オルレアンに立てられた要塞。パリを陥落させ、全てを焼き払い、新たなるフランス王権を獲得した魔女の王は、其処にて如何にこの国家を殺戮するか思案する本拠地としていた。そして、其処は竜の魔女と呼ばれる所以である大いなる巨竜も居座っていた。
―――闇喰らいファブニール。
最初の火を貪った灰は、輪廻を繰り返すことで同一の
嘗ての神代、主神オーディンさえ生け捕りにした強大なる魔術師の成れの果て。悪竜現象の始まりは、果たして誰からだったのか。しかし、そう在れかしと望まれたファブニールは、人を喰らう悪竜として魔女に召喚された。
ならば、従うまで。竜となった魔術師である妖精は、もはや魂までも悪竜となってしまった。
故に自分の黒い炎で滅ぼしたフランスなど知らぬ。だが、あの魔女の憎悪が尽き果てるまでは、この復讐劇を協力するのも一興だろう。
あの魔女もまた―――そう在れかし、と誰かに望まれた哀れなる落とし仔に他らなぬ。
無尽蔵の悪意を心から湧き出す存在など夢見もせず、しかしファブニールはいずれこのまま悪竜現象となるしかない火の落とし仔を見届ける権利があった。
「我らのジャンヌ、私としたことが―――……すみませぬ」
「あら、ジル。どうしたのよ?」
「逃げましたジャンヌを追い、予想した行き先である故郷のドン・レミ村に派遣した竜血騎士部隊でありましたが……どうやら、虐殺を行なったようです」
「ふぅーん。で、結果的にどうなったの?」
「………お怒りにならないので?」
「―――……はぁ?
いや、それこそ何でよ?
もしかして、それってアレかしら……私が生前の家族に手を出されたから、竜血騎士共に悪意と憎悪を持つかもしれないって、そんな事をジルは考えていたのかしら?」
「えぇ、はい。私としましてジャンヌは――――」
「―――馬鹿馬鹿しい!
ねぇ良いかしら、そんな妄言は二度と吐かないように。甘ちゃんだった生前ならば兎も角、私はもう死者が更に狂った成れの果てなの。
この世に感傷なんてしないわ。血が繋がってる程度の家族だなんて、今となっては唯のフランス人じゃない」
「おぉ……!! でしたら、えぇえぇ……それでしたら、結果報告をだけ。端的に言えば、ジャンヌ・ダルクは居ませんでした」
「でしょうね。あの聖女様が何で脱走したのか知らないけど、危険を冒して家族の元に戻るだなんて人間らしい事は……まぁ、感傷的に思うことはあっても、そんな馬鹿な真似はしないでしょう。
こっちが人質を考えない何て思う程、そこまでの天然じゃないのは事実よ。戦略は兎も角、そもそも戦術方面は野生の天才児ですものね」
「全く以ってその通りですとも。我らをお導きして頂いたジャンヌ・ダルクは戦争の天才でありました……おぉ、正しく勝利の旗に相応しき聖なる戦乙女!!
……おっと、これは失敬。脱線してしまいましたな。
殺すついでに騎士団は村を焼き払い、逃げ遅れた村人を玩具にして陵辱したようですが、それでもドン・レミ村に彼女が現れることはありませんでした。単純に、あの地域には行っていないと考えてよいでしょう。しかし、捜索範囲を絞っていけば、このオルレアンからドン・レミ村の方面に向かっている筈なのは事実でありましょう」
「陵辱ねぇ……―――フン。薄汚い傭兵と罪人の吸血鬼騎士団に相応しい所業ですわね」
復讐に燃えるジャンヌにとって記憶に纏わり付く忌まわしい現実。あの腐った異端審問官共に犯された思い出は薪となり、繰り返された拷問は炉となり、火刑に処された末路は火となった。
処女を奪われた嫌悪。
何度も穢された恥辱。
爪を剥がされた苦悶。
皮膚を取られた激痛。
目玉を焼かれた絶叫。
髪を落とされた悲嘆。
長針で貫かれた苦痛。
肉を焦がされた悲痛。
股を玩弄された殺意。
茨鞭で弄ばれた憎悪。
焼かれ殺された絶望。
あの一ヶ月間は、そんな拷問と陵辱が普遍的な日常でしかなかった。焼き殺された死後の自分が黒くなるには充分な地獄。
だから、殺すのだ。殺さないといけない。誰も彼も、もう何が憎いのか分からなくなるまで全て何もかも殺し尽くさないと気が済まない。殺意で以て悪意を為そう。憎悪を願うなら、殺戮を望まねばならない。正義を捨て、信仰を捨て、愛情を捨て、友情を捨て、信義を捨て、信頼を捨て、良心を捨て、暗い炎へ人間性を捨てよ。絶望に人間性を捧げよ。黒く、暗く、深く、我を淵に沈めて憎悪に踊れ。復讐を謳え。怨讐を喜べ。喝采を上げ、死の道を凱歌せよ。
―――胸の奥から魂を焼く怨讐の炎。
女として、人として、尊厳全てを陵辱された憎しみに底は無し。
聖女などと祀り上げられる前の、家族との思い出なんて既に燃え殻と成り果てた。召喚された身である故に、記録情報として魂が覚えているだけで、そんな人間性に今は価値を見出せない。
「……お嫌いでしたら、我らが配下であるヴラド騎士団長に処断させますが?」
そんな暗い魂を持つ少女の憎悪をジル・ド・レェは嬉しく思いつつ、だがそれでも彼女が嫌がるならば竜血騎士団による無秩序な暴虐に歯止めを掛ける事を一切何も厭わなかった。
「別に良いわよ。戦争なんてそんなモンでしょ。女は人生を犯されて、男は尊厳を潰される。今更この世の作法にケチを付ける気にもなりはしない」
「成る程、それで宜しいかと。でしたら、捜索はこのまま続行しても?」
「構いません。だって貴方―――好きなんでしょ、その女」
啓示によって悟っている事実。しかし、そんな問いをした所でジル・ド・レェから返って来る答えなどジャンヌは分かり切っていた。嘘は吐かぬが、全てを語る事はない。
そんな都合の良い誤魔化しを喋るに決まっていると理解し、だがそうジルが答える事もまた彼女は望んでいた。
「―――ジャンヌ……いえ、いいえ。誓ってそのような事は。
私はただ、彼女に光を見出したまで。しかし、今となってはもう悪夢の淵に沈みました故」
望み通りの言葉を聞き、ジャンヌは満足はしないが安堵する。
「そうでしょうね……まぁ、じゃなければ、貴方が私を求める事もないのも事実ですからね」
英霊ジャンヌ・ダルクが狂い廻った存在。それが今の自分であるルーラーのサーヴァント、ジャンヌ・ダルク。救う為に戦った筈の祖国フランスを全て憎み尽くす竜の魔女こそ、自分自身。
聖女など偽りだ。何もかも分かっていた。
ジャンヌ・ダルクは――――焦がした身を焼き尽くす憎悪に狂っても、英霊として良いのだと。
「その通りですとも……ッ――――!
ならば、あぁならばこそ、是非とも私目にお願い致します。この狂った
「私の願いは一つです。フランスに死を。ただただ、この我らが祖国に死を。一切合切、全て何もかも、我らの黒い炎で焼き包んでしまえば良いのです。
―――殺せ。
人間共を殺し尽くしなさい。
このジャンヌ・ダルクが抱く復讐に、このフランスを捧げるのです」
「はい、はいィ―――………はいぃぃいぃい!!
しからば、この国に死を。情け容赦のない死を下しましょうぞ!!」
「でしたら、今日は
ふふふ……―――本当に、あの娘ったら子供が大好きなんですからね。
我らに反抗する
「あぁ、それは素晴しいでしょうな。確かにあれによる殺戮は、実に素晴しき世界でした。
あの哀れな狩人はとてもとても、我らが召喚したどんなサーヴァントよりも虐殺がとても巧い女でしたからなぁ……」
何気ない日常が流れる街。代り映えのない平和な世界。
善き人生を送る人々へ直後―――突如として街に降る矢の雨。
サーヴァントにとって一本の矢に過ぎない宝具の攻撃も、人間からすれば致命傷を超えて生命が一瞬で停止する。宝具で降らす鏃嵐で纏めて殺す事に長けた狩人は、更に街から誰も逃がさず射殺す狩人であった。人間である時点で、女狩人の狙撃から逃れる事など不可能だ。
眼前で行き成り自分の子供の頭が破裂した親。
自分の親の内臓塗れになって茫然とする子供。
夫の上半身が突如消えて声も上げられない女。
愛しい妻の首から出る流血を全身に浴びた男。
両親を、子供を、伴侶を、兄弟を、姉妹を、理不尽にあっさりと失う地獄。そして、そんな現実を味わった直後に自分も鏃に穿たれて死ぬ理不尽。
ヴラド三世の串刺し劇場も存分に愉しかったが、アタランテの集落狩りはジルにとって最高のエンターテインメントであった。このフランスにて最も理不尽な殺戮を行ったサーヴァントならば、我らのジャンヌの憎悪を癒すだろうと元帥は歓喜した。
「……まぁ、でも、貴方があの子供狩りを何処かに遣わせたいのでしたら、私も今日は違うのを連れて行こうかと思っていますけど」
「えぇ、えぇ、構いませんとも。存分に、あの狩人と復讐をお愉しみ下さいませ」
サーヴァントが堅牢に守護する街を、アタランテを使って遠距離から街を絨毯爆撃しようとジルは考えていたが、その予定をあっさりと変更する。街を守ろうとする自分達サーヴァントを無視し、為す術もなく守るべき市民を一方的に外側から殺し尽くされるあの英霊達の表情がジルは大好きであったが、ジャンヌが行う殺戮と比べる事など出来やしない。
今日は、嫌がらせで数百人を殺す程度で良いでしょう。
そう結論を下した元帥は自分達の陣営に歯向かう愚か者共を追い殺す戦略も計算し、今もずっと練り込んでいた。
「ではジャンヌ、私はこれにて。今日もまた良き日を―――我らのフランスに」
「えぇ、勿論です。皆で仲良く、良い日に致しましょう―――このフランスで」
それはカルデアがフランスに訪れる一日前のこと。当たり前な報復の日常を送っていたジャンヌ・ダルクは、しかしその日を境にして敵がこの世界に来た事を感じ取った。
時は来た―――自分を殺しに、世界を救わんと奴らが来た。
ルーラーであるジャンヌ・ダルクは敵を肌で感じ取る。気配を隠しているので分かり難いが、どの地方に居るか程度は把握可能。
ならばまずは、手下を集合させなくては。そしてジャンヌ・ダルクは油断しない。相手を傲慢に見下すが、基礎的な戦略を疎かには絶対にしない。数を揃えて叩き潰すべく、焦げ焼けた魔女は奴らカルデアを誘き出す為の餌として、あの位置に存在する“都市”を焼き払うことに決めたのであった。
だから――――何も変わらない。
特異点を滅ぼす使者が遣わされたのだとしても、二人は何も変わらず怨讐を謳うだけ。
皆殺しの為に祖国で屍を積み重ねなければならないのならば、やはり怨念は晴れぬ。
何もかもを失う為にあらゆる人間から生命と尊厳を奪い取り、それは怨霊と果て死ぬ。
生前は過去となり、記憶は遠い前世となり、悪逆を為した末に元帥は怨嗟の鬼となる。
あぁ、と狂ったキャスターは溜め息を吐かない日はなかった。それは願った筈の変わることのない殺戮の日々。祖国フランスを救われて欲しかった筈のジャンヌと共に思う儘に焼き焦がす虐殺の日々。
さぁ、と狂えなかった元帥は何時も通りに従僕共へ死を為せと号令する。彼女を陵辱したブリテンをフランスから逃さず鏖にしても、死んだ末に宿った深い憎しみは晴れず、生きた末に諦めた沈む希望はまだ見えない。
まだまだ殺し足りない……と、男はそう思う。
あれだけ自分の手で殺したと言うのに、サーヴァントを召喚して殺戮を命じてさえ殺し足りぬ。自分と共に復讐を狂い願って求め続ける聖女の為ならば、一人殺そうが百人殺そうが変わりなく、殺した数の多寡など価値がない。
フランスに、死を。
我が祖国に、死を。
その意志は決して色褪せず、同時に衰えず、間違えない。
「―――ジル。留守をお願い。
ちょっと皆を連れて、あの人達へご挨拶に行ってきますわ」
「えぇ、ジャンヌ。短くとも、どうか貴女に良き旅を」
何時も通り、そんな日課を繰り返す。例え復讐の旅が今日この日に潰えるのだとしても、ジャンヌ・ダルクとジル・ド・レェはフランスと人の命を嗤いながら焼き払うのだろう。召喚した英霊共の尊厳を嘲りながら突き進むのだろう。
火の無い灰はただただそんな魔女と元帥を見て、この
◇◇◇◇◇◇
ヴォークルール到着後、直ぐに所長は皆を解散させた。念の為、暗殺を警戒して藤丸はマシュと忍びの警護を連れさせている。エミヤと所長は暗殺程度戦力的にはどうとでもなるが、一番コミュニケーション的戦力となるのは藤丸なのかもしれない。
よって、この班分けを所長は行った。どうもエミヤは単独行動に長けていると彼女は判断し、自分なら相手から情報を聞き出すなど話術でも魔術でも問題ないと考えて行動した。
「じゃあ、結果報告の纏めといきましょう。皆が集めた情報を統括しますので、ロマニは良く聞いておくように。
……特に藤丸、戦場だと情報が命綱です。
聞き逃したり、分かり難かったら、ちゃんと誰にでも良いから聞き直しなさいね。よって、その場での質問も許可します。それと後はロマニがちゃんと情報を簡潔にしてるから、情報をもう一度知りたい場合は、出来ればロマニに聞くのが一番だからね」
「分かりました、所長!」
『プレッシャーだなぁ……でも、仕事はきっちりこなすさ』
「フォウ」
「はい、良い返事ね。では始めます。けれどフォウ、貴方は情報収集の役に立たなかったので、マシュとセット扱いとしてます。
マスコットでしかなかった貴方は、マシュにとても感謝するように」
「フォフォウ!?」
ドン・レミ村と同じく、襲撃されたのか既に半壊状態になっているヴォークルールに憩いの場などないが、人が死んだと言う事は余所者が屯出来る空白地帯があると言うこと。そんな建物の影となって目立たない場所で、所長はカルデアの皆が共有すべき特異点における異常事態を脳内で簡単に纏めて話し始めた。
「まず第一の異常事態ですが、聖女ジャンヌ・ダルクの生存です。今の西暦1431年、彼女は戦争相手のイギリスに捕虜とされ、異端審問によって火刑に処されている筈です。
……しかし、どうやらこの特異点の彼女はそうならなかったとか。
挙げ句、そのジャンヌ・ダルクは竜を使役し、竜の魔女と呼称されている話です。そして彼女はフランスの都市を占拠するイギリス軍を殲滅し、国外に一人も逃さず皆殺しにしたそうです。海に逃げたイギリスの船もいたそうですが、ドラゴン相手じゃ逃げるのは無理でしょうね。噂では巨大海獣によって戦艦全てが踊り喰いされたものもあるそうです」
「その所長……ドラゴンは雰囲気的に分かりますけど、巨大海獣って何ですか?」
「それは分からないわね。けれど、通常の生態系の生き物じゃない事は事実です。後に敵となる可能性もありますので、頭には入れておくように。
まぁ、触手が生えていたとは聞きましたので、有名どころならばクラーケンでしょう」
触手生命体、要研究対象。聞いた時は忘れずに細胞を採取しておこうと所長は思ったが、その邪悪な好奇心を一切外へ洩らさなかった。完璧な腹芸だった。しかし、どんな触手が飛び出て来るのか、想像するだけで所長は脳髄がヌルヌルし始める。意味も無く耳と目と鼻と口から血液が流れそうな程に昂奮するも、鉄の意志で狂気を頭蓋骨の内側に抑え込む。
愚かな好奇は死を前にしても決して消えぬ。
何よりも白痴の脳でなければ、より良い新たな啓蒙によって思考の瞳を得られぬ。
“ふぅ……啓蒙、触手、ぬるぬる。鉄棒ぬらぬら―――Ooh,Majestic!!”
特に意味も無く日本文化好きなのもある所為か、古い文献であるヌラヌラな春画を思い出しつつも、所長は画狂老人卍がもしカルデアに召喚されたら蛸の絵画を描いて貰おうと言う密かな野望が甦った。
「はい」
「宜しい。では続きです」
藤丸の返答を聞いて彼女はハッとし、だが態度は普段と変わらず会話を続けた。
「それで確定した訳ではないですが、噂だとブリテンから来た侵略者に囚われたジャンヌ・ダルクは悪魔に魂を売ったと言われてるの。その悪魔から更に力を与えられ、竜の軍勢を呼び出し、あの竜血騎士団を結成したとか。それによってフランスからイギリスを追い出した後、更にパリを陥落させて王侯貴族を虐殺した末、新たなる王権をオルレアンで宣告したようです。
よってこの度の敵は―――竜の魔女ジャンヌ・ダルク。
また私達が取り戻す歴史に対してね、そこからの最大分岐としてはジャンヌ・ダルクの有無でしょう。
そもそも火刑に処された筈の聖女が生きている事こそ特異な状況。なので第一目的は単純明快、この時間を狂わせる竜の魔女……まぁ、噂が正しければジャンヌ・ダルクの消滅となります。
また拾った情報から予想されるけど、第一特異点ではこの魔女と敵対するサーヴァントも召喚されているみたいです。出来れば彼らと合流し、竜を使役するジャンヌ打倒の共同戦線を同盟させましょう」
「所長、噂が正しければってどういうことですか?」
浮かんだ一つの疑問。藤丸は素直にそれを所長へと聞いた。
「まぁ……ぶっちゃけ、私の勘なんですけど―――多分、聖女じゃないわね」
「どう言うことでしょうか、所長?」
「そうね。それに質疑に応答する為に、ちょっとこっちから質問。マシュ、貴女は歴史の事実からジャンヌ・ダルクをどう感じた?」
「どう……と、言われましても。そうですね、神様の言葉を聞いて、救国の為に戦った英雄でしょうか」
「その通り。そして、それによってフランスは救われ、今の私達の人類史が存在します。イギリスによってフランスが滅びるのは人理にとって痛手であり、だからこそフランスが滅びるこの特異点は人理焼却の要の一つとなっている訳です。今の未来に生きる私達が観測する結果として、イギリスの占領を一人の少女が抑止したのよね。
つまりは―――抑止力。
我々の人類史はね、滅びると人理が崩れそうな何かがある場合、ご都合主義的に守護する流れがあるのよ。今の社会を作り出すのに、フランスって国がないとフランス革命は有り得ないし、人権も生まれず、王権も打倒されず、文明進化を促す大衆社会の起爆剤とはならないでしょう。
人理が人類史に求めるのは、より良く発展する為に全滅しない程度の理想的な苦難に満ち、その上で文明を今よりも優れた状態に形成すること。まぁこれは私の所感に過ぎないんだけど、言うなれば我ら全人類が無意識的に選択した未来の総決算。
分かり易く言うなら、それは世界の運命とも言えるわね。
どんな形の滅びであれ、我々はそれを回避する選択を過去の段階で進まないといけません」
「なるほど……で、それがどうして聖女じゃないってことになるんですか?」
「こう言う場合の抑止力ってね、無色の力が個人を後押しするのよ。それでアラヤの視点から用済みになれば、丁度良いタイミングで見放されると私は考えてるの。
……その聖女が特異点の元凶になるとなれば、恐らくは誰かが手を施したのよ。
特異点化は内的要因ではないわ。何者かによる外的要因によって起こされた地獄でしょう。その竜の魔女が本人であったとしても、そう行動する様に唆したこの時代の者ではない誰かが黒幕となります。あるいは、ジャンヌ・ダルクを騙るその者が黒幕って言う場合もあるでしょうね」
「でしたら、私たちはその分からない誰かを見付けだし、倒さないといけない訳ですね」
「そう言うことね。だからマシュ、まずは情報を得た上で正誤を曇り無き
基本、情報を疑わなくなると情報戦で死ぬと思いなさい。
竜の魔女ジャンヌ・ダルクと呼ばれる何者かが存在するのは確かであり、けれども竜の魔女は何なのかはまだ判断出来ない状況です」
『曇り無き眼……ぶふー。あの所長が、曇り無きって、んふふふ―――』
何とかタタラ場のボスみたいに笑うのだけは堪えるロマニであった。
「ロマニ、貴方って残業好き?」
『嫌いです無理ですすみませんでしたぁ!!』
「宜しい……―――全く、私ほど澄み切った瞳の持ち主はいないと言うのに」
「そうですね、所長の目はとても綺麗です!」
「ありがとう、マシュ。今度、一緒にロマニのヘソクリを食べてしまいましょうね」
「はい!」
『そんな……―――エミヤに作って貰ったボクの大事なおはぎが!』
「…………すまぬ、浪漫殿」
ずっと黙っていた忍びが急に喋り、そしてそんな言葉にロマニは嫌な予感しかしなかった。
『待って、ちょっと待って。なんでそこで狼君が謝るのかな?』
「美味かった………エミヤ殿、感謝を」
「そうか。私としても、君の口に合ったようで何よりだ」
『う、嘘だ……嘘だ。ボクのエミヤお手製OHAGIが!?』
『残念、ロマニ。けれど、これが現実さ!』
管制室。そこでグッと親指を立てる顧問に、ロマニはげんなりとした表情を浮かべた。
『レオナルド、君は本当に黙っていれさえすれば美女だよね。残念美人だよね』
『おいおい、こんな超世界級の美女を残念なんて思うとはね。もしかして、私よりも綺麗な女性と思える人でもいるのかい、ニヤニヤ?』
『はいー終了。無駄話終了……―――で、所長?』
「ん、なーに?」
フとマシュはロマニが指輪をしていた姿を思い出したので、もしかしたら存在しているかもしれない幻の奥さんの事でダ・ヴィンチちゃんが揶揄しているのだろうと考えた。しかし、今はその話題を出さないでおく。彼女は雰囲気から何気なく空気を読み取れる眼鏡系女子であった。
『所長的には興味あるのは触手の方なんでしょうが―――』
「そうだけど。ちょっと、そこまで直接言わないでよ」
まじかー、と思いつつも所長は仕方ないとも判断した。やはりVR訓練で仮想現実化させたクトゥルフ神話TRPGを入れたのは露骨だったかもしれない。どう足掻いても絶望するシナリオが好みなのもあり、マシュの室内遊戯の娯楽相手としても啓蒙高いTRPGを使って遊んだりもしたのもいけなかったのだろう。
『―――ま、もう皆に変な趣味も露見しているし良いじゃないですか。それで竜の使役って情報がありましたけど、それって実際はどうなんでしょうかね?
基督教圏内において、竜は邪悪の
なので、それを従えるって事は邪悪の親分って雰囲気だ。
聖女が邪悪のボスで諸悪の根源となる特異点のサーヴァントになるとすれば、彼女はその属性と技能を聖女と対になる魔女へと改竄された可能性が高いと思うんですけど』
「正直、可能性が一番高いのはそれでしょうね。生きている聖女を作り変えたのか、あるいは召喚したジャンヌ・ダルクを改造したのか、もしくは反転させて召喚した後に聖杯で能力を付与したのか、それともジャンヌ・ダルクのような何かをサーヴァントとして誰かが妄想して生み出したのか。
改竄と言っても色々あるけど、雰囲気的にはそんな感じね。
でも、一番確かなのは竜を使役するって点でしょう。実際に竜が人間を生きたまま踊り食いする光景を見た者も、此処ヴォークルールにいましたし、その人の脳内も覗き見したので事実でした」
『うーん……竜種の飛竜、ワイバーンでし―――』
『―――アーキマン管制室長代行、三キロ先から大型生物反応多数発見!!』
そして、そんな報告がロマニの通信からも全員に伝わった。
『これは……―――反応確認。所長、ドラゴンです!!』
同時に、所長もまた瞳で彼らの邪悪なる意志を感じ取った。
「……そう。エミヤ、目視で確認した後、念話での報告と同時に狙撃による迎撃態勢に移りなさい」
「了解した」
『君は、戦いを選ぶんだね』
既に飛び去ったエミヤを管制室から確認しながらも、技術顧問レオナルド・ダ・ヴィンチはこの特異点に入ってからずっと考えていた疑問が飛び出ていた。
人理保障継続機関フィニス・カルデア所長―――オルガマリー・アニムスフィア。
冷徹冷酷な普遍的魔術師の印象から離れた人物像でありながら、根源を求める魔術師を遥かに超えてあらゆる叡智を貪り喰らう知識欲の化身である。それがそれなりに長い付き合いとなるレオナルドにとって、所長に対する人物像。
人の命に興味などない。世界の行く末に関心はない。効率を考えれば、監視や観察はして情報収集はすれど、余分に自分達が消耗する人助けなどする人間ではない筈。しかし、彼女は顧問の予想に反し、とても良き人間性に寄り添った行動を選択している。敵には一切合切容赦はないが、傍目から見ればそんな好戦的な行動も英雄らしいとも言えた。
「駄目かしら、顧問?」
『いや、大いに結構さ。私もあの村での戦闘を止めなかったからね、今更と言うヤツだろうし、君の判断は未来を見据えたモノであり、万能の天才である私よりも正しいのだろう。だから、これもまた今更な質問になる。
所長は―――この街の為、カルデアを危険に晒すのかい?』
「まさか。私はカルデアの為に、今こうしてカルデアを危険に晒すのよ」
『成る程―――あぁ、そうか。なら、結構。私は私で、存分にサポートさせて頂こうじゃないか』
「当然よ。給料分は気張って私達を助けなさい」
『宜しい。私も君達カルデアに召喚されたサーヴァント、万能の称号に相応しい仕事をしてみせよう!』
メリットとデメリット。それを天秤に掛け、しかしそれだけでは分からない何かを基準に所長は眼前の道を選択している。顧問にとって所長の効率を度外視したように見える選択こそ、この所長の瞳で見た未来において重要になる道標になるのだろうと僅かな会話で理解した。
助ける事―――それそのものが、カルデアに利益を齎すのだと。
同時に、魔術師に過ぎない所長にそうさせる何かが藤丸立香とマシュ・キリエライトが持っているのだと。
《―――報告だ。
こちらからワイバーンの軍勢を確認。またドン・レミ村で交戦した騎士が、そのワイバーンに騎乗しているのも目視した》
指示を下していた所長と、彼のマスターである藤丸はエミヤから報告を得た。エミヤと藤丸はラインを結んでいるが、念の為にと所長もそのラインを魔術で自分と繋げているので、サーヴァントらとマスターは全員が念話で報告し合うことが出来る。無論のこと、エミヤからの報告を忍びとマシュも聞こえていた。
「ではこれよりカルデア、飛竜迎撃作戦に移ります。行動開始」
「「はい!」」
「……御意の儘に」
忍びは一瞬で姿を消し去り、マシュと所長は武器を装着。耐火用に所長は聖杯地底人生活で良く見掛けた古いトゥメル文明時代の狩人姿である骨炭の狩装束に纏い、マシュはあの村でも装着していた新調済みカルデア製全身防護スーツの上から鎧を身に纏った。スーツ設計に口を挟んだ所長は基本的に、戦闘で無意味に素肌を晒すのを許さない人だった。本当ならしっかり頭部も兜で守るようにしたかったが、サーヴァントとして持つ優れた視覚・聴覚・嗅覚を少しでも妨害するなら危険回避に障害があると、所長はマシュに急所は魔力防御スキルで守るよう言いつけていた。
一人は燃え滓のような骨董品の軽装鎧であり、もう一人は近未来的なSF風鎧姿。
藤丸は少年時代に良く見ていた仮面ライダーなどの変身バンクシーンを思い出しつつも、あの村のような殺戮が近付いてくるのを恐怖として感じ取っていた。
「所長、すみません……」
「え。何がよ、藤丸?」
走りながら、彼は所長に謝罪した。何一つ心当たりがない彼女は、装備した仮面兜の髑髏フェイスをきょとんと傾け、見たこともない不可思議な生物を発見した生物学者のように困惑した声で返答する。
「俺は何も出来ないけど、それでも今は此処の皆を助けたい。我が儘ですけど、俺は人が死ぬのを見たくないです。カルデアにとって危険なことなのに、所長は俺達や誰かの為に戦ってくれます。
だから、その……所長がこの街を見捨てないでくれて、ありがとうございます」
「あー……まぁ、打算よ、打算。さっきの村や此処で情報を集めた限り、やっぱり特異点に対抗する為にサーヴァントも召喚されていたような噂もあったからね。特異点攻略に必要な協力者を得る為には、やっぱりそれ相応の人格者であると行動で他者に示さないといけないわ。
なので戦う力があって充分生き残れる状態でこの街を見捨てれば、そのサーヴァントらからもカルデアを見捨てられる可能性が生まれてしまうでしょう?」
「成る程。論理的なツンデレ思考ですね。マシュ・キリエライト、勉強になります!」
「―――……ツ、ツンデレ?
ま、まま、まぁ別にそれで良いわ。後、私はそんな安いツンデレ娘じゃないので」
「娘?」
「凄いわね、藤丸。今度の新作訓練、私の隻狼みたいにロープアクションが凄い考古学者が主人公のヤツにして上げる」
「やめて!」
「ふふふふふ……―――って、此処がよさそうね」
時間にして数分、目的地の三人は開けた場所へと辿り着いた。まだエミヤは狙撃を始めておらず、そして敵の多さにも気が付いていた。狙撃をしても良いが、まだまだ引き付けてから。街自体の大きさと市民や兵士の多さもあり、今から攻撃開始をしても相手側が遠方で散開すると更に面倒だ。
そして到着直後、カンカンと幾度も鐘が鳴った。
三人は獣の気配を上空から感じていた。巨大な肉食獣に睨まれているような、文明を築こうとも人間が猛獣にとって餌に過ぎないと実感するような、捕食に飢えた幻想種の重厚な存在感。
「ワ、ワ……―――
兵士、男は武器を取れ!!
女子供は直ぐ隠れろ、焼かれるぞぉぉおお!!?」
高台から街の警戒に兵士の叫び声は響き渡り、他の兵士も一斉に警戒を促す声を雄叫びのように張り上げた。既にドラゴンの集団が空を飛ぶのを視認し、街中が一気に臨戦態勢へと入る。
刹那―――死が、街を駆け巡った。
彼らにとって逃れられぬ猟犬が放たれたのだ。
「―――
エミヤより放たれた宝具。ドン・レミ村でも騎士団を蹂躙した剣は矢となり、騎士を殺した時と何も変わらず血に飢えている。
狩り、止め、殺し、必要なまで的を死なせる猟犬の牙。
一匹だけではまるで足りないと、空を飛ぶワイバーンを殺し続けるが―――しかし、相手は低級とは言え竜種。殺す度に魔力を喰らうことで猟犬は飛び続けるも、鏃と化した魔剣の刃は段々と毀れ続ける。通常の宝具であれば、それでも飛び続けるのだろうが、このフルンディングはエミヤによる投影。僅かとは言え、壊れてしまえば現実に押し潰されてしまうのは必然。
「……
ならば、とより有意義に使い潰すのがこの
だが、それをエミヤは良策であると同時に悪手でもあると分かっていた。
より多く殺すことを考えれば実に効率的だが、空中で纏まって飛行していた
「ヒャッハッハハハハハハ!!
敵だ、敵だ、敵だ。この街にゃ雑魚市民だけじゃなくて敵が居るぜぇ……―――我ら竜血騎士団、これよりヴォークルール最終殲滅作戦に入る。
歩兵虐殺隊―――投下せよ!
魔術鏖殺隊と弓兵射殺隊はワイバーンより援護し、ただただ人間共を狩り殺せ!」
この竜血騎士団の部隊長が街の隅々にまで届く声で叫び声を上げた。人間では有り得ない声量であり、恐らくは魔術によって声が拡張されていたのだろうが、元々が人間の領域ではない雄叫びでもあった。しかし、この部隊全ての竜血騎士は一人一人がラインが結ばれ、本当は部隊長の命令を声として聞く必要などなかった。
これは―――宣告だった。
処刑台に置かれた死刑囚を殺す為、処刑人に殺せと命ずる執行官の言葉であった。
「ク―――流石は、殺戮に浮かれた人でなしといった所か……」
既に全騎士がエミヤの狙撃地点を把握し、飛竜と騎士が一体となって弓矢に対応を始めた。音速の領域で戦闘行動が可能な化け物が吸血鬼であり、それはワイバーンも同じである。流石に音の速度で高速飛行することは出来ないが、音速を遥かに超えるエミヤの狙撃を、あろうことか吸血鬼と飛竜は“視”認して対処をし始める。
だが―――それを射殺してこその
速度を見切られようとも、相手の動きを見切り、先読みし、まるで空間に置くように矢を射出。問題なくエミヤは射殺し続けるも、殲滅スピードを上げるには投影宝具の真名解放と壊れた幻想を使わざるを得ない。しかし、既にその手段は封じられた。
敵はもはや、この街に取り付いた。
市民や兵士ごと纏めて殺せれば何ら問題はないが、その手段を今は自重する。元より、街の気配から市民が脱出しようとする流れを高台から千里眼で読み取れた。ならば、まずは一人でも多く敵を殺し、一人でも多く殺される無辜の民を減らす為に尽力するべきだ。
「あひゃあ、うへぇひゃあ、とってもとっても最高だぁ!
人は焼かれると塵になるぅ……だから、地面を這う
エミヤの狙撃から漏れ出た竜血騎士は血を吸って契約を結んだ飛竜を操り、竜の息吹によって巨大な火の玉を吐き出させた。
ゴバァ、と言う轟音。
鐘を鳴らしていた兵士を高台ごと吹き飛ばし、更に街中へ火炎があちらこちらへと放射され始めた。
「この瞬間だよ、この一瞬だよ、最高に生きてるって気がするんだぜぇヒャッヒャヒャー!!」
そして、ワイバーンから騎士達が投下。と言うよりも自分から投身する。上空数十メートルはあるが、騎士は人間を超えた吸血鬼。鎧を身に纏っていようとも、まるで魔術にでも掛っているかのように着地。勿論、そのまま地面に大人しく竜血騎士が着地などする訳もなく、自分の落下地点に居た市民や兵士を下敷きにし、剣や槍で殺しながら街へと強襲した。
……一人一殺の街への落下突入。
生き生きとした笑い声と共に、吸血鬼はヴォークルールの鏖殺を愉しみ始めた。
「ぎぃやあああああああああ!」
「うわぁあああああああああ!」
「た、助け……助けて神様ぁ!」
だが敵は騎士だけではない。竜血騎士団は飛竜に騎乗する幻想の
「……――――」
忍びにとって、そんな地獄も見慣れていた。人間が人間を燃やすのに、炎が舞い上がるのは戦国の常。彼は無言のままサーヴァントの脚力で以って上空へ飛び上がり、ドラグーンが操る高速旋回中の飛竜へと忍義手から伸びる鉤縄を引っ掛け、そのまま一気にワイバーンに飛び乗った。
瞬間―――身を捻った回転斬り。
ワイバーンに騎乗していた竜血騎士を斜めに斬り裂き、その上で頭から地面に落とした。忍びが確認するまでもなく、まるで柘榴が潰れたように血液と脳漿が飛び散った。
「―――操り、頂く」
よって、狼は無防備なワイバーンの頭蓋骨に楔丸を串刺した。更にそれによって風穴が空いた脳部へと指を突き刺し、忍殺したことでこの世から散る命に仮初の生命を与えた。
忍殺忍術―――傀儡の術。亡霊の猿から隻狼が見出した忍びの業。
人間さえも容易く操作する一種の死霊術。相手が獣であれば尚の事、忍びは殺しの業を移し易い。
「グオォオオオオオ!!」
「………」
そのまま忍びはワイバーンを操り、空へと上がった。だが既にエミヤが陣取っていた高台は息吹の砲火によって爆散して別陣地に移動中の為、狙撃による制空権は一時的に全て竜血騎士団が握っている。また戦場に溢れた死者の残留思念は業であり、忍びにとって忍術の糧となる力であり、薄井育ちの狼はそれを形代として認識。サーヴァントとして保有する魔力を温存し、尚且つ忍殺忍術で使用した形代をこの地獄から吸収する。
ならば、やるべき事は一つ。忍びが空中を支配すれば良いだけのこと。
忍びは自分が忍術で操作するワイバーンに火炎を放たせ、飛竜に乗るドラグーンを遠距離爆撃。瞬間、他のドラグーンも敵が自分達竜血騎士団の飛竜に乗り込んだのを悟るも、だが暴れるワイバーンにはもう忍びの姿無し。
「何だ何だ、敵は何なんだぁ!!?」
「あっひゃひゃひゃっはー!!」
「あのワイバーンが吸血鬼を喰い始めたぞぉ!!」
「なにそれ面白、あいつ生きたままマルカジリにされてんぞ!!」
「ぎぃやぁああああああああ!!」
―――上空の阿鼻叫喚。
その更なる空の上、忍びは落下してまた竜血騎士を忍殺。そして、そのままワイバーンを忍殺し、傀儡の術によって支配下に置く。戦場に溢れ出した形代をその度に遠くから自分の元へ吸い寄せ、所長から供給される魔力を消費することなくワイバーンを自分の死体人形へと作り変えて行った。
そして、その操ったワイバーンの尻尾へと乗り、自分を上空へ振り飛ばす様に指示した。直後、また忍びは竜血騎士と飛竜の視界から消え、次なる傀儡化する獲物を狙うべく落下忍殺を強行した。
「流石はあの所長が契約するサーヴァントと言った所か。
私では真似出来ない技巧だな……―――ふむ。まぁ、戦国のニンジャなればこそ、あの出鱈目な忍術も不可思議ではないのか?」
思わず出た独り言をエミヤは自重出来なかった。竜血騎士、飛竜、上空と言う環境、それら全てを殺戮空間に利用する
もはや制空権は此方のもの。アーチャーの射殺とアサシンの暗殺。
所長がそう狙った展開の通り、飛竜を操る強力な竜血騎士団がただただ殺される獲物となった。
どちらか片方がいなければ成立する事はなかったが、アサシンの虐殺をアーチャーを援護し、アーチャーの殺戮をアサシンが補助し、鏖殺の術理が完了した。為す術なく翼を持たない者により、翼ある飛竜らが騎士と共に街へと殺されながら落下し続けて行く。
「ひゃっはー俺ツエ、マジ半端ねぇ!!」
「ほらほらほら、逃げろ逃げろ。俺らに斬られて死ぬか、飛竜に焼かれて死ぬか、生きたまま喰い殺されるか、お前らに選ばせてやろう!!!」
「ヴォークルールの皆ぁ……ねぇ、どんな気持ち。自分達が家畜みたいに食べられて、これから竜が捻り出す糞団子になるのって、ねぇねぇどんな気持ち、どんな気持ち!?
―――うぅわっはっひゃーはー!!
はぁ……はぁ、はぁ……良い。やっぱりこう言うのは最高じゃぁあぁあん!!」
「汚物は消毒だぁぁああああ!!」
「エンジョイ&エキサイティング!!」
しかし、それは上空だけのこと。敵が侵入した地上戦は混沌に満ち溢れ、あちらこちらで叫び声と嗤い声が響き渡っていた。騎士と地上に降りる事に成功した飛竜が、逃惑う人間を愉しそうに虐殺していた。
「このぉおおおお!!」
尤も、それら全員は飛び出たマシュの敵ではなかったが。十字盾下部に仕込んだ
一射二殺の獣殺技巧。数週間と言う短い間のVR訓練ではあったが、マシュは十分に戦闘で運用可能な戦力として仕込銃を扱うことが出来ていた。
「やぁああ……ッ―――!!」
そして、自分達に走り寄って来た騎士からの攻撃を守ると同時、盾で突進するシールドバッシュ。魔力防御で固めた力場を炸裂させ、マシュの筋力と相乗することで直撃する破壊力は吸血鬼の骨格と内臓をグチャリと甲冑の上から潰した。マシュに叩かれた騎士はトラックに正面衝突した人間と同じ状態となり、だがそれでも不死の化け物らしく生存する。
「―――ッ……!」
教えられたこと。魔獣や吸血鬼などのしぶとい怪物は、頭部を潰しても安心してはならない。マシュは敵の息の根を確実に仕留める為、盾で騎士の頭蓋骨をハンマーで叩いた果物の様に破壊した上で、心臓も同時に粉砕した。
元より、彼女の宝具はとある騎士が持つ聖遺物。
聖堂教会の黒鍵よりも高い浄化作用をマシュは引き出し、その一撃で騎士を灰へと抹消した。
「……良い心構えよ、マシュ。
慈悲無き人間は獣に堕ちますけど、容赦有る狩人は死に囚われます。その調子でマスターを守りながら戦いなさい
それと最後に少し。今まで積み重ねた鍛練の成果、とても素晴らしい。貴女はもっと強くなれるわ」
「―――はい!!」
本当は、心の底から怖かった。人間ではなくとも、人間にしか見えない吸血鬼を殺したくもなく、化け物をあっさり殺せてしまう自分も怖かった。戦う事そのものに困惑し、この瞬間にも地面に丸まって現実逃避したかった。
けれども―――恐怖心が薄れてしまう。
零へ消えることはないが、マシュはオルガマリーに話し掛けられると何故か死の恐怖を意識せず体を動かせた。相手の命を奪う為に問題なく殺人技術を行使出来た。戦うと決めた
「何だテメェ……髑髏仮面の尖がり帽子とか、糞趣味ワリ格好だな。変態かぁ!?」
「へぇそう、全く駄目ね。可哀想に。これの良さが分からない何て、人じゃなくて獣よね?」
「ほざけ、変態仮面女が。身包み剥がして遊ん……―――?」
騎士を一閃一殺で殺し回っていた所長だが、聖杯に住まう番人の装束を馬鹿にされたことで少しだけ無駄口を叩いてしまった。しかし、戦闘中なので一切感情を働かせず、その騎士を月光を模した狩人の大剣で粉砕。巨大な鞘と合体することで特大剣に変形するルドウイークの聖剣は、敵を斬るのではなく叩き潰す鈍器に近い。所長は甲冑を着込む吸血鬼をその膂力で振われる一刀により、砕きながら強引に切断してしまった。
頭部を木端微塵にされながら、股下まで抉り砕かれる騎士。言葉を中断され、そのまま吸血鬼特有の蘇生能力を発揮することなく死亡。
直後―――それを見ていた騎士に一瞬で接敵し、同時に粉砕。
所長が動く度に竜血騎士は模造の聖剣で斬り潰され、圧倒的速度に対応出来ず一方的に死亡し続けた。
「女、女だぁ―――女の贄がいるぞ……!?」
「いや、いや、こないでぇ!!」
「うぇひひひひひ―――ゲグ、ゲギュ!」
「―――何と言う、テンプレ悪党……」
性欲の塊と言うべき竜血騎士を背後から突き殺し、更にその屍に手を突っ込んだ。脊髄を粉砕しながら大腸から心臓まで一気に贓物を掻き回しながら纏めて掴み、一気に摘出。再生など出来ない様、霊体の中身ごと内臓を抉り取ったのだ。
仲間が市民や兵士を殺戮しているのを傍目に、御愉しみに洒落込もうとする竜血騎士は哀れな姿で死んだ。下半身がモロ出しだった。女を背後から突き刺そうとするその悪漢は、所長から背後を突き刺された挙げ句、その臓腑の奥まで腕を突っ込まれたのが人生の最後であった。
「あ……あ―――」
「ほら、早く行きなさい。折角生き延びられたんだから」
「―――あ。あり、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
常識的な返答を所長はしたが、相手は直ぐ様に要塞方向へ逃げ去った。
「何よ。私を化け物みたいに見た癖に礼儀正しいじゃない……あれ、でも確かに。血液と臓物塗れになった尖がり髑髏とか、全方位化け物だったわ。
……ねぇ、そこの貴方。やっぱりそう見える?」
「ぐぎゃ!!!」
「もう駄目ね。死ぬ前に喋ってよ」
等と愚痴を溢しつつ、大剣乱舞。異様なまでに研ぎ澄まされた技巧だが、しかし剣術ではなかった。剣を使った狩猟技術であり、大剣による人狩りであった。だからこそ彼女は無念無想には程遠く、故に白痴の無へ至る殺戮技巧。
「キャスター……―――頼む!」
そして、藤丸立香が呼び出したキャスターは騎士共を魔術で以って爆散させる。こと援護と言う分野において、メディアに勝るサーヴァントは非常に少ない。メディアの影はマシュや所長の手の届かない騎士らを容易く殺害し、藤丸の身も魔術で防護することも同じく難しい手間ではなかった。
「きゃぁあああああああ!!」
叫び渡る女性の声。もはや聞き慣れたが、だからと言って無視は出来ない。藤丸は自分の思念をシャドウ・キャスターに通信し、その人に襲い掛かる竜を高速神言による魔力弾で吹き飛ばす。
しかし、ワイバーンは竜種。元より魔術が効き難い。一体だけならそれでも殺せたが、複数となれば瞬殺は不可能だ。
「でも……」
藤丸がキャスターを選んだのは援護と言う観点では正解だろう。遠距離から安全に攻撃し、乱戦になっても自分の身を守れるので正しいだろう。所長もだからこそ否定せず、藤丸がこの状況で使い易いサーヴァントを使うことが一番効率が良いとも理解していた。
この状況において最大限の人命救出に成功し、結果―――その女性は助けられない。
「……でも―――それでも、俺はっ!」
『待て、待つんだ藤丸君……ッ―――!?』
キャスターの弾幕でワイバーンの軍勢を牽制し、彼は走った。間に合うか、間に合わないか、それを脳で考えずに走ってしまった。
―――ズドン、と藤丸の前で肉が弾け飛んだ。
彼が助けようとした女性は血塗れになり、その人を喰い殺そうとしたワイバーンは腹部が吹き飛んでいた。
「――――――……」
「……あ――――」
白い布を先端手前で丸めた槍。それがワイバーンを殺害した武器であり、襤褸布を守って姿を隠した女だと思われる人物がその女性を助けた正体であった。
「大丈夫ですか……!?」
「え、ええ……大丈夫よ、ありがとう。
でも……けれど、そこの貴女はもしかして、ジャネッ―――」
「―――――――っ……」
まるでその名前を遮る様に謎の女は槍を振り回し、ワイバーンと騎士達へ構え直した。何かを断ち切るように、あるいは大事な物を自分から捨てる様に、悲壮な何かを藤丸はその人から感じ取れた。
「…………お早く」
それだけを藤丸に言い残し、謎の女は所長とマシュの方へと疾走。接敵と同時に槍を巧みに操り、二人の戦いに加勢していった。
「今は、行きましょう。まずは生き残らないと」
「―――そうね。分かったわ」
助けられた女性は名残惜しそうに謎の女がいるだろう戦地を見て、しかし生き残るべく走り去っていた。そうしなくてはならないと、そうするべきなのだと言い聞かせているように、全力で住民が避難する要塞へと逃げて行った。
「………………」
無言のまま藤丸はその人を見送り、そして―――
新しい戦力も加わり、自分達にも余裕が生まれた。
最初の予定よりも人が助けられる事実が喜ばしい。
ならばと宙に浮かぶ