血液由来の所長   作:サイトー

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啓蒙24:断頭台

 所長はカルデア一行を二班に分けた。モンリュソンに向かう所長班は所長をリーダーに、ジャンヌ、マリー、デオン、エリザベート。ティエールに向かう藤丸班は藤丸をリーダーに、マシュ、狼、エミヤ、清姫、アマデウス。

 急ぎながらも、隠密行動も忘れずに。だがやはり旅は旅である為、過酷で血塗られていようとも、彼らは彼ららしく歩むのみ。会話を重ね、生前や過去の記憶を語り合い、互いに有り触れた何でもない思い出を増やした。藤丸やマシュはアマデウスや清姫の人柄を知り、所長やジャンヌも英霊達と交流を深めつつあった。

 そして廃墟となったリヨンを出発した皆は各々の目的地に向かい、道中に敵から襲われる事もなく辿り着く事に成功していた。

 

「すまない……この様な姿で。俺はセイバー、ジークフリート」

 

 街の一軒家。その寝室に、目的である竜殺しの二人はいた。しかし、一人は満身創痍と呼べる姿となり、ベッドで寝たきりの状態になってしまっていた。

 

「改めて。私はライダー、真名はゲオルギウスです」

 

「どうも。お互い御元気とは言えませんが、私はカルデアで所長をしてますオルガマリー・アニムスフィアです。今後とも良しなに」

 

 さっと自然に出される手を、彼も同じく自然な態度で握り返す。

 

「はぁ、それはどうも。こちらこそ、オルガマリー」

 

 聖者ゲオルギウス。その通り名らしく、清廉潔白な聖人君子と言う気配。だがやはり嘗て人間であった英霊であり、人間らしさがない聖者だけの男でもないのは明らか。

 ―――竜殺し。

 救いを願われた聖者の奇跡。

 魔女に囚われ、旅をし、助けを乞われ、竜を退治し、拷問を受け、処刑された。

 ゲオルギウスと握手をしたオルガマリーは聖者の人生を啓蒙された。瞳は聖なる魂を覗き、この男が本物であることを確信させた。

 

「今はこの様で……な。腕一つ、満足に動かせない。すまないが、握手はまた今度にしてくれ」

 

「そう……じゃあ―――はい」

 

「すまない……む。貴女は、一体?」

 

 動けないジークフリートの右手を握り、所長の手に触れた彼は訝し気な表情を浮かべた。

 

「……ん? なにかしら?」

 

「サーヴァントではないようだが……いや、聞くのは失礼だったか?」

 

「別に、気になるなら何でも聞いて頂戴」

 

「そうか。では、すまないが――――人間か?」

 

 ジークフリートは虚言を吐かず、疑念をそのまま口に出した。サーヴァントではなく、あの騎士らみたいな人外の化け物でもなく、生前に倒してきた魔獣や魔物でもない。無論、竜種でもない。感じられる気配は人間でしかないが、血が濃過ぎた。

 彼が生前に浴びた竜血よりも得体が知れず、だが余りに神秘的な、オルガマリーから漂う狂おしい血臭。存在感としてそれを感知し、聞くのも野暮だったが聞けるならと遠慮なく彼は問い正した。

 

「―――……あー、まぁ人間よ。半端な混ざり者だけど」

 

 所長もまた、ジークフリートを瞬時に啓蒙した。彼が何を思って疑念を口にしているのかも理解し、それの最適解を虚言なく明かす事を選ぶ。命を預け合う信頼の前に、まずは信用を得るのが理想的な協力関係を得る為の秘訣だと思い、ファーストコンタクトで不信感が出るようにはしたくなかった。

 

「なるほど。混血だったか。ぶしつけとは思ったが、気になり口に出していた」

 

「良いわよ。そっちも真名を話してくれたんだもの、その位の個人情報は隠さないわ。でも取り敢えず、生まれながらの混血って訳じゃないわ。

 ……色々あってね、真っ当じゃないとだけ言っておきます。

 魔術師上がりの死徒って訳じゃないけど、まだ人間は止めてないとだけ告白しておきましょう」

 

「そうか。だが、俺も似たような者だ。貴女も俺と同じく、何かの血を得たように感じられてな。その違和感にらしくなく、親近感を覚えたのかもしれない」

 

「そう言う意味では、私も貴方に親近感を覚えるわ。血に溺れた訳じゃないけど、その血から意志を見出したから、今のこの私が存在しているのは確かだもの」

 

「……似た者同士ということか」

 

「そうね……―――まぁ、血で人を超える事は珍しくないけど」

 

「だが同じように、血で人を失う事も珍しくない。俺や貴女も、血を得たと同時に何かを失ったのだろう」

 

「……かもね。まぁ確かに、貴方が気になるのも無理はないかも。けれど、そう言う雑談はまた後にしましょうか」

 

「――――あぁ……そうだな。すまない。話し易い御仁だからか、つい自分の好奇心を抑えられなかった。呪われていると言うのに、俺は俺でまだまだ元気を保っているらしい」

 

 溜め息を吐くも、苦痛は和らがず。全身に走る黒い炎の線に見える呪詛は霊体に侵食し、ジークフリートと言う“存在”を現在進行で破壊しつつあった。

 

「ジークフリート。私が抑えているとは言え、喋るだけで辛いでしょう。まだ安静に」

 

「すまない。だが、客人を相手に笑み一つ浮かべないのではな」

 

「そう言うのは、今は良いですから」

 

「そうか……そうなのか?

 駄目だな、上手く頭が回らないらしい。会話は、後は貴方に任せたい」

 

「ええ、お任せを……では、話の続きを致しましょう」

 

 そして、自己紹介を全員がし終わった。マリー、デオン、エリザベート、そしてジャンヌの真名。そしてカルデアと言う組織と、この特異点における道中の主な出来事。また竜殺し二人がこの街に居る理由と、此処に辿り着くまでの大まかな経緯を教え合った。

 

「ではゲオルギウス。私と貴方であれば、ジークフリートの解呪が可能でしょう。しかし……この呪い、これではまるで憎悪そのもの。執念が形になったみたい。

 出来れば、どのような状況でこうなったのか聞いても?」

 

「ジャンヌ……それは、いえ―――良いでしょう」

 

 ゲオルギウスの脳裏に浮かぶのは―――殺戮、虐殺、処刑。魔女らによる極まったホロコーストと、それを防ぐ為に死力を尽くしながらも、命を使い切って死んでいく仲間たち。

 無念を残しながら、だが想いを仲間に託して殺されるサーヴァント。目を瞑れば、一人一人の顔が克明に思い浮かばれた。

 

「前提として、この特異点において竜殺しと呼ばれたサーヴァントは三人存在していました。ジークフリート、私ことゲオルギウス、そして……我らを救った侍、佐々木小次郎です」

 

 ワイバーンに乗る騎士団は、サーヴァントにとっても中々に厄介な存在。やり口も、ある意味で人間らしい悪辣さに溢れ、市民を人質にされて殺された者も多くいる。しかし、それでも尚、ジークフリーとゲオルギウスは竜血騎士団に対して無敵を誇り、更に加わった佐々木小次郎によって魔女陣営の戦力に大きな打撃を与える事に成功していた。

 

「無論、私と彼は生前に竜殺しを為した英霊であり、竜種にとって天敵となっています。しかし、あの小次郎は己が技量だけで、ワイバーンと騎士団を真っ向から斬り捨て、幾つもの街を守り抜きました。

 竜殺し……彼が、その技だけで呼ばれ始めるのもあっという間でしたから。そして、この特異点で生き残ったサーヴァントとして我らは同盟を結び、三人で魔女と攻防を繰り返しました。魔女側の方もワイバーンと騎士を一方的に狩る我ら三名を竜殺しと纏めて呼んで執拗に狙い、此方側の戦力の瓦解を企んでいました」

 

「けど、その佐々木小次郎は魔女側にいたって話でしたけど……でも、そう言うことなのね。彼があなたたちを守ったって?」

 

「はい、マリー。彼は、市民を守る私と、敵から接吻を受けて呪われたジークフリートを逃す為に囮となったのです。魔女のジャンヌ・ダルク、ファブニールの二体に加え、女騎士と長髪の巨人が襲来しましたが、小次郎は我ら二人の為に犠牲となり……そして、敵に洗脳されてしまいました」

 

 マリーの問いに彼は答え、経緯を説明した。

 

「んー……あれ。うん―――接吻?」

 

 だがしかし、聞く筈のない単語が耳に入り、所長は死んだ魚の瞳になって首を傾げてしまった。

 

「ええ、あれはまごうことなきディープキスでありました。こう、何と例えれば良いか……そうですね、ジークフリートの魂を吸い取るような禍々しい闇の力です」

 

「そうだ。俺はあの女に接吻を受けた……ック。油断はしていなかったが、奴に何もかもを吸い取られてしまった」

 

「結果、彼を更に魔女の黒い炎が襲い、呪いを相乗的に付与する事になりました。流石に、私ではここまで霊基に浸透した呪詛の解呪となれば、一人では厳しく、現状維持が限界だった訳です」

 

「ちょっと、貴方たちは何を言っているのかしら? アタシにも分かる様に言って下さる?」

 

 黙って聞いていたエリザベートだが、男二人で何を言っているのか混乱する。キスの呪いとなれば、おとぎ話の魔女が使うような呪いである。聞き間違いであって欲しかった。

 

「深い接吻の呪いです」

 

「…………あ、頭が、頭が痛くなってきた。ちょっとアタシ、座って休んでるわ」

 

「何時もの偏頭痛かしら、エリー?」

 

「そうね。そう思って良いわよ、マリー」

 

 所長は竜殺しの現状を理解。ゲオルギウスは万全。だがジークフリートは瀕死。同時に、戦力差を埋めるにはジークフリートの戦力が重要となり、そして邪竜攻略こそ魔女打倒には必須。よって特異点の修復において、この二人が仲間となることが必然的な運びとなる。

 ―――勝てる戦力は揃った。

 ジャンヌもまた、竜殺し復活のキーであった。

 しかし、やはり障害となるのはアッシュとあの戦神。あれを如何にかするのはカルデアの役目であり、邪竜と魔女はジークフリートとジャンヌに任せるのが有効だと脳に叡智が啓蒙された。

 

「……成る程ね―――」

 

 それとは別に、アン・ディールと名乗っていた女の所業に所長は困惑。何せ、キス。呪う方法など幾らでもあるだろうに、敢えて口と口の接吻。それもジークフリートと言う戦闘中に拘束するのにも一苦労な相手に、態々あのディープなヤツを選ぶと言う彼女の嗜好。

 

「―――あの女、誰彼構わずディープキスする奴だったってことね」

 

「…………」

 

 横でボソっと呟かれた所長の声を、ジャンヌは必死に聞かない振りをするしかなかった。聞き返すと多分面倒臭い事になると、優れた啓示が彼女に危険を回避するようサイレンを鳴らしているのだから。

 とのことで、会話は一旦終了。所長は高速思考にて、要点を纏める。

 第一に、竜殺しのサーヴァント二名を戦力追加。聖者ゲオルギウスと勇者ジークフリート。

 第二に、ジークフリートの呪い。アッシュからのディープキスと、魔女による呪詛の火傷。

 第三に、呪いの解呪。ゲオルギウスとジャンヌによって目途は立ち、数日で回復可能だと判断。

 第四に、ティエールにいる皆との合流。ジークフリートの病状を考え、敵との戦闘は極力回避。

 第五に、解呪する為のアジト。無防備になる三人を考え、安全に解呪出来る場所の確保が必須。

 困難はあるも、特異点修復に必要な作戦も立て易い現状となった。後は如何に万全な状態のままオルレアンとなったが、そう上手く運ばないのも目に見えている。

 

「まずは、あっちに連絡しません?

 それにジャンヌ、みんなもティエールに着いてるかも知れませんし……あら、オルガマリー。どうかしたの?」

 

「そうね……ちょっと、あの白ロン毛の情報が全く無いのが怖くて」

 

「オルガマリー。彼らと戦った時ですが、その者は戦神と味方から呼ばれていました。そのような異名を持つ英霊なのか、あるいは本当に戦神なのか、私では判断出来ませんでしたが」

 

「―――戦神……ねぇ?」

 

「それと……これは、根拠がないサーヴァントとしての共感性と言いましょうか。断言は出来ませんですし、所感ではありますが、あの者は恐らく竜殺しです」

 

「なるほど。けど、あの聖者ゲオルギウスの霊的直感なのだから、正解じゃなくてもあの男の霊体にそう言う属性があるのは確実でしょう。

 しかし、竜殺しの戦神となると……はぁ。今は、まだ止めましょう。

 思う限りの予測は立てておきますが、一方的な思い込みは危険な相手かも」

 

「それが賢明です。あの者は恐ろしい強者でした。強さと言う点では、我らと同じ英霊召喚されたサーヴァント級の霊格でありながら、そのあだ名通り神秘と技量だけで神霊と呼べる領域にいます。

 ジークフリートの血鎧を容易く貫く大槍と、その雷。

 そして、私の守護も力尽くで吹き飛ばす膂力と技巧。

 無論のこと、魔女や邪竜、そしてあの闇の騎士もまた此方の守りを当然のように突破して来ます」

 

「まぁ……アッシュと戦神はカルデアが如何にかしましょう」

 

「分かりました。作戦については、其方の方に従がった方が賢明らしいですから」

 

「ありがとうございます。協力的な方で、我々も良かったと思ってるわ」

 

「じゃあ一通り話も纏まったことですし、連絡しましょう!」

 

「うん。じゃロマニ、通信宜しく」

 

『了解しました、所長』

 

 数分もせず、通信は繋がった。どうやらまだ向こう側もティエールに到着したばかりなようで、街中で探索している最中らしい。しかし、目当ての竜殺しはモンリュソンにいるとロマニから聞き、ティエールに竜殺しはいないので探索は既に切り上げていた。何より竜殺し以外に潜伏しているサーヴァントの反応もなく、同行していた忍びの察知範囲にも、気配遮断で隠れているアサシンなどもいないと判断されていた。

 また情報も全員が統一された。戦力増強の目途と、決戦予定日に、これからカルデアがすべき準備と、作戦内容が直ぐ様に決まって行った。

 

「ああ、あの奥義暗黒吸魂接吻掌……」

 

「……オルガマリー所長が受けた、アッシュのあのなんか凄い口付けですか」

 

『うーむ、でも不可思議。竜の守りを持つジークフリートがそうなる程のキスをされて、まともな所長がボクは怖いんですけどね!』

 

「シミジミと感想ありがとう、三人共」

 

「何と―――オルガマリー・アニムスフィア。

 貴女はあの接吻を受け、人の身でまともなカタチで在ったのか?」

 

「良いリアクションね。でも、呪われているって言うのに表情豊か過ぎません?」

 

「……いや、すまない。少し、驚き過ぎた。先程の精神的衝撃で、霊基に罅が入ったかもしれん」

 

『駄目じゃないか!?』

 

「しかし、何故か仲間意識と言うか……親近感が湧いてしまうな」

 

「良くない兆候ね、ジークフリート。心が弱っている証拠よ。でも、私としてはタマを抜かれなかった貴方が不思議だわ」

 

「あぁ、そうだな―――色々と、俺も鍛えられていたからな」

 

 何かを思い出しながらも、シミジミと過去を振り返っているジークフリート。

 

「深くは聞かないわ。互いに墓穴を掘りそうだもの」

 

「その方が良い……」

 

「ん"っんー……では、まずは合流して戦力を整えます。

 私とゲオルギウスで呪われたジークフリートを解呪しますが、数日必要に――――」

 

「―――待った」

 

 通信越しにアマデウスが緊迫した表情で、場を仕切り直したジャンヌの言葉を遮る。何かを聞き分けるかのように、あるいは物音に気が付いた野生動物のように、鋭い気配が通信画面を通過して伝わって来る様子であった

 

「どうしましたか、アマデウス?」

 

「嫌な雑音がする。大きな羽で空気を叩く振動……―――ヤバイ。やばいやばい、これは確実だ。奴らが、こっちに来た。

 ……完璧に邪竜を連れてやがる。全員、魔力反応を限界まで抑えるんだ!」

 

 まだ街中にいるアマデウス達は、潜んでいる空家の中で気配を抑える事しか出来ない。この街を襲いに来た場合、接敵は避けられない状況になった。見殺しにして逃げるならまだカルデアは間に合うかもしれないが、この街はもう駄目だろう。確実に、住まう市民ごと火刑に処されてしまう。

 

「……あれ、去ったぞ?」

 

 しかし、焦ったアマデウスに反して邪竜らは街を焼かなかった。火の粉一つ漏らさず、そのまま素通りして行ってしまった。

 

『管制室も邪竜を確認。凄いスピードでティエール上空を通り過ぎて行った。人里に居る藤丸君達周辺の索敵範囲から何もせず、邪竜どもは飛んで行っただけみたいだけど……けど、何故?』

 

「さてね。また何処ぞの街を焼いた帰りで、まだ魔力も回復していないから此処を襲わなかっただけじゃないかな?」

 

 アマデウスは窓から竜の後ろ姿を確認し、マシュらも同じくドラゴンの群れを気配を殺しながら見送った。そんな様子を所長らは、通信画面から見守っていた。

 

「……―――あ。待って下さい。方角がオルレアンから外れてます。ドクター、まさか?」

 

『こちらでルートを割り出した……っ―――これは、オルレアンじゃない。

 所長達が居る街……モンリュソンだ』

 

「そんな……ドクター、それじゃあ?」

 

『所長、危険です。戦うにしても、ジークフリートは絶対に守らなければなりません』

 

「今回は闘えばこっちが全滅するかもね。アッシュと戦神がいなければ何とかなるけど、誰が竜に騎乗しているか確認は出来ていないもの」

 

『ええ。竜の魔力反応に紛らせ、サーヴァント反応は判別不可能です。しかし、意外な観測結果なのですが、竜血騎士団がワイバーンに乗っている反応はありませんでした』

 

「邪竜は、そもそも一撃で街を滅ぼす戦力だわ。殲滅だけなら騎士団は不要。護衛にワイバーンだけで良いって考えでしょう。そうしてる間に騎士団は騎士団で別運用し、フランスの焦土化をする方が有効な使い方です。だからこそ此方の裏を掻いて、群れにサーヴァントを隠している可能性もある。

 ……どちらにしろ、モンリュソンの街はもうダメね。逃がす以外に市民は助からないわ」

 

 虚偽は許されない。所長は、ただ事実だけを述べるのみ。

 

「そして、逃げるなら今の内。けれども、市民はほぼ追撃にあって死ぬ。むしろ、私たちは何かを囮にしなければ、戦えないジークフリートを連れて逃げる事は出来ない」

 

「……まさか、貴女は此処の住民を犠牲にすると?」

 

「残念だけど、そうなるしかないわね。私の正直な気持ちだけど、まずは部下と仲間を守る義務と責任があります。戦場において、それを率先して誰かの生贄にするつもりは一切ないわ」

 

「ならば……このゲオルギウス、最後まで彼らを守りましょう」

 

「死ぬわよ。貴方も住民も、何もかも。炎に包まれて」

 

「―――それでも、私は守らなければならない」

 

「そう……理屈じゃないのね」

 

「ええ。決めたことですから」

 

 ジークフリートは呪われているので、拒否権はないだろう。本心では守りたいと思うが如何にもならない。しかし、ゲオルギウスは守る。それが存在意義であり、信念でもあった。むしろ、その為に生きると決めた聖者であった。

 だが、ゲオルギウスは竜狩りに最適な英雄。

 ワイバーンと竜血騎士に対する殲滅力はジークフリートに負けるサーヴァントではない。

 

「はぁ……仕方ないわな。だったら、一番可能性が高い手段を取りましょう。私が、此処の住民を逃がすため―――」

 

「―――私が残ります。

 サーヴァント、マリー・アントワネットが彼らを守ります」

 

 だから、分かっていた事だ。選択を、最初から彼女は決めていた。

 

「マリー……ッ―――!」

 

「ちょっとマリー、貴女!?」

 

「マリー様、私も残りましょう」

 

「「デオン!」」

 

 驚くジャンヌとエリザべートであったが、デオンは最初からそうしようと考えていた。マリーが残ろうとしなくとも、自分は残ると決めていた。

 これは市民を守るだけの戦いではない。やはり敵が迫っているのならば、ジークフリートを安全地帯に逃がすまで、誰かが時間稼ぎをしないといけないのは明白だった。英霊として、世界を守れと呼ばれたサーヴァントとして、この瞬間にシュヴァリエ・デオンは死に場所に辿り付けた事を悟っていた。

 

「……まぁ、その話し合いは後で。まずは市民に避難勧告をしなければね。ゲオルギウス、大丈夫?」

 

「問題はありません。既にこの市長と我らは同盟関係にあります」

 

「なら、早目にそうしましょう。準備に時間も掛りましょうし」

 

「そうでしょう。では、私は早速行動に移させて頂きます」

 

 なにはともあれ、モンリュソン市民の避難はするべきだと所長は判断。ゲオルギウスの話からサーヴァントを知っている街の権力者を利用すれば、市民の避難自体は素早く行えると分かっていた。

 ……そして、通信はまだ継続中。

 マリーとデオンが囮となって死ぬ事を決められてしまい、それでも皆は騒がず所長の考えを待っていた。騒いだところで、何も変わらない事は良く分かっている。すべきことは、自分から動くこと。行動こそ命を紡ぐ最善であるのだと藤丸とマシュは理解していた。

 

「所長、俺たちは?」

 

「藤丸。私が敵なら、そろそろそっちにちょっかい出すわ。勿論、何かしらの手段で貴方たちの居場所を把握していればね。

 ……だから、気を付けなさい。

 一秒後に自分へ迫る死から目を逸らさず、戦いの中でもマシュと仲間を変わらず信じなさい」

 

「でしたら―――!?」

 

「ええ、マシュ。まずは合流しないといけません……―――隻狼、多分来るわ。

 そっちだと貴方が殿よ、二人は死んでも守り抜きなさい。一人欠ければ、私のカルデアが終わりなのだからね」

 

「―――……御意。主殿」

 

「私もいるのだがね?」

 

「知ってるわよ。エミヤ、貴方の役割は攻防自在の遊撃兵よ。好きな様に敵を仕留めなさい」

 

「理解した。期待していたまえ」

 

「勿論」

 

 目的は定まった。ジークフリートを連れたモンリュソン脱出組と、ティエールから出発した皆との合流。そして、マリーとデオンによる邪竜たちの足止めだ。

 

「―――俺も、助けに行きます!」

 

「貴方は……っ―――けど……いえ、良いわ。確かに、合流する時間は早い方が安全ね。私たちも急いでそっちに向かいましょう。

 隻狼とエミヤがいれば、確かに……逃げるだけなら邪竜共が居ても戦力は十分だもの」

 

「はい!」

 

 その返事を虚しく思う。戦いが始まれば、一時間も持たないだろう。残れば必ず二人は死ぬ。それでも所長は藤丸の決意を否定せず、蔑ろにしなかった。

 希望は潰えるだけ。だからこそ、彼の願いを受け入れた上で、計画を一切変える気はなかった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 森より、二名の魔物が現れた。黒コートの青年と、群青の着物と来た男。抜き身の刃を手に持ち、最初から殺意を隠さず行進する。

 

「マリーィィィイイイイイイイ!!」

 

「―――……マリー様」

 

「そうね、デオン。あれって、彼よね?」

 

「サンソン。ムッシュ・ド・パリ、シャルル=アンリ・サンソンで間違いないかと。姿は、ですが」

 

「はっはっはっはっは!

 まさか、まさか君がこんな薄汚いフランスのために人間共の断末魔から召喚され、挙げ句戦っているなんて………あぁ、まさかまさかの運命だ!」

 

「あなた、本当にあのサンソンなのかしら?」

 

「なに言うんだい。確かに、今のボクは肉体的全盛期の姿で召喚された若い頃の処刑人だ。分からないのも無理はないだろう……だがしかし、だ。見てくれ、最高の状態を保つ肉体と、幾千もの首を落とした腕前と、そして処刑者として完成された死の精神。

 何よりも、闇から人間共の死を望む彼らの絶叫!」

 

 処刑剣を振い、また振い、血肉で錆び付いた穢れを振い落すように地面へと突き刺した。

 

「君もどうせ……そうなるんだよ。気持ちよく人を殺し、そして気持ちよく人を殺して上げねば、フランスを処刑する我らサンソン家の汚れとなる!」

 

「良き怨念だな、サンソン。さぞ鬱憤が溜まっていると見える。しかしなぁ……」

 

 隣に立つ侍がサンソンと同じく、その二本の頸だけを愛でるように美しい姿をした彼女らを胡乱気な瞳で観察する。

 

「……ゲオルギウスとジークフリートはおらんか。全く、残念だ。せめて戦友だった私が、二人の首を切り落としたかったのだがな。

 しかしな、まこと哀れな奴等よ。

 このような可憐なる少女を生け贄に捧げ、愚かしくも自らだけは生き延びたいか。英雄に相応しき勇者と聖人だと思っていたが、ここまで浅ましいとは思わなんだ」

 

「貴様は、佐々木小次郎……―――?」

 

「私の名を知るか。ならば重畳―――では、斬るぞ」

 

 無音にて、無風。一歩進み、侍は既に眼前。物干し竿を振い、マリーの頸だけを狙う一閃必殺。

 

「マリー様、この男は私が!」

 

「任せたわ、デオン!」

 

 敵の斬撃を受け流し、だが刹那の間もなく次の一閃。デオンに何かをさせない斬撃連鎖であり、首狙い故に対処せねば死ぬ。それを受けた直後、またもや一刀が振われた。もはや騎士は受けるしかなく、何よりサーヴァントで在る事を考えても、剣聖の神業を超え、剣鬼の魔技も引き寄せない剣神の境地。

 数多の剣士と渡り合ったデオンからして、その技巧は涙が出る程の修練の極点を魅せられる。スパイの全盛期として召喚された騎士の自分では到達出来ず、老齢まで剣術を鍛えた剣士のデオンでなければ対抗は不可能と確信出来る剣の業だった。

 

「さぁ、マリー。僕からの斬首(口付け)を―――受け取ってくれ」

 

「――――!」

 

 その剣技もまた人間で在る事を極めた処刑の業だった。幾人殺せば、このような精神性を得られるのか。それを思えば、余りに血塗られ、何処までも死を尊ぶ終わりであった。

 正確無比な首狙い。マリーは身に感じる壮絶な危機感によって何とか避けるも、一瞬で軌道修正した剣戟で腹を裂かれた。服が切れ、皮が斬れ、膏も断たれ、内臓に達する刃の痛み。

 

「あぁ……ッ!!」

 

「全く、いけないな。抵抗はして欲しくない。君を、無駄に苦しめてしまうだろう?」

 

 即座、一閃。またも頸を狙うもマリーは結晶の盾を出し、歌声で応援するもサンソンはそれらを容易く斬り捨てる。しかし、彼女は咄嗟に屈み、大きな丸い帽子を吹き飛ばされながらも距離を取る。

 

「処刑にならないじゃないか、マリー。またあの一振りを君に捧げたいと言うのに!」

 

「あなた、随分と錆び付きましたね。あの高貴な処刑人の刃が……―――」

 

「―――それが、どうした!?

 如何でも良いのさ、もう如何でもそんなことは。僕は、君にまたあの快楽を味わって欲しいだけ。そして、処刑にもならない更なる人殺しの刃で以って、我が斬首の技は邪な正義と成り果てた。

 ならば、それならば―――獣の剣で在るならば、君もまた違う快楽を、得られるだろう?」

 

「サンソン、そこまで何があなたを落したって言うの!?」

 

「落ちたんじゃない。僕は、嘗ての死を超越しただけだ!」

 

 マリーは悟った。もはや、あのサンソンに言葉は届かない。あるいは、何か響くかと思ったが、もう彼は終わっている。後悔もなく、未練もなく、信仰も捨て、人の首だけを渇望している。

 ただ単純な話、今のあの男にとって王妃は特別な人物ではない。その首が、別格に美しいだけ。

 

「―――貴様……!」

 

「その様で、果たして何が出来ようか。見よ、お前の王妃はもう死ぬ」

 

 戦いの最中、無駄口など好かなかった筈。しかし、相手の精神を追い詰める台詞を吐くのを止められない。ここまで堕落した自分自身に落胆しながらも、侍は生前では有り得なかった殺し合いそのものを止められない。

 しかし、長く愉しむ気も無かった。

 主導権は既に侍の手の内。相手の剣戟を弾き逸らし、体勢を一気に崩す。だが、同じ様に首を狙えばまだ間に合う程度の隙。しからば、もうどうしようもない極致にて相手をする。

 

「秘剣―――」

 

百合の花散る剣の(フルール・ド)―――」

 

「―――燕返し」

 

 その壮絶な死に宝具を解放して対応しようとしたが―――無駄。

 同時に迫る三つ重の刃が騎士を斬った。上から来る斬撃は受け止められてしまったが、他の二閃は騎士の柔らかな肉体にあっさりと入り込む。そして、一気に斬り抜かれた。

 

「……ぁ」

 

「終いとなったな、可憐な剣士」

 

 両足が斜めに斬り落とされ、肩から内臓まで中途半端に裂かれた胴体。もうや立つことも出来なくなったデオンは地面へとうつ伏せになった倒れ込み、敵に背中を見せてしまった。

 長刀にて、一刺し。霊核となる心臓を掠るように、刃を背から突き刺した。

 殺しはしなかったが、もう絶対に助からない止めである。侍は、まるで敗北者を地へと磔とするような蛮行を無表情のまま行った。

 

「―――デオン!?」

 

「―――死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)ッ……!!」

 

 その動揺を処刑人は見逃さない。開いた断頭台(ギロチン)の門から伸びる黒腕。捕えた者を処刑の首枷に嵌め、落ちる刃の意志でもあった。死ぬべき運命からは逃れられぬと、死の手がマリーへと伸びて行く。

 

「……ック―――」

 

 しかし、彼女は騎乗兵(ライダー)だ。クリスタルの騎馬を出し、咄嗟にそれに乗ることで回避。巧みな操縦技術で避け切り、サンソンへと迫った直後―――空間を引っ掻くような不協和音。

 

「―――あ……」

 

「ごめんなさい、王妃様。御邪魔するわね」

 

 黒竜の瞳が、一瞬だけマリーの動きを止めていた。魔女は静かに、何もせず、彼女ら二人が殺されて行く姿を優しい瞳で見守っていた。

 竜の魔女は、ただただ人が死ぬ場面が見たいだけだった。

 英霊として記憶されたこの特異点より未来の逸話。あの広場にて処刑された王妃の終わり。これ以上の悲劇はないと、魔女は静かに暗い笑みを浮かべている。

 

「マリー様ぁぁああ!!」

 

 小次郎に斬られ、うつ伏せのまま地面に倒れ、背中から日本刀で串刺しにされたデオン。それでも騎士は血の泡を吹きながらも叫び声を上げ、生前に見送れなかった王妃の最期を今度は見る事になる。助けたいと必死に手を伸ばし、しかし侍の刀がデオンを地面に縫い止める。

 ―――刃が王妃の首に堕ちる。

 ゆっくりと流れる時間。全員が同じ体感時間となりその最期の刹那、斜めに傾いたギロチンの刃がマリーの頸に入り込み、そのまま進む。血染めの処刑刃は止まることなく落下し、ダンと鈍い音を上げた。そして、王妃の首も同時に地面へと落ちて逝った。

 

―――――――――(クリスタル・パレス)……」

 

 音にならない声を出し―――口だけを、マリーはそれでも動かした。頭部と胴体の両方から血を大量に吹き溢し、だがしかし諦めなかった。ギロチンで首を斬り落とされながら、彼女はまだ意識が残る頭部だけで魔力を解放。声にはならずとも真名は唱えられ、宝具は展開された。何ら問題もなく王妃が願う宝具が街を覆い尽くし、邪竜と魔女が通れぬ城塞が作り上げられた。

 マリー・アントワネットは知っていた―――首だけになる、その瞬間。

 人は、直ぐには死ねない。脳が胴体から切り離されようともまだ命だけが残り、痛みの中で死ぬまで意識は覚醒し続ける。思い出すのは、首を斬られた時に上がった民衆の歓声だった。それがマリーが死の間際に聞いた本当の、自分の処刑を喜び笑うフランスと言う国家の唄声だった。

 

「……なぜ。なぜ、なぜ、何故何故何故何故何故何故!!!

 あの時と同じで首を落した筈……そうした筈。ギロチンで、貴女の愛した男と同じように殺した筈。だから、君は君の死を喜ぶ塵共の唄を聞いた筈だ、なのにぃ……!?」

 

 そうしたように、処刑した時と同じように、サンソンは王妃の斬り落とした頸を手に持とうとした。宝具の処刑台から落ちたマリーの頭部に掛け寄り―――そして、光となって彼女は消えた。肉体を構成する魔力さえも全て使い切り、マリー・アントワネットは死んだのだ。

 処刑されようとも、その意志だけで―――民を守りながら。

 

「あ、あ………ぁ―――あ。あぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!」

 

 その意味を、サンソンは分かっていた。他のサーヴァントと同様にバーサークの呪いを受けた上で、ヒューマニティに汚染されても、彼は徹底した処刑人。殺戮で刃が錆び付こうとも、如何に違うと足掻こうとも、二千を超える人命を断ったフランスの処刑者だ。

 故に、彼は理解出来た。

 首を斬り落とされようとも意識を保ち、その意志だけで誰かを守ろうとする王妃の心。

 取り返しのつかない事をした。取り戻しようも無い人をその手で殺した。生前も、そして現在もまた、シャルル=アンリ・サンソンは何も変わらず殺すことしか出来なかった。

 挙げ句の果て、今回は処刑ではなく―――殺害。

 生前の信念は血で汚れ、処刑人としての自尊さえも闇に堕ち、もはやただの人殺しに成り果てた。

 

「違う、違う違う。僕は……私は―――違う!!

 上手くなったんだよ、もっと巧く頸を落せる処刑人になったんだよ。何故、貴女を蔑ろにした薄汚い国なんて者に、最後の断末魔さえも捧げる事が出来るんだ!?」

 

「壊れたか、サンソン。だがマリー・アントワネット、あっぱれな最期と言えよう」

 

 斬られ伏したデオンのその霊核である心臓を刺し、小次郎はまるで昆虫の標本のように地面に刃で以って縫い止めていた。しかし、それでもまたデオンは生きており、その心臓も傷を付けられただけで、態と完全に破壊されている訳ではなかった。

 だから、絶望と共に希望もまた見えてしまった。

 敬愛する少女の死に様と、そんな彼女が最後まで何一つ諦めず生き抜いた在り方こそ、デオンが守るべき白百合に他ならなかった。

 

「………貴様らは、何故そこまで人を……―――恨む?」

 

「声が、聞こえいる。どうしようもない、亡者共の呪いの声。あの者の中で蠢く闇の渦から、我らに与えられた人間性にな」

 

「そうか……哀れな奴だ。呪われて老いたあの私も結局は……けど、もう良い。終わったことさ。騎士として殉じ、けれども王妃は守れなかった。

 ―――殺せ」

 

「―――承知」

 

 心臓から抜き取った刃を即座に振い、倒れ伏す騎士の頸を撥ねた。騎士も王妃と同じく、首を流しながら意識を失い、そのまま絶命した。サーヴァントの死体は物質として残らず、魔力の光る霧となって消えてしまった。

 処刑人と同じだった。侍もまた、戦いの果てに処刑の刃を振っただけだった。

 シュヴァリエ・デオンは素晴しき剣士であったのにも関わらず、彼は戦いに心踊らず、一人の侍として果たし合いを臨む願望が虚しく思えた。喜びは、人を殺して悪を為した時のみ。死闘に勝ったと言うのに怏々しく佐々木小次郎と名乗りを上げる気にもならず、文字通りの無念の精神で刃の血を振り払い、そのまま無表情で鞘へと納刀するだけ。

 

「御苦労様、お侍さん」

 

「下らぬ労いだな、魔女」

 

「ええ、私自身そう思うわ。でも、ほらね……貴方は命令を全うしたわ。本当に、良く()った」

 

 そんな小次郎に背後から声を掛けた黒い魔女に、素気ない返事をする。彼女に対し、侍は何ら特別な感情を抱いていない。憎悪もなければ嫌悪もなく、彼からすれば自分や他のサーヴァントと同じ傀儡人形に過ぎない少女でしかなく、竜の魔女の内側に潜む闇こそ斬りたいが―――無駄だった。

 死が無い故に―――不死。

 死の概念が無い魂の暗黒。

 修行を積み重ねた明鏡止水の果てにて無を見切り、秘剣に辿り着いた求道者は、自分に切れないその命こそ斬るべき敵なのだと理解していた。今はまだ斬ったところで魔女が死ぬのみであり、あの闇は本来の暗黒に戻るだけでしかないのだろう。

 

「我らが行うこの万事……だたただ、在るが儘に。

 私の復讐も、貴方達の願望も、こうして何ら障害もなく果たされているわ。それを楽しむ精神も、嬉しく思う感情も欠け砕けてはいますがね。故に命令には殉じて頂きますが……好きに苦しみ、自由に悶えなさい。

 残念だけど……それしかもう、貴方たちの魂は許されないのだから」

 

「―――ふ。否定はせぬよ、否定は……な」

 

 小次郎は、もう如何でも良かった。確かに召喚されたばかりの時、人を襲う騎士とワイバーンを斬り殺し、自分と同じ抑止側のサーヴァントを何人も助けた。救った市民や住民から、竜殺しの剣士と唄われた。人を救う英雄であると感謝された。子供を救ってくれてありがとう、家族を救ってくれてありがとう、と世界を救う戦で名を上げられた。

 この時、無名の亡霊はもう救われたのだ。

 一生分の名誉を得た。感謝も受けた。我こそが佐々木小次郎だと、自尊を持って名乗り上げられた。願望はもう終わっていた。

 そう、ひどく満足したのが悪かったのだろうか。戦友を助け、魔女に捕えられ、最もこの世で人間らしい悪性の受け皿と成り果てた。

 

「侍……貴方には、特別期待しているわ。もし、もしね、あの女と戦神に勝てる人間がこの世に居るのだとすれば、それは多分貴方みたいに一心を貫けるヤツだろうから」

 

「期待に沿うつもりはない。私は、この悪意を形にする傀儡で満足だ。所詮、私も今の私のまま終われば良い」

 

「良かったわ。それなら、それで良いのです。竜殺しとこの特異点で望まれた、ただの人間に過ぎない貴方が、それでも憎悪を受け入れてくれるなら多分、悪い最期にはならないことだもの」

 

「ならば―――命じると良い。

 竜の魔女、ジャンヌ・ダルク。我ら傀儡、次はどんな命を斬れば良いのか?」

 

「そうですねぇ……」

 

 狂い果てる霊基のまま自分自身を嗤う処刑人へと、彼女はまるで聖女のように微笑みを向けた。そして、空を飛ぶ邪竜に思念で以って命じる。

 殺せ―――壊せ、その目映い城壁を粉砕しろ、と。

 殺し合う人間共をずっと見ていただけの竜は噴火のような咆哮を上げ、禍々しい黒い火球を撃ち放つ。

 

「……誰でも良いです。

 このフランスが苦しむのなら、もう誰でも。けれど派手に、惨たらしく殺しなさい」

 

「承った、魔女よ」

 

 邪竜の息吹によって、砕け散る城塞。燃え枯れる大地。空に舞う結晶が、キラキラとこの場に居る三人に降り注いだ。

 愛された偶像の王妃、マリー・アントワネット。

 彼女の祈りは炎で壊されたが、それでも願いは届けられた。背後にあった街は無人となり、竜の火は誰一人として殺すことは出来なかった。

 

〝綺麗ね、本当に。これを燃やし尽くすのは、少しだけ……――――”

 

 ジャンヌの広げた掌にクリスタルの欠片が落ち、砕け、魔力となって消滅する。キラキラ光る王妃の最期は美しく、魔女は彼女が最後に唄った歌を聞いてしまった。人の意志を知った。しかし、それも直ぐに呪いの声で塗り潰された。僅かに許される人間らしさも一瞬だけ。悪の受け皿になった人間性が、人の善性など決して許さない。

 魔女は王妃の唄で―――人となり、人を知り、人を失った。

 復讐心を和らいだことを心地よく思う自分を知って、しかし甦った憎悪が人を殺す度に生まれる傷を癒してくれる。数秒もせず、復讐心が何も無い魔女の心を満たしていった。

 

〝―――でも、もう価値はない。

 人の心、人間の正しさね。呼ばれた時に私は人を失っていたけど……今は何も、復讐には響かない”

 

 輝きは、また沈む。闇から聞こえる呪いの声が絶える時は近くとも、今はそれを子守唄として微睡めば良い。魔女は怨念に安心し、絶望を揺り籠にし、聖女は復讐鬼に堕落してしまった。

 今更どう思おうが、人の街は焼き尽くされた。

 何より、街から逃げた住民はまだ生きている。

 誰かが守り抜いた人々など、既にもう幾度となく燃やし殺した。例え、この綺麗な終わりを見せてくれた王妃が守った民であろうとも、魔女は変わらず応報を果たすのみ。静かに従僕へと指示を出し、けれどもまだこの綺麗な終わりの光景を見ていたかった。

 


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