血液由来の所長   作:サイトー

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啓蒙13:レイシフト

 その日を超えてから、藤丸立香は世界が極彩色に輝いて見えるようになった。一ヶ月も経っていないが、訓練訓練、また訓練。マシュは過労死しそうな程に毎日疲れ果てていたが、藤丸は自分もそれと同じ程度にギュリギュリと絞られている精神的疲労に満ち溢れていた。マシュとは、それはもう鬼畜外道にして悪逆非道な所長を同じ上司とする身なので、連帯感を越えてアイコンタクトで長会話が可能な程に理解し合えてしまった。人間、破滅的な状況に陥りようとも、極限状態だと絶望する気力も湧かないようだ。何よりもあの所長は、そんなこちらの精神状態を完璧に読み取った上でギリギリのカルデア式トレーニングをみっちり仕込んでいる。藤丸にとって、ある意味で健康的な精神状態を維持しながらも、訓練に没頭する日々はカルデアに来る前よりも人間性が充実していた。

 ちょっと前の日常。色取り取りな日々は刺激はなくとも、程良い苦難と丁度良い娯楽のある普通の世界だった。だが、それを全て焼却された。彼の世界は焼かれて灰となってしまった。

 問われたのは―――人類を守る為に、七つの人類史と戦う意志の有無。

 他に生きる為に選択しかないとは言え、世界を救う旅に出ることを選んだのは自分自身。あの所長からも「オルガマリー個人としてお礼を言わせて下さい。ありがとう、立香さん」などとイベントCGな微笑みで言われてしまえば、頑張らざるを得ないのが藤丸の信条だった。

 ついでだが、マシュはその光景を胡乱気な瞳で見ていた。あぁやって飴と鞭で鍛えるのが所長の数ある手段の一つであり、それでワーカーホリックになる職員が多くいる。あの人たちは、もはや仕事で溜まったストレスの発散に仕事をすると言う無限ループに嵌まっていた。

 

「―――で、藤丸。どうだったの?」

 

「どう、と言われましても……」

 

「一通りは試したじゃない。レイシフトで連れて行くサーヴァント、マシュ以外で誰にしたい?」

 

 休憩時間。廊下のベンチで座って休んでいた藤丸は、同じくベンチでボーと休憩していた所長と世間話をしていた。

 

「……いやぁ、判断厳しいです。

 けれど、そうですね。新米マスターな自分やマシュと一番相性が良く感じたのは、アーチャーのエミヤですかね」

 

「彼ね。確かに、ちょっと万能性高いわ。近距離、中距離、遠距離の全レンジに加えて、アーチャーらしく狙撃もオーケーで、見た雰囲気だけど暗殺も嗜んでるわね。更にはマシュを初めとして、他サーヴァント全員と戦闘の相性を合わせられるから共闘能力も抜群。これなら召喚されている筈のどんな現地サーヴァントでも、即興で戦闘を合わせられることね。そして、援護能力も高い癖に、本人の戦闘能力も他者と負けていない。

 会話すると皮肉屋だけど、協調性はそこらの現代人なんて目じゃないほど高くて、サバイバル能力も良し。何よりも、料理人スキルがめっちゃ高い。向こうでキャンプもするでしょうし、カルデアのコックがいなくなるのでこっちはこっちでブーイング凄いだろうけど、仕方がないわ。

 フム……中々、藤丸も良い観察眼をしてるわね?」

 

「まぁ、条件全てに適応してましたから。エミヤって、本当にもうエミヤさん」

 

「同意するわ」

 

 誰もが優れたサーヴァントであるが、まだまだ素人な自分のサーヴァントをして貰う適任は難しい。二度目とは言え、ほぼ初レイシフトの相棒として考えれば、万能なエミヤが適切だろう。実際にVR訓練で全サーヴァントと組んで様々な敵と戦ってみた所、藤丸はそのような考えに至った。

 

「クー・フーリンも結構万能で良いけれど、エミヤは対サーヴァント戦闘も投影で万能ですから。

 竜殺し、獣殺しは当然のように出来ますし、どんな英霊とも対等に戦える戦闘技術を持った上で、その英霊の弱点を的確に突く投影宝具で殺傷する。

 生き残ることを考えれば、藤丸にとってマシュの守りの次に良い強さでしょう。あらゆる脅威から守る盾と、あらゆる脅威に適する弓が今から貴方のサーヴァントと成るわけです」

 

「成る程……―――自分も、考えないといけませんね。

 けど、一時召喚でエミヤさん以外のサーヴァントの皆とも戦えますし、マシュに守って貰えれば不意打ちも大丈夫です。それなら敵襲に応じ、俺も即座に皆をその場で影霊呼びの鐘で来て貰えますから。本体をレイシフトして貰うエミヤさんはフリーで暴れて貰って、自分は影化サーヴァントになった皆への指示に専念します」

 

 藤丸が令呪の下地として霊媒移植された影霊呼びの鐘。この鐘で召喚したサーヴァントを所長は影霊と定義し、契約者の思念で操作される純粋な力として運用される。言うなれば、カルデアのサーヴァントが見る夢の姿が影化の要因。ある程度の判断基準を持つも、マスターが操る使い魔として完成された存在。それがカルデアを擬似的な座として住まう英霊の影、影霊のサーヴァントである。

 難点なのは、所詮は夢の実体化であるので自意識がアヤフヤと言う点だ。

 現実と悪夢の境界線が不確かで、即席しか扱えないが欠点。且つ、即席の一時なのが逆にマスターへと負担を掛けないのが利点。

 

「そうよー」

 

「いや、何か軽いですね」

 

「良いのよ、別に。貴方が分かっていればね。なので、私も第一特異点はエミヤ推しです」

 

「そんなものですかね。でも、俺がもう少し優れた魔術回路を持っていましたら、エミヤさん以外の人もレイシフト出来たのですけど」

 

「出来ないものは仕様がないのよ。私なんて、貴方より何千倍も優れた魔術回路持っているけど、ちょっと特殊な所為でサーヴァントを従えるマスター適性皆無なんだしね。呪いレベルでちょっとアレで、私がマスターとなれるのって隻狼だけなのよ。でも、その隻狼は貴方とも契約出来る訳だから、私は‥…まぁ、一緒にレイシフトするけどマスター役は貴方だけってこと。

 分かるかしら、藤丸。貴方が、カルデア最後のマスターってことなのよ?」

 

「それは……はい。しかし、所長は所長ですから、俺はマスターの役目はきっちりやらせて貰います」

 

「あら、そう。うんうん、じゃあ任せます。でもま、マシュのマスターやるのですから、その程度の気合いはなくちゃカルデア所長として安心出来ないわね」

 

「相変わらず、厳しいですね」

 

「ビシバシ行くわよ。実践の繰り返しで、貴方の魔術回路も鍛えましょう。回路って内臓みたいなものだから、筋肉みたいには行かないけど、まぁ少しだけ反則もしますから……そうね。魔術師としても神秘を学んで貰いますけど、マスターとしての性能も上げていきましょう」

 

「あー……今の、カルデアのマスター訓練と並行してですか?」

 

「と言うよりも、アレね。実際に契約したサーヴァントと一緒に戦うことで、英霊との霊的ラインと回路の相性を良くして効率的にしていくのよね。貴方の霊体そのものが、サーヴァントと言う神秘に適応し……で、そうね。嘘言っても最後はバレるから白状しますと、段々と人間の精神体じゃあ無くなっていくのよ」

 

 魔術師としての能力値(レベル)とは別の、マスターとしての能力値(レベル)。今の藤丸に必要なのはそちらの方であり、それがなければシャドウを呼ぶ一時召還は兎も角、レイシフトに連れて行ける本体サーヴァントの数は増えないだろう。

 

「はぁ、なるほど。でも、それでも必要なんでしょう?」

 

「そりゃ、うん。必要だし、そうだから言っておくんだけどね。なので、ぶっちゃけサーヴァント同士の戦闘じゃあ藤丸の回路程度の神秘が至れる魔術だと何の役にも立たないけど、自分自身の霊体に対してなるべく貴方の回路は優れている方が良いのよ。神秘そのものに対して、頭で理解するのと同時に、霊的に馴染んでおきなさい。

 だから、暇な時は鍛えまくっておくのが胆。

 隻狼も貴方って忍術の素質があるのか、彼なりにプランも立てているしね」

 

「良いですよ。強くなりましょう」

 

 ノータイムで強く返答する藤丸に、所長は純粋に関心していた。

 

「―――……悪いわね、藤丸」

 

「所長には負けますよ」

 

「いやね。それって私が鍛錬好きの人外ってことかしら?」

 

「ノーコメントでお願いします」

 

「素直ね。まぁ、宜しいでしょう。貴方でもサーヴァント戦に対応出来るように、こっちでマスター専用の魔術礼装も用意しておきますし、鍛錬はそこまで急がなくて良いのよ。やった方が生存確率が上がるだけだし、出来る事は増えた方が良いですから。

 あ……でも、それで驕って出来ない事でも出来ると錯覚すると怖いから、それ用のサバイバル訓練も引き続きやるからね。気は引き締めていきます」

 

「―――ん?」

 

「実はエンジニアコース、次回作があるんですよね。そして、次々回作もあります。恨むならムニエルを恨みなさい」

 

「あれってそんなにあるの……?」

 

「うん、作らせた。それにね、エンジニアコース以外でもまだまだあるのよねぇ…‥いやはや。そうね、あれってちょっと私も好きで偶に息抜きでするのよ。ソリッドコースやら、シズオカコースやら、サイレンコースやら、好きなゲームでVR訓練しておいてね。

 ほら、いざと言う時に鍛えた肉体や忍術とかの技術も、こう言うサバイバル訓練で極限状態に堕ちると発揮し易いから」

 

「分かりましたぁ……しょちょー」

 

「気が抜けちゃったか。けど、学習しないと死ぬだけなので頑張りなさい。カルデアの都合で訓練しますから、貴方とマシュにはちゃんと手当も出ますのでね」

 

「はい!」

 

「宜しい。まだまだ現金な欲求があることは精神が健康な印です。強欲でありなさい」

 

「自分、太っ腹な所長が大好きです!」

 

「私もね、私の期待に応えようとしてくれる職員は大好きよ。大事にしたくなるものね」

 

 何時も通り底抜けな暗い瞳をしながらも、表情はキラッキラッな所長に藤丸は微笑み返す。そしてその場に丁度、廊下から歩いて来た小さい獣が鳴き声を上げた。

 

「……フォウ、フォフォウ。フォフォウーフォ」

 

「あら、フォウ……それはまた過激な。でも、マシュを放っておいて私の方に来るなんて珍しいわね」

 

「フォーアフォーウ」

 

「―――……分かったわよ。そうしときますので、私を脅さない様に。

 獣を同時に二体も相手にする何て、ちょっと啓蒙高過ぎます。惨たらしく絶命するのも狩人様にとって一興だけど、私だって世界を巻き込む程に傲慢じゃないわ」

 

「フォフォッフォウ!」

 

「あー……もう。釘刺しておきたいってこと。良いわよ、(ブット)いので刺されて上げます」

 

「フォウ!」

 

 ペシリ、と所長が履く靴の爪先を前足で叩いた後、藤丸の方へ前足を上げて理性のある動物のように挨拶をした。そして、頭を日本人らしく会釈して下げた藤丸を見たフォウは、そのまま悠然と廊下を四足歩行で進んで行った。

 

「フォウ君。あれ、どうしたんですかね、所長?」

 

「デミ化出来たからって、マシュを玩具にするなって言われたのよ。あの過保護犬猫、結構誰にでも辛辣だけど、中でも私には凄く冷たいのよね」

 

「はぁ……?

 所長ってフォウの言葉が分かるんですか。もしかして、所長の使い魔とか?」

 

「アレが、私の……ふふふ。藤丸ってば冗談キツイですね。幾ら私が此処のカルデア所長だからって、出来る事と出来ない事があるのですよ。私だってプライベートがあるのですし、仕事で抱える爆弾はカルデアスくらいで丁度良いもの。

 あれの主になりたいのなら―――……いえ、良いわ。

 思考の瞳で見た要らない知識を知れば、貴方に無駄な啓蒙が溜まることですし。なので、まぁ言葉が分かるだけの関係性だと思って頂戴ね」

 

「良く分かりませんけど、俺が知る必要の無い話だって事は分かりました」

 

「そうそう。知る必要はないけど、それでも知りたいのなら別に教えるわよ。貴方は損するし、カルデアも損するけど、まぁ……その私はね、脳を啓く知的好奇心だけは否定しないもの。

 ……お瞳一つ、啓蒙しちゃう?」

 

「いや、良いです。結構です。所長がそこまで念押すってことは、絶対それって厄い案件ですもの」

 

「良い心掛けね。神秘学者としては残念ではあるけど」

 

 会話するだけで絶妙に命掛けな当たり、この人は素で狂気に満ちているのが恐ろしいと藤丸は実感。しかしながら、基本的に部下へは優しくて人柄が面白い。その辺が良い塩梅となり、カルデアの仕事は厳しいのに職員がワーカーホリック化する原因なのだろう。

 藤丸自身も生きる為に戦うと決めたのは自分の意志だが、日々毎日の地獄は別の事。しかし所長が所長だから、彼女のプラン通りに訓練してしまうのだろう。

 

「それで、そのフォウがそう言ってたってことは、マシュはどんな雰囲気なんですか?」

 

「鍛錬よ。折角の盾持ち英霊なのだから、複数のサーヴァントから袋叩きにあって大丈夫な様に、一対多数のサーヴァント戦をVR訓練で擬似マスター君人形を守りながらしてるわね。今のところ、バーサーカーの一撃でマスター君人形が木端微塵に死ぬのが多いけど。次はアーチャーの狙撃で頭が吹っ飛ぶのと、その次はアサシンによる心臓踊り取りと、そのまた次はキャスターの搦め手で行う肉塊爆弾ね。

 ……あ、ちゃんと現実感が出ますように、内臓や血液などのゴア表現はあります。勿論、マスター君人形は貴方の叫び声を上げてますよ。助けてマシュ、死にたくない死にたくないって。その甲斐あってか、相手がシャドウなら複数相手でもマスターを守りながらでも、安定して敵を倒せるようになったわ」

 

「あ、悪趣味ド外道所長……ッ―――!

 もしかしなくてもあの無意味な声優レッスンって、そのマスター君人形を喋らせる為の録音だったんですね。後、フォウ君が釘刺してきた理由も納得です」

 

「良いじゃない。その為のVR訓練なんですもの。内臓ブチャーってやれないとダメでしょ、普通」

 

 マシュに求められるのは、まず守り。藤丸立香を守り抜く絶対の盾。攻撃は自分や狼を始め、他の者が行えば良い。しかし、それでも緊急事態を考えれば、マシュ単独によるサーヴァント本体の撃破能力が求められる。その為には膨大な経験と実践が必要で、サーヴァント召喚で行えた今では彼らを鍛錬相手に使わない道理がなかった。

 ……一通り、その訓練も毎日行っている。休めば勘が鈍り、経験も思考と肉体に馴染まない。

 粘れるようにはなったが、まだまだだった。相手を一撃で抹殺可能な武器をカルデアはマシュに与えているのだが、あの騎士盾の完璧な担い手になれていない今、その武器の担い手になる為の道程は酷く長いものとなるだろう。守りは硬く、生存能力はあるが最後はじり貧になってマシュが負けてしまう。

 しかし、これから先の事を考えれば、訓練で身に修めた技術で、実際に敵を倒すことになる。そうなれば、その業はマシュの心技体へと一気に馴染み込むだろう。

 

「―――……………」

 

「…‥先輩?」

 

「…………………」

 

「あの、すみません先輩!」

 

「あ、ああ。どうしたの、マシュ?」

 

「いえ、ボーとしていましたので。お疲れなのかと」

 

「大丈夫だって。緊張し過ぎてね」

 

「そうでしたか……はい。確かに、緊張しますね」

 

 ついこの間の事を胡乱気な瞳で思い出していた藤丸は、隣に居たマシュの声を聞いて意識を覚醒させた。既に藤丸とマシュは着替え終わり、レイシフトを行うカルデアス前に到着済み。レイシフトに連れていくサーヴァント二名、隻狼(アサシン)エミヤ(アーチャー)はレイシフトの準備を終わらせ、所長もレイシフト用の戦闘スーツを着込んでいた。

 皆が着るカルデアの魔術礼装―――カルデア戦闘服。

 レイシフトスーツでもあるそれはマスターにとって標準装備となる礼装。しかし、藤丸は他にも魔術礼装を持たされており、着込む礼装をレイシフト先で着替える事が出来る。無論、暗示と催眠で相手が一般人ならば、どんな服装だろうと現地文化に違和感なく解け込めることだ。

 

「マスター。程良い緊張は精神を張らせ、戦いに赴く者として精神的なバランスも良くなるだろう。しかし、そこまで気張れば、特異点が終わるまで疲労で潰れてしまうことだ」

 

 マスターの肩を軽く叩いた弓兵のサーヴァント―――エミヤが板に付いた皮肉気な笑みを浮かべ、しかし親しみを込めた声で藤丸の緊張を解した。

 

「私は、私なりにだが、自分がレイシフトするサーヴァントに選ばれた役目も理解しているつもりだ。何、優しくする予定は一切ないが、君達を見捨てることは有り得ない。

 この身に許される出来る限りはしよう。任せられる事は任せると良いさ」

 

「ありがとう、エミヤ。特異点攻略頑張ろう!」

 

「エミヤさん。宜しくお願いします!」

 

「マスター、マシュ。こちらからも宜しく頼む。共に戦い、特異点を解決しよう。だが無理する事無く、まずは戦いよりも生き抜くことを優先し給え」

 

「「はい!」」

 

 適任だと所長も判断した人事であるが、エミヤの採用は正解だったと自画自賛する。あの様子だと、新兵教育などもしていた鬼軍曹でもあるな、と所長は予測していた。しかし契約による現代の英霊だと逸話は本人からも聞き、その意志も覗き見たが、国際情勢に詳しい所長でもあれ程の英傑が暴れていると言う噂話は聞いたこともなく、また魔術世界でも規格外の投影を使う魔術師など知らなかった。

 だがエミヤと言えば、衛宮切嗣。魔術使いの一人。

 魔術師間でも曰く付きだった悪名高き殺し屋―――魔術師殺し(メイガスマーダー)

 エミヤ、あるいはフルネームでエミヤシロウと言う話であるが、此処まで来ればあのエミヤと無関係ではないのだろう。

 

「さて。準備は良い、私の隻狼?」

 

「御意……」

 

「じゃあ、今回も宜しくね」

 

「御意のままに」

 

「ありがとう」

 

「……は」

 

 相変わらず無愛想な自分のサーヴァントに満足。うんうん、と頷く所長を前に忍びは気を整えた。これから先、主に仇為す生物は只管に忍殺するのみ。斬り捨て、焼き払い、突き殺す。気配を一切変えずとも、忍びは教え通り一握りの慈悲以外を全て捨て、鏖殺の覚悟で精神が支配されていった。

 だがそれは所長も同じこと。脳で夢見る狩人様がオルガマリーをそうした様に、彼女も敵を狩り殺したくて堪らないと血が意志を持って蠢き出していた。

 

「――――じゃあ皆、レイシフト準備が完了した」

 

 ロマニがそう告げると、レイシフト用の専用衣装を着込むマスターとそのデミ・サーヴァント、そして所長が頷いた。

 

「向かうは第一特異点。西暦1431年、百年戦争の舞台フランスさ」

 

「うんうん、フランスね……」

 

 マシュや藤丸側に回り、まるで一職員のように頷く所長にロマニは腐った瞳で視線を向ける。

 

「あのですね、所長。ここは貴女がバシって決める場面だと思うんですけど……?」

 

「嫌よ。こっちはレイシフト要員です。私は所長ですけど、ここからの役目は特異点攻略メンバーの一人ですからね」

 

「分かりました。ボクが仕切れば良いんですね……」

 

「そうよ。こう言うのは最初からして、メリハリよく仕事といきましょう」

 

 そんな所長の言葉を聞き、絶世の美女がぬらりと全員の前に現れた。普段とは違って眼鏡を掛け、特に意味もない決め顔をキリッと皆に向けていた。

 

「はぁい。そう言うことなら話は早いね。なら所長に皆、とっととコフィンに入ろうね」

 

「レオナルド……まぁ、良いか。コフィン関連はカレに全部任せているから、あの生粋の変態な天才を信じて身を任せてね」 

 

「そう言うことさ。レイシフトは私にお任せあれ。

 だからね、早速コフィンに入って貰って始めようか、皆の者よ!」

 

 さぁさぁさぁ、と実に楽し気な美女姿の変態(テンサイ)。煽られるままに藤丸とマシュはコフィンに入り、その光景を見ながら所長とサーヴァント二人もコフィンに入った。他の者は兎も角、レオナルドは不安そうな顔をしている藤丸に気を掛け、彼にのみ管制室から通信を行っていた。

 

『どうだい、藤丸君。カルデアのコフィン……霊子筺体に入った感想は?』

 

「……狭いです」

 

『ハハハハ!』

 

 何でもない返事。顧問にとって予想はしていたが、彼はこの場面でも緊張しながらも当たり前でいられるらしい。ならば、と思って彼女(カレ)は天才としての所感を述べることにした。

 

『うん、そうだね。藤丸君にだけ言っておくけど、ここからはキミが中心になる物語だ』

 

「いきなり……いえ、それは何故ですか?」

 

 自分はただの人間でしかない。マスターとレイシフトの適性を偶然持っていた一般人で、魔術師としての素質である魔術回路も霊体に“有る”だけでしかない。特別でもない自分を、この天才が中心なんて呼ぶ理由が全く理解出来なかった。

 

『当然の疑問だね。でも、人類史を巡る戦い……英雄では無くただの人間として星の行く末を決める戦いが、今のキミに与えられた戦いだ』

 

「俺には荷が重いですよ。でも、もう決めたことですから」

 

『うん、マスターらしい良い返事だ。けど、そうだね……所長はああ見えて、生粋の英雄様だ。そもそもカルデア何て組織を必要とせず、個人の能力だけで不可能を可能にし、決して目の前の困難に負けないだろう。役割は殆んどサーヴァントに近いんだ。

 そして今のマシュならば、もう既に英雄の一種だろうね。勿論、見たまんま中身は普通の女の子なんだろうけど、キミの為なら英雄にだって成れる可愛い女の子さ』

 

「それって、どう言う……?」

 

『人間に過ぎないキミの判断が我々カルデアを救うと言うことさ。まぁ、それはそのまま逆の意味も持つけれどもね。

 だが、ただのマスターであるキミこそが―――』

 

『オルガマリー・アニムスフィア。

 藤丸立香。

 マシュ・キリエライト。

 アサシン・隻狼。

 アーチャー・エミヤ。

 以上五名、コフィンへの入管が完了しました』

 

 アナウンスが鳴り響いた。それを聞いた顧問は藤丸を落ち着かせる為にしていた会話を打ち切り、自分が為すべきことに没頭する為に集中し始めた。

 

『―――おっと、お話はここまでか。じゃあ、始めようか』

 

「はい!」

 

 世間話の続きが気になるも、それ以外の不安が気が付けば泡と消えていた。藤丸に残っているのは程良い緊張感のみ。

 そして、響くは職員によるアナウンス。

 第一特異点へと特異点攻略メンバーを飛ばす合図が行われる。

 

『アンサモンプログラム・スタート、第一工程(シークエンス)開始します。五名の全パラメータ、定義完了しました。

 続いて術式起動、チャンバーの形成を開始します』

 

 アナウンスのまま顧問は自分が所長と共に練り上げて最適化した術式を操り、五名に対してレイシフトに必要な要因を組み込んでいく。

 

『チャンバー形成。生命活動、不明(アンノウン)へ移行開始…………同時に第二工程(シークエンス)へと移行。

 ―――霊子変換を開始します……補正式、安定状態へ移行』

 

 何も分からない不明なブラックボックス。そんなコフィンの中で、五名の全てがバラバラと解けて行く。

 

「第三工程(シークエンス)……レオナルド、カルデアスは!?」

 

「落ち着きなよ。全てまるっと私はお見通しだよ、ロマニ」

 

 ロマニの叫びに顧問は何時も通りの微笑みを浮かべて、それを見上げていた。カルデアの中枢であるカルデアスが魔力と電力で光り輝き、だがその光はカレの視界を潰すには至らない。

 

「我が叡智、我が万能―――遮るものは何も無しさ」

 

擬似霊子転移(レイシフト)―――始動(スタート)

 

 魔力が波打ち、極光が室内を白く染め上げた。星を観測する大いなる地球儀は回り、捻れ、歪み、光る星に光線が衝突する。小さく変換された五名の存在そのものが、カルデアスへと霊子投射されていく。

 

『グランドオーダー……実証を―――開始する!!』

 

 その声を聞き、五名全員の視界が回転し始める。脳味噌が瞳ごと回り、むしろ頭蓋骨の外側に取られて脊髄で振り回されるような感覚に神経系が支配される。紋様のような術式が高速回転する光景で視界が塗り潰され、回転中心から霊子の光が脳へ逆行する。

 刹那―――何の前触れもなく、五人は見覚えの無い空間へと弾き出された。

 

「ふふ。うふふふ、ククククク―――……成る程、成る程、うんうんうん、成る程ね。予想以上に悪夢に溢れた啓蒙の巡り。特異点Fでは味わえなかった脳が解ける頭蓋の外側。

 星見こそ良き夢心地。これが我が星見瞳(カルデアス)、これこそ悪夢の覚醒(レイシフト)―――!」

 

「―――所長。愉しいのは良いですが、お静かに」

 

 最近、彼女は分かった事がある。正直そうじゃないかと薄々勘付いていたが、所長は稀に頭蓋骨の内側が宇宙になる。神秘的な出来事に出会うと唐突に狂気に陥るので、その度に誰かが態度に突っ込まないとL字ポーズまでしてしまうこともあるほどだ。

 どんな意味があるのか分からないが、あれは知らない方が良い部類だとマシュは理解していた。そう思えば所長と一緒に両手でL字をした天才技術者は、マシュが知らない内に変態技術者に変貌していた事があった。何故か、今になってそんな事を思い出してしまった。

 

「宇宙は空にあ……ぁ、うん。ごめんなさい、マシュ」

 

 直ぐ冷静になるので、まぁ良いでしょうと溜め息を吐かずに仕舞い込む。そして、特に先輩が召喚したサーヴァントの神秘を見た時は酷いモノだった、とマシュは思考回路を一瞬で高速回転させて思い返す。

 所長はヘラクレスの不死身の肉体が知りたいからとずっと心臓真上の胸筋を撫でていたり、ニヤニヤ笑いながらメディアと個室で大きな鍋を掻き混ぜていたり、如何見ても精神汚染が起きる魔書をメドゥーサに進めていたりと、彼女を良く知るマシュからしても今の所長はテンションが少し可笑しい。

 クー・フーリンに軟派されて偶に食堂でご飯を食べているのも見るが、訓練場だと血塗れな死闘を嗜む男女の仲なので健全な関係からは程遠い。小次郎は狼らと好きなだけ斬り合っており、エミヤはもはや顧問コックが日常。騎士王は基本的にマシュや藤丸を扱いている時以外は、エミヤと笑い合いながら料理を手伝っているか、逆に黙々と食べているかだろう。だがしかし、中東の怖すぎる呪い話をハサンと盛り上がるのは周囲の人も背筋が凍るので止めて欲しい。

 

「分かれば大丈夫ですからね。でも、こう言う時は狼さんも抑えて下さいね」

 

「……すまぬ、マシュ殿。承った」

 

 Aチーム主席の頭脳を持つ少女―――マシュ・キリエライト。

 彼女は誰に影響されたのか、相手が啓蒙狂いの神秘学者だろうと言い正し、無を悟る熟練の忍びだろうと言葉一つで好きに扱った。

 

「うーん……最近、マシュが冷たいわ」

 

「フォーウ……フォウフォー」

 

「五月蠅いわね、名状し難き犬なる猫。小姑みたいなこと言ってると、マシュに嫌われますから」

 

「フォフォ、フォウ!」

 

「はいはい……―――って貴方、何時の間に?」

 

「―――あれ、本当です!?

 しかし、フォウさん……どこに紛れ込んでいたのでしょうか?」

 

「フォウ、汝こそ自由なる獣よ……」

 

「いきなり遠い目でどうしたのですか、先輩?」

 

「そうよー藤丸。緊張でもしてるの?」

 

「何でもないんだよ、本当。何でもね」

 

 ノリが何時もと変わらない古参カルデア組を見た藤丸は、自分もそっち側に染まった方が良いのかと悩んだが、変な台詞を試しに言ってみたら怪訝そうな瞳でマシュと所長に見られて凹んだ。

 ……藤丸は涙を抑えながらも、とても心が折れそうだった。

 やはりまだまだカルデアに染まっていないので、常識的羞恥心が藤丸立香を啓蒙的に弾けさせていなかった。

 

「安心しろ、マスター。私もあの所長を相手にするには荷が重い。一晩で気が狂う。だから、君が気張る必要はないだろう。

 なので慣れたマシュに……―――あぁ、そうだな。それだと彼女一人が厳しいため、こちらも余裕がある時は手助けするだけで良いだろう」

 

 所長が顧問のレオナルドまで呼び、様々な道具を投影された実験開発の日々。エミヤは不可思議な魅力を持つ所長の存在感に呑み込まれ、そして刀剣狂の宝具マニアな趣味を刺激され、彼女とレオナルドと時間を忘れて叡智を語り合ったのも思い出していた。エミヤはそんな出来事もあった所為か、どうも所長が嫌いにはなれない。これは他のサーヴァント全員が共有する彼女に対する印象だろう。あのバーサーカーでさえ、そんな節が見え隠れし、クー・フーリンなど訓練での殺し合いも出来るので一層そうである。

 何でもかんでも受け入れて、相手の人格と性格を肯定し、その人間性を楽しんで尊ぶ微笑み。カルデアの職員が所長と慕うのも分からなくはない。

 

「流石だね、カルデア厨房部門トップ終身顧問殿」

 

「―――……それは仕方なかろう。適材適所だ。

 それと顧問は良いが、勝手に終身を入れないでくれたまえ」

 

「ヤだいヤだい、ずっとエミヤ飯じゃないと俺は嫌だい!」

 

 地獄のオルガ式ヤーナムキャンプ。エミヤのご飯は藤丸やマシュだけでなく、職員にとっても癒しになっていた。

 

「急に幼児退行しないで欲しいな、マスター……―――む?」

 

 血の気配と、人が焼ける臭い。風向きが変わった所為か、エミヤの嗅覚が鋭く異臭を感じ取れた。

 

「あ、気が付いたみたいね。エミヤ、何か見えます?」

 

「森から上がろう。私が千里眼で見回す。だが、これは恐らく……戦場の肌触りだな」

 

「でしょうね。じゃ、宜しく。私も私で確認します」

 

「ああ、承知した」

 

 暇潰しに短銃を左の人差し指でグルグル回しながら、カルデア製多目的超高性能望遠鏡を脳内(ユメ)から所長は取り出した。

 周囲で一番高い木に駆け上がったエミヤを見つつ、透視機能もある望遠鏡で森の内側から外を見た。思考の瞳を利用することで望遠鏡で視認した箇所を三人称視点で監視するカメラのように、所長は新たな視覚を分割思考によって処理し、そこから映し出される光景を解像する。

 

「藤丸。教えた通り、エミヤと視覚を共有しておきなさい。後、いざという時は影霊呼び出しの初実践投入なので少しだけ気構えておくように」

 

「了解しました、所長!」

 

「マシュもラインを通じて藤丸の視覚野を盗んで見ておきなさい」

 

「マシュ・キリエライト、了解です!」

 

「隻狼には、私の方から監視映像を送っておきます」

 

「……承知」

 

「フォウ?」

 

「―――いや、貴方には別段要らないでしょう。フォウは好きにしてなさい。でも、出来ればマシュから離れないように」

 

「フォフォーウ」

 

 取り敢えず、藤丸とマシュにカルデア最強最悪の戦力は付けさておけば問題ないだろう。獣の力でコフィンを必要とせず単独でレイシフトが可能な生物である時点で、そもそも所長がフォウに何かを強制させよう等と言う思惑は皆無。

 

“空に浮かぶ宇宙が……丸いわね”

 

 そして、それが瞳でこの特異点を見た所長の第一印象。特異点Fでは一切確認出来なかった世界の不具合が、カルデアが第一特異点として選んだフランスの宙に浮かび上がっていた。余りにも遠い世界で輝いている光帯であり、地上から見ても何なのか分からない。

 宇宙は空にある―――ならば、人もまた空に浮かぶのだろう。

 オルガマリー・アニムスフィアは分かってしまった。数多の帯が重なって浮かぶあの光帯は、この特異点のレガリアだ。あるいは、これから先の特異点の象徴だ。現在、過去、そして太古の人間性が坩堝になった人類史であり、焼却まで人々が営んだ人類史だ。それがあのような形となって、特異点を宇宙から空の内側へ抑え込んでいた。

 

“ふむ。黙っておきましょう。見上げる度に使者は嬉しそうだし、私は啓蒙増えて愉しいですし”

 

 夢に住まう使い魔の使者が呻き声を上げて喜んでいる。所長は新たなる啓蒙ではしゃぐ彼らを狩人の夢から呼び出し、誰にも見えないのだろうがこの場所に灯の火を設置した。

 しかし、全く以って調子が良い。良過ぎると言っても良い。

 オルガマリーは現代の魔術師であるが、古い時代である程に魔術回路が覚醒する。真エーテルが溢れている世界となれば、天文の狩人と言う存在してはならない魔人が誕生することだ。実際に太源に満ちた程度の冬木であろうとも宇宙を空に浮かべられるとなれば、魔力濃度が濃い真エーテルが満ちた神代ならば水銀弾一つ消費する事も無く、宇宙を地表に墜落させることさえ可能であろう。隕石など生易しい次元ではなく、隕石を撒き散らす質量化した高次元暗黒が世界を悪夢で破壊する。

 ならばこそ冬木と同じく、このフランスも太源に満ちている。そして冬木を超えて濃密だ。

 思考の瞳は啓蒙に満ち溢れ、魔術回路に血の意志が激しく流れ廻り、神秘は悪夢となって頭蓋骨の中で脳を夢に羽化させる。

 

〝楽しみだわ。最後に狩る筈の特異点は古い神代。

 あぁ―――…‥我がアニムスフィアの悪夢を体現する最高の舞台。六つ先が待ち遠しい”

 

 父親の業(アニムスフィア)を引き継いで世界を救い、啓蒙を求める知的欲求を満たす。自分の脳に住まう狩人様も人形に撫で撫でされながら満足するだろうと所長は微笑みながら、それを一切表情に出さなかった。

 

「―――で、報告は以上だ。

 これからどうするかね、所長にマスター?」

 

 所長が啓蒙を深めながらも分割思考によってしっかりと会話を行い、偵察から戻って来たエミヤたちと今後の相談を行う。主な内容は、村の虐殺後と空に浮かぶ光帯。そして他全員も彼の報告を聞き、その意見まで聞いて考えを纏める必要があった。

 

「そうねぇー……まず、通信の回復を待ちたいところね。藤丸とマシュの意味消失は何としても回避したいから、カルデアと連絡を取れるまで派手な行動はなるべくやめましょう。後、なるべく集団から離れないように。

 でも、消極的に行動して事態が手遅れ何てこともありますから、そこの判断は各自でね?」

 

「―――……でも、村が焼かれてました」

 

「はい、先輩。誰もいなかった冬木と違って、人が沢山……」

 

 事前に簡単な予想を所長は言っておいたが、転移直後でその想像通りの地獄が眼前に現れた。特異点Fの冬木も同じ火の地獄だったが、あちらはまだ現実味がない空虚な世界だった。しかし、このフランスによる焼け焦げは、明らかに人為的な虐殺行為があった証拠として存在していた。

 

「マシュに藤丸。言ったでしょ、ここはイギリスに攻め込まれている百年戦争中のフランスで、更に特異点されている戦場なのよ。

 この光景にだけは―――慣れておきなさい。どう足掻いても、この先は地獄なの。

 人間が人間を殺して歴史を積み上げたモノが人類史なら、特異点に関係なく人が人を殺しているのが当たり前な時代となります。貴女達が死を受け入れる必要は全く無くとも、起きてしまったことは消えず、人が人を殺すのは止められないと言う事実だけは、最初から無理矢理にでも自分で自分に言い聞かせておく方が悩まずに済みますから」

 

「―――……」

 

「不満そうね、藤丸。でもね、人助けをするな何て事は言ってないのよ。私が言うべき事はね、カルデア職員として背負うべき傷の有無よ。

 我々は、敵を殺して特異点を解決する為にいます。そして、これは戦争となる戦いです。自分達の責任で死んでしまう人々はこれから先の戦いで必ず出ますから、それは貴方やマシュの傷になっても良いの。むしろ、自分の心に傷として刻んでおきなさい。

 けれども―――視界に入っただけの屍まで、無理に背負って傷にしないように」

 

「はい……」

 

「……マシュ・キリエライト、了解しました」

 

「まぁ、死体を見れば気も滅入ります。今は安全ですし、警戒も隻狼とエミヤがいるので、落ち着けるまで落ち込んでいなさい。

 そうすれば、狩りの心構えも作り易いでしょう」

 

 その光景は、エミヤにとって不自然なまでに自然だった。所長は藤丸とマシュの精神状態と形成人格を全て見通した上で、必要なことを必要な分だけ脳へ教え込んでいる。二人の良き善性を読み切り、その上で必要悪を自覚させながらも精神的負担を軽減させて認識させる。

 こう言われてしまえば、所長の意見に反対する意志など湧かないことだろう。

 むしろ、眼前の現状に対してどう向き合うべきなのか、生き残る為に必要な精神的活力を悲劇を利用することで所長は二人から湧き出させていた。良くも、悪くも、だ。

 

「オルガマリー・アニムスフィア。君は厳しいのか優しいのか、よく分からないな?」

 

「何処がよ、見たまんまじゃない。私はカルデア所長と言う名の超支配者よ。どっちも完璧にするのが上司の役目ってもんなの。

 それにエミヤ、貴方のことも私はしっかり心配してるのよ?

 人間とか英霊とか関係無く、私のカルデアの下で働いて貰うのですから、そうやって言いたい事を我慢される方が困ります」

 

「―――……成る程。私もまた、君からすれば職員の一人と言うことかね」

 

「勿論ですとも。けれども、どちらかと言えば、魔力を支払って座から派遣されて来たお客様と言う気分ですけどね。

 それに長く在籍すれば信用も互いに生まれ、信頼関係云々はそこからでしょう。後、私のカルデアは職場恋愛オーケーだから、ミセス・ペンドラゴンと良い雰囲気なのも推奨しましょう」

 

「ふむ。余計なお世話と言っておこうか」

 

「あらあら。厨房部門終身顧問の貴方は分かってるかもしれませんが、一番食費を誰に貴方が掛けているのか……ふふふ。敢えて言いませんが、デザートの材料は私のポケットマネーですよ?」

 

「クッ……それが、カルデアのやり方とでも言うのかね!」

 

「いえいえ。貴方の娯楽を奪うつもりは毛頭ないわ。でもね、えぇ……あの雰囲気で、余計なお世話とはねぇ?」

 

「……良いだろう。何が望みだ?」

 

「今度からランチに血の滴る肉料理を追加しなさい。ステーキ定食、弱火でじっくり。温かいココアも砂糖アリアリで」

 

「材料はどうするのかね?」

 

「フランス特異点攻略の暁には、牧場を作りましょう。カルデアには勿論のこと、お肉熟成ルームを新設します」

 

「パーフェクトだ、所長」

 

「感謝の極みだわ、厨房顧問」

 

 所長が所長になる前のオルガマリーにとって、協力者を世界の外側から呼び出すのは当たり前な行為だった。鐘を鳴らして仲間を呼び、共に狩猟を大いに楽しんだものだが、そんな彼ら彼女らは啓蒙と血の意志目当てで自分の世界に来て貰う客でもあった。サーヴァントも、彼女からすれば同じ存在だ。カルデアに在籍する時点で部下である職員と同じ扱いをするが、それ以上に狩りを共に行う同僚と言う雰囲気に近い。

 しかし、それはそれとして妙に所長はサーヴァントと仲が良い。マスターである藤丸や職員のマシュも英霊らに気に入られているが、所長は魅了や人間性とも違う異次元の妖しさがあった。

 

『……あーあー、テステス。む、まだ駄目か』

 

 無駄話であったが、時間を潰す効果はあった。所長の目的は、こうして時間が経過したことで達成された。サーヴァントも含めてレイシフトした全員に配られた携帯機器から、管制室代理指令官ロマニ・アーキマンから連絡が達せられる。

 

『あーあー、あーあー……あっあっあっあーああー。あー……あっあっあっ……あぁ、あれ。まだ聞こえないのかな?

 こちらマギ☆マリ最高、マギ☆マリ最高。どうぞ?』

 

「聞こえてるわよ、ネットアイドルが拠り所な中年独身」

 

『―――はぅわ! 事実だけにボクの心が痛い……』

 

「遅いわよ。それでは早速、ここの観測結果をはよーせい」

 

『辛辣!』

 

「え、じゃあ優しくして上げましょうか?」

 

『ボクに優しい所長とか違和感が凄いから止めて下さいね。なので、カルデアから確認出来た情報を報告しましょう』

 

「……―――えぇ、どうぞ。こっちで確認した情報も言いますので」

 

 フランス特異点攻略の為の第一歩。カルデアは新たにエミヤをサーヴァントとし、七つある人類史の黒点を消す長い旅を始めたのであった。













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