血液由来の所長   作:サイトー

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啓蒙17:善良な人々

「では、改めて握手でも。宜しく、ジャンヌ」

 

「はい。こちらこそ、オルガマリー」

 

 自分も、他人も、全てを割り切った者同士。カルデア所長と、生き延びた聖女は互いの認識と利害を重ね合い、協力して特異点攻略に臨むことを求めた。

 奇しくも似通った精神性――啓示と啓蒙。

 天から示しが啓かれる事と、白痴の蒙を導き啓く事に何の違いがあろうことか。

 オルガマリー・アニムスフィアにとって啓蒙とは―――脳を見る瞳(インサイト)。同時に、脳で知を見詰める瞳。その名の通り本質を見抜く見識であり、世界に対する洞察力。故に啓蒙を深めるとは、自分の瞳から自分の脳へと知識を導き教えること指す。ならば自分で自分に啓蒙するのと等しく、彼女は自分に自分が啓蒙されるのだろう。無限に単体で干渉し合う瞳と脳は矛盾するようでいて、その交じり合う螺旋に終わりはなく、思考の白痴を叡智に染めるべく“啓蒙(インサイト)”が繰り返されていった。

 

「………………」

 

「マシュ殿……」

 

「………………」

 

「……マシュ殿」

 

「えっ……あ、はい。何でしょうか、狼さん?」

 

「どうやら、ご様子が可笑しく……如何された?」

 

「いえ、別に。何でもありませんよ、何でも。本当に、私は大丈夫ですから」

 

「ふむ……」

 

 忍びにとって女は分かり易く思うが、悩める女心は全く解らない。どう作用してそうなるのか、まるで見透せぬ。こう言う状況になることも少なく、取り敢えずそれなりに親しかったエマ殿のようにすれば良いかと思い悩む。

 だがしかし、悩んだ時点で解決方法を思い浮かぶのが忍びでもある。

 自分のマスターであるオルガマリーにそれとなく鬱ぎ込むマシュを気にして欲しいと頼まれた忍びは、彼らしく律儀に彼女を励まそうとした。そして、彼の経験則上、一番良い方法を直ぐ様に実行した。

 

「マシュ殿……これを」

 

「はい?」

 

「悩む者にとって……万能の良薬、だろう」

 

「薬ですか……これが?」

 

 忍びが何時も携える瓢箪ではなく、徳利と呼ばれる容器に入った液体だった。白く濁った水が入口から流れ出て、忍びはマシュに持たせた杯にその“良薬”を注いだ。

 ベタつくような、白くドロリと淀んだ液体。この良薬を知らないマシュにとって、実に魔術薬品らしい怪しさ満載の品物だった。

 

「……ああ。飲めば、心も身も……晴れやかになろう」

 

「なるほど。それは何だか、素晴しいかもしれませんね」

 

 薬と言われ、マシュは何の疑いも無く忍びから受け取った。この人が自分に嘘を吐くと言う猜疑心など欠片も湧かず、忍びは確かに体に良く効き過ぎる飲み薬を持っているのも事実。薬が趣味なのかもしれない。良薬苦しを地で行くあの味をマシュを思い出し、だからこそ今の自分にはあの苦味が脳を晴れやかにしてくれるかもしれないと考えた。そして沈んだ気分が少しでも立ち上がるのならと、その飲み薬を受け取るのも無理はない。

 口にちょっとだけ含ませ、けれど少しじゃなまるで足りないと、本当にゴクリと喉を鳴らす程の一口だった。だが、それでもまだ足りないかもしれない。マシュは更に飲み薬を呷り、また一口喉へ良薬を流し込む。

 

「…………ほえ?」

 

 味覚に違和感があった。記憶が吹き飛ぶ程の苦味がまるでなく、しかし舌と喉を焼くような痺れがあった。確かに、心にも効きそうな熱さをその薬からマシュは感じた。

 

「はぁ……―――イイデスネェ~」

 

「マシュ殿……如何か?」

 

「サイコー……キクー……ふぇふふへへへ。狼さぁん、もうちょっと下さいなぁ……?」

 

「……ああ、承った」

 

「ぷはー……えへぇ~……あれぇ?

 おおかみさぁん、いつの間にぃ……たくさぁんです。はれれ、ブンシンのジツをしたのぉです?」

 

「安心なされ……薬効だ。ささ……ささ……良薬、如何か?」

 

「スゴォイでーす……ぷはぁ!」

 

 承諾した忍びから更に良薬をコップに注がれ、更にマシュはグイッと一口。閉じようと思っても閉じずに開けっぱなしになった口から、凄まじく気が抜けた声が漏れ出てしまった。

 

「―――ちょっと?」

 

 その時、忍びの肩をミシリと骨が軋む程に握る聖女が一人。

 

「ジャンヌ殿……如何、された?」

 

「いえ、ね。その隻狼……イカガ、じゃないですからね。貴方、マシュに一体何を飲ませたのですか?」

 

「無論、万能の良薬だ」

 

「でしょうね。それを良薬なのは私も認めても良いでしょう。荒んだ精神も、その薬なら癒してくれるのも分からなくもないです。例えるなら神の血であるワインも人の精神を癒す薬となり、信徒である我らから日々の疲れを忘れさせて頂けます」

 

「……ああ」

 

「けれども―――それ、お酒でしょう!」

 

 ズバシ、と空気を破裂させる勢いでジャンヌは忍びが持つ入れ物を指差した。しかし、そんな凄い勢いのジャンヌを前にし、彼は相変わらず無愛想なまま無表情を貫き通す。

 

「否。我が国にとって、憂いる心を癒す……良き、薬なり」

 

「そぉーですよぉー……もぉジャンヌさん。あの、まじめ一辺倒なぁ……あの狼さんがぁ……ヒック……そもそも、私にアルゥコォールをぉ、渡す訳ないじゃないでぇすかぁぁあ?」

 

「是なり。葦名の濁り水だ。あるこーる……なるモノではない」

 

「そぉーですよーだ……あはははは、うふふぅはははははは!」

 

 精神的に落ち込んでいたマシュを一気にマキシマム元気にさせた忍びは、確かに良い手腕の持ち主なのかもしれない。

 しかし―――完全に悪酔いだった。

 

「隻狼。本当は―――分かってますよね?」

 

 更にミチミチと忍びは自分の肩を掴む聖女の握力が上昇するのを、耐え切れる程度の痛みとして実感する。

 

「……すまぬ。主殿の御命令を全うするには……これしか、俺は分からぬ故に」

 

 口下手な忍び故、悩める女性には酒を渡して饒舌になって貰い、自分は聞き役に徹する。彼は自分が出来る役割を過不足なく理解し、自分のコミュニケーション能力も把握し、その上で酒を渡す選択は普段ならば正しいのだろう。

 しかし、その前にちょっと色々と考えて欲しいと思うジャンヌであった。そして、忍びにそうさせた犯人など一人しかいない。と言うより、忍び本人が主殿とか普通に口を滑らせていた。

 

「オルガマリー……!」

 

「ごめんなさい。うちの隻狼とマシュが御迷惑を……後で良く叱っておきますので、はい……」

 

「貴方もです!」

 

「てへ!」

 

 委員長気質、と藤丸はジャンヌを判断。こう言う人は怒ると落ち着くまで放っておくのが一番だろうと、ソソクサと少し離れた位置に移動した。どんな飛び火が繰るか分かったものではない。

 

「はぁー……もう良いですか、マシュ。貴女も何をやっているの―――ちょっと本当に何しているんですか!?」

 

「フォウさん、高い高ぁい!」

 

「フォーァァアアアアア!!」

 

「高いところで、他界他界!」

 

「ブフォーウゥゥ―――!!」

 

 刹那、ジャンヌは跳んだ。啓示的に落ちても何の問題もないと直感していたが、愛らしい小動物が地面に落ちる瞬間など見たくはない。地面にいるマシュがフォウを優しくキャッチする前に、空中でジャンヌはフォウを捕まえた。

 

「やめなさい!」

 

「どーしてぇ……?」

 

「動物虐待はいけませんよ!」

 

「DIEジョーブ、フォウさんは無敵です!」

 

 流石の藤丸も、あれはちょっとストレスが溜まり過ぎてマシュが危ないと思い、所長の方へと話に向かう。

 

「あの所長。マシュはああ言ってますけど、本当に大丈夫何ですか?」

 

「絵面は酷いけど問題ないわ。あの小動物、その気になれば空も飛べるし、ちょっとしたワープ能力もあるからね。あの程度の高い高いじゃ、赤子をあやす遊びにもなりません。

 ……そもそもフォウは、生身で大気圏突入が可能だもの」

 

「へぇ、ガンダムみたい。天文台(カルデア)の白い悪魔なんですね、フォウ君って」

 

「否定はしないわ。フォウはある意味、ガンダムより強いし。プロ野球選手がレーザービームみたいに投げたところで、受け止めたグローブが逆に木端微塵でしょう」

 

「え、マジで?」

 

「うん、マジで」

 

「そのー……フォウ君ってもしかして、所長の使い魔なのですか?」

 

「違います。私の使い魔じゃないわよ……―――まぁ、そいつ、今もフォウのこと覗き込んでいるけど。全く、私の方へ覗きに来れば悪夢の一部にして上げるのに」

 

 少し違和感があったが、藤丸は自分なりに納得した。見ているとなればカルデアの管制室の誰かが、フォウの主となる魔術師なのだろう。一番怪しいのはダ・ヴィンチちゃんで、次点がドクター・ロマンだが、こうやって所長が特異点のレイシフトにまで付いて来るのを許す限り、カルデアにとって何かしらの特別な役割があるのだろう。

 

「かーえーしーてー……フォウさんは、私の親友さんなんですからぁ」

 

「駄目です。酔っ払いの言うことは聞きません」

 

「タ、タスカルフォウ……」

 

 あれ……喋った、と少しジャンヌは勘違いしたが、何とかマシュからフォウを奪取。そのまま地面へ解放し、悪酔いしたマシュを抑え込む為に彼女に近付いた。フラフラと酔拳使いのように揺れ動くマシュに対し、天からの啓示を無駄使いしまくってジャンヌは相手の動きを未来予測する。

 

「そ、そんなぁ……フォウさぁん。あぁ私は悲しい……ポロロン……」

 

「……なんですか、それ?」

 

「さぁ……なんでなんでしょうかぁねぇ?

 でも何でか、そうですね。こう言う場面ではそうするのが私達の鉄板だって囁くんですよね、私の中のゴーストが」

 

「成る程、良く分かりました」

 

 自分と同じく生身の人間に英霊が憑依した者同士、そう言う内側からの感情も分からない訳でもない。しかし、そんなジャンヌでも言えるのは唯一つ、この場面でその台詞を鉄板として選ぶ当たり、中の人も酔っているのかもしれない。

 

「すごぉいジャンヌさん。流石ジャンヌさぁん、わかってくれまぁしたか?」

 

「えぇ。貴女―――完全に悪酔いしています!」

 

「大丈夫デェス……あ”……あ……ぅ、う。

 私、あの……ちょっどぉそんな―――霊基から、エーテルが逆流じまずぅ!」

 

「――――!」

 

 そんな修羅場から離れたフォウがするべき事は一つしか残されていなかった。高い所で他界しそうになった元凶をまず取っちめないといけないのだ。

 何より、とある冠位級糞野郎のせいで、高所からの紐無しバンジーはトラウマになっていた。

 

「フォォオカミシスベシフォーウ!!」

 

「……すまぬ、フォウ殿」

 

 忍びは何も抵抗せず、フォウのジャンピングキックを顔面に受け入れた。流石に、悪酔いをすることで葦名で有名だったどぶろくを渡したのは軽率だったと反省。今度は違うのにしようと考え、だが酒と間違えて京の水は渡さないようにと心掛けた。

 

「―――……ふむ。これが、カルデアか」

 

『どうしたんだい、エミヤ。君の性格なら率先して、マシュに酒類を渡した狼君や所長を叱りそうなのに』

 

「いや、今はこれで良いだろう。現状我らに危機はなく、そもそもマシュもその気になれば酒気など直ぐ様に振り払える。

 ……それに、あのジャンヌ・ダルクも人間だ。

 例え此処が地獄だろうと、僅かに残る微かな日常を楽しむのを私は否定せん」

 

『成る程……まぁ、所長はそう言う所あるからねぇ』

 

「良く言う。だからドクターも口を挟まなかったのだろう?」

 

『気が緩むなら注意するけど、現場に所長がいる限り、ボクが言える叱咤なんてないからさ』

 

「私も同じだ。今のマシュとジャンヌに必要だから、そうしただけだ。手段は少々以上に強引だったがね」

 

『そうだね。それに、この茶番も二度目だし。狼君も何だかんだで、マシュを気に掛けてくれるんだろう』

 

「……―――二度目。成る程。あのアサシン、そう言う気遣いも出来る類のサーヴァントか」

 

『そうだよ。四六時中眉間に皺寄せた仏頂面だけど、そもそもボクが君付けしても、構わぬとか言って許してくれる程度には、気安い人だね』

 

 ……そんな騒ぎも過ぎ去り、数時間。森が生い茂る山間部を進み、日も没する寸前となり、もう夜になる夕暮れの時間帯。

 所長を先頭に、カルデア一行は次の目的地へと歩いていた。

 要である藤丸を中心とし、エミヤは殿となり、忍びは前方を警戒する為に所長よりも更に先へと進んでいた。

 

「す、すみません……本当、もう、本当にすみません……」

 

「いえ、大丈夫ですから。それにオルガマリーにさせる訳にもいきませんし、男性に任せるのもマシュに酷でしたから」

 

「すみません、すみません……すみません……‥」

 

 青い顔をしたマシュが背負われていた。誰が如何見ても、子供が親がするように、あるいは姉が妹にするような―――仲良しこよしなおんぶだった。ジャンヌは寸前に何とか助けだしたマシュを背負い、一切動じることなく森の中を突き進んでいた。

 

「君は、確か毒性には強いと聞いていたのだが?」

 

「その筈なのですが、何故か私の中の英霊さんが酔いは毒判定しませんでした……」

 

「そうか……ふむ。ならば、今のマシュには毒ではないと判断したのかもしれんな」

 

「どう言うことでしょうか、エミヤ先輩?」

 

 時と場合によってさん付けか先輩付けで変わるマシュの呼び方にエミヤは疑問に思うも、今は良いかとそのまま話を続けた。

 

「毒と薬の境界線は、時と場合と容量で決まるからな。今の君にとって、あれ位にまで悪酔いした方が薬となったのだろう」

 

「ほうほう……―――成る程。そう言う考え方もあるのですね。

 隻狼の苦しかった言い逃れも、今のマシュからすれば強ち間違いではないと言うことですか」

 

 マシュを背負うジャンヌが意外そうにするも、エミヤの答えに関心を示した。

 

「事実、精神的にはかなりリフレッシュ出来たと見えるが。違うかね、マシュ?」

 

「あー……うぅ……その、私はぁ―――あ”ぁぁあ”あ”あ”……忘れたいです。フォウさんも心なし、私から距離を取っています……」

 

 現状はそのフォウはマシュから離れ、所長の頭部で丸まっていた。所長も所長であんな性格なので、フォウの行動を普通に許していた。

 

「安心して下さい。誰しも、酒の場で醜態を晒すことはあるものですから」

 

「そ、そうなんですか!?

 あのーでしたら、もしかしてジャンヌさんも……?」

 

「ないですね。精々が嗜む程度でしたから」

 

「ほら、やっぱりそうじゃないですかぁ……―――は!

 もしかして先輩は―――?」

 

「ごめん、マシュ。俺、未成年なんでね……泥酔するまで飲んだ事なんてないよ」

 

「そうですよね。ふふふ……私、私だけ……」

 

 涙は流さなかった。だって女の子だもん、と顔をマシュはジャンヌの背中に隠した。そして、そんな会話を所長は背後から聞きつつ、やはり私の隻狼は最高ねと賞賛する。実際もう余り蟠りもなく、マシュとジャンヌと藤丸は接することが出来ている。所長とてジャンヌの事情は隠しておいた方が良いのは、二人の精神的に良いのは分かっていた。特異点の最後に露見するとは言え、それまでは世界を救う使命感のまま戦えるだろう。

 ……しかし、それは不義理だと思うのだ。

 人が人を殺すが、所長はその立場から、藤丸とマシュに人殺しをさせないといけない。なるべくそうはしたくないが、特異点解決にはどうしてもそうなる場面も在るだろう。

 何より現実は現実として、思考や感情を曇らせず認識し、その上で二人は生き抜いて貰わないと困る。これより七つの特異点で対峙する英霊共に、その手の欺瞞は通じない。一人の人間として戦えぬ者に、英雄が自分から手を貸すことなど有り得ない。

 ならばせめて、そう言う人間に成長させるのが上司の勤め。部下が商売相手と交渉し易い人間性に育てることもまた、オルガマリーの所長としての職務である。

 

(―――主殿……前方に)

 

 その時、傍迷惑な方向で部下思いな上司の脳味噌が忍びの声を拾う。

 

(あら、人ね。確認出来たから、戻って来なさい)

 

(……御意)

 

 念話にて報告を受けた所長は自分のサーヴァントを戻す。確認出来た人影を見て少しだけ思案したが、何の問題はないと判断。情報は多ければ多いほど良く、何よりもこの辺における竜血騎士団の動向も知っておいて損はないだろう。姿が確認しているか、されていないかだけでも分かれば、ラ・シャリテまでの道程も計り易い。

 

「フォウ。ほら、もうマシュの所へ戻って上げなさい」

 

「フォーフォウ!」

 

 所長は立ち戻り、後ろの四人に声を掛けた。

 

「隻狼から報告よ。少しだけ先に、人がいるみたい」

 

「む、そうなのか。すまない。私の千里眼ではこう生い茂った森の中だと、まだ視認できる距離ではないな」

 

「その為の私の隻狼よ。気にすることじゃないわ、エミヤ」

 

「そうか。ならば、それを報告した理由は、その人物と接触するためかね?」

 

「御明察だわ」

 

『現地の住民との接触ですか……うーむ、どうなんでしょうかね。探索する為に情報収集が必要ならいざ知らず、今はもう最低限必要な情報はありますし、ジャンヌ・ダルクからの情報提供で自分達がすべきことも明確になりました。ですから、不用意な干渉は互いに不幸なことになるかもしれませんよ?

 今更なことですが、この特異点の敵陣は故意的に人間の邪悪さが凝縮されているように感じるのですが……所長は、そうは思わないので?』

 

「そうでしょうね。黒幕は特異点維持に、娯楽として残虐性を楽しんでいる節は見られるから。作為的に狂暴な吸血鬼を手下にしているのは明らか。

 ……けれども、気になることがあるのよね」

 

「それって、どういうことですか?

 俺達はもう一人のジャンヌ・ダルクである竜の魔女と、聖杯の持ち主だろうジル・ド・レェを倒すのが目的だって分かったじゃないですか?」

 

「最終目標はそれね。でもちょっと、あの吸血鬼共のことも気になって……ほら、あれって疫病みたいなものじゃない?」

 

 疫病。その単語だけでロマニは所長の思考を把握した。第一特異点として選んでいたが、既に全てが終わっていたも可笑しくない危機的状況であり、だからこそ心配したところでカルデアが来た時点で手遅れでもあった。

 

『―――成る程。確かに変ですね。

 ヴォークルールで集められたのは竜の魔女や騎士団、そしてワイバーンによる被害でしたからね。その辺の情報は、現地を見ないと情報を得られません。しかし、だからこそ……このフランスが、吸血鬼だらけになっていないのは、逆に可笑しいと所長は思ったのですね?』

 

「ええ、そうよ。吸血鬼が手駒に居るなら、聖杯で感染力を増幅させて、そもそもパンデミックを引き起こせば良いだけだもの。ネズミ算に増殖した戦力で、まるでゾンビ映画みたいにフランスをあっという間に吸血鬼の楽園に変えられるでしょう。

 そうすれば特異点修復など出来ないし、我らカルデアは、吸血鬼になった市民を虐殺する必要もあります。其処まで行くともう修復は不可能。この特異点によって人理は完全崩壊していた筈」

 

『でしょうね……―――ふむ、思い付いていないとか?』

 

「まさか。人間を滅ぼすのに、不治の病は最適解よ。それも感染者全てが味方になるなら、これが有効な滅ぼし方だと……あのアッシュ・ワンが考えない訳がない。あの女が傍に居るなら、必ず提案していることでしょう」

 

「……オルガマリー、ジルとあの私はそうしません」

 

 絶対的な確信を持ってジャンヌは答えた。その方法をあのジル・ド・レェが思い付かない訳がなく、復讐の為なら全てを為す竜の魔女が思案しない訳もない。

 

「何故?」

 

「殺したいのです―――この、フランスを」

 

「へぇ……やっぱり、復讐の為かしら?」

 

「恐らくは。あの二人に侵略者から助けられた後、療養していた私には決して煮え滾るような憎悪を見せませんでしたが、この特異点を回ってフランスの現状を知りました。そこから、あの私とジルが何故そうしたのか考えれば、それが答えなのでしょう。

 フランスを、フランスとして―――滅ぼし尽くす。

 ブリテンから来た侵略者を根こそぎ皆殺しにしたあのジャンヌ・ダルクとジル・ド・レェは、それでも憎悪が止まらなかったのでしょう」

 

「復讐者の理念ってヤツなのね。復讐する相手がそうじゃなくなったら、そもそも怨讐も癒えないと?」

 

「理屈としては、ですかね。けれども、私は…………―――分からないんです」

 

 彼女が言わずとも皆が分かっていた。ジャンヌ・ダルクが怨讐を共感出来ないのだと、背負われているマシュは体温と一緒に伝わって来た。

 竜の魔女ジャンヌ・ダルク。自分が理解出来ない人間性で復讐を唄うもう一人の自分。姿も声も一緒で、捻くれた性格だと接してみて良く分かったが、それでも彼女は確かに自分自身であった。なのに何故その自分が、自分には無いモノで戦えるのが分からなかった。

 

「―――ジャンヌさん」

 

「あ、いけませんね。ちょっと湿っぽくなってしまいましたか……で、話を戻しますけど、私は別にオルガマリーに反対はしませんよ。

 私も竜血騎士団の所業は知っていましたが、吸血鬼そのものの危険性を甘く見ていた可能性もありますから」

 

「じゃあ、決まりね。噂話でも良いから、近くの人里で聞いてみましょう。遽しかったヴォークルールじゃあ、その辺の情報は無かったし」

 

 相変わらずマイペースな所長に続いてカルデア一行はその住民を目指して進む。不安事項は一つでも潰すべき、と言う判断に従う皆は迷いなく彼女へと付いて行った。

 そして、発見したのは狩人だった。鬱蒼を生い茂る山間部の森林地帯にて、獣を狩っていた人物であった。カルデアからしても第一村人発見なのでそれなりに気を張っているが、その狩人からしてもカルデアは怪しさ満点。衣装や人種は魔術で誤魔化しているが、それでも漏れ出る雰囲気と言うものがある。

 

「―――おや、こんな山奥で団体さんかい?」

 

「あら……すみません。どうやら、狩りの邪魔をしてしまったようで」

 

 獲物である野生の鹿を射殺し、血抜きしたそれを運んでいる最中の狩人に所長は短く言葉を掛ける。自分の中の狩人像がヤーナム一色に染まっているが、ハンターとは本来こう言う人であることを思い出させる一幕であった。そして、実に見事な気配遮断の技術であり、こうして近くまで寄らなければ狩人の存在感に気が付くことが出来ない程でもあった。

 森に解け込み、自然と一体化する日常。

 当たり前な山暮らしが可能とする狩猟。

 次の目的地であるラ・シャリテに向かう途中のカルデア一行は、この特異点化したフランスでまだ一般生活を続ける普通の人に初めて出会った。

 

「それに、そこの背負われているお嬢さんは……―――ふぅむ。もしかして、具合でも悪いのかい?」

 

「ええ、はい。少し」

 

「そりゃいけないな。御医者様はこの辺にゃいねぇーからな……」

 

 ジャンヌに背負って貰うマシュを見て、その顔色の悪さから危険な状態かもしれないと狩人は判断した。本当はどぶろくを飲み過ぎて悪酔いしただけなのだが、それを知らない者からすれば年頃の娘に死相が浮かんでいるように見えることだ。

 特に、マシュのような儚気な少女であれば尚の事。今直ぐにでも胃の中身を吐き出しても不思議じゃない程の焦燥ぶりで、精神も折れているように見えてしま得るだろう。

 

「……見たところ旅人のようだけれども、そうさなぁ……良ければ、寄るかい?」

 

「良いのですか。此方としては本当に有り難く、是非にでもとお願いしたい所でしたから」

 

「構わんよ。旅の御方達を持て成すのも、また一興」

 

「ありがとうございます!」

 

 完璧過ぎる猫被り。感謝の言葉に裏は無いと錯覚する演技。この女性が流血と臓物を喜ぶ狂った赤子の狩人だとは思うまい。ヤーナムらしい血生臭さも気配から消し去っていた。

 そうして所長の魔術による誘導もあったとは言え、遭遇した一般狩人からは悪くない結果を得ることが出来た。洗脳とは違うが、より好印象を受け易くなる暗示により、人格が善良である狩人は快く旅人だと錯覚した彼らを受け入れてしまったのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 テーブルを囲む所長達。そして、彼がこの六名もの団体客を気を良く受け入れた善良なる狩人であり、その人こそこの家の家主であった。

 

「本当に、本当に、ありがとうございました。我が事ながら、こんな壮絶的に妖しい連中に宿を貸して貰い、況してや食事まで馳走して貰いまして……」

 

「……良いんだよ。困った時はお互い様さ。それに、ちゃんと駄賃も頂いたしね」

 

 夕飯まで頂き、もてなされた食後の間。所長はこの狩人が稀に見る善人であることを実感し、種別としては藤丸に近い人間性の持ち主だと思う。

 理由として、第一に料理に手間を掛けられていた。第二に、カルデア一行六名が座れる簡易的な食事スペースさえ準備してくれた。

 

「ええ、感謝してますからね。なので、マネーに色は付けました」

 

「金に困って無いから、こんな要らないんだけどさ」

 

「良いじゃないの。会って困るモノじゃないんだから貰っておきなさい、アナタ」

 

「そうかな……まぁ、そうだね。これだけあれば、子供が家を出て行くまで金に困ることもないだろう。それに新しいオレ達の子供を育てるのにも、あり過ぎることもないかな」

 

 妊婦であろう自分の妻の腹部を愛おしそうに撫でながら、男は実に幸せそうに客人を持て成していた。

 

「ふふふ」

 

「すみません、奥方。家族団欒の中、失礼させて貰いまして……」

 

「良いのですよ。あの人が招いた御客様ですから、ゆっくりして下さいね」

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 山で遭遇した狩人は世帯持ちであり、妻と子供を養う立場にあった。どうやらこの地域では凄腕の狩人らしく、小さな農村ではあるがお金持ちであるようだ。それでもこの時代、金の使い道が余りない農民でも、金銭はいざという時に非常に重要だ。

 そうして、食事終わりのテーブルを片付けた後、親切な狩人とその妻が部屋を後にした。個室は皆だけとなり、屋根のある場所で食後の会話をゆったりと開始した。

 

「……でも、所長。そのお金、何処で手に入れたんですか?」

 

「何処って、勿論拾ったのよ。何か落ちてたから」

 

「―――――――――」

 

 自分達以外に人がいる家の中、所長が魔術で誤魔化しているとは言え、常識人である藤丸は叫ばないで何とか黙っていた。しかし、状況が許すならこう言う事だろう―――それ泥棒です、と。

 なので、ボソボソと話し込む所長と藤丸。藤丸の隣に座るジャンヌもそれが耳に入り、所長の対面に位置するマシュも同じく聞こえていた。勿論、常人を遥かに超えた聴覚を持つエミヤと忍びも同様だろう。

 

「―――所長、貴女は何を考えているのですか?」

 

「え。何よ、マシュ。そんな子供を叱るお母さんみたいな表情して」

 

 全く以って長過ぎたヤーナム生活の弊害だろう。路上に転がっている屍が宝箱にしか見えないのは、狩人として至極当然の常識でもあった。むしろ、死体漁りが趣味ではないヤーナムの狩人など存在しないだろう。死んだ人間の所持品は自分の物であり、生きた人間の所持品は殺してから自分の物にする。相手が敵対者ならば何も問題はなく、放置される仏様は等しく狩人にとって狩りの恵みに他ならない。

 うんうん、とマシュの言葉に頷くカルデア一行。

 だが一人だけ例外がいた。彼女がサーヴァントとして契約する隻狼と呼ばれる忍びは、大きな銭袋を死体から拾えば笑みが思わず零れてしまうように、所長の気持ちが大変良く分かる。戦国の世、そもそも人間の生首が銭へと換金される人間社会であり、死体漁りは武者の嗜み。忍者もその辺の常識は似たような者。まこと主従揃って倫理観が結構末期状態なのも似通っていた。

 

「良いじゃない。その特異点で使える物資は貴重なのよ。それにこの特異点を解決すれば、自然と元の持ち主に還されるんだし構わないでしょう。

 勿論、私とて倫理的に外法なのは分かっていますけど」

 

「君はそうやって、責められ難い言い訳をするのだな。だが、私も考え方には賛成しよう。元より少数精鋭のゲリラ戦をするしかない現状、使いたくないからと手段を選り好みする訳にもいかないだろう。

 それこそ人命を守りながら戦うとなれば、尚の事。

 死体漁りは些事ではないが、金銭は情報を得るのに尤も手っ取り早く、また信用を得るのも早い手法だ」

 

「……同じく」

 

「みんなリアリスト過ぎる。なら、ジャンヌもそんな考えなの?」

 

「え、えー……まぁ、そうですかね。私も軍隊を率いていましたから、理屈は分かります。

 自軍の戦争維持の為に、侵略者である彼らがフランスの領地から奪い取った財産をまた奪い取り、それで大砲を贅沢に使いましたからね。

 私達も少数とはいえ、国家を滅ぼす程の軍勢を相手に戦争を仕掛けるのです。

 オルガマリーに賛成する訳じゃないですけど、戦争屋をしていた私も同じ穴の狢ですし、自分の目的の為に必要ならば倫理に背く事も目を瞑らないといけない事もあります。戦争中の殺人行為など、その最たるもの。部下を持つ身としてなら、私が彼女の立場なら同じことをするでしょう」

 

「過激派だったのですね、ジャンヌさん……―――しかし、いえ。ならば私も、この特異点で相手に勝つ為の思考回路を勉強しなくてはなりませんね」

 

「いや別に、マシュはそう言うのは考えなくて良いのよ。これはカルデア所長である私の仕事だからしてるだけだし……でもま、吸血鬼は私の考え過ぎだったみたいね。ジャンヌの言う通り、奴らは人理焼却の為に虐殺をしているのではなく、自分達の復讐の為に世界を焼いていると見て間違いなさそう。

 この家の人や、周囲の人から使い魔や魔術も使って“視”てみたけど、パンデミックはフランスで起きてはなさそうね」

 

 狩人の夢に住まう可愛らしい使者。まるで崩れた脳の欠片が人の形を為したような姿が、意志を啓蒙されそうな程に神秘的でありながら、所長にとって精神の一部でもある存在。もはや心象風景である彼等は、こう言う場面でも非常に有効だった。

 

「―――となれば、だ。我々の当面の敵は、竜の魔女一派となろう」

 

「エミヤ先輩の言う通りですね。敵に死徒のような感染タイプの吸血種がいる現状ではありますが、想定される最悪のシナリオとなる訳ではなさそうです。

 けれど竜血騎士を見た雰囲気、話に聞いた死徒ではないと思われますが……所長?」

 

「特異点に元からいたのを利用したのかもしれないけど、どうでかしら?

 死徒は英霊と相性悪いし、主犯格のジル・ド・レェも英霊なので、最初から令呪で命令権がある方を手駒に選ぶだろうからね。敵も英霊で戦力揃えているだろうから多分、そいつは吸血鬼の伝承を持つサーヴァントでしょう」

 

「うーん……吸血鬼って聞くと、ヴラドとかかな。後、ヴァンパイアって小説とか?」

 

「確か、ブラム・ストーカーの小説でしたか。英霊ジャンヌ・ダルク(私の中の私)の知識にもヴァンパイアとその小説の情報がありますけど…‥―――ああ、そう言うことですか。

 英霊としての私が知っているってことは、サーヴァントとして知っているべき座の知識と言うことですね」

 

「だ、そうだけど。エミヤと隻狼はどうなのよ?」

 

「……しかり」

 

「彼女と同意する」

 

「じゃあ、決まり。第一予想は吸血鬼の伝承持ちサーヴァント。第二予想が現地吸血鬼の利用ね」

 

 そう言い切った所長は懐からボトルを取り出し、そのままテーブルに置いた。更にどんなトリックが使われているのか全く分からないが、一切の魔力反応なくグラスを一つ。

 ……トクトク、とボトルの中身をグラスに注ぐ。

 蜂蜜色の綺麗な液体に満たされ、強烈なアルコール臭が部屋に満ちた。

 

「じゃあ、後は自由時間としましょう。朝まで英気を養うように…‥あ。後ね、当然だけど余り親切にしてくれた人達に迷惑を掛けないようにね。カルデアの人間性が疑われてしまいますので。

 けれども、うーん……そうね。隻狼、今日はもう見張りは良いから、暇なら今日は付き合いなさい。酒を飲まなくても良いし、忍具の整備もして良いから」

 

「………御意。なら、主殿……こちらを……」

 

「あらま、おはぎじゃない。どうしたのよ?」

 

「お米は……大事で、ありますれば」

 

「そう。うん、おつまみありがとう。頂くわね」

 

「……は」

 

「ほら、貴方も飲めるなら飲みなさい」

 

「すみませぬ」

 

「真面目ね、相変わらず……けど、まぁ良いわ。ちょっと思い付いた事があるから、今日は貴方の意見も聞かせてね」

 

「御意。主殿……」

 

 洋酒におはぎが合うのか全く分からないが、未知こそ所長が求める神秘。ならば、この知りえなかった知識を得る為に挑戦してこそ狩人の本懐。そんな知的好奇心に満ち溢れながらも、隻狼と自分の戦術について今日の反省をする為、酒を飲みながら所長はサーヴァントと会話を愉しみ始めた。

 

「皆さん、私は少し外の空気を吸って来ますので」

 

「分かったわ。気をつけてね」

 

「はい、ジャンヌさん」

 

「オーケー」

 

「ええ。寝る前には戻りますので」

 

 右目の眼帯を締め直し、ジャンヌはそう断った後に部屋を出た。今日は色々な事で溢れていたので、一人になる時間が欲しかった。英霊としての彼女ならば必要ないのかもしれないが、ただの人間に過ぎないジャンヌ・ダルクは当たり前のように悩み、苦しみ、戸惑ってしまう。

 

「あー……綺麗なお姉さん。どうしたの、トイレ? トイレはあっちだよ?」

 

「ふふ。トイレではありませんよ。ただちょっと、外の空気でも吸いに行くだけです」

 

 良い環境で育ったと良く分かる人懐っこい幼い女の子が、ドアから出て来たジャンヌの元に近寄って行った。自分の父親が連れていた客人が気になって仕方がないと言う様子が一目で分かり、だから彼女も幼子に優しく接していた。

 

「なんで、気分でも悪いの?」

 

「そうではないです。ただ単に、そう言う気分なだけですからね」

 

「うー……そうなの。でも、でもね、この家で困ったら何でもわたしに聞いてね!」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「うん!」

 

 カリスマ性に溢れた聖女に惹かれるのも無理はなく、同じくカリスマに裏打ちされた言葉に逆らう気など子供に湧く訳もない。ジャンヌに頭を撫でられた子供は元気に返事し、外に出たいと言う聖女の行動を阻まずそのまま離れて行った。

 

「あら、どうしかしましたか?」

 

「すみません。少し外に出たいのですが……宜しいでしょうか」

 

「大丈夫ですよ。入る時は扉をノックして下さいね」

 

「感謝します」

 

 玄関の閂を引き抜き、狩人の妻はジャンヌが外に出る事を許した。そもそもの人間性が善良である為か、世間体など関係無く本当に面倒だとも思わず、何ら問題なく玄関から外へ出た。

 

「――…………はぁ」

 

 兎にも角にも疲れていた。肉体的にも、精神的にも、限界はまだまだ遠いが休憩が必要だった。樹の一本に背中を預け、顔を上げて月と星が輝く夜空を見て、しかし思考回路はまるで晴れない。ジャンヌは意図的に溜め息を吐いたが心の底に溜まり固まる澱は消えず、泥沼となって精神を黒い世界に捕えていた。

 

“さて、取っ掛かりには辿り着きましたが。けれども、カルデアですか……”

 

 信用はしている。啓示もしている。だが、やはりまだ信頼には達していない。藤丸は裏表のない善人で、あの場で見ず知らずの人々の為に命掛けで戦え、ジャンヌにとって既に恩人でもある。マシュも接してみた限り、精神が限界の瀬戸際に立たされながらも、それでも逃げず懸命に戦っている少女であった。

 この二人は信頼して良いだろう。エミヤと隻狼も、そうして良いと直感している。

 しかし、オルガマリー・アニムスフィアは決して信頼してはならない。そう自分の中の第六感覚が訴えている。通信をしていたロマニ・アーキマンが怪しかったように、オルガマリーもジャンヌには怪しく思えたのだ。人理焼却を解決して人類史を救おうとしているのは本当であるのだろうが、それとまた別件で罪を犯している。しかし、今は大事の前の小事。探りを入れて相手から自分が不信感を覚えられるような事をする必要はないと思い、彼女は敢えて危機感に目を瞑った。

 

「……悩み事かね」

 

「エミヤ……ですか。私に何か?」

 

「いや、用は無いのだがね。ただ話をしておきたいと思っただけだ。今は大丈夫かな?」

 

「ええ……はい、大丈夫ですよ」

 

「ふむ。そうか、では――――」

 

 憐憫とは罪ではない。無論、悪でもない。エミヤがその情を抱くのも無理はなかった。生前の自分と同じ誰かを見れば、その先に待ち構える未来は一つしかない。言わなくとも良いが、告げずにはいられない。

 ―――死だ。

 抱いた理想が重石となり、絶望に溺れ死ぬ。

 救いたいと言う願望が人を人以外の何かへと至らせる。人間性の化身とも言えるアレは、そんな人間が人間を救う為に力を貸す機会を見逃さない。

 

「―――契約したな?」

 

「…………………っ―――」

 

「ならば、ジャンヌ・ダルク。君は選んでしまったか」

 

「―――……貴方も。エミヤはもしかして、そうなのですか?」

 

 不可思議な話だった。特異点に同一存在が同時存在する矛盾に対し、更にその人物同士が一体の存在として生きている現象。英霊の座にいる自分は同じ魂でありながら別個の存在な為、生前と死後の自分が同じ世界に居ようとも抑止の対象にはならないが、それならば別に英霊として召喚されるのが普通だろう。

 ならば、からくりは一つだけ。エミヤの経験上、生身の人間が願わねば、そうはならない筈。だからエミヤシロウは見逃せなかった。

 

「ああ。だから、言っておこう。その先は―――地獄だぞ」

 

「分かっています。けれど、それでも私は―――後悔だけは決してしません」

 

「そうか……―――」

 

 せめてもの救いは、此処が特異点であると言う事か。契約とは言え、守護者に堕ちる訳ではない可能性がまだ存在する。そして、ジャンヌ・ダルク自身が人々から信仰を得る聖人であると言う人類史上の事実。守護者として座が存在しているのではなく、既に正規の英霊としてジャンヌ・ダルクと言う概念が座に居場所が在るのだろう。

 

「―――ならば、良い。私とてこれ以上、何かを言える立場ではないからな。

 だが今の君は人間であろう。なるべく早く、家に戻って休み給え。自分の命を使い潰す気でいるのだとしても、今はまだ自分自身に優しくするべきだ」

 

「そうですね、エミヤ。分かりました」

 

 返事を聞いた彼は表情を変えず、それ以上何も言わず、今日の宿となる家に戻って行った。マスターや所長に指示された訳でもなく、カルデアの管制室も周囲を警戒しているが、彼は自主的に弓兵の千里眼を生かした見張り番に戻って行った。

 

「…………生きるって、苦しいですね」

 

 そんな独り言を漏らし、ジャンヌはまだ一人で居たいと心の中で弱音を吐いた。

 





















 狼さん、恒例の飲酒イベントは魔酒が最初でした。戦国時代出身なので、子供に御酒はどうかという常識はありますが、忍びリティ的に十を超えればもう成人として扱います。しかし、現代常識もちゃんと与えられているので、今はそうだから止めておこうと思いつつも、自分の時は大丈夫だったしまぁええやろとも思っています。
 読んで頂き、ありがとうございました。
 次回は竜血騎士団心得、エンジョイ&エキサイティングな更新目指して執筆します。

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