃出来るし、全方位に魔力放出で攻撃も出来る。私命名、アサルトアーマーよ。
後ね、付属武器は更に追加していくし、貴女が好きなようにカスタマイズしても良い。だから、後で技術部から戻って来たら、自分用に調整して貰いなさい」
「はぁ……その、ありがとうございます。所長の御気遣いに感謝です」
明らかにヤヴェー兵器群にドン引きしつつ、一応は職員として感謝した。生存率を考えれば、特異点Fを経験した立場として、やはり攻め手がなくては生き残れないだろう。
これからの特異点において、もしかしたら一対一で自分の左腕を奪った騎士と戦わなくてはいけないかもしれない。その時、先輩を守れる者が自分一人であれば、二人とも死ぬしかない。それを思えば、この程度の武器は万全に運用せねばならないことだ。
「宜しい。我がカルデアの対特異点汎用狩猟兵器、見事使いこなしなさい」
「はい、所長。マシュ・キリエライト、了解致しました!」
「うんうん、結構。じゃあマシュ、貴女に課題を与えましょう」
「はい。何でしょうか?」
「デミ・サーヴァントとしての技能ではなく、自分自身の技能として心眼を習得しなさい」
「………え?」
「あれ、分からなかった?
私も鬼じゃないわよ。出来ないことは言わないし、必要なことは絶対にやらせるだけ。守りを軸にするマシュにいるのは天賦の才が必要な偽の方じゃなく、心眼の真の方なの。あれはね、相手を先読み出来る脳味噌になるから、技巧の削り合いになる対サーヴァント戦闘だと凄く便利なのよ。経験と修行を死ぬほど積みまくればね、生きた人間の貴女なら、諦めなければ必ず何時かは手に入るから。
その為に手っ取り早く、高速思考と分割思考を貴女の思考回路に焼き付けます」
「―――え?」
「思考能力を底上げしておくのよ。それを使って毎日毎日来る日も来る日も戦闘、戦局、戦術を学び続けなさい。一日も休まずね。
……あ、それと、これから英霊召喚もするから、心眼持ちで丁度良さそうなサーヴァントを召喚しましたら、貴女の先生にしますので」
「そんな、しょ……所長!あの、私、ドクター・ロマンのように過労死したくはありません!」
「あれマシュ、そう思ってたのに、ボクのことを庇ってくれなかったんだ?」
「すみません、ドクター。私が所長に歯向かうと、ドクターの仕事が更に増えそうだったので……くっ、私は弱いです!」
「わぁ、有り得そう……」
「見事な眼力、良い先読みね。やはり貴女なら心眼習得は可能よ。憑依した英霊に頼らず、自分自身の力としてね」
「ふへぇ、薮蛇でしたかぁ……いえ、マシュ・キリエライト。所長の期待に応えてみせます!」
「うん、励んでね。強くなりなさい、マシュ」
カルデアの掟において、所長は絶対。逆らうことは許されぬ。
やる前から心が折れそうだとへたり込みそうな膝に喝を入れ、マシュは決意を新たに所長の試練に挑む強き意志を胸にした。
「しかし、所長。私が継承した魔力防御のスキルはどうしましょうか?」
「あぁ、英霊の技能としてではなく、貴女の霊体が引き継いだ技能ね。あれは確かに便利ですし、この際だからデミ化しなくても使えるようにしておきなさい。むしろ、そっちも貴女のスキルとして覚えなさい。
最悪を想定し、もし貴女が呪いやらでデミ化が出来なくなったとしても、心眼、魔力防御、魔術の三種を自分のスキルとして体得しておけば便利に戦えるからね。それに貴女が覚えられそうな三つの内、心眼と魔術は英霊としての伝承とか要らないもの」
「あの所長……その、覚えるスキルが増えているのですが?」
「そうね。でも、いけるでしょ。大丈夫よ、魔術の実践授業も増やして上げるし、魔力防御は戦い続ければそうなるもの。その二つも、良い雰囲気のサーヴァントが召喚出来れば先生にするから」
「そ、そんな……ド、ド、ドクター。私、まだ殺されたくありませんヨォ……」
「ボクは医者だからね。危険ならちゃんとドクターストップするさ。本当、本当」
「―――ダメじゃないですか!?
あの所長がそんなヘマする訳がないですよ。他のAチームメンバーを見れば分かります。
あぁ、生かさず殺さず、進むも止まるも地獄道。私もカドックさんみたいにマッチョ人類も真っ青なマシュ、略してマジマッシュなってしまうのでしょう………うぅー、先輩。哀れな後輩を助けてください……」
「安心しなさい。貴女の先輩も、私が立派な一人前のカルデアが誇るマスターにして上げましょう。
シールダーのサーヴァントである―――マシュ・キリエライトのためにもね!」
「や、薮蛇。私の言動、全てが薮蛇でした……!」
こうしてデミ・サーヴァントを立派な狩人様にするべく、そもそもマシュ自身に英霊並みの技能を身に付けさせるべく、オルガマリー所長のヤーナム式カルデアキャンプが始まりを告げた。
けれど、けれどね。悪夢は巡り、そして終わらないものだろう!
そんな風に脳内台詞で所長がニヤニヤしつつ止めを刺しているとも知らず、マシュはこれから先の未来を不安にしか感じられなかった。そして、自分のマスターがあのエンジニアコースで訓練することを思い出し、あの時の惨劇で身が震えることを止められなかった。
だが、仕方がないのだろう。カルデアの所長が、狩人の意志を継いだオルガマリー・アニムスフィアであるのだから。
第一特異点からアーマード・マシュが解禁されました。