弓のように引き伸ばされる背と、狙いを定める矢のような拳。収縮する魔力の波動が一点より放たれ、その魔力流動と肉体動作が全くのノーカウントで行われる絶技。限り無く体感時間を縮めることでのみ、感覚出来る一瞬の技。
それこそ一撃必殺―――天使殺しの
「鋭く……ッ―――行くわぁ!!」
「ごはぁ!」
双剣を重ねて何とか防いだものの、エミヤは吹き飛ばされた上、その勢いのまま樹に激突。しかし、それでも止まらず、樹を圧し折りながらも更に吹き飛びつつ、森の中に消えて行く。エミヤは咄嗟に動き、仲間の誰かを狙った拳の一撃を身を呈して守るだけで精一杯だった。
「……………嘘だぁ?」
藤丸とマシュと清姫の三人が辿り着いた時と、森に飛んでいくエミヤを見ながらアマデウスが茫然と呟くのは、ほぼ同じタイミングであった。
ワイバーンを連れた黒い二つの影から攻撃を受けていたが、あの聖女の出現は誰もが予想外。丁度マルタもあの中で一番危険な二人が、仲間たちを守るのにギリギリ届かない範囲で戦い始めるのを見計らって奇襲を行ったのだろう。
「あれ、あの人って聖女様のサーヴァントでしたわよね?
フランスでドラゴンを退治して人々を救った聖女マルタでしたわよね?」
「マリー様。彼女はもう聖女……ではない。ただのグラップラーです!」
「大丈夫ですかぁエミヤ先輩ーーッ!?」
「―――安心しなさい、そこの娘。命を確かに潰したわ」
「そんな。あのエミヤ先輩が、一撃で……?」
等と言いつつ、マルタは拳に違和感があった。双剣を粉砕した後、敵の胸部に接触して更なる殴打を近距離より打ち放った。サーヴァントであれば内臓破裂は確実であり、其処が心臓の上なら霊核を破壊している筈。しかし、まるで鎧型の宝具を殴ったような感触。
命を潰した実感はあれど、殺せた確信はなかった。もし拳から伝わった肉の堅さが事実なら、届いていないかもしれない。
「いや、死んでないから。ほら、ロマニ?」
『ちゃんとエミヤの反応あるから、マシュ。まだ相手に集中して』
「ほっ……良かったです。しかし、エミヤ先輩をナックル一発であんなに吹き飛ばすなんて、聖女マルタさん。貴女はとんでもないグラップラーです!」
「誰がグラップラーですか、誰が。純白そうな気配をしていて、中々に毒舌ね。それにほら、見なさい。あの御方から授かった聖なる杖を。
これを見ても、まだそんなことを私に言うのですか?」
そう言いつつ、フリーな右拳が鋼鉄よりも尚も堅く握りしめられている。むしろ、そちらの方に濃密で強化な魔力が凝縮されている。
「まさか、あれは……―――ヤコブの手足?」
『そうだ、所長。有り得ないけど、有り得ないのに……!?』
「知っているのね、ロマニ‥…!?」
『あれこそが、始まりの啓示宗教において、人類が編み出した人外と対抗する原初の技術。道具に一切頼らず、己が肉体のみで神秘を殺す為の業。まだ魔術が成立しない神代で、神に頼らず人間が天使を殺す為に作り上げた闘法。
技の中の技であり、神に抗する真なる力。本当の―――肉なるパゥワー!!』
「つまり、それってどう言う事なんですか!?」
『―――あれの使い手がサーヴァントは多くないし、そもそも天使狩りの聖人を呼べる訳がない。
啓示のユダヤがまだ神殿宗教だった時代、神殿に務める高位神官でも、体得した者は物凄く限られている秘中の秘さ!』
「あら、御詳しい。もしかして、あの御方が人の在り様を変える前の、古い我らが教えを伝道する者ですかね?
それとも、その胡散臭くも清らかな声の気配……―――へぇ、もしかして御同輩かしら?」
『―――ッ……!?』
「けれど、如何でも良いことです。ゲオルギウス様と、そこの聖女ジャンヌ・ダルクは、せめてこの私が葬り去りましょう。
この特異点で殺される英霊は……人間は、善悪関係無く魂をあの深淵に送られてしまいます。
あぁ……でしたら、そうしなくては。天に居られるあの御方の場所に至ることを、人々を救い上げたことで許されぬ我ら英霊の聖者ですものね。その果てに、あんな暗過ぎる人の闇の中で、人間性を消化されるまで囚われる何て、赦されて良い訳がない。
そんな結末―――私が、許さない!
だから、私は呪われるのです。人の魂を貪って、快楽に狂って、それでもまだ生きなくては」
ジャンヌを見詰めながら、マルタは微笑んだ。闇に犯されて暗い魂と成りながらも、だからこそ貴い神の奇跡を唯一人の人間として身に宿す。邪悪なる生命の泥、あるいは魂の暗闇もまた、神秘なる奇跡であるのだから。
「けれども、裏切り者に出会えたのは僥倖です―――清姫」
「ええ。お久しぶりです、マルタ。その在り様は、わたくしの所為なのですね……?」
「そうよ。貴女が逃げるのに協力したのがバレたから……―――もう、戻れなくなった。
でも、良いのです。あれは私がやるべき事だからやったまで。事実、こうして清姫はカルデアを助ける一手になっています。でも、もう……それこそ、遠い過去みたいに感じるの」
狂っている所為か、戦闘中だろうと長い会話をするマルタ。喋りながらでも、呼吸が要らない体故に平然と相手を拳で殺す。狂気は狂気であるが、本人そのままの所業を目的を選ばずにする姿は、手段の為ならば在り方など如何でも良い狂人をイメージさせた。
「全く……無駄話が長過ぎじゃよ。殺して仕舞いにすれば良かろうに」
「Aaaa……aaaa―――aa……‥」
その背後で、黒い老婆と黒い騎士が暗闇で蠢いていた。皆がマルタの独白を聞いていたのはその為であり、ああ見えてウズウズとマルタ自身もカウンターで殴り飛ばしたいと狙っている意志を放っていた。暴力の精神性を発露させ、しかし拳こそ祈りの形でもある奇跡など、もう誰も言葉で止めることなど出来やしない。
エミヤと交差した瞬間―――あの絶技。
まさか、片手で退魔の双剣を砕くなど誰が考えるのか。
「―――……ジャンヌ」
「ええ、藤丸。マルタは、私が抑えましょう」
「頼む。だから、一緒に戦おう」
「はい!」
向かい合う彼ら。互いに、敵だけを見詰めている。
「ワイバーン共……ほら、人間共を喰らいなされ。アタシらの為に、精々立派な囮になって死ぬんだよ」
剣遣いの老婆が命じると、襲っていた民衆……ではなく、フランス陸軍の兵士に喰らい掛る。だがしかし、その竜は頭蓋が弾け飛び、脳漿を周囲のワイバーンや人間に撒き散らしながら死んでいった。
「仕方ないわね……はぁ、藤丸はどうしたい?」
「行き成りどうしたんですか、所長?」
「戦力分散させないでサーヴァントを袋にした方が早いけど、それじゃああの兵士連中は喰い殺されるわね。逆に、分散させると味方が死ぬ可能性が高くなる。それでもやるとなれば、私と隻狼でワイバーン共は皆殺しに出来る。
だから私は正直、助けて上げたいって思っているのだけど……そう言う上司って部下として如何かと思ってね?」
「―――助けます!」
「そう。だったら、早目に片付けなさい」
「了解しました!」
「そう言うことよ。私の隻狼、竜狩りと洒落込みましょうか」
「……御意、主殿」
その藤丸の返答と、自分のサーヴァントの返事を受けた所長は笑みを浮かべた。そして狂気なる血のハンマーを、その脳髄から引き摺り出した。そのまま勢いよく、何ら躊躇う事さえせず、自分で自分の腹に突き刺した。内臓へと抉り込むように腸に先端を挿入させて、背中と腹部から大量の血液が流れ出る。
―――
その名の通り、流れの止まった血管から流血させる仕掛け武器。
「ぎ……ぐ、ゥ……ぁあああっ!」
ある種の儀礼であり、狩人のみに赦された自害儀式。
血を抜き取ることで血を生み出し、流血でもって血塊を纏わせる。
狂おしい笑みを浮かべ、腸血が抜き取られる
「…………―――」
ワイバーンでさえ狂気で思考が止まる所長の姿。忍びはそんな動きを止めた愚かな羽蜥蜴の上に乗り、その竜の頭蓋を突き破って刃を刺し込む。そのまま脳味噌から一気に血液を抜き取り、心臓からも吸い上げ、相手を確実に殺す共に大量の血液を奪い取る。
―――血刀の術。
その名の通り、不死斬りから見出された呪いの赤刃を作る忍殺忍術。
不死を介錯する忍びは死を理解し、故にこの忍術を自らの手で編み出した。彼は何時も通りに怨嗟の声が聞こえ、思わず狂おしくなる衝動の儘に笑みを浮かべたくなるも、だが一握りの慈悲を忘れない。無念を刃で悟る忍びは血に酔う人斬りの衝動を止水の心で見詰め、動じることなく竜を狩り取りに走るのみ。
「Gyaaaaaaaaaaaa!!」
「Gougyaoooooooo!!」
そうして、周囲に響くは獣の絶叫。人間を思う儘に踊り食いする化け物が、為す術もなく屠殺されるだけの真っ赤な風景。
殺して、斬って、潰して、皆殺し。
悪鬼羅刹など生温い。暴れる儘に只管に殺す姿こそ―――血に舞う修羅。
しかし、カルデアにとって最も頼もしき力。人理修復と言う絶対な意志を持った二人の魔人は、視界に入る蜥蜴が一匹でも動かなくなるまで根絶やしにする決めていた。
「ちょっと、エミヤ。貴方、体は大丈夫なの?」
そして、その間にエリザベートはエミヤを助けに行っており、だからこそ他のカルデア勢は敵に集中して行動していた。
「君が助けに来てくれたのは意外だったよ、エリザベート」
「いや、だって仲間じゃない」
「そう言う所だぞ、君は。しかし……そうだな、君をそこまで変えたアイツが懐かしい気分になる」
「アタシから言わせれば、貴方のそう言う所こそ凄く嫌いよ……」
「気にするな。今は志を共にするサーヴァント同士だろう」
「貴方は良くてもアタシが気にするの!」
そんな二人が戦線に戻る頃、戦局は激変していた。ワイバーンは暴れ回る血濡れた二人が屠殺し続け、数分もせずに数百ものワイバーンが死に絶えることだろう。そして、マルタを相手に影霊を呼んだ藤丸とジャンヌが立ち向かい、ランスロットにはマシュと清姫とマリーとアマデウスが立ち塞がり、そして敵陣の老騎士をデオンが唯一人で抑え込んでいた。
黒い老婆―――シュヴァリエ・デオンは、若い故に古臭い自分を見ても何も変化せず。
たった一人で自分を殺すと決めている自分自身が相手だろうと、何ら興味も湧かずに唯一人を見詰めているのみ。
「ほう……中々。ほら若い頃のアタシ、自分同士で殺し合うのは愉快じゃろう?」
幾合も斬り合うも、決着は着かず。それこそが自分が自分を舐め腐っている証拠だとデオンは分かったが、今の彼女は其処に付け入る以外に延命手段はない。
「その様……魂まで老化したようだ。シュヴァリエを捨てた
「うむ。正確には、老い腐ったと言った方が良いが。しかしのぅ……別に、人殺しで生活していたのは、昔とアタシと何も変わらんじゃろう」
「―――……別に、私はそれを否定はしないが。
だけど、それを自分自身にほざく事が、どれだけ下らない言い訳か。シュヴァリエ・デオンが理解していない何て事は有り得ない」
「じゃろうな……けど、まぁ良い。無価値な思想に囚われた嘗ての自分、アタシゃ悲しくて堪らん。見ていられんわい。
どうせ枯れ果てる百合の華、ここで刈り取るのが慈悲じゃろうて。しかしなぁ……」
黒い老婆は笑みさえ溢さず、溜め息さえもせず、なのに落胆していることが強烈にデオンに伝わった。悪寒となって背筋を凍らせるが、時既に遅し。
「……アタシらは別に、そっちの戦術に合わせる気はありゃせんのよ」
直後―――デオンは左腕が吹き飛んだ。ボン、とまるで火薬が弾けるような抉り方。
「な……なん、で馬鹿な―――ッ?」
「悪趣味じゃなぁ……アッシュ・ワン。態と腕だけとはの」
「貴様、狙撃……か―――っ?」
「おうとも。不可視の化け物が、アンタら全員を狙っておるだけじゃ」
サーベルを握る右手で、腕が千切れ飛んだ左肩を抑える。思わず敵から後退し、周囲の気配を探るが、デオンは何一つ感じ取ることが出来ない。しかし、背後に転がる不可視の何かが、薄らと姿を顕わにし、デオンの左腕を吹き飛ばした物の正体だけは分かった。
まるで槍のような―――巨人が使う矢であった。
しかしそれ以外何も察する事が出来ず、ならばと集中したところで何処からあの巨大な槍が飛来したのか全く分からない。
「だがの……アンタを一矢で殺さなかったのは、態とじゃろうな。あの女、アタシが自分の手で自分を殺す場面を、遠くから観賞したいんじゃろうよ。
全く―――反吐が出るわい。
そんなヤツに従うアタシもアタシだが、それを愉悦に感じるのもおぞましい。こんな様に堕ちるなら、狂いとう……なかったよ」
「戯言を……それが、真実だとしても―――もう遅い。
今の、その様になった私は……人殺しを、愉しみ過ぎた……!」
「ヒェヒッヒッヒヒ!
まぁ、のぅ……じゃが、無様なアタシは此処で死ね。何せ撃たれたと言うのに、この段階でも対処法も浮かばんのじゃろう?」
「―――ク……!」
千分の一秒後、あるいは万分の一秒後、何時死ぬか分からない地獄のような戦局。即ち、それはデオン以外の全員にも適応する現状。
そんな地獄を一瞬で作り上げた女は、遠方より木々に隠れて観察するのみ。
「…………――――」
幻肢の指輪。霧の指輪。超越者の幻影指輪。克服者の幻影指輪。そして―――鷹の指輪。
揃えに揃えた宝具級の加護を持つ不死の財宝は、もはや火の簒奪者となった女へ際限のない祝福を過剰なまで与える。その指輪達は灰へとソウルが破裂する程に力を捧げ、魂に亀裂が入る痛みを与え、壊れた魂が更に砕ける死の呪いを飲み乾して、彼女は淡々と指輪から力を引き出していた。
その上で自分自身の技巧で気配を殺し、存在感を空気に溶け込ませる。
千里眼を持つエミヤだろうと見付ける事は不可能であり、魔力の反応で探知する事も出来ず、生体反応さえ灰は欠片も発していない。
「――――――」
灰は、本来の自分に戻る。無言のまま、笑みさえ浮かべず、ソウルと闘争を求める
人間は、人間のソウルを奪うのに罪悪など抱いてはならない。
相手がどんな存在であろうと、渇望はあらゆる生き物に手を伸ばさねばならない。
善人も、悪人も、不死も、英雄も、大人も、子供も、灰も、神も――――簒奪者は、例外無く簒奪するだけ。例えそれが世界を救おうと足掻く尊い者達だとしても、灰はだからこそ、そのソウルを奪い取る。
「―――ふぅー……」
呼気を一瞬だけ吐く。ギチリ、と大弓を引き絞る。シュヴァリエ・デオンはもう終わり。計画通り、此方の老デオンに殺させる。自分を殺すのは、自分がするのが因果と言う物。何よりも、追い打ちを横から掻っ攫うのは礼儀知らずだろう。
―――ダン、と不可視の巨矢が放たれた。
デオンを助けようと戦場に戻ったエリザベートを背後から穿った。やはり、囮を作るには致命傷を負った敵を放置するのが丁度良い。
「………――?」
しかし、吹き飛ばせたのは彼女の角一本。片腕のデオンが助けに来たエリザベートを咄嗟に蹴り飛ばし、脳髄を吹き飛ばす結果にはならなかった。ならばと素早くもう一本装填し、即座に発射。狙う相手は気紛れに。相手に恐怖を与える為、何時死ぬか分からないランダム性がカルデアを恐怖で覆う。
そのまま命中―――清姫の顔面を抉り飛ばす。
だが何か特殊な第六感で気が付いたのか、マシュが清姫を遠慮なく突き飛ばした結果、頭蓋骨が砕けて脳漿が飛び出ることはなかった。しかし、僅かに掠っただけで、灰は少女の貌半分を肉塊へと抉り潰した。
「――――……」
そして、その場から移動する。三射しただけだが、相手のエミヤはアーチャー。攻撃して来た方角を察知し、その程度の距離からか弓兵として観測し、灰は自分の居場所がバレたのを察する。
瞬間―――先程まで自分が居た場所に矢が突き刺さる。
直後―――矢を中心にクレーターを作るほどの大爆発。
淡々と生き延びた事に一切感動せず、相手の行動を先読みする灰はまた大弓を構えた。そして時間差なく直ぐに射る。
「
「………」
何も言わず、矢を容易く弾いた盾を灰は受け入れた。何故なら、それこそ悪手。確かにマシュ・キリエライトの大盾ならば、灰の居る方面全てからの攻撃は防げよう。背後に居る仲間全員を問題なく守れよう。
即ち―――灰が連れる悪鬼三匹に、背後を見せると言う事。
灰の狙撃から仲間を守る手段を選ぶと言う事は、カルデアはマシュの背中を死守しなくてはならないのだから。よってマルタ、老デオン、ランスロットはカルデアへと苛烈な攻撃を実行。だが、それでも灰は攻撃を決して止めぬ。何時狙撃が始まるか分からない故に、マシュは灰が攻撃を止めても盾を構え続けねばならぬが、そんな消耗戦よりも撃てる時に撃つのがおぞましき闇の侵入者と言うもの。
「―――ッ………」
姿を幻肢させたまま、魔術師としての神秘を自分のソウルから指輪で以って引き摺り出す。神の原盤で鍛えられた大いなる結晶の杖も魂から装備する。
灰はその上で力を溜め、魔力を渦巻かせた。ソウルを手元に凝縮させ、青白い光が周囲を強烈に照らし出す。遠目からも凶悪な青と白が混ざる発光が目に入り、空間を捩り貫く力の振動を魂で味合わせるのみ。
灰の魔術―――
それこそ原罪の探求者が見出したソウルの業に他ならない。圧倒的な力で以って、英雄も、王も、神も、一方的に唯の不死が殺し得る人間の叡智であった。
〝偉大なる十字の聖盾ですか……―――やはり綺麗ですね。
彼女の魂を奪い取って追放者の錬成炉に流し込み、また素晴しいソウルから武器を作りたい。呪文を覚えたい。この特異点で収集した無辜なるソウルを何千人分消化すれば、そこから貴方の魂は何に生まれ変わるのか……蒐集家として、実に愉しみです”
その欲望を魔術に込めた。願うだけで灰の声は呪文となり、更なる収束を可能とする。
「
ならばこそ、エミヤとて構えるのみ。聖剣を思わせる破壊の光を前に、マシュだけでは防げないと彼は理解していた。確かにマシュの十字盾は相性によってエクスカリバーさえも防ぎ切ったが、あの青白い力は相性が悪いとエミヤは魔術師として直感していた。
マシュは、その心が折れぬ限り決して負けないだろう。
だが―――あれは、魂で魂を削ぐ魔術や魔法ですらないナニカだった。守護者として、あの光だけは身に受けてはいけないと魂で感じ取れた。神でさえもアレで生命を殺された場合、その魂を殺し尽くされることだろう。故に、盾越しだろうと、マシュが立ち向かおうとする意志の輝きさえも挫いてしまう可能性がある。
「―――
蒼い光に立ち向かうは―――美しい七つの花弁を纏う聖盾だった。
「「……ぁ、ぁあああああああああああ!」」
マシュとエミヤの雄叫びが重なり、けれども灰はソウルの放出を緩めない。十字の守りに罅が入り、花弁が一つ一つ砕けて行く。
だが―――カルデアにとって敵は灰だけで無し。
「Aaaaaa―――eeerrr……!!」
「ほれい、狂戦士。もっともっと暴れなされ……魂と命を、啜りなされ」
「あぁ、太陽となって燃えなさい。星のように……」
狂える黒騎士を老婆が煽り、更に狂暴な力をカルデアの皆に叩き付ける。その上で老婆は素早過ぎる動きの儘、相手の行動を先読みしてサーヴァント達を切り刻み、動きを一瞬でも止めた敵に銃弾を撃ち込んだ。それでも、マシュとエミヤを守る為に全員で盾になるしかない。二人の背中を守る為に、逃げることは決して許されない。
そして藤丸が最初に召喚したシャドウはその身を呈し、マリーとアマデウスを守る為に死んだ。クーフーリンの影は、大英雄に相応しい姿で味方を守り抜き、そしてルーンの加護を死んでも残して消えて行った。それだけでも身を裂く苦痛に晒されたのに、彼は皆の危機に合わせて自分の命を贄とした。クーフーリンを召喚した上に、ライダーであるメデューサさえも追加召喚してしまった。両目が充血して赤い涙を流しても、此処は耐えねばならぬと藤丸は皆を踏み留める最後の力となっていた。
だが―――その魔眼が、何とか敵全員を抑え込めている理由。
しかし、宝具の真名解放まで封じ込める神秘でなし。それも強力な守りの祝福を持つ聖女が相手ならば、蛇の邪眼だろうと止め切れない。
「……
「この身、この祈り……皆の為に――――
燃え回る巨竜の体当たりを、旗一つで聖女は防ぐ。しかし、それでも竜は回転も突進も止めず、そのまま突き進むのみ。少しでも気を抜けばジャンヌは押し潰され、そのまま皆が死ぬだろう。
挟み打ちなんて状態ではなかった。
―――灰の狙い通り、どう足掻いても死ぬしかない状態。
「迸れ……」
だが、灰は知らぬだろう。最後の一匹を殺し終えたオルガマリーは、飛んでいた空から落ちるワイバーンの死骸から既に飛び降りた。仲間と部下を襲う最後のドラゴンを、そのタラスクを殺す為、一切躊躇わず百メートル以上離れた上空から隕石となって月明かりが舞い降りた。
狩人は、そうしろオルガマリーに囁いていた。
脳の蛞蝓は愛しき己が宿主に、貴公なら可能だと無貌の空洞を歪めて微笑んでいた。
「……
熱を光に変え、太陽が月光に突き潰される。月光の奔流を纏った彗星の光刃は一切抵抗なく竜の甲羅に突き刺さり、ドラゴンを内部から月明かりで染め上げた。
刹那―――回る竜は、瞳と口から青白い熱を発光。
それでも回転を止めぬ竜を仕留める為、刺さったまま月光の聖剣が強引に力を迸る。所長はまた深く刃を抉り刺し、一気に肉を壊すように引き抜いた。
「Gyugaaaaaaaaaaaaaa‥‥…」
「タラスク……ッ―――!?」
何処か安らかな表情で自分の死を受け入れる相棒の死を、マルタは悲痛な声を漏らしながら彼と同じく受け入れた。
生き延びて……それで、それが一体何なのか?
その迷いがマルタを止まらせ、ジャンヌを咄嗟に走らせた。
「……ぁ――――」
「すみません、聖女マルタ。私が、貴女を殺します」
「―――ん……こっちこそ、ごめんなさい。
ジャンヌ・ダルク……貴女を、こんな穢れた血で汚しちゃったわね」
心臓を突き抜かれながら、マルタは吐き出そうになった血を呑み込んだ。体から噴き出た血で彼女を顔から汚してしまったが、血反吐でジャンヌを穢す訳にはいかないと意地でも胃へ流す。
「代わりに、少しだけ………教え……て、上げる、から……」
ボソリとジャンヌ以外に聞こえない声でマルタは喋った。
「………ぁ、それって……なら聖女マルタ、貴女は?」
「そんな、顔しないの……はぁ、まったく。アレは哀れむべき……火の落し仔……だけど、貴女が……でも、やらなきゃならないことだから、気張って……い……っ―――!」
言葉の途中だったが、マルタは咄嗟にジャンヌを最後の気力で突き飛ばし―――瞬間、マルタは消え去った。
「―――マル、タ……!?」
矢であった。此方に向けて奔流を放つのを止めた灰が、その時を狙って放った矢であった。あのジャンヌは殺さずに生け捕りにする目的故に、急所を狙った訳ではなかったが、旗を振う右腕を消し飛ばす軌道で放たれていたのだった。
マルタが動かねば―――ジャンヌは、腕を失っていた。
「……アッシュ……貴女は何故そこまで、アッシュ・ワン―――ッ!」
沸騰する怒りを何とか抑え、それでも怒気は消えず。なのに、敵はもう消え失せていた。マルタが死ぬのも予定調和だとでも言うように、老婆も、黒騎士も、森の中へ何ら躊躇いもなく逃げ去っていた。同じく、灰による攻撃も既に止んでいた。
殺意さえなく、敵意もない……実に、静かな夜の森。
「先輩……もう、また何で私は……ぅう―――先輩っ!」
そんな悲痛な声でジャンヌは意識が戻る。マシュが涙を流す寸前で、必死に自分のマスターに霊媒治癒を施していた。
「ごめん……マシュ。また無茶した……かも…‥」
「かもじゃないです……そうじゃ、ないんですよぉ………」
既にもうボロボロだ。全員が生きているのが奇跡な強襲だった。肉体が無事な者であろうとも、消耗が激しく、今日はもう戦闘は絶対に不可能だと言える状態。
「あ”-……ギヅイ”ぃ……これは、ちょっとアタシの予想以上かも」
「わたくしも、変化がなければ………酷い事になっていたことです」
「いや、アンタ……顔の半分、爬虫類みたいになってるじゃない?」
巨矢が掠ったが、清姫は変化スキルを応用して形だけは整えていた。とは言え、顔半分が鱗の肌と爬虫類の瞳を持つ人外の姿ではあるが。
「これでも自己治癒で何とかしましたの。本当、人間からカタチが離れて行くみたいで不愉快です。早目に治さなければ」
「まぁ、良いじゃない。アタシも貴女も竜の血統で、治癒速度だけは早いんだし」
「ドラ娘は、お気楽ですね……」
折られた足を引きずりながら、頭蓋から流れる血で顔を染まらせたエリザベートが座り込む。どうやら、老デオンによって羽も切り裂かれてしまったようだ。清姫の怪我を興味なさそうな雰囲気を装いつつも心配し、清姫も同じくエリザベートは気に入らないが味方としての関心は向けていた。
『皆を安全に運ばないと……そうだ。アントワネット王妃、馬車をお願い出来ますか?』
「ええ!」
ロマニの願いにマリーは迷いなく答えた。結晶の馬車が具現し、全員が乗るのに十分なスペースを確保した大きめなサイズに調整されていた。
「隻狼……それで、如何だった?」
「すみませぬ………」
「貴方が見付けられないとしたら、本気で撤退したのかしら……?」
姿が見えない灰を探させる為、ワイバーンを一通り殺した後に所長は隻狼を自由にさせていた。しかし、忍びでも見付けられず、攻撃も完全に止まっている。しかし、何時もの確信をそうだと自分に啓蒙出来ない。
「仕方ない。行きましょう」
「……は」
「――――ジャンヌ!!」
過ぎ去ろうとするカルデア一行を、背後から呼び止める声。それはジャンヌにとって聞き覚えがとてもある声であり、他の者からすれば清姫以外に聞き覚えが全くないものであった。そしてカルデアの皆が傷付いたのも、その彼と彼が率いる兵士たちを守る為だった。
「ジル・ド・レェです……貴女は……私を、覚えていらっしゃいますか……?」
だが、振り向いてはならない。ジャンヌは、もう自分が生きた死人であると決めている。人間としてこの特異点に存在しているのだとしても、亡霊である自覚を決して忘れてはならない。
オルレアンを飛び出た時……―――そう、思い込ませた。
特異点を滅ぼすと、その結果として自分を殺すと決めたのならば、家族や仲間と関われば不幸を呼ぶと考えていた。事実、故郷は滅び、家族は焼かれ、母親を自分に殺された。だとすれば、彼女が出来る事はもう一つしかないのだろう。
「……………………マリー。馬を、出して下さい」
「それで、良いのかしら?」
「はい。お願いします」
「……分かったわ、ジャンヌ」
走り去る王家の馬車を、騎士は見送るしか出来なかった。この地獄において、唯の人間でしかない男は呼び掛ける事しか今は出来なかった。また聖処女と出会えた事が奇跡だと想いながら、救えなかった無様で無力な自分にそんな奇跡は相応しくないと叫ぶしかなかった。
ジル・ド・レェは―――奇跡と絶望に、押し潰されるしかなかった。
「ジャンヌ……ッ―――!!!」
味方の闇霊が死に、死を吸い取ってエスト瓶が補充されました。エスト瓶を飲みました。HPとFPが回復しました。行動再開です。
後、竜血騎士が襲撃にいなかったのは、灰が邪魔だからと排除した為です。こっちに回す分の戦力を他に回し、他の街や村を襲撃して人々を他のサーヴァントと一緒に殺し回っています。それとあいつらが居るとカルデア勢の警戒が解けないので、色々と不意打ちなダークレイスしたいので騎士団長ヴラド三世に全部任せています。
感想、評価、誤字報告、お気に入り有難う御座いました。そして、ここまで読んで頂きまして、ありがとうございます!