血液由来の所長   作:サイトー

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 ここまでが第一特異点のプロローグ的な話でした。今回から漸く、敵側の主戦力であるサーヴァントと遭遇していく話となります。


啓蒙19:焚街のラ・シャリテ

 血塗れになった髪を洗い流し、傷口を洗浄し、魔術による霊媒治癒を施す。人にして貰うよりも、この中では一番自分が巧いからと、マシュは自分自身の手で頭部の怪我を魔術で素早く治療していた。

 ……グルリグルリ、と包帯を頭に巻く。

 大丈夫だと言ったが、それでも彼女の先輩は心配だからとマシュに白く清潔な包帯を使った。こう言う時のエミヤの投影魔術は非常に便利であり、この包帯は礼装でもあるらしく、治癒力を高める効果もあるのだとか。

 

「痛いところはない?」

 

「大丈夫です」

 

「本当に?」

 

「フォウ?」

 

「いえ、本当に大丈夫ですから。先輩もフォウさんも心配症ですね」

 

「そうかなぁ……んーじゃあさ、もし俺が頭部から血を流して顔面血塗れになった後、大丈夫だから平気と言ったら信じるかい?」

 

「―――……すみません。実はまだ少しだけ違和感があります」

 

「宜しい。まだ動かないで、休んでいようね」

 

「分かりました。そのー……分かりましたので、もう起きあがっても良いですよね?」

 

「ダメ」

 

「うー……っは、所長。所長からも、先輩に言って下さい!」

 

「藤丸。分かってると思うけど、その娘って結構自分の体を蔑ろにするから、貴方がマスターとしてちゃんと体調も察して上げなさいね。管制室もモニタリングしてるけど……まぁ、現場じゃないと分からない事態もありますから」

 

「了解しました、所長!」

 

「任せたわ、藤丸。それとフォウもね」

 

「フォウフォ!」

 

「そんな!」

 

「そんな?」

 

「な、なんでもありません、先輩……」

 

 地面に引いた簡易的な寝袋の上にマシュは横たわり、藤丸はそこに付きっきりだった。フォウなどマシュが動こうとする度に頬っぺたを前足で押し、絶対安静を維持させる気満々だった。そして、ジャンヌはそんな光景を見つつも地面に座り込み、その背中を近くの樹に預けていた。

 

「大丈夫かね、ジャンヌ・ダルク……―――いや、すまない。軽率な問いだったな。質問を変えよう。

 今はまだ、此処で休むかね?」

 

「平気です。けれど、少しだけ……まだ休みたい気分です」

 

「ああ、それで良い。マシュと同じく、君はサーヴァントの神秘を宿した人間に過ぎない。無理は禁物だ。私の方も正直な話、英霊ではなく人間としてジャンヌとは接して貰っている」

 

「そうですか。私は貴方の真心に感謝しかありませんけど……―――あ、いえ。何でも有りません」

 

「繰り返すが、すまないな。君にとって私の気遣いは要らぬお世話と感じるかもしれないが、こう言う会話も偶には必要になる。相手が私ではつまらないかもしれないだろうがな」

 

「そんなことはありません……本当に、感謝しかないんですよ?

 だって不意に叫んで涙を流したくなる感情も、こうやって人と話している間は、感じずに済みますから」

 

「そうかね……」

 

 オルレアンから派遣された騎士団を鏖殺し、カルデアは数十分の休憩に入った後。焚火を起こしながら、エミヤ製の保存食を食べつつ、各々が顔を合わせながら話を繰り返していた。中でもマシュは正直、忍びの所為で知ってしまった酒の魔力をもう一度味わってストレスを減らしたいと思っていたが、ここは我慢のマシュ・キリエライトと飲み水を喉に流し込む。

 また保存食には、あの家で貰った鹿肉や猪肉もある。

 獣肉の大量狩猟だけを考えれば飛竜(ワイバーン)も良い獲物なのかもしれないが、アレは食人を行う雑食生物。流石に腹が減ったからと、人間や吸血鬼を食べたかもしれない竜の肉を食べる気にもならず、錬金術を使って毒素を浄化しても人体にどんな影響が出るかも分からない。エミヤも野生生物を食べて成長したワイバーンのジビエ料理なら興味も湧くが、戦争利用されて人間を食べるよう調整されたワイバーンには料理人として何の関心も湧かなかった。

 

「ジャンヌ―――……一つ助言と言うか、老婆心みたいなことだけどね」

 

「どうしましたか、オルガマリー。そのように改めまして?」

 

「次のラ・シャリテだけど―――マミーが居るんでしょう?」

 

 物凄い真顔でマミーとか言う所長に藤丸は少し吹き出そうになったが、シリアスな場面っぽいとまるで世界を救うと決めた青少年のような自分流の格好良い表情を維持。彼のコミュニケーション能力の高さは、こう言う場面でも遺憾なく発揮されたが、しかし所長もまた瞳の啓蒙家。あいつ、後でシメルと藤丸の内心を察した彼女は人類最後のマスター育成計画を改竄しつつも、母親をマミーと呼ぶ所長に対してふざけずに真面目一辺倒なジャンヌと会話を続けていた。

 ……何となく、そんな雰囲気を忍びは察していたが無愛想なまま柿を齧る。うまい。カルデアの食糧庫から懐に幾つか隠し持って来たが、彼は柿が好物で、何故か手頃な果実は柿しか持ってこなかった。そして、米を炊かずともボリボリ食べる薄井の忍びなれば、その柿もまた皮を剥かずにそのまま林檎のように丸齧りだった。

 だがそんな忍びを見たマシュは、機会があれば自分がちゃんと皮を剥いて上げようと寝転びなから思う。エミヤも同じ思いではあるが、皮も楽しむ彼の果物生活は嫌いではない。

 

「…………はい。けれど、良く分かりましたね」

 

「藤丸が助けたあの女性って、何となく貴女にとって特別な人なように感じられてね。人が人に向ける感情には、ちょっとだけ私は敏感なのよね。

 だからね、その……んーとまぁ、何と言うのかしらね。うん……―――」

 

「………ええ?」

 

「―――今度は、会話をしておきなさい。

 家族ならそうしておくのがね、結局はどんな思いがあってもベストなのよ。私も今となれば、もっとパピーとは話しておけば良かったって思うもの。

 死んでからじゃ、何もかもが遅くなるのですからね」

 

「貴女は、父親との別れに後悔しているのですか?」

 

「いや、全然。私のパピーって魔術師らしい非人間だったから、娘を残して自分が死ぬのも構わないとでも考えてる男だったからね。

 それに娘の私よりも、パピーとはロマニの方が仲良しだったし~?」

 

『そう言う言い方されますと、ボクがまた誤解されてしまうのですが……?』

 

「良いじゃないの。ほら、あれよ、私のそれ何て傍から見れば、実に可愛らしい嫉妬心みたいなものじゃない?」

 

『その自覚があるから性質が悪いです。良いですね?』

 

「はいはい。部下の希望は所長としてちゃんと聞いておきますよーだ」

 

『ほら、直ぐそんな態度を取ります。マリスビリーも心配はしていたんですから』

 

「分かりました。今から気を付けます……―――で、ジャンヌ。まぁ、そんな感じよ。さようならって言うだけでも、向こうも貴女の意志が分かりますし、貴女も母親と同じ感情を抱けるようになります。

 こう言うのは、何だかんだで心理的には侮れないわよ?」

 

「―――……はい。そうですね」

 

 ジャンヌの中にいるジャンヌは眠っているが、それでも彼女の感情が消えた訳ではない。火刑に処されて死ぬ前、聖女にも思い残しは沢山あった。屍の山を築いてきた身として、敵に殺される事は受け入れてはいたが、家族に対する想いが消える訳がなかった。

 それを思えば、自分はまだまだ幸運な方なのだろう。

 一目だけとは言え、母親にはヴォークルールで出会う事が出来た。

 けれども、それだけじゃダメだとは所長は告げる。結末は良くも悪くも定めっているのだろうが、その過程は如何様にも変えられるのだから。

 

「ありがとう。もし会えたら、そうしてみますね、オル―――」

 

 ―――死ね。

 

「―――ガマリー……?」

 

 ―――死ね。

 ―――死ね。

 ―――死ね。

 剣に切り刻まれて、死ね。槍に串刺されて、死ね。弓に射抜かれて、死ね。竜に轢かれて、死ね。魔術に唱われて、死ね。秘技に断頭されて、死ね。狂気に潰されて、死ね。

 憎悪に焼き尽くされて――死ね。

 復讐を誓うは我に在り。怨嗟に在り。

 侵略者に私を売った奴らを許さない。

 殺せ。殺せ、殺せ、ただ殺せ、ただただ殺せ。

 死に穢れた従僕共、もはやアナタ達は戻れない。

 血を喜んだ人獣共、決してアナタ達を英雄には戻さない。

 呪いに沈む罪人共、苦しむアナタ達が人を犯す罰となりさい。

 化け物と成り果て、共に殺戮を謳歌致しましょう。植え付けられた私の憎悪のまま、暗い魂となって罪深い奴らを根絶やしに致しましょう。

 だから、あの街を焼き払いなさい。

 英霊の矜持である宝具で、人の命を壊しなさい。営みを壊して、私にアナタ達の人間性を捧げなさい。街を篝火に変えて、世界を悲劇で満たしなさい。

 さぁ―――楽しい焚火の時間です!

 私が全てを赦します。あの薄汚い獣らを、一匹残さず焼き尽くしなさい。

 

「これは……ッ―――まさか!?」

 

「あら、貴女も分かったのね。成る程、それが啓示かしら」

 

「オルガマリー、貴女も……?」

 

『なんだこれは……これは、まさか―――皆!?

 数km先で巨大な生命反応を感知した。場所はラ・シャリテ上空だ!』

 

「急ぎましょう、ジャンヌ。奴らがやっと私達の前に来るわ。マシュ、藤丸は貴女が運びなさい」

 

「はい!」

 

 走り出すジャンヌに続き、所長も走り出す。咄嗟に他のメンバーも続くが、藤丸の足ではサーヴァントには追い付かない。マシュは自然とマスターを負ぶさり、エミヤと忍びは周囲を警戒しながら追い続いた。

 

『ですが所長、これはもう間に合わない。そこから恐ろしい魔力反応が、これじゃあ街なんて吹き飛んでしまう!?』

 

 走り出す所長にロマニは警告を発した。彼はこれが罠だと分かっていた。恐らくは何かしらの手段であちらも所長達の居場所を探る方法を有しており、ラ・シャリテと言う街を囮に誘い出しているのだと考えていた。

 

「そうでしょうね。だから……そいつらはね、誘っているのです。魔力も存在感も隠さず、来なければ皆殺しにすると」

 

『だったら……!』

 

 同じ考えを所長はしている。だから、ロマニには所長がジャンヌを急がせた理由こそ分からない。

 

「ならば、尚更。もし間に合わないのだとしても、私は此処で死ぬ人を見届けないといけないのよ。相手の戦力も知らないといけませんし、ここは引きどころじゃないわ」

 

『……ッ―――この……はぁ、良いです。管制室、全力で支援します!』

 

「お願いするわ、ロマニ」

 

 それを言われると何も言い返せない。ロマニはなるべく危険な場面に遭遇して欲しくないと考えているが、この所長が必要だと感じたのであれば、それは自分達が生き残る為に必要となる因果の一つになるのだろう。

 そして、ジャンヌは走っていた。悪寒に支配された意識を何とか動かして、傷だらけの体を酷使して、彼女は止まってはならないと疾走した。そうしなくてはならないと、喘ぐような呼吸で息をしながら森を走り抜けた。

 

「間に合って。お願い……お願いだから、間に合って……ッ――――!」

 

 ―――ジャネット!

 ジャネット何でしょう!?

 

「―――……!」

 

 ジャンヌの心にそんな言葉が聞こえて来た。脳裏に啓示が刻まれ、遠く離れた“あの人”の叫びが聞こえてしまった。それと同時にやっと森を抜け出し、目的地となるラ・シャリテの街が見える場所に辿り着いた。

 瞬間―――ジャンヌに天から示しが啓かれる。

 そんな事は信じられないと自分の第六感を無視したいのに、眼前に広がる光景が答えを示していた。

 

「……ぁ」

 

 ――――黒い竜が、居た。

 街の上空に巨大な邪竜が悠然と浮び、数え切れない飛竜が飛んでいた。

 

「ファブニール……―――闇喰らい、ファブニール?」

 

 頭に浮かんでしまった啓示を信じられず、茫然としてしまったジャンヌの耳に所長の声が響いた。直後、その言葉が正しいことを感じ取り、滅びの啓示が今より始まるのだと分かってしまった。

 ―――おぞましい領域にまで高まる魔力。

 神が遣わせたと告げられれば、そう信じるしかない存在感。

 見ているだけで心臓が握り潰されそうな圧迫を、その竜は空を飛ぶだけで周囲に与えていた。

 

『なんだ、何なんだこの巨大な竜は……あ―――口腔部の魔力反応が増大!!!』

 

 笑っていた。黒い女が竜の上から、街を―――あの女の、そして自分の母親を、見下ろしながら嘲笑っていた。黒い女は自分の中にある記憶と変わらない母の姿を見て、少しだけ痩せ細っていると考え、それ以外に思うことは無かった。

 ―――死ねば、良い。

 思い浮かぶ感情は一つもなく、感慨など欠片も無い。もはや少女にとって家族など、本当にただのフランス人に成り下がっていた。

 

「せめてもの冥途の土産です。派手にあの街を終わらせて上げなさい。私のフランスに逃げ場などないのだと、教えてあげなさい。

 殺せ、ファブニール……―――何もかも!

 あははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

 

 黒い太陽みたいだと全員が思った。黒い闇色の炎なのに、その光は日の光よりも暗く眩しい火の極光だった。空に浮かぶ邪竜は世界を塗り潰し、暗い息吹がこれから人間が死ぬのだと告げていた。人間と言う生命体にそもそも命の尊厳など存在しないのだと、邪悪な輝きが魂を照らしていた。

 ゴォア、と一瞬で炎が凝固。

 何も出来ずに全てが終わる。

 ジャンヌは、マシュは、そして藤丸はこれから起こる惨劇を正確に思い浮かべ、内より湧いた絶望が貌を悲痛に歪ませた。

 

「やめ……やめなさい―――」

 

「駄目です、行っちゃ駄目ですジャンヌさん!」

 

 走ろうとしたジャンヌをマシュは咄嗟に止めた。あれは駄目だと、自分達ではもうどうにもできないと分かってしまった。収束する魔力量はあの洞窟で戦った騎士王のエクスカリバーを超え、背筋を凍らせる危機感はデーモンスレイヤーと所長が呼んだあの騎士に迫る程で、斬り落とされた所為で義手を付けたもうない筈の左腕が幻痛で疼く脅威だった。

 そして、それを止める人はいなかった。

 この距離から街を守る手段はなく、空を飛ぶ竜を攻撃する手段を用意出来ない。弓兵であるエミヤも竜の鱗を貫く宝具を固有結界から咄嗟に取り出し、呪文を唱えて投影魔術を展開し、弓に備えてその宝具の真名解放しようと論理的に行動しようとしたが、冷徹無情な心眼が不可能だと彼に告げていた。一秒後に街へと訪れる死に、もはや何もかもが手遅れだった。

 

「――――やめてぇっ!!!」

 

 哀れなる聖女の叫びを合図とするように、黒い光帯が街を両断した。そして、それでも邪竜は火炎の放出を止めず、黒炎の閃光を縦横無尽に振り回して街を焼き刻んだ。まるで幼子が初めて握った包丁で野菜を切り刻むように、不必要なまでに殺して、殺して、焼き殺した。誰かに見せつけるように、黒い極光がラ・シャリテを蹂躙した。

 直後―――黒い火の玉が放たれた。

 曲線を描きながら黒球はバラバラに焼かれた街の中心に落下。

 

「…………か」

 

 ジャネッ―――

 

「母さん……っ―――!」

 

 一瞬でこの特異点から消滅したラ・シャリテ。邪竜の息吹で焚かれて燃え尽き、その炸裂する炎の中から声が聞こえた。断末魔になった思念をジャンヌは、啓示として悲鳴を聞き取ってしまった。

 ヴォークルールで救えた筈の……母親の―――声だった。

 竜の黒い火球はジャンヌの前で今尚も轟炎となって街の残骸を燃やし、まだ足りないと街を燃やしていた。

 

「ジャンヌさ―――」

 

 声を掛けないといけないと思った。藤丸は何を言うべきか何も分からないが、目の前で母親を失った彼女にどんな言葉を掛けないといけないのか全く分からなかったが、それでも自分が言うべき事があると直感して口を開いた。

 けれでも、そんな彼の決意も無駄になる。敵が、もう其処まで近付いていた。

 

『―――敵襲だ!

 奴らが直ぐにでもこっちに……皆、早く準備してくれぇ!』

 

「もう遅いわ。来たようね」

 

 眼前に炎に暗く染まった少女が一人。

 

「あら。久しぶりですね、生きている私―――ジャンヌ・ダルク」

 

「もう一人の私、ジャンヌ・ダルク……ッ―――!」

 

 黒い少女は―――ジャンヌ・ダルクだった。気配は澱み、内臓のように血生臭い存在感で、感じ取れる意志が全て暗く塗り潰れているが、どうしようもなくジャンヌ・ダルクに他ならなかった。見ているだけで呪われそうで、おぞましさを人型にした女だと藤丸は思った。

 紛うことなくジャンヌなのに、聖女からは程遠い。ドッペルゲンガーよりも性質が悪い現実に、そして目の前で起きた惨劇の事実に、彼は戦場に意識を集中させるだけで精一杯だった。

 

「ねぇ私、どうでしたか。私の可愛い邪竜ちゃんは、とても元気に殺してくれたでしょう?」

 

 そして、ジャンヌは先頭に立った。話がしたいと手で皆に示し、今にも人の頭部を手に持つ旗で叩き割りそうな気配で、自分と全く同じ顔をした女と相対した。

 

「……」

 

 黒い聖女(ジャンヌ)はジャンヌ以外を意識にさえ入れず、淡々とした口調で語りかけている。

 

「何故、貴女はあの街を……燃やしたのですか?」

 

「親愛なる私の疑問ですからね。良いです、答えましょう。まぁ、とてもシンプルな疑念を晴らす為だけの殺戮でしたのでね。

 人理の奴隷に過ぎない英霊に成り下がったあのジャンヌ・ダルクに魂を乗っ取られた……哀れで、悲しい、可哀想な私でも納得出来るでしょう」

 

「何故ですかぁ……!?」

 

 相手の精神を逆撫でする口調。今のジャンヌは追い詰められており、冷静に相手と対話するなど不可能だ。況してや、怒りを抑えるなんて出来る筈がない。

 

「ふふ……―――私がこうして“私”として甦り、何を感じるのか?

 果たしてこんな様になった私が、確かに私を愛してくれた人に再会した時、何を考えるのか……」

 

 激昂する自分に、黒い女は存在感に不釣り合いな笑みを浮かべた。正に聖女と呼べる慈しみに笑みで、幼い妹の面倒を見る姉みたいな表情で、邪悪な呪いを口にする。

 

「……まさか。そんな、そんな程度の事の為に!?」

 

「復讐の為に甦ったと言うのに、私はどうやら下らない記録に囚われていました。暖かい平和、穏やかな日常、確かに私を愛してくれた家族。そして、戦争で人を殺してでも故郷を救いたいと決めたあの決意。

 けれども―――もう自由。

 全てはジャンヌ・ダルクを捨てる為でした。そんな程度の事の為に、私は私の前で母さんを焼きました」

 

 自分を捨てる為に、自分の母親を殺した。ジャンヌ・ダルクがそれを望み、殺戮を求めて家族ごと皆殺しにした……してしまった。

 気が狂う程の、何かがジャンヌの脳を蝕んだ。

 心がグチャリグチャリと掻き乱され、焦げた瞳から血を流すのを止められなかった。狂気が身の内から生み出て、思考回路に流れ出て、いっそのこと狂ってしまいたかった。

 

「そんな……だって、それじゃあ、じゃあ……わた……しがぁ―――」

 

 力が抜ける。体を支えられず、膝から崩れ落ちる。啓示は一切の呵責なく、ジャンヌ・ダルクと言う聖女に答えを魂に刻み込んでいた。心に逃げ場がない彼女は、目を逸らすことも許されず、眼前の真実を天によって教え込まれてしまう。

 原因が―――……自分だった。あの自分が凶行に走った理由が自分に他ならないと、ジャンヌは見抜いてしまった。天に住まうとされる人間を超えた上位の何者かは、聖女に真実だけを教え導く。

 

「―――私が、元凶……?」

 

「その通り。人理等と言う化け物の傀儡に乗っ取られた貴女を見て、貴女を救った私達から逃げたジャンヌ・ダルクを知って、私は私が怖くなった。救われて生きている私が……復讐に堕ちた私に救われるべき私が、聖処女なんておぞましい者になり果てるなんて……あぁ、気持ちが悪い。

 私が焼くと決めたこの世は、醜いにも程がある。

 だから、今度はジルではなく―――私が私を、救いに来たのです」

 

 地面を踏み砕くように、黒い聖女は自分ともう一人の自分を嘲笑いながら進む。

 

「だから……さぁ、ジャンヌ。私の手を取るのです。英霊に堕落した醜い自分を捨て去って、血に穢れた記憶を消し去って、貴女は一人の人間として救われましょう。

 そうすれば貴女はあの城の中で、人理では許されなかった生き方を送れるのですから」

 

「ぁ……う、あぁ……私は、それでも―――」

 

「成る程、まだ足りないのですか。ではジャンヌ、教えなさい。後、何人虐殺すれば、貴女は貴女の救いを求めるのでしょう?

 焼かれた目から血涙を流してまで、もう苦しむこともないのですよ?」

 

 本気であることを、ジャンヌはジャンヌに示していた。どんな過程を経るのだとしても、この国の奴らを復讐の為に皆殺しにするならば、更なる報復の為に殺し方など拘らない。もし殺し方を変えるだけで取り戻せるなら、ジャンヌは躊躇わず復讐を果たす手段を工夫しよう。

 爛々と煮え滾る憎悪を瞳に内に燃え上がらせ、黒い聖女(ジャンヌ)は口を恨みのまま笑みの形に歪ませた。

 

「―――貴女は……(アナタ)は、私に何を望むのです」

 

「聖女に、憎悪を。

 故国に、殺戮を。

 そして、我ら二人に悲劇の喝采を」

 

 呪い声が聞こえる。ジャンヌは、黒い自分が唄う憎悪が脳を犯すのを止められない。

 

「あぁ……けれど、けれどね、貴女には憎悪がありませんでした。長い間を城で接していて、私は私の在り方を十分に理解しました。あの腐れた拷問官にさえ、哀れみを向けているのが分かってしまい、気が狂いそうでした。

 ―――有り得ない、と。

 憎悪を抱けない事こそ哀れなのだ、と。

 私は、このもう一人の私(オルタナティヴ)はそう在れかしと望まれた故に、そう狂った憎悪を持って呼び出されましたが、生前の私は違います。勿論、英霊に堕落した私は聖者として更に狂い、醜い人間共から信仰を受けた聖なる魂をジャンヌ・ダルクとして完成させたアレなど、吐き気さえ催す聖者なのでしょう」

 

「英霊化した私が、聖処女だから……?」

 

「ええ、そうです。だから、アラヤに魂を囚われた私を解き放つには、私の憎悪がなければならないのです」

 

 黒い憎悪に染まる魔女の旗。それをジャンヌは見ただけで、その怨念の深さを彼女と同じ魂で悟り、彼女が唄う怨讐に共鳴してしまった。焦げた瞳から流れる血の涙が黒く汚れ、茫然と膝を地面に突きながら、彼女は違えてしまった自分自身(ジャンヌ)を見詰める事しか出来なかった。

 人間性が変わり逝く。

 人間から獣に心が変貌する。

 人間として流す赤血が黒泥に穢れる。

 もはや聖女としての護りも祈りも無価値となった。竜の魔女は旗の聖女は確かにジャンヌ・ダルクで在り、繋がる心が避けられない悲劇を生み出す感情の本質だった。まるで臍の緒が繋がった親子のように、聖女は魔女であり、魔女こそ聖女であった。

 

「世界は悲劇でしかないのです。私のフランスこそ人間性を捧げた獣の楽園。そんな獣を統べる王に玉座など不必要。呪われた貴女(ワタシ)は、侵略者を虐殺して、フランスの王家と貴族を抹殺して、故国を炎で殺戮しました。

 だからこそ、貴女は救われぬ自分に救いを求める程に―――復讐の火に、絶望を焚べなさい」

 

「……ぁ―――ク、あぁああああああああああ!」

 

 まだ壊れていない左目から、色の無い涙が出てしまった。彼女は狂った頭を両手で抑え込み、焦げた黒涙と冷たい悲涙が両目から流れ出た。

 ―――呪え。

 ―――恨め。

 ―――憎め。

 ―――殺せ。

 ―――犯せ。

 ―――焼け。

 ―――潰せ。

 ―――砕け。

 絶望を憎悪に焚べよ。人間性を復讐に捧げよ。

 残虐に限り無く、邪悪に果ては無し。憎悪無くして復讐は無く、殺意無くして怨讐無し。火刑無くして魔女は生まれず、戦争無くして聖女は現れず。狂気は神の啓示なく刻まれず、怨念は人の啓蒙なく示されない。殺す、死ね。死なして殺して、憎悪が更なる憎悪の呼び声となって、復讐が怨讐を生み出した。

 全てが―――フランスで行われた全てが、ジャンヌからジャンヌに流れた。

 殺された被害者ではない。怨嗟の声が呪いになったのではない。被害者を殺し尽くす加害者の歓喜が、邪悪によって復讐を果たす魔女の快楽が、ジャンヌ・ダルクを汚染した。

 ―――嬉しかった。

 ―――愉しかった。

 人を殺せることが楽しくて堪らない。

 楽しいのが悲しくて死にたくなった。

 怨嗟による苦痛と、憎悪による歓喜。

 人を殺すことを尊ぶ復讐の喜怒哀楽。

 竜の魔女(ジャンヌ)旗の聖女(ジャンヌ)を呪い、祝い、穢し、慈しんだ。どうか救いを求めない自分が、救われたいと懇願する程の絶望に心が沈むよう人間性を尊んだ。

 

「もうやめてぇ……!」

 

 既に、耐え切れなかった。最初から、止めておけばよかった。後悔するのなら、この拳を振り上げておけば良かった。

 ドン、と地面が震える程に盾を叩き付ける。マシュはもう駄目だった。

 ジャンヌに暗い笑みを向けるジャンヌと対峙し、そしてジャンヌを絶対に護ると鋼鉄の意志を抱いて立ち向かった。

 

「……誰ですか、貴女。邪魔しないで」

 

「マシュ・キリエライトです!

 貴女に、ジャンヌさんにそれ以上はさせません!!」

 

「まだ何もしてないですから。だから、先程まで私が私と会話をするのを黙っていたのでしょう?」

 

「それでも……ジャンヌさんにとって貴女が特別なのだとしても―――絶対に!!」

 

「………マシュ?」

 

 自分を守る少女の後ろ姿。直後―――銃声、剣戟、破裂音。所長の銃弾が弾け、エミヤが投擲した双剣がぶつかり、忍びが放った瑠璃手裏剣が敵影を貫いた。

 

「ジャンヌ。俺たちが今は居る。だから、一緒に戦おう!」

 

「立香……けれど、私は―――」

 

「―――それでも、俺たちは味方だから」

 

 隠し切れない体の震えと戦いながら、それでも藤丸はジャンヌと共に戦うと宣言した。ジャンヌの肩に置かれた藤丸の手からは人の温かさと一緒に、眼前の死に震える彼の恐怖心も伝わった。

 どうしよもなく、それが心強くて切なかった。

 涙が止まる程に嬉しくて、だからまた涙を流してしまいそう。

 

「ハァ……だから、言ったと思うのだが。不意打ちに気をつけろとな」

 

「ふふふ。だから貴女を信じていたのですよ、セイバー」

 

 そして、三人の攻撃を防いだ竜の魔女とその従僕共。セイバーは竜騎兵として持つ銃弾で所長の水銀弾を空中で撃ち弾き、エミヤが投げた双剣は弓から放たれた獣の矢よって粉砕され、忍びの手裏剣は侍が振う長刀が完全無欠に至った剣術で受け弾いた。

 眼前のソレらこそ狂わされた人型の闇。

 オルガマリーの啓蒙(インサイト)は―――全てを見透かした。

 

「―――……人間性(ヒューマニティ)?」

 

 サーヴァントなのだろう。それは間違いない。なのにソレらは人の形をしているように、本物の人間に他ならなかった。生きている人間だった。死んでいるのに、呼吸を繰り返す生きた屍人形だった。

 黒い老人――セイバー、デオン。

 獣の狩人――アーチャー、アタランテ。

 騎士団長――ランサー、ヴラド三世。

 伯爵夫人――アサシン、カーミラ。

 水の聖女――ライダー、マルタ。

 甲冑騎士――バーサーカー、ランスロット。

 竜殺剣豪――アサシン、佐々木小次郎。

 フランスを死に染め、血に沈め、火で満たす殺戮者―――ヒューマニティ・サーヴァントが、黒く焦げた空から魔女の元へと具現した。

 

「随分と、懐かしい姿ですねぇ……」

 

「―――――……」

 

 灰と神。即ち、アッシュ・ワンとネームレス・キング。遅れてその二人がワイバーンから慣性を無視してゆっくり降り立ち、自然と魔女(オルタ)の横へと並んだ。

 ――――死。

 女と巨漢は敵だけを見ていた。

 オルガマリー・アニムスフィアだけを、如何殺そうかと静かに視ているのみ。

 

『なんだ、あの男。何故だ有り得ない、こんな事は……所長―――!?』

 

「何よ、良い情報でしょうね?」

 

『あれは、神です。本物の神霊で……英霊を超えている!』

 

「成る程。だったら、神そのものじゃないのね?」

 

『ああ、そうだ。英霊以上だけど、まだギリでサーヴァントの範疇さ!』

 

「……じゃ、それとディールは私で何とかするわ。隻狼は、あっちの佐々木を殺しておいて」

 

「御意」

 

「それと藤丸、命令です。戦力差を覆しなさい。貴方にだけ許されたカルデア最後の奇跡を、その身で起こしなさい」

 

「……了解、しました――――ッ!!」

 

 白熱する令呪と魔術礼装(影霊呼びの鐘)。全神経が発火する導線となって藤丸を壮絶なまでの苦痛に苛み、痛覚を持って生まれた事を後悔する程の激痛が脳を狂わせる。精神が、発狂してしまう。

 けれども―――藤丸だけが、許された奇跡だった。

 地獄など生温く、全身に熱した油を掛けられた方が幸せに思える痛みの中で、彼はそれでも意識を失わずに立っていた。所詮は魔力による幻痛だと思い込み、壊死する肉体もマシュの霊媒治癒で直ぐに治る程度の大怪我だと冷静に自分自身を捨て駒として扱った。まだマスターとして魔術回路の鍛錬と改良が進んでいない藤丸にとって、同時複数召喚は寿命を削る行いに他ならなかった。

 

「来てくれ……俺の呼び声に、答えてくれっ!!」

 

 セイバーが召喚者の声を断る訳もなく、バーサーカーも同じくマスターを決して裏切らなかった。この絶対的な戦力差を覆す為ならば、藤丸はその命を犠牲にオルガマリーの即席影霊召喚(シャドウシステム)によって、サーヴァントの軍勢を粉砕可能なカルデア最大の破壊鎚を同時に二人呼ぶ事も辞さなかった。

 無論、代償は大きい。視界は霞み、爪から出血し、内臓機能も低下した。心臓と肺も何とか動いているだけだ。しかし、それがマシュがその身を呈してマスターを守るように、サーヴァントに応えるのがマスターの責務であるのだと深く彼は自覚していた。

 

「そう言う……―――あぁ、人理をそこまで護ると言うのですね。それがカルデアと」

 

 魔女は深く溜め息を吐き、その献身こそ気色が悪いと嫌悪した。一般人に過ぎず、自分が殺し尽くした無辜の民に過ぎない筈のあの魔術師が、彼女にとって未知の存在に見えて仕方がない。

 唯単にマスターと言う役割を与えられているだけ。

 言ってしまえば、強制的に人殺しをさせられている少年兵だ。

 そうしないと生きられないから、この戦場以外に生きる未来がないから戦っているだけの、死にたくないと足掻く人間の少年だった。

 それなのに―――何故、ああも腐った瞳をしていないのか?

 少年兵を戦場で見た覚えがある黒いジャンヌは、生きる為に戦って人を殺さないとならない人間こそ、世界のおぞましさに心が腐ると知っていた。命は命で壊れるのだと実感していた。

 

「けど、良いのかしら。フランスを我々から救うと言う事は―――ジャンヌ・ダルクが、死ぬと言うことです」

 

 だから、少し興味が湧いた。カルデアをもう少しだけ苦しめてから、彼らを皆殺しにしようと嘲笑った。

 

「知ってるわ。それもう私が教えたからね」

 

「成る程……」

 

 灰の情報から、返答したその女が所長出と言う事をジャンヌ・オルタは理解していた。そして、自分とその所長の言葉を聞いて、自分の肉体年齢と同じ程度の少年少女が苦悩に満ち溢れた表情を浮かべているのも、彼女は一目で見抜いていた。

 

「……それでも、カルデアは邪魔をするのですか。けれども、分かっている筈だと思うのですか。この特異点を消し、人理をあの焼却から救うと言うことは、ジャンヌ・ダルクが生きたまま焼かれると言うこと。

 カルデアは救われた聖女にまた、あの死を強要すると?

 そして、死ぬ前にあの侵略者共からもう再度の陵辱を受け、また女として初めてを穢されろと?」

 

「……それは………私は―――」

 

「そこの盾女は、確かマシュ・キリエライトでしたか。貴女もあの私が穢されて、犯されて、焼かれて、死ねと言うのですね。そして焼かれた後、服を全て皮膚ごと燃やされて薄汚い邪悪な民衆に裸体を晒し、そのまま灰になるまで焦がされて、川に流されろと、その末路が世界の為に正しいと……そう思うのですね?

 同じ女なのに?

 同じ人なのに?

 偶然何処かで出会えた好きな男と結婚し、その誰かと暮らして、自分の家族を持って、ちゃんと老人となって死ぬ事も―――ジャンヌ・ダルクには許されないと?」

 

「……っ」

 

「想像してみなさい、マシュ・キリエライト。見知らぬ男に陵辱され、焼き殺され、裸を晒される恥辱。自分がそれを味わうイメージも良いでしょうが、貴女と共に戦ってくれたそこの聖女様が、貴女の目の前でそうされる未来を。

 その暗い結末をあの私に押し付けて、貴女は救われた世界で笑って生きていけるのですか?」

 

「―――私は、ジャンヌさんに……そうなって欲しくない。欲しくないです。けど、けれどだって……何でこんな、私だって……!!」

 

「ならば、潔くその女を私に渡しなさい」

 

 思いたくもない未来。自分達が特異点を解決して、ジャンヌ・ダルクに本来の人生に戻さないといけない使命。本来ならばマシュの意志を助ける筈の人理修復の大義名分が、そのまま反転して彼女の精神を押し潰す呪いとなった。

 

「………ッ――――出来ません!」

 

 けれども、もうマシュは決めていた。そうなることを知って、それでもフランスの特異点を直すと決めていた。そんな相手の内心をオルタは察しながらも、精神的苦痛に満ちていることも悟りながらも、敵に回るなら復讐相手になるだけだ。

 苦しみながら戦い、その結果としてジャンヌ・ダルクを殺して苦しみ抜いても世界を救おうとするこの女ごと―――カルデアを滅ぼすまで。

 

「だから―――世界を、焼くのです」

 

「アッシュ・ワン……っ」

 

 苦悩するマシュに、灰は優しく微笑んだ。オルタは意外そうに灰を見たが、あの女がそうしたいのなら自由にさせるまで。彼女は自分の口を閉じ、下僕共に念話と通して戦術通り動けと命じるだけだ。

 

「世界が腐れば、誰かが焼かないといけないのです。この世は私が生まれた世界ではありませんが、このまま腐って終わる事を憂いる者が助けを求めるならば―――死ねぬ唯一人の灰として、世界を再び焼きましょう」

 

「良くほざいたわね、アン・ディール」

 

 吐き捨てるように所長は灰の芝居掛った台詞を遮り、同時にマシュの葛藤に付け居る悪辣な女の注意を引く。無論、灰も所長の思惑は知った上で、ひどく楽しそうな笑みを浮かべて彼女に対応した。

 

「ですからね、それは偽名ですよ。私がカルデアで偽ったその名の男はまた別に召喚しましたのでね、しっかりとアッシュと呼んで欲しいのですが。まぁ、それもまた如何でも良いことではありますが」

 

「あっそう。それこそ如何でも良いわ、裏切り者。私はね、貴女のその自分がさも良き人間性に満ちた英雄ぶる話が、気色悪くて仕方がないのよ。

 そもそもこの特異点の惨劇、始めたのは貴女ね?」

 

「勿論ですとも。

 我らフランス新王権直属軍部竜血騎士団、お気に召していただけましたでしょうか?」

 

「別に。けどね、あんなのを作った理由は何よ。愉しそうだったから?」

 

「ええ、はい。歳だけは無価値に重ねて生きて来た私なりに、あの人理で運営されるこの世をフランスで再現しようと思いましてね。と言っても、人間社会を猿真似した二番煎じに過ぎませんが、生まれて初めて描いてみた絵画と考えれば、ポピュラーな題材の方が私に相応しいと思ったのです。

 世界に溢れたこんな程度の悲劇。そも二千年以上前の大昔から、そして人理焼却された西暦2015年の現代まで続いている当たり前な日常でしょう?

 人間性の暗い一側面……―――ふふ。上手に描けて良かったです。

 私の暗い血を与えた吸血鬼伯爵の眷属、竜血騎士。罪深くて丁度良い(ソウル)の持ち主には、私がこのフランスをよりよい世界にする為に人格を改竄(描き直)してみましたが、凄く良い人間性に目覚めてくれて良かったです」

 

「そういうこと。ああも下品な吸血鬼を揃えたのも、貴女の趣味って訳ね?」

 

「はい。悲劇を描きたかったですので。後、そう言う人間で仕上げた作品を、カルデアの皆さんに愉しんで貰いたかったのもありますけど……そうですね、愉しんで頂けて本当に良かったです。

 創作活動は、愉しんで貰える消費者が居てこそでしょう?

 死に絶えた命は、貴女方にとって最高の娯楽品として消費して貰えたでしょうか?

 これでも色々と人間を参考にし、私なりの愉快な悲劇を世界に描いてみましたのだから。昔の流行りのようにシェイクスピアの演劇も良いですが、あの現代でありましたら色々と面白い媒体で溢れてますから」

 

 その一言で所長は察する。灰は、空っぽなのだ。この悪行も、恐らくは嘗て喰い殺した魂の誰かを模し、それを効率的に特異点における惨劇を作り出すのに利用している。

 愉しんでいるのは事実。邪悪なのも本物。

 この女の魂がそう在るのだから偽りでは決してない。

 しかし、魂がそもそも自分だけの意志で作られていないのであれば―――人は、やはり腐るのかもしれない。

 

「―――貴女、魂が腐ってるのね?」

 

「はい。オルガマリーと同じです。

 血に飢えた貴女が臓物を喜ぶように―――この身は、人間性を食べて生きていますから」

 

 薄らとした笑い。それこそアッシュ・ワンの性根。魂喰らいの本性だった。幾度も人を殺し、数え切れない程に魂を喰らい、もはや彼女自身の魂が人間性の渦となった穴なのだ。喰い殺した数多の魂らが住まう地獄なのだ。人の形を為したあの世なのだ。

 この世で最も魂に相応しい人間。

 故に、この女に殺された場合―――その魂は地獄へ落ちる。ソウルを喰らうとは、内側が世界(暗黒)となることに他ならない。

 

「ですから、殺しますね。オルガマリーのソウル()を、どうか私に殺されてから奪われて下さい。私の魂に、貴女のその赤い血の意志を食べさせて下さい。

 なので、あぁ……私の王子様―――では、殺せ。

 戦いしか残されぬお前の望みを果たす時だ。その願望、お前を殺し得るあの狩人にこそ相応しい」

 

「―――無論」

 

 灰の言葉を受けた戦神は無表情のまま、巨大な肉体に釣り合った剣槍を黄金色に輝かせた。そして、あろうことか灰も戦神と共に歩み始める。所長の思惑に乗り、二人掛りで彼女を殺すと決めたのだろう。

 

「さぁ戦争の時間です、下僕共。

 我らがフランスはカルデアを戦場で歓迎致しましょう、盛大に!」

 

 ジャンヌはカルデアを笑いながら、黒旗をグルリと回転させて持ち直し、災厄の単眼を宿す直剣を鞘から引き抜いた。あの灰女が乗り気なのは心強いのだが、同じく敵にもこの灰女と同等の化け物が居ると言う事実でもある。

 ならば、呪いに不足なし。

 逃げた聖女をオルレアンに取り戻すべく、竜の魔女は全てのサーヴァントに殺戮を命じた。














 原作と違って、この作品のマシュは結構魔術が達者な設定にしています。中でも霊媒治癒はかなり上手で、他者に対する治癒能力は所長よりも巧かったりします。カルデアのスタッフにも公になっている範囲の情報ではありますが、Aチームでも十分に主席クラスな能力持ちだと考えていたりしています。
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