血液由来の所長   作:サイトー

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啓蒙16:自己犠牲

 長い一日であった。迫り来る騎士と飛竜を殺し、幾度か数えるのも面倒な程に殺し、気が付けば住民の避難は完了していた。血戦とでも言うべき戦であり、マシュ、忍び、所長、謎の女は血液と内臓で全身が汚れ、狙撃の援護と後方支援に回っていたエミヤと藤丸はまだ血みどろにはなっていない。それでも所々に血液が付着している部分もあり、如何程に相手を殺したのか姿だけで分かってしまう。

 おぞましいのは、竜血騎士団は自分達が死ぬのを受け入れていることだ。

 何人殺されようとも一切怯まず、撤退など絶対に考えない。それなのにヴォークルールから去ったのは、目的である住民が避難してしまったからか、あるいは撤退するように上層から命令が下ったからなのだろう。

 

「―――で、そろそろ正体を告白したらどう?

 こっちも予想してるけど、それじゃあ会話のテンポが悪くなるじゃない」

 

 そのヴォークルール郊外。住民の避難を間に合わせ、竜血騎士団の撃退に成功したカルデアのメンバーは、襤褸布を纏って全身を隠す謎の女と相対していた。

 

「サーヴァント、裁定者(ルーラー)―――……ジャンヌ・ダルク」

 

 ざわり、と空気が動く。マシュと藤丸は身構えそうになったが、所長に変化ないことに気が付く。あの所長が先手必勝と内臓を手で抉ることもせず、銃弾で急所を一瞬で撃ち抜くこともしていない時点で、敵ではないのだと理解した。

 実際にエミヤも外側は何も変化していないが一瞬で魔術回路が起動状態となり、忍びも同じく精神だけは臨戦状態となっていた。しかし、所長の落ち着きぶりから、まぁそう言う事なのだろうと警戒と同時に敵ではないと察してはいた。

 

「………驚かれないのですね?」

 

 襤褸布のフードを取って顔を見せたジャンヌは、言葉とは裏腹に落ち着いた表情で所長を見ていた。

 

「良く言うわね。気付かれている事に、気付いていたでしょう。だから、誤解されるかもしれないのにも関わらず、何も言わず最初から正体を見せた。

 そう言うことじゃないの、ジャンヌ・ダルク?」

 

「―――……その通りです。貴女は私より強いですが、今は脅威を感じません。なので、もう此方の状況をある程度は見抜き、この現状に納得しているのですから、重要な事を最初に言うべきだと思いました。

 でも、恐ろしい人です。その瞳は不思議な力でも持っているのですか?」

 

「そうよ。瞳がない私なんて、計算が出来ない数学者よりも役立たずだもの。それで、まぁ……まずは自己紹介はしておきましょう。

 私の名前はオルガマリー・アニムスフィア。

 何でもないただの魔術師で、カルデアと言う組織の所長をしています」

 

「………………ただの?」

 

「ミス・ダルク。それが噂の啓示と言うスキルなのでしょうか?」

 

「いえ、別に。何でも有りません。失礼しました。つい、その思わず……」

 

 啓示は言ってる。この人、サーヴァントよりももっと危険な未確認存在であると。為人は直感的に信用は出来るも、決してただの魔術師なのではないと一目で分かってしまう存在感が纏わり付いている。

 

「ですよね。あの所長がただの魔術師とか言われても、正直困惑しますものね。ジャンヌさん!」

 

「ねぇ、藤丸。貴方ってロマニみたいに、私のギリギリのラインを見極めて揶揄するの、最近愉しんでない?」

 

「―――いえ。いえいえ、そんなとても。

 俺、所長のことは尊敬してますよ。カルデアで誰よりも一番頑張っているんですから!」

 

「ならば、良し」

 

“チョロいぜ、所長”

 

“チョロいです、所長”

 

“チョロいのだな”

 

“……御冗談を(チョロい)

 

チョロ過ぎぃ(フォウフォウ)

 

“チョロいのですね、この人”

 

「んっん―――……それで、出来れば他の人の事も教えて頂きたいのですか。私の事情も説明したいですので」

 

「あ、すみません。俺は藤丸立香。所長の部下でして、今はカルデアのマスターをしてます」

 

「あぁ……貴方が―――そうですか。

 先程はあの女性を助けて頂き、ありがとうございました」

 

 心の底から、と言う言葉が相応しい微笑みだった。安堵と安心と、人に対する本当の感謝の念。聖女と言う形容以外に相応しい表現がなく、人を見惚れさせられる笑みだった。行き成りそんな表情を向けられた藤丸は、綺麗なモノを見た感動と妙な気恥かしさを覚えるも、自分も同じ様に笑みを返した。藤丸の笑みもまた、人助けが出来た事を喜ぶ善良な人間の表情であった。

 そう反応出来るのが人たらしなんだろうね、と所長は思う。この特異点でジャンヌ・ダルクは仲間にしたいと考えていたが、どうやらもう藤丸の方が相手に好感を持たれる事をしていたようだ。彼がいれば話も潤滑油を注した歯車のように良く廻るだろうと、部下の有能っぷりがとても嬉しく感じられた。

 やはりこの男、たらしの素質がある。

 人間らしさ、とでも謂うべき人間性。

 こうして実際に特異点攻略を始めてみれば、早速所長が見込んだ通りの活躍をしてくれた。彼が行う人助けもカルデアに有益となった。そんな傑物に信頼される善良性こそ、人員不足のカルデアを運営するオルガマリーが欲するマスターの素質であった。

 

「―――……うん。でも、あの人に貴女は何も言わなかったけど、良かったのですか?」

 

「良いのです。今はもう……―――あ、それと私のことは好きに呼んで良いですからね。畏まれるような者じゃないですし、話し方も好きにして下さい」

 

「そう……うん。じゃあ宜しく、ジャンヌ!」

 

「ええ、立香。こちらこそ、宜しくお願いします」

 

 まるで誤魔化すような話題の転換であったが、藤丸は深く追求しなかった。それが彼女の為になるのだろうと直感的に悟っていた。ジャンヌもまた藤丸のそんな思考が分かったが、敢えてそうしてくれる彼に感謝し、出された手に握手で返事を返した。

 成る程、と所長は納得。どうやら、藤丸が助けた女性がジャンヌ・ダルクの実母であったようだ。この事実を得られただけで藤丸はカルデアにとって莫大な利益となり、やはり非効率な人助けこそ英霊の関心を買うのに効率的だと悟った。

 

「私は先輩のサーヴァントで、名前はマシュ・キリエライトです。後、正規の英霊じゃなく、デミ・サーヴァントとなります。

 これから宜しくお願いします、ジャンヌさん!」

 

「ええ。こちらこそお願いしますね、マシュさん。それに、私も似たような状態ですから」

 

「似たような、ですか……?」

 

『あ。本当だ。彼女、サーヴァント反応がしっかりありますけど、良く見れば生身の人間です。英霊が憑依している状態ですね。

 でも多分、所長は最初から分かってましたね?』

 

「見れば分かるわ。貴方の仕事であるマシュの健康管理も、最終的にチェック漏れがないか見てるのは私なのよ。でも、それでもね、女性の中身を勝手に暴くのって乱暴じゃない。そして結構な変態じゃない?

 ロマニ、超エロい~信じられなぁい」

 

『何を言うんだい、所長。如何して急に面倒臭い酔っ払いのOLみたいな口調になるのか。そもそもですね、例えボクが変態だとしても、それは変態と言う名の紳士です。そこのところ、上司として分かって頂きたい』

 

 何となく、所長はロマニを使って場を濁すことにした。ロマニも所長の意を汲んで情報提供しつつ所長が望む展開にするべく、変態の称号を拒否しながらもジャンヌ・ダルクが自分の事情を説明し易い軽い雰囲気を作り上げた。

 

「……ええ、と。その話はまた後で。出来れば、そちら御二人のことも教えて欲しいのですけど?」

 

「アーチャーのサーヴァント、エミヤシロウだ。今は藤丸立香をマスターとし、カルデアの人理修復に協力する立場にある」

 

「アサシン、隻狼」

 

「成る程。ありがとうございます」

 

「こちらこそ、どういたしまして」

 

「……ああ」

 

「「「『「「「「………」」」」』」」」

 

 沈黙。会話中に良く在る唐突な沈黙。最後に喋った忍びは絶妙な雰囲気を察するも、忍びなのでこの空気を打破するスキルは有していない。むしろ、相手を沈黙させる事に特化したサーヴァントであった。

 

「フォウ、フォフォウ。フォフォフォ!」

 

 しかし、そんな忍びに救世主が訪れた。ずばり彼が何気に長いカルデア生活で所長の次に接点がある小さな獣―――フォウである。

 

「あれ、フォウさん。そんな処に隠れていたんですか?」

 

「そうね。この生物(ナマモノ)、マシュの臀部が好きだそうよ」

 

 マシュが腰に巻いた装備用ホルダーバックから、小動物が一匹飛び出した。それを見た所長はこのフォウが何を言っているか雰囲気的に啓蒙出来る為、一体何をレビューしているのか分かるので醒めた白い目で見ていた。

 

「何を言ってるんですか、所長。フォウさんがそんなおじさんなことを言う訳ないじゃないですか。それに一応ここ、特異点で拾った物を運べるようにと装備したバックパックなんですから。お尻とか関係ないです。

 ……でも、私も戦闘員ですから、フォウさんには危ないかもしれませんね」

 

「フォー、フォォ!」

 

「はいはい。あったかふわふわね」

 

 何やら所長に向けて鳴き声を上げるフォウへと、彼女は適当に返答し、だが興味深そうにマシュの方を見た。確かに、あったかふわふわだ。ロマニが考案する食事の栄養バランスと、カルデアだとマスター以外は不足しがちな運動を行い、彼女はまさにパーフェクト美少女ボディだと言えよう。そして、後数年すれば星の娘にも負けない美女となる。フォウがフォウフォウと賞賛する気持ちも分からなくはない。

 

「あ、ジャンヌさん。こちらはフォウさんで、カルデアのマスコットとなります。可愛いでしょう?」

 

「フォウ、フォフォウフォ」

 

「はい、愛らしいです。私とも宜しくお願いしますね、フォウさん」

 

「フォーウ、フォフォウ」

 

 誰も意訳しないことを良い事に、相変わらずな内容を鳴き声で話すフォウを見つつ、しかし諦めの境地を得た所長は溜め息一つ。

 

「はぁ……それでジャンヌ。出来れば、そっちの事情を話して頂けると、こちらも協力出来ることが増えるんだけど?」

 

 だがしかし、ジャンヌを見た所長はフォウの言葉に納得しかない。マシュ過激派の小動物ではあるが、この獣はあの飼い主に似て女好きな部分が結構あり、評価もまた的確。

 確かに彼女は「素晴しき哉(フォーウ)豊潤なりし者(フォフォウ)」だろう。

 

「―――あ。そうでしたね」

 

「まぁ、でも……うん。見た雰囲気、そっちはまだこの特異点の現状も深く把握していないようだし、まずはこっちの事情説明から致しましょう。現地でサーヴァントが召喚されているようだけど、どこまで詳しく知識が与えられているのかカルデアも分かりませんし、私のカルデアの事をまずジャンヌが知っておいた方が特異点について分かり易いでしょう。

 恐らく、そうした方が貴女も自分の今の現状をより良く把握出来る筈」

 

「成る程……―――ふむ、そうなのですか。でしたら、まず其方の話から聞きますね」

 

「では――――」

 

 必要な情報を簡易的に説明する。ジャンヌもある程度は知っていたが、それ以上に危機的状況であることを初めて知った。フランスの危機だけでなく、そもそも文明崩壊の危機であり、人間と言う生命体が滅び去る寸前であると言う情報。そして、この特異点化したフランスが一つ目の攻略対象であること。

 

「―――……そうでしたか。

 貴女達カルデアが最後に残された砦であり、人理焼却こそ今の世界の現実」

 

「そう言うことね。なので……まぁ、実際特異点に二人を投入するのは人道に反しているのだけど、もう藤丸とマシュだけがカルデアにとって最後の希望ってことになるわね。子供に戦わせてるのはそう言う理由となります。所長である私の代えはどうとでもなるけど、もし出来ればジャンヌには、藤丸とマシュを守って欲しいわ。

 オルガマリー・アニムスフィアが死んでもカルデアは運営出来るけど、唯一レイシフト適性とマスター適性を併せ持つ藤丸が死ねば、人理はその時点で終了でしょう。恐らくは今後の特異点修復で詰みますし、マシュがいなければ英霊召喚も出来ませんのでね」

 

 ついでだが、所長は本物の不老不死。本当に死なない事を隠してはいるが、周りも非常に死に難い事はカルデア職員全員が知っている情報ではある。よって有限の生命である藤丸立香とマシュ・キリエライトを優先するのは当然の選択であり、所長が協力者になるだろうジャンヌ・ダルクに念押しするのも当たり前な行為である。

 

「とは言っても、互いに協力者になれるかは、お互いの事情によるでしょうからね」

 

「―――……いえ。私の悩みなど小さなものです。

 貴女達カルデアに協力する気です。この時代に生きる一人の人間として、人理修復に協力しなくてはいけません」

 

「そう……―――貴女は、その未来を選択するのね。

 ならばジャンヌ・ダルクの献身に、カルデアを代表して感謝するわね。そして……人理を守る人類を代表して、貴女の善意に私は心から謝りましょう」

 

 そう話すオルガマリーは、本当にあらゆる感謝の気持ちを込めていた。それは死刑宣告を告げる裁判官よりも遥かに厳格であり、死を司る神よりも凍える様に冷酷だった。

 同時に、謝ると言う言葉。果たしてどんな善意に誤っているのか?

 それを理解出来たのはエミヤと忍びと、通信で会話を聞いていたロマニと顧問。そして、言われた本人であるジャンヌであった。藤丸とマシュはまだ、所長の言葉を理解出来ていなかった。

 

「俺からもありがとうございます」

 

「はい。私からも感謝します、ジャンヌさん。なので、だからこそ、貴女の悩みを教えて頂きたいのです!」

 

 だから、二人はまだ呪いに気が付かない。一つの未来を選ぶなら、他の未来を切り捨てる事に他ならない。

 

「皆さん……―――はい。では少し長くなりますが、私の事情を聞いて下さい」

 

 啓蒙より具現せし狩人の眼球は、血の意志を由来とする上位者の神秘。

 つまりは血液由来(ブラッドボーン)の瞳はオルガマリーに世界と悪夢を暴く鍵を与え、他者の思考を盗み見るなど思考の瞳にとって児戯以前の機能。直感よりも速く、啓示よりも深く、啓蒙は思考回路に知識を啓くのだろう。

 瞳とは卵。脳髄に蒔かれた種子なのだ。

 孵化するように瞳が弾け、オルガマリーは神秘を垣間見た。

 ジャンヌ・ダルクがこれより語る事実を、人でも狩人でも上位者でもない異なる視点よりオルガマリーは観測する。赤子の赤子、ずっと先の赤子の果てである彼女はどんな上位者よりも濃く、深く、おぞましく、だからこそ素晴しい呪いに満ち溢れているのだから。

 

「そもそもですが、私はサーヴァントではありません。ですが、同時にこの特異点を解決する為に召喚されたサーヴァントでもあります。生前のジャンヌ・ダルクに、死後に英霊となったジャンヌ・ダルクが憑依している状態です。ですのでデミ・サーヴァントでもあり、擬似サーヴァントでもあります。

 しかし、主導権は全て今の私が持ち、英霊になった私は眠りについています。

 不可思議な事ですが、この特異点で活動している時も私は私に一切口出しせず、思う儘に行動させています」

 

「成る程……そう言う事情ね。なら、知識の方はどうなの?」

 

「ジャンヌ・ダルクとして、私達の記録は共有されています。英霊の座に召された英霊としての知識もありますし、ステータスやスキルなどのサーヴァントとして保有する神秘も理解していますね」

 

「なら―――貴女は、本来の歴史も分かっているのね?」

 

「―――所長」

 

 それは、言ってはならないのだと藤丸は直感した。協力者になってくれるなら、そんな事を相手に言ってはならないのだと思った。

 ……しかし、今のマシュにその感情は理解出来ない。

 人の命は有限であり、懸命に生きるからこそ自分達はどう足掻いても必ず死ぬ。だから、生きた末に死ぬのだろう。

 ジャンヌ・ダルクの結末は知っている。死に様も歴史の授業の一環として勉強している。だがマシュは自分の寿命を知ることを、悲劇として捕える感情を持ち得ていなかった。それが他の人間にとって酷な事実だと常識で分かってはいるが、辛い事実であると無垢なる心は実感出来ないのだろう。

 もし辛い事実だとマシュが実感するのであれば、それはジャンヌが敵の捕虜となって尋問を受け、故郷から裏切られた結果、侵略者の手で処刑されたこと。死ぬ事そのものではなく、そうやって殺された事が悲しいのだと思うのだ。

 

「はい。私は……ジャンヌ・ダルクは、本当は―――生きていてはいけない人間です」

 

「それは、それは―――絶対に違います。

 私たちにそんな命はないです。生きてはいけない生命なんてありません。ジャンヌさんはこうして生きています!」

 

 それでも尚、マシュは死を受け入れている彼女の言葉を否定した。カルデアで生まれ育ったマシュ・キリエライトにとって、ジャンヌ・ダルクの思いは許せない言葉だった。

 

「あぁ……そっか。そうなんだ。俺達は――――」

 

 そして、藤丸は気が付けた。相手が本来ならば死んでいる筈の人物で、今はこうやって目の前で生きている。また特異点を修復するとは、時代を本来の未来へと繋がる流れに戻すと言うこと。

 つまり―――死ぬ。

 カルデアによる特異点解決は、彼女の処刑にサインをするのと何も変わらない。

 

「―――ありがとう、マシュ。それに藤丸。けれどもこの時代、私はもう生きた死人でしかない。特異点だからこそ、ジャンヌ・ダルクは生きることを許されているだけに過ぎません。本当なら、あの火で炙り殺されて終わる筈でした。

 だから気にしないで。私はまだ生きていますが、存在としてはサーヴァントと同じ死人だと思って下さい」

 

「そんな……っ―――だって、でも!」

 

 まだ出会ったばかり。ジャンヌ・ダルクのことなんて何も知らないが、マシュはそれでも否定したかった。偽善者だと思われても、それだけは否定しなくてはならなかった。

 あんまりだと思ったのだ。

 戦い抜いた報酬が、そんな暗い死だけだなんて信じたくなかった。

 

「マシュ、その話は後で」

 

「―――ッ……でも、所長!?」

 

「仕方がない事よ。未来で生まれた私達に、既に終わった事は変えられない。それでも許せないのなら、もし変えると決めたなら、それこそ人類史を全て焼き尽くさないと許されない。

 多分、人理焼却を行った黒幕もそうなんでしょうね。だからね、その話はもう終わったことなの。

 でも……だからこそ、この特異点を修復出来たとしても、最後は必ず心に深い傷が刻まれる。最後は、どうしようもない別れが待っている。

 だから、その事実が耐えられないなら、マシュはジャンヌと関わらない方が良いわよ?」

 

「―――出来ません!

 私は………私は、この特異点を解決して、それでっ……!?」

 

「すみません、マシュ。その話はオルガマリーの言う通り、後にしましょう。今は取り敢えず、話を続けます。

 侵略者から助けられた後、私は……もう一人のジャンヌ・ダルクに出会ったのです」

 

「…………っ――」

 

 マシュの言葉に嬉しそうにしつつも、だが諦めたように聖女は微笑んだ。英霊化した自分にとって全てはもう終わった過去であり、今を生きる自分からすれば選択した先に訪れる結末だった。

 特異点の修復―――つまりは、自分の死。

 人類史を戻すとは―――即ち、火の未来。

 既にもうジャンヌ・ダルクは焼き殺されることを受け入れていた。英霊ジャンヌ・ダルクを受け入れるとは、自分が焼け死ぬ本当の歴史を味わう事と同義。それが世界が救われる為に必要なのであれば、聖女の献身はその火刑を運命として受け入れる。自分が死なねば家族も故郷も焼かれて死ぬならば、それを防ぐ為―――自分だけが、焼け死なないといけない。

 

「もう一人のジャンヌ・ダルク……あぁ、それが諸悪の根源である竜の魔女なのね?」

 

 その全てを透き見た上で、所長は会話を続けた。何故なら所長が話したカルデアの事情とは、ジャンヌに自分が死ぬ未来を受け入れさせる準備でもあった。

 自己犠牲―――……それは、そもそも前提だ。

 この特異点は如何あれ、自分達を助けてくれたジャンヌ・ダルクが生きた人間で在るならば、歴史を取り戻すカルデアは必ず彼女を殺さないといけないのだろう。

 

「……違います。侵略者に囚われた私はあの二人に、拷問の日々から助けられました。恐らくこの特異点が生まれた起点はそこなのでしょう。オルガマリーの予想通り彼女こそ竜の魔女ですが、元凶はまた別に存在しています。確かに竜を操り、竜血騎士団が崇めているシンボルではありますが、けれども元凶となるのはキャスターのサーヴァントとして召喚されたとある一人の英雄。

 救国の元帥―――ジル・ド・レェ。

 この時代より先の未来、猟奇快楽殺人鬼に堕落したジルが、恐らくは聖杯の持ち主です」

 

 核心となる情報―――聖杯と、それの持ち主となる英霊。所長はその単語から思考の探索を拡げ、瞳の視野を深め、脳髄自体で啓蒙された情報を探り得る。

 

「ふぅん、聖杯ねぇー……―――成る程。この特異点を作り上げた黒幕の手法と焼却の仕組み、後は特異点運用方法も見えて来たわね。後は、黒幕の正体は探るのみ。

 となると、そのジル・ド・レェも貴女と一緒で憑依してるのかしら?」

 

「いいえ。ジルは呼び出されたサーヴァントでしょう。この時代に生きる本人は、また別の存在としてフランス軍を指揮していました」

 

「じゃあ、次の質問。二人と言いましたけど、ジル・ド・レェと組んで貴女を救ったのは誰か……知っているのね?」

 

「アッシュと言っていました。何と言えば良いんでしょうか……うーん、そうですね。彼女は、普通の善人にしか見えませんでしたね」

 

「あー……やっぱり、この特異点に居たのね」

 

「知り合いですか?」

 

 燃えるような存在感であり、あるいは燃え滓みたいな灰に似た雰囲気。人を優しく包む暖かい闇のようでいて、全てを焼き照らす苛烈な太陽のような女性。自分にアッシュ・ワンと自己紹介したあの女性は命の恩人であり、ジャンヌ・ダルクにとって世間話をする相手であった。

 神の如き奇跡を為すが、話をすれば―――普通の人間でもあった。

 審問で焼かれた右目。短く切られた髪。戻らない純潔。今のジャンヌに刻まれた傷であり、癒されなかった過去の記憶。敢えて、その女がジャンヌから癒し消さなかった傷痕。

 

「テロリストに寝返った裏切り者。私の名はアン・ディールではない、アッシュ・ワンだとか言って何処かに逃げたのよね。多分、アッシュって名乗ったならそいつで確定でしょう。

 なので……まぁ、うん。必ず殺す―――絶対、私が殺す。

 面倒な女なので遭遇したら私がヤツの命をきっちり狩り()るので、アッシュのことは心配しないでね」

 

「手出しは無用と?」

 

 英霊に憑依されたことで視力は取り戻したが、普段は何も見えない右目を抑えながら、ジャンヌは所長に問う。

 

「好きにすれば良いわ。これはジャンヌだけじゃなくて、他の人でも同じことよ。ただ個人的な理由と、カルデア所長としての責任を果たす義務から―――私が、絶対に殺したいってだけ。

 ジャンヌ。貴女も、もう一人のジャンヌ・ダルクとは自分で決着をつけたいでしょ?」

 

「そうですね……はい。出来れば、彼女を自分の手で終わらせたい。

 何故かはわかりませんけど、そうしなくてはならないと私の中の私が啓示と共に囁くのです。あのジャンヌは私ではないですが、それでも間違いなくジャンヌ・ダルクで在った故……私は―――私を殺すことになっても、真実を知らないといけない」

 

 啓示はジャンヌ・ダルクに囁いている。知ってはならないと、魂が奥底から拒んでいる。それを知れば、ジャンヌ・ダルクがジャンヌ・ダルクでいられなくなると未来を恐れている。

 だからこそ、真実を知らないとならない。

 それを知らずに特異点を解決してはならない。

 竜の魔女―――ジャンヌ・ダルク。復讐に狂い果て、殺戮を尊ぶ自分。

 生前の自分と死後の自分が混じり合った現在の自分から見て、あのジャンヌ・ダルクは可笑しいと理解した。彼女とジルの庇護下で穏やかな日々を過ごしていた頃の自分では分からなかった。だが英霊ジャンヌ・ダルクの知識と感覚を得た今の自分は、あの魔女が自分で在りながら自分ではない事だけは啓示のまま察してはいた。

 

「そうね……―――うん。ならばジャンヌ・ダルク、契約を結びましょう。

 焼かれた人理の為に戦う同じ人間として、オルガマリー・アニムスフィアの名を持つ私は貴女と対等な意志を持つ者として、今ここで特異点修復の協力を求めます」

 

「はい。その契約、必ず果たすと誓いましょう。

 英霊として、今を生きる人間として、ジャンヌ・ダルクで在る私はオルガマリー・アニムスフィアを戦友とし、在るべきフランスを―――取り戻します」

 

 






















 とのことで、やっとジャンヌ様が登場しました。原作だとサーヴァントでしたが、人類史だと死んでいる時代に生きている人間として特異点に存在している為、特異点解決をするカルデアはどう足掻いてもジャンヌ・ダルクを元の歴史に戻さないといけません。最後まで共に生き残ったとしても、人理の修復は火刑で死ぬことを意味します。

 読んで頂き、ありがとうございました。

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