血液由来の所長   作:サイトー

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啓蒙20:ヴィヴ・ラ・フランス!

 長ったらしい会話を叩き切るように、所長は自分と敵対する標的二匹へ銃弾を瞬間二連発。灰と戦神の眉間に迫る弾だったが、剣槍の幅広い刀身が銃弾を弾き飛ばし、灰は首を掲げるだけで回避した。

 魔技と化した早撃ちなれば、それを超える相手こそ業の魔人。

 狩人である所長は、相手が銃弾に如何に対応するか見定めることでその技量に啓蒙され、力量を正確に実感出来てしまう。

 

「………――――」

 

 そして灰は、無言のまま兜を深く被り直す。晒していた口元も甲冑に隠し、黒い騎士が完成された。黒い全身甲冑であり、背中には赤い血色のマントを翻し、あの世界に居た頃はそれなりに愛用していた装備を身に纏っていた。

 その姿こそ竜を渇望する者―――聖壁を滅ぼした竜血騎士団の装束。

 竜血の大剣を握り、腰に特殊なボウガンを隠し持ち、愛用の騎士盾を左腕に装着。更にタリスマンも仕込み、隠し道具も充分だ。

 

〝成る程。並のサーヴァントを超える反応速度……いえ。技巧の妙って、そんな雰囲気かしら”

 

 敵の初動。それだけで所長は彼我の差を察知。つまるところ、自分と同格の相手を二体しなければならない。覚悟なんて言葉では足りない臨死を超えた絶望の先の、そのまた先を超えて只管に戦い抜くと決めないとならない。寿命がデザインされた有限の生命体では不可能な、数多の絶死を経た殺し合いの末に、恐らくは奇跡的に勝てるかも知れないと言う僅かな可能性だけが残されている。

 オルガマリーは此処で死ぬ。

 ならば、此処で死ねば良い。

 人を狩ると言うことは、自分の命も狩り奪われると言うこと。

 醒めぬ悪夢に囚われた存在であれば―――死など現実から目覚めるだけの、ただの日常でしかない。

 

「――――――」

 

「――――――」

 

 そして、それは灰と戦神も同じこと。もはや言葉は不要となり、業と技を交わし合うだけで良かった。魂が腐ることで得た人間性の営みなど無価値となり、ただただ純粋に自分自身の魂の儘、相手のソウルを貪るだけで良かった。相手が力を振えば容易く死ぬだけの弱者なれば、二人の魂が腐ることで芽生えたその人間性も愉しいと嗤うのだろう。だが自分と同じ魂の意志を抱く魔人が相手となれば、そんな愉悦こそ下らぬ塵に等しい御遊戯に堕落する。

 敵と会話する等と言う究極の余分はその意志から消え去り、無へ専心。

 そう思うだけで魂が純化され、生態機能も停止され、凪の心を持つ静かな“人間”に成り果てた。そして、戦神は祈るのだろう。人間性によって人間となる形に呪われ、けれどもやはり何も変わらない。神も人も、闇から生じた“人間”だったのだと死の間際にこそ答えが在った。

 

〝油断、慢心、昂揚、気負い、何も無し。

 狩り甲斐あるけど、さっきまので人を無駄に煽って、人を意味も無く陥れて、悦楽に浸るヒャッハー系アンポンタンの方が好都合だったってのに……”

 

 所詮、演技なのだろう。人間を愉しむ心に偽りはないが、あの無なる魂こそ奴らの正体だった。その在り方だけは、恐らくどれ程に魂が腐っても失う事が出来ない意志の形だったのだろう。

 

〝さて、オルガマリー・アニムスフィアですか。まずはお手並み拝見。

 何て相手を舐めたこと、する必要がないのが良いです。最初から全力全開で参りましょう。その為なら私のソウルなど枯れてしまえば良い……だから、貴女の魂を底まで殺し尽くしましょう。

 出来れば、このソウルの腐れを焼き尽くして頂けるなら、尚の事……ッ―――!”

 

 ギヂリギヂリ、とエネルギーに過ぎない雷が物理的に軋む不協和音が灰から轟いた。盾と一緒に手に仕込んでいた太陽のタリスマンを使い、その大剣に雷を宿す。勿論のこと、聖鈴の方が触媒効果は高いのだが、それは安全地帯から一方的に相手を遠距離より殺せる場合。即座に接近戦となる可能性を考え、断固たる祈りで以って肉体が強靭化する此方の方が万能。

 事実、所長は隙有りと銃弾を撃った。しかし、灰の祈りを止める事など不可能なのだ。銃弾で撃たれたと言うのに彼女は体勢を一切微動だにせず、奇跡はあっさりと完成した。それは竜血の刃でありながら、竜殺しの雷撃を纏い、その刀身は容易く竜鱗を斬り砕いて血に染まるのだろう。事実、灰は幾匹もの竜を殺した竜殺しであり、そもそも竜殺しの武器など使う必要もなく古竜を殺す女ではあるのだが。

 

「……ぉぉおおおおおおおおおお!!」

 

「……っ―――!」

 

 体を捻らせ回し、自分自身が落雷となって灰が所長を襲撃。即座に回避した後に所長は離れながら銃弾を撃つも、灰は鎧を防具として万全に使って銃弾を体幹運動だけで逸らす。そして、盾を持つ左手に光の球体を凝縮させ、本来ならば両手で唱える〝放つフォース”を左手一本で発射。その上で踏み込み、凶悪な斬り上げで以って所長を吹き飛ばそうとするも、巧みな奇跡と剣術の二段交差でさえ回避し切る。

 直後―――背後に戦神が居た。

 たった一歩だけ踏み込み、落雷と共に地面ごと周囲一帯を爆散。

 その雷撃を待つ爆風にノコギリ鉈を振ることで神の奇跡を何とか抉り裂き、傷は負うも致命傷からは逃れる。だが雷によって肉体に痺れが残り、それを見逃す戦神と灰に非ず。

 

「グゥ……ッ―――!?」

 

 嵐を纏って突撃する戦神と、巨大な雷球を上空に作り出した灰。咄嗟に骨髄水銀弾を灰に向けて撃つも、その銃弾さえ鎧と共に淡い黄金の光を纏う灰は平然と受け切った。ならばと即座に標的を戦神に変えるも、纏う嵐が生半可な攻撃を風で吹き飛ばす。

 だから、本当に咄嗟の事だった。所長は自分に迫る戦神の突きを―――踏み躙った。

 戦神と所長は大きな身長差があり、所長に向けて下向きに放った剣槍の刃は彼女を貫いて地面に突き刺さる筈だったが、巧みな体術によって踏み潰され、そのまま地面に減り込んだ。

 

「――――ッ!」

 

「ナニ……ッ!」

 

 見切って回避する事も可能だが、避けた所で嵐の如き連帯連続攻撃を灰と戦神は繰り返し、所長が止まるまで延々と殺人技巧を繰り出すだろう。しかし己がサーヴァントである隻狼から体術を学習した狩人でもある所長は、その全身全てが狩猟兵器に変貌していた。

 無言のまま更なる雷を貯める戦神であったが、雷球より遂に雷撃の絨毯爆撃を開始した灰は思わず驚愕の声を上げた。所長を良く知った女である故に、これより先に如何なる攻撃が出るか悟っていたのだ。

 

「―――――!!」

 

 変貌するはオルガマリーの右腕。濃厚なる血晶石を仕込んだノコギリ鉈が腕に吸収されて変貌し、宝具の護りさえ切り裂く怪物の爪先を得た。

 異形の獣腕となり―――戦神の腹部へと、そのまま爪を突き刺した。

 しかし、それを超えてこそ竜狩りの戦神に他ならない。あろうことか咄嗟に槍から左手を離していた彼は、所長の右手首を掴み抑えていた。

 直後―――雷撃。肉体内部で竜殺しの雷鳴が響き轟くのを脳が聞き届け、痺れて動かない筋肉とは違って絶叫が無意識の内に喉から発生してしまった。

 

「……がぁああ!!」

 

 それでも尚、無理にでも所長は動いた。右腕を直ぐ様に人間の腕に戻し、細くなった瞬間に戦神の手から勢いよく引き抜いた。そうしなければ、身動きが出来なければ、このままでは囲まれて嬲り殺しにされるだけ。何故ならば、空に浮かぶ電球から数多の雷矢が彼女に向かって自動追尾を始めており―――灰も戦神も、万全な状態で攻撃可能。

 輸血液で回復したいが、もはやそんな隙など千分の一秒もない。

 上空で舞う電球、雷の剣を振う灰、剣槍を構えながら嵐を纏う戦神。

 

「――――GuoooooOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 ならば雄叫びを。いや、それは狩人の叫びでさえなく、血に飢えた獣の咆哮だった。粉塵を巻き上げ、近くに居る人間の鼓膜を容易く破る爆音であり、人を吹き飛ばす程の空気の波動であった。いざという時の為、所長はカルデアの皆には対音術式を仕込むことで味方の鼓膜が破れるような事態にはならないが、戦神と灰は別。この咆哮は血によって優れた肉体機能を持つ狩人でさえ、鼓膜ごと両耳が破壊されてしまい、その聴覚と平衡感覚の機能が治るまで転がり続ける事しか出来ない。崖の近くで咆哮を受ければ、為す術もなく落下死する狩人狩りの触媒に他ならなかった。

 そして水銀弾や大砲の一撃でさえ弾き、その射出軌道を捻じ曲げる獣の咆哮ならば可能。

 電球から迫る雷矢を弾き、灰のその鼓膜を破りながら吹き飛ばし、戦神を一歩だけだが後退させた。

 

「ヌゥ―――」

 

 しかし、灰は不死。頭部を矢で貫かれようとも、肉体機能に何ら問題を起こさず行動する化け物のような人間だ。エスト瓶に貯めた篝火の熱を飲めば生命を回復するも、肉体損壊の復元自体は即座に行われる。鼓膜が破れた程度では何らダメージにもならず、灰は転がりながらも一瞬で剣と盾を構えた。

 

「―――ッ!」

 

 所長は灰の視界の何処にも居らず―――否、ならば限られている。思考の速度で肉体が稼動し、振り向くのと同時に盾を感覚と経験則の元で振り払う。

 結果、受け流し(パリィ)に成功。

 敵の背後を狙った必殺の一撃は、しかし誘い込まれた故のもの。所長は大きく力を溜め込むように振り払ったノコギリ鉈が弾き逸らされ、体勢を崩された。

 

「―――」

 

 殺せる。殺せるが、灰は悪寒を感じ取った。果たしてそこまで容易い女なのか疑問に思い、同時に足元にあるソレが偶然にも視界に入る。

 ―――ボン、とソレが破裂した。

 時限爆弾を事前に落しており、灰を吹き飛ばす。パリィを受けたのも態とであり、故意的に体勢が崩れたフリをしていただけ。しかし、それでも灰は万全にして万能。鉈に広げて脳天をカチ割ろうと武器を振り下してきた瞬間、灰は右足で所長の腹部を強打。血反吐を吐く所長をバネのように利用し、その反撥を発射台に隻狼と良く似た素早い動きで一気にバク転して回避。そのまま空中に飛び上がり、空の上から雷の大槍を投げようとするも、灰の眼前には銃弾が飛来。盾でそれを弾き、慣性の法則に従って落下する。

 そして、灰が所長から離れた直後―――戦神が飛来した。

 見計らったように休まず所長を襲い続け、夢の中から水銀弾を補充する暇もなければ、輸血液で生命力を取り戻す時間も無い。

 

「―――っち」

 

 所長が舌打ちをするのも仕方なし。そもそも戦神は自分の巨躯と剣槍と言う種類の武器、そして雷の力を使うことから、協力して誰かを倒す事に向いていない。構わず戦えば、灰ごと攻撃してしまうことになる。しかし、そんな事は何ら所長に有利な条件を一切与えず、巧みにも程がある連帯行動で……―――いや、灰が完璧に戦神の動きに合わせて所長を追い詰めていた。

 戦神は、少しだけ灰を気にすれば良いだけ。誰かと共に戦う事に慣れている灰ならば、即席だろうと完璧に相手の呼吸のリズムに自分の呼吸を調整することも容易かった。

 剣槍と大剣、そして電撃と雷鳴による―――四重連帯攻撃。

 一秒間の間に幾度も死が所長へ迫る。掠れば、そこから電撃が全身を巡って肉体を強制硬直させ、一気に殺されると言うのに、そもそも一撃一撃が必殺。回避仕切れない場合は、ノコギリ鉈で相手の武器を咄嗟に弾き逸らすも、握り締める鋸の柄から電流が自分に流れ込んでくる。

 銃弾を合間合間に撃ち込み、一番使いなれた鋸鉈を振るも、全て対処されてしまう。一対一ならばどうにかなるが、同程度の技巧の持ち主である故、自分の技に如何様にも対応されてしまう。

 

「……ぐ、ぅ……はぁー」

 

 止めていた呼吸を一息だけ再開。所長は自分以外の戦局など気にする余裕はないが、今は集団戦闘中。そうは言っていられないと、脳が暴発しそうになる頭痛に耐えながら、周辺情報を瞳によって思考回路へと啓蒙された。

 現状―――非常に危機的戦局。

 旗の聖女(ジャンヌ)竜の魔女(ジャンヌ)を何とか抑えているが、精神的に万全には掛け離れている。黒い炎を振り払うも不利なまま何とか戦っているが、時間は彼女の敵に回った。エミヤは遠距離から狙撃をして戦場を掻き回そうとするアタランテを追い、森の中で射撃戦に入り込む。そして忍びは怪物的技量を持つ侍を相手にしつつも、更に吸血鬼のランサーを相手にとって二人を封じ込めているが、何よりもあの侍が厄介なのだろう。あろうことか、忍びの剣技を完璧に見切る技巧を誇っているサーヴァントなど、神代で英雄と呼ばれる戦士にも少ない筈。

 そして、マシュと影霊(シャドウ)を召喚した藤丸は三体のサーヴァントを相手にしていた。

 枯百合の老剣士(シュヴァリエ・デオン)血の伯爵夫人(カーミラ)黒い狂騎士(ランスロット)、そして水辺の聖女(マルタ)は、絶対なる人理の盾と、騎士王と、大英雄とを突破して藤丸を殺さねばならない。しかしセイバーであるアルトリアと、バーサーカーであるヘラクレスは、シャドウとして召喚されたにも関わらず、その霊基は凄まじい強さ持つサーヴァントであった。代償として藤丸は常に激痛に耐えねばならないが、生きる為ならば是非も無し。

 

「―――――……」

 

 そんな一瞬でも思考を別に向けた所長を、戦神は哀れむように目だけで嗤う。哂う。嘲笑う。とてもつまらなそうに、無表情のまま笑った。

 彼は剣槍をオルガマリーの精神的隙間を見抜き、天に向けて掲げたのだ。本来ならば、一秒でも貯める時間があれば銃弾が飛んでくるのだろうが、身を守る為に攻撃を回避する危険察知に意識を裂き、残りを周辺探知に使ったことで、僅かばかりだが相手の隙を窺う精神的手段に粗が出てしまった。

 

「っ――――避けなさい……!!」

 

 その大声は確かに周囲で戦う皆の耳に入ったが、所詮は言葉など音速。竜狩りの戦神が誇る速度に―――雷速に、届く事は有り得ない。既に奇跡となった雷雲が擬似的に浮かび上がり、極大の雷が敵の誰かに目掛けて落下していた。

 故に―――跳躍。

 敵と戦いながらでも死角から迫る雷撃を察知する忍びならば、戦神が招来した雷鳴を見切るのは不可能ではない。そしてサーヴァント化した忍びの脚力ならば、10m以上の高さだろうと容易く届くだろう。

 だが、灰もまた―――飛んだ。

 その直後、楔丸を上空に忍びは向ける。戦神の奇跡は真っ直ぐに忍びへと落雷。ならば、忍びが雷を斬り払う相手は眼前の裏切り者唯一人。

 葦名を冠する武者と、源の宮の武者が扱う雷神と化す絶技―――雷返し。

 実践で鍛え上げた狼の殺人剣術は、一度でも己が業にした術理を完璧に会得し、例えあの雷神の一撃だろうと関係無く自分の雷鳴へと練り上げた。

 

「ぬっ――――!」

 

「――――!!!」

 

 忍びの雷返し―――否、それは反撃を更なる反射(パリィ)で撥ね返す灰の技。

 名付けるならば、それは奇跡返し(ミラクルパリィ)が相応しい。魂で魂を抉り取るソウルの業でさえ弾き返す灰からすれば、人の魂を壊す神の奇跡もまた同じに過ぎず、一度それをデーモンスレイヤーと殺し合った時に見たことで魂に学習させていた。

 それによって忍びの雷撃は見当違いの場所に吹き飛ばされ、狙ったかのようにマシュに迫る。灰は当たり前な事だが見抜いていたのだ。藤丸も確かに死ねばカルデアは終わるが、同じくマシュも死ねばカルデアはその時点で人理修復は不可能となる。彼女の盾がなければ、この後の特異点修復など有り得ない。

 生物として弱いから藤丸が目立つだけ。

 本当に弱点となるのは―――あの少女。

 マスターが狙われ易いからと気張る精神的緊張こそ、盾である自分が積極的に狙われないと言う隙を生み出す覚悟となった。

 

「あぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 ―――打雷。

 

「「―――マシュ!」」

 

 藤丸が、ジャンヌが、その姿を見て絶叫を上げた。彼女であれば耐えられると言う信頼はあるが、余りにも見ていられない。黒い煙を全身から上げるマシュの姿は、まるでエジソンが開発した電気椅子で処刑される死刑囚のようだ。

 電流で痺れ震える体が―――余りにも、痛々しい。

 

「アッシュ……ッ――――!!」

 

 未だ上空に居る灰に向けて殺意が弾け、オルガマリーは銃弾を連続発射。だが、それら全てを盾で防ぎ、自分に空中で斬り掛って来た忍びの斬撃を大剣で受け流しす。

 そして断固たる祈りによって―――神の怒りは唱えられた。自分と同じく空中で斬り合っていた忍びを容易く吹き飛ばし、更に飛んで来た銃弾を弾き飛ばし、灰は無事着地。

 

「そら。余所見は行かんぞ、忍び殿」

 

「我が杭から逃げるとは、実に不届き!」

 

 転び堕ちた忍びは刹那、霧がらすの忍術を義手より起動。首に迫る侍の斬撃と心臓を狙う伯爵の一刺しを避け、炎影となって瞬時に離脱。だがそれさえも嬉しいのか、血に飢えた侍は薄らと笑いながら忍びを追い、吸血鬼は実際に血が啜りたいと蝙蝠に分身変化して忍びへと飛び去った。

 しかし―――マシュは全身に雷が走り、痛みに喘ぐ。

 十字盾で確かに受け止めたのに、それの表面をまるで蛇のように走り抜け、広がる電撃がマシュの身に纏わり付いたのだ。

 

「か……ぐ……ゥ―――うぅううッ」

 

 そんなマシュに向け、アルトリアとヘラクレスの破壊剣戟をすり抜けたデオンは、竜騎兵として保有するカービン銃から弾丸を撃つ。他の三体のサーヴァントは抑えられていたが、忍びに近い技量を持つこの老女は、シャドウである二人を容易く出し抜いてしまった。

 しかし、それでも尚、マシュは止まらなかった。

 盾を構えて銃弾を防ぎ―――直後、老デオンはサーベルを巧みに振う。銃弾が当たったとマシュが思ったその時には、既に正面に居る恐怖。そして、スラリと枝から落ちた葉っぱのように、マシュが盾を動かすよりも迅速に側面から防衛圏内部に入り込んだ。

 

「まだまだ、ですッ……!」

 

 だが彼女にとって想定内の危機。この程度の臨死、乗り越えられない訳がない。魔力防御によって全身を守るマシュは受けるダメージを大幅に抑え込み、その雷撃を魔力で受け止め、カルデアの技術部門が十字盾に刻み込んだ外付け魔術回路が起動。本来ならば障壁となる魔力の防御膜が解放され、身に受けた雷撃さえも混ぜ込み、鎧のように纏う力場が放たれた。

 先程の灰が唱えた〝神の怒り”に似た刻印魔術。

 カルデア所属変態技術者命名―――アサルトアーマー。

 守りの加護だろうと関係無く、何でも兵器運用しようとする実に兵器開発者らしい発想で開発された回路による運用理論だが、マスターを守るマシュもまた誰かに守られて此処に居る。彼女を思えばこそ、戦える手段は多ければ多いほど良いのだろう。

 

「……アタシゃ吃驚だよ。最近の若い子は強いねー」

 

 そう呟く老婆らしき剣士だが、そもそもマシュの放つ雷鳴爆風さえ咄嗟に切り裂き、剣で自分を守る技量を考えれば皮肉にしかならない。とは言え、刀身を通じて電撃が走り、手先が僅かに振えて焦げてしまった。サーヴァントの自然回復力を考えれば怪我と言えないが、剣士として柄を握る指は命に等しい商売道具。

 相手の悠然とした様子。マシュにとって、実にやり難い相手。

 正直、技量に依った能力を持つサーヴァントは彼女にとって最大の鬼門。

 エクスカリバーのようなエネルギー攻撃の方が、盾をより効果的に運用する事で、その攻撃をカウンターとして相手にそのまま弾き返すことでチェックメイトを放てる。しかし、人間が人間として鍛え上げた純粋なる技となれば、その攻撃を防ぐことだけは出来る。だが技を見切るには、マシュ自身に鍛えられた眼力と第六感が必須となる。

 

「……ッ―――」

 

 もう返答するだけの余裕もない。笑みを浮かべる敵を見るが、痛みと苦しみに耐える為、マシュは歯を食いしばることしか出来なかった。

 そして―――ジャンヌは致命的な隙を晒してしまった。

 マシュの叫びに気を取られてしまい、彼女が魔女に奥の手を使われたことで捕えられてしまった。

 

「いけませんね、聖女の私(ジャンヌ)

 私以外に意識を向けるのは別に良いですが、隙を作っちゃ―――ダメじゃない?」

 

「―――ッ……ぐ、ぅう!」

 

 憎悪を形にした直剣に仕込まれた瞳こそ、黒い単眼竜の災厄―――カラミット。そのドラゴンと同じ名を付けられた剣は灰により、ソウル錬成を行うことで擬似的な宝具として創り変えられている。

 故に、込められた神秘は竜の単眼のまま。

 災厄を冠するドラゴンは咆哮の代わりに相手を睨み殺し、ジャンヌの全身を淡い橙色の怨念で縛り上げた。

 

「うぅぅ……あぁぁああああああああ!!!」

 

 ミシリ、と骨肉が軋む。不協和音が鳴り響き、その奇怪な音と同時にジャンヌが浮かび上がる。魔女の憎悪は聖女を空中で磔にし、四肢ごと全身を押し潰す。そして邪眼の念力は空間ごと人体を圧壊させ、生命を喰らう災厄でもあった。ジャンヌは自分がまるで巨人に握り潰され、肉塊に圧縮される未来を啓示された。このままでは死ぬ。

 何も出来ぬまま―――終わる。

 それだけは駄目だ。死ぬのは良い。けれど、何もなせずに死ぬのは余りにも情けない。

 何の為にオルレアンを飛び出したのか。どうして狂った友の救いを拒んだのか。紅蓮の聖女として英霊になったあの自分を受け入れたのか。

 殺戮が繰り広がるフランスを彷徨ったのは―――こんな結末に辿り着く為ではない。

 

「こんな所で……諦めて―――堪りますかぁ!!」

 

「―――祈りも決意も無駄なのです!

 今の心折れた……いえ、折れる寸前の貴女に、我が復讐の怒りを超えられる訳がない!」

 

「ぁ、ぎぃ……ぐぅぅう―――」

 

 それでも尚、魔女の憎悪は深かった。

 聖女の決意を容易く挫く程、燃え上がる様に熱かった。

 

「殺しはしないわ。串刺しにはするけど―――死ぬのは、貴女の中にいる哀れな私だけ!」

 

 空中に拘束されるジャンヌの周囲に炎が揺らめき、武器へと形成されていく。それは剣であり、槍であり、矢であり、斧であり、斧槍であり、この中世で人を殺し続けた殺人兵器の群れだった。殺された人々の怨念で練り上げられた殺意の塊だった。

 魂を殺す怨讐こそ、人を焼却する黒炎。命は壊さず、その意志を焼く。

 ジャンヌの中に眠る聖なる魂だけを殺し尽くす為、魔女は自らのソウルを燃やして殺意を発火した。

 

「さようなら、憐れな聖女様!

 こんにちは、人なる聖女様!

 ふふ、くくく……はははははははははははははははははははははハハハハハハハハハハハハはははははははははははは―――」

 

 カルデアの仲間は、誰もジャンヌを助けられない。魔女から思念を受けたヒューマニティ・サーヴァントが巧みに連係を取り、何よりも足りない部分は灰と戦神が如何様にも出来てしま得た。所長は、マシュは、藤丸はもう、特異点修復の最後に自分が死ぬのだとわかっているのに、それでもカルデアに協力すると誓ってくれたジャンヌに辿り着けない。

 竜の魔女(ジャンヌ)の笑い声を聞く事しか出来なかった。

 旗の聖女(ジャンヌ)の叫び声を聞く事しか出来なかった。

 

「「あ”?」」

 

 何かに気が付いたそんな灰と所長の呟きも、戦場の騒音の中に消え去った。一番最初に二人同時に気が付いたが、反応はそれぞれ殆んど同じ。そして所長の瞳に映った光輝く馬車は何処から兎も角、本当に唐突に、此方へ向かって行き成り爆走しながら迫って来た。

 

「―――ヴィヴ・ラ・フランス!」

 

「―――はははははははぐわぁ!」

 

 回りながら空高く飛ぶ黒い魔女の影。物凄く形容し難いが、強いて言えばグチャリと言う擬音だろう。客観的な視点から見れば、何か凄い勢いで結晶の馬車が魔女を轢き逃げしていった。後少しで聖女に止めをさせると言う興奮が彼女の啓示を鈍らせ、轢き逃げアタックのジャストヒットに成功したようだ。

 ……それを呆然と見る灰。

 何が何だか、分からない。

 確かに灰は相変わらず一切の隙なく周囲に意識を巡らせているも、兜を被っているのに凄く良いリアクションをしているのが誰にでも分かる気配だった。何故なら、どんな確率か本当に解らないが、あのジャンヌ・ダルクが錐揉み回転しながら、丁度自分の方に飛んできたのだから。

 

「―――あー……」

 

 そして、悟った。これ、自分が此処で避けると後でどやされる展開になると。なので病み村と絵画世界を足した位に腐った魂で、面倒臭いと溜め息一つ。敵からの攻撃を警戒しつつも、時速百キロ以上の速度で吹き飛ぶ人間を受け止めるとなれば、やはり薪を得た灰とて辛いのだ。

 待伏せしていた呪術師が放った岩吐きが直撃し、そのまま登り切った梯子から落下した時の衝撃を思い出しながらも、灰はしっかりと身構えた。自分がクッションになるようにある程度は脱力しつつも、力んでそのまま受ければ壁に衝突するのと同じだろう。

 

「……グヘェ―――ッ!」

 

 馬車に轢き飛ばされたジャンヌは砲弾と変わらない。ジャンヌが怪我をしない様に受け止める灰は踏ん張りが効かず、そのまま魔女と一緒に地面を転がった。念の為に魔女の頭部を地面と当たらないように守ったが、その所為で自分は頭部を連続して強打してしまった。

 星が見えそうな痛みだが……まぁ、あのジル・ド・レェから預かった大事な娘だ。仕方ないとそう灰は自分に強く言い聞かせて、早くエスト瓶呑みたいと焦る気持ちを我慢させた。

 

「ジャンヌさん、重いです。率直に言って、兜の中でソウルを吐きそうです。早く退いて頂けないと、私の顔面が腐ったソウル塗れになってしまうのですが」

 

「……うっさい。でも、感謝はしておきます」

 

「どういたしまして。無事で何よりです。下敷きになった甲斐もありましたね。

 それで、ええ……その今の内に謝っておきます。

 貴女の邪剣、使っている間は集中力もかなり使います。なので、周囲の警戒が凄く疎かになるので、次から気を付けて下さいね」

 

 ソウルの中の記憶を思い返すと、確かにあの黒竜は邪眼使用中は無防備だったのを今になって思い出した。

 

「―――先に、言いなさいよぉ……」

 

「スマヌス、です」

 

 軽い不死ジョークで灰は謝罪。戦神が所長を抑えてはいるが、取り敢えず灰は起き上がる気分ではなかった。魔女が従えるサーヴァントも俄然せず戦闘続行をしているも、カルデア側は逆にジャンヌが助かった光景を見たことで敵をまずは押し返す事に集中する。

 何より、あの馬車は確実にカルデア側に付く援軍だろう。正体は分からないが、敵将であるジャンヌを吹っ飛ばして灰に当てたのに、これで実はカルデアの敵でした何て事になったら意味不明にも程がある。

 

「……………………ぇ?」

 

 ポカンと死ぬほど間抜けな表情を浮かべる聖女が一人。轢かれた魔女に命中した灰と同じく、何が何やらまるで分からない。全く以って何も理解出来ないが、自分があの轢き逃げ暴走馬車に助けられたのは良く分かった。しかし、分かった所で其処から如何に反応すれば良いのかは、同じくまるで分からないのだが。

 とは言え、そんな混乱をしつつも状況分析は継続中。磔にされていた宙から落下したジャンヌは直ぐ様に立ちあがり、馬車から身を乗り出した人物を見た。

 

「さぁ、皆も一緒にヴィヴ・ラ・フラ……」

 

 馬車から顔を出した美しい少女は、その美しい声による挨拶を途中で止めてしまった。そして、その綺麗な目を幾度か瞬きしながら、揉みくちゃになった灰と魔女の方を見た。しかし、今は良いかしらと直ぐに挨拶を再開。

 

「……ンス。あら、誰か轢いてしまったわね。どうしましょう、アマデウス?」

 

「君は本当に……うん―――そういうところだよ、僕のマリア」

 

「一体何処がそう言うところなのかしら?

 後ね、もうわたしは貴方のマリアじゃないわよ。わたしが貴方のものになったのは、あの時の、あの一瞬だけだもの」

 

「つれないなぁ……ま、良いけど。それはそれで、そそられるのも事実さ」

 

 馬車をドリフトしながら停車したサーヴァントの暢気な声。

 

「啓蒙高いわぁ……」

 

 現状の混沌さに思わず呟くも―――好機を悟る。所長は一瞬でカルデアの仲間全員に念話を送る。そして、抑えるべき敵は戦神と、竜騎兵の老婆と―――黒い侍、佐々木小次郎。

 この三人は、単純に手練だ。戦術面と戦闘面に両面に優れ、殺し合いにおける判断力が特に鋭い。他にも居るが、狂っているか、獣性に犯されいるかの二択であり、合理的な戦術行動はしないと所長は見た。

 

「アッシュ様、良くも私を裏切って下さいましたねッ!」

 

「ちょ、ちょっと清姫、貴女少しは落ち着きな―――ブゲ!」

 

「離してくださまし、エリザベート!」

 

「は、鼻に肘が……星、星が見えるわスター」

 

 しかし、場の混沌具合は加速する。馬車から飛び降りた着物姿の少女は、自分を制止する少女の顔面に肘鉄を入れながら、漸く魔女と共に立ち上がった灰へと声を荒げた。

 正しく鬼の形相。荒々しい呼吸と一緒に、彼女の呼気は火炎となる。声がもはや竜の吐息に等しく、濃密な殺意と憤怒が融けた魔力が漂い始める。

 

「わたくしの元マスター……―――アッシュ様。貴女様は、わたくしに嘘はおっしゃらずにいてくれました。貴女様が与えた人間性と言う呪いさえも、わたくしは昂る愛のまま全て飲み乾しましたのに。

 なのに、なんで…―――何故!?」

 

「…………あッ」

 

 思考速度は加速させ、如何返答しようかと灰は思い悩む。対応の失敗は即座に火炎地獄へと繋がる。

 だが愛について考える灰は、そもそも性欲はない。同時に、愛に関する感情など消え失せた。貯めたソウルで感情の再現は出来るが、自分にはもう渇望しかないことを心で理解している。故に戦力増加の為に英霊の追加召喚時に清姫が呼び出され、ヒューマニティ・サーヴァントとして与えた人間性を、そのまま我ら不死の闇を愛へと生み変えたこの竜の化身のソウルを知りたかった。

 ……結果、こうなった。粘着された。

 そもそも灰は無性愛者なので、同性異性に興味はないが、構わないとそれはそれで良しとした。しかし、誤算があったとすれば、最初から最高に狂っている清姫は、人間性に犯されてソウルが変質したのに人格が余り変わらなかった。本質的に、彼女は不死に近い渇望の申し子なのだろう。

 召喚された数日後、清姫は自分を呼んだ魔女と灰の正体を知った。正気を保つ彼女が魔女達と縁を切るのも自然な流れだった。灰はソウルの業の応用で自分の魂に嘘を真実とさせたり、色々と手段や工夫を講じて清姫を騙した。そして灰は清姫と言う魂の在り方は好きだが、異性としても同性としても好きな訳ではなかった。

 ……等と言う事を言い訳がましく一瞬で考え、もう心が折れても良いのではと灰は自分に妥協した。高速思考と分割思考の無駄使いだった。

 

「告白しますと、清姫さんに愛してるって言いましたけど―――うっそでーす、キラ!」

 

「………………………………………ブ、ブ―――」

 

 震える清姫。色々と面倒になって投槍な煽り行為に走った灰の姿に、彼女の中の竜が怒りの有頂天に急上昇。灰の面倒になると直ぐに人を煽る悪い癖が、やってはいけない場面で暴発してしまった。

 

「―――ブッコロシテヤルゥゥゥゥウ!!」

 

 キシャーと凄まじい不協和音を喉から発しながら、骨髄まで灰になれと轟炎を灰に向けて発射。清姫は嘘と言った灰の発言に嘘がない事を知り、真実を告げられたと言うのに頭が竜になる程に激怒した。と言うよりも、実際に頭部が竜に変貌していた。

 灰は大昔に自分もそんな風に人前で全裸になって変身してたなぁ、と何だか懐かしい気分で清姫を見たが、その前にまず火炎地獄を如何にかしないといけなかった。

 

「え、うそ。貴女、顔面が爬虫類に退化してるー!」

 

「キシャー」

 

 ゲルムの大盾で火炎を完全防御。腰にオルタが纏わり付いている所為で、灰は咄嗟に清姫の竜炎を回避出来なかった。

 

「アッシュシールド!」

 

「いや、別にいいですけど。私を盾にしてるジャンヌさん、死ぬ程格好悪いですよ?」

 

「あの炎は私でも熱いのですから、アッシュが踏ん張りなさい。そもそもこうなったのは、貴女の責任じゃない。だからあの時、脳味噌病気なサーヴァントは始末するべきって言ったのです!」

 

「キシャーキシャー。オノレオノレ、ワタシ、アナタヲマルコゲデス!」

 

「……確かに」

 

「納得してんじゃないわよ!」

 

 そして、清姫は巨大な竜頭の幻影を頭部に纏い、自分を噴射口に更なる混沌の竜炎を吐き出した。

 

「もー清姫、良い加減にしなさい!!」

 

「キシャァァアアアアア!」

 

 暴れる清姫の腰にエリザベートが抱き就いて馬車に連れ戻そうとするので、清姫は更に火龍の吐息をばら撒き、周囲一帯が火炎地獄によって溶岩地帯に作り変えれていった。

 

「あれ……あれれ、我が神よ。私の啓示が雲って何も見えません……」

 

「助けに来たわよ、ヴィヴ・ラ・フラーンス!」

 

「ヴィ、ヴィブ・ラ・フランス……?」

 

「そう、そうよ……もう。さっきは誰も無反応だったから、わたしってばもしかして、空気が読めない行動をしてしまったのか思ったのよ。

 でも、良かったわ。ささ、聖女ジャンヌ、わたしの馬車にお乗りになって!」

 

「え、ええ……―――はい!」

 

 瞬間、彼女の手を取れとジャンヌの第六感が激しく示す。どうやら、この好機を逃せば全て終わると啓示が告げているのを感じ取れた。

 

「オ、オルガマリー……!」

 

「ジャンヌ、こっちはこっちで如何にかするわ!」

 

 所長は戦神を出し抜き、馬車に行こうにも現状は難しい。一撃で殺せずとも心臓を抉り取って一時的に行動不能にでも出来れば十分逃げられるのに、そんな隙は戦神に全くない。

 ならば―――消えてしまえば良い。

 戦神をエヴェリンで数発連射して牽制するその間、所長は片手で器用に劇薬を喉に流し込む。

 

「――――……」

 

 見えず、聞こえず、感じられず。存在感そのものが消失し、世界からあの狩人が消えてしまった。まるで自我と空間の境が混ざり融け、所長が時空に溶けてしまったような消え方だった。

 だが―――近付けば、話は別。

 感覚を研ぎ澄まし、第六感を深く感じ、呼吸音がせずとも闘争の意志は決して消えない。

 

「…………ぬ?」

 

 直後、銃弾の雨嵐。霊体である戦神は、本来の自分が召喚された“世界”の知識から、この武器の詳細を良く知っていた。弓と同じく射手がおり、弾道の根元を探れば敵の居場所も直ぐに分かると言うもの。

 馬車の上に―――敵はいた。

 ガトリング銃を右手と左手に持ち、一斉掃射をする姿。

 嵐を纏うことで弾奏全てを逸らしながら戦神は悠然と歩き進むも、ふと足を止めた。自分の召喚者である灰が、どうやらもう逃がす気でいるようだと敵意の無さから察してしまった。

 そして所長は、脳内の悪夢に保管しておいたカルデア製銃火器を馬車の屋根に幾つか設置。

 変態技術者らと共に開発した武器―――全自動重機関銃(セントリー・ガトリング)。コンセプトとしては旧市街で蜂の巣にされた古狩人の兵器を自動化したものであり、一瞬にしてカルデアを助けたに来た結晶馬車は戦争専門の装甲車に成り果ててしまった。

 

「ヒャッハー!」

 

 相変わらずトリガーハッピーだと灰は思いつつ、ハベルの盾を構えて鉄火の銃撃をやり過ごす。しかし、余りに濃い弾幕であり、一発一発が錬金術を応用した水銀弾薬。サーヴァントだろうと生身の人間のように殺せる銃弾であり、戦闘を行っていたヒューマニティ・サーヴァントも無理に敵を追わず、守りに徹している。魔女もそうするように従僕へと念話を送っており、無理に殺そうとしなくて良いと指示を出していた。

 そして、地面を走り出す馬車。ライダーが操る宝具であるそれは、敵と戦っていた皆を直ぐ様に回収。飛び乗るように馬車へと入り、全員の無事が確認された。直後、馬車は一気に上昇。

 

「「「「――――――!!!!」」」」

 

 そして、音の爆撃。カルデアを助けに来たサーヴァント達は、歌声と、楽器と、咆哮により、竜の魔女らに向かって火の粉舞う音の空間重圧を仕掛けた。地面が揺れ動く程の衝撃が対軍攻撃として絨毯爆撃され、サーヴァントであろうとも鼓膜が避ける災害となって魔女達を襲った。

 身動きなど―――もはや、出来るものではない。

 更に清姫の竜喉から鳴る咆哮も交わり、音波は炎上する呪いも混ざっている。

 

「すまない。遅くなった」

 

「エミヤ、無事だったんだね!」

 

「あぁ、マスター。とは言え、アタランテを相手に森で射撃戦は此方が圧倒的に不利だった。消耗が激しい。少し今は休ませてくれ……」

 

「オーケー。後は俺たちに任せてくれ」

 

 何とかエミヤも戻って来る事ができ、アタランテがカルデア陣営を狙撃しようとしていた森から死なずに帰還。しかし、腕や胴体に風穴が開き、霊核を矢から守るだけで精一杯だった様子が一目でわかった。

 ……血塗れになり、馬車の椅子に倒れ込む。

 荒い呼吸と一緒に口の端から血が流れるが、それを案じる様にマシュがそっと触った。

 

「―――マシュ……か?」

 

「気休めですけど、霊媒治癒で少しだけ治しておきました……」

 

「感謝する。呼吸も楽になった」

 

「はい。エミヤ先輩」

 

 そして外で暴れて貰っていたシャドウを藤丸は今漸く収め、彼もまた倒れ込むように座り込んだ。屋根の上で銃弾を放ち続ける所長の指示を受け、藤丸も一安心し―――血反吐を吐いた。

 倒れる藤丸を咄嗟にエミヤが腕で抑え、静かに座席へと戻す。マシュも慌てて駆け寄るも、彼女の先輩の顔色は病人と言うよりも、水死体に思えてしまうレベル。如何にかしたいが、如何にもできないことが一目で分かった。

 

「あ、あ……せ、先輩ッ―――!?」

 

「ごめん、マシュ。限界超えてた、みた……い」

 

 目を開けたまま気を失う。グルリと目が回り、藤丸は動かなくなった。痛みと緊張による精神的負荷もあるが、内臓を酷使し続けた状態によって脳に血液も回らず、酸欠もあったので何時倒れても可笑しくなかった。

 

「そんな……先輩?」

 

 狼狽しつつも、マシュはまずラインを通じて状態を把握。そして、心音と呼吸を計り、安静な状態を維持しなければならないが、直ぐに如何こうなる程に危険ではないと判断。

 

『マシュ……その、藤丸君は無事だ。ちゃんとバイタルも正常だから』

 

「はい。分かりました、ドクター……」

 

「フォウ……フォフォウ」

 

「フォウさん。先輩は、大丈夫ですから」

 

 無力感がジリジリとマシュの精神を蝕む。自分は彼を守れたが、それでも無事ではなかった。盾を握り締める自分の右手で、兵器となった偽りの左腕を握り締めた。

 

「……―――む。

 マシュ殿、藤丸殿は?」

 

「大丈夫です。けれど、消耗が激しいみたいです」

 

「……そうか……御無事で、あるか」

 

「はい」

 

 外側で攻撃する音が聞こえるが、マシュは静かに馬車内では邪魔になると盾を仕舞い込んでいる。何より所長が大丈夫と判断したならば、もう追手を撒く準備は出来ているのだろう。それに雷撃が浸透した肉体は、余り思い通りに動かす事が出来ない。神経も魔術回路も、痺れて正確に機能しない。宝具を使おうにも、魔力が乱れて血管が破れる可能性も高い。吐血で済めば良いが、下手をすれば脳の血管に傷が付く恐れもある。

 今は回復に専念したいと、彼女は静かに魔術回路の自己治癒に没頭。

 ただただ疲れたと項垂れ、外側が静かになり、安全を確保したと所長の念話がマシュに届くのも数分もせず直ぐ後の事だった。











 ヴィヴ・ラ・フランス。王妃様、初の☆四レアです。そして沼男は誰だってシナリオが好きな作者です。どう足掻いても絶望なのが好き。とのことで、ヒロイン清姫の登場です。実は魔女陣営で召喚されたサーヴァントでしたが、狂愛と人間性が悪魔合体した所為で、精神汚染とソウル洗脳を超えて発狂して、逆に一回転して正気になっているのが現状。愛の力で人間性と受け入れた姿を見た灰が、魔女側時代に色々と清姫に恋人の振りをしながら仕込んでいたので、今回みたいにヤヴェー雰囲気になってます。
 それと今回の戦闘で一番頑張ったのは、描写が全く無いエミヤさんでした。森の中であのアタランテと追いかけっこをしながら射撃戦をしなくてはならなくなったので、描写するまでもなく一方的に追い込れてしまってました。何とか死ぬ気で所長の合図が来るまで森の中にアタランテを封じ込め、速攻で逃げ帰り、馬車に飛び込んだのが今回の話となりました。
 感想、評価、誤字報告、お気に入りありがとうございました。そして、此処まで読んで頂き、ありがとうございます。

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