血液由来の所長   作:サイトー

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啓蒙23:啓蒙どうでしょう?

 すぅーとジャンヌは息を吸い込んだ。マルタから仲間となる竜殺しの情報を受け取るも、指示されたリヨンはもう焼け野原。それも最近になって破壊されたようであり、自分達を襲っている間に魔女たちが襲撃していたのかもしれない。

 しかし、だからと言って諦める皆ではない。

 ジャンヌは決意を新たに、だが長旅の疲れを癒す為に提案をしなくてはならなかった。負った傷は移動中の馬車で治したとは言え、霊体自体のダメージはまだまだ抜け切っていないのだから。

 

「ここを―――キャンプ地とします!!」

 

「「「イエーイ」」」

 

 マリーとマシュと所長がそんな軽い返事をした。マシュは周囲の女子三人に釣られているのだろうが。ついでだが、回路がズタズタにやられて藤丸はまだ回復し切っていないので、死んだ魚の目で手だけ上げて雰囲気を盛り上げてるのみ。

 

「そうだね、ジャンヌ。飯より宿の方が重要だよね」

 

「ほぉー……そうなのですか、先輩?」

 

「それは聞き逃せないな、マスター。その二つを完璧にしなくては、キャプテン・キャンプにはなれないぞ」

 

「キャプテンって、貴方……いえ、アタシはノーコメント。絶対ノーコメント。アイドルだもん、エリザベートは決して色物じゃないんだもん」

 

「え……あ、凄い。その言葉が嘘じゃないのが、貴女の凄いところですわ」

 

「何言ってるのよ。アイドルが子豚どもに嘘つく必要なんてないじゃない!」

 

「何だか漫才コンビみたいだよね、君達?」

 

「確かに! 二人はエリキヨ♪どらどらハートとか、如何かしら?」

 

「マリー様、自然体で煽らないように……」

 

「まぁ、デオン。だったら、気を付けなくちゃね!」

 

「そんなことより血よ、血が足りないわぁ……セキロー、プリーズギブミーブラッド……」

 

「主殿……御休みを」

 

「では、オルガマリー。肉を焼きましょう、肉を。キャンプの醍醐味ですからね」

 

「良いわね、ジャンヌ……ジビエな獣肉って大好きなのよ」

 

「あ、じゃあアタシが焼くわ! こう見えて肉料理が得意なのよ!」

 

「ふざけるのはその存在感だけにし給え、エリザベート。この私の目が黒い内は、決してキャンプだろうとカルデアキッチンには近づけさせん!!」

 

「な、何でよ!」

 

「当然でしょう。貴女は横で視ていなさい。食料を産廃にする訳にはいけませんから」

 

「まさか、清姫。君は料理が出来るとでも?」

 

「こう見えて、家事育児と万能主婦を目指す良妻サーヴァント。貴方こそ私のヘルズキッチン育ちの腕前に、ついてこれる技量をお持ちなのですかね?」

 

「……フ。各国の有名シェフと交流がある私に、そのような挑発とは。全く、面白いサーヴァントだな―――良いだろう。

 だが、一つ訂正させて貰おうか。

 私がついて行くのではない。君が、私に―――ついて来るのだよ!」

 

「宜しいです、受けて立ちましょう。

 あの男を倒す為……我が師、我が台所よ―――私に食材の導きを!」

 

 顔の半分がまだ竜化から治っておらず、その化生としての爛れた半面をオタマで隠し、清姫は敵を見据えて決意を新たにする。そして彼女は背後に火炎の雀みたいなオーラを纏い、まるでその威圧感から巨人みたいに見えるエミヤへと立ち向かって行った……雰囲気的に。なので、二人は手早く準備を開始するのみ。

 

「では、狼。着いて来たまえ」

 

「……何故?」

 

「ああ、君にも協力して欲しい事がある。

 近場に川があってな、ならば日本男児がするべき事は一つ――――フィッシュだよ」

 

「………は?」

 

「いや、釣りだよ。釣り。君もしたことはあるだろう?」

 

「否……忍び故、泳ぎ……刀でのみ」

 

「―――なに?

 まさか、それは直で捕まえていたと。それも銛も使わず、その刀でか?」

 

「……あぁ。それが?」

 

「来るんだ。さぁ狼、私が川辺の醍醐味を教えよう。同時に安心して欲しい。固有結界に記録した釣り竿のストックは百を超え、今や千に近い品揃えだ。

 必ずや、君の腕前に似合った相棒(サオ)を準備出来ると断言しておこう」

 

「あぁ……?」

 

「すみません、エミヤ。わたくしが調理する分も釣っておいて下さい。ついでにお肉もお願いします。その代わりキャンプ場の準備は、此方できっちりとしておきますので」

 

「承知した、清姫。なに、心配するな。私と狼が揃えば大量だとも!」

 

「………はぁ?」

 

 首を傾げながら、忍びは凄いノリノリな弓兵の後に付いて行った。所長もそんなエミヤと忍びに向けて、グッと無駄に格好良い仕草で片腕を上げて宜しくとポーズを取っていたので、まぁ良いかと忍びは疑問を無念の境地で押し潰す。

 そして遠くから「ははははは! 五匹目フィッシュ!!」とか「なに。既に七匹フィッシュだと……だが、私に敵うとは思わない事だ!」と変な赤い男の声が聞こえる中、キャンプの準備は淡々と行われた。

 連れ去られた忍びを見つつ、藤丸はまるでまだ遊びを知らなかった自分が、学校の先輩に街中へとナンパをしに誘われるのを思い出した。エミヤが忍びに接する態度は、何だかそんな雰囲気が近いと彼は考えた。しかしながら、リヨンに来るまでマリーの馬車で休んでいたのに、彼はもう活動限界が差し迫っていた。

 

「―――すみません。所長、俺はちょっと眠って来ます」

 

「うん。お疲れ。ご飯になったら起こしに行くから」

 

「ありがとうございます……」

 

 ハイテンションなサーヴァントを余所に、マスターはテントの中にのっそりと入って行った。邪魔したら悪いと思いつつ、魔術や歴史の勉強にロマニや顧問から寝るまで話を聞こうと考えていた。

 

〝結構ハードな鍛錬をしたと思ったけど、うん……この特異点が終わったら、もっと鍛えて上げましょう。

 せめてシャドウ三体同時召喚を無条件で出来る程度には。そして、出来れば霊基にマイ魔改造なカルデアオプションを付与した状態で、サーヴァント達も戦えるようにしなくてはね”

 

 その瞬間、藤丸のカルデア生活における地獄度がアップ。魔術回路の才能がないからと、そうは言っていられなくなった。魔術師としては兎も角、マスターとしての能力は人体改造レベルでしていかなくてはならないと、所長は脳内悪夢の中で交信ポーズを取りながら計画を再度組み立てていた。

 

「さて、休む為に働きましょう」

 

 そして、キャンプの準備が始まった。マスターの為にテントは直ぐに建てられたが、それ以外は後回し。清姫と愉快な仲間たちは、彼女の指示に従って淡々と焚火を作り、テーブルも整えられていった。

 

「でさぁ……清姫、なんで顔をちゃんと治癒しないのよ?」

 

「けじめです。変化で復元しても良かったですが、止めたんです。やはり、元マスターである灰女をわたくしの炎で焼くまで、この顔は醜い化生が相応しいと思いまして」

 

「……やっぱりアンタって、超コワイ。そんなんじゃ、男が裸足で逃げてくでしょ?」

 

「まぁ、嘘は嫌いですので否定はしませんが。むしろ、そう言う貴女は……いえ、そう思えば既婚者でしたわね」

 

「うーん……まぁ、そうね。敢えて言うけど、アタシの趣味を笑って受け入れてくれる器の大きい男でありました……とだだけ、言っておくわ。

 他もちょっと色々あるけど、ノーコメントで―――マジで」

 

 疲れたように溜め息を吐いたエリザベートは、小動物の鳴き声がした方に視線を向けた。そこにはマシュにフォウさんと呼ばれるが、何も無い所にフォウフォウと軽快に鳴いていた。

 

「フォウ。フォフォウ(あ、使者じゃん。こんな所でも、こき使われるの?)」

 

「Gufufufufu(まー、ちょっと。見張りやらさせて貰ってやす、野獣先輩)」

 

「フォーッフォウ(次、その呼び方したら、君達を比較しちゃうから)」

 

「Gufuufufufu(そんなぁ……って、フォウ先輩も好き物っすね。自分から単独顕現してまで、あの飼い主に付いて行くなんて)」

 

「フォーフォッフォウ!(君は何も分かってないな。あの究極のバランスから自分から逃れる何て、獣にあるまじき理性じゃないか!)」

 

「Gufefufufu(自分ら、そう言うの分かりやせん。青ざめた血を食べた狩人様が、今の主であるマイドリームに悪夢を譲ったから使い魔してやすが、基本ただ働き。自分ら、母親に悪夢へポイ捨てされた哀れなる落し子になった気分っすよ)」

 

「フォイフォーウ(マイドリーム?)」

 

「Gufufufufu(四六時中一緒っすから。夢の中でも自分らハニーなマイドリームと、ドチャクソ相思相愛ってこと)」

 

「フォー……フォ。フォフォウフォウ(そうかなぁ……あ、角ッ娘に不審な目で見られてる。君らは僕以外だと飼い主である内臓系女子とニンジャウルフと、あの灰被りっ子にしか見えないからね)」

 

「Gufu……Gufufufufu(ねー………で、内臓系女子がマイドリームでニンジャウルフが同僚さんのチワワ殿って事は分かるけど、灰被りっ子って誰やんスかぁパイセン)」

 

「フォー。フォフォフォウフフォウ?(誰って、ほらアイツ。空の魂を持ってる灰っぽい抜け殻なのに、中身を他人の腐った魂で満たして、善人の振りも悪人の振りも人間な雰囲気のブリっ子が上手い……なんだろう、例えると長いな。ぶっちゃけた感じ、枯木みたいな亡者フェイスの女?)」

 

「Gufufufu……(なんだ、マイドリームのマブダチちゃんね。皆に隠してるけど、凄いカラッカラな枯れ顔だよね。結構な前、奴がマイドリームの部屋に来た時、自分らが床一面を埋め尽くしてびっくりさせちゃったこともあったなぁ……)」

 

「フォ。フォウ(そりゃ僕も吃驚するよ。SAN値がピンチだね)」

 

「Gufufu(そうなの。お花畑みたいじゃない?)」

 

「フォウフォウ!(ナイナイ!)」

 

 エリザはやる事も無くなったと、暇潰しにフォウを構うことにした。アニマルセラピーに無関心と言う訳でもなく、動物を可愛がる精神を持っていない訳でもなかった。

 

「うーん……不思議な生き物よね。アンタって、猫なのか、犬なのか、栗鼠なのか、見れば見るほど混乱するわ」

 

「フォーウ」

 

 鋭く尖った赤いエリザベートので頭を撫でられ、しかし怖じ気もせずにフォウは目を細めた。しかし、森の中から聞こえて来る足音に意識が向き、木々の間から男組二人は楽し気な雰囲気のままキャンプ場に歩み寄って来た。

 

「ふ……流石、ニンジャ。忍者汚い。この私が、まさか真っ向勝負で引き分けに持ち込まれるとはな」

 

「エミヤ殿。全て腹に、入りますれば……我らは、ただ命を頂くまで……」

 

「成る程、そうだな……そうだったな。勝負事に拘り過ぎるのは、自分達が食す命に失礼となってしまうか」

 

「……同意なれば」

 

「あら、大量ですね。御二人方、良い仕事です。ありがとうございました」

 

「そうかね。だが君も良い仕事だとも。私の代わりに、キャプテン・キャンプに―――」

 

「―――なりません」

 

「そうか……―――本当に?」

 

「なりませんから、マジで」

 

 うっかり誰かの口癖がうつってしまう程、彼女はその称号が嫌だった。

 

「そうか。残念だ……あぁ、それとその割烹着、君に似合っているよ」

 

 理想の旦那様(ますたぁ)と出会う為、家事力向上に余念の無い清姫は、やはり誰かの妻として相応しい格好と言うモノにも着慣れておこうと自己研磨を怠らない。そこか即席キャンプ場であろうとも、家事をするなから割烹着である。

 しかし……それを褒められるのは、清姫でもこそばゆい。

 

「……どうも、感謝します。しかしエミヤ、貴方は安珍様より凄く安珍様度が高過ぎて、ちょっと安珍様と違いますね」

 

「フ……君に嘘を吐くのは危険だからな。では、勝負と行こうか」

 

「望むところです。我が師の教え、存分に」

 

「……………」

 

 そして、一瞬にしてエプロン姿に変わったエミヤを忍びは見送りながら、少し離れた所に座り込む。念じることで己が精神に没する異空より鬼仏を具現させ、まるで精神統一をする僧侶のように合掌。傍から見れば祈りの姿勢で静止する狼は神聖で超越的だが、本人はただ無念の境地を普段通りに過ごしているのみ。

 本来ならば、桜竜や土地神が住まう仙郷に近い精神の領域。しかし、不死として御子の従者となった忍びは、葦名に巣食っていた神共の眷属でもある。サーヴァント化した彼はより神秘に近い存在となり、その仙郷由来の異空と繋がる鬼仏の加護を霊体に受け入れていた。

 

「Gufufufufu……Gufu?」

 

「……………―――」

 

 尤もその所為か、この世ならざる真実を知覚出来てしま得るのだが。カルデアでも良く見ており、無害な白い小人なので気にはしなていないが、稀にジーと自分の方をずっと見ているを忍びは知っていた。なので、その正体が気になるのも事実。とは言え、忍びは自分のマスターの使い魔であると言うのは把握している。なので、この不可視の使い魔が一体どんな生命体なのか分からず、マスターに問えば答えが返って来るそんな疑問が従者として残っていた。

 しかし忍びは忍び故、オルガマリーに無駄は問わない。主が為すべきことは自然と受け入れるだけで良い。重要なのは、自分の務めを全うすること。必要となれば忍びは躊躇なく問い、主に秘する思いがあればそれを黙認し、その上で主の願望に異を唱える事になろうと、為すべき事を為すのみだった。

 

「Gufufufu(ねぇ、見えてるの?)」

 

「―――………」

 

「Gufufu……fufufufu(ほら、この赤リボン可愛いっしょ。自分、シャレおつ美少女やで。これで立派な人喰い豚のフレンズや~)」

 

「………………」

 

「Gufufu(けど、その鬼面な仏像っちも中々にクールやで!)」

 

「……フォウ殿」

 

「フォフォウ、フォウ(ドーモ、アシナスレイヤー=サン。プライミッツマーダーです)」

 

「いえ、何でも……ありませぬ」

 

「フォウ!(ナンデ、ナンデ目を逸らすのナンデ!)」

 

 気にせずに祈りを続ける。しかし忍びが気が付くと仏に拝む自分の隣に、血塗れなリボンで御洒落をする小人が一人。ゆらゆらと上半身だけ地面から生やし、見ているだけで忍びの啓蒙的真実に導かれそうな姿があった。何を言っているか解読出来ないが、気安い雰囲気を纏っているのは分かる。あの獣、この小人と仲良さそうだし、彼に任せてしまおう。そう彼が考えるのも無理はなかった。

 

〝あいつら、また隻狼にちょっかいを……けど、何か面白いからほっとこ"

 

 鳴き声を啓蒙的特別意訳で人語に解読しつつ、所長は知らんぷりを決め込んでいた。もし啓蒙の導きを尊ぶ狩人が所長の他にいれば、彼女の鬼畜外道さに思わず交信のジェスチャーをしてしまうことだろう。

 

〝良く分からないけど……―――宇宙は空にある”

 

 隻狼に心の中で頑張れとエールを送り、本当にそれだけだった。隣に座るフォウにフォウフォウと吼えられ、赤リボンを特に意味も無く自慢する使者(メッセンジャー)に絡まれながら、彼は無念の境地による鬼となった仏の拝みを黙々と実践していた。

 そんな所長は、脳内収蔵庫から酒を引っ張り出してテーブルで悪酔い中。何より彼女はこの特異点に来てから、人々の真っ赤な血に満たされた悲劇を見続けた。正直な話、精神的にあらゆる感情の興奮状態にある。何でもいいから、生き物の腹に片手を突っ込んでハラワタをヒキズリダシタイ、ミタイ、ノミタイ、アビタイと混沌衝動が暴れている。

 

「―――ちょっと、オルガマリー。聞いてらっしゃるの?」

 

「んー……あ、ごめん。でも、聞いてた聞いてた。私ってばカルデア所長だもの。王妃の声を聞き逃すうっかりさんじゃありません。それで、えーと……うん。確かに私は貴族だけど、もう形骸化しちゃってるからね。今じゃこうやって組織のボスしてるだけなの。子供の頃は貴族っぽく親が決めた婚約者もいたけど、色々あって死んじゃったし、色恋沙汰はそれっきり。

 とのことで、さぁ……一杯いかが?」

 

「頂きましょう―――ふぅ、おいしぃわー……けど、良いのかしら。戦争中だって言うのに、お酒を愉しむだなんて」

 

「だからこそですよ。飲める時に呑むのが兵士の鉄則です。ちゃんと見張りもいるのですから、厚意に甘えるのも仕事の一環。

 でもマリー、貴女は何だか嬉しそうですね?」

 

「清姫が料理を作ってくれているもの、とってもお上手なのよ。それにアーチャーのエミヤさんも素晴しい腕前なんでしょう?

 貴女の宮廷での食事を思い出させてみよう……だなんて、とっても素敵な料理人に違いないものね!」

 

「キザよね、あの人。カルデアでも職員口説いてたわ。でも部下たちのストレス発散に丁度良いから、今度合コンでも開いてみようかしら?

 男衆も女の扱い巧そうだし、イケメン揃いだから盛り上がる事でしょう」

 

「所長……―――それ、私も参加してみたいです!」

 

「良いわよ。勿論、藤丸も参加させるから。じゃないと、マシュは面白くないものね」

 

「そ、そんなことないです。でも……ただ、そんな都市伝説がカルデアで開かれるのでしたら、一度は体験したかっただけですし」

 

「はい……皆さん、川魚のから揚げです。酒をお飲みになるのでしたら、おつまみも必要でしょう」

 

「わ、わ、美味しそうね。やっぱり清姫の料理、わたしはとっても大好き!」

 

「家事向上に余念はありません。それにマリーのお口に合うのでしたら、わたくしも何時か出会う理想の旦那様(ますたぁ)も喜んで頂けることですし」

 

「素晴しい心意気だ。とのことで、私の方からもおつまみ一品。猪肉のチャーシューだ」

 

「はぁ……流石、エミヤ。啓示が下りそうな出来栄えです」

 

「ふふふ。光栄だよ、ジャンヌ」

 

「薪を持って来ました、清姫さん。でも理想のマスター……ですか?」

 

「ありがとうございます、マシュ。ええ、それがわたくしがサーヴァントとして呼ばれる願望で、聖杯戦争に参加する目的でもあります。聖杯そのものは、そこまで欲しないのですが……まぁ、今回はまた違う召喚でしたので無関係ですね。

 だと言うのに、まさかあんな女に召喚されるとは……凄く、腹立たしい。魂の中身を偽ることで、わたくしに嘘を吐かずに心を変化させるとは、百回焼いても焼き足りない嘘吐きです。竜の魔女もマスターではありましたが、そっちはそっちで問題外。

 だから―――()くことにしたのです」

 

「それが清姫さんが戦う理由なんですね……」

 

 物騒だなとマシュは思いながらも、ある意味でバーサーカーらしい狂気でもあると考えた。理性的に会話をしているように見えて、常に愛が灼熱となって魂を覆い包んでいるのだろう。

 

「エリザベートさんは、やはり……」

 

「決まってんじゃない、マシュ。未来(テキ)のアタシをぶっ飛ばすため!」

 

 そう笑いながら、エリザはエミヤと忍びが狩って来た獣肉を串刺しに、直火でこんがり真っ黒く炙っていた。

 

「あ”―――――ッ!!!

 何をやっているのですかエリマキトカゲ! お肉が丸焦げじゃないですか!?」

 

「はぁ何よ!! 手伝って上げてんじゃない!?」

 

 ぽん、とゆっくりエリザの肩に手が置かれた。エミヤは菩薩のように微笑んでいた。

 

「エリザベート。君が自分で決めたまえ―――飯抜きか、飯有りか?」

 

「ごめんなさい。食べたいです」

 

「私じゃないと聞き逃す程の即答です!?」

 

「ならば―――去れ。

 台所(ココ)に猫の手は要らん。必要なのは強者(コック)のみ」

 

「はい。ごめんなさい……肉を焦がして、ごめんなさい……」

 

〝―――ん?

 一体何なんだろうか、さっき変な未来が啓蒙されたのだけど。何で私のカルデアで、猫の手で料理してる獣耳の裸エプロンがいるのかしら。

 十中八九サーヴァントだろうし、だったらあの裸エプロンって藤丸の趣味なのかも?”

 

 今度マシュが藤丸相手にやってみるように誘導したいと凄まじく邪悪な事を考え付くも、そんな事をすればロマニがカルデア所長に謀叛を起こす未来が啓蒙されたので即座に中止。マシュの貞操は誰にも気付かれず陰ながら、ドクター・ロマンが単身(ソロ)で守り抜いていた。

 

「――――恋バナをしましょう!!」

 

 キラキラキラキラ輝きそうな笑みを浮かべる王妃様。そんな脈絡も無いマリーの言葉が、地獄の始まりだとは誰も察せられなかった。

 

「女の子ばかりだもの、恋バナがしたいわ!

 よってフランス王妃マリー・アントワネットが宣言しましょう―――女子会を、開きます!!」

 

「女子会トーク、良いわねマリー! 楽しそうだわ!!」

 

「恋の事ならわたくし、深い造詣がありまぁす!!

 けど……―――」

 

「―――此処はオレに任せ給え。

 この身は君と同じく、台所を戦場とする料理人だ」

 

「……はい。では、お願いしますね―――コック長」

 

「ふ。だが、食材を全て料理してしまっても構わんのだろう?」

 

「ええ。竜が鐘を焼くように、わたくし期待しています」

 

「とは言え、もうほぼ完成してある。面倒を見るだけ故、君もキャンプを楽しむ一人として居れば良いだろう」

 

「すみませんね」

 

〝凄い。何と言いましょうか、皆がどんな旅をして来たのか一瞬で分かりました……”

 

 エミヤも混ざっているが、キャピキャピした雰囲気を肌で感じるマシュは少し胡乱気な目でその光景を見守っていた。そして、マシュはエミヤ先輩もエミヤ先輩で自分よりも女子力が高いことに戦慄していた。料理スキルもそうだが、女性と会話するのも何だか巧くないかと、ちょっと変な方向に対抗意識が湧くのも仕方ないかもしれない。先輩と彼女が慕う人は、何だかんだでコミュ力がカンストしているのも関係しているのかもしれない。

 

「その……女子会と言うのは初めてでして」

 

「ノン。大丈夫よ、マシュ。楽しくお話するだけだから!

 なのに、デオンったらもう……折角の女子会を断っちゃって。敵地での禁断の恋とか、スパイの恋愛と知りたかったのに!」

 

「―――それね!

 アタシもデオンの恋愛観には興味あったんだけど」

 

「そうよね! だったらエリー、あなたの恋を話して下さらない?」

 

「うーん、そうね。生前はアタシってそもそも結婚してて、子供いたんだけど……貴族同士の政略結婚だったのよ。夫婦円満で旦那も子供も愛してはいたけど、多分それって女じゃなくて家族としてだったから。そう言う燃えるような感じはなかったし。

 それに今は、この姿だから―――あ、でも一度だけあったかも。凄まじいど根性な子ブタを、記録だけど覚えているわね」

 

「実は私も……いえ、生きている今のことではないのですが。その英霊になった後の私は、とても素敵な出会いに恵まれていたようで……とても恋しい人が、出来るのかもしれません。

 ふふ……うふふふ、これは今の私の思いじゃないのですが、確かに……でも、やっぱりいけませんね!」

 

〝お二人が見たことないテレ顔に……これが恋バナ、これが女子会。なんだかドキドキが止まりません!!”

 

「では、わたくしもお話しましょう。正しく、あれは燃える様な恋でありました」

 

「なるほど!」

 

「良き反応です、マシュ。わたくしも気合いが入ると言う物。さて、あれは丁度、わたくしが旅の僧侶と出会った時のことです。名前は安珍様。わたくし、一目で好きになって思いを伝えました。断られましたが、安珍様は再会を約束してくれました。ですが、安珍様は会いに来て下さらなかった。

 私を恐れて逃げたのです。

 嘘を吐き――裏切ったのです」

 

““あれ、なにか変です””

 

 空気が急に不穏となり、マシュとジャンヌは少しだけ顔を曇らせた。

 

「だから、私は追い駆けました。追い駆けて、追い駆けて、追い駆けて……あぁ、怒りで、憎しみで、悲しみで。

 何時の間にか、わたくしは竜に変貌してしまいました」

 

““これ、恋バナ……?””

 

「そして、追い付いた先の御寺の鐘に隠れた安珍様を、見付けてぇ……ふふふ。竜の火炎であの大きな鐘ごと―――()き尽くしたのです」

 

““違う、そうじゃない……ッ!!!””

 

「馬鹿じゃないの阿呆じゃないの何考えてんの!

 もっと、こうあるじゃない……雰囲気ってものが女子会にはあるじゃない!?」

 

「何を言うのですか、雰囲気満載の恋バナでしょうが!

 まるで浜辺で必死に逃惑う男を追い駆ける一途で可憐な恋する女の物語です!?」

 

「かぁー……駄目ね。マジで、貴女って駄目ね!」

 

「なんですってぇ……!」

 

「だったら、マシュとジャンヌを見てみなさい。

 あれが……あんな沈痛な表情でテーブルを見ている娘が、恋バナを聞いた女子に見えるっての!?」

 

「勿論ですとも。そうでしょう、マシュ?

 あ、嘘付いたら当然ですけど、安珍様の刑ですからお気を付けて下さい。お好みな鐘をリクエストしても構いません」

 

〝え。キキキ、キラーパス……―――コワイ、女子会怖い!!”

 

「あ、あ……そ、そそ、その私、燃える様な恋の話だと思いました!」

 

「ほらぁ聞きましたか、エリザベート。嘘偽りない本心でマシュもこう言ってます!」

 

「貴女の事を気遣って嘘を言わない様にしてるだけじゃないのよ、察しなさい!」

 

 騒がしくなる瞬間、マシュは嫌な気配を感じ取った。と言うよりも、所長が凄く良い笑顔を浮かべていて、それがどうしようもない悪寒を彼女に与えていた。

 

「―――いけないわね。ここはこのカルデアのウルトラ所長オルガマリー・アニムスフィアが、雰囲気を変えましょう。

 恋多き愛の狩人(ラァヴハンタァ)として、恋バナの如何を皆へと夢のように啓蒙します!」

 

〝嘘ですよね……ここで、この場面で、そんなハードルを上げる何て、どうして貴女はそこまで所長!?”

 

「実は、私―――婚約者がいたんですよね」

 

〝私レベルじゃ、もうついていけませんよ―――所長!?”

 

「それ、さっきアタシ聞いたかも……」

 

「ビッグにお黙り(シャラップ)です、エリザベート。黙って聞きなさい」

 

「ホワイ!?」

 

「まぁ、こう見えても貴族主義の魔術一門ですので、家同士のコネクションも大事なのです。なので、相手も親が決めた男でしてね。それがまた、凄まじい美形だったのは覚えています」

 

「―――無視!

 でも……あれ、でもさっき、婚約者は死んだって言ってなかったかしら?」

 

「エリザベート、恋バナとして改めて話すのだから、もっと白痴になって貰わないと話し難いのだけど?」

 

「あら、ごめんなさい。続きどうぞ」

 

「続けます……で、相手がパピーの弟子であるヴォーダイム家の二男坊でして。長男とは元より仲良くしていたんだけど、結婚相手としてはソレの兄弟にしたの。婿を貰わないとアニムスフィア家潰れるし、長男がキリシュタリアって言うのですが、それとも末永く仲良し子良しで魔道の探求をしたかったしね」

 

「あれ、それは私も初めて聞きました。と言う事は……」

 

「そうよ。彼は私にとって、そのままだったら兄と呼べる男だった。ついでに、私は可愛い妹枠となるわ。本当なら、キリシュタリアに激カワ妹について啓蒙する予定だったのよ」

 

「所長、冗談キツイです……」

 

「なにがよ?」

 

「いえ、もう何もかもがなんですけど。でも、良いです。それで、どうなったのですか?」

 

「ふふふふふ。全く、マシュもおませさんになったわ。凄く気になるのね?」

 

「まぁ……―――はい」

 

「取り敢えず、互いに初心な魔術師だったから―――確認をしたのよ」

 

「……はい?」

 

「性魔術よ、性魔術。恋愛の本質は子孫繁栄なのだから、魔術師もまた子孫を尊ぶのが必然。遺伝子上の適応性も重要ですし、結婚する前に子作りしてみるのが普通なのよね」

 

「なるほど。夜這ですわね……ック、羨ましい。オルガマリー、中々に出来る女です」

 

「何言ってるのですか、ちょっと本気で何を言っているのですか!?」

 

「あー、でも確かに貴族的。こっちも結婚初夜ってそんなんだったから。このアタシは良く覚えてないけど」

 

「わたしもそんな雰囲気でしたわね……あ、今のわたしもエリーと一緒で少女時代だから余り記憶にないわね」

 

「はわわ、はわわわわわわわ……!」

 

「そうしたら―――……相手、死んだわ」

 

「なんでよ!?」

 

「知らないわよ。腹上死したんだから仕様が無いじゃない。まぁ……うん、それが私が経験した初めての男女関係です」

 

 嘘を見抜く清姫がいたので真実をそのまま話したが、別に隠すような事でもない。当主として婚約者がいたのは当たり前な事であり、魔術協会でも有名な話ではあった。流石に醜聞になるので、婚約者の死因までは広まっていなかったが。

 それと、カルデアの通信は改竄してある。所長が話した会話内容は記録されず、管制室の職員には伝わらず、この場で馬鹿騒ぎをする者にしか聞かせなかった。

 

「そうだったんですね。わたくしと貴女は似た者同士だったのですか。旦那様候補の男を死なせたその気持ち、良く分かります」

 

「―――え?

 私って清姫の同類だったの?」

 

「友です。マブです。互いに、理想の安珍様を探求致しましょう!」

 

「別に良いけど、私は恋も愛も知らないから……」

 

「オルガマリー……―――それも、共に探すのでぇす!!」

 

「流石、清姫。略して、サスヒメ―――あぁ、宇宙は空にある……」

 

「そうでしょうそうでしょうとも。わたくし達の愛は、宇宙のように無限大なのですから!」

 

 目をグルグルと混沌に溢れさせながら、清姫は無垢な所長に恋愛を啓蒙し始めた。

 

「マリーお助け下さい。こんな地獄の女子会―――私じゃ、私じゃあ……っ!?」

 

「ふふ、任せなさいジャンヌ。この程度の修羅場、宮廷では日常茶飯事でしたから!」

 

 物凄く良い笑顔で、やはり自分が場を仕切るしかないと覚悟した。それは邪竜に挑む勇者のようでいて、あるいは魔王に挑む大英雄のように、光輝く英霊の姿であった。宮廷の話題を独り占めしたカリスマアイドルは、難敵を撃ち払うべく、とっておきの話題を披露すると決めたのであった。

 

「では、御聞きになって。わたしの初恋を!」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 夕食の時間は直ぐにやって来た。テーブルには男性陣も集まり、全員が同時に食事を取る為の用意はもう終わっている。しかし、悲劇が一つ。時間まで楽器のメンテナンスをしていたアマデウスであったが、まさか女子会が〝そんな話題”になっていたとは考えもしなかった。

 

「ウッソだろ、マリア。まさか、あれを……シェーンブルンの事を喋ったって言うのかい!?」

 

「ごめんなさい。素敵な思い出でしたから!」

 

「「ヒューヒュー」」

 

「茶化すんじゃない、ドラドラサーヴァンツ!?」

 

「ちょっと聞いた、清姫。あの音楽家、なんか強がっちゃってますけどぉ?」

 

「聞きましたわぁ、エリザベート。今にも火が噴き出そうほど顔が真っ赤っかですわぁ」

 

「「きらきらひかる、よぞらのこいをぉ~」」

 

「~~~~っ」

 

『見えるかい、藤丸君。あれが女の食い物にされる男の姿さ……』

 

「何という、あぁ……何と言う理不尽。あわれ、アマデウス。俺だったら羞恥心で死ねるね」

 

〝哀れだよ。まるで火に飛び込む蛾のようだ……”

 

「きらきらひかる、よぞらのこいをぁ~……」

 

「デオン! まさか君が僕を裏切るとは!?」

 

「「「きらきらひかる、よぞらのこいをぉ~!」」」

 

「この倒錯者三人衆共め……っ!!」

 

「ちょっと待て、アマデウス。それは私も含まれているのか?」

 

「え、何を言っているんだい。同然だろう。その男にも女にも見える姿、君は絶対に僕と同類だぜ」

 

「訂正しろ!」

 

「そうよ、アマデウス。デオンは確かに結構な倒錯者だけど、貴方みたいな変態じゃないわ!」

 

「そんなマリー様、私のことをそう思っていらっしゃったなんて……!?」

 

「もう、気にしないの。人は誰しも、そう言う部分があるのだから。恥ずかしがっちゃダメよ?」

 

「それは、はい……―――アレ。それだと結局、私はアマデウスと同じになるのでは?」

 

「はいはい。もう良いから。それで、だいだい何で君はそんな事を広めたんだ。プロポーズを断ったのはそっちじゃないか」

 

「だって嬉しかったんだもの。それに仕方ないわ。婚約相手は自分で決められなかったし」

 

 騒がしい食卓ではあるが、不思議とそんなマリーの声は皆に響いた。

 

「それにその後のわたしの人生はしっているでしょう?

 アレで良かったの。

 断って良かったの」

 

「マリア……酔っているのかい?」

 

「そうかも。良いお酒を飲んだから、良い思い出も、悪い思い出も、全部良く思い出せる……」

 

「なら、吐き出してしまえ。僕は音楽家だからね、聞くのも好きなのさ」

 

「そう、ありがとう」

 

 杯を手に持ち、息を漏らす。喉に通る熱を感じ、血が温まる。酒はやはり、心に良く効く薬でもあった。

 

「あぁ……そうね。やっぱりあの告白を断って正解だったって、死んだ今になればそう思えるの。だから、貴方は音楽家として多くの人に愛された。だから、私は愚かな王妃として処刑された」

 

「…………今は、そう感じたと?」

 

「酷い思い上がりだったの。特異点になったこのフランスを見て、わたしはわたしをそう感じだわ。この国を愛する人々を愛さず、わたしはこの国を愛したわ。王妃として、フランスと言う国に恋をしてしまったのね。そんな風に生きたから、愚か者に相応しい最期を迎えた。

 だから、国民たちはわたしがこの国に要らないと―――終わらせたのよ」

 

「マリー……それは……」

 

「何だそれ―――馬鹿じゃないか、君」

 

 言い澱むジャンヌの言葉を、アマデウスは一切躊躇わず叩き切った。誤解を恐れず、本当に馬鹿なのだと分からせる為に、彼はとても澄んだ声のまま、目の前のマリーだけを見ていた。

 

「ちょっと変態その言い方は酷くない!?」

 

「良いの、エリー。でも、アマデウスからすると、わたしって馬鹿なの?」

 

「ああ、君はとんでもない勘違いをしている。そもそも君が何に恋して、どれを愛するかなんて、全く関係ないんだ。

 ―――僕は知っているぜ。

 遠い国から来た君の結婚を祝う民の歓待を。そんな君に振り回された愉快な宮廷を。そして君が尽くした民への献身を。

 それでも尚、君を殺した民の憎しみを。

 だから違うんだよ。君が国に恋をしていたんじゃない、断じてね。フランスが、君との恋に落ちたのさ」

 

「貴方の励ましは何時も分かり難いけど……うん。ありがとう、アマデウス」

 

 微笑むマリアを見て、満足そうに彼は目を瞑る。あの時、あの場所、自分は生きて行けなかった。アマデウス個人としては正直、フランス革命に加担したその時代の人民が死のうが、苦しもうが、不幸になろうが、何の感情も湧きはしない。彼女の生首に喝采を送った連中など、地獄に落ちれば良いと願う。もし神が人の願いを叶えるなら、そうすれば良いと思わずにいられない。だが、自分がそう思うことをマリアは悲しみそうだと彼は考える。そう言う、正負も、清潔汚濁も、混ぜ合った感情を彼はその上で肯定した。

 

「だけど、憎しみは余計じゃない? 恋してくれたんじゃないの?」

 

「正負は裏表。愛されていた証拠だと思うぜ。だから、愛憎は簡単に切り替わる。マリア、君は愛されたからこそ憎まれた。

 ―――人間とは、そういうものさ」

 

 そんな言葉が、マシュは深く心に沈む。特にこの特異点に来てからは、それが良く馴染む感覚だった。あの竜の魔女はジャンヌを酷く苦しめる邪悪なのに、ジャンヌを絶対に殺そうとはしなかった。憎いんでいるのに、確かな愛情が存在していた。

 けれどどんな感情なのか、人間性が稀薄である自覚を持つマシュには分からない。

 

「愛されたから、憎まれた……」

 

 それを知る時、何かが砕け散ると言う悪い予感。だがそれを知らねば、取り返しのつかない過ちを犯すと言う直感。マシュはアマデウスの言葉は忘れないようにして、ご飯を食べた後、今日はちゃんと眠ろうと心に決めた。

 

「さぁ、酔っ払いの懺悔は此処まで―――食べようか。

 おわびに清姫とエミヤが準備したこのディナーに相応しいBGMも、僕流の音楽でお付けしよう!」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「こちらにいましたか……」

 

「あれ。どうしたの、マシュ」

 

「少し、お話したいことがありまして……」

 

「そっか。別に大丈夫だよ。俺は一杯になるまで沢山食べたから、ちょっと腹ごなしに休んでいただけだから」

 

「連戦続きで、やっとゆっくり出来ますからね」

 

 日も落ち、暗くなり、けれども月と星々が明るく輝く夜空の世界。開けた場所で座っていた藤丸の隣に、マシュは無意識に微笑みを浮かべながら同じく座った。

 

「……………」

 

「……………」

 

「不思議な気分なんだ……俺は今、とんでもない昔に居る。所長に頼まれて、世界を救う旅をしている。その仲間には歴史の授業で習ったような人達がいて、俺はそんな人らと普通に話なんかしちゃってる」

 

「そうですね……」

 

「……だから、本当に不思議で堪らない。マシュはさ、この旅をどう思ってる?」

 

「はい。私もです、先輩。不思議で堪りませんでした」

 

 空から下に視線を移せば、緑と、草と、虫と、土の冷たさ。カルデアではまず有り得ない感触。匂いもそうで、生き物もそうで、そもそも自然なんて初めて触れた。そして英霊達の皆も、同じくらいマシュにはとても新鮮だった。

 

「皆さんとお話をして、所長と一緒に女子会なんてしてみて……でも、こう言うのは良く分かりません。皆さんのことはデータやテキストで会う前から知っていたんですけど、知らなかったところも沢山あって、知っている通りな部分もありました。

 だから……なんだか、皆さんのことを大事な仲間みたいに……………まるで友達みたいに、そう感じる事もあって―――」

 

 罪悪感があった。呼吸が止まりそうな苦しみがあった。マシュは、自分がそう感じる事が可笑しな感性だと思っていた。

 

「―――いけないこと……なんだって、私も分かっています。

 皆さんのことを私と同じ人間みたいだって、そんな風に近く思えてしまって。こんな風に私が、この旅を不純にしてしまっては……だって、今も人が死んでいます。この国は滅んでいる最中で、先輩とこんな会話をしている今だって、きっと誰かが玩具みたいに殺されて、ワイバーンに生きたまま食べられている……」

 

 見て来た惨劇が、きっと何処かで起きていた。無知ならば良かったが、人の所業をその身で味わって、人間の歴史を垣間見た。現実として、手の届く何処かで、あの魔女はこの国を火刑に処している。

 マシュ・キリエライトは―――生きる罪を知った。

 無知で在る事は罪科であり、知識を得る事は贖罪でもあった。もう無垢なままではいられない。

 

「……だから、きっと駄目なんです。

 なのに今日の私は、この夜のことを絶対に忘れたくないくらい、とても……―――」

 

「―――うん。

 楽しかったよね」

 

 けれども、彼女の先輩は本当に心の底から楽しかったと笑うのだ。月明かりに照らされて、虫の鳴き声が静かに聞こえる草原で、藤丸立香はマシュ・キリエライトの言葉を何でもない日常会話のように受け入れた。まるで平穏な日々の中、友達と一緒に休日を過ごした後のような、普通に生きる当たり前な少年の顔で、彼は今日を楽しかったと振り返る。

 美味しい食事。綺麗な音楽。騒がしい食卓。仲間との世間話。ちょっとした馬鹿騒ぎ。

 今日の旅は良い思い出だった。これから先、どんなに苦しい出来事が自分達を待ち構えているのだとしても、楽しかったことだけは変わらない事実なのだと藤丸は分かっていた。

 

「―――はい、先輩」

 

 マシュは自信がなかった。こんな地獄みたいな特異点で、楽しい思い出を作る事が正しいのか、間違っているのか?

 ―――普通が、まだ理解出来ない。

 しかし、藤丸が楽しかったと笑っていた。先輩が、楽しかったと頷いた。

 思い出は綺麗なままで良い。楽しい事を嬉しく思って良い。自分の無力で誰かが死んでしまう特異点で、世界を救う旅なのだとしても、マシュはこの思いは間違いじゃないと確かな実感を得る事が出来たのだろう。

 

「……Gufufufufu(……青春やな。妬ましくて見てられへんけど、マイドリームの命令なのでデバカメさせて貰うぜ)」

 

 そんな二人の後ろから、視線を送る小人が一人。無論のこと、所長は絶対に警戒を怠らない。周囲に特殊な自我を持つ不可視の使い魔を配置し、鼠一匹通さない警戒網が敷かれていた。藤丸とマシュの会話も、所長は現在進行して覗き見&盗み聞きしている最中である。

 とは言え、流石に遠慮はする。草原から離れた森の近く、そこから使者は周囲を警戒しているのであった。

 

「Gufufufu……(うーん、何じゃろこの樹。気になる気になる木~…‥っは。新しい、まるで光るような……舐めてみるか)」

 

 誰にも聞こえない唸り声を発する使者(メッセンジャー)は、周囲の木々と少し様子が違う樹木が目に入る。ぺたぺたと触りながら、彼の黒い穴のような口から形容し難き触手のような物体が伸びる。

 

「Gufufufufu(ペロ。これは……普通に樹の味だ。やっぱり木の所為かなぁ……あ、違う。気の所為だった)」

 

 使者は唸り声にしかならない悪夢の言葉を発し、そのまま地面に潜るように消えた。テントから離れた場所にマシュと藤丸もいるが、所長は使者を張り巡らせた結界内に二人がいるので何も言わず、更に言えば結界内限定で即座に空間を渡って守りに行けるよう術式を仕込んでいる。

 それを使者も分かっていたので、静かに夜空を見る二人を見守るだけ。既に所長もこの場所に二人が居るのは知っているので、そんなデート風景を悪夢の瞳で一人ニヤニヤと監視ているだけなのだった。

 

〝相変わらず、あの女の使い魔は得体がしれませんね―――”

 

 だから、使者が怪しんだ樹がそんな思考をしていることには気付けなかった。

 

〝―――鋭い。思わず、女子会メンバーに玩具にされていたあの音楽家が面白くて、ちょっと気配が漏れてしまったのも危なかったですが、今回もまた失敗。ちょっとキュンとしたのを反省しましょう。

 しかし、女神マニアのロートレクを思い出したのはいけませんね。いけません。

 火を簒奪した時に覚えたソウルの思い出。確かあの炉で薪の王になった始まりの不死の記憶ですが、そんなにも印象深い台詞なんでしょうかね?”

 

 まぁ、でも確かに火に飛び込む蛾のようではあった。そう考えた樹木に擬態している何者かは、周囲に一切気配を漏らさずに笑みを溢した。

 




 夜の作戦会議。

「班分けは危険だけど……―――けど、時間がないわね」

『ボクは反対します。効率を考えれば、それが一番なのでしょうが、誰か確実に死にますよ?』

「はっきり言いなさいな。その誰かが、藤丸かマシュになるのだけは止めろって」

『否定はしませんけどね。でも、確かに安全策は駄目な段階なのかもなぁ……』

「まぁ、もう踏み外せないのは事実。けどね、カルデアを見張っている奴の性格を考えると、こっちの動きなんてどうでも良いのよ。どうでもね。
 隙を見せれば、嬉々として喰らい付いて来る。
 逆に隙を見せなきゃ、何をしてくるのか分かり易いわ。
 誰が死ぬのがカルデアにとって一番損失なのか、良く分かってる連中が敵でしょうから」

『なるほど。藤丸君とマシュを徹底して、遊びなく、狙ってくると?』

「そう言うテンプレ戦術屋は狩り易いけどね。誘導も簡単だし。自分達も死に易くもなるけど、危険管理の等価交換は戦場の常だもの。
 けれども、前回の戦い方を見るとちょっと近代戦争に近い感じね。
 こっちの要点であり、弱点でもある藤丸の消耗を狙っている節がある。
 殺害が目的って言うよりかは、最後の戦場においてカルデア側を殺し易くなるように、自分達は安全を確保しながら獲物を弱らせるのが目的っぽい雰囲気かしら」

『でも、そもそも見張ってる奴と言うのも、所長は見付けてないのでしょう?』

「手段は知らないけど、ロマニは相手の気配がないからって監視がないって思うのかしら?」

『あー……ってことは、誘い出すしかない訳ですか。それは、正直いやだなぁ』

「私と隻狼は別けるしかないわ。アッシュか白ロン毛が来た場合、どっちかいないと終わりになる。それと……あの、あっち側の佐々木小次郎。あいつがサーヴァントの中だと一番厄介よ。身体機能が狂戦士並に強化されている上に、技巧と精神は明鏡止水の儘。
 隻狼と殺し合えるのは、例外二体除くと向こう側だと佐々木だけね。戦いにはなるけど、他のサーヴァントは問題なく仕留められる」

『それだと、エミヤにはマシュの面倒もそれとなく見て貰わないとダメですね。所長と狼君を除けば、彼がカルデアの戦闘面における要でしょう』

「ロマニの言う通り。だから、私が離れることにするわ。隻狼は藤丸に付けましょう」

『うわぁ――……え、マジか。危険過ぎません?』

「まぁね。でも、本命は藤丸の方に行くけど、それならこっちは好き放題させて頂くだけ。そうすれば竜殺しをカルデアに回収し、真っ向から戦争が可能な戦力比になりましょう。
 ……けど、それをする為にこっちの戦力が減るのも悪手。
 堅実に冒険するってなれば、バランスよりも生存率を重視する方が厭らしいと思わない?」

『向こう側が村や街を襲う事で人質みたいにして来た場合、防衛戦を皆が選択すると時間稼ぎの捨て駒役が必要になりますけど……―――けど、絶対に守るだろうな。強く命じれば見捨てるし、仲間も自分も死んで世界が終わると説き伏せれば大丈夫だろうけど、助けられる可能性があれば必ず走る。
 ボクが悪い人になっても、藤丸君はそうしないし、多分マシュも……』

「良く言うわね。貴方とレフが、マシュを良い子に育てたんじゃないの?」

『藤丸君の影響も今は強いと思いますけどね。けれどレフ教授は……いや、良いですかね』

 眠らずの会議。淡々と会話をしているのは、ロマニ・アーキマンとオルガマリー・アニムスフィアだけ。

『それで……その、特異点の仕組みは明かしますか?
 正直な話、此処まで酷い戦場とは思いませんでしたから……ああも、見ている人を苦しめる様に虐殺をしてるとなれば、かなり大きな傷になっていますし』

「そこは貴方の仕事よ。メンタルケアは任せます……と言うより、貴方が一番巧いからね。ちゃんと精神的損傷を見極めて、私の部下が壊れないようにしなさいね」

『じゃあ、最初通りに隠しますか?』

「人としてそうすべきだと思ってたけど、現状のままなら別に大丈夫でしょう。精神がやられていたらそうしないと駄目だけど、実際に地獄を見て来た二人は、そう言うのに心が辛いまま耐えられるような人間だったから。
 人助けは無駄にはならないけど、でも何時かは力足らず全てを見殺しにする場面も来るからね」

『ボクはそれ、反対しておきますよ。話すべき真実じゃありませんから。でも、それでも話すとなれば、所長から労うように言えばダメージも少ないかもしれない』

「そうねぇ……でも、そうしましょうか。専門家の貴方の意見の方が、あの二人の為になるでしょうから。でも、多分何処かでバレるわよ?」

『何とかします。でも、そうなっても……』

「……いいわよ。その辺の悪役は私の方が巧いから、所長って腐れ外道って事にしましょうか」

『それはそれで、ボクが嫌なんですよ。子供に人殺しをさせておいて、それは無いです。やはり全ての責任は、ボクたちで背負うべき業でしょう。
 ボクたちカルデアが命じて、二人の旅は続いて行くのですから』

「仕方ない男ね。でも、落ち込んでいたら何とかしなさいよ。私、そう言うの無理だから」

『それは勿論分かっていますから。なので……っ―――うわぁ!』

『ちょっとロマニ~、所長と二人で内緒話かい?』

『レオナルド……コーヒー零れたんだけど?』

『ごめんごめん。後で私が入れ直して上げるからさ!』

「顧問、物資は大切にね」

『おっとそうだね。私としたことが軽率だったぜ。今の作戦は、節約大事にだものね』

「タイムリミットがまだ分からない現状、仕方ないわ。まぁ、レイシフトによる物資回収作戦が旨い具合に進めば問題はないだろうけど」

『だね。けど君、自分が最後には悪役になれば良いって考えてるだろう?』

「あら、話戻すの?」

『実は聞いていたのさ!』

『……盗み聞きか。良くないよ、レオナルド』

『いーや、こんな深夜にこそこそ話をしている二人が悪いんだぜ』

「余り聞かせるのもアレな会話だったからね。とても酷い話だから」

『仕方ないと思うけどね。所詮、カルデアは異邦人さ。人理焼却って言うこの災害は、特異点化した現地の人々が足掻かないとならない地獄でもあるのだから』

「そりゃまぁ、ね。立場的には、未来からのレスキュー部隊って所だものね。しかも、現地人からすれば、何処の政府機関にも属さない怪しい連中って感じ」

『正しくそれだろう。助けられなかったって言う罪悪感は仕方ないけど、災害に抵抗出来ずに死んでいく彼らを憐憫するのはそれはそれで間違いと言うこと。そして、生きようと足掻く人々を哀れむのは、カルデアに許された人道ではない。
 ……出来るのは、悲劇が起きた後の対処だけ。
 所長はさ、だから藤丸とマシュの好きな様に特異点を進めているんだろう?』

「いやね。もっと打算的です。あの二人の在り方って、凄くサーヴァント受けが良いのよ。守るべき無辜の人間でありながら、英雄にも負けない精神的な強かさがある。そう言う貴い意志が命を賭けて人助けしてると、英霊の魂はどうしようもなく響くの。
 現地の抑止力であるサーヴァントも、二人の言葉を疑うことそのものを、精神的負担に感じてしまう程にね」

『偽悪的だけど、悪辣でもある。所長は二人を心配しながらも、それをしっかり本心で言える所が人間的に面白いのだけど。
 でも人道を解する魔術師ってヤツは、逆に始末が負えないぜ』

「そうね。倫理観は大切よ。人間らしさの源だし、無ければ獣だもの。
 何よりも、そう分かっている顧問だってあの二人は―――好ましいと、思っているでしょう。もし二人が死ぬ場面になり、自分が命を賭せば助かるとなれば、そこで助けないと後で自分に後悔するって思えるくらいには」

『英霊のサーヴァントとして、思わずしてしまうことはあるだろうね。死者である故に、今を生きる人の為に戦うのも悪気分ではないさ』

「―――……そうなの?」

『そうなのさ!』



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