血液由来の所長   作:サイトー

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啓蒙21:ヒューマニティ

 御者台に座る騎士が操る王妃の結晶馬車。一瞬で所長により機関銃搭載戦車に改造され、装甲代わりに聖女が旗を掲げ、音楽家と歌手が音の砲撃を繰り出しながら逃げ去った。

 屋根に乗る所長と聖女。そして、助けに来た五人。また騎手に徹していたサーヴァントは気配を完全に殺し、馬車の操作に専念して隠れていた。つまりこの人物こそ、マリーの宝具を使ってジャンヌを轢いた張本人となる。

 

「逃げられましたね……」

 

「そうね……まぁ、良いでしょう。うん。そう言うことにしておきましょう」

 

「予定通りとはいきませんでしたが、それもまた戦争の醍醐味です。相手が手強い程、御愉しみが増えると思っておきましょう。何よりあっさり終わってしまう復讐ほど、味気無いものはないですからね。

 このまま無事にフランスを焼却してはい終了……何て、ジャンヌさんの心も晴れませんから」

 

 カルデアが此処で終わる程度の方が悲劇であると灰は微笑む。過程がなければ、怨讐は晴らされない。やり遂げた達成感と、人を終わらせた罪悪感と、自分が生きた人間であると言う自己認識が、大義名分を最後に失う復讐者をただの人でなしに回帰させるのだろう。

 

「はぁ……そうね。貴女がそう説くなら、そう思っておきます。けれど、何だか震えた声で強がりを吐いてるみたいな台詞よ」

 

「そうですね。しかし、私ってこう見えて、計画通りとか、時は来たとか、全て想定内とか、そのような気取った雰囲気の台詞が好きなのです。

 折角の馬鹿騒ぎなのですから、戦争など浸ってナンボと言う訳です」

 

「あっそう。まぁ、私も嫌いじゃないとだけ言っておきましょう」

 

 オルガマリーが乗る馬車の屋根に乗り、此方の攻撃を旗で振り払いながら逃げて行ったもう一人の自分。魔女は空の遠くへと過ぎ去った自分自身に何か例えようもない想いから手を伸ばし、けれども雑念だと脳から焼き払う。

 ―――執着だった。

 あの女だけが、憎悪を一瞬だけでも忘れさせる。

 ジャンヌ・ダルクを前にすると、聖女を捨てた筈なのに魔女は冷静になれない。英霊となった聖女ジャンヌを徹底して否定し、その魂を灰一つ残らず焼却してやりたいと自己嫌悪しているのに、生きた自分にその憎悪を向けられない。

 救われた自分。そんな自分の為だけに、誇りと人間性を捨てた友の存在。

 世界全てを敵に回してまで、救われて欲しいと願われた。そこまでしてまで誰かに生きて欲しいと思われたならば―――それは、永遠に生きても使い切れない献身だろう。

 ジル・ド・レェは確かに狂っている。終わっている。

 けれども、それでも尚―――まだ彼は光を失っていなかった。

 竜の魔女(ジャンヌ)はだからこそ、自分の終わりにさえ何も無かった彼に、せめて世界の最後位は光在れと願わずにはいられない。

 

〝貴女にとって無意味な献身でしたのなら―――私が、それを頂きましょう”

 

 自分を見ているようで、自分を通して違う自分を見る男。親愛があり、信愛があり、友愛もあるのに、記憶の中で視たあの瞳のように、旗の聖女(ジャンヌ)に向ける信仰と崇拝の輝きは消えていた。しかし、竜の魔女に向けぬその想いは何故か、あの生きた自分には向けられていた。

 求められて、憎悪に狂った筈。

 願われて、この様になった筈。

 なのに―――違和感が脳に巣食う。

 もはや忌まわしいだけだが、神の啓示を受けた時の決意はまだ記憶の中に眠っている。故郷を救いたいと心に決めた実感も魂に残っている。

 それらがジャンヌの憎悪を有り得ないと蝕むのだ。

 何故、何故、どうして、こんなにも復讐に狂えることが出来るのか?

 助けたかった者を容赦なく焼き、救いたかった国を躊躇なく燃やし―――復讐だけが、存在意義と成り果てた。

 

「こんな葛藤、さっさと決着させておきたかったのですが……はぁ、仕方ないですね。ねぇ、アタランテ、ちょっと宜しいかしら?」

 

「何だ、マスター。私に何か頼み事でも?」

 

「近場に村があった筈です。そこに宝具で矢の雨を降らせなさい。今の私、何故だかそう言う気分なの」

 

「……良いのか。もはや加減なぞ出来ぬ程に、そうしたいのだぞ?

 願いの為に獣へと堕落したこんな私に、救われぬ子供たちを―――救済(コロ)させてくれるのか?」

 

「勿論ですとも。抑えきれぬその渇望、同じ女として良く分かるわ。特別に、今日は貴女一人の為だけに、私のモノになったこの国の人間で遊ばせましょう。

 だから、フランスを支配した私が全てを赦します―――」

 

 ウズウズと猟犬が笑みを溢す。もはや命じられる儘に殺戮を行う魔女の使徒となり、人を殺して魂を奪い取る快楽に取り憑かれていた。殺せと言われるまで待てと我慢出来るが、その間に渇望は溜まる一方で在り、ソウルを貪りたくて溜まらず、欲求不満に人を殺していないと苛まされる日々。

 殺している間だけ、ヒューマニティ・サーヴァントは解放される。

 騎士たちも全員が同じだった。彼らは灰が常時味わっているソウルへの渇望から零れ落ちる、ほんの一欠片だけで倫理を全て焼き払われてしまった。サーヴァントも灰から直接的に魂に人間性のソウルが注がれ、その在り方が別の魂に作り変えられてしまった。

 

「―――殺せ」

 

「アハ………」

 

 魂から涎が出る気分だった。願望とは、もはやソウルにとって食事と同じ。アタランテは自分の願いである子供達の救済が食事となり、彼らのソウルが御馳走になり、貴い想いは渇望で塗り潰される。そして、ソウルを貪るには子供を殺さねばならず、殺すことが子供を救って上げたいと言う渇望。

 殺戮こそアタランテにとって唯一無二の―――人間性(ヒューマニティ)

 

「ハハハ……あははは、アッハッハッハッハッハッハッハッハ!

 待っていてくれ、哀れなる子供たち。こんな特異点、こんな地獄から、私が一人でも多く虐殺(解放)させてやる!」

 

 直ぐに壊れる命を嗤いながら、狩人の獣は走り去った。何時も通りに人々を射殺し、何時も以上に殺戮を成し遂げた歓喜に震えるのだろう。

 サーヴァントただ一体、それだけで人々は容易く虐殺される。

 狩人の獣を一匹送り込むだけで、そんな些細な命令一つで、人の営みはあっさりと射殺されてしまうのだろう。

 

「ジャンヌさんは、アタランテさんの事が好きですよね」

 

「ええ、貴女よりかは好きだわ。可愛気がありますからね。何より、狂った女は見ていて気分がとても良いの」

 

「あら、そうですか。でしたら、清姫さんは?」

 

「―――……あれは、例外です。あそこまで愛に執着する人間の狂気、本人以外には誰も共感出来ません。それもただの人間から竜になる程となれば、人として発生した魂の設計図を狂わせる程の深すぎる愛が正体。

 狂人と呼ぶにも……―――おこがましい。

 あんな者を貴女は良くもまぁ、愛してるだ何て騙そうと思えましたね?」

 

「だからこそ、です。自分自身に向ける内的干渉であらゆるカタチに深化する人間性は、清姫さんとの相性は抜群に最高だったですから。

 ……で話は変わりますが、今回は私がカルデアを追撃しましょう」

 

「あら、意外。でも如何して?」

 

 黒い精霊に似た呪いに、そのような効果もあることを知ってジャンヌは疑問に思うも、別段不可思議な事でもないと斬り捨てる。今はまず、カルデア狩りをすると宣告した灰に真意を聞く方が先決だった。

 

「対カルデア戦に、今の内から慣れておこうと思いまして。何よりもカルデアが来る前に貴女達の御蔭で十分なソウルを魂に蓄えられましたし、これ以上の殺戮はもう私にとって余分な娯楽となりました。そもそも人間性をより深く富ませる為の、邪悪な人間共による殺戮でもありましたが……もはや私には不要です。

 私がこの特異点で欲した錬成儀式も、数日で完了致します。

 利害の一致から始めた私と貴女の秘め事も、私の方が先に終わらせて貰いました」

 

「と言うことは、私が貴女にすべき契約の対価は全て払い終わったと?」

 

「はい。私の方の儀式は、好きな機会にでも行います」

 

 火の簒奪者として炉から奪い取った火。そして炉の代わりとなる亡者の穴。だが炉で燃える火の燃料となる薪は、自分自身の魂がそう在らねばならない。ソウルも、人間性も、灰の不死の持つ全てが闇の薪でしかない。

 故に、あの世界で儀式は繰り返され続けた。

 所詮、不死も儀式の原材料でしかなかった。

 魂を欲する渇望も、人を求める悲哀も、世を救いたい願望も、不死たる人間の闇から生まれた人間性。火の薪になって炉へと焚べられるのが王の定め。

 だから灰は人々に絶望を与え、この特異点を錬成炉に仕立て上げた。

 

「ですので、今の私は完全な雇われの身でしょう。この身、ジャンヌさんの御好きな様に扱って下さい」

 

「成る程。ヒューマニティ・サーヴァントもそうなれば、アッシュの支配管理下から全員が解放さえ、私の契約管轄と考えて良いのですね?」

 

「勿論です。ですが、王子様は私の仲間なので気にしないで下さい。それと望むのでしたら、私がソウルと呼ぶ魔力もどきも、貴女に流れる様に致しますけど?」

 

「要らない。私にはジルから貰った力があるから、今まで通りそっちは好きにして。でも、此方の過払いになるのです。それ相応に働いて頂きますからね?」

 

「喜んで、ジャンヌさん」

 

 闇霊として、その本性を剥きだしにする灰。一対一の決闘など、所詮は騎士様ごっこの御飯事。何でも有りの殺人こそ彼女が得意とする戦法であり、中でも旅や探索をする敵を奇襲する状況こそ最も喜ばしい。

 

「けど……そうね、だったらサーヴァントも貸しましょう」

 

「良いのですか?」

 

「構わないです。それで、誰が良いの?」

 

 つまりは、如何殺そうか自由になるということ。

 

「隠密が良いですねぇ……―――竜殺しを助ける為、闇堕ち侍になった佐々木さんも良い使い手ですが、せめて彼は正々堂々な殺戮で使って上げましょう。出来れば、佐々木さんを犠牲に生き延びたあの竜殺しを仕留める際、彼を使って上げるのが感動的と言う物です。

 なので……はい、決めました。

 マルタさんと、デオンさんと、ランスロットさんの三匹を私に遣わせて下さい」

 

「あのカルデアですよ。三人で足りるの?」

 

「最後まで根絶やしにはしませんからね。戦力削りの嫌がらせが目的です。それにマルタさんは囮に使って殺させますから、そっちで幾人かの追加サーヴァントの召喚準備は怠らない様に」

 

「……あー……そう言うことですか。まぁ、良いでしょう」

 

 灰の言葉に納得し、魔女は自分の憎悪を再確認した。苦しめられるのなら、やはり苦しめてやる方がやり易い。

 

「では、さようなら。ジャンヌさん。

 連絡は常時しますが、次に会う時は私が錬成を成し遂げる日となりましょう」

 

「ええ、さようなら。アッシュ。

 殺しても殺さなくても良いけど、変なポカだけは気を付けるのですよ」

 

 そんな言葉に灰は笑みを溢し、幼い子供を慈しむ聖母のような神聖さを身に纏う。敬虔な聖職者にしか見えず、そんな灰を貴いと思えてしまったジャンヌ以外のサーヴァント達は、そう感じた自分の感性に殺意を抱く。だがジャンヌだけは灰の笑みを素直に受け取り、殺戮を喜ぶ魔女からは程遠い聖女の笑みを浮かべた。

 その笑みのまま、魔女は自分の従僕に念話で命じた。灰の命令に従い、ジャンヌ・ダルクの復讐の為だけに人を殺せ、と。

 ソウルを貪る快楽を覚えたサーヴァントに逆らう術はない。魂を闇で縛られた英霊に、魔女と戦う手段はない。それこそ想いだけで魂の設計図を作り変えるような、人間性さえも自分の魂の養分へと貪り尽くす渇望無き人類では、魂を変貌させる灰の闇に抗うことなど不可能だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「お疲れ様です、マリー様」

 

「貴女もね、デオン」

 

 馬車の御者台に乗る人物――シュヴァリエ・デオンにマリーは微笑みかけた。

 

「それに凄く良い轢き逃げだったわ。魔女がビューンってあの人に目掛けて翔んでいったもの。あんなのは宝具の持ち主であるわたしにだって出来ないですものね。

 貴女ってば、綺麗で可愛くて格好良いだなんて、最高の乙女騎士よ!」

 

「―――は。このデオン、まこと感謝の極み」

 

 けれど、個人的には男扱いして欲しいこの頃。けれども、デオンの独断でジャンヌ・ダルクがピンチそうだったので取り敢えず轢いてみたが、王妃的に敵への轢き逃げはまるで構わないらしい。

 

「はぁー……やっと、一息ね」

 

 屋根の上からジャンヌと一緒に所長は降り、カルデア製の自律式ガトリング砲台を拾い直す。機関銃用に悪夢に保管しておいたカルデア技術部門の量産した水銀弾パックも幾つか消費し、それを元に所長は脳内計算で脳内物資の消費率を再計算。スーパーコンピューターを遥かに超える天文学的演算機能を持つ所長からすれば、その程度ならば千分の一秒を使わず正確な数値を出し、これからの行動に準じた物資消耗を心掛けようと考えた。

 

「所長、その先輩が……?」

 

「ロマニから話は聞いたわ。取り敢えず、安静にさせておきなさい」

 

「はい………」

 

 馬車から下りたマシュは藤丸を負ぶさりながら、意気消沈したまま歩く。

 

「うぅ……ん、すぴー……んー」

 

 だが、藤丸はマシュの背中で身動ぎする。元より寝相が良い方ではないのかもしれない。マシュの首筋に吐息が生易しく当たり、鼻の頭が当たるか当らないかの絶妙な部分で幾度も掠る。藤丸の両腕はダラリと下がってはいたが、偶に両腕が動く所為か胸に当たりそうで当たらず、けれども絶妙に触れてしまうタイミングがあった。

 ついでだが、背中には男のアレの感触が勿論あった。マシュも鎧を装着すれば防げるのだろうが、意識のない負傷者を鎧で身に纏って背負えば無理に起こしてしまう事にもなり、それが原因で怪我をすれば運ぶ意味がない。

 

「ちょっ……先ぱ……でも、うぅ……ぅー」

 

 なので、後輩は我慢するしかない。いやむしろ、逆に我慢をする必要もなく、愉しむ事が出来ているとも言える現状。そして顔を赤らめながら、呻くマシュは何かを耐える様に歩いていた。

 

「「………………」」

 

 そんなマシュを生優し過ぎる瞳で見詰める聖女と所長。何だか共感出来るトキメキみたいなものを二人同時に覚え、合図をするまでもなく感動を分かち合う。結果、全く同じタイミングで片手を出し合い、堅い友情の握手をした。

 

「フォー」

 

 そして、遠巻きにそんな四人に鳴き声を上げるフォウであった。

 

「改めて、カルデアを代表して感謝するわ。ありがとう……―――で、アナタ達は何者よ?」

 

 代表者として、所長が問う。相手は五騎のサーヴァント。実は敵でした何てことになれば、嬲り殺しにされるのが目に見えているが、そうはならないだろうと啓蒙する。同じジャンヌの方も啓示され、敵意が全くない様子で見守っていた。

 また魔力の節約か、既に馬車は消えているのでマシュは藤丸を丁度良い日陰まで運び、そこで安静にさせる。その場から動かず、しかし視線を皆の方へと向けて話を聞いていた。

 

「もう察しているんだろ。御覧の通り、竜の魔女と敵対しているサーヴァントさ。

 そんなことより、僕は君達の事を―――」

 

「―――駄目よ、アマデウス。自己紹介もせずにせずにお話なんて失礼です。

 初めまして、皆さん。わたしはマリー・アントワネット。ライダーのサーヴァントです」

 

「マジか。真名もクラスも明かすのかい。けど、マリアがそうしたいなら仕様がないな。僕はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。クラスはキャスター」

 

「僕はシュヴァリエ・デオン。セイバーだ。宜しく頼むよ」

 

「エリザベート・バートリー。クラスはアイド……じゃなくて、ランサーよ」

 

「わたくしは清姫と申します。クラスはバーサーカーです」

 

〝分かってた……”

 

〝でしょうね……”

 

〝だろうなぁ……”

 

〝ですよねー……”

 

〝……で、あろう”

 

 清姫のバーサーカーと言う紹介を受け、意識のない藤丸以外のカルデア勢全員が揃って頷いてしまった。見えないが、管制室にいるロマニと顧問も納得するように深く頷いていた。

 

「皆さま、わたくしに……なにか?」

 

 瞬間、所長に啓蒙奔る。此処で自分以外の者が下手に返答して誤魔化すと、多分誰か死ぬ。

 

「あー……そうね。気にする事じゃないわ。それでも気になるのなら、言うけど」

 

「確か所長と呼ばれていた貴女は……そうですね。嘘は、おっしゃられていない様子。でしたら、まぁ良いでしょう」

 

「そう……良かったわ」

 

〝私が貴女に、燃やされなくてね”

 

 刹那、所長のアイコンタクトがカルデアの皆に行き渡る。彼女には決して嘘を吐いてはならず、それでも本音を言いたくない場合は先程の所長のように巧く誤魔化すか、隠し事として内に秘めるしかない。

 

「うっ……―――あれ、俺は一体?」

 

「あ、先輩……先輩!?

 皆さん、先輩が起きてくれました!」

 

「起きたわね」

 

「立香、御目覚めですか。無事で良かったです」

 

「随分と無茶をしたものだ、マスター」

 

「藤丸殿。御無事で、なにより……」

 

 程度の差はあれ、カルデア唯一の適性持ちのマスターの復活は喜ばしい。そう言う世界を救うビジネスを抜きにしても、彼と関わりがるカルデアの面々は各々が喜びの感情を表していた。

 

「目が覚めたみたいで良かったわ!」

 

「では、彼には後で僕達が改めて自己紹介をしておこうか」

 

「そうね、そうしましょう!」

 

 とのことで、藤丸も体調が良くなったからと直ぐ様に立ち上がって会話に加わる。他の面々は心配そうにし、通信でロマニも安静にしておいた方が良いと言ったが、どうやらバイタル状態的に安全なのは本当らしく、そのまま会話が続けられた。

 彼らは各々が持つ伝承に対する詳細を藤丸を交えて情報交換し、そして現状把握の為の話をした。

 

『なるほど。やっぱりか……冬木と同じで、マスター不在のサーヴァントがフランスでも召喚されていたのか』

 

「となれば、アナタ達は抑止力として世界に呼ばれたか……あるいは、アラヤが英霊の媒体である聖杯に干渉することで、この特異点に召喚されたのかと言ったところかしら?」

 

「だろうね。でも、それはどっちでも僕達にとっては同じことさ」

 

「そりゃ、まぁそうでしょう。どちらにしろ、あの魔女の為に呼ばれたのは変わらないからね。けれど、魔術師である私にとって大きな違いがあるのよね」

 

「知らなくて良いことに興味はないさ。関わるのなら、別だけどね」

 

「余りないし、私が分かってればいいことだから……それに、憶測を出ないただの考察だもの。そう言う現象として呼び出されたって言う自覚があるのですし、知らなくても別に良いじゃないかしらね?」

 

「じゃ、構わない。やるべきことは変わらないし、誰に呼ばれたのかは兎も角、すべき役目はどっちにしろ同じだ」

 

『しかし、そうなるとなぁ……所長、ボク達が思うよりもかなり切迫した状況です。どっちにしろ、人類を守るアラヤは、カルデアだけじゃオーダー達成は無理だと判断したのは事実。

 人理修復には、彼らの協力がこれからの特異点でも絶対的に必要となるのでしょう』

 

 それを聞き、自分の瞳が脳にロマニの憶測が事実だと啓蒙した。だが、それは気に食わない。所長は、狩るべきものを自分で狙いを定めて狩り、自分が求める叡智の為に自分自身へと啓蒙する。

 このグランド・オーダーとて同じこと。

 他の誰かに啓蒙されるなど有り得ない。

 貴き蛞蝓のように粘つく脳の為、オルガマリーは自分の瞳だけで脳髄をすべからく啓蒙しなくては意味がない。

 

「ま、私は昆虫みたいな思考しかないアイツらのシナリオなんて知らないわ。ただの人間の一存在として、自分の為に世界を元に戻すだけだもの」

 

「俺も所長と同じです、ドクター」

 

「マシュ・キリエライト、マスターと所長に同意します!」

 

 半ば強制的とは言え、藤丸は自分が生きる為に戦っている。マシュも自分が選んだ生き方の為に、こうして生きている。

 

「そうね。その方が良いと思うわ。わたしたちも役目があるから呼び出されたのだけど、英霊だから、サーヴァントだから、そう在るべきだから戦うって訳じゃないもの。

 助けたいから、助けるの。

 愛している国だから、わたしは呼ばれたんだもの!」

 

「僕はぶっちゃけ、滅ぶならそれはそれで良いんだけど……うん。マリアが戦うなら、僕も戦うさ。勿論、自分の為にだけど」

 

「私はフランス王家に仕えていた身。昔の故郷を助けるのは、英霊としてってだけじゃない。そしてマリー様が戦うならば、騎士が戦うのもまた当然。

 ……それに、あちらには因縁のある敵もいるからね」

 

「アタシもデオンと同じよ。決着を付けないといけないヤツがいるのよね。結果的にそれがフランスを救う手助けになるってだけだけど、アタシはアイドル英霊のサーヴァント。

 誰かの為だけに歌を唄うのも、偶にだったら吝かじゃないわ!」

 

 マリーに続き、アマデウスも、デオンも、エリザベートも想いを口にした。全身がフランスの為に戦うのは共通しているが、それでも原動力は全員が別。けれど、それでも共に戦えるのがサーヴァントとして呼ばれた英霊なのだろう。

 とは言え、暗い情念を燃やす女が一人。

 思うだけで感情が炎になって燃え上がりそうになるが、熱い狂気でその感情を抑え付けた。

 

「わたくしは……フランスを焼き尽くす為に呼ばれました。わたくしの竜炎で、もっとこの地を人の血で染めよ、と。

 けれど、そんなものは不愉快極まります。

 この清姫、自分が焼いて、燃やして、消炭にするべき者は―――我が愛にて、定めるだけ。

 例え魂を作り変える呪いを受けようとも、この愛こそ清姫なのです。ならば人間性を唄う呪いごと魂魄を炎で黒く焼き焦がし、今の私のように燃え殻になったところで、何一つ変わりはしません。

 決して誰かを愛すると言う人間性だけは―――何があろうとも!」

 

 清姫の魂は、既に焼け焦げた。灰の闇から逃れる為に、自分の炎で魂を焼いた。だが愛で魂を焼いて、そのカタチを作り変えるなど、英霊になる生前の小娘だった時に出来たこと。

 ―――愛。それだけ。

 安珍を愛していたのだろうが、そもそも愛と言う形は誰を愛そうと変わらず。

 故に初恋の人に合わせ、彼女の認識だと恋人が安珍に見えるだけ。実際はマスターとなるだろう愛する人間全てを嘘偽りなく見通し、もはや安珍に対する欲求も竜の炎で燃えている。今も憎悪した分と同じくらいに愛しているが、そんな感情の正負共に変化は永遠にないのだろう。

 

「そうなんですね。じゃあ、やっぱり戦う理由は俺と一緒です。このままじゃ終われないし、納得して死にきれません。俺はまだ、好きになった人を心から愛したこともない子供だから。そう言うのを、此処で諦めたくないんです。

 だから、弱い自分だけど宜しく御願いします、清姫さん」

 

「……………ぁ―――」

 

 気休めなど欠片も無い混じり気なしの本心。真実、彼は清姫にそう本音を語っていた。あるいは、語ってしまった。

 

「あの、清姫さん……?」

 

「―――いえ、何でも有りません。

 後、わたくしにさん付けはいりません。敬語も結構。仲間になるのでしたら清姫と呼んで下さい、藤丸」

 

「そう……うん、分かったよ。清姫」

 

「えぇ、宜しく」

 

〝―――パーフェクトコミュニケーション!

 その女は貴方に任せるわ、藤丸。流石は私の目に適ったマスターね”

 

 彼女の狂気を受けながら、その狂気も人格の一部として受け入れた上で、この対応。正しく所長が藤丸に求めた人間性に他ならない。何時も通り所長は表情を一切変えず、だが内心でグッと親指を立て、今月分の給与の手当てを増額させると決定した。ボーナスも増やしてしまおうとも考えた。

 だがチョロ過ぎないか、とそれとは別に清姫が心配にもなる所長でもあった。

 

「―――愛ね……ふふふ。懐かしい光景だと思わない、アマデウス」

 

「そこで僕にその話を振るあたり、マリアも中々に辛口になったんだね」

 

「何だかんだで異国の宮廷で生活してましたもの。悪い性癖だけど、人をからかうのも好きなってしまうのよ。

 ……あ、それと、わたしたちのことも気楽に接してね。わたしもそうしたいんだもの!」

 

「わかりました、マリーさん」

 

「んー……良いわね。凄く良いわ。マシュさん、わたしの事はマリーさんって親しく呼んで頂戴な。

 もっと、愛を込めて!」

 

「マ、マリーさぁんッ!」

 

「とても素敵な響きね!」

 

「さっそく自分の世界に引き込んでる……ま、僕は別に良いけど。それでは話を続けようか」

 

『え、この状況で?』

 

「うん、この状況でだね。別に騒音って訳じゃないんだ、構わないだろ?」

 

 とのことで、雑談を交えながらも情報交換を各々が好き勝手に行い、その会話情報全てをロマニが記録し、その上で彼本人が自分なりに纏め上げる。脳内で整理整頓されたフランス特異点の現状を把握し、所長も同じく現状把握を完璧にし、この世界が如何なる特異点なのか全体像がくっきりと見え透けた。

 

「じゃあ、結論なのだけど―――」

 

「―――決まってます!

 わたしたちは第一に仲間を探すのです!」

 

「それね。戦力増強が必須。私か隻狼じゃないと、現状ぶっちゃけアッシュとあの白ロン毛は対応出来そうにないもの」

 

 白ロン毛と言われ、確かにあの雷撃遣いの見た目そのままだとエミヤは納得する。同時に、自分では決して勝てない相手だとも理解していた。有り得ないが、何度も自分が死んで挑めるのなら、数十と言う死の果てに一勝出来るかもしれない。だが、そんな事をしていればカルデアから戻って来る間に特異点は完結し、人理は崩壊していることだろう。

 

「あぁ、それは確かに。今の戦力状況的に、奴ら二人は格違いだ。対応可能なのは、君達二人しかいない。私程度の技量では正直、あの二人とは一対一で良くて相討ちに持ち込むのが精一杯だろう」

 

「そんな……エミヤ先輩でも、ですか?」

 

「肯定しよう。例えば、そうだな……英霊になる前の私が、全盛期のまま何百年と修行に費やした果てに英霊となっていれば、この私でも彼らと対等に殺し合えるだろう。故に、私が出来る事となれば、自分自身だけが持つ特異な宝具を切り札にし、一矢報いるのが限界だ。そのまま斬り合えば、ただ死ぬだけだろう。

 まぁ、だからこそ、そこの所長や隻狼も私から見れば、かなり馬鹿馬鹿しい存在でもあるのだが」

 

 有り得ない例えである。例えば、研究と実験を続けて固有結界を完全無欠に完成させ、修行と実践で戦闘技術を究極の一に至っても更に磨き上げ、鍛錬と極致にて千里眼を必殺必中を超えた無の境地に辿り着かせる。それが出来れば、あの戦神と灰女と同等に状況下で戦って勝てる勝負を行える。

 強い上に、果てしなく巧い。戦神は神らしい凶悪な神秘性があり、逆にアッシュは底知れない巧さがある。エミヤでは到達出来なかった究極の一を、あの魔人二人は何種類も保有し、その魂が如何に練磨された存在なのか身震いしそうだった。 

 

「エミヤ殿……俺も、奴らは強き達人故……敗北も有り得まする」

 

「私もよ。もし彼らが戦闘下の環境を自分達に有利な状態に整えてきたら、私だって容易く狩られる立場だもの」

 

 とは言え、幾千幾万の死が許された存在だ。勝てない相手など、この世にはいないのかもしれない。

 

「けれど、あの白ロン毛は結構厄介よ。斬り合おうにも、凄くビリビリします。マシュの盾でも、幾度か防ぐと全身黒焦げになるでしょうね」

 

「そうですね、所長。あの雷撃は、何度も耐えられる神秘じゃありませんでした。体に流されますと神経も……魔術回路も、無理に動かせば千切れそうな力です」

 

「となれば、雷の神性……―――なのかしら?

 フランスはガリアって国が元なのですけど、昔の神話ってローマ帝国の征服とか、キリスト教への改宗でもうこの特異点の時代じゃ消えてるの。

 そう言う意味ですと、あの神霊はフランス由来の神様じゃないわね」

 

「マリアの言う通りだろうさ。僕も神話には魔術師みたいに詳しい訳じゃないけど、英霊の座に居る者として知識はある。フランス文化の神話を強いて言えば、ケルト神話に属するんだろうけど、それだと主神クラスのタラニスが該当してしまうからね。

 でも、伝承を宗教で根絶やしにされたフランスで、神霊がサーヴァントとして、あんな形で召喚されるとは思えないけど」

 

「じゃあ、ゼウスとか?

 俺だと雷の神様ってなるとその位しか分からないけど」

 

「先輩、それは無理です。そもそもゼウス何て存在を呼べるのでしたら、特異点の修復が不可能な程に、この地は破壊されてしまっています」

 

(わたくし)の故郷である日本でしたら、建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)が高名な雷神ですね。日ノ本の前の、大和(ヤマト)を建国した神武天皇に雷の神剣も授けていますし……あるいは、神武天皇も同じく神なりし雷の力も保有しているでしょう」

 

『ボクの知識としては、雷の神性となれば一番馴染みが深いのは、バベルの塔を破壊した唯一なる神だからなぁ……でも、余り参考にはならないと思うけど』

 

「けれども旧約聖書が書かれる前の、神代の古いユダヤ教って唯一神だけの啓示宗教じゃなかったんでしょ、確か。ネブカドネザルの虜囚で再編されて、ユダヤ民族の神から世界創造の唯一神に再理解されたって伝承よ。私もその辺の神話事情は興味ないから文献読んでる程度だけど、でもそれで全ての権能を統合されて唯一なる神になったって解釈も出来るのかも。

 となればロマニ、神雷の投槍が出来る英霊ってのも、中には宝具持ちでいるかもね?」

 

『そこはノーコメントで。矛盾しているけど、詳しく話せば頭痛が痛くなる』

 

「え、それってどう言う意味?」

 

『所長ならボクの話が分かるかもしれないけど、理解すると常人だと脳味噌がリアルに爆発する知識と言う物が世の中にはあるでしょう?』

 

「あー……そう言う類の。じゃ、今は止めておきましょう」

 

『ですね。なので、次に行こう!』

 

 黙々と情報交換をする皆。白熱し、語り合い、意見をぶつけ合う。あいつはどう攻略するのか、誰が相手にするのか、どんな宝具や技能を持っているのか、それぞれが知識と閃きを言葉にしていた。

 

「シュヴァリエ・デオン……その、お茶飲みます?」

 

「あぁ、ありがとう。ジャンヌ・ダルク、有り難く頂くよ」

 

「ジャンヌで構いませんよ」

 

「なら、私もデオンで構わない」

 

 ずずず、と二人は茶をしばく。エミヤが全員に何時の間にか配っていたコップに、これまたエミヤが気が付けば準備していたポットからお茶を注いで、また一口飲む。

 

「美味しいですねぇ……」

 

「……そうだね、大変美味だよ。でも、ジャンヌは何か意見はないのかい?」

 

「私は正直、もう一人の私の事以外について、戦場を把握する余裕がなかったですからね。そう言うデオンの方はどうなのでしょう?」

 

「私も余りないかな。神話云々の知識も、マリー様や変態音楽家に劣るしね。

 戦場でやったことも、もう一人の君である魔女を轢いた後、竜騎兵(ドラグーン)騎乗技能(ドラテク)で追撃を避けながら逃げたくらいさ」

 

「けれど、良く轢けましたね……あの私、私を攻撃している最中だったとは言え、それでも警戒を解いていた訳ではなかったと思います」

 

「その種はこいつだよ」

 

 そして、デオンは一枚の布を取り出した。

 

「これは……宝具、ですか?」

 

「あぁ。もう魔女共に殺されてしまったけど、とある英霊が私に託したんだ。とは言え、もうこれは使えないけどね」

 

「どうしてですか?」

 

「宝具の受け渡しってのは、そう言う伝承を持つ英霊じゃないと中々難しい。私も、あの英霊も、そう言うのは特になかった。だから、渡された時に込められた魔力の分……つまりは、あの時の一回しか使えなかった。

 ……けど、それで良かった。

 あの魔女を轢き逃げ出来たなんて教えれば、あいつも浮かばれて大笑いするだろうさ」

 

「そうですか……」

 

 恐らくは、友だったのだろう。マリー達に再会する前に出会えたサーヴァントであり、この特異点に限定された魔女を倒す為に協力した戦友で、その形見。デオンの魔力で形だけは今も維持出来ているが、既に真名解放は出来ない。

 そして、それも今この瞬間、解れつつある。明日の朝を迎える前に、消えて無くなっている。

 

「アタシも喉渇いたわ。デオンー、そこのお茶頂戴!」

 

「別に構わないが……自分で入れてはどうだい、エリザベート?」

 

「イヤよ。だって正直、人が誰かの為に入れてくれた茶って、自分がするよりも美味しいじゃない」

 

「それで強要しては余り意味はないと思うが……まぁ、良い。待っていてくれ」

 

「はぁーい」

 

 夜が暗く更けるまで雑談は続いた。焚火を真ん中に、食事を取りながら全員が意見を言った。思いを語った。感情を吐露した。そして、数時間もすれば建てたテントの中に入り、静かに眠り付くだけ。サーヴァントに睡眠は要らないが魔力の節約にもなり、僅かだが食事も取ることで回復も出来る。無駄ではない。勿論、人間である藤丸やマシュには必須な休憩であり、しっかりと休まなければ戦い続ける事など不可能だろう。

 

「……はぁ―――」

 

 だからと言って、眠りに付けるかどうかはまた別の話。魔術で清潔な状態を保ってはいるが、やはり風呂に入れないのは少し辛い。だがそんな事よりも、この特異点で視て来た惨劇が脳裏に焦げ付いて、瞼を瞑れば映像が勝手にループされてしまう。

 藤丸立香は―――悪夢を見た。

 地獄のような現実の出来事が夢の中でも引き起こされ、記憶の中の誰かの断末魔で目が覚めてしまった。

 

〝本当に……俺は、何も出来ない。誰も助けられない。分かっていたけど、弱くて、無力で、耐える事しか許されない”

 

 ラ・シャリテも邪竜の炎で灰燼となった。助けられたと勘違いしていたヴォークルールの避難民は、あの街と共に目の前で殺されしまった。あの村の人々もそうだった。自分達が関わっただけで、惨たらしく処刑されて、女子供も全員逃さず皆殺しにされて、その魂を怨霊として使い魔にもされてしまった。一番最初に訪れたドン・レミ村も来た時には手遅れで、吸血鬼化して玩具にされていた村人達も、結局はエミヤ一人が背負って後始末をしてくれた。

 

「俺はもしかして、何かが出来ると勘違いでも、していたんだろうか………?」

 

「不用心……ですよ、藤丸」

 

 不意に、そんな声が背後から聞こえた。しかし、彼は一切動じない。カルデアの訓練によって気配にはかなり敏感になりつつある藤丸は、最初から隠れていない人の存在感ならば、第六感で何となく分かるようになっていた。

 

「そっちこそどうしたんだい。こんな夜遅くに、清姫」

 

「少し、眠れませんでして。気分転換をしに開けた場所に来ましたら、貴方(あなた)が此処に」

 

「そっか。だったら―――」

 

「―――ええ。私も、藤丸と同じと言うことです」

 

 そう言った清姫は柔らかな笑みを浮かべ、相手に一切の警戒心を抱かせずに隣へと座った。元より他者に対してパーソナルスペースが小さい藤丸は彼女の行動を不審にさえ思わず、嘘が混じる愛想笑いもせず、等身大そのままな笑顔で清姫が座り易いように自分が移動して座れるスペースを作った。

 

「……この旅は、お辛いですか?」

 

「思った以上だったよ……」

 

「そうですか……いえ、そうですよね。でも実は、わたくしも生前は旅をした事があるんですよ?」

 

「清姫が、旅……―――あ。それって、安珍さんの?」

 

「お恥ずかしい話ですが、はい。その逸話ですね。好きな男に会いたくて、ちょっと無断で家を飛び出ました」

 

「ちょっと、無断で……」

 

「そこは、気にしません事よ。わたくし嘘が大嫌いで、貴方のそんな正直なところも美徳に思いますが、さらりと受け流して良い所は聞き流して下さい。

 ……あ、この女めんどくさいって思いましたね?」

 

「え……―――いや、その、黙秘権を行使します」

 

「良いでしょう。特別に許可します……で、なんでしたっけ?

 ああ、旅の話でしたね。それで、こう言う話は余りしたくはないのですが……旅は、元より苦難に満ち溢れたもの。

 終わらせなければ、楽しかったことも、悲しかったことも、思い出にはなりません」

 

「それは、清姫も……?」

 

「勿論です。旅を終わらせたわたくしには良い思い出は何一つなく、人で在ることも、魂も失ってしまいましたけど……藤丸は、まだまだ長い旅を始めた第一歩。良い思い出も、少しはあった方がやりがいもありましょう。

 だから……その、どうでしょう?

 自分で言うのもあれですけど……殿方ならば、異性と一緒にこんな場所で夜空を見上げると言うのは、それなりに良い雰囲気にもなるかと。そうわたくし思いまして……いえ、自画自賛しているようで少し気恥ずかしいのですけど」

 

「イヤじゃないよ。清姫と見るのは」

 

 そう思えた事を、藤丸は幸運だと思った。マシュが居て、所長が居て、ロマニが居て、狼さんが居て、ダ・ヴィンチちゃんが居て、エミヤが居る。カルデアには、シャドウとして声に応えてくれる仲間が大勢いる。スタッフの皆も、この時間になろうとレイシフトを維持する為に気力を振り絞っている。

 だからこそ、本当なら大昔の見れない筈の綺麗な夜空を今この瞬間、清姫と見ていられる。思い出になる時間を、こうして作ることが出来ている。藤丸は、そんな万感の思いを込めて喋っていた。

 

「―――そうですか」

 

「うん。思い出になる綺麗な時間だ―――月が、綺麗だね……」

 

「あぁ……―――そうならば、良かったです」

 

 月が綺麗だと、そんな台詞に驚いたが嘘はない。清姫は、彼が嘘偽りなく本心から月が綺麗だと思っているのを察し、そう思えるのも清姫と一緒に居る時間が―――綺麗だと、そう実感していたからだった。

 だから、これ以上は要らないのだろう。

 辛いだけの旅をするのは、自分だけで構わないのだろう。

 清姫はもはや本当に誰かに恋が出来るのか、焼け焦げたその心ではもう何も理解出来ないが、それでも藤丸立香に綺麗な良い思い出を残して上げたいと思ったのは事実であった。

 

「―――…………」

 

「…………―――」

 

 言葉無く過ぎる。悲劇に濡れた記憶に、それ以外の記憶が居場所を作る。だから、清姫はそうなれば良いと考えて、言葉はもう不要と喋らなかった。彼女は召喚に裏切られ、愛の為に恋心を自分の炎で焼いて、何も分からないから、藤丸立香に好きだとは言わなかった。言えなかった。言える訳もなかったのだ。

 その心が抱く思いが、本当に恋なのか、愛なのか、分からないなら―――嘘になる。

 だから、もし嘘かもしれない想いを告白する時があるなら、あのおぞましいマスターをこの手で焼いた後。けれども、清姫はそんな好機が訪れない事は英霊として分かっていた。自分は、サーヴァントとしてあの女には届かないと理解してしまった。

 絶対に勝てる―――と、自分に嘘など吐ける訳がなかった。

 

「……………」

 

「……………」

 

「マスター! 清姫さんも、敵襲です!!

 竜の魔女のサーヴァントがワイバーンを連れて―――民衆に、襲い掛かっています!?」

 

 だがしかし、時とは過ぎ去るもの。思い出は、今では無く過ぎ去った過去で出来上がるもの。そんな新鮮な思い出を新しく胸に仕舞い、藤丸は立ち上がった。

 

「―――行こう!」

 

「はい。マシュ、敵は何処ですか!?」

 










《闇霊がたくさん侵入しました》

 とのことで、次回から追撃グループがヒャッハーしに来ます。ホスト達がボス部屋に辿り着くまで延々とフィールドにウロウロしてます。


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