血液由来の所長   作:サイトー

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啓蒙11:所長面談

「ふぅ。緑茶は、良いですなぁ」

 

「………あぁ」

 

「どうでしょう。狼さんの口に合いますかね?」

 

「うまい………良い、お手前で。藤丸殿」

 

「ありがとうございます……」

 

 この場所だけ、恐ろしい程にゆったりと時間が流れていた。忍びは一人静かに食堂スペースで茶をシバいていたが、偶々小腹を満たしに来た藤丸と遭遇し、こうして忍びの方がお茶を入れて貰っていた。

 

「口が寂しいだろう。これを……」

 

「これは、おはぎ?」

 

「ああ……ロマニ殿が、棚に隠しているのを……度々、拝借している。うまいぞ」

 

 忍びの目の無駄使い此処に極まれり。ロマニが何処に和菓子を隠そうとも、忍びからは逃げられない。

 

「では、有り難く……はぁ、おいしぃ」

 

「うむ。うまい」

 

 何か、凄くゆったりとおはぎを食べ始めていた。人理焼却とか別に起きていなかったのでは、と錯覚するようなマッタリ空間が二人の間で出来あがっていた。

 

「はぁ……ちょっと、何やってるの。藤丸、貴方、私の隻狼が可愛いからって遊んでるでしょ?」

 

「そんな事はないですって、所長。ねぇ、狼さん」

 

「………あぁ」

 

「聞いた通りですからね」

 

「嘘吐きなさい。分かってると思うけど、隻狼は無愛想な癖して身内にはベタ甘なの。そりゃ修行とか戦闘とかじゃあ悪鬼みたいだけど、それ以外だと仏様よ。自分に損が有っても、まぁいいやって許しちゃうんだもの。

 なので藤丸みたいな無害なヤツが話し相手になると、もう御爺ちゃんみたいに自分のおやつとか上げちゃうんだから、私の隻狼で遊ぶのはマジで程々にしておきなさい」

 

「主殿……」

 

「え、どうしたのよ?」

 

「……何でも……ござらぬ。ただの世間話故、藤丸殿には……御容赦を」

 

「そう。まぁ、隻狼がそう言うなら」

 

「……は」

 

 自分のことをお爺ちゃんだとマスターに思われていたことを地味にショックを受け、そんなに老け込んでいるのかと彼は思い悩んだ。だが、実際問題その通りだったので、主殿から藤丸殿を庇うだけに止めておいた。

 忍びはコミュニケーションが嫌いではないが、余り得意ではなかった。薄井の忍びとして対人交渉の技術も学んでいたが、忍びは業を盗んで覚えるもの。剣術や忍術は見れば論理を盗めたが、こればかりは義父の巧みな策謀を覚える才がなかったと言えよう。

 

「しかし主殿。どうやら……落ち込んでいるご様子。如何なさいました」

 

「うーん、わかっちゃうのね。流石、私の隻狼。いやね、マシュの為に色々と準備したのだけれども、何かゴチャゴチャし過ぎて使い難いってことで、自動追尾銃(セントリー・ピストル)と火炎放射機が外されたのよ。

 今世紀最大のドヤ顔で自慢した私が恥ずかしいわ。まだまだ啓蒙不足を実感する毎日です。所長として、もっと鋭意努力しなければ」

 

「いえ……主殿は、今のままで十分かと」

 

「そうかしら?」

 

「……は」

 

「でも、隻狼が言うならそうなんでしょう」

 

 忍びは自分の主に嘘はなるべく吐きたくはない。これ以上努力するとなれば、それに着いて行くカルデアの職員が発狂することだろう。そんな事態を防ぐためにもコミュニケーションが苦手だろうと、実は義父に精神面でも結構似て、巧みに人を話術で誘導するのが不得意ではなかった。

 そして、藤丸は自分のサーヴァントが他のマスターと仲良さ気な雰囲気に嫉妬している所長を内心で可愛く思いつつ、彼女の忍びとはもっと仲良くなれそうだと良い感触を得られた。勿論、中々にノリが良い所長とも関わり合い続ければ、友人にはなれそうだとも思っていた。

 

「まぁまぁ、所長。それでどのような要件ですか?」

 

「二つあるんだけど、まず一つ目。貴方って子供の頃、宇宙飛行士に憧れてた?」

 

「……はぁ。まぁ、そりゃあ憧れていましたよ。宇宙は浪漫だから」

 

「宜しい。続けて質問。エイリアンって映画を見たことがあれば、感想を聞きたいんだけど?」

 

「ありますけど……―――あ、感想でしたか。面白いと思いますよ。SFホラーの金字塔ですからね」

 

 所長はその答えに満足した。そして、藤丸も我がカルデアを満足することでしょう、と幾度か嬉し気に頷いた。とても上機嫌だった。

 ……不気味である。冷や汗で気色悪くすらある。

 そうなのだが、問いを投げ掛けるのを藤丸は我慢した。パンドラの箱の逸話を知る身ながら、災厄は封じ込めておきたいのが人情だろう。

 

「ありがとう。一つ目の要件は終わったわ。楽しみにしておいてね、色々と。そして、二つ目の要件なんだけど―――」

 

「はい」

 

「―――運試し、やりましょう」

 

「はい?」

 

「大丈夫よ、大丈夫。貴方って顔が良いから、第一印象も良さ気で相手側も好印象だろうしね。唐突な死を迎えることもないことです」

 

「え――……死。運試しで、死。それってロシアンみたいなルーレット?」

 

「…………」

 

「あの、笑っているだけだと分からないんですが……?」

 

「近いわね。けれども、あっさり死ねるだけ救いがありましょう」

 

「…………」

 

「どうしたのよ。何も言わず固まってるだけだと、何も分からないのだけど」

 

「そのー……その場にいるのは、俺だけ?」

 

「いいえ。私もいますし、盾も要るからマシュもいます。後、技術顧問ね。なので、計四名で行います。だから安心なさい。

 貴方って―――顔、優れているからね。

 コミュ障な私とか、ぶっちゃけ貴方に口説かれたら見た目でホレます。

 だからね、もし女性なら口説き落とせば無問題よ。男なら、友人になりなさい。どうせ相手が相手だし、魔術師としての常識とか邪魔だもの。貴方みたいなのがはっきり言って、一番有能になる仕事だからね。

 うーん……その為に、Aチームメンバーにゃあ良好な人間関係の結び方も講師を呼んで授業させたし……でも、コミュニケーション能力は私の部下の中だと貴方が一番優れているから、やっぱり問題なし」

 

「……何ですか、それ。俺ってホストでもするんですか?」

 

「あ”-……―――近い!

 ホストじゃなくて、カルデア最後のマスターです。人間として好感を得て、潤滑なコミュニケーションを取るのが貴方が最もすべき職務なのですからね」

 

「つまり、それって―――」

 

「―――英霊召喚よ。

 貴方のサーヴァントをカルデアに呼び出します。特異点Fで英霊たちと良くも悪くも縁を結べましたから、そりゃもう色々と期待できることでしょう!」

 

 嵐のように来て、嵐のように所長は藤丸を連れ去った。忍びは何時も通り元気な主を見て、良き哉とおはぎを一口。うまい。大金の入った銭袋を手に入れた時のように、思わず笑みが零れるといもの。

 そんな中、一人の白衣姿の男が食堂にやって来た。

 気配を感じ取っている忍びだが、一々反応するのも失礼だろう。相手が自分に気が付くまで、彼は黙っている。知人を探知しようとも、基本的に相手が視界に入るまで会釈をする程度に関わり合いを留めていた。

 

「はぁ。やっと、終わったよ……っは、思わず独り言が。ボクも歳かな、疲れたよ」

 

「ロマニ殿。頂いている」

 

「うんうん。別に良いよ、狼君……ってそれ、ボクの取って置きのおはぎじゃないか!」

 

「……は」

 

「は、じゃないよーもう。ボク、これから何を楽しみに今日一日を過ごせば良いんだよ……」

 

「安心なされ。飴がある」

 

「嫌だよ! それって怨念込めてるヤツでしょ!?

 ボクは君が食堂で仏像みたいなポーズをしながら、その飴を夜遅くに練ってるの見たことあるんだからね」

 

 仙峯寺が遠い過去となった今、飴は狼自家製となる。召喚された後、暇な時間に遺魂を込めながら飴を練り込むことで、戦闘時における魔力節約となるべく道具の準備を怠る忍びではなかった。無論のこと、御霊降ろしの為に専用の祈祷姿をするのは忘れてはならない。

 

「……は。しかし、甘みがありまする」

 

「関係無いからね!?」

 

「む……そうか」

 

「はぁ。ま、狼君だからもう良いよ。どうする、団子もあるけど?」

 

「………有り難い。茶を、入れまする」

 

「うん。ありがとう…………ん―――ふはぁ。君の茶は染みるねぇ……これだけが、現実を生きるボクの癒しさ。後、マギ☆マリ」

 

「……まぎ、まり……とは?」

 

「お、お……おー……成る程。狼君、興味あるんだね?」

 

「否……しかし、未知は……好ましいものだ」

 

「そうかいそうかい……―――良し!

 じゃあ、ちょっとだけで良いからさ、愚痴と一緒にボクの話を聞いていってくれよ」

 

「……構わぬ」

 

「なばら語らして貰おうか。そう、我らのマギ☆マリとは――――」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「―――成る程。でしたら、所長は料理も得意なのですか。

 実は自分、子供の頃から料理が趣味でしてね。旨いものを求めている内に、じゃあ自分で創作して理想を得るのが人の道じゃないか……と、少しだけ思い込んだ時期があったんですよ。なので、美味しいものを食べるのも大好きなんですよね。

 所長は何か、好きな食べ物ってあるんですか?」

 

「そうね。血かしら」

 

「成る程……―――血液料理ですか。もしや、となると地域の一品ですね」

 

「おっと、貴方ってガチなのね……うむ。このカルデア、爆破されてもツいてるわねぇ」

 

 普通なら引かれる解答だが、やはり啓蒙された通りこの男、コミュ力EXの恐ろしいリア充。所長は宇宙に通じる叡智で以って会話をする藤丸を分析していたが、最後の最後でカルデアはマスター運が極限まで高まっていた様だ。

 ならば、そのマスターの籤運が悪い訳がない。

 所長は未来を啓蒙出来ていた。占星術で藤丸立香を運勢を思考の瞳で見る限り、我がカルデアに豪運を招き入れまくる籤運EXだと理解した。

 

「何がですか?」

 

「何でもないわ。そうね、ちょっと特殊な血液が好きなのよ。吸血鬼みたいに人間の血が好きじゃなく、ちゃんとグルメな私は血液にも拘るのよ」

 

「まるで吸血鬼が実在するみたいな……―――え、いるんですか?」

 

「居るわよ。魔術世界だと普通の住人です」

 

「狼男は?」

 

「居るわね」

 

「もしかして、そう言うのって―――」

 

「貴方が思うファンタジーな異種族ってのは、基本的に実在するのよ。特に神話体系の種族は古い地球で結構実在していたわね。後ね、吸血鬼は死徒って呼ばれるのが基本種族だけど、あれは神話と関係ない別物だから、吸血種は吸血種でまた色々ね。

 なのでこの世界、神も悪魔も宇宙人も存在するの。慣れなさい」

 

「―――ファー……そうだったんですね。ファンタジーって幻想じゃなくて現実だったんですね」

 

「英霊なんて、そんな連中でも馴染み深い奴らじゃないの」

 

 等と、無駄話をしながら歩けば二人は目的地に着いていた。

 

「ここは、一体……?」

 

「守護英霊召喚システム・フェイト。カルデアが作り上げた術式が刻まれたサーヴァント召喚の要となる部屋。その儀式をする為に工房として作成した私と私のパピーが作った傑作発明品。私が付けたけど名前は単純に、サーヴァント召喚儀礼室。

 要するに―――貴方の、仕事部屋よ」

 

「此処が……サーヴァント召喚儀礼室」

 

「マシュと顧問は呼んでいるから、私たちもとっとと入りましょう」

 

「はい!」

 

 最新機種が揃えられているカルデアには珍しく、その儀礼室は重苦しい門のような扉だった。染み一つない白い扉は自動ドアではなく、人力で開くタイプであった。

 魔法陣の紋様と、宇宙のように暗い神秘的な空間。

 あの大空洞でオルガマリーが空に浮かばせた高次元暗黒に似た世界。

 趣味が良いとはとても言えなかった。この場に存在しているだけで藤丸立香は、自分の脳髄に未知が啓かれる違和感に第六感が支配されていた。

 

「先輩。お待ちしていました」

 

「やぁやぁご苦労さん。カルデア最後のマスター君」

 

 しかし、藤丸にとって儀礼室は目の保養だ。何せ自分を待っていてくれた同じ年の美少女と、何かもうモナリザとしか例えられない空前絶後の凄まじい美女がいたのだから。顔が良いと所長は藤丸を石ころを見るような澄み切った瞳で褒めたが、告白を幾度か受けた過去を持つ彼はぶっちゃけ顔の良さに過不足なく自覚があり、しかしそんな自分が釣り合わない程に二人は良い美貌を持っている。精神性も外見に出ているので、そりゃもうオーラが違う。

 

“……うん。ま、女性を口説かない俺とか、俺じゃないし”

 

 藤丸立香のコミュ力の高さは、生まれながらの素質の部分が大きいが、実際に鍛えた対人交渉術の部分も大きいのだった。ナンパな性格はしていないが、相手に合わせた精神的距離間が完璧なのだろう。だがしかし、技術顧問は食指が動きませんと彼の第六感覚(ゴースト)が囁いていた。彼女からは危険な美女の気配と言うより、何かもう普通に危険でしかない雰囲気だ。藤丸なら容易く見抜く地雷だった。

 そんなコミュ力高いだけな十代男子高校生精神を一切隠し、正真正銘世界に挑む男の表情をするカルデア最後の希望―――藤丸立香。

 所長は藤丸に対し、ちょっとフロイト的に性欲溜まって来てるのかしら、と的確に男の心理状況を見抜いてはいたが、部下の人間性にまで口は出さない大人な女である。真面目にする時にきっちりと本気で挑んでくれればそれで良く、マシュも藤丸を慕っているので宜しくなっても構いはしない。だがあの顧問へ手を出すとなれば「啓蒙高いわぁ」と、流石の狩人様でもそれは引く。

 啓蒙(インサイト)は―――中を見る瞳。

 そんな如何でも良い人間性の深淵さえも見えてしまう。脳に宿ったあらゆる中身を暴く思考の瞳は、思考回路も人を見れば自然と分かるのだろう。

 

「顧問、儀礼室の要を連れて来たわ。アナタの準備は良いのかしら?」

 

「勿論だとも、所長。聖晶石はこちらの方に」

 

 ダ・ヴィンチから結晶を受け取った所長は、その瞳でじっくりとその石を観察した。既にカルデアを年齢を理由に退社したが、真エーテルの研究をしていたコジマ博士が作り出したコジマ粒子。その特殊なエーテルを魔術儀式で加工することで作り上げられたのが、この聖晶石と言うカルデアの発明品の一つ。

 所長はその秘匿されるべき術式を、技術部門顧問―――レオナルド・ダ・ヴィンチに継承させていた。

 部下をまず全力全開で信頼する所からコミュニケーションを行う所長は、カルデアが召喚したサーヴァントであるこの天才キャスターの魔術的技量を啓蒙し(見抜き)、コジマ博士の仕事を全て引き継がせていた。

 

「―――良い。ふふっふーふふ、実に良い。私の瞳が富める素晴しい出来栄えね」

 

「そうだろうとも、そうだろうとも。何せこのダ・ヴィンチちゃんは、混じりッ気なしの天才美女サーヴァントなのだから!」

 

「うんうん。アナタってちょっと啓蒙高い性別だけど、天才過ぎて脳が痺れてしまいそう!」

 

「いやぁー……ククク。私も中々に良い理解者を得られて良かったぜ!」

 

「もぉーう、顧問ったら。アナタほどの変態(テンサイ)を理解するなんて、そんな恐れ多いでしょう」

 

「そんなことはないぜ。天才の私が言うのだから間違いない。所長はきっと世界だって変えられる変態(テンサイ)さ」

 

 天才とアレは紙一重と言うが、天才でありアレでもある頭脳の化け物が二人揃うと、その変態進化に歯止めなど一切ない。そんな二人に立ち向かうロマニがいなければ、このカルデアこそ世界を焼き尽くして国家解体を実行した文明の頂点となっていたことだろう。

 人理解体機関フィフス・カルデアの誕生であった。

 とは言え、それはもう遠い世界で有るか無いか分からない可能性の物語。この世界では人理焼却に立ち向かう人類史最後の希望である……筈だった。

 

「「うわぁ……」」

 

 そんな出会ってはいけない二人が既に交流を深めている場面を見て、もはやカルデアが手遅れなのだとマシュと藤丸は深く実感した。

 ……ドクター・ロマン、強く生きて。

 この二人と対等に関わらないといけない彼に、二人は祈らずにはいられなかった。所長の忍びがいなければ、お茶しながら愚痴を溢す相手もいなかったことだろう。信頼と言う部分では性別逆転中の顧問が一番なのだろうが、人間は色々な事でストレスが溜まってしまうものなのだから。

 

「じゃあ、藤丸。はいこれ。協会で値段にすれば一個で家と土地が余裕で買えるけど、景気良くあの魔法陣に捧げなさい」

 

「……………え?」

 

「だから、はい。聖晶石よ。彼方へ呼び掛ける要である貴方じゃないと、契約を結ぼうにも不可能なのだからね」

 

「いえ……いえいえいえいえ。そうじゃなくて、これの値段です……?」

 

「何を驚いているのよ。カルデアの発明品なのだから、そりゃもう高価よ。原価は別にそこまでしないけど、技術と神秘が付加価値として箆棒に高くなるのよね。

 あのコジマ粒子だって普通に封印指定だし、これも同じだもの。

 英霊召喚なんて奇跡を神秘絶えた現代で可能とするエーテル結晶体となれば、出す人間は幾らだって出すわよ」

 

「それを……これから自分が、使い潰すのですか?」

 

「うん、そうね」

 

「それでその、それが何度も失敗した場合は?」

 

「赤字ね。貴方の人生をこのカルデアが買い取りましょう。今やもはや、私たちカルデアが正義の味方なのだから!」

 

「ヒェ……神よ、どうして。正義はそれなのに―――!?」

 

「嘘よ、嘘。正義の味方なんて荷が重すぎるわよ。精々がちょっとしたボランティアが限界です。人理は救わないといけないから救うけど、夢を腐らせる人類種を救うなんて聖人だけで勘弁だもの。

 なので、別に気にしなくていいの。

 貴方しか出来ないから、しなくてはならないからするってだけ。結局、全てが我がカルデアの総意なのだから」

 

 この言い草から、人理保証をするカルデアの所長が人間と言う生物に、そもそも何一つ期待などしていない事が雰囲気で藤丸は悟れた。

 ―――夢を腐らせる人類種。

 そんな台詞、人を救う為に世界を救おうとする人物が言うものではない。

 自分の上司に聞けば、恐らくは本音をあっさり語るのだろう。この人が人間を既に見限っていることなど、聞かなくとも藤丸は少し関われば直ぐ理解した。しかし、それでも人理を救うのだとすれば、まだ人間の世界に未練はあると考えた。

 聞かなかったことにしない。それでも今は、この危機に対する仲間として、なるべく気安く接していたい。聞くならば、せめて所長が自分のことを一人の人間として認めてからだろうと判断した。

 

「でしたら、良いんですけど……ははは。この一粒で数千万円か。魔術ってパないの!」

 

「そうよー……ふふふ。金食い虫だけど、その分だけ金儲けもやり易いのよね。神秘ってのはね、襤褸い商売なのよ。文明技術も超越して研究も出来るから、そりゃもうカルデアって良い感じ。ま、それだって売れればの話だけど。

 なので、エネルギー源さえあれば聖晶石も量産出来るし、パーッと魔法陣に投げてしまいなさい。それだけの金額的価値があるってだけで、その石は金に変えるべきものじゃないのだから」

 

 それを聞いた藤丸は決意を新たにした。投げるべきものを投げるだけと思い、数千万円する宝石を山頂の火口に投げる気分だった勿体無い精神を吹き飛ばした。

 自分にしか出来ない事であり、所長から給料も貰っている仕事でもある。

 人理焼却が為された今となっては金銭など完全に無価値であり、しかしそれでも世界を焼却から救えば給料が入る。つまりは、生きる為には戦わなければならず、生き残れば億万長者。選択肢がないのは仕方がないが、戦い抜いた先に報酬がちゃんと準備されているのなら、やはり藤丸立香は人間らしく嬉しく思う。無償の英雄的行動を生きる為に必要ならばそれでも戦い抜くと決めるが、明るい未来は人間が戦う為の重要な活力であるのだから。

 

「わかりました。ハラショー!」

 

 だから、彼は意志を曲げない。決意そのまま魔法陣に聖晶石をシュート、超エキサイティング!

 脳内で凄まじく適当な決め台詞を言いながら、藤丸はやはり数千万円もする石を粗末に出来ないので、貴重品を扱うよう魔法陣の上にポツンと置いた。

 

「何故ロシア語なのですか、先輩……」

 

「相変わらずだねぇ……君は。だが、それが面白い」

 

「ハラショー……ふふ。ハラショーって、ふふふふふふ!」

 

 所長が一人だけ藤丸の言葉に受けて笑っているが、召喚魔法陣がそんな彼女と関係無く輝き出す。従来のエーテルで作成した聖晶石よりもコジマ石は何十倍、あるいは何百倍の魔力効率を誇る超燃料。一つだけ捧げたが、込められた結晶から少しずつ溶け出す魔力は何度も術式を起動させ続け、幾度も魔法陣を輝かせることだろう。

 その光景に所長は―――オルガマリー・アニムスフィアは、笑みを耐え切れなかった。

 人理焼却と言う人類滅亡の危機を前に、英霊の座は遂にカルデアへ門を開いた。英霊召喚によるサーヴァント使役など神話の話に過ぎないが、聖杯の奇跡も使わずカルデアは自らの技術力のみで到達した。

 

「ふふふふふふ、はーっはっははっはっはははは!

 ああ、あぁああぁ……私の死んだ御父様。貴方様の理論は完成しました。貴方様が人理を守るべく空想と嘲笑われた奇跡が、人理焼却と言う人類史消去によって―――否、私が完成させて頂けました。

 どうか、どうか御父様、貴方様が眠る星幽界より見守り下さいませ。

 世界を憂いたアニムスフィアの手によって理の救済と言う、この世全ての夢が叶えられますように……!」

 

 完全に目が空想の宙へ向けられ、狂気が空間を侵食していく。とは言えマシュは、神秘に対して昂揚した所長がこうなるのは良く知っており、そもそも慣れているので余り気にしていなかった。普段と違って完全にアチラ側の住人であるが、カルデアは奇人変人の巣窟だ。

 なので、マシュも普段通りに一言掛けるだけ。それだけ有れば、何時も通り所長も狂気から目覚めることだろう。

 

「テンション高いですね……その所長、大丈夫ですか?」

 

「――――あ、うん。ごめんね、マシュ。

 やっと此処まで来られたから。これで門も開けず藤丸の召喚が不発にでもなれば、カルデアが召喚しておいたサーヴァントだけで人理焼却に立ち向かわないといけないのだもの。

 だから、嬉しいの。僥倖僥倖、凄く僥倖。全く以って成功よ――――さぁて、あのキャスターか、あるいは私達カルデアが冬木で殺した誰かが来てくれるのかしらね?」

 

 十秒以上か一分か、召喚を見守っていた者達は余り時間の感覚は分からないが、長い間魔法陣から放たれた光輪は廻り続けたが、それも収まり始めた。

 しかし、まだまだこれからだ。聖晶石コジマSPは幾分か余裕がある。

 不安気に此方を見る藤丸に所長は頷きながらも、まるで歴戦の狩人のように右手の親指を立てた。更にぶち込んじまいな、とアイコンタクトで意志を伝えたのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「さ、さ、どうぞ。席について」

 

「すみません、メイガス」

 

「あぁ………」

 

「お。悪いね」

 

「これは忝い」

 

「◆■■■……」

 

「あら……何と言うか、思った雰囲気と違うわね」

 

「…………」

 

「ふぅむ……ここが、カルデアと」

 

 広い場所がないとのことで、食堂を利用することにした。軽食と飲み物も準備出来るのも良い。

 ついでに座から来たばかりのサーヴァントの皆様にも横柄な態度だと印象も悪いだろうと、所長は予想以上に一気に英霊を召喚した藤丸を内心で評価を激上げしまくりつつも、カルデアにとって大事な営業相手である英霊に失礼がないように接することを心掛ける。

 それに召喚自体もまだ終わりではない。しかし、召喚した八騎のサーヴァントを放置するのも失礼極まりない。一旦それは中止し、藤丸は休憩させて、今はこうして召喚成功した英霊と所長がカルデアの決まりごとなとを話すことにした。

 

「……では、改めて。

 ようこそおいでになりました。ここが私達の人理保障継続機関カルデアです」

 

 自分のサーヴァントである忍びには凄まじく依怙贔屓する所長だが、そもそもカルデアのサーヴァントにも隻狼程ではないがかなり優しい。最初から対応がひどく柔らかい。藤丸による儀式成功で頭高次元暗黒になってギラつきまくった瞳で狂気がガン決まりしているが、それ以外は穏やかな表情で彼ら彼女らと、魔術師とは思えぬ態度でサーヴァントと会話をしていた。

 

「この度はウチの藤丸立香の呼びかけに応えて頂き、感謝するわね。私がカルデア所長、オルガマリー・アニムスフィアよ。

 サーヴァントとしてマスターともう自己紹介したけれど、出来れば……まぁ、私ともして貰えると嬉しいわね」

 

 そう所長が言い切ると、一切何の気配も存在感もない空間に男が一人佇んでいた。まるで気功を極めた仙人のような気配の無さ。それを自然体で行う人物に驚きつつも、しかし此方に気付かせるように態と気配を出したことで更に驚きつつも、男がそこに居ることには驚かなかった。

 

「…………主殿。茶だ」

 

「うん。ありがとう、隻狼……あれ、皆の分も準備してくれたのね」

 

「あぁ……配ろう」

 

「―――えぇ!

 じゃあ、悪いけどお願いします」

 

 橙色の派手な色合いの忍び装束。その彼が一人一人にお茶を出し、茶菓子も出し、会釈をすると遠くに戻って行った。

 召喚されたサーヴァントの中でも、同じ着物姿のアサシンが好戦的にも程がある人斬りの目付きで忍びを見定め、同じアサシンである黒装束のサーヴァントも酷く関心したように何度か頷きながら髑髏仮面を揺らしていた。

 だが、とうの忍びは疲れたのか机に突っ伏して寝ているロマニのテーブルに戻り、そのまま席に着いた。しかし暇なのか、懐から鑿を取り出して忍義手の整備を始めていた。ロマニを放って何処かに行かず、だが彼が起きるまで待っている当たり、忍びの人の良さが出ている光景である。

 

「では、飲みながらで構いませんので、お願いしますね」

 

「セイバーのサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴンです。カルデア所長でしたね、今日からお世話になります」

 

「うん……―――うん?

 成る程、冬木でも会ったアーサー王ですね。ええ、宜しく。どうか藤丸をお願いね。後、マシュとも色々と因果がありますし、彼女にも気を使ってくれると嬉しいわ」

 

「はい」

 

 そして、美しい姿勢で茶菓子を食べ始めるアルトリアは隣のアーチャーに目配りし、それを受けた赤い男は仕方がなさそうに口を開いた。

 

「アーチャーのサーヴァント、エミヤだ。これから世話になる」

 

「ええ、こちらも貴方の世話になるから御相子ね……―――うん。藤丸と、それとマシュとも仲良くしてね」

 

「あぁ……それは、勿論だとも」

 

 何を確認したのかエミヤには分からなかったが、取り敢えず頷いておいた。この女に逆らうと碌な目に合わないと彼の心眼と言う名の女性経験が告げていた。可愛い子が基本的に好きでそれなりに優しくするエミヤだが、所長は生前に関わり合いのある全ての女性と比べても、史上最大の災厄だと鷹の目で見抜いた。

 そして、見抜かれた事を所長は見抜いたが、むしろそれが良い。アラヤの奴隷である守護者だとも啓蒙出来たので、こう言う人類絶滅を防ぐ本物のプロフェショナルだと理解し、彼はとてもカルデアにとって重要な位置に立つサーヴァントだと分かった。加えて、そのスキル構成も良い。後でマシュの先生にしてしまおう。

 

「―――で、オレはランサー。真名はクー・フーリンだ。冬木じゃ世話になったな!

 けどよ、最後まで助けられなくてすまなかった。あのヤローと殺し合ってる隙を突かれてよ、無様に首を斬られて暗殺されちまった。

 ま、次はそんなヘマはしねぇ。ちゃんとランサーで召喚されたしな」

 

「うんうん。私も貴方が来てくれてとても嬉しいわ。藤丸とマシュも楽し気でしたし、後で時間が有る時にでもかまって上げてね」

 

「はっはっはっは! 分かってるって。命を預け合った戦友と、戦いの後に一杯するのが戦士の醍醐味ってもんさ!

 しかしよ、オレは所長さんとも仲良くしたいって思ってるんだぜ。アンタみたいに強くて綺麗な女は、生前でも余り出会わなかったからな」

 

「そう。嬉しいわね。私は良い男が相手なら、何時でもウェルカムよ。何でかこのカルデアじゃね、皆が皆、優良物件な私を女扱いしないで放置プレイなんだもの。

 一人の夜は寂しくて堪らない。男だって、同じ筈でしょ」

 

「そうかい……――――ま、気持ちは分からなくもねぇが」

 

「え、それってどっちの意味で?」

 

「おっと藪蛇だったか。まぁ、色んな意味でこれから宜しくな、所長さん」

 

「宜しくね。光の御子」

 

 中身も危険な良い女。ちょっと瞳が宇宙のように暗く深いのが恐ろしいが、むしろ逆に魅力的でもある。クー・フーリンにとって生前に出会った事はない部類の女で、だが好みに沿った強くて危ない女性なので、男としてはかなり良い第一印象だった。所長もまた、女としてランサーのような心身強い男に口説かれれば、悪い気分にはならなかった。そもそもナンパとかされた事もなく、だが案外異性から容姿や強さを褒められるのは心地よいものだと実感した。

 そして、その隣にもナンパ男な雰囲気を持つ人物が一人。サーヴァントとしてだと忍びと似た雰囲気であるが、種類はまた別の日本人。物干し竿のような長刀を持つ侍であった。

 

「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎だ。これから厄介になるが、人理修復まで宜しく頼む」

 

「佐々木小次郎ですか……うん。宜しくね。武蔵で有名な剣豪だろうけど、ちょっと何だか雰囲気が違うのよね?」

 

「ほう、良く見抜く女子(おなご)だ。私はそう在れと望まれただけの農民でな、剣豪などとてもとても勤まらぬ。元より無名の農民で、人より棒振りが巧いことが取り得の亡霊よ」

 

「成る程ね。まぁ、本当なんだろうけど、その棒振りがちょっと剣神の領域に辿り着いちゃったと言う訳かしら?」

 

「お主は……本当に、良く見抜くものよ。我が人生故に否定はせんが、剣神と呼ばれるのは少しこそばゆいぞ」

 

「ふふふ。ちょっと瞳が肥えてるのよ。見れば分かるけど、技量は貴方が一等賞ね。ま、私の隻狼とどっちが巧いかは言わないでおくけど!」

 

「そうか。お主程の女怪が自慢する使い手か……まこと、楽しみよなぁ」

 

「そうよ、私のアサシンはカルデア最強なのだから」

 

「ほうほう……」

 

 所長的に忍びに一番気に掛けていた佐々木小次郎を牽制しておくつもりが、更に興味を引き出す結果となってしまった。しかし、何だかんだで忍びも斬り合いは嫌いではないので、侍にとっても忍びにとっても互いの娯楽になるならば、それは悪い事ではないのだろう。

 

「◆■■■◆■……」

 

「はい、宜しくね。しかし、ヘラクレスの伝承は知ってるけど、実際はかなり紳士的な人みたいね」

 

「◆■◆」

 

「そんな……ふふふ。まぁ、意外とお上手なのね。でも、ま、そこまで言われて嬉しくない何て、捻くれてませんからね」

 

「◆■◆■◆」

 

「そう言う貴方も、白い一本の薔薇が似合うダンディでしょう。でも、何時かプレゼントしてくれるなら、部屋に飾っておきますよ」

 

「◆■◆■■■」

 

「えぇ、えぇ、構いません。此処は多文化を重んじるカルデアですから。故意に曝け出さないのでしたら、別に腰蓑一丁で歩いても風紀的に問題ないわ」

 

 此処の所長、ちょっと本当に頭が凄まじいと他サーヴァントが驚きつつも、会話は短めに終わった。次に自己紹介をしようと身構えていた女性など精神的にダメージを受けたのか、茫然と隣に座っている巨漢を凝視している始末である。

 

「ありがとうございました、ヘラクレス。では次にキャスター、お願いね」

 

「え、ええ……その、キャスターのサーヴァント。真名はメディアよ。どの程度の付き合いになるか分からないけど、これから此処でお世話になるわ」

 

「うん、宜しく……―――ん?

 メディアとなると、魔術の神の弟子だったかしら?」

 

「そうよ。それがどうかしたのかしら?」

 

「んー……そうね、人に魔術を教える事に興味ってある?」

 

「え……―――この私が、魔術の教師役?

 それはどうかしらね。キルケー叔母様みたいなことなんて生前試したこともなかったから、やってみないと何とも言えないわ」

 

「まぁ、それは追々。兎も角、召喚に応じてくれて感謝です」

 

「ええ。呼ばれたからには、私も本気で人理修復に協力するから安心して頂戴」

 

 フードを脱ぐと凄い美貌のキャスター。しかし、何故か同時に人妻感も凄まじい。イアソンの奥様だったことは所長も分かっているが、伝承を見るとあの男に対して人妻っぽい雰囲気になれるか微妙なところ。もっとドロリといた魔女をイメージしていたが、魔術師よりも魔術師らしいのに、賢者と呼ばれる魔術師よりも常識人に近い倫理観は持っているようだ。

 

「ライダーのサーヴァント、メデューサです。召喚に応じ、カルデアに協力します」

 

「メデューサね……―――まぁ、女神にも来てくれるなんて嬉しいわ。カルデア所長として歓迎します、盛大にね」

 

「はぁ……それはどうも」

 

「うん。こっちもありがとう」

 

「……………」

 

「…‥…‥‥」

 

「あの、まだ私に何か?」

 

「凄い失礼を承知で少しだけお願いなんだけど、後で血液検査とか――――」

 

「―――しません。

 絶対に、血液なんて抜かせません」

 

「そっかー……でも、別に嫌な事を強要するつもりはないので、貴女程の英霊がサーヴァントとして居てくれるだけで有り難いからね。

 暇な時もあると思いますので、ゆっくりと生活して下さい」

 

「はい。そこには此方も、とても感謝しています」

 

 ゴルゴーンの血液は、特別な血を持つ英霊の中でも更に特別。所長は是非とも欲しかったが、メデューサ本人の方がカルデアとしては遥かに有益。嫌なら嫌で仕方がないと諦めて、普通に挨拶するだけに留めておいた。

 

「私はアサシンのサーヴァント、ハサン・サッバーハであります。しかしそうですな、ハサンの名を継いだ暗殺者もこれより召喚される事もありましょうし……ふむ。私の事は呪腕、あるいは呪腕のハサンとでも」

 

「分かったわ。呪腕のハサンね。これからカルデアで宜しくね。でも、あの暗殺教団の当主が来てくれるとは、諜報活動は完璧以上と言うことね。

 私のアサシンも隠密活動は得意なんだけど、彼って結局は皆殺しにしちゃう人斬りだったから……」

 

「それは何とも。アサシンは標的を必ず死なせる暗殺者でありますが、やはり侵入活動と諜報活動は基礎能力でしょう」

 

「よねぇ……って事で、貴方には期待しています。藤丸は敵からすると弱点となるマスターだから、やはり暗殺するには藤丸を殺すのが手っ取り早いですからね。私が敵なら最初から藤丸を()りに行くので、その対策も要るのよ

 なのでそう言う手合いのカウンターとして、あるいはマスターアサシネイト対策を立案して下さいね」

 

「お任せあれ。この身に換えても、我が召喚者を守り抜きましょう」

 

「うん。感謝です」

 

 とのことで、短いながらも所長は対話を終わらせた。しかし、彼女がこの場にいる全サーヴァントを瞳で視ることで啓蒙出来ている。ステータスは勿論、スキルと宝具も分かっている。あるいは、その意志を感じ取ることで人格や精神性も把握してしまっている。

 ―――守護英霊召喚システムは、完璧以上の成功品だ。

 ダ・ヴィンチや狼の召喚もシステムによるモノだが、こちらはかなり特殊な事例となる。何度も出来ることではない。しかし、聖晶石によって魔術師としてなら何でもない藤丸立香が、こうしてサーヴァント召喚に成功した前の前の現実。

 

“やはり、夢は私を裏切らない”

 

 サーヴァント召喚の為に用意したマスターが一人を除いて使い物にならなくなったが、最後の一人いれば人理修復は事足りる。藤丸の魔術的技量を考えれば特異点にレイシフトして連れていくのはマシュを含めて数名が限界だろうが、それも結局は問題ない。冷凍保存していなければその人数分以上のサーヴァントをレイシフト可能だったろうが、それでも解決策など幾らでもある。

 所長は英霊召喚の術式を学習し、新たな即式召喚術式を開発した。

 名付ければ、影霊召喚。あるいは、コール・オブ・シャドウズサモン。カルデアが召喚したサーヴァントの影を一時的に契約したマスターが、自分自身の元に限定召喚するシステム。シャドウ・サーヴァントと呼ばれるサーヴァント未満の使い魔だが、戦う為の力としては非常に有能である。特殊術式により、影に過ぎない写し身であろうとも宝具と技能も使用可能だ。

 人類最後のマスターである藤丸立香は、その為にオルガマリー・アニムスフィアから魔術礼装を植え付けられた。痛みを伴った霊媒手術によって体内へ取り込まれ、所長が見込んだマスターに渡す筈だった礼装は、彼の中に“悪夢”として霊体の一部となっていた。

 その礼装の名こそ―――影霊呼びの鐘。

 令呪が刻まれた右手は英霊へ呼びかける小さな人骨の鐘となった。否、その鐘こそ令呪を刻み込む為の下地であった。悪夢は幾度だろうと巡り廻って、マスターを見捨てずに助け続ける事になるだろう。

 

“あぁ……―――宇宙は空にある”

 

 L字ポーズをとって悪夢と異空間と高次元暗黒に住まう者共と交信したくなる気持ちを抑え、所長は英霊と出会うことで更なる啓蒙を得た。

 ならば、後は特異点に入り込むだけ。

 計画通り、まずはフランスの特異点で狩りを全うしようと意志を固め、藤丸の召喚に応じてくれた英霊を自分に利益を与えてくれる商売相手として祝福した。

 

 















 ジル・ド・レェは理想の悪役ですよね。書いていて楽しいです。フランス特異点はジルの話でもありますので、前回の話で彼の思いを少しは描写出来ていれば幸いです。それと前話で彼が獣の偉業である人理焼却に協力することに違和感はなかった雰囲気に出来れば良かったと思います。
 後、個人的な感想ですが彼岸島って漫画は、ギャグとシリアスの塩梅が絶妙だと思います。
 それとアトランティスは最後までやりました。やはり愛と自己犠牲の物語はFateらしくて面白いですよね。

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